●リプレイ本文
地面を埋め尽くす蟻と、それを押しのける蛇。皆は現場に到着するや否や、すぐに戦闘に入った。
夢守 ルキア(
gb9436)の頬に唇を寄せるアレクサンドラ・リイ。いつもの幸運のおまじないは、リイの気持ちも少し落ち着かせる。
ルキアは蟻達を見据えた。
「まず、敵の数を削ろう」
双眼鏡で蟻の分布は確認済みだ。隊列を作り上げているポイントへと制圧射撃。弾き飛ばされ、次々に沈黙する蟻達。
ドッグ・ラブラード(
gb2486)もリイの様子を気に掛けつつ、ステュムの爪で蟻を蹴り飛ばす。
「ま、今はこっちが仕事!」
ドッグは次々に蟻を蹴り、蛇は蹴り上げたところを莫邪宝剣で薙ぎ払う。
「荷物とか運んでる時に襲われると大変だし、頑張らなきゃ。‥‥でも、リィさん、初めましてだけど‥‥やっぱり元気ないみたい。大丈夫かなぁ‥‥」
事前に地形などをチェックした地図を黒木 敬介(
gc5024)に見せていた月居ヤエル(
gc7173)は、リイの様子に眉を下げる。
リイの顔色は悪い。あらゆる意味で精神的なダメージが出ているようだ。
「‥‥やれやれ、周りの心配を誘うわけだ」
敬介が肩を竦める。しかしまずはキメラから。陽の当たる場所は他に任せ、周囲でキメラが隠れやすそうな場所を探す。
主に、大きめの岩の影で複数の蟻が蠢いている傾向があった。敬介は如来荒神を地表すれすれに閃かせ、逃げ出す個体にも次々に刀身をぶちこんでいく。ヤエルは常に動いて蟻を攪乱し、鉄扇を振り下ろす。
「具合悪そうなのに、リィさん大丈夫かな? せめて、心のもやもや少しでも晴れるといいなぁ‥‥」
星和 シノン(
gc7315)はビスクドールを抱きしめる。
「‥‥さぁ踊ろうか、ビスクドール。巣穴を見つけて破壊するよっ」
「巣穴はどこですの」
日下アオカ(
gc7294)はシノンと共にバイブレーションセンサーを発動、巣穴と蟻地獄を確認する。
そこに、ルキアが刻んだ蛇を持ってきた。
「巣に持ち帰るかも!」
周囲の蟻達にペイント弾でマーキングし、蛇を放り込む。
途端に群がり、蛇をどこかへ運ぶ蟻達。それを追う三人。シノンに至っては、ぽこぽこ群がる蟻を遠目につつきながら。そして蟻が消えたポイントに巣穴があることを確認する。
報せを受けて駆けつけたリイの十字撃と、ルキアの制圧射撃が蟻の巣を叩く。そこに、他の場所の蟻を片付けた敬介とヤエルが戻る。
ヤエルはそのままアオカと共に蟻地獄対策に移った。瀕死の蛇を、口からビニール紐で締める。蟻地獄に近づく者達はロープで互いをくくり、引き込まれ対策を。
アオカが指示したポイント周辺をルキアが軽く叩くと、一気に地表が凹んですり鉢が形成される。
その様子に気づいたドッグ、思わず突っ込まざるを得なくなった。嫌な予感がする。
「お、おい! そこ、何やってんだ! ってか、釣れんのかそれ!?」
視界の端、怯えているリイ。そこに駆けつけるシノン。
「リィさんはしぃが守るっ!」
かっこつけつつ逃げ腰になりつつも、友人達の行動にきょとんと首を傾げる。
「‥‥? アオとヤエルは何やってるの? 釣り??」
そうこうしているうちに、すり鉢へと蛇が投げ込まれた。
食らいつく蟻地獄を引き上げようとするアオカだが、びくともしない。
「くっ、アオの力では――ヤエル!」
呼ばれたヤエルはロープを持ち、瞬速縮地で駆け抜ける。ヤエルの勢いでアオカが引きずられ、蟻地獄も――。
すっぽーん、と。
「あ、釣れた」
敬介とシノンが口を揃える。アオカはすかさずほしくずの唄を――と、思いきや。
「ぎゃあああああああ!」
初めて見るグロテスクな姿に、アオカのほうが混乱してしまった。ひたすら悲鳴をあげて逃げまどう。
