タイトル:【AC】Blue Spiralマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/01 22:25

●オープニング本文


「ゲルちゃんが戦死?」
 その報に、ヴィクトリアは耳を疑った。
 プロトスクエア白虎であり、リーダーのゲルト――その実力は、仲間である自分がよく知っている。今回の人類側との対峙も、ゲルトの勝利に終わるだろうと思っていた。
 しかし、飛び込んできたのは戦死という一報。限界突破していたという情報もあり、ヴィクトリアはその表情を歪めた。
「‥‥どうして」
 ゲルトほどの実力の持ち主が、なぜ。
 それほどまでに人類側の――能力者達の力は優れていたというのか。
 彼の「死」を俄には信じられない。受け入れるのも難しい。
 ゲルトに対する信頼は強い。そして同じプロトスクエアとして、ヴィクトリアは仲間を大切にしていた。だからこそ、手の届かなかったところでの彼の死は衝撃的であり、悔しさと人類への憎悪めいた熱が全身から湧き起こる。
「‥‥そうだ、ロアちゃん」
 ピエトロ・バリウスの副官、ロアはこれをどう受け止めているのか。
 ロアはゲルトを慕っていた。衝撃はヴィクトリア以上かもしれない――大丈夫、だろうか。
 様子を見にいきたいが‥‥しかしその間にも、指揮官であるゲルトを失ったことによるアフリカ中部軍末端部隊の混乱は始まっている。
 小部隊規模での人類側との衝突、指揮を外れてしまった、いわゆる「野良」の無人ワーム、アフリカ中部軍本体へと合流しようと移動中の小部隊――それらの統制は取れているとは言い難く、統制の取れていない状況下では不利な状況を作りかねない。
 逆に言えば、ゲルトを失ったことによる混乱で自棄になり、これまで以上の力を発揮する部隊もあるだろう。だが、自棄による力はいい結果をもたらさない。それはヴィクトリア自身もよくわかっている。
 戦局をどうこうしたいわけではない。だが、混乱している末端部隊を少しでも落ち着かせるべきだと、そう判断する。
「少し、飛んでくるわ」
 表情を消し、ヴィクトリアは側に控えるエドワードに告げる。
「では、私もお供いたします」
「来るな」
 エドワードが言い終わる前に、これまでにないような厳しい口調を返す。
「‥‥おじさまに、報告してきて。ヴィクトリアが少し飛んでくる、って」
「しかし、ゲルト様も斃れたのです。おひとりでは危険――」
「適当に見繕って連れて行くわ。危なくなったら逃げる」
「でしたらなおさら、私も」
「邪魔なのよ。私‥‥『ヴィクトリア・リイ』と、お姉様の感情を揺さぶるあなたは」
 抑揚のない声で言い放つヴィクトリア。これまでとは明らかに様子が違う彼女に、エドワードは圧倒される。
 これ以上、何を言っても無駄よ――紫の瞳は、そう語る。
 エドワードはヴィクトリアに悟られない程度に奥歯を鳴らすと、一歩下がって膝をつく。
「‥‥わかりました。では、バリウス様にご報告して参ります。‥‥くれぐれも、ご無理はなさいませぬよう」
「誰にものを言っているの」
 そう吐き捨て、ヴィクトリアはエドワードに背を向けた。

「空で暴れるのはいつ以来かなぁ‥‥」
 そう、あれはアルジェ。アルジェリアの首都で、空に青い螺旋を描いた。
 あのとき、眼下の街を破壊した快楽の余韻は今も残っている。あれ以来、この青いタロスで空を飛ぶことはあっても、戦うことはなかった。
 別に戦闘を避けていたわけではなく、その機会がなかっただけなのだが――。
「どちらかと言えば、地上で踊るより空を舞うほうが好き。この星の生命の母だという海も好きだけれど、私‥‥泳げないし」
 くすりと笑い、愛機を撫でる。
 深き青。見る者によってはどこか緑にも通じると感じるかもしれない。
「あと何回、飛べるかなぁ」
 ひどく焦がれた、このアフリカの空を。
 それは、『ヴィクトリア・リイ』とのシンクロ。
 そして『青龍』は――。
「行こう、ブルーバード」
 ゲルト――白虎への「弔い」を、空に。


 アレクサンドラ・リイは出撃準備を始めていた。
 マリとの国境沿いにおける戦闘支援のあと、一旦アドラール基地に戻り、そこで次の任務――ヴィクトリア迎撃を言い渡されたのだ。
 リイはすぐに格納庫に籠もり、愛機のメンテナンスを進めていた。
 体は疲れているが、休むつもりはない。先の作戦において、恐怖のあまり足を引っ張ってしまった。二度とそんなことのないようにしたいという気持ちは強い。
 今回の出撃は、明らかな混乱に陥っているバグア末端部隊との衝突ポイントに出現する青いタロス――ヴィクトリアの対処だ。
 タロスは末端部隊の混乱を収めるためか、その圧倒的な力を見せつけるかのように空を駆けてはKVを次々に撃墜、地上で展開するKVや生身の部隊までも空から砲撃している。プロトスクエアのひとりがその力を見せつけることで、末端部隊に一種の安心感のようなものを与えようとでもいうのだろう。
 実際、それによって落ち着きを取り戻した末端部隊もあるという。
 ヴィクトリアはただひたすら、ゲルトの死を無駄にするなと――空に螺旋を描く。
 青いタロスの主な出現ポイントは、北西部において作戦が展開された地域のやや北方で、次に現れるであろうポイントはもう予測されている。そこでリイを含む部隊が迎撃することになっていた。
 先の作戦で人類側がゲルトを討ち取ったという事実は、ヴィクトリアにも何らかの影響を与えているはずだ。これまでのようにはいかない可能性が高い。
 そして思い出すのは、アルジェでの邂逅。
 あのときのヴィクトリアの破壊力は、これまで対峙した中で最も際だっていたように思える。アニヒレーター破壊の作戦においてもその威力は報告されていたが、その後のヴィクトリアの破壊力は正直言ってアルジェを下回る印象があった。
 アルジェと、その後のヴィクトリアの違いをリイは考える。
 何が違うのか、どこに破壊力を変動させる素因があるのか。
「‥‥エド」
 エドワード。
 アルジェではその姿を見せなかった男。
 ヴィクトリアの従者で――リイのかつての婚約者。
 エドワードの乗機は未だわからないが、今回は側に控えていると思われる存在は確認されていない。やや後方で付き従うように展開するタロスは数機確認されているが、ヴィクトリアの補佐的な位置ではないという。
「‥‥まさか、な」
 一瞬だけ脳裏を過ぎった可能性。
「エドはいない。‥‥アルジェ以来の状況、か」
 ピエトロ・バリウス要塞にロア、メタ、ヴィクトリアで構成される『ABA48』として現れた際には、ヴィクトリアは戦闘行為を行っていなかったそうだ。実質的にアルジェ以来となる状況に、否応なしに緊張は高まる。
 しかしゲルトが死亡した今、無謀な行動に出るようなヴィクトリアではないだろう。恐らく、自身が不利だと思えば早々に撤退するはずだ。その分、こちらの危険度も低いが――。
「‥‥鳥籠から出た青い鳥は、果てなく自由だ」
 愛機の整備を終えたリイは無造作に結わえていた髪を解き、長く細い息を吐いた。

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
飯島 修司(ga7951
36歳・♂・PN
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN
追儺(gc5241
24歳・♂・PN

●リプレイ本文

「白鐘剣一郎だ。今回はよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしく」
 出撃準備の最中、白鐘剣一郎(ga0184)とアレクサンドラ・リイは軽く挨拶を交わす。剣一郎はこれといって表情を変えないリイをじっと見据えた。
 これまでの報告書でヴィクトリアとの因縁についてはある程度把握しているが、それに触れるとすれば今回の任務中に支障を来した場合だろう。そのような事態になるのかわからないが、今は共に戦う仲間として信を置くつもりだ。
 リイはそれを悟ったらしく、無言で剣一郎を見つめ返して頷く。そして骸龍『イクシオン』を暖機運転している夢守 ルキア(gb9436)の元へと向かい、その頬に唇を寄せる。
「今回もよろしく」
「もちろん!」
 ルキアは振り向き、幸運のメダルをリイに貸す。
「ツヴェルフウァロイテンは随所で使って。長期戦になるかもしれない。練力は温存で迎撃を意識して。それから、ラージフレアも」
「ん、了解」
 リイが素直に応じると、ルキアは笑む。
「リィ君が狙われているってわかった。でも私は管制だから」
 できることは、アドバイスとジンクス。そして、敵襲に気を配ることくらいだ。
「わかってる。‥‥ありがとう」
 リイは胸元で揺れる幸運のメダルを軽く握る。
 ふと黒木 敬介(gc5024)の様子が違うことに気づく。いつもなら軽い言動を見せるというのに。
「どうした?」
「ん? どうもしないよ?」
 敬介は笑みを浮かべる。
「‥‥無茶は、するなよ」
 そう言って、リイは敬介の右肩を軽く叩いて自機へと向かっていく。敬介はその行動に眉を寄せる。様子が違うのはリイも同じだと言いかけて、やめた。
 それに――ヴィクトリア。
 恐らく彼女こそが、最も様子が違う存在だろう。
「‥‥ヴィクトリアが本気か‥‥。やなんだよな、そういうの見るのさ」
 リイの背を視線で追えば、その先にあるのは明らかに対ヴィクトリア仕様としか思えない改造を施したアッシェンプッツェル。
「‥‥やなんだよな、そういうの見るのさ」
 もう一度呟き、視線を逸らした。

 出撃した九機は、ヴィクトリアの襲撃予測ポイントにて、その時を待っていた。雲はほとんどなく視界も良好だ。
 ヴィクトリアの様子が違うであろうことは、ドッグ・ラブラード(gb2486)も感じている。
「ゲルトの弔いか? バグアにも、そういう感情あるんだな」
 だったら、なぜわかりあえないのか。S−01HSC『Garm』のコクピットで吐息を漏らす。
「どうなんだろう。バグアの感情なのか『ヴィクトリア』の感情を模倣しているのか。どちらも私にとっては違和感が大きい」
 隣を飛ぶリイ機からの通信に、ドッグは頷く。
「コンサートの件もある、色々問いだそうかね、くっくっく‥‥」
 錦織・長郎(ga8268)は肩を竦め、笑う。
「白の彼を撃滅した今、混乱した軍勢を抑えようとしてるらしいが、そこを見逃す僕らでは無いね。直ちにその意図を挫こうではないかね」
 そして、このオロチ『ケツァルコアトル』に仕込んだ紫のペイント弾を、再び。
「青龍ね‥‥。まぁ、名が有ろうとそうでなかろうと敵は敵ということに変わりない」
 そう言うのは雷電『Bicorn』の鋼 蒼志(ga0165)。人物としての青龍に興味はない。だが、二つ名持ちとういことは強敵に違いない。油断はできないだろう。
 追儺(gc5241)は空の果てを見据えた。未だタロスの姿は捉えられない。
「どんな相手だろうとやることは変わらない。勝ちに行く、それが俺のできるベストだ。たとえ、相手が友の死に心がかき乱されていようとな」
 これは‥‥生死をかけた闘争なのだから――。
 サイファーE『鬼払』は、その名の通りヴィクトリア達を払うことができるだろうか。
「油断できる相手ではありませんが、此方も腕利き揃い。気負いすぎる必要も無い、とは思うのですがね」
 飯島 修司(ga7951)はそこまで言うと、声のトーンを落とす。
「‥‥何でしょうな。この、目の前に存在する何かを見落としているような、漠とした不安は」
 そのとき、レーダーに明らかなタロスの反応が入った。ジャミングの類は一切なく、あまりにも堂々としている。
「杞憂であれば、良いのですが」
 修司は、そう付け加えた。

「あの中に、きっとお姉様もいるわね」
 くすりと笑い、ヴィクトリアはKVにナンバリングし部下へと周知、そして――。
「ナイトフォーゲル全機無視。射程に入る前に降下、低空にて陸上部隊の支援に徹する」
 その指示は、KVのコクピットにも響き渡った。

「しまった――!」
 誰かが言う。すぐに全機降下、タロスを追う。
 管制に入る長郎機は水空両用撮影演算システムを起動、敵機を捕捉する。
 タロスは降下しながら地上への砲撃を開始、ゴーレムと対峙していたKV部隊を穿つ。
 この距離、この高度から攻撃するのは危険だ。回避されれば地上に被害が出る。
 ――誰も、初手を放つことができない。
 それを確認した青龍機、反転。急上昇し、プロトン砲を剣一郎のシュテルン・G『流星皇』へと。剣一郎機辛うじて旋回、回避。しかし右翼に第二波。装甲が僅かに抉れる。
 ルキア機が管制に入る。アルゴシステム起動、各種情報を統合、先頭のタロスからナンバリングし、各データを味方と共有する。モニターを確認しつつ、目視でもその位置関係を確認した。
「青い鳥。幸福は何処にあるか――探す為に世界を回ってもいいと思うんだ」
『幸福は私の腕の中よ』
 青龍機、ルキア機をロックオン。しかしその狙撃は果たされない。
「やらせん‥‥! ペガサス、エンゲージオフェンシブ。FOX3!」
 一瞬早く、剣一郎機のG放電装置が電磁波を発生、微かに青龍機が躊躇する。
 フォローに入ろうと上昇するタロス三機、すかさず追儺機がそれらをロック、ロヴィアタルの洗礼を。続けざまに修司機によるK−02小型ホーミングミサイル。無数のミサイルによる爆風とダメージはタロス三機を完全に足止めした。
 その隙に、長郎機による指示を受け全機対応するタロスとの配置につく。この高度なら地上にも影響は出ない。地上部隊との通信も経て、対空砲火を行うようなワームがいないことも確認された。
 追儺機の後ろにつき、タロス1へと向かうのは敬介のグリフォン。ちらりと青龍機を見やる。
 かつて一度見たヴィクトリアは、子供の心のまま育ったような子だった。
 それが今、自分のやり方を変えて単機で暴れている。
 学んで変えたとは到底思えない。恐らくは精神的なプレッシャーなどが原因だろうか。もっとも、本人と話してみないことには実際にはわからないが、そんな気がした。
「もしも、俺の推測が合ってるなら」
 ――それは強くなったわけでも、本気になれたわけでもない。
 無理をして弱さを曝け出しているだけだ。
 どうにかして確かめたい。タロス1と対峙しながらそのチャンスを待つ。

「景気よく行こうぜ!」
 青龍機にツングースカをばらまくドッグ機。
 間髪入れず、青龍機から一筋の光が走る。鈍い衝撃が全身に伝わるが、飛べなくなるほどではない。
「さすがはプロトスクエアの一角、手強い」
 剣一郎が言う。
「だがこちらも簡単に落とされるつもりは、ない!」
 撃ち込むのはフィロソフィー。回避する青龍機、今度はスナイパーライフルD−02が追いすがる。
 青龍機、踊るように回避。その脚部に撃ち込まれるドッグ機からのアサルトライフル。
「足回りをなんとかできりゃいいんだが‥‥」
 しかし、青龍機は気に留める様子もなく収束フェザー砲を放つ。ドッグ機へと向けられるが、直前のリイ機からのレーザー砲で体勢を僅かに崩し、射線が逸れる。
『よくもやってくれたわね』
 そう言ってリイ機にロックオン、ラージフレアを展開する間のなかったリイ機は砲撃をまともに喰らうが、ツヴェルフウァロイテンの発動で思ったほどダメージはない。
『‥‥嫌な感じ』
 ヴィクトリアは吐き捨てた。

 先ほどの分断攻撃によるダメージを最も受けていたタロス2は、回復を図っていた。
「ああ、タロスには修復機能がありましたね‥‥」
 修司は眉を寄せながら、タロス2との間合いを保つ。近くの空域にHWとの交戦を続けている部隊があるが、長郎やルキアからの情報では影響はなさそうだ。
 修司機はツングースカで弾幕を張る。回復しきっていない敵機の動きを封じ、畳み込むようにぶち込むエニセイ連射。敵機にはもう回復に充てるだけの燃料がない。
「墜ちましょうか」
 もう一度エニセイ。タロス2の「絶命」を見届けると、修司機は他班の支援にまわるべく移動を開始した。

 蒼志機は超伝導アクチュエータを発動、タロス3と対峙する。
「回復する暇は与えん」
 回復しようとする敵機との距離を詰め、短距離高速型AAMによる牽制射撃を行う。すぐに敵機がプロトン砲を返すと、左翼に衝撃が走る。しかし戦えないほどではない。
 そこにルキア機が入る。蒼志機の状態は良いとは言えないが、形勢は不利にはなっていない。D−013ロングレンジライフルにて後方からの狙撃を開始する。
 その隙に蒼志機が体勢を立て直し、距離を取って狙いを定めた。
「螺旋の爆槍で――穿ち壊す!」
 放つのは、8式螺旋弾頭ミサイル。それは正面からタロスの腹部に抉り込まれていった。

「お前はここで俺たちと戦ってもらう」
 追儺機は距離を詰め、タロス1にマシンガンを撃ち込む。そのまま接近戦に持ち込むのだ。一拍遅れたタイミングで流れるのは、敬介機のプラズマリボルバー。
 追儺機が敵機とすれ違い、旋回する。それまでの間に放たれていく。タロス1上方を取る追儺機。そこから再度マシンガンを撃ち、弾幕での圧力を続ける。
「いい加減‥‥墜ちろ!」
 絶え間ない攻撃のせいか一切反撃をしてこないタロス1、そこに敬介機の7.65mm多連装機関砲と共にさらに厚みを増した弾幕で畳みかける。
 それを「全身」に受けた敵機は、あっけなく落下していった。それを見届けることなく敬介機は大きく旋回し、青龍機の様子を窺い回線を開く。
「やっ、久しぶり。元気してた。俺だよ、俺」
 顔と声は覚えられているだろう。いつかの「パンティ何色事件」の印象は強いはず。
「何を」
 追儺の声。
「大丈夫、会話して気を逸らす作戦だよ」
 うそぶく敬介。真意を見せるつもりはない。
『下着の色は教えないわよ』
 軽く返してきたヴィクトリア。どうやら覚えているようだ。敬介は頷き、言葉を紡ぐ。
「無理、してない?」
『え?』
「誰だって、自分を貫けるほど強いわけじゃない。俺だってそうさ。‥‥でもなあ、もし無理してるならやめとけ。素直になっとけ。後悔するぜ、俺みたいにな」
『だからなに』
「例え相手が誰であれ、そういう後悔するのは見たくないんだよ」
『心配無用』
 ヴィクトリアの声と衝撃が重なる。ゆるやかに落下する機体。全身が痛いのは機体に相当な衝撃を受けたからだろう。それも、複数回。
 この状況では敬介の推測は、当たっているとは言い難い。だが、躊躇わずに撃ち抜いた行為には、何らかの感情があったのは確かだ。
「‥‥惜しかった、かな」
 もう少し確認できればよかったが――これ以上は無理だった。

 長郎はUK−10AAMを青龍機に放つと、青龍機はこちらに意識を向けた。
「さて、こういう行為をした僕を覚えてるかね」
 長郎機は青龍機にペイント弾を撃ち込む。しかし回避され、ヴィクトリアからも反応はない。長郎は構わず続ける。
「自己紹介だ。錦織長郎だ、宜しく頼むね。でだ‥‥君の上位自我とも思える――ロア君はどこで指揮してるのかね? いや」
 遊んでるのかね――そう言いかけた、瞬間。
『お黙りなさい』
 低く短い声が響き、長郎の視界が青に染まる。
 至近距離から、一撃。衝撃が全身に伝わる。さらに撃ち込まれる光線。落下していく機体。
『トドメよ』
 その言葉に、死を覚悟し目を閉じる――が、一切の攻撃が来ない。目を開ければ、ルキア機とリイ機の攻撃を背に喰らい、動きを止めている青龍機があった。

 青龍機はリイ機をロックオン、だがすぐに解除、後方からの攻撃に備えた。
「これなら、寂しくねぇだろ」
 リイ機と共に上下から挟み込むように位置取ったのはドッグ機。
「とっておきの一発! 持って行きな!」
 ブレス・ノウとアグレッシブファングを起動、スナイパーライフルRでの狙撃。兵装を狙う。
 着弾し何かの破片が飛び散るが、青龍機は再度リイへのロックオンを果たす。だが、それを阻止したのはまたもや剣一郎機だった。
「勝負だ。行くぞ流星皇!」
 PRMシステム・改を発動、パワーを上乗せする。スラスターライフルにてロックオン。

 それより少し前、落下したはずのタロス1が射程内に躍り出て追儺機へと砲撃を放っていた。撃墜されたと見せかけて、地表近くで回復を図っていたようだ。
 致命的なダメージは負わなかった追儺機は改めてタロス1を、そして蒼志機はタロス3を、修司機及びルキア機のフォローを得て最後の詰めに入る。
 修司機のスナイパーライフルD−02がタロス1の腹を幾度となく撫でる。その上空から追儺機がLRM−1マシンガンをぶち込んでいく。
 完全回復はできなかったのだろう。その一連の攻撃で、今度こそタロス1は沈黙した。
 ルキア機がタロス3からの砲撃を上下左右に動いて辛うじてかわし、煙幕弾発射装置にて煙幕を張る。そのまま中に狙撃を開始し、敵機を翻弄する。
 やがて煙幕が晴れると、タロス3は離脱しようとした。しかし――下方から突き上げるように繰り出される蒼志機からのミサイルの嵐が、敵機を不自然に上へと押し上げる。
「は、敵に背を見せるとは随分な余裕だな――!」
 簡単に離脱はさせない。再度、ミサイルを放つ。
 上昇するタロス3の、さらに高空にいるのは、青龍機――。

 剣一郎機にロックオンされた青龍機は、蒼志機に追い込まれてすぐ背後まで迫っていたタロス3を無理矢理盾にする。
「なにを‥‥!」
 剣一郎と蒼志が声を上げる。直後、放たれてしまった一撃はタロス3の腹部に抉り込み、蒼志機からねじ込まれていた螺旋の痕を深くする。そして、爆炎を上げて果ててゆく。
 その爆炎に紛れるように青龍機は急上昇し、一気に射程外へ。途中、光線を数度放ち、ルキア機とリイ機を軽く抉る。女の子同士の別れの挨拶とでも言いたげに。
『じゃあ、またね』
 そして背を向けて飛び去っていく、青のタロス。
「ここで勝負を着けておきたかったが‥‥」
 剣一郎が呟く。
「まあ、とっととお引き取りいただけりゃ文句はねぇよ」
 しかし、文句がない状況とは言い難い。二機、撃墜されてしまったのだから――ドッグは地上へと視線を移す。長郎と敬介は脱出できたようで、地上の治療班に救出されているところだ。
「‥‥君の青い鳥は、何?」
 ルキアが、ヴィクトリアに問う。まだ声は届くはずだ。
『――ひみつ』
 少ししてその声が全機に響いた直後、通信は切れる。
 青のタロスは、蒼空の彼方へと消えていった。