タイトル:【PM】お母様は迷子マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/15 01:08

●オープニング本文


※このシナリオはパンプキンマジックシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません


「あらあらあらあら、ここは一体どこなのかしら?」
 広大な敷地のなか、のほほんと笑うお母様ひとり。

「お嬢様、またアフリカへ行かれるのですね。つかの間の帰省はいかがでしたか」
 執事がアレクサンドラ・リイに紅茶を差し出し、笑みを浮かべる。
「‥‥まあ、お母様に振り回されてばかりだった気はするが‥‥有意義な休暇だったと思うよ」
 リイは頷き、思いを巡らせた。
 母のエリザベス・リイはその天然っぷりが凄まじく、帰省する度に頭痛を覚えてしまう。今回も色々と振り回された帰省だったのは言うまでもない。小さく溜息をつき、紅茶を一口。
「そう言えば、当のお母様はどうした? 朝から姿を見ないが」
「ええ、サーシャ様にお土産を持たせたいと仰って、お出かけになられました」
「出かけただと? ひとりでか?」
「使用人がひとり同行しています」
「なら、大丈夫か」
 誰かが一緒なら、そのうちに帰ってくるだろう。いくら究極の方向音痴である母でも。
 究極の方向音痴、それは母親が生まれつき持っている恐ろしい才能だった。
 次の角を右だと言っているのに左に曲がり、ひとりでショッピングでもさせようものなら、絶対に迷子になって数キロ離れた土地の警察から「保護しました」と連絡がくる始末。それは自宅の敷地においても同じことで、広大な庭や裏の森などにひとりで行かせると遭難する。
 一旦迷子になってしまうと何かが狂うのか、奇跡が起こって屋敷に戻ることができたとしても、今度はそのまま屋敷内で迷子になる。使用人総出で捜索してもなかなか見つからず、二日後に発見されたときには何故か郊外の別荘にいたというわけのわからない行動を見せる。
 どうやってそこまで行ったのか、本人に訊いても「忘れちゃった‥‥」と首を傾げるだけ。
 そのため、彼女が外出するときは、それがたとえ敷地内であっても誰かが同行するというのが暗黙の了解になっていた。しかし本人はそれが窮屈らしく、文句を溢すこともあるのだが。
「昨日も、ひとりでおでかけしたいのに、ってぷりぷり怒っていたな」
「その割には、今日は素直に使用人が同行することに従ってくださいました」
「‥‥妙だな」
 リイは唸る。昨日は朝から晩まで「ひとりでお出かけさせて」といじけていたというのに、今日になってなぜ素直に従うのか。
 天然な母親のことだ、昨日のことをすっかり忘れている可能性もあるが――しかし、忘れていなかったとしたら。
「‥‥嫌な予感がする」
「‥‥まさか、そんなことは」
 リイと執事は顔を見合わせた。
 そのとき、血相を変えた使用人が部屋に飛び込んでくる。
「大変です、奥様が行方不明になりました――!」
 やっぱりそうか――っ!
 リイは頭を抱えた。
 使用人の話によると、玄関の前まで車で来たらしい。そこで母親を降ろそうとしたら、靴擦れができて歩けないと言う。使用人は別の靴を取りにその場を離れ――戻ったら、どこにもいなかったというのだ。
 すぐに周囲を捜したが見当たらず、こうして報告に来たというわけだ。
「‥‥嘘をついたのでしょうか、それとも‥‥」
「素直に待っている間に、蝶か何かを見つけてふらふらと追いかけてしまったのか‥‥」
 どちらもあり得るから怖い。
「門は閉めました。森から敷地外に出られてしまうとアウトですが、経過時間的に考えてもまだ敷地内にいるかと」
 使用人は言いながらもガタガタ震えていた。見失ってしまったことに責任を感じ、当主であるリイの顔を見ることができないのだ。しかしリイは責めるどころか、使用人の肩を軽く叩いて穏やかな声で労る。
「母が心労を与えてしまってすまない」
「お嬢様‥‥」
「とにかく、捜すしかないだろう。だが、長引くと陽が落ちてしまう。私も捜索を手伝ってくれる者を集めるから、お前達は先に捜索にかかってくれ」
 そして、お母様大捜索網が敷かれることになった。

「このドングリもかわいい‥‥」
 ほわほわ、ほわほわ。
 お母様は森の中でドングリ拾い。手に持ったカゴの中には、厳選されたドングリが沢山入っていた。他にも、綺麗な落ち葉や、野鳥の羽根、他にもよくわからないものが沢山。
「これだけ集まれば大丈夫かしら。そろそろお屋敷に戻らないと、またサーシャちゃんに怒られちゃう‥‥って、あら?」
 立ち上がって周囲を見渡したお母様、見覚えのない景色に小首を傾げて目をぱちくり。
「うふふ、また迷子になっちゃったかしら。あら? 可愛いリスさん」
 そして見つけたリスを追いかけ、お母様はさらにフラフラと森の奥へ消えていく。
 現在の居場所、それは森の一角にある小さな倉庫裏。
「あらあらあらあら、ここは一体、どこなのかしら‥‥?」

●参加者一覧

/ 藤村 瑠亥(ga3862) / エレナ・クルック(ga4247) / UNKNOWN(ga4276) / キア・ブロッサム(gb1240) / ドッグ・ラブラード(gb2486) / 夢守 ルキア(gb9436) / ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751) / ミスティア・フォレスト(gc7030) / 日下アオカ(gc7294

