タイトル:【AC】Cease−fireマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/05 00:25

●オープニング本文


 ――ワルグラ。
 それはアルジェリアにあり、かつて【RAL】作戦において進攻したものの、完全解放には至らなかった街。
 バグア側の空戦戦力は排斥された。しかし、地上における戦力――強化人間は完全に退けたわけではなく、その多くが街に残ってしまったのだ。
 あれから半年以上の時が過ぎ、今回の停戦によってワルグラの強化人間の大半は街を去った。だが、今なおこの街に留まり完全放棄を拒んでいる者達がいる。
 そのため作戦時にチュニジアのピエトロ・バリウス要塞へと避難した住民達は、今も故郷に帰れないままだ。
 UPC欧州軍はその事態を重く見ていた。
 偵察に入った者の話によると、全員が抵抗しているわけではないらしい。
 ワルグラの北半分はワーム格納庫をはじめとする拠点として使われているが、停戦が提唱されて暫くしてからずっと、強化人間達は拠点の一角にある建物内で過ごしているようだ。恐らくは、最後の抵抗を試みようとでもしているのだろう。
 その建物の中からは、言い争う声や、時には軽い戦闘音が聞こえてくることがあるという。
 声は、主に二種類の怒声。
 ――ここを出て行くべきだという声。
 ――ここは死守するという声。
 それから、もう一種。お前達はどうするんだという声が時折響く。恐らく中立の立場の者がいるのだ。

 欧州軍は、タイミングを計っていた。
 いつ、突入するべきか。
 いつ、この街を――完全解放に持ち込むべきか。
 完全解放を成し遂げれば、避難していた住民達も帰ってくることができる。
 そして、この街の復興の第一歩を踏み出すこともできるのだ。
 しかし無策の突入は、「停戦」の事実を無視する行為にもなりかねない。停戦を受け入れている強化人間が明らかにいるのだから。
 突入し、万一「誤認」してしまったら。それはまたひとつの問題として横たわることになるだろう。
 説得と、抵抗と、中立。
 そのバランスは、いつか必ず崩れる。
 建物に立て籠もっている閉塞感、ギリギリのラインで保たれた平常心、そして時間が過ぎるほどに迫る焦燥感。食糧などが無限にあるとも思えない。
 いつか、誰かが行動を起こす。拮抗が崩れるそのタイミングを、欧州軍はひたすらに待っていた。

 それは、突然に訪れる。

 ワルグラ近郊に簡易拠点を築き、そこから動向を窺っていた部隊の元に、重傷を負った強化人間が現れた。
 手当てを受けながら、男は自らのことを語る。
 停戦を受け入れない仲間を説得するために、複数の停戦肯定派と共にここに残っていたこと。
 現在、残っているのは自分も含めて十一名であること。
 その内訳は、徹底抗戦を唱える者と、停戦に従う者と、結論を出していない者であり、それは欧州軍が読んでいた通りだ。
 男が語るには、強化人間達の潜伏に必要な物資は既に底を尽きかけ、誰もが極限状態に近いのだという。そんななか、原因すらわからないような些細なことがきっかけで衝突が発生した。
 小さな衝突はこれまでも数え切れないほどあった。そのどれもが牽制に近く、軽い戦闘と口論だけで終わってしまう。だが、今回の衝突はそうではない。
 もう、これ以上潜伏していることは難しいとわかっているからこそ、ここで決着をつけようとしているのだ。
 数で勝る肯定派。力で勝る抗戦派。
 しかし肯定派は、身を守るばかりで本気の反撃には転じなかった。反撃に出ても、急所は狙わない。自身を守るレベルでの、戦闘行為ばかりだ。
 ――彼等は、今ここで潰し合うことの虚しさを悟っていたから。
 そのひとつの結果として――この瀕死の強化人間の存在。
 抗戦派が徐々に推し始め、肯定派をその力でもって飲み込み始めたのだ。
 肯定派はそれでも抵抗を続ける。抗戦派をこの街から撤退させるために。
 抗戦派は、この街を完全解放させなかったというプライドにしがみつき、ここを起点とした北部アフリカ「奪還」という無謀な夢さえ見始める。
 中立派は動かない。ここまで来たら、より優位で有益なほうにつくべく、静観する。だが、抗戦派と肯定派の戦闘に巻き込まれないとも言い切れなかった。
 総合した戦闘力は、この三派のなかで中立派が最も強い。もし抗戦派に彼等がつくことになれば、肯定派は為す術もなくなってしまう。
 肯定派の者達は、誰一人欠けることなくバリウスの元へ戻りたいと考えている。しかしここで肯定派が倒れてしまえば、抗戦派と中立派はいずれ欧州軍や傭兵と激突し、結果として十一人全員がその命を落とすことになるかもしれない。
 それだけは回避したいと――男は、言う。
 そのために、危険を承知で部隊の前に姿を現したのだ。
 幸いにも、部隊は強化人間の動向をずっと見続けていたため、ある程度の把握はできていた。突然現れた瀕死の強化人間を、すぐに受け入れることができるほどに。
 男は、安堵する。
 これで自分たちは「助かる」と。
「停戦」を――「守る」ことができると。
 結局のところ、男はバリウスの立場を憂慮しているのだ。口ぶりからは、恐らく強化人間のなかでも上位の存在だろう。その彼が、瀕死にまでなるというのは――抗戦派に一切攻撃しなかったためではないだろうか。
 男は言う。
「皆を止めてくれ」と。「決して、殺さないでくれ」と。
 そして、「ワルグラの完全解放を成し遂げろ」と。
 その言動に、軍側も悟る。
 彼は「停戦」というその事実全てを、憂慮しているのだと。
 今のアフリカ情勢において、何がバグアにとって必要であるのか。
 北部に残ってしまった自分たちがどう動くべきなのか。
 どうするのが互いにとって――特にバリウスにとって一番いいのか。
 それを彼なりに考えているのだ。
 あくまでも停戦である以上、いつかこの強化人間とも衝突する日がくるかもしれない。だが今は彼の願いを聞き入れ、この街の強化人間達を止め、全員を停戦ラインの向こうへ送り帰すことが最良の選択だ。
 頭に血が上っている抗戦派に説得は難しいだろう。かといって、力業だけでは難しいだろう。
 肯定派を助け、そして中立派が撤退を望むように行動する必要がありそうだ。
 部隊のひとりが、彼に問う。
 それぞれの強化人間達の特徴や、人数を。
 しかし――それを答える前に、彼は意識を失った。
 それによって、一刻の猶予もないことを誰もが悟る。
 そして彼等は強化人間達の詳細な情報を得られるぬままに突入を決意、戦力的な増強として、アフリカに来ている能力者達に協力を依頼した。

