タイトル:【Gem】双子の定義マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/29 04:15

●オープニング本文


●三月下旬
「そんな話、聞きたくもないわ」
 ハンナ・ハロネンはやや乱暴にティーカップを置く。かなり苛立っているようで、口調は始終荒い。
「あの子はヨリシロ。再び現れたのなら、早くどうにかして」
「それが、ひとりではないのです」
「‥‥どういうこと」
 元夫のUPC軍中佐ヴィリオ・ユーティライネンの使いだというその士官は、ゾディアック双子座ユカ・ユーティライネンに関する報告書をハンナに渡した。
 ハンナはそれをざっと斜めに読み、頬を引き攣らせる。
「ミカ以外の誰かと行動を共にしているなんて」
 まさか、壊れてしまった――?
 しかし有り得ない話ではない。最愛の半身であるミカ・ユーティライネンを喪ったユカの精神状態を、誰が想像できるだろう。
「ユカ・ユーティライネンが確認された以上、身辺にはくれぐれもお気を付けください。こちらから護衛もつけさせていただきます」
「言われなくてもわかっているわ。四六時中、監視されるみたいで嫌だけど。‥‥ところであなた、初めて見る顔ね」
 ハンナはまじまじと士官の顔を見る。
「確か、ジェミニ担当の人がいたんじゃなかったかしら?」
「モーリス・シュピルマン准尉と、ユーリ・ウラジーミロヴィチ・マレンコフ少尉ですか」
「そう、その二人」
「現在、ジェミニに関する一切の連絡は不可となっております。彼等が知りうるジェミニ関連の情報は全て軍が回収いたしました」
「なぜ?」
「マドリード戦線においてミカが撃墜された後、ユカが所在不明となったことで、ジェミニ担当官だった者達の安全を確保するべく、ジェミニ関連での接触及び発言が永久的に禁止されたのです」
 士官は淡々と語る。表情ひとつ変えずに。元夫がなぜこの男をここに寄越したのかわかるような気がする。
「あなた、ロボットみたいって言われない?」
 ハンナは肩を竦め、ティーカップに再び手を伸ばした。

●十一月上旬
「まだ、あのヨリシロは生きてるの」
 ハンナは暖炉に視線を投げる。正面に座っている男とはあまり目を合わせたくない。どうせなら前に来たロボットみたいな士官のほうがよかった。
 男――ヴィリオは表情一つ変えず、これまでのジェミニに関する報告書を見せた。面倒そうに目を通すハンナは、やがて眉を寄せる。
「件の准尉と少尉の役割を引き継いだ人物がいるの? しかも‥‥傭兵‥‥!?」
 思わずひっくり返る声。ハンナは信じられないと首を振る。
「ユカと行動を共にしているイーノスという男と関わりがあるらしい」
 ヴィリオは傭兵の資料をハンナに渡す。何年も前にこうして会ったときとは違い、やはり二人とも言葉は荒い。共に苛立ちがピークなのだろう。
「ジェフリート・レスター‥‥」
 ハンナは資料を読み、そして首を傾げる。「‥‥過去がないのね、このひと」
 まあ、傭兵ならこういう存在もいるだろうが――。
「彼に依頼するにあたり、私の名は伏せている。これから進めて行くに従って自ずとわかることだ」
 それに、あのジェフリートという男を信用しているわけではないからな――ヴィリオはその言葉を飲み込む。
 彼には不審な点がいくつかある。「イーノス」も傭兵だったという話だが、しかし該当する傭兵の記録は一切発見できなかった。では、イーノスと友人だというジェフは何者なのか。
「回りくどいことをするのね」
 ハンナは軽く肩を竦め、読み進む。
 そして先だってのジェミニとの接近遭遇に関する報告書を読み、微かに首を傾げた。
「‥‥イーノスが、双子?」
 それは依頼の中で明らかにされた情報だ。
「何か問題が?」
「あなた、双子の父親のくせにピンとこないの? 双子というのは、ふたりでひとつ。もうひとり、どこかにいるということじゃないの」
「では、どこに」
 ヴィリオの顔色が一瞬だけ変わる。ハンナの言葉で、ひとつの可能性に気がついたのだ。
「そんなの、あたなが――そしてこの傭兵が調べることでしょう? 過去のない、この傭兵がね」
 意味深な溜息を漏らし、ハンナはようやく元夫の顔を見た。そして、髪をかき上げて憂鬱そうに漏らす。
「双子はふたりでひとつ。特にあの子達はね。――じゃあ、双子座は? ユカひとりで双子座と言えるの?」