●リプレイ本文

「どこですか、エリザベス様ーーーーーっ!!」
 お母様――エリザベス・リイの名をひたすら叫びながら、リイ家の敷地内を駆け回る使用人達。
「エリザベスさんが迷子に‥‥フワフワしている方という印象はありましたが‥‥」
 慌ただしい屋敷内を見渡し、ドッグ・ラブラード(gb2486)はお母様のことを思い浮かべた。その独り言を聞いた使用人のひとりが、思わず頷いてしまう。
 実際、あのお母様は見た目もフワフワなら言動もフワフワ、脳内にはお花畑が広がっているのだ、きっと。
「‥‥そうか!」
 使用人は何か閃き、部屋の隅の観葉植物に突進していく。そして植木鉢をひっくり返して捜し始めた。
「うちの使用人はアホばかりか」
 アレクサンドラ・リイが溜息を漏らす。しかしあのお母様のことだ、本当に植木鉢のなかにいてもおかしくはないかもしれない。
「‥‥大混乱、ですね」
 ドッグは使用人の様子に苦笑する。しかし自分もこの混乱にこれから突入していくのだ。
「まぁ敷地内なら大丈夫だとは思うのですが‥‥もしもキメラや強化人間に襲われていたりしたら!」
 ――急がねば‥‥っ!!!
 くわっ!(気合いが入った!)
 しゅぽぽーんっ!!(どこから出した、その犬マスク!)
 すちゃっ!!(装着完了っ!)
「ど、ドッグ?」
「必ず、見つけてまいります!」
 目を丸くするリイに向かって、気合いのポーズ。食パンの袋を抱え、二足歩行の黒いラブラドール、発進!
「なぜ食パン‥‥?」
 ドッグの走り去った方向を見て首を傾げるリイ。なんとなく予想がつくだけに、一抹の不安を覚えなくはない。
「さて、私も一足先に行くとしようか」
 そう言って、ふらりと部屋から出て行くのはUNKNOWN(ga4276)。リイはその頭上を見て眉を寄せる。
「‥‥黒犬の次は黒ウサギか」
 ゆらゆら揺れるウサギ耳が、コートを翻して消えていく。他の傭兵たちも捜索を開始するべく準備を進めている。リイは気を取り直し、敷地地図を広げて執事と共に使用人たちの配置確認を始めた。
 その地図をひょこりと覗き込むのはミスティア・フォレスト(gc7030)。
「どうも‥‥。噂の蟻地獄屋敷を拝見に参りました」
「え゛‥‥っ」
 思わず顔面蒼白になるリイ。
「嘘です。ご母堂のお好きそうな場所や事象が知りたいのですが」
「な、なんだ、そうか、わかった」
 ホッと胸を撫でおろし、リイは地図を皆に渡し始めた。そしていくつかの危険ポイント(あらゆる意味で)をチェックし、必要なことを皆に教えていく。
「特徴は、ふわふわで少女みたいで方向音痴で‥‥」
 ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)がお母様の特徴を頭に叩き込む。恐らく、遭遇すれば一目でわかるだろう。
「キメラもいると聞いたが」
 藤村 瑠亥(ga3862)が問う。
「いるといえばいるかな。キメラというネームプレートを首から提げている猫が二匹。旧屋敷だ」
「‥‥了解、調査しておこう」
 頷き、瑠亥は席を立つ。
「‥‥あ、でもその猫は」
 本当はキメラじゃないから――と言おうとしたときには、もう瑠亥は出て行ってしまっていた。
「キアお姉ちゃんと一緒にお仕事、一緒にお弁当〜♪」
 エレナ・クルック(ga4247)は部屋の片隅で大きなリュックの中身を確認していた。
 中身は重箱。から揚げ、甘いたまご焼き、アスパラのベーコン巻、昆布や鮭などのおにぎり等、愛情たっぷりの手作り弁当だ。
「喜んでもらえるといいな♪」
 エレナはキア・ブロッサム(gb1240)が食べている姿を想像してほんのりと頬を染める。
 だが、このお弁当のことは食べるときまで秘密にしておこう。キアの驚く顔が見たいから。うきうきそわそわ、リュックを背負う。そんなエレナを少し離れたところから見て、キアは溜息をつく。
「‥‥作りすぎ‥‥」
 お弁当、実はバレバレだった。ふぅ、ともう一度吐息を漏らして、エレナに歩み寄る。
「あっ、キアお姉ちゃん!」
 エレナはぱっと顔を輝かせてキアに抱きついた。
「‥‥お、重い‥‥」
 思わずよろけるキア。エレナの体重と巨大リュックの重みがのしかかる。そうとは知らず、エレナは満面の笑み。
「じゃあ、しゅっぱーつ♪」
 ふたりが部屋から出ようとすると、扉のところでばったりと日下アオカ(gc7294)に遭遇した。
「あら、これは。お久しぶりですわね」
 以前、依頼で一緒になったキアに笑む。
「今から捜索ですの? よろしかったらご一緒しません?」
 キアのスナイパーの「目」とアオカの「耳」は相性がいいだろう。キアとエレナは頷き、三人で捜索することになった。
「‥‥と、大事なことを忘れてましたわ」
 アオカは軽く手を叩き、執事に歩み寄っていく。
「これはアオカ様。奥様がご迷惑をおかけして‥‥」
 執事は眉を下げる。アオカは首を振り、軽く手を挙げた。
「チャールズ、お茶とお菓子の準備を。野外で飲むのも一興ですと、あのお母様なら言いだしかねませんわ」
「――なるほど。ではしばしお待ちを」
 アオカの提案に執事は納得する。
 そして執事からお茶会セット一式を受け取り、三人は改めて出発した。
「リィ君、見つけたら連絡するね」
 夢守 ルキア(gb9436)がリイに笑む。
「ああ、よろしく。今回ばかりは効果があるかわからないが‥‥」
 リイはルキアの頬にいつものように唇を寄せる。あのお母様の前ではこのおまじないが効くかどうかはわからないが、しないよりはいいだろう。
「ありがと! ‥‥あ、執事のヒトは、覚醒しておいて。二重遭難は避けたいから、旧屋敷と新屋敷の捜索をお願いね」
「承知いたしました」
 ルキアに頷き、覚醒する執事。少しだけ執事オーラが増したような気がしなくもない。
 そして残る者達も捜索に出発、「屋敷内部はお任せください」と執事が皆の背を見送った。