 ――ワルグラの完全解放へと向けて。

●参加者一覧

天戸 るみ(gb2004
21歳・♀・ER
萩野  樹(gb4907
20歳・♂・DG
諌山美雲(gb5758
21歳・♀・ER
不破 霞(gb8820
20歳・♀・PN
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER

●リプレイ本文

 ――何か、何かひとつでも、せめて。
 天戸 るみ(gb2004)は意識のない強化人間を見つめた。
 肯定派に対して、自分達の立場を証明できる何かを預かれればと思ったのだが、無理だろうか。
「‥‥あなたの、そして私の、意思を伝えたいんです」
 ぽつりと呟く。その時、治療を進める医療班の女性が男の首から何かを外し、るみに手渡した。
 それは、チェーンを通してネックレスにしていた指輪だ。エンゲージリングだろうか。
 強化人間とは言え、もとは普通の人間。この指輪にどれほどの想いをこめていたのだろう。るみは指輪を強く握りしめる。
 その様子や治療を受けているところなどを、背景込みとアップで撮影するのは春夏秋冬 立花(gc3009)。
「‥‥、痛‥‥っ」
 傷を負った体には、微かな指の動きさえ辛い。しかし戦闘以外で自身に出来ることをするつもりだ。
 柳凪 蓮夢(gb8883)は出発直前、男にそっと言葉を投げかける。
「全員、生きて帰還しよう。私達も、君達も、ね」
 ――その言葉に、意識がないはずの男が笑ったように見えた。

 諌山美雲(gb5758)は突入すべき建物を遠目に見ていた。
「無益な戦いは避けたいですね。何としても中立派の協力を得なければなりませんね」
 その言葉に頷くのは萩野  樹(gb4907)。
 できれば、戦わずにいければと思う。ワルグラの住人達を早く帰還させてあげたいのはもとより、今ここで戦う必要は無いはずだ。それならば、戦わずに済めばいい。
 ――それでも。
 停戦というからには、いつか戦う日がくるかもしれない。
「‥‥う〜〜ん」
 葛藤が渦巻く。だが、今は味方が傷つかないように集中するしかない。
 樹とは違う理由だが、もうひとり葛藤する者がいた。不破 霞(gb8820)だ。
 霞にとって、バグアに与する者は全て敵という自己認識がある。しかし今、自分が置かれている状況は、それとは全く矛盾するものだ。
 矛盾しているからと言って、この任務を放棄するつもりはない。必ず達成するという意思も固い。
 その意思の現れであるかのように、霞は如来荒神の鍔鳴りを抑えるためにきつく布を巻き、封印をした。戦闘となっても攻撃をするつもりはない。
 蓮夢が隠密潜行で裏口まで先行するが、強化人間達の意識は外には向いていないようだ。内部での衝突に全意識を向けているのか。
 軽く手を挙げて目立たぬルートを示しながら、離れた場所で待機する仲間を呼ぶ。
 裏口には電子ロックがあるが、それさえも壊れている。傭兵達をこの建物内部に導くために、彼がロックを壊してきたのかもしれない。
 そして蓮夢は探査の眼を発動、それを合図とするかのように一同は裏口から滑り込んだ。