 夜空に吸い込まれていく白い息。フィンランドの夜は深い眠りについている。
 ハンナの家を出てから、もうどれくらい歩き続けているのか。そのあいだ、ヴィリオはずっと思考を巡らせていた。少し頭を冷やして、情報を整理するために。
 ハンナの言葉、そしてユカのこと、イーノスのこと、ジェフのこと。
 それらが細い糸で複雑に絡まり合う。
 イーノスがいたという教会の孤児院には聞き込みをしたが、双子という情報は得られていなかった。孤児院のシスター達が故意に隠していたのだろうか。
 双子。
 ふたりで、ひとつ。
「双子座は、ふたり‥‥」
 先だっての孤児院の事件では、ユカは片割れを捜していたという。
 双子で、片割れを亡くした孤児達。彼等を手に入れていたなら、そのうちの誰かが「ミカ」になったのだろうか。そうしてジェミニはまた完全たる(正確には完全とは言えないが)存在に。
「だが、ミカのファームライドはない」
 しかし、片方はファームライドでなくてもいいかもしれない。ユカと同調し、同じ動きさえできれば――。
「――まさか」
 イーノス。彼は傭兵の動きを鏡のように模したという情報がある。
 本当に彼が双子であるなら、その片割れがどこかにいるなら。
「後継者‥‥」
「ミカ」となるのか、それとも「双子座」か。
 考えたくはないが、可能性は否定できない。しかしゾディアックのほとんどが撃墜された今、果たして本当に後継者が必要となるのか。撃墜された今だからこそ必要なのか。
 しかし、もし「双子座」の後継者――若しくはその候補であるとすれば、ユカは近い将来に死亡する可能性が高いということではないだろうか。
「いみが、わからない」
 その言葉は、ヴィリオが発したとは思えないようなものだった。
「‥‥真相は誰が握る?」
 まずはイーノスについて、その出自を調べなおす必要がありそうだ。ジェフが教会に行けば、シスター達も口を開くだろう。その上で、内密でジェフについても調べられればなおいい。
 ヴィリオは微かに笑む。
「真相が見つかれば――カウントダウンか」
 ユカの死へと――。
「いや、死が待っているのは私たちかもしれないな」
 そしてヴィリオは自嘲気味に呟き、凍てつく街の闇へと消えていった。


●ジェフリート
「イーノスの、調査‥‥」
 ジェフは呟く。恐らくはユカの父親からと思われる、差出人不明の封書。
 その中の文書には、イーノスについて出生も含めて徹底的に調べ上げろと書かれていた。
 前回の依頼でイーノスが双子であることがわかったとき、いつかはこの瞬間を迎えるだろうとは思っていたが――。
「‥‥やるしか、ないのか」
 ジェフは長い溜息をつき、封筒を握りつぶした。