「‥‥さて。色々と注意しつつ迷子の子猫さんを探さないと‥‥」
 ドゥは森を見渡した。
 遊歩道と、ところどころに、「立入禁止」とロープで仕切られた細い道。
 禁止区域には小さな監視カメラや鳴子などが見受けられる。今のところ、それらに異常はない。
 そうなると――。
「人が立ち寄らない方向かな」
 ドゥは遊歩道でも禁止区域でもないポイントへと歩を進めた。
 季節的には木々の葉は色づくころ。思えばこの季節に森を歩くのは、たとえここが故郷ではなくても懐かしさを覚える。
 妹と初めて出会ったのも、こういう森を散策して――。
「‥‥でもここで出てくるのは稲荷様でもゴーストでもなく、バグアかキメラか」
 そこかしこに見受けられる禁止区域。
 過去に強化人間がいただの、キメラがいただの、バグアの監視カメラがあっただの、激しく物騒な森だ。ただ、お母様にとって危険そうな箇所にもロープが張られている。恐らくは、捜索部隊の誰かが用意したものなのだろう。
「まあ、こんなときは来ないと思うけど‥‥野生のキメラとかいるかな」
 念のためのデビルシールドやマジ・クイット。
 ハロウィンの仮装で使おうと思ったデビルシールドには、死人の首を模した仮面を貼り付けた。そして、馬のない某老紳士といった感じの仮装衣装に、見かけはただの杖だが剣が仕込まれているマジ・クイット。
「‥‥ええと、こっちも立ち入り禁止、か」
 何度目かの禁止区域にさしかかったとき、すぐ近くで鳴子が鳴った。禁止区域の奥でふわふわ揺れるフレアスカート。
「‥‥いた!?」
 ドゥは弾かれるように駆けだし、禁止区域を区切るロープを飛び越えた。

「誰かが‥‥禁止区域に入ったようですね‥‥」
 旧屋敷から森の一角周辺を巡回していたミスティアは、遠くで響いた音に頷く。リイに確認した危険区域(あらゆる意味で)の全てに鳴子を設置したのだが、そのひとつが反応したようだ。
 鳴子がもう一度鳴った。誰かが追跡しているのだろう。
 この方向だと、お母様の大好物と思われるポイントだ。そこにはリスの巣が多い。
 ミスティアはそのポイントを地図に書き込み、巡回を再開する。捜索も大切だが、『万一』の排除も傭兵の仕事、双眼鏡と併せて足跡などがないか調べていく。

「いないなぁ‥‥」
 樹上から捜していたルキアは、双眼鏡を降ろして肉眼で周囲を見渡した。
「でもさっき、何か音がしたよね」
 遠方で何かがカラカラと乾いた音を立てていた。ルキアは再び双眼鏡を覗き込む。
 ――と、木々の間を何かの影が走り抜ける。
「あれは‥‥」
 ドゥのようだ。彼が向かう方角には女性の姿。紛れもなくお母様だ。ドゥはその進行方向を予測し、先回りを開始した。
 しかしいきなりその姿が消えた。先回りしたはずのドゥも立ち止まり、周囲を見回している。ルキアは飛び降りると、バイブレーションセンサーを発動した。
 見失った方角には、確かに反応がある。だが、姿だけがない。ルキアは首を傾げつつ、そのポイントへと向かった。
「ねぇ、ここにいたよね?」
 ルキアの問いにドゥは「突然消えて‥‥」と頷いた。
 だが、ルキアのバイブレーションセンサーには相変わらず反応がある。二人はそのポイントをじっと見つめた。そこには落葉があるだけだ。
 ただ、それは不自然に蠢いていた。
「‥‥ここかな?」
 ルキアはそろりと歩み寄って手を突っ込んでみた。
 ずぶり。
「深い‥‥っ!?」
 地面に触れることなく、落葉の中へと入り込んでいくルキアの手。あまりもの深さにびっくりして、手を引っ込めようとした。
 ――その、瞬間。
「えぇぇ‥‥っ!?」
 何かに手を掴まれ、落葉の中に引きずり込まれてしまった。
 ドゥが助け出そうと慌てて手を突っ込めば、その手を掴む感触があった。迷うことなく引きずり上げる。
 しかし、引きずり上げた存在は――。
「あぁ、びっくりした‥‥! 自分が仕掛けた落とし穴にひっかかっちゃった」
 落葉を払い落とし、にっこりと笑む――お母様。
「チャールズたちが捜しにくると思って、落とし穴作っておいたんだけれど」
 くすくす。
「え、えと‥‥」
「ありがとう、あなた。お礼を言うわ。じゃあ、ごきげんよう」
 スカートを軽くつまんで挨拶すると、お母様はくるりと背を向けて歩き出した。
「ま、待って‥‥っ」
 ドゥは慌てて追いかけ、今度こそ先回り成功。少し太めの樹木に隠れ、タイミングを待つ。
 そしてシールドをソロ〜リと出し――。
「フヒヒヒ〜、不吉じゃぁ〜、不吉が迫っておる〜。急いで帰らんと〜主の知り合いが死ぬぞぉ〜。フヒヒヒ〜」
 さあ、お母様はどんな反応を返してくるだろう。
 驚いて立ち止まるお母様は、何か考え始め、そして軽く両手を叩いた。
「わかりました、では急いで帰りますね」
 にっこり笑い、元来た道を引き返し始める。ドゥは隣に並んでさりげなく手を繋ぐと、「では家までお連れしますね」と笑んだ。
 初対面で不躾だろうかと思ったが、離れてしまったら元の黙阿弥だ。幸い、お母様も気に留めていなさそうだ。
「息子も欲しかったなぁ」
 くすくすと笑うお母様。
「こうやって手を繋いで歩いているときに、私が転びかけたら息子が助けに入るの。危ない! って」
 そしてわざとよろけてみせるお母様。ドゥはそれに乗って「危ない!」と助けに入ってみた。
「うふふ、ひっかかった☆」
 ドゥをひらりとかわし、お母様はフレアスカートを翻す。
「‥‥しま‥‥っ」
 ここは先ほどの落とし穴ではないか。その事実にドゥが気づいたときはもう、穴の底だった。
「いたたた‥‥、油断したかな‥‥」
「‥‥逃げられちゃった?」
 ルキアは、隣に落ちてきたドゥを見て全てを悟る。
 ――お母様、恐るべし。