 建物の中にはバグアのものと思われる機械類と、明らかに地球のものである機械類が混在している。
 樹はその装備故に慎重に歩を進めるが、元々静粛性に優れているパイドロスとは言え、彼のAU−KVが発するあらゆる音は戦闘音と機械音の中に埋もれていた。
 バイブレーションセンサーを発動したるみは、視線を上へと移す。振動による距離や数を考えると、地下には誰もいなさそうだ。
「最も遠い位置‥‥三階に、二名。そして二階は三カ所。四名、三名、一名」
 派閥ごとの人数は予測がついている。そこから、どの派閥であるのかを想定できそうだ。
「‥‥二階の一名は、ほぼ確実に中立派だと思うんです」
 抗戦派と肯定派が単独でいる可能性は低い。単独でいるとすれば、中立派だ。人数的に考えると中立派があと一名はいるだろう。かといって、中立派が二人で三階にいるのも考えにくい。
「三階は戦闘していない可能性が高いでしょうか?」
 立花が言うと、るみは頷いた。実際の戦闘音も、主に二階から響いてくる。
「考えられるのは中立派と肯定派‥‥」
 肯定派が中立派を説得していても不思議ではない。肯定派が抗戦派と共にいれば戦闘になるだろうし、中立派が抗戦派と共にいるのも不自然だ。
「残りは、肯定派と抗戦派の戦闘ですね」
「‥‥多分、ね」
 美雲と樹が顔を見合わせる。
 皆の会話を聞きながら、霞と蓮夢がゆるりと天井を見上げた。実際に彼等を見てその負傷具合なども確認しないことには派閥を確定することはできないが、中立派についてはほぼ間違いなさそうだ。
 まず接触したいのは肯定派だ。そうなると、三階からが妥当か。
 一同は非常階段を見つけると、慎重に三階を目指した。二階フロアに通じる扉に近づいた時、るみがバイブレーションセンサーを発動。人数に変化がないことを確認すると、一同は更に上を目指す。

 三階フロアに通じる扉は破壊されており、フロアの様子が丸見えだ。
 中では二人の男女が向き合ってソファに座り、何やら語り合っている。
「片方は、無傷ですね」
 美雲が息を呑む。手前の女は無傷で、男は明らかに重傷に近い傷を負っている。適当に巻かれた包帯には、血が滲んでいた。
「――誰だ」
 女が振り返らずに言う。攻撃に転じる気配がないことから、接触しても大丈夫そうだと判断した一同はフロアに入った。
「傭兵か」
 ようやく振り返った女は、鋭い視線を向けてくる。
「来てくれたのか!」
 女とは対照的に、好意的な男。肯定派だろう。どうやら、保護されている強化人間が軍や傭兵達を連れてくると言い残していたようだ。
 実際、彼の立ち居振る舞いや視線等からは、敵意といったものは感じられない。大丈夫だろう、と蓮夢が皆に合図を送る。
「私達がここにきた理由を言うまでもなさそうでしょうか。‥‥肯定派であるあなた達と協力関係を結びたいのです。そして、中立派との仲立ちを――」
 るみが慎重に言うと、男は無言で頷く。
 男は徹、女はシェリーと名乗った。
「仲立ち、ね。しかし私がお前達をすぐ信用すると思うか? お前達が何を考えているのかも知らないのに」
 シェリーが鼻で笑う。
「今、ここのパワーバランスは揺れています。もうお気づきのはずです」
 今は少しでもこちらに気を傾けてもらいたい。るみは事実を述べていく。保護した強化人間のこと、肯定派との協力態勢を取ることになった事実。それらを、嘘偽りなく。
「僕達は、誰も死なせたくないんです」
 できる限り刺激しないように、樹も言葉を選びつつ話す。
「話は単純。生と死‥‥どちらを選びますか?」
 霞が表情を変えずに言う。
「仮に蜂起したとしても、バグアは知らぬ存ぜぬを通すでしょう。バグアのやり方はあなた達の方が知っていると思いますし‥‥ね?」
「――まあな」
「でしたら、そちらにとっても悪い話ではないと思いますが」
「だが、益が見えない」
 霞とシェリーの会話は淡々と続く。益が見えないと言いながらも、彼女は徹の包帯を綺麗に巻き直し始めた。
「で、彼は生きてるんだね? お前達、本当に彼に会ったんだね?」
「意識は失っていましたが、これをお借りしてきました」
 るみが指輪を見せた。
「‥‥あぁ」
 シェリーは苦笑し、るみの手から指輪を奪った。「何を」、るみが問う。
「これ、元は私の指輪」
 そしてシェリーは指輪を左手の薬指に嵌めた。
「二人で強化人間になった時に、過去と共に捨てたんだが‥‥まさか彼が持っていたとは」
 どこか嬉しそうに指輪を眺めると、彼女は徹を支えるようにして立たせる。
「さ、行こうか。下で暴れてる連中を止めて、この都市をお前達に明け渡さないとな」
 それは、中立派の一人が肯定派となった瞬間だった。