●参加者一覧

新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER
黒羽 風香(gc7712
17歳・♀・JG

●リプレイ本文

「これは‥‥」
 天野 天魔(gc4365)とユウ・ターナー(gc2715)は、得られた資料を見て息を呑んだ。
 修道院の森がキメラに襲撃された事件と、イーノス・ラムゼイ及びジェフリート・レスターについて、二人はUPCで得られる限りの情報を集めていた。
 事件の報告には、シスター・ヘレナがキメラによって負傷したこと、そして傭兵の負傷についても書かれている。
 ジェフが能力者となった当時の資料も写真付きで手に入った。イーノスのものは、やはり存在しない。
 写真のジェフはフードを目深に被って少し俯き、前髪で更に顔を隠している。だが、二人はその顔に違和感を抱いた。
 傭兵となった時期は、能力者が生まれてすぐの頃。
 それから今日まで、ほとんど休むことなく依頼を受け続けていた。例外が四年前に一度。依頼で重傷を負い、半年ほど治療に専念している。
 この記録はヴィリオ・ユーティライネンも見ているはずだが、二人が抱いた違和感には辿り着けなかったようだ。
「当然、だよね。ヴィリオっていうひとは、イーノスにも‥‥ジェフおにーちゃんにも、会ったことがないんだから。こんな写真じゃ判断つかないと思うもん」
 ――俺のことなら、わかるだろうな。イーノスと名乗っているなら。
 それは、前回ジェフがユウに漏らした言葉。ユウはふと、その言葉を思い出していた。

「イーノスと‥‥同じ?」
 修道院で聞き込みをしていた新居・やすかず(ga1891)は、提示された資料に首を傾げた。
 その資料は「イーノス」の仕事内容や寄付額に関するものだ。
 五年ほど前から毎月、高額の寄付がイーノス名義でされていた。イーノスが死亡したと言われる時期からは、ジェフ名義で全く同じ額の寄付が。
 ひたすらに依頼を受け続ければ可能な額だが、イーノスの友人でしかないジェフがなぜそこまでする必要があるのだろうか。
 やすかずは疑問を抱いたまま、次は日記を確認していく。傭兵になる少し前の日記に、気になる箇所があった。
「‥‥ジェフリート・レスター?」
 何度も何度も、その名が書き連ねられている。
「名前を書く練習をしているみたいだ‥‥」
 やすかずが呟く。そのとき、天魔とユウが修道院に到着した。

 孤児院で通されたのは、院長室だった。
「はじめまして、先日は兄がお世話になりました」
 黒羽 風香(gc7712)が院長達に頭を下げる。ここでは、情報がどれくらい得られるだろう。
 二人で一人、少し羨ましい響きだ。それにしても、イーノスは双子座にとってどんな存在なのだろうか。
 欠けた自分を埋める、というものとは違う気もするが、もし彼が次の双子座だとしても、その片割れは一体――。
 何にせよ、今は少しでも情報を集めるしかない。風香は鐘依 透(ga6282)、九条院つばめ(ga6530)と共にソファに座った。
 院長を含めた年配の職員三名が何かを決意した顔で正面に座る。そして、院長は問われる前に口を開いた。
「イーノスのことを、知りたいのですね?」
 その言葉に、皆は顔を見合わせる。
「イーノス‥‥鏡映しのような動きをする人。そして、彼もまた双子だった‥‥」
 つばめの口をついて出る言葉。透が続ける。
「イーノスとヘレナさんのこと、外から見た二人のこと、他にも‥‥入所の経緯や境遇、関係‥‥イーノスの元傭兵という真偽‥‥訊きたいことは沢山あります」
「前回以後、何か変わったことがなかったか‥‥そして、幼少のころのラムゼイさんのこと、も」
 次いで、風香。性格や癖、兄弟のこと等、訊きたいことを連ねていく。
「イーノスの片割れについても、些細なことでも構いませんから‥‥」
 つばめが言う。ヴィリオはシスター達に疑念を抱いたらしい。もしそうなら、この孤児院の者達のほうが話してくれるかもしれない。
「あの一件からは、特に変わったことはありません。ですが、お話ししましょう。私が知る限りのことを」 
 意味深に笑い、院長は目の前の三人を見る。
「私に投げた問いの答えは、そのなかにあるでしょう。恐らく、修道院のほうも同じ話をするに違いない」
 今、「ジェミニ」を真っ直ぐに追いかける彼等は、少しでも手がかりを得ようと院長にとって逃げ場のない問いを投げかけてきた。
 偽りを答えることはできる。だが今は真実を話すべきだ。彼等になら、託しても大丈夫だろう。
「前にお話しした‥‥私がかつて双子だったという話、あれは偽りです。ここにいる私達三人と、修道院に孤児院を併設した設立者は、かつてフィンランド軍にいました」