 黒犬‥‥じゃなかった、ドッグは広い庭園を捜索していた。
 くまなく捜しているうちに、やがて旧屋敷に到着した。ここから先は森だ。
「‥‥そういえば、『キメラ』(仮)ちゃん達どうしてるかな? ‥‥いや、それより捜索を! ‥‥や、でも元気かな‥‥? あ、後で様子を見に!」
 少しばかり葛藤しつつ思いを断ち切り、ドッグは覚醒。そしてGooDLuckを発動し、無事を祈りつつ森に入っていく。それを遠くから見送るのは、二匹の「キメラ」。
 ドッグが森に入った直後、旧屋敷前に現れたのは瑠亥。森の方角を見てなごなご鳴いている存在に気づくと、その目を疑った。
「キメラ‥‥か?」
 思わず凝視する。どこからどう見ても猫だ。
 ふなーご。
 なごなご、なぁぁーん。
「欠伸か‥‥。間抜けな顔だ‥‥」
 少しだけ、頬が緩みそうになった。これはキメラだ。キメラだと本人(違)たちも主張しているではないか。
 首から提げたプレートに、油性ペンで「キメラ」と。
 しかも、ちょっとたどたどしいカタカナ。何故カタカナ。ここはイギリスじゃないのか。この付近に日本人でもいるのか。
 理不尽かつ不可解な状況に、瑠亥の脳がフル回転する。
 そのとき、後方から声を掛けられた。
「あら、お客様?」
 振り返れば、そこにいたのはぽやぽやとした――。

「こんなとこで練力なんて使ってられませんわ」
 アオカはいい季節だからのんびり捜そうと大きく構えていた。
「ま‥‥広くとも逃げ隠れている相手でもないですし、ね」
 キアも痕跡などは探してみるものの、基本的には散策と変わらない。
「まあ、あのお母様のこと。当初の目的に沿ってずっと動き続けることはありませんわ」
 言いながら、聞き込んでおいたお母様の情報を反芻する。
 ふわふわのフレアスカート、白いブラウス、少し大きめのカゴに、靴はパンプス。肩にはストール。
 お土産を用意していたらしいお母様の料理や創作スキルはなかなかのもので、さらにリイが迷惑を被り続けている趣味は、「迷子」――。
「迷子って趣味なんですの‥‥? まあ、あとはふらふらと歩くしかありませんわね。キアさんの目に期待していますわよ」
 どこか人任せにマイペースのアオカ。キアは苦笑し、視線を走らせる。そのとき、視界の端からエレナが消えた。
「あぅ〜キアお姉ちゃん待って〜!」
 キアの後ろをチョロチョロとついて回っているエレナは、リュックが重くて遅れがちだ。
 少し遅れては小走りで追いつくことの繰り返し。これではエレナが迷子になりそうだ。
「アオにも特技はないこともないですが」
 アオカは秋の空に囀る小鳥の鳴き声を口笛で真似、キアに披露した。お母様のことだから、聞きつけてひょっこり現れるかもしれない。
 しかし現れたのは、沢山の野鳥たち。
「‥‥野鳥探しではないのですけれど、ね」
 言いながらも、キアも散歩気分で音色に聞き入る。
 まあ、そう簡単にお母様が出てくるわけないと苦笑する。その直後、あることに気がついた。
「‥‥いない」
 お母様ではなく、エレナが。
「全く‥‥あの子は何しに来てるの‥‥。少し捜してきます‥‥」
 アオカにそう言い残し、キアはエレナを捜し始めた。

「あの小鳥可愛いな〜♪ ‥‥あれ‥‥? キアお姉ちゃん‥‥?」
 小鳥に気を取られていたエレナは、キアたちとはぐれてしまったことに気がついて呆然とする。
 どうしよう。怖い。
 急にひとりになったことで、ここがとても怖い場所に思える。
 ――ばさ‥‥っ。
「きゃ‥‥っ」
 鳥の飛び立つ音さえ怖い。
「キアお姉ちゃ〜ん‥‥どこ〜?」
 ぎゅっとリュックの紐を握り、彷徨う。どうしよう、このまま見つけてもらえなかったら――。
 しかし、エレナはすぐに捜しに来たキアと再会することができた。
「‥‥まったく、もう離れるんじゃありません、よ‥‥」
 呆れ気味に吐息を漏らすキアに、エレナは涙目で抱きついていく。
「キアお姉ちゃ〜ん、怖かった〜」
「よしよし‥‥」
 よろけながらエレナを受け止めるキア。その後はエレナの手をしっかり引き、エレナもキアにしっかりくっついて、改めて三人でお母様捜索を再開する。

