●リプレイ本文
「この前ここで戦った双子のキメラ‥‥まだここにいたんですね」
九条院つばめ(
ga6530)は見覚えのある景色に目を細める。
月日が経つのは早いもので、あれから四ヶ月近くが経つ。しかし最近は、ユカ・ユーティライネンやイーノスと名乗ったあの男が動いているという話は聞かない。
「でも‥‥気は抜けません」
つばめはきゅっと唇を結び、隼風を抱きしめる。
(彼等は‥‥またどこかで、私たちのことを見ているのかもしれませんし、ね)
視界の中、蠢くのは前と同じ「双子」のキメラたち。
「ふむ、今回は出てきたキメラにお帰りいただくという任務ですか。こちらから探し回らなくていいというのは助かりますね」
つばめと組む綾野 断真(
ga6621)はキメラを見て頷く。ここからはまだ数百メートル離れている。
待ち伏せはスナイパーの得意とするところだ。もっとも、いつ来るかわからないというのもそれなりにストレスにはなるが、同行するこのメンバーなら大丈夫だろう。他には、HNとGDがおり、B班として動く。
「まあ、待ち伏せする必要もないくらいですが」
キメラは臆することなく接近してくる。複数で行動していることで、妙な自信でも抱いているのか。
「全力で戦えないのはもどかしいな‥‥」
A班の黒羽 拓海(
gc7335)は吐息を漏らす。長期戦となるため、一日目の練力消費は抑えたいのだ。
「まあ、ジェフリートが拠点のほうで皆が休めるようにはしてくれているはずだから」
UNKNOWN(
ga4276)が言う。しかしジェフリート・レスターは「全てを用意するのは難しいと思う。ここは戦場だから」と告げていた。その言葉通りのリアクションを拠点側も返してきた。
ここはニジェールとの国境に面した激戦地区のひとつであり、またRAL作戦が展開されてからずっとここに留まって戦い続けている兵士達もいる。戦場は常に物資が豊富にあるというわけでもない。
UNKNOWNが希望したもののうち、寝食に関するものは元から拠点にあるが、アイマスクやイヤホン、着替えは完全に個人の問題だ。そこまで用意することはできない。ともあれ、休息が取れる状況にはなっていると言えるだろう。
拓海とUNKNOWNと組むのはAAとSN。B班とはやや距離をおいて待機する。
「危ないときはお願いします」
拓海がUNKNOWNにそう告げたとき、キメラ達が射程内に入り込んだ。
二体一組の、「双子」たち。
それは綺麗な左右対称の動きを見せ、しなやかに空を、大地を駆けめぐり、間合いを詰めてくる。
これまでの経験から、左右対称の動きで来ることはわかっている。つばめは迷うことなく隼風を獣の胸元へと薙ぎ入れた。同時に、その片割れへとGDが攻撃を。
左右に倒れ、息絶えるキメラ。わずかに顔の角度が違う程度で、左右対称という行動が前よりも洗練されている気がしたつばめは、微かに眉を寄せる。
その上空、くるくると円を描きながら降下し、その嘴を向けてくるのは鷲。その片割れに、断真のライフルから放たれた銃弾が吸い込まれていく。
「左右対称というのが厄介ですが、一体倒してしまえば普通のキメラってことでしょう」
冷静に、もう一発。右の翼が機能を停止する。
「まあ、謎の多いキメラですから、一体になったときどういう動きをするのかわかりませんが」
そうして抱くもう一体への警戒は、落下し始めた片割れを闇雲に盾にしようとする行動を見極める。
「そう来ましたか」
断真はしかし、盾にしようとする瞬間の隙を突いて、もう片方の翼を貫いた。
「完璧すぎる連携は、逆に読みやすい」
拓海は左右対称の行動を逆手に取り、一方の行動から他方の行動を予測して二刀小太刀「小夜時雨」を一閃、「夜」の文字が巨大な昆虫の節に入る。
滑らかに「置く」その攻撃は、昆虫の飛来する速度を抱き込んでその体を割り裂いた。
「個々の強さはそれほどでもないのか?」
相手の急所や弱点さえ突けば、スキルはあまり必要なさそうだ。もう一体は――AAが墜としていた。
「それにしても、数が多いね」
いくら個が弱くとも、これほどの数がいれば――嫌でも練力消費は避けられないだろう。UNKNOWNは言うや否やエネルギーキャノンを掃射、キメラ達を確実に仕留めていく。
「それでもまだ多いね」
「地道に行くしかないですね」
拓海はそう言うと、片割れを失って暴走を始めた肉食獣へと小太刀を閃かせた。
戦闘の合間や、休憩の最中、得られるひとときを使って、ジェミニやイーノスについての話をする。
その上で警戒担当の班は覚醒をし、それ以外の者は休息を取る。二日間を乗り切るために、練力消費を最小限に抑えているのだ。そうやって組んだ八時間ごとのローテーションで、わずかではあるが回復も得る。
「双子のキメラか。片割れを失ったジェミニが何かしようとしているのか?」
対峙したキメラを思い出し、拓海が言う。
「それにしても変わってますね。そこに何のメリットがあるのか‥‥わかりませんが」
断真が頷く。
「‥‥まあ彼等と面識もなく、報告書以上のことは知らない俺らでは、考えても無駄か」
今は任務に集中しよう――拓海がそう思ったとき、ジェフが「俺も同じだから」と返した。
ジェミニについては、全く知らないわけじゃない。
ただ実際に関わっていない以上、それはやはり「報告書」のなかの出来事であって、どこか遠く感じるのも嘘ではない。
だからこそ、ユカ・ユーティライネンを知る者達の話は――どんな報告書よりも、生々しい。
ジェフはゆるりとジェミニを知る者達の顔を見た。拓海と断真も、静かに耳を傾ける。
「彼は、こちらの攻撃に対して鏡写しのような反応を見せました」
つばめはイーノスと対峙したときのことを振り返る。
「たとえば、こちらが剣を振ったとしましょう。すると、次は全く同じ動きを見せるのです。‥‥スキルも、似たようなものを。‥‥あなたが知る、『イーノス』の人物像はどのようなものですか?」
つばめは問う。自分が見たイーノスと、ジェフが知るイーノス。そこに大きな差異はあるのか。
「‥‥自分が育った孤児院を大切にしていてね。穏やかで、優しい男だったよ。孤児院に仕送りをするために、休む間も惜しんで依頼ばかり受けているような‥‥ね」
「それがイーノスか?」
壁に体を預けるようにして休息していた月城 紗夜(
gb6417)が眉を寄せる。座っていたほうがすぐに動けるし、横になると病院を思い出してしまうからだ。話をするために少し背をずらして、姿勢を変える。
「前にここで対峙したときは‥‥そんな風には、見えなかったが」
ここで対峙したイーノスは、ジェフの話すイーノスとはまったくの別人としか思えない。そこでジェフが「イーノス・ラムゼイ」の写真を見せると、ふたりは「あぁ」と声を漏らした。
ジェフはふたりの様子に、「イーノス」がやはり同一人物であることを認めざるを得なかった。
「いつ、どこで‥‥イーノスはジェミニと接触したんだ」
思わず声が漏れる。
「心当たりはないんですか?」
「それが‥‥まったく」
断真の問いに、ジェフは首を振る。
「‥‥ユカ‥‥あの時とっても哀しそうな瞳をしてた」
絞り出すような声は、ユウ・ターナー(
gc2715)。
「哀しそうな瞳?」
ジェフが返すと、ユウはこくりと頷いた。
「片割れを失った痛み、ユウにはわからないけど‥‥とってもツラいんだろうな」
フィンランドの片隅での邂逅。そこでキメラ達がひたすら破壊していたのは鏡やガラス。
ユカがなぜそのような行動に出たのか――ユウにはわかっていた。
「‥‥自分を見る度に思い出すもうひとりの自分。だから鏡を壊してたんだよ」
その行動のなかに、どれほどの痛みがあったのか。壊れていく鏡を、どのような思いで見ていたのか。ユウは真っ直ぐにジェフを見据える。
「ねぇ、ジェフおにーちゃん。ジェフおにーちゃんが双子で‥‥片割れを失ったら、どんな風に苦しむんだろう。‥‥ユウがそうだったら‥‥」
消え入りそうな声、言い終える前に哀しげに伏せられる瞼。ジェフはそんなユウから目を逸らすことができなかった。
「もし、俺がそうだったら‥‥か‥‥」
――ヨリシロだというユカ。そこに悲しみという感情があるのか。
しかし――何か、胸の奥に引っかかる。
鏡のような行動をするというイーノス。「双子」の、キメラ。
「ジェミニか‥‥。もう少し早く、手を届かせれば‥‥だったが、無力なものだ、ね」
横になっていたUNKNOWNがユカの顔を思い出すように天井を仰ぐ。その眼差しはどこか遠くへと穏やかに向けられていた。
「‥‥ジェミニとその両親を知っているよ。話したこともある。双子共に健全なときに、バグアだろうが気にせず‥‥戦わずにすむようできないか、手を伸ばそうとしたこともあったよ。‥‥だが、今一歩、届かなかったな‥‥」
フィンランドから随分と南――今、彼はどこで何をしているのか。もしイーノスに会えたなら、伝えたいことがある。
ジェムは元気か。いつか私の手を届かせよう‥‥無理矢理でも、ね――と。
「ユカは、こう言っていました」
つばめが、言う。
「伝えてよ、あのひと達に。ぼくたちは、いきている。そして、ただいま‥‥って」
一言一句、そしてユカの表情さえも思い出しながら、ユカの言葉を紡ぐ。
雪のフィンランド、そして「帰って」きたジェミニ。
「ぼくたち」という言葉に込められた真意。
その場にいたわけではないのに、ジェフにはその様が鮮明に思い浮かぶ。
「話が聞けて、よかった。ありがとう」
笑みを浮かべるジェフ。もしここで話が聞けなかったら、ひどく遠回りをしてジェミニを追いかけたかもしれない。
これまでジェミニを追ってきた者達に比べれば、理解も関係も、そして因縁さえもまだ薄いものだ。
だから、こそ――。
「最近は銃の便利さも分かってきたんでね」
薄明かりが灯る宵闇の中、拓海はヘリオドールを構える。初日同様にエネルギーキャノンである程度の掃射を開始したUNKNOWNや、双子の片割れを薙ぎ続けるAA。
空に展開する、そして明らかにこちらを狙っている鳥達へと、SNの牽制射撃が撃ち込まれる。そこを追う、へリオドール――。
悲鳴を上げ、落下する個体。それを合図にするように一斉に襲いかかってくる鳥達。
拓海は小夜時雨に持ち替えて先頭の個体に刹那の一閃、そのまま体を回転させて勢いを乗せた一撃を抉り込む。その片割れには、AAの叩き付けるような一撃が入り込んだ。
C班の紗夜はランタンを腰に下げ、両手を自由にしていた。
「練力は控え目に頼む。敵が増えすぎて手に余る時に、制圧射撃や十字撃を」
AAとSNにそう願えば、彼等は「了解」と頷いた。
「暗視スコープ持ってきて正解だったかな」
ユウはスコープを覗き、その目で敵を捉えていく。
敵はまた双子。どちらかを狙い撃ちすれば足並みは乱れるはず。まずは、最も近距離、ユウを狙って駆け抜けてくる獣へとヴァルハラで牽制を放つ。同様にしてSNも狙撃、こちらも双子のような行動を取る。
「やってみないとわかんないもんね!」
果たして、キメラはどのような動きを見せるのか。
その答えはすぐに出る。同じ動きを見せたユウ達を、「認識」しなくなった。そこに意味があるのかはわからないが、双子は仲間とでも思い込んでいるのか。だとすれば、知能は限りなく低いのだろう。
そのまま再度狙撃、キメラ達を地に沈める。
紗夜は鬼刀「酒呑」を脚部に薙ぎ入れて切断、動きを抑制する。その場をいなすと、遠方で群れる双子達へと次々にペイント弾を放ち始めた。
「有利性を保つのに、我ながら全く必要のない提案だが」
言いながら、ペイント弾の効果がどう出るのかを待つ。
「‥‥ふむ」
ペイント弾で視界を奪われた個体は、体を片割れに擦りつけ始めた。まるでその存在を確認するかのように。擦りつけられた個体は、それを振り払おうと牙を剥き――半ば、同士討ちのようになる。
そのうちにAAからの攻撃で単体となった個体は、混乱して駆け回るものやなりふり構わず突撃を仕掛けてくるものなどばかりで、特に目立った特徴はない。
「双子は、脆いな」
予備として戦闘に参加していたジェフが呟く。その言葉に紗夜は眉を寄せた。
「イーノスと同じこと、言うのか」
「‥‥え?」
かつて対峙したときに、イーノスが同じことを言っていた。紗夜はそれを思い出す。しかし、この状況を見れば誰もが言う言葉なのだろうとすぐに表情を戻してジェフに言う。
「あのキメラ、持って帰るか?」
紗夜は死骸を見比べ、オリジナルやクローンの差が無いかを調べてみたが、その差はわからない。
持ち帰って未来研究所に押しつけでもすれば、何かわかるかもしれないが、
「脳波で伝達してるとか、普通にサイエンティストに聞いたらわかりそうな気も」
唸り、悩む紗夜。しかし、片割れを斃されて迷走する獣を見て吐息を漏らした。
「‥‥片方が無くてはならんのなら、それは既に単体とは呼べん。ただの部品だ」
紗夜のその言葉に、ジェフがハッとする。
二匹揃ってこそ「個」となるのなら、それを形成する二つの存在は単なるパーツなのかもしれない。しかし、人間の双子や、通常の動物の多胎などはそうはいかない。
そして――ジェミニはどうなのだろう。
「‥‥部品」
「どうした、レスター」
「いや、いま‥‥なにか‥‥なにか、みえたきが、した」
それが何なのかはわからないが――。
しかしジェフは、今の紗夜の言葉を忘れないように心に刻む。
「‥‥キメラの死骸は持ち帰る必要はないだろう。持ち帰って調べても‥‥『部品』でしか、ないはずだ」
「なるほど」
ジェフに頷き返し、紗夜は別の「双子」へとペイント弾を撃つ。
「まだまだいっぱい来るよー!」
どこから湧いてくるのかというほど、地平から次々に迫り来る双子達。
ユウは一歩前に出て、にこりと笑む。
「一掃、なのだ☆」
そして躊躇うことなくブリットストーム。派手に双子を包み込むそれは、群れるキメラを刈り取っていく。そこを抜けてきた個体を紗夜の刀と拓海の小太刀が待ちかまえ、負傷者をUNKNOWNが軽く治療する。
やがて、戦闘は終わりに近づいていく。
「数が、ぐんと減りましたね‥‥」
拠点で休息を取っているつばめが、遠目に見える戦況に目を細める。灯される薄明かりのなか揺れる影。
そして、イーノスは姿を現さなかった。
恐らくは、どこかから見ているに違いない。
「見ていなくとも――何らかの方法でこちらの動向を探っているのでしょうね」
断真がつばめの思考を読んだかのように言う。
ここからでも見える、キメラの死骸。そのなかに、寄り添うように斃れている「双子」はほとんどいない。どれもがバラバラに斃れ、眠る。
――それはまるで、ジェミニそのものを暗示しているかのようだった。