「ユウもね、孤児院で育ったんだ」
「あら、同じね」
 ヘレナはユウに微笑む。
「ねぇ、イーノスっていう人は、どんな子供だったの? どうして傭兵になったの? 二人はどうしてここに来たの‥‥?」
 矢継ぎ早な質問。しかし無邪気な笑みと同じ境遇のユウに、ヘレナは特に疑問を抱かずに答えていく。
「私達は十歳で共に両親を失ってここに来たのよ。彼はとても優しい人なの。みんなを自分の力で護るために傭兵になったくらい」
「赤子の頃からじゃないのか? 俺はそう聞いてるが」
 ジェフが眉を寄せる。
「イーノスはここに来る前の記憶を失っていました。私達をここに連れてきてくださったお医者様が、悲しい記憶よりはと偽の記憶を刷り込んだのです。催眠術みたいなものだと思いますけれど‥‥」
 ヘレナがそこまで言ったとき、年老いたシスターが部屋にきた。
 なぜ、と言わんばかりにそのシスターを見据えるジェフ。しかしシスターは視線を合わせずにヘレナを退室させた。ここから先は、彼女には聞かれたくないのだろう。
「確かに、ここにはイーノスが存在したようだな」
 天魔はヘレナが退室するのを見届けてから、眺めていたアルバムを閉じる。
「片割れと共にここに来たのでしょうか? それに、ジェフ。片割れのことや、彼と知り合った時期と経緯、死亡の根拠‥‥それらを教えてもらえないでしょうか」
 共にアルバムを確認していたやすかずが問う。
「では‥‥ジェフではなく、わたくしがお話ししましょう」
 シスターが静かに息を吐いた。


 ふたつの場所で、院長とシスターによって同時に語られる話。双子の、話。
「イーノス達」は元フィンランド国籍で、親は物心ついたばかりの双子をある機関へと研究材料として売り、姿を消した。二人は性格から、「Valkoinen(白)」と「Musta(黒)」と呼ばれた。本名は、実の親しか知らない。
 性格は正反対だったが互いを想う気持ちは強く、いつも鏡写しのように共に在った。
 だが、いつしか彼等には「利用価値」がなくなり、新たな双子が何組も用意された。
 利用価値のないものの処分、それを一任されたのが当時双子の世話をしていた院長達とヘレナが言う「お医者様」だ。
 処分の意味はひとつしかない。そこに至って、彼等は自分達の罪の深さにようやく気づく。
 今ならまだ間に合う。白と黒はまだ十歳、いくらでもやり直すことができる。
 彼等は決意し、二人を連れて逃亡する。医者は、双子と幼馴染みだった自分の娘も一緒に連れて逃げた。
 だが、追っ手によって「黒」が奪われた。
 彼等は「白」と娘を連れて必死に逃げ、そして辿り着いたのがこの修道院だ。
 先ほどのシスターは、医者のかつての教師だった。
 全てを打ち明けられたシスターは、ここで子供達を育てるように言う。ただ、ひとつ懸念があった。
 それは、残してきた双子達のこと。
 ――彼等のことも、助け出したかった。
 そして修道院の孤児院と、もう一軒の孤児院が設立される。
 さらには、医者は娘を孤児に仕立て上げた。彼女を護るために。それが、ヘレナだ。
 ヘレナは医者が実の父親だということを知らない。彼女も「白」同様に十歳以前の記憶を失っていたからだ。
 目の前で、「黒」が奪われた事実は、幼い子供達にとっては精神を焼くほどに辛いものだったのだ。
 その後、医者は双子達を救出するべく、フィンランドに戻る。そして何組もの双子を救出したが――全て、片割れを逃亡途中で死なせている。それも、大半がバグアの襲撃によるものだ。
 あるとき、突如として医者の行方がわからなくなった。
 ――それは、双子座の出現時期と重なる。