「こっちかな?」
 エレナが木の棒を倒し、進む方角を決める。こんなことで見つかるのだろうか。しかし、何回目かでエレナが倒した木の棒が、誰かが倒した木の棒と重なり合った。
「‥‥えっ」
 目を丸くするキアとアオカ。まさかと思って相手の棒を見ると、その先にいたのは紛れもなくお母様。
「木の棒を倒していたら、可愛らしい女の子達に会えるなんて! ファンタジーだわ!」
 どこが。
 しかしお母様を発見できたのは有り難い。キアはすかさず問う。
「‥‥さて、どうして御一人で‥‥?」
「だって、サーシャちゃんをもう少し引き留めておきたくて‥‥」
 瞼を伏せるお母様。予想外の反応に、三人は顔を見合わせる。
「なーんてねっ☆」
 くすくす。
「ちょ、ちょっと待ってくださいですの、じゃあどういう理由で? そのカゴの中身は?」
「これ? これはサーシャちゃんに渡すの。時々この森のことを思い出してくれるように」
 今度は本当なのだろうか――。
「でも、ドングリって茹でておかないと芋虫がうじゃうじゃ出てきて大変なの」
「そ、そういうお話はあまり聞きたくありませんわ」
「そう? 大事なことよ? 箱を開けたらね、もぞもぞ‥‥って」
 お母様は可愛らしい顔で恐ろしいことを言う。
 さて、どうするべきか。まだドングリなどを探すのだろうか。もしそうなら、手伝って帰る気になってもらうのも得策だろうか。
 三人はひそひそ相談する。しかし一瞬だけ目を離したのが悪かった。
「って、どこに行った‥‥の‥‥」
 いつのまにか消えてしまったお母様に気づき、キアは軽い苛立ちを覚えた。
 そして、半ば据わった目でアオカに向き直る。
「‥‥探知できましたよ、ね‥‥とっとと使ってくださりません?」
 しかし言われるまでもなく、同じように苛々していたアオカはとっくに覚醒ずみ。
「ま、まだ近くにいるはずですの! まったく、練力の無駄ですわ!」
 そして、バイブレーションセンサーを発動した。

 瑠亥はぱやぽやした女性と対峙していた。
「ここの住人か?」
「ええ。でも道に迷ってしまったの」
「――は?」
 瑠亥は耳を疑う。住人だというのに、道に迷ったとはどういうことなのか。ああ、そうか、これが「お母様」か――。
「この建物じゃないお屋敷までの道、知らないかしら‥‥?」
「あそこに見えているが‥‥」
「あら、本当! ごめんなさい、ありがとう」
 お母様はふんわりと頭を下げるが、そのまま動かなくなった。
「ど、どうした‥‥?」
「きめら、はっけん」
「‥‥読めるのか、カタカナ」
「だって私が書いたんですもの」
「‥‥じゃあ、この猫は」
「普通の猫ちゃんよ、可愛いでしょ? とってもお利口で、ふぉーくびーむはもっていないけど、この子達には勝てた傭兵さんはいないの!」
「‥‥ふぉーくびーむ」
 それを言うならフォースフィールドだろうと突っ込みたくなる衝動を堪え、瑠亥はキメラを見る。そりゃ、普通の猫なら誰も勝てないはずだ。戦う必要がないのだから。
「それより、屋敷に戻らなきゃ。きっとみんな心配してるわ」
 お母様はそう言うと、もう一度頭を下げ――また固まった。
「今度は何だ‥‥っ」
「‥‥野ウサギ、はっけん‥‥♪」
 きらきらと目を輝かせ、森の方角へと野ウサギを追いかける。瑠亥は完全に止めるタイミングを逃してしまった。
 そして倒す必要のないキメラたちと再び向き合い、「疑って済まなかった」と軽く頭を撫でたところに、「探知した場所はこちらですの」と茂みからアオカとキア、そしてエレナが現れた。
「‥‥ここに女性、いませんでしたか‥‥」
 どこか疲労困憊といったキアが瑠亥に問う。
「つい先ほどまでいたが‥‥野ウサギを追って森に‥‥」
「‥‥もう‥‥いや‥‥」
 がっくりと項垂れるキア。深く長い溜息をつき、上目遣いに瑠亥を見る。
「‥‥迷子のお母様を見逃しただけではなく‥‥あまつさえ猫と戯れているなんて‥‥。‥‥責任‥‥とって捜して頂きますから、ね‥‥」
 俯いたまま視線を上げるキア。激しい憤りを、自分たちのことを棚にあげてぶつける。その迫力は凄まじい。
 別に猫と戯れていたつもりはないのだが、瑠亥は責任を取らないといけない気がして彼女達に同行することになってしまった。
「あぅ〜‥‥キアお姉ちゃん、私もう疲れた〜」
 キアの腕にしがみつくエレナ。背中のリュックが重くて仕方がない。キアはエレナを抱えながら、無言でアオカを促す。
「わかりましたわ。次、いきますですの」
 アオカがもう一度バイブレーションセンサー。そして四人でお母様を追いかける。