 二階は小さな「戦場」だ。一同は非常階段から、機を窺う。
 フロアでは肯定派と抗戦派が戦い続けていた。肯定派が攻撃を出すことはなく、身を守りながらの説得がほとんどだ。
 状況や負傷などから察するに、抗戦派三名と肯定派二名、抗戦派一名と肯定派一名だろう。しかし、後者は決着がつきかけていた。肯定派の男を、抗戦派の女が切り伏せようとする。しかしそれを止めたのはシェリーだった。
「シェリー! あんた‥‥っ」
「この街は人類側に明け渡す」
 激昂する女に、シェリーはあっさりと言い放つ。そして男を抱きかかえて皆の元へ退避すると、中立派と思われる男が駆けつけ、どういうことだとシェリーに詰め寄った。
 シェリーが説明するが、男――名は孝というらしい――はすぐには納得しない。
「まぁ、悪くするつもりはないですが、別に今すぐ答えを出せなんて言いません。私達の行動を見て、利益を考えてどっちに付くか決めてください」
 立花が孝に言う。直後、保護した肯定派の様子を見ていた蓮夢が立ち上がった。
「彼にはしっかりした治療が必要みたいだ。連れていっていいかな」
 そう言って、男を抱きかかえる。シェリーが頷くと、蓮夢は階段を駆け下り、外にいる軍の能力者へと男を預けに向かった。
「預けて大丈夫なのか。外にいる連中に殺されたりしないか。だったら、抗戦派と組んで戦ったほうが」
 孝は不信感を隠そうとはせずにシェリーに問う。その時、神妙な面持ちで美雲が前に出た。
「‥‥確かに、ここは既にUPC軍が包囲しています。抵抗しても勝ち目はありません。無駄な死より、意味のある生を選んでください。そして、抗戦派の方達の命を救う為には、あなた達の協力が不可欠なんです。お願いします! 力を貸してください。あなた達の仲間を救ってください」
 今にも土下座しそうな勢いと覚悟に押され、孝は頷くことしかできなかった。