 そして「黒」の行方と生死はわからないまま時が過ぎ、シスターは傭兵になるというイーノスに助言をした。
 ――傭兵として赴いた地で、敵を作ることもあるでしょう。あなたが本当にヘレナや孤児院を守りたいなら、自身の素性は隠しなさい。
 彼は疑うことなく従い、偽名で傭兵となる。髪も染め、カラーコンタクトも入れて。
 やがて、イーノスは事件によって重傷を負う。


「‥‥では、『楽園』という言葉について‥‥何か心当たりはありませんか」
 話が終わると、風香とやすかずがそれぞれの場所でそれぞれの相手に問う。すると二人は――。
「それは、ジェフにお訊きなさい。あの事件についての詳細も含めて」

 双方で同じ情報を得られたことを確認すると、皆は修道院で合流した。
 天魔が森のブランコの場所で話そうと提案する。そしてジェフの案内で、森の奥へと進む。
「案内すまないな。人に、特にヘレナに聞かれたくなくてな」
 バイブレーションセンサーで周囲に何もないことを確認する天魔。
「この森はさほど広くはないが、それでもここに案内もなく辿り着くのは難しい。‥‥だが、君はあの日ここを目指したヘレナに迷わず追いついたな」
 そして、今も――。
「イーノスから話を聞いていた? だが果たして人は話だけで迷わずこの場を目指せるものなのかね?」
 誰もが見えている答えを確実に導く天魔の問いに、ジェフは息を呑む。
「っと、話が逸れたな。まずは俺達の話を聞いてくれ」
 しかし天魔は皆に場を譲った。
「楽園の心当たりと、キメラ襲撃について教えてもらえませんか」
 単刀直入に、やすかず。
「ユカにとっての楽園は、ミカの代わりが見つかれば得られるものなのかもしれません。けれど、イーノスにとっての楽園、理想は‥‥彼の半身を得ただけで到達できるのか。その先にあるのが――血みどろの楽園なのだとしたら。私は、それを止めたい」
 つばめはジェフに事実を隠さず伝えるべきか考えた末、言葉を投げる。
 ジェフはそこでハッとし、すぐに皆の顔を見渡した。
「俺のことを調べろと‥‥言われたんだな。恐らくは、ジェミニの父親に」
 その問いに、誰もが無言で肯定する。
「イーノスのこと‥‥何もわからないままに後手に回ると‥‥また、沢山の人が泣くことになるかもしれません‥‥。僕はそれを止めたい。ユカに‥‥イーノスにも‥‥そんなことは、もうさせたくないんです‥‥」
 つばめと同じ気持ちの透。
 イーノスが後継者ならば、片割れは‥‥候補は。彼と深い関係を持つ者、誰よりイーノスに近いのは――。
「ヘレナさんにも、危険が及ぶかもしれない。杞憂ならいいけれど、そうでなかったら‥‥」
 透はジェフを見つめる。彼もイーノスに近いのなら、なおさら。
「‥‥訊きたいこと沢山あった。片割れのこととか、死因とか、寄付のこととか」
 ユウが呟く。
「でも、今訊きたいことはひとつだけ。孤児院にいたのは『イーノス』ではなく、双子の片割れのイーノス。今、現れているのはもう一人の『イーノス』‥‥『黒』だよ、ね?」
 じっと見据えるユウ。UPCで見たジェフの写真は、髪の色などは違うがイーノスに似ていた。
「俺が訊きたいことは一つだけだ。――真実は、明らかになりますか?」
 最後に問う天魔。それは、かつてのヘレナと同じ問い。
