タイトル:【AC】Blue,Blueマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/31 21:08

●オープニング本文



「肌が‥‥荒れて、る」
 アドラール基地内の宿舎で、アレクサンドラ・リイは鏡に映った顔を見て眉を寄せた。
 アフリカに来てからもそれなりに肌には気を遣っていたつもりだし、これまで肌の不調を感じなかった。だが、休む間もなく走り回っていたツケがここに来てついに出てきたようだ。
 よく見れば、唇もひび割れている。こういうときは、無理をすると体調を崩す。
【RAL】作戦もとうに終わった。大規模作戦におけるアフリカ戦線は停戦という形になった。
 少しだけ、休みを取ってもいいかもしれない――と、一瞬だけ考えた。
 だが、休みなど取れないこともわかっている。
 停戦になったとは言え、それさえ通じないキメラなどは跋扈しているし、事後処理などもあるからだ。それに――。
「‥‥何かしていないと、な」
 何かしていないと、どこまでも墜ちていってしまいそうだった。
 割り切ったつもりでいた。もう何も怖くはないと、「妹」を殺せると、そう思っていた。
 だが、それはきっと――そう思っていないと、立っていられないから。
 誰かにすがることができるほど、自分は器用ではない。
 たすけてと言えるほど、素直にもなれない。
 だから、必死に走ることで、戦うことで、前を見ることで、自分を奮い立たせていた。
 この両脚で立って、この双眸で全てを見るためにも。
 そして、渦巻くのは複雑な心境。
 自分の「妹」がピエトロ・バリウスの側近である「プロトスクエア」の「青龍」となっていたこと。もちろん、ヨリシロであり、本当の妹は既に死んでいる。だが、やはり‥‥立場的なものが気にならないと言えば嘘になる。
 上官は気にしなくていいと言う。もちろん、妹がヨリシロとなっていたことについての厳しい尋問などがあったわけでもないし、それによる何らかの処罰があるはずもない。
 それでも――。
 責を、感じずにはいられなかった。
 あの日、妹を守り切れていれば。
 あの日、もし自分が能力者になっていたならば。
 エドワードだけでも、見失わずにいられたならば。
 しかしそうであれば「青龍」は別のヨリシロを見つけただけだろう。それは自分だった可能性も極めて高い。そして結局、エドワードもバグアの手に落ちたのだろう。
 何を悔いても、自分を責めても、現実は変わらない。
 わかっては、いるのだが。
 あらゆる感情と思考が、どろどろと自分の中に暗く重い影を落として掻き回していくのを、リイはどうすることもできなかった。
 アフリカに焦がれていた妹――ヴィクトリア・リイ。
 彼女はなぜ、アフリカに焦がれていたのか。
 人類誕生の地と言われる大地。遺伝子工学を専攻していたヴィクトリア。
 そこに何らかの繋がりがあるのはわかっている。だが、詳しい理由までは知らない。「青龍」がヴィクトリアを「選んだ」理由も、そこにあるのかもしれない。
 だが、停戦となった今、次に妹やエドワードと対峙する機会がいつ巡ってくるのかわからない。「青龍」に直接問うことも――できない。
 だから、今――できることは。
「‥‥アフリカのために力を尽くすこと」
 それだけしか、なかった。


「少し休んだらどうだ。今まで走り続けていたのだから」
 明らかに体調を崩しそうな部下を見て、上官が言う。だが、リイは首を振った。
「アドラール基地周辺の整備を進めなければならないのでしょう。キメラが出るポイントがあるそうじゃないですか。停戦ライン近くの駐屯地への輸送ルートのひとつが、そのポイントを縦断しているのでしょう? すぐにでも対処して、安全を確保しないと」
「それはそうだが‥‥」
「今は人手が必要です。特に能力者が。軍人には能力者が少ないのだから、なおさら‥‥休んではいられません。‥‥行かせて、ください。休んでいると、腐ってしまいそうだ」
 俯き、顔を髪で隠す。ここまで弱気になっているリイは久々に見る――上官は、苦笑する。
「‥‥わかった。該当ポイントのキメラは強くはないが、数が多いという。くれぐれも無理はしないように」
「ありがとうございます。すぐに必要な人員を集めて、現地に向かいます」
 リイはぱっと顔を上げると、資料を整理して上官の部屋を出て行こうとする。その背に、上官が言葉を投げた。
「該当のポイントは、星が綺麗らしい。‥‥任務が終わったら、キャンプでも張って少し星を見てゆっくりしてこい。――任務に必要な期間を、一日多く設定、申請しておくから」
 リイはその言葉に小さく頷くと、振り返らずに出て行く。
 後ろ手に扉を閉め――そのまま、扉に背を預けて崩れ落ちた。
「‥‥ありがとう、ございます」
 震える声は掠れ、誰の耳にも届かない。
 嗚咽を漏らしそうになるのをぐっと堪え、リイは立ち上がる。そしていつもの表情に戻ると、何事もなかったかのように廊下を歩いていった。


 それから、リイは傭兵の同行者を募った。
 だが、リイは知らない。
 同行することになった者達に、上官がひとつの依頼をしていたことを。
 ――リイを、少し元気づけてやって欲しい。
 ただそれだけの、小さな依頼。

●参加者一覧

ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN
月居ヤエル(gc7173
17歳・♀・BM
日下アオカ(gc7294
16歳・♀・HA
星和 シノン(gc7315
14歳・♂・HA

●リプレイ本文

 地面を埋め尽くす蟻と、それを押しのける蛇。皆は現場に到着するや否や、すぐに戦闘に入った。
 夢守 ルキア(gb9436)の頬に唇を寄せるアレクサンドラ・リイ。いつもの幸運のおまじないは、リイの気持ちも少し落ち着かせる。
 ルキアは蟻達を見据えた。
「まず、敵の数を削ろう」
 双眼鏡で蟻の分布は確認済みだ。隊列を作り上げているポイントへと制圧射撃。弾き飛ばされ、次々に沈黙する蟻達。
 ドッグ・ラブラード(gb2486)もリイの様子を気に掛けつつ、ステュムの爪で蟻を蹴り飛ばす。
「ま、今はこっちが仕事!」
 ドッグは次々に蟻を蹴り、蛇は蹴り上げたところを莫邪宝剣で薙ぎ払う。
「荷物とか運んでる時に襲われると大変だし、頑張らなきゃ。‥‥でも、リィさん、初めましてだけど‥‥やっぱり元気ないみたい。大丈夫かなぁ‥‥」
 事前に地形などをチェックした地図を黒木 敬介(gc5024)に見せていた月居ヤエル(gc7173)は、リイの様子に眉を下げる。
 リイの顔色は悪い。あらゆる意味で精神的なダメージが出ているようだ。
「‥‥やれやれ、周りの心配を誘うわけだ」
 敬介が肩を竦める。しかしまずはキメラから。陽の当たる場所は他に任せ、周囲でキメラが隠れやすそうな場所を探す。
 主に、大きめの岩の影で複数の蟻が蠢いている傾向があった。敬介は如来荒神を地表すれすれに閃かせ、逃げ出す個体にも次々に刀身をぶちこんでいく。ヤエルは常に動いて蟻を攪乱し、鉄扇を振り下ろす。
「具合悪そうなのに、リィさん大丈夫かな? せめて、心のもやもや少しでも晴れるといいなぁ‥‥」
 星和 シノン(gc7315)はビスクドールを抱きしめる。
「‥‥さぁ踊ろうか、ビスクドール。巣穴を見つけて破壊するよっ」
「巣穴はどこですの」
 日下アオカ(gc7294)はシノンと共にバイブレーションセンサーを発動、巣穴と蟻地獄を確認する。
 そこに、ルキアが刻んだ蛇を持ってきた。
「巣に持ち帰るかも!」
 周囲の蟻達にペイント弾でマーキングし、蛇を放り込む。
 途端に群がり、蛇をどこかへ運ぶ蟻達。それを追う三人。シノンに至っては、ぽこぽこ群がる蟻を遠目につつきながら。そして蟻が消えたポイントに巣穴があることを確認する。
 報せを受けて駆けつけたリイの十字撃と、ルキアの制圧射撃が蟻の巣を叩く。そこに、他の場所の蟻を片付けた敬介とヤエルが戻る。
 ヤエルはそのままアオカと共に蟻地獄対策に移った。瀕死の蛇を、口からビニール紐で締める。蟻地獄に近づく者達はロープで互いをくくり、引き込まれ対策を。
 アオカが指示したポイント周辺をルキアが軽く叩くと、一気に地表が凹んですり鉢が形成される。
 その様子に気づいたドッグ、思わず突っ込まざるを得なくなった。嫌な予感がする。
「お、おい! そこ、何やってんだ! ってか、釣れんのかそれ!?」
 視界の端、怯えているリイ。そこに駆けつけるシノン。
「リィさんはしぃが守るっ!」
 かっこつけつつ逃げ腰になりつつも、友人達の行動にきょとんと首を傾げる。
「‥‥? アオとヤエルは何やってるの? 釣り??」
 そうこうしているうちに、すり鉢へと蛇が投げ込まれた。
 食らいつく蟻地獄を引き上げようとするアオカだが、びくともしない。
「くっ、アオの力では――ヤエル!」
 呼ばれたヤエルはロープを持ち、瞬速縮地で駆け抜ける。ヤエルの勢いでアオカが引きずられ、蟻地獄も――。
 すっぽーん、と。
「あ、釣れた」
 敬介とシノンが口を揃える。アオカはすかさずほしくずの唄を――と、思いきや。
「ぎゃあああああああ!」
 初めて見るグロテスクな姿に、アオカのほうが混乱してしまった。ひたすら悲鳴をあげて逃げまどう。
「アオちゃん‥‥っ!」
 アオカの危険(?)を察知したヤエル、咄嗟に友を抱えて瞬速縮地でそこから逃げ、蟻地獄へとルキアのエネガンによるカバーが入る。
 のたうつ蟻地獄に、今度はリイが混乱し始めた。
「リィさんっ!」
 迅雷で急行するドッグ。泣き始めたリイを見て、泣き顔可愛い‥‥とか一瞬だけ思ったりするが、そんな不謹慎なこと考えねぇよと頭を振る。
 そして蟻の死骸を顎に向かって放り投げ、開いた口に機械剣を差し込んだ。暴れる蟻地獄、そこにシノンの歌――呪歌。
 動きの鈍る蟻地獄に、ドッグがトドメの一撃。
 そして蟻地獄は沈黙した――が。
 それから暫く、アオカとリイが使い物にならなかったのは言うまでもない。

 キメラの対処が終わると、近場でキャンプを張る。
 もう周辺にキメラの気配はない。戦闘の疲れも一晩でかなり癒えるだろう。
 夕食や片付けも終わり、リイはただぼんやりとしている。ふと、すぐ近くで三角座りをするアオカに気がついた。
「アオちゃん、チョコでも食べて元気出して、ね?」
 ヤエルが板チョコを差し出すと、アオカはそれを頬張り始める。
「しょ、正直、甘く見てましたわ‥‥」
 ずーんと落ち込み、そして反省を繰り返すアオカ。
「もう、アレは見たくもないし、正直口に出したくもないですの‥‥」
「アレといえば‥‥リィさんは、どうして蟻地獄が‥‥?」
 あまり詮索はしないが、蟻地獄がダメな理由は気にかかる。ヤエルの問いにリイが答えようとした時、チョコを食べ終えたアオカが立ち上がり、キッとヤエルを睨み付けた。
「その名を言わないでほしいですの――!」
 拳を振り上げ――目にも留まらぬ速さで鉄拳制裁。しかしアオカの鉄拳が振り下ろされた先は――。
「それ‥‥ヤエルじゃなくて、シノン‥‥」
「え?」
 リイに言われ、アオカは目を丸くする。ヤエルに振り下ろした鉄拳は、その隣にいたシノンにヒットしていた。恐怖のあまり、手元が狂ったらしい。
「だ、大丈夫! アオのためならサンドバックにだって!」
 涙目ながらもシノンは笑顔を浮かべる。アオカの愛は甘んじて笑顔で受ける――それが、シノン。
「と、当然ですわ」
 アオカは少し頬を染めてそっぽを向くが、アレの名前が脳内をぐるぐる巡る。そして再び三角座り。
「アレは‥‥きつい、な」
 リイはヤエルと共にアオカの背をさすり、そっと慰める。
「べ、別に大丈夫ですの!」
「強がる元気はありそうだな。‥‥私は子供の頃に祖母の実家で‥‥大量のアレを見て、それから‥‥うん」
 詳細は言わないようにする。考えるのも口に出すのも怖い。
 アオカも想像して恐怖に落ちつつ、それでもリイをちらりと観察する。アオカを慰めたり元気づけることで、逆に少しでも元気を得られているといいが――。
「‥‥少しだけ、楽そうな顔になってる、ですの」
 呟くアオカ。その声が聞こえたリイは、「ありがとう」と返した。その時、ドッグが隣に来た。
「リィさん、何してるんですか?」
「いや‥‥この三人が少し面白くて」
 リイが少し眩しそうに三人を見、ドッグはそんなリイの横顔を見つめる。平静を装っていても、明らかにいつもより表情は硬い。
 そしてドッグは意を決する。仕事は、リイを元気づけること。だが――。
「そ、その状態で、ヴィクトリアさんと戦うのは、その‥‥」
 妹の名に、リイがぴくりと反応する。
「失礼だと、思います」
 向かい合う敵に対し、共に戦う自分達に対し‥‥何より、妹を愛しているリイ自身に対し。その思いの丈を、ドッグは真っ直ぐぶつける。
「‥‥ヴィクトリアさん、好きなままでいてください‥‥」
 そして一瞬だけ流れる沈黙の後、ドッグは続ける。
「バグアに取り込まれた彼女は、確かに人類の敵です。だけど、ヴィクトリアさんの記憶や、幾ばくかの感情――を、持っている。それを無視なんてできないですよ」
「記憶と、感情」
 リイが呟く。
「え、偉そうなこという気はないんです‥‥ただ‥‥。‥‥ただ、見ていて怖いんです。‥‥ヴィクトリアさんに向ける怒りや憎しみに、いつかリィさん自身が飲まれてしまいそうな、儚げな様子が」
 ドッグに告げられ、リイはハッとする。心を見抜かれた気がして――。
「怒ってくれて構いません。嫌われる覚悟もあり‥‥ます。人の心に土足で踏み込もうという無礼は承知です」
 それでも――。
「‥‥大切な戦友のつらい様子を、黙って見ていたくないんです」
 そう言い終えた瞬間、ドッグは甘い香りと柔らかい感触に包まれた。
「‥‥えっ、り、りぃ、さん‥‥っ!?」
 一瞬、何が起こったか理解できない。だが、すぐに事態を把握し――硬直した。
 リイは強くドッグを抱きしめる。南米で彼と会ってからもうすぐ一年だろうか。常に変わらぬ存在に、安心感さえ抱く。
 そして、厳しい言葉をくれることが――嬉しい。
「ありがとう」
 耳元で囁き、リイはそっと離れた。
 ドッグは硬直したままだが、リイの心の壁が壊れ始めているのを感じ、安堵する。
 二人の様子を見て、今度は敬介がリイに声をかける。いつもの笑顔と、いつもの調子で。
 リイは静かに敬介を見る。
「俺は肉親をヨリシロにされた経験はない。だからリィさんの気持ちもよくわからないけど‥‥ま、甘えられる時に甘えたら良いんじゃない?」
「甘える‥‥?」
 眉を寄せるリイ。この人は甘えることを知らないのかな――敬介は、思う。
「誰にとは言わないし、絶対そうしろとも言わないけど、我慢してるってことわかってくれる人って、時間が経つと減っちゃうからさ。次に辛くなった時もっと辛いぜ、きっと」
 そう言われ、リイは敬介を見つめ返す。
「ま、俺に出来ることって、『一晩どう?』とか誘ってみるぐらいだし? そういう甘え方もあるとは思うけど、どう? 食われてみる?」
 決して崩さない笑みに、リイは敬介の真意を探る。すると、敬介は顔をそっとリイに寄せ――目を、覗き込んだ。
「弱ってるところにつけ込んでわるいけど、人肌の暖かさって落ち着くぜ? 初めてでも優しくレクチャーするよ」
 さあ、リイはどう出てくる。敬介はリイの答えを待った。
「‥‥人肌の暖かさ、か。確かに、人肌は‥‥暖かい、な」
 そう言って、リイは両手で敬介の両頬を挟み込む。
「リィ、さん?」
「――これで、充分だ」
 そして顔を近づけ――自分の頬をそっと敬介の頬に寄せた。まさかの穏やかな反応に驚きながらも、敬介は「ビンタ覚悟してたんだけどな」と笑う。
「若かったり、経験がなかったりしたら、派手に張り倒していただろう。だが、若くもないし初めてでもないから」
「――ちょ」
 いきなり何を、と敬介は苦笑する。しかし、軽く冗談めいたことをリイが言ったのは、彼女の心がかなり軽くなってきた証だ。
 そしてリイは離れ、「ありがとう」と呟いた。
「リィ君が触るほっぺは、ボクのだけにしてほしいなー」
 くすりと笑い、ルキアが腕に絡みついてくる。
「ここ、星が凄いね。ボク、星を見るなんてハジメテ。今まで方角を見るコトにしか、使わなかった」
「あぁ‥‥本当だ」
 ルキアに言われ、リイは空を見上げる。
 目を見張るような満天の星。今にも降り注ぎそうな――瞬き。
「確かに、この星空を見ないのは、損になりますわね?」
 落ち着いたアオカがリイに微笑む。
 どんな時でも俯かず、空を見上げて胸を張れ――それは、父親の言。
 それをリイに伝えるかのように、胸を張るアオカ。リイはこそりとアオカの真似をする。
「流れ星でも流れればいいのにね」
 ヤエルが言う。
「星に願いをかける‥‥のは、ロマンティックすぎるかな?」
「‥‥いや」
 首を振るリイ。願いごとはもう、決まっている。
「‥‥ねぇ、リィ君。生存するコトが、生きるコトなのかな?」
 ルキアがリイに確かめるように言う。
「‥‥生きる‥‥」
 生きる、その言葉の意味を探すリイ。ルキアはそっとリイに寄り添う。
 縋ってはくれないなら、自分は傍にいて話を聞くだけだ。少しずつ、リイが思うことや願うことを話してくれれば、それでいい。
「私は‥‥前に進んでいるつもりだっただけなのかも、な」
 ドッグや敬介に言われたことを思い起こす。
 確かに自分は向き合うべきものから目を逸らしていた。
 怒りや憎しみに飲み込まれそうになっていた。
 素直に甘えられない自分、生きることを見失っていた自分。
 リイは自分が出会ってきた人達のことを考える。そして、今――ここにいてくれる者達のことを。
 ルキアは静かに言葉を紡ぐ。
「私はヒカリでいたい。優しい闇でも、恐怖を与える闇でも無い」
 全てを照らして、白日の下に晒してしまう、ヒカリに。
 ――ルキアは、光、だから。
「あの星みたい、だな」
 穏やかな表情で言うリイに、ルキアはそっとオルゴールをプレゼントした。天使がハートを抱いているオルゴール。リイは「ありがとう、大切にする」とそれを抱きしめる。
「‥‥きみは、きみ。他のモノにはなれない。でも、そんなきみがダイジだから此処に来た」
 傷つかないモノなんてない。かつて自分はこの手で養父を殺した。
 自分が生き延びるため、養父を病気に取られないため。
 ルキアはそれでも、生きる。そして、ここにいる。
 リイはルキアの心に触れながらオルゴールを見つめた。自分よりずっと若い者達に、どうしてここまで心を溶かされてしまうのか。
 視線を前に投げれば、そこには仲の良い三人――ヤエル、アオカ、シノン。
 互いを信頼しきっている三人は、リイにはとても眩しく映る。
 自分にもあんな頃があった。
 信頼している相手と、年の離れた妹と――。
「‥‥ねぇ、リィさん。何か好きなお歌とかある? みんなで歌おう? きっと気持ちいいよ。リィさんの過去に何があったかは知らないけど、今を、これからをどう歩くのかが大切だと思う。だから‥‥」
 シノンは笑顔でリイを包む。
「だから、せめて今だけは‥‥星の瞬きに心を寄せてみて?」
 その言葉にリイは頷く。好きな歌は、とうに忘れてしまった。遠い過去に埋もれてしまった。だが、手元に――オルゴール。
 この旋律に合わせて口ずさむことならできるかもしれない。
「お前らも、一緒に‥‥な?」
 なんとなく、歌を回避したそうなドッグと敬介を見る。
「う、歌ですか‥‥っ?」
「適当でもいいかな?」
 二人が言うと、リイはもちろんと頷いた。
「オルゴールは、きみのココロを抱きしめて、空を飛ぼう。天使なら、飛べるから――」
 ルキアと一緒に、リイはハンドルを回す。透き通った音色がオルゴールから溢れだした。
 その旋律を口ずさむうちに、リイの双眸から大粒の涙が止めどなく零れ落ちる。
 抑えていたものが全部、流れ出していくのを感じる。
 大丈夫、もう前に進める。
 全部受け止めて――前に。
「あ‥‥流れ星」
 ヤエルが言う。
「あそこにもあるですの」
 アオカが空を指さす。
 リイは見上げ、願う。
 ――未来、を。
 そしてリイは涙を拭き、皆の顔を見渡していく。
 目を細め、頬を緩め――。
 それは、妹の死後、ほとんど誰にも見せたことのなかった笑顔。
 ほんの一瞬の笑顔だったが――リイが過去から抜け出した瞬間だった。