「アオちゃん‥‥っ!」
アオカの危険(?)を察知したヤエル、咄嗟に友を抱えて瞬速縮地でそこから逃げ、蟻地獄へとルキアのエネガンによるカバーが入る。
のたうつ蟻地獄に、今度はリイが混乱し始めた。
「リィさんっ!」
迅雷で急行するドッグ。泣き始めたリイを見て、泣き顔可愛い‥‥とか一瞬だけ思ったりするが、そんな不謹慎なこと考えねぇよと頭を振る。
そして蟻の死骸を顎に向かって放り投げ、開いた口に機械剣を差し込んだ。暴れる蟻地獄、そこにシノンの歌――呪歌。
動きの鈍る蟻地獄に、ドッグがトドメの一撃。
そして蟻地獄は沈黙した――が。
それから暫く、アオカとリイが使い物にならなかったのは言うまでもない。
キメラの対処が終わると、近場でキャンプを張る。
もう周辺にキメラの気配はない。戦闘の疲れも一晩でかなり癒えるだろう。
夕食や片付けも終わり、リイはただぼんやりとしている。ふと、すぐ近くで三角座りをするアオカに気がついた。
「アオちゃん、チョコでも食べて元気出して、ね?」
ヤエルが板チョコを差し出すと、アオカはそれを頬張り始める。
「しょ、正直、甘く見てましたわ‥‥」
ずーんと落ち込み、そして反省を繰り返すアオカ。
「もう、アレは見たくもないし、正直口に出したくもないですの‥‥」
「アレといえば‥‥リィさんは、どうして蟻地獄が‥‥?」
あまり詮索はしないが、蟻地獄がダメな理由は気にかかる。ヤエルの問いにリイが答えようとした時、チョコを食べ終えたアオカが立ち上がり、キッとヤエルを睨み付けた。
「その名を言わないでほしいですの――!」
拳を振り上げ――目にも留まらぬ速さで鉄拳制裁。しかしアオカの鉄拳が振り下ろされた先は――。
「それ‥‥ヤエルじゃなくて、シノン‥‥」
「え?」
リイに言われ、アオカは目を丸くする。ヤエルに振り下ろした鉄拳は、その隣にいたシノンにヒットしていた。恐怖のあまり、手元が狂ったらしい。
「だ、大丈夫! アオのためならサンドバックにだって!」
涙目ながらもシノンは笑顔を浮かべる。アオカの愛は甘んじて笑顔で受ける――それが、シノン。
「と、当然ですわ」
アオカは少し頬を染めてそっぽを向くが、アレの名前が脳内をぐるぐる巡る。そして再び三角座り。
「アレは‥‥きつい、な」
リイはヤエルと共にアオカの背をさすり、そっと慰める。
「べ、別に大丈夫ですの!」
「強がる元気はありそうだな。‥‥私は子供の頃に祖母の実家で‥‥大量のアレを見て、それから‥‥うん」
詳細は言わないようにする。考えるのも口に出すのも怖い。
アオカも想像して恐怖に落ちつつ、それでもリイをちらりと観察する。アオカを慰めたり元気づけることで、逆に少しでも元気を得られているといいが――。
「‥‥少しだけ、楽そうな顔になってる、ですの」
呟くアオカ。その声が聞こえたリイは、「ありがとう」と返した。その時、ドッグが隣に来た。
「リィさん、何してるんですか?」
「いや‥‥この三人が少し面白くて」
リイが少し眩しそうに三人を見、ドッグはそんなリイの横顔を見つめる。平静を装っていても、明らかにいつもより表情は硬い。
そしてドッグは意を決する。仕事は、リイを元気づけること。だが――。
「そ、その状態で、ヴィクトリアさんと戦うのは、その‥‥」
妹の名に、リイがぴくりと反応する。
「失礼だと、思います」
向かい合う敵に対し、共に戦う自分達に対し‥‥何より、妹を愛しているリイ自身に対し。その思いの丈を、ドッグは真っ直ぐぶつける。
「‥‥ヴィクトリアさん、好きなままでいてください‥‥」
そして一瞬だけ流れる沈黙の後、ドッグは続ける。
「バグアに取り込まれた彼女は、確かに人類の敵です。だけど、ヴィクトリアさんの記憶や、幾ばくかの感情――を、持っている。それを無視なんてできないですよ」
「記憶と、感情」
リイが呟く。
「え、偉そうなこという気はないんです‥‥ただ‥‥。‥‥ただ、見ていて怖いんです。‥‥ヴィクトリアさんに向ける怒りや憎しみに、いつかリィさん自身が飲まれてしまいそうな、儚げな様子が」
ドッグに告げられ、リイはハッとする。心を見抜かれた気がして――。
「怒ってくれて構いません。嫌われる覚悟もあり‥‥ます。人の心に土足で踏み込もうという無礼は承知です」
それでも――。
「‥‥大切な戦友のつらい様子を、黙って見ていたくないんです」
そう言い終えた瞬間、ドッグは甘い香りと柔らかい感触に包まれた。
「‥‥えっ、り、りぃ、さん‥‥っ!?」
一瞬、何が起こったか理解できない。だが、すぐに事態を把握し――硬直した。
リイは強くドッグを抱きしめる。南米で彼と会ってからもうすぐ一年だろうか。常に変わらぬ存在に、安心感さえ抱く。
そして、厳しい言葉をくれることが――嬉しい。
「ありがとう」
耳元で囁き、リイはそっと離れた。
ドッグは硬直したままだが、リイの心の壁が壊れ始めているのを感じ、安堵する。
二人の様子を見て、今度は敬介がリイに声をかける。いつもの笑顔と、いつもの調子で。
リイは静かに敬介を見る。
「俺は肉親をヨリシロにされた経験はない。だからリィさんの気持ちもよくわからないけど‥‥ま、甘えられる時に甘えたら良いんじゃない?」
「甘える‥‥?」
眉を寄せるリイ。この人は甘えることを知らないのかな――敬介は、思う。
「誰にとは言わないし、絶対そうしろとも言わないけど、我慢してるってことわかってくれる人って、時間が経つと減っちゃうからさ。次に辛くなった時もっと辛いぜ、きっと」
そう言われ、リイは敬介を見つめ返す。
「ま、俺に出来ることって、『一晩どう?』とか誘ってみるぐらいだし? そういう甘え方もあるとは思うけど、どう? 食われてみる?」
決して崩さない笑みに、リイは敬介の真意を探る。すると、敬介は顔をそっとリイに寄せ――目を、覗き込んだ。
「弱ってるところにつけ込んでわるいけど、人肌の暖かさって落ち着くぜ? 初めてでも優しくレクチャーするよ」
さあ、リイはどう出てくる。敬介はリイの答えを待った。
「‥‥人肌の暖かさ、か。確かに、人肌は‥‥暖かい、な」
そう言って、リイは両手で敬介の両頬を挟み込む。
「リィ、さん?」
「――これで、充分だ」
そして顔を近づけ――自分の頬をそっと敬介の頬に寄せた。まさかの穏やかな反応に驚きながらも、敬介は「ビンタ覚悟してたんだけどな」と笑う。
「若かったり、経験がなかったりしたら、派手に張り倒していただろう。だが、若くもないし初めてでもないから」
「――ちょ」
いきなり何を、と敬介は苦笑する。しかし、軽く冗談めいたことをリイが言ったのは、彼女の心がかなり軽くなってきた証だ。
そしてリイは離れ、「ありがとう」と呟いた。
「リィ君が触るほっぺは、ボクのだけにしてほしいなー」
くすりと笑い、ルキアが腕に絡みついてくる。
「ここ、星が凄いね。ボク、星を見るなんてハジメテ。今まで方角を見るコトにしか、使わなかった」
「あぁ‥‥本当だ」
ルキアに言われ、リイは空を見上げる。
目を見張るような満天の星。今にも降り注ぎそうな――瞬き。
「確かに、この星空を見ないのは、損になりますわね?」
落ち着いたアオカがリイに微笑む。
どんな時でも俯かず、空を見上げて胸を張れ――それは、父親の言。
それをリイに伝えるかのように、胸を張るアオカ。リイはこそりとアオカの真似をする。
「流れ星でも流れればいいのにね」
ヤエルが言う。
「星に願いをかける‥‥のは、ロマンティックすぎるかな?」
「‥‥いや」
首を振るリイ。願いごとはもう、決まっている。
「‥‥ねぇ、リィ君。生存するコトが、生きるコトなのかな?」
ルキアがリイに確かめるように言う。
「‥‥生きる‥‥」
生きる、その言葉の意味を探すリイ。ルキアはそっとリイに寄り添う。
縋ってはくれないなら、自分は傍にいて話を聞くだけだ。少しずつ、リイが思うことや願うことを話してくれれば、それでいい。
「私は‥‥前に進んでいるつもりだっただけなのかも、な」
ドッグや敬介に言われたことを思い起こす。
確かに自分は向き合うべきものから目を逸らしていた。
怒りや憎しみに飲み込まれそうになっていた。
素直に甘えられない自分、生きることを見失っていた自分。
リイは自分が出会ってきた人達のことを考える。そして、今――ここにいてくれる者達のことを。
ルキアは静かに言葉を紡ぐ。
「私はヒカリでいたい。優しい闇でも、恐怖を与える闇でも無い」
全てを照らして、白日の下に晒してしまう、ヒカリに。
――ルキアは、光、だから。
「あの星みたい、だな」
穏やかな表情で言うリイに、ルキアはそっとオルゴールをプレゼントした。天使がハートを抱いているオルゴール。リイは「ありがとう、大切にする」とそれを抱きしめる。
「‥‥きみは、きみ。他のモノにはなれない。でも、そんなきみがダイジだから此処に来た」
傷つかないモノなんてない。かつて自分はこの手で養父を殺した。
自分が生き延びるため、養父を病気に取られないため。
ルキアはそれでも、生きる。そして、ここにいる。
リイはルキアの心に触れながらオルゴールを見つめた。自分よりずっと若い者達に、どうしてここまで心を溶かされてしまうのか。
視線を前に投げれば、そこには仲の良い三人――ヤエル、アオカ、シノン。
互いを信頼しきっている三人は、リイにはとても眩しく映る。
自分にもあんな頃があった。
信頼している相手と、年の離れた妹と――。
「‥‥ねぇ、リィさん。何か好きなお歌とかある? みんなで歌おう? きっと気持ちいいよ。リィさんの過去に何があったかは知らないけど、今を、これからをどう歩くのかが大切だと思う。だから‥‥」
シノンは笑顔でリイを包む。
「だから、せめて今だけは‥‥星の瞬きに心を寄せてみて?」
その言葉にリイは頷く。好きな歌は、とうに忘れてしまった。遠い過去に埋もれてしまった。だが、手元に――オルゴール。
この旋律に合わせて口ずさむことならできるかもしれない。
「お前らも、一緒に‥‥な?」
なんとなく、歌を回避したそうなドッグと敬介を見る。
「う、歌ですか‥‥っ?」
「適当でもいいかな?」
二人が言うと、リイはもちろんと頷いた。
「オルゴールは、きみのココロを抱きしめて、空を飛ぼう。天使なら、飛べるから――」
ルキアと一緒に、リイはハンドルを回す。透き通った音色がオルゴールから溢れだした。
その旋律を口ずさむうちに、リイの双眸から大粒の涙が止めどなく零れ落ちる。
抑えていたものが全部、流れ出していくのを感じる。
大丈夫、もう前に進める。
全部受け止めて――前に。
「あ‥‥流れ星」
ヤエルが言う。
「あそこにもあるですの」
アオカが空を指さす。
リイは見上げ、願う。
――未来、を。
そしてリイは涙を拭き、皆の顔を見渡していく。
目を細め、頬を緩め――。
それは、妹の死後、ほとんど誰にも見せたことのなかった笑顔。
ほんの一瞬の笑顔だったが――リイが過去から抜け出した瞬間だった。