「‥‥あらあらあらあら?」
 不思議な空間に迷い込んだお母様は、目を丸くした。
「ここは一体、どこなのかしら‥‥」
 野ウサギを見つけて森の中を追いかけていたら、いつのまにか開けた場所に出ていたのだ。
 そこには瀟洒な白いテーブルと椅子が置かれ、テーブルの上にはサンドイッチやスコーン、ケーキなどが載ったティースタンド。
「それから‥‥手作りクッキー、モンブラン。ピーチパイと‥‥プディング?」
 テーブルを飾る花々からは淡い香り。湯気をゆらすガラスのティーポットには、紅茶と――これはハーブティー?
「――おや? 呼ぶ前から可愛い迷子だね」
 その声にお母様が振り返れば、そこにいたのは黒ウサギ。
 ロイヤルブラックの艶無しのフロックコート、同色の艶無しのウェストコートとズボン。
 兎皮の黒帽子には、立派な黒兎の耳が。
 コードバンの黒皮靴と共皮の革手袋、パールホワイトの立襟カフスシャツ。スカーレットのタイとチーフに、古美術品だろうか――カフとタイピン。
 彼は木々の間にパンプキンヘッドのランプを渡しながら、穏やかな目でこちらを見ていた。
「ウサギさん‥‥人間に変身したのかしら‥‥?」
 かくーり。
「でも、あなたの発する雰囲気は、ウサギじゃないわ。そう‥‥羽毛を持っているのに噛みついたり、顎髭を生やしていたり。そんなとても危険な感じ。きっと‥‥あなたに出くわした私は、静かに消えてしまうの」
 くすくすと笑うお母様。
「でも、できれば微笑とお世辞が欲しいなぁ?」
「――では、お嬢さん。お茶でも如何かな? 少し休憩でもしていくといい」
 黒ウサギは微笑んでそっと椅子を引く。お母様はありがとうと笑み、ふわりと腰掛けた。黒ウサギの咥えパイプから揺れる紫煙を、軽く手で押しとどめる。
「ここは森の中。禁煙が‥‥いいと思うの。どうかしら?」
 黒ウサギは口角を上げ、彼女の提案に従った。そしてお母様に紅茶を淹れ、自分の紅茶にはブランデーをたっぷりと。
「卵はないの? あればお顔を描いてあげるのに」
「意味論でも交わすつもりかね?」
「交わしてみたいけど、私じゃだめね。そういうのはサーシャやヴィクトリアが得意なんだけれども。ああ、私の娘達のことよ」
「――おや? アレクサンドラのお母様で?」
「あら? 娘を知っているの?」
「そうだね‥‥仕事仲間、かな?」
 その言葉に、「自慢の娘よ」とお母様は笑った。

「もうそろそろ、いい時間かな?」
 黒ウサギは懐中時計を見る。
「いい時間? わかった、みんなでお茶会しようっていうのね? じゃあ私が呼んできてあげる。待っててね、黒ウサギさん」
 がたりと立ち上がり、お母様はカゴを抱えて走り出す。黒ウサギは「待っているよ」とそれを見送ってしまった。

 森の一角で、バイブレーションセンサーを発動するミスティア。
 反応するものといえば、使用人とか野ウサギとか、そんなものが多い。鳴子が未だあちこちで鳴ることを考えると、お母様はまだ確保されていないのだろう。
 そのうちに、あまり移動しない反応を発見する。お母様かと思って急げば、そこにいたのは大きな黒ウサギ。
「おや? またお客様かな?」
「‥‥また?」
「少し前までアレクサンドラのお母様がいたのだが‥‥誰かを呼んでくると言ってどこかに行ったきり、戻って来ないのだよ」
「‥‥なるほど、そういうことですか」
 つまり、この近くで迷子になっているということだ。ミスティアはバイブレーションセンサーを何度も発動。ここから遠ざかっていく反応を見つけた。
 黒ウサギのお茶を断り、その反応へと急ぐ。それにしても、発動する度に変な方向へ行くのはどうにかしてほしい。迷子、恐るべし。

「ふむ、戻らないね。ここまで凄い迷子だとは」
 黒ウサギは微笑を浮かべて立ち上がると、軽く周囲を片付けて森の外へと向かい始めた。
 それから数分後、そこに現れたのはエンドレス捜索に嵌って大変なことになっている四名――キア、エレナ、アオカ、瑠亥。
 ここに来る直前にもお母様に遭遇、木の幹にいる虫の話を聞かされているうちにまた見失ってしまったという状況だったりする。
「誰もいない、ね」
 エレナが首を傾げる。
「‥‥紅茶の匂いが残るだけ‥‥ですね‥‥」
「なんなんですの、これは現実ですの? なんだかもう悪夢のような気がしてきましたわ」
 ――アオカ、正解。
「手練れの、スナイパーで、あるまいし‥‥」
 常識の範囲内程度でしか認識がない瑠亥は、激しい頭痛を覚えていた。
 それにしても、長時間の捜索は疲れる。アオカはもう疲労で動けなさそうだ。とりあえず彼女をおぶって歩こうと、瑠亥は背を貸した。
 キアは大丈夫そうだろう。だが、機嫌が悪くなっているのは肌で感じる。そう思った矢先、キアがちらりと瑠亥を見た。
「次‥‥行きましょう‥‥。まったく‥‥猫と戯れてさえいなければ‥‥」
「‥‥わかった、わかった」
 瑠亥は苦笑し、この捜索が早く終わることだけを祈った。
 しかし、五分後また悪夢に遭遇する。
「あっ、またあなたたちね。ねえねえ、これ見て――!」
 小さな倉庫の軒下で、お母様が何かを眺めて遊んでいた。
 今度こそ捕まえる――!
 四人はそう強く決意し、お母様の指さすそれを覗き込んだ。
 ――その、刹那。
「いやああああああああああっ!!!」
 森に響き渡る、アオカの絶叫。
「ど、どうしたんですか‥‥」
「どうしちゃったの!?」
「‥‥おい?」
「あ、あり‥‥、口にするのも嫌ですわーーーー!!」
 それは、リイ同様にアオカのトラウマになっている蟻地獄。三人が慌ててアオカを宥めている隙に、やはりお母様はいなくなってしまった。
「‥‥もう、いや‥‥」
 キアが再び呟いた。