「答えも同じか? それとも隠し事の全てとは言わんがいくつかを話してくれるのかな?」
 皆の言葉を、ジェフは噛みしめる。
 もう隠す必要はない。シスター達が話したことはジェフにとっても初耳だった。だからこそ、ジェミニを追う彼等に――嘘をつきたくはない。
「‥‥この孤児院にいたイーノスは、俺だよ」
 かつてここで深い傷を負ったとき、ヘレナが視力を奪われたとき、『イーノス』がキメラと共に現れた。そこに何か危険な予感を抱き、傷を癒しながら顔を――整形した。
 そしてイーノスは死んだものとして、ヘレナに伝えたのだ。
「‥‥ひとつだけ忠告する。今のままでは『イーノス』がヘレナの前に現れたら、彼女は間違いなくついていく。そうなれば強化人間にされるか殺されるか、ろくな最後は迎えまい。後は以前の繰り返しになるので言わんが、ヘレナにイーノスのことを話すかだけは決めろ。俺達はそれに従う」
「ジェフさん‥‥貴方が守りたいものは‥‥何ですか‥‥? 僕らが知ることで‥‥その助けになれることはないですか‥‥?」
 天魔と透が真っ直ぐにジェフを見据える。
「ヘレナには、あとで俺から話す。‥‥彼女と、孤児院を守りたいから。そして『双子』のことも」
 ジェフは迷うことなく答えた。頷くのは透。
「ユカ‥‥ジェミニはどこから歪んだのか‥‥。大人が、世界の理不尽が歪めたのか‥‥。なら、それを知る僕らが止めないと‥‥彼等の楽園は人を殺してしまう‥‥悲しみを作るから‥‥」
「でも、彼がユカの代わりになるのなら、ミカの代わりとなる者を探す必要はないはず。ミカの代わりが見つからず、ユカの命の刻限が訪れた時‥‥イーノスと、彼の片割れとが、双子座を継ぐ‥‥?」
 恋人の言葉に耳を傾け、つばめは思う。
 鏡映しのように動けるイーノスなら、ユカの片割れになれるかもしれない。彼らが去り際に楽園、と同時に呟いた声は今も耳に残っている。
 そう、双子は‥‥二人でひとつなのだ。
「双子は二人でひとつなら、二人をひとつにすれば? 新たなミカという器にユカが入れば、一心同体の完全な存在にならないでしょうか‥‥」
 呟くのはやすかず。敵を理解することが無駄とは思わないが、配慮する必要性は感じない。
 ただ、ミカに手を下した一人として、ユカに向ける感情が同情であってはならないと考える。
「ユカは、何者なんだろう」
 ジェフが呟いた。
 その言葉に、誰もが思考を巡らせる。答えは出ない。答えを知っているのは本人と――。
「双子‥‥きっと誰よりも固い絆で結ばれた存在。それが一人になっちゃったら? ユウは耐えられない。悲しみでどうかしちゃうかもしれない」
 双子座。哀しい存在。何とかして助けてあげることは出来ないのか――。
「ユウに出来ることは、ないのかな‥‥」
 俯き、唇を震わせるユウ。
「‥‥もう、終わらせてやろう」
 ジェフがブランコに腰掛け、空を仰ぎ見る。
「失った記憶などいらない。欲しいのは未来だ。幸せな‥‥未来、だけ」
 きっとそれは――ジェミニも同じだったはずだ。
「それが‥‥『楽園』という言葉の意味かもしれないですね」
 風香が目を細める。誰もが言葉を失い、森の中には揺れるブランコの音だけが響く。
 未来。
 しあわせな、みらい。
 それを双子達から奪ったのは――誰だ。

 カウントダウンが、始まる。