タイトル:【RAL】突入・GATE3マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/28 17:47

●オープニング本文



 ラバト周囲の都市や地域の制圧を試みる最中――。
 欧州軍は応戦するバグア軍内での情報の中に、驚くべき内容が含まれていることを把握していた。

 制圧目標であるラバトの司令部に現在、『ピエトロ・バリウス』が滞在している――。

 その話は、当然ながら今作戦を主導する二人――ウルシ・サンズ少将とブライアン・ミツルギ准将の耳にも入っていた。
「そのうち会うじゃろうとは思っておったが、まさかこんなところで大物が釣れるとはのう」
 その二人の通信上において、ミツルギは言う。
「流石にこのままじゃ拙いと思ったんだろ」
 ふん、とサンズは鼻を鳴らし――それから、口端を歪め笑みを見せる。
 普段の表情が硬いことに加え、醸し出す雰囲気もあり――その笑みには獰猛な力強さが漂っていた。
「――まァ、丁度いい機会だ。
 予定通りぶっ潰しつつ、大将の面拝みに行こうじゃねェか」


「司令部突入‥‥?」
 アレクサンドラ・リイは上官からもたらされた話に眉を寄せ、手元にある資料に目を落とす。
 ラバトの司令部には入口がいくつかあることが、事前偵察により判明している。
 ビル状の建物の周囲はパイプ通路が円を描いていた。そのパイプ通路の外周にある入口を入ると、司令部に真っ直ぐ進む通路と、円を巡る通路がある。尤も偵察の時点で、後者は固く閉ざされていたが。
 ちなみにパイプ通路にも入口付近だけ上層があり、司令部へ続く通路の手前には上層へ続く階段も発見できた。
 おそらくはパイプ通路の上層は街に滞在する強化人間等の居住区と考えられるが、一方で司令部の構造は謎に包まれたままだ。
 とはいえ、入口を全て利用しくまなく捜索を行えば。
 いずれは司令部機能の破壊や制圧、ひいては新たに加わった目的である『ピエトロ・バリウス』との邂逅も果たされる筈だった。
 そして――リイがそのひとつを担うことになった。
 これまでの動きを考えても、ヴィクトリア側はリイが首都入りするのを予測しているだろう。だとすれば、リイが赴く場所にはヴィクトリアが出てくる可能性も高いと言えた。
 つまり、ヴィクトリアと従者のエドワードをリイに引きつけておき、その隙に――ということだ。
「だったら、市街地でもいいのでは? 市街地にヴィクトリアをおびき寄せておいて、突入班の負担を軽く」
 そこまで言って、リイは何かに気づいた。
「なるほど、確実に司令部を破壊するための策ですか」
「そういうことだ。これまでの動向から、ヴィクトリア達がお前を殺そうとしているようには思えない。何か考えがあるのか、それとも気まぐれなのかはわからないが‥‥そこに賭けたい」
 もし思い違いであれば、ここでリイが殺される可能性も充分ある。危険な賭であることには間違いない。そう言い添えて、上官はリイをじっと見据える。
「わかりました、囮になりましょう」
「そういう意味ではない。共に行く者達の生還率を上げてこいと言っているんだ。‥‥行ってくれるな?」
「喜んで」
 リイは躊躇うことなく頷いた。
「それから、もうひとつ」
 上官はさらに続ける。血のついたメモを出し、リイに見せた。
「信憑性については考えるな。これを信じるなら、この入り口から入れ」
 そのメモには、とある入り口から入ると螺旋階段があることだけが、やや殴り書き気味に記されていた。
「フェズ攻略直後にお前宛で来た。差出人は不明だ。階段があるというのはこちらの偵察でもわかっているが‥‥それとは違う気がする」
 リイ宛であることから、恐らくはそこにヴィクトリアが関係しているのだろう。
「この階段を見つければ、何かがありそうですね。でも、螺旋‥‥ですか。面倒だ」
「――ああ。落とされるなよ?」
 途中でヴィクトリアやエドワード、他にも強化人間などの妨害に遭う可能性は極めて高い。だが、それを抜けることさえできれば――。
 リイは再度メモを確認する。確かにリイ宛てではあるが、字に見覚えはない。
 しかしフェズ攻略直後ということから、ひとつだけ心当たりがあった。
「まさか‥‥」
 呟き、視線を彷徨わせる。
 フェズで消えた、強化人間――。
 彼はヴィクトリアのためだけに戦いたいと言い、何かに怯え、迷っているようだった。
 もし彼である場合、なぜヴィクトリアに逆らうようなメモを寄越すのか。それとも、彼が逆らおうとしているのはヴィクトリアではなく――。
 リイは真意が掴めないまま、ただじっとメモを見つめ続けた。


「エドワード、お姉様は来ると思う?」
 そう問うヴィクトリアの視線は厳しい。エドワードに任せていたウジダが陥落したこと、そしてフェズにも配下の強化人間を送っていたことは耳に入っている。人類がもうすぐそこまで迫っていることも。
 コンサートで見せた人類側のしぶとさもあり、ヴィクトリアