●リプレイ本文
静かなヴォルビリス遺跡には、殺気が渦巻いていた。
その衝動を抑えているものは、「停戦」という言葉ひとつ。
軍側は言うまでもない。強化人間側は、「停戦」の真偽を見極められずにいるためだ。
平坦な場所に最初に着陸したアッシェンプッツェルから、アレクサンドラ・リイと夢守 ルキア(
gb9436)が連れ立って降りる。ルキアの頬にはうっすらとルージュの跡。リイからのおまじないだ。
「これは‥‥停戦というのは本当か。それとも、罠か」
ルークが呟く。
「お前達はここに何をしに来た」
ロイが言うと、次いで着陸したディアブロ『ロン』から諌山美雲(
gb5758)が降り立ち、強化人間達と向き合う。
彼等は隠れるでもなく、かなり近い位置にいる。美雲は意を決して口を開いた。
「ロイさん、ルークさん、お二人に話を聞いて欲しくて来ました」
「そんなものは軍の連中から散々聞いた。こちらが隙を見せるのを待って、捕縛でもするつもりか」
「戦いに来たわけじゃありません。話を聞いてください。こちらに攻撃の意思がないということを見せます」
美雲は所持していた武器を地に置いていく。これでも信用してくれないのならと、ジャケットも脱いだ。
「ある程度信用してくれるまで、装備を外し続けます」
「お前、意味わかって言ってるのか?」
「‥‥え?」
ロイの問いに、美雲は目を丸くする。リイがそっと美雲に耳打ちした。
「それ、信用してくれなかったら全部脱ぐって言ってるように聞こえる‥‥ぞ?」
「あ‥‥っ!」
美雲は途端に頬を染める。
「で、ですがっ! 女に二言はありません!」
そう言い切って、ジャケットの次にグローブに手をかけた。
「‥‥わかった、わかった。どうやら裏はなさそうだな、話を聞こう」
ルークは思わず湧き起こった笑いを噛み殺し、ジャケットと武器を拾い上げて美雲に渡す。
「あ‥‥ありがとうございます!」
ぴょこんと頭を下げる美雲。それを合図とするかのように、空で待機していたUNKNOWN(
ga4276)のK−111改『UNKNOWN』、終夜・無月(
ga3084)のミカガミ『白皇 月牙極式』、リヴァル・クロウ(
gb2337)のシュテルン・G『電影』、追儺(
gc5241)のサイファー『鬼払』が着陸していく。
「‥‥プロトスクエア青龍‥‥。コンサートと称して回線をジャックしたとき、メタと居た個体か」
強化人間達を見据えるリヴァル。彼等が仕えていた、ヴィクトリア。彼女は恐らくリヴァルの情報は持っていないだろう。
「観察するには絶好の条件か」
――さて、どう動く。
ゆるやかに美雲の側に歩み寄る。彼女に交渉は一任するが、必要があればヴィクトリア達との通話記録を渡すつもりだ。
「軍のヒトは、下がって。私、ルキアっていうの」
ルキアは軍へと声をかける。ここら一帯の部隊には彼女を見知る者が多く、殺伐とした感情を落ち着かせて素直に下がっていく。
「思ったより‥‥離れてくれましたね」
地面に線を書き、交渉中は決して越えないことを軍に言い渡した無月は、視界から消えていく部隊に目を細める。そして無月は軍のほうを見据えて座る。
聖剣「デュランダル」を抱え、凄まじい殺気――それこそ一般人が浴びれば死を幻視する類の――を正面へと放って。
強化人間達に背を晒していながらも、背後の気配は常に読む。探査の眼も駆使しながら。
「そんな殺気を放っていれば当然だろう。軍人は能力者のほうが少ないのだから」
ロイ――元軍人である彼は険しい眼差しを無月に向けた。
無月は背を向けたまま言う。
「安心なさいな‥‥貴方達と戦う気はないから‥‥」
「そういう意味ではない。もっとも、戦う気はないと言われても、それほどの殺気を放たれていれば、こちらも警戒せざるを得ないがな」
ルークが無月の背中に言う。それに、と呟いて視線を流した。
見覚えのあるK−111改、そのコクピットから両手を挙げて姿を見せたUNKNOWN。彼は他の者達とは違い、軍側に機体を降ろしていた。
「なぜ、離れた場所に?」
「私は人質ライフを楽しみに来たのだよ。あの強力な戦力となるK−111改『UNKNOWN』を証拠として置こう。――あの機体の操縦者は私だけ、だからね。あれは凶暴な機体だ。平和や平穏には向かん」
「平和は平穏には向かないと言い切ってしまえる機体を持ってくるのは、俺達を威圧しているように思えるが?」
「私の生死与奪権も引き渡そう。なに、無駄に死がでないなら、私の命など安いものだ。――これが寸志の停戦でなく、永遠の和合になるなら命も安いのだが」
UNKNOWNは、穏やかな笑みを浮かべる。
「停戦、なのだろう? それが本当なら、なぜ生死与奪権が必要になる」
ルークは目を合わさずに言い、美雲を含めた傭兵達から少し距離を取ってしまう。
追儺はこれまでの様子をじっと観察していた。
相手は少し距離を縮めてきたかと思えば、こちらが何か「隙」を見せれば一瞬にして壁を作り上げる。
ギリギリのラインを保って維持され、すぐにでも崩れ去りそうな均衡。
「今回は完全に裏方か‥‥こういうところこそ手は抜けない。信用されたいなら、相手に信用を、そして、安全の保障が第一だな」
戦っていた相手にどう信用されるか。相手を信用しないと信用されるわけはない。
自分は交渉でも人質でもないが、守るために全力を尽くす。
たとえ、目立たない位置であっても。
「――それが誠意であり、俺の道義ってもんだ」
呟きは、強化人間達の耳に届く。追儺の真意を探るような視線を向けたかと思うと、少しだけまた距離を縮めてきた。
「全員の言動の全てを見て判断するというわけか」
追儺は苦笑する。
だが、当然のことだろう。判断を誤れば、強化人間達はあらゆる意味において危険な状況となるのだから。
「‥‥うまくいくと、いいが」
追儺は、視線を美雲へと移した。
人質として、UNKNOWNとルキアが強化人間達の「射程」内に入る。
「トランプ持ってきたんだよ、する?」
ルキアはトランプをロイに見せる。緊張しても仕方がない。武器の類は皆に預けた。覚醒も変化は抑えた。
ロイは静かに首を振って、トランプを断る。――と、UNKNOWNが目の前に座り込んだ。
「私でよければ、勝負しないかね?」
「負けないからね!」
そしてトランプを始める二人。二人の背中ががら空きなのを見届け、ルークが「そろそろ話を聞こうか」と美雲に向き直る。
美雲は頷き、口を開いた。
「話は聞いていると思います。バリウスさんから停戦交渉の申し出があったのも本当です。バグア軍から、お二人を保護し、引き渡して欲しいという申し出があったのも本当です」
「その証拠はあるのか?」
「証拠は、ここに」
リヴァルが通話履歴を必要な部分だけ再生して聞かせる。まずはヴィクトリア、そしてエドワード。
「‥‥確かに、二人の声だ」
ロイが頷く。
「以上が、実際の通話記録である。この情報をどのように扱うかは君たちに委ねる。それから、引き渡し場所まで護衛につく。片方がヴィクトリア、片方がエドワードを選ぶことも可能だ」
「どちらが真実を言っているのかわかりません。恐らくお二人のほうがよくわかるのでは無いでしょうか? その上で身の振り方を決めてください。全力でサポートします」
リヴァルに続いて美雲が言う。
「こちらが安全を保証する以上は、軍が害する動きを見せた場合は身をもって守る。また、そのような動きをさせないように監視を怠らないつもりだ」
そして、追儺。
強化人間達は長考に入った。
無月はじっと軍の方向を見据え、そちらに一切の動きがないことを確認する。追儺もまた、交渉の推移を一瞬たりとも見逃さないよう、全方向に集中する。
張り詰めた空気が、重い。
「バグア軍、混乱してるよね。UPC軍がアフリカに侵攻すれば負けるよね」
トランプをしながら、ルキアが呟く。
電撃戦による分断でピエトロ・バリウスを驚かせたこと。それも含めて、消耗戦にバリウスは頷くだろうかと問う。
「頷かないだろう、な」
ルークは即答し、思考を続ける。
ふいに、ロイが剣を抜く。一瞬にして緊張が走る。
「自身の身に危険が迫っても、停戦を謳っていられるか?」
乾いた音をたて、一閃される刀身。美雲の喉元を掠めるような動きに、リヴァルが思わず動いた。
「‥‥リヴァル‥‥さんっ!?」
全身で守るべく覆い被さるリヴァル。押し倒される美雲。
そしてロイの次の行動を待つ――が、何も起こらない。
「ただ単に‥‥覚悟が見たかっただけだが」
苦笑するロイ。
「‥‥そうか」
リヴァルは安堵の吐息を漏らす。そして下になっている美雲に怪我がないか確認した。
左手で彼女の頭をガードし、右手で腰をガードした‥‥はず、だが。
なんだろう、右の掌に伝わる柔らかい感触は。
むにょん。むにょむにょん。
「‥‥りう゛ぁる、さん」
美雲は真っ赤な顔をしている。
「俺は見ていませんよ‥‥」
背を向けたまま、無月。
「まあ、事故‥‥だな」
苦笑する追儺。
「確かに事故‥‥だね」
UNKNOWNはトランプを切る。
「ここはリィ君が教えてあげるのが一番、かも」
ルキアがリイに振る。
「リヴァル。その右手は美雲の尻に」
そしてリイは躊躇うことなく言い切り、美雲が恥ずかしそうに頷く。
「‥‥っ! す、すまない、そういうつもりでは――!」
リヴァルは大慌てで美雲を解放し、距離を取る。スキルを使っていないのにやたらと素早い。
「俺は人妻になんてことを」
そして――未だ感触の残る手で頭を抱え込んだ。
‥‥気を取り直して。
「ご、ごめんなさい、おかしなことになってしまって」
美雲は立ち上がると、強化人間達に頭を下げる。
「い‥‥いや、もういい。裏があるなら、こんな漫才じみたことを素でやれるはずがないな」
ロイは剣を降ろして笑い転げ、ルークもまた呆れ顔で笑ってリイを見た。
「で、ヴィクトリア様はどこで待っているんだ?」
それはつまり、説得を受け入れたということだ。
――決定打となった言動は、後日、リイが上に報告しづらくて頭を抱えるほどに複雑極まりないものとなってしまったのは言うまでもないが。
「すまないが‥‥我々の機体に乗せるわけにはいかない。いかなる理由があろうとも」
移動の際に、「人質」がバグア機体に乗ることを断るルーク。
「一度、動くバグア側の機体にも乗ってみたかった、のだが」
UNKNOWNは、仕方がないと自機に向かう。ルキアはリイ機に同乗だ。
「リィ君は気をつけて。撃墜されないように。攻撃受けたらスキルでね。‥‥さっきの彼等の様子なら、大丈夫だと思うケド」
「ん、ありがとう」
先に乗り込んだリイは手を差し出してルキアをコクピットに引き上げる。
『全員搭乗したようですし‥‥出発しましょうか』
無月が全機に通信を送る。そして移動を開始した。
晴天の空を低空で飛行するKV達。
追儺は、遺跡にいたときと同様に周辺状況を常に気に掛ける。万にひとつのことがあってはならないからだ。
「ヴィクトリアとエドワードは上手くいっていないのか? 今回はエドワードの独断のようだが‥‥」
追儺は頃合いを見て強化人間達に通信を送る。それはオープンにされ、全機に届く。返ってきたのはロイの声。
『独断という時点で、上手くいっていないと予測する。ヴィクトリア様はああ見えても厳しい方だから』
「そういえば、前に部下のタロスを盾にしていた」
『だろう? 『息子』の俺達でさえ、失策をすれば切り捨てられる』
その言葉に、誰もが息を呑む。
「息子‥‥って? それに君達はどーして、ヴィクトリア君の下についてるの?」
ルキアが問う。
「やっぱり、ダイスキ? 私にとって、リィ君は大切なトモダチ」
『俺達も含め、あの方に仕える人間の大半は、青龍に育てられたようなものだから』
「どういう‥‥こと、ですか」
控え目に、無月。
『俺達は全員アフリカ出身だ。ヴォルビリス遺跡の近くで育てられた。いつか手駒となるために。どうやって能力者や軍人になったのか、詳しいことは言えないがな』
ロイが続ける。
『それから‥‥ヴィクトリア様の前のヨリシロは、俺の母親だった』
そして声をワントーン落として、ルーク。
「母親‥‥」
美雲は自身の子供の顔を思い浮かべる。もし自分が誰かのヨリシロとなってしまったら、子供はどうなるのか。操縦桿を持つ手が、震える。
「青い鳥って、知ってる?」
ぽつりと、ルキア。
『‥‥知っている』
「幸福は、傍に無くなったトキに、知る」
『‥‥だから俺達は、停戦を信じることにした。それだけだ』
「そっか」
ルキアは頷く。
「そろそろかね。青いタロスが見える」
地上を眺めていたUNKNOWNが、そのタロスに最初に気がついた。全機、着陸態勢に入り、降下を開始。
「あれが‥‥青龍。ヴィクトリアか」
リヴァルが目を細めた。青いタロスの肩上には少女の姿。
少女はルーク機とロイ機に向かって、ゆるやかに手を振る。
――おかえり、と言うかのように。
「無事に送り届けてくれてありがとう」
ヴィクトリアが皆に笑むと、UNKNOWNがやや神妙な面持ちで歩み寄った。
「聞いてくれよ、リィは下着の色を教えてくれないのだよ。――ところで、君は何色かね?」
問われるが、ヴィクトリアは頬を引き攣らせるだけだ。
「‥‥いい加減に下着の話はやめるべきだ」
リヴァルが二人の間に割って入ると、ヴィクトリア以外の全員が目を丸くした。
「説得力、ない」
ぽつりと、リイ。
「思い出しちゃいました‥‥」
美雲は再び頬を染め、視線を彷徨わせる。その様に、ヴィクトリアはハッとしてリヴァルを凝視した。
「そうか‥‥あなたの声、聞いたことあると思ったら‥‥『せぐはら』ね?」
「な‥‥っ!」
リヴァルは愕然とする。面識はないのに、なぜ――!
「コンサートのとき、あなたの声を聞いてメタちゃんが怒り狂ってたの」
「そ‥‥そう、か‥‥」
がっくりと項垂れるリヴァル。
「‥‥立ち直れるか?」
追儺が慰めるように背を叩く。
「それはともかくとして、確かに二人を受け取ったわ。私からも軍に報告を入れておく。‥‥停戦って、色々面倒だなぁ」
「ねぇ、ヴィクトリア君」
「なに?」
ルキアに呼ばれ、首を傾げるヴィクトリア。
「前に、青い鳥のことを訊いたよね。‥‥私の青い鳥は、セカイ。それを知るコト、見るコト」
「――覚えておくわ」
ルキアの目を真っ直ぐ見据え、言う。
「互いにまた穏やかに会えることを祈ります‥‥」
そして無月の言葉に対し、ヴィクトリアはぞっとするほどに美しい笑みを浮かべて背を向ける。
それきり、彼女は振り返らない。ルークとロイを伴って自機へと向かう。もう、ここには用はないと言うかのように。
やがて、二機のタロスとシュテルンは南の空に消えていった。
空の果てで、その様をじっと見据える銀のタロス。
それは恐らく、エドワードの――。