 フロアでは先ほどの女がもう片方の戦闘に加勢し、圧倒的に肯定派を押し始めていた。
 るみが、躊躇うことなく足を踏み入れる。
 抗戦派に言葉が届くとは思っていない。彼等に届くのは、同じバグアの言葉だけだろう。
 今、自分達にできるのは、言葉が届くように戦力を削ぐこと。
 それが――居る意味だと、思うから。
 続くのは、竜の鱗で守りを固めた樹。カデンサを構え、抗戦派の攻撃を薙ぎ払う。
 相手を殺すつもりはない。動きを牽制できれば。肯定派へと練成治療を施するみの脇を固め、静かにカデンサを振るう。
「こちらに戦闘の意思はない。話を聞け‥‥」
 樹と同様にして、霞も相手の攻撃を受け流し続ける。
 戻った蓮夢が天槍「ガブリエル」で割り込み、肯定派の援護に入った。練成治療を施しながらも、抗戦派の様子に意識を走らせる。
 先ほどの女が、視線を揺らす。迷っているようだ。それを払拭するかのように剣を薙いで天槍を弾き落とそうとするが、蓮夢は回避した。
「残念だけど、予想の範囲内だよ」
 蓮夢はじっと女を見据える。
「君達が此処に残って、仲間まで自らの手で傷つけた上で戦って得る戦果は‥‥全員で生き延びて、相応の準備を整えた上で挙げる戦果と比べて、そんなにも大きいモノなのかい? それで‥‥結局、何が残るんだい?」
「何が‥‥」
 女は立ち尽くす。その合間にも戦いは続き、傭兵達は傷を負う。しかし、抗戦派に一切の傷をつけようとはしない。その様を、女は呆然と見ていた。
 柱の影から、立花が必死に練成治療を飛ばす。あの傷でここまで来たのかと、女は呟く。
 美雲が隙を見て、肯定派の女を退避させた。その際に、子供を守るためにバグアの手に落ちたと聞かされた美雲はそっと囁く。
「‥‥私も、子供がいるんですよ」
 その言葉に、女は息を呑む。刹那、抗戦派の三名が抜刀しない霞へと攻撃を仕掛け始めた。先頭の男が薙いだ刀が霞を打ち据える。
 腕の肉が切れる感触と滴り落ちる血の熱さに、霞は呼吸を止める。しかし、そのまま相手の腕を掴んで抑えこんだ。
「何度も言わせるな‥‥こちらに戦闘の意思は無い‥‥話を聞け‥‥。それでもやると言うなら‥‥殺せ。だが、その後待っているのは犬死だぞ‥‥」
 霞が言い終えると同時に、歌声がフロアを包み込み始めた。
 ――るみの、ひまわりの唄だ。
 全霊を込めたその唄は、静かに響く。
 誰も死なせたくないという彼の想い。
 ――それと同じ、自分の想い。
 それをこの唄から伝えたい。
 これで一瞬でも剣が引けば、皆が言葉を紡ぐ機会を得られるかもしれない。
 るみは、ひたすら唄を紡ぐ。
 戸惑う抗戦派達は顔を見合わせる。
「‥‥あんた達は本当に、彼から託されてここに来たのか? そいつが本当にここにいた男だという証拠はあるのか?」
 女がぽつりと言う。シェリーが指輪を見せ、そして立花がデジカメの画面を見せた。
「いい人じゃないですか。みんなの身を案じてこんな大怪我負っていても私達に助けを求めてきたんですよ? あぁ、安心してください。ちゃんと元気にして返しますので」
 思いがけず、このような形で写真を見せることになったが――それでこの女の心が動くのならば。立花は撮った写真を次々に見せていく。
「‥‥私達が求めるのは開放して住民を戻したいだけです。貴方がたが勝ったら攻めて来るでしょう? そしたら力づくになるだけです。‥‥さて、どうします?」
 問われ、答える代わりに女は武器を捨てる。
「‥‥今は、生き延びる為に全力を尽くそう。私も、それに協力する」
 蓮夢が手を差し伸べると、女はその手を躊躇いがちに取った。
 残りの抗戦派達は揺らいでいた。もう、結論は出かかっているが――。
 やがて唄は消え、静寂がフロアを支配する。ぽたぽたと、霞の血が床に落ちる音が響く。
「‥‥これ以上、無駄な血を流すな‥‥。私が今流した血で‥‥最後にしてくれ‥‥」
 静かに霞が言うと――残りの者達は瞼を伏せ、武器を捨てた。

 そして強化人間達は全員、軍に引き渡された。ワルグラは完全解放され、住民達が戻る日がぐっと近づくことになる。
「終わりましたね‥‥」
 治療を受けながら、立花が先ほどまでいた建物を眺める。
「女性が、多かったですね‥‥」
「‥‥強化人間達にも、色々な過去があるんですよね」
 美雲とるみが呟く。彼等はなぜ強化人間になったのだろう。
 無理矢理されてしまった者、自分から望んだ者。過去を記憶している者、洗脳されて忘れてしまった者、それも様々だろうが――。
 樹は、軍側と今後について相談している強化人間達を見つめていた。
 仲間の為に傷つきながらやってきた人。
 戦っていた肯定派。
 最後まで戦おうとした抗戦派。
 どちらにもつかない中立派。
「色んな考えがあそこにあるんだな」
 彼らにとって、自分達にとって最良の答えはなんだろう。
 もう少し、悩みそうだ――樹は、目を細める。
「色んな考え、か」
 霞が思いを巡らせた。この任務を遂行するにあたっての葛藤と、腕に受けた刃。
 ここに刃を食い込ませた強化人間は何を考えていたのだろう。
 その時、治療の様子を見に行っていた蓮夢が笑顔で戻ってきた。
「彼の意識が戻ったそうだよ。皆に会いたがっている」
 行こうか――蓮夢がそう言う前に、皆は立ち上がる。
 そこに、シェリーも同行した。指輪を見せないとね――そう言いながら。

 二日後、彼等は停戦ラインを越えて消えていった。
 ――いつか再び彼等と対峙する日は、来るのだろうか。