 ミスティアは何度も方向転換を繰り返し、ようやくお母様を確保。
「確保しました‥‥今、替わります」
 リイに連絡を入れ、無線をお母様に手渡す。
「私がお話ししていいの?」
「ええ。通話し続けてください」
 そして始まるお母様とリイの会話は、それはもう恐ろしいくらいに噛み合っていない。聞いているだけで精神汚染が進みそうなレベルだ。
 しかし母娘の会話的には正解か。お母様はとても楽しそうに話している。いつでも繋がる――それが家族だから。
「今すぐサーシャちゃんが来てくれるそうよ」
 お母様のその言葉を受け、ミスティアは送迎を呼ぶために照明銃を空に放つ。
 だが、その照明銃が危険物(?)だった。
「花火‥‥っ!?」
「‥‥えっ」
「すごい、光ってる‥‥っ!」
 お母様は無線をミスティアに返して駆けだすと、するすると木に登って行ってしまう。
「ま‥‥待ってくださ‥‥」
 追おうとするが、呆れるほどに足の速いお母様はあっというまにどこかに消えてしまった。
「‥‥さて、どうしましょうか」
 改めて、作戦を考えるミスティア。
 午後三時、空に雲ひとつないが、少し肌寒い。
「‥‥寒くなれば、避難を目的に手近な小屋か廃屋を目指す可能性が高いでしょうか‥‥」
 無事に退避できればいいが、途中で事故などが起これば一大事だ。
 その場合はどこか安全な建物にお母様を誘引する必要があるだろう。安全そうなのは旧屋敷か。
 ――何を使って誘引するべきか。
 向こうから釣られてくるようななにか。ふと、ミスティアの脳裏に閃くなにかがあった。
「‥‥カレーの匂いで‥‥」
 そう、匂いで誘引するのはどうだろうか。
 それも――。

 レ ッ ド カ レ ー の 匂 い で !

 そうと決まれば、カレーを作らなければ。ミスティアは一旦、屋敷へ戻ることにした。これだけの屋敷だ、材料は揃っているはずだ。
 そして厨房の巨大な冷蔵庫で発見したものは――。
「‥‥熊肉、ですか」

「あらぁ、大きなワンちゃん!」
 突然、頭上から降ってきた声に、ドッグは心臓を鷲掴みにされるくらい驚いた。
「え‥‥っ!?」
 見上げると、木の上からお母様がするすると降りてきた。ドッグは慌てて駆け寄る。
「ご無事ですか!? ‥‥もう、リィさん心配されていましたよ?」
「サーシャちゃんにはこんなに大きなワンちゃんのお友達がいたのね‥‥!」
 きらきらと目を輝かせるお母様。そう、ドッグは犬マスクを外し忘れていたのだ。だがドッグはその事実に気づいていない。
「そ、それにしても、木の上で何をしていたんですか」
「花火を追っていたの」
「‥‥は?」
「そうしたらキツツキの穴を見つけたから、見に行こうかなって思ってたんだけれど‥‥」
 じぃっと上目遣いでドッグを見る。
「じゃあ、私もご一緒させていただいてもいいですか?」
 ドッグはお母様に伺いを立てる。大きな危険もなさそうだし、いい日和だし、一緒に楽しませてもらおう。もちろん、目を離すことなく。
「いいわよ? こんな大きなワンちゃんと一緒なら、色んな動物さんとも会えそう!」
 お母様はふたつ返事で、ドッグの腕をぐいぐい引っ張って歩き始めた。
 キツツキの穴、リスの穴、他の鳥の巣や主を無くした蜂の巣、野ウサギの親子や、小さな虫たち。
 そんな、森の小動物達を堪能するだけ堪能しまくったお母様は、頬を染めて興奮していた。
「楽しかったですね。あとは屋敷まで帰るだけ‥‥あれ?」
 ドッグはお母様を屋敷に誘導しようとしたが、自分たちが今どこにいるのか全くわからないことに気がついた。
 おかしい。地図を見ながら散策していたはずなのに。
 これも全て、お母様のスキル「迷子」の為せる技なのか――!
「あらあらあらあら、ここは一体どこなのかしら?」
 きょとんとするお母様。しかしドッグは動じない。こんなこともあろうかとパンくずを撒いて――。
「あれ?」
 パンくずが、ない‥‥?
 おかしい。食パンをちぎって撒いてきたはず。必死に周囲を捜すと、ふなぁぁん、と甘えた声が聞こえてきた。
「まさか‥‥」
 声のほうを捜すと、そこには思った通りの「キメラ」たち。髭にパンくずがいっぱいついている。しかも、それだけじゃなかった。
「なんで、犬まで」
 それは、屋敷で飼っている犬たちだ。やはり髭にはパンくずが。どうやら匂いを頼りにお母様を捜しながら、パンを食べてしまったらしい。これでは意味がないではないか。
「あら、ついてきちゃったのね?」
 お母様は小首を傾げて笑う。しかしドッグは笑っている場合ではない、自分も迷子になってしまったのだから。
「こ、こんなこともあろおぉかと! ポットとお茶がありますので人心地着きましょうか」
「どこから出したの?」
「企業秘密です。ちょっと良い紅茶ですよー」
 下手に動くと更に迷いそうだ。だったらここでじっとしていたほうがいい。ついでに、「キメラ」や犬たちと遊んでしまおう。
 ドッグはてきぱきと紅茶を淹れ、お母様に差し出した。そしてこそりとリイや皆に連絡。あとは迎えが来るのを待つだけだ。

「モールトカ、お菓子トカ集めてもらっていいかな?」
 ドングリを拾いながら、ルキアは使用人達に無線で連絡する。
「旧屋敷を飾るんだ、ヘンゼルとグレーテルみたいに」
 そうして、今度こそお母様を誘い出すのだ。使用人達は了承し、ルキアの指示に従って材料を集めにかかった。先ほど一緒に穴に落ちたドゥは一足先に旧屋敷に向かっている。
「おや、ドングリかね」
 ふらりと黒ウサギが現れた。ルキアの手から零れたドングリを拾い上げ、渡す。
「UNセンセも一緒に拾う?」
「そうするとしようか」
 そして黒ウサギ――UNKNOWNもドングリ拾いに参加した。

「カレーの匂いがする‥‥」
 ドッグとお茶を楽しんでいたお母様が立ち上がる。
「どこからかしら、賑やかな声も聞こえる!」
 お母様はうきうきそわそわ、ちょっとだけ小走りで匂いの方角へと向かっていく。
「ま、待ってください!」
 ドッグは慌てて追いかける。
『ドッグ、今どこだ』
 ふいに、リイから連絡が入った。どうやら他のメンバーが旧屋敷に集まって、お茶会の準備を始めたらしいのだ。
「そちらの匂いに誘われています」
『了解、近いな。‥‥んー、吠えてくれ』
「は?」
『大声で、吠えてくれ。音で居場所を判断して迎えに行く』
「ほ、吠えるんですか。わかりました」
 そういえば、リイは覚醒すると聴力が上がるんだった。ドッグは頷き、大きく息を吸い――。
「わ」
「さーしゃちゃーーーーーーーーーーーーーーーん!!」
 ドッグより早く、お母様が吠えた。

 すっかりお菓子の家みたいになった旧屋敷、お茶会の準備もできあがり、ルキアとアオカは満足顔。
 ミスティアが用意したレッドカレーも食欲をそそる香りを漂わせている。
 それにしても、疲れた――。
 誰もがその疲労感を抱き、森を見る。そろそろ来る頃だろう。
 ほどなくして、リイとドッグが森の奥から姿を現した。お母様はリイにがっしりとお姫様抱っこされてご満悦だ。
「うわぁ、やっぱりカレー! いい匂いだわ‥‥! お茶もあるのね、うれしい!」
 きゃっきゃと喜び、リイの腕から飛び降りる。先ほどまで迷子だったことを自覚しているのかいないのか。
「仮装してる子達もいるし、とても素敵ね」
「今日は、ハロウィンだからね」
 UNKNOWNが言う。
「じゃあ、今からハロウィンのお茶会開始なのね?」
 お母様は嬉しそうに表情をころころと変える。そして自然に始まるお茶会、パーティー。
 ジャックランタンの服装で周辺を回るルキアは、「キメラ」たちを強く触ってみる。
「あ、フォースフィールドないんだ。やっぱり普通の猫なんだね」
「もしやその猫の名は‥‥漫才コンビの如く『キラ&メラ』なのでは‥‥」
 ミスティアがお母様に問う。
「どうしてわかったの!? すごい‥‥っ」
 お母様は大興奮。まさか本当にそんな名だとは思わなかったミスティア、「そうですか‥‥、キラ&メラ‥‥」と、しげしげと猫たちを見つめた。
「変装してるから、お菓子か悪戯ーってするのかしら?」
「まあ‥‥それなりに楽しませてもらったから報酬とかはあんまり考えないけど‥‥折角だからお菓子も欲しいかなあ」
 お母様と笑むのはドゥ。お母様は「じゃあ、これあげる♪」とカゴの底から星形のクッキーが入った袋を取りだして渡す。
「お弁当作ってきたのですよ〜、みんなでどうぞです〜♪」
 エレナがテーブルにお弁当を広げた。捜索でくたくたの皆は、紅茶と共にお弁当やレッドカレーにも手を伸ばす。
 キアも疲労困憊状態で出されて一瞬だけ考えてしまったが、エレナの顔を見ると断れずに一口。
「おいしい? おいしい?」
 ドキドキしながらエレナはキアに問う。
「‥‥不味くはありません、ね‥‥」
 それは美味しいという意味だ。エレナは満面の笑みを浮かべて「よかった‥‥!」と大喜び。
 そのうちに周囲は暗くなり、焚き火が皆と旧屋敷を照らし始めた。
「ダンスパーティーしようか!」
 ルキアはお母様をフォークダンスに誘う。ミスティアが音楽をかければ、エレナやドゥ、UNKNOWNもその輪に加わる。
「遅くなったケド、Trick or Treat!」
 お母様の手をとって、ステップを踏む。
「ねぇ、母親にとって、娘ってどんなソンザイ?」
「んー‥‥おひさまとか、おっきな花束。それから、暖かいお布団だったり、宝石箱だったり」
 お母様は嬉しそうに語る。リイは少し気恥ずかしそうにそれを眺めている。
「リィ君も、楽しまなきゃ。楽しいって思うとね、セカイがキラキラして、嬉しくなるんだ」
 ルキアにそう言われたリイは、ルキアの言うセカイが見てみたくてドッグに声をかけてみる。
「踊るか?」
「えっ、あっ、は、はいっ」
 ドッグの手を取り、フォークダンスの輪に入るリイ。
「ところでお前、そのマスクいつ取るんだ」
「‥‥あっ。す、すみません、すぐ取ります‥‥っ、あ、でもっ」
 踊っていると手が塞がっていて取れない――!
「終わったらで、いい」
 ドッグの葛藤に気づいたリイは、微かに笑った。
「‥‥ま‥‥無事に終わって何より、かな‥‥」
 踊る皆を見て、キアは安堵の一息。悪い気分でもない。
「ひとまずは、お疲れさまかなと。ゆっくり休むといい」
 瑠亥は、色々と大変だったキアと顔を見合わせ、互いに苦笑する。まあ、たまには戦場でないのも悪くはないだろう。
 しかし、キアが物騒な一言を言う。
「ただ‥‥本当にこれで終わり‥‥?」
「な、何を言うんですの! これで終わりに決まって‥‥っ」
 椅子に腰掛けて休憩していたアオカががばりと立ち上がる。
 その、刹那――。
「またいなくなったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 フォークダンスの輪から聞こえる、悲鳴にも近い叫び。
 どうやら踊って暑くなったからストールを置いてくると言って輪を抜けたお母様が、また姿を消したようなのだ。
「残業代金、請求が必要そうだ‥‥」
 瑠亥の呟きが、静かに響く。


「あらあらあらあら、ここは一体どこなのかしら――?」
 広大な敷地のなか、のほほんと笑うお母様ひとり。
 夢はまだ、醒めそうになかった。


 Trick or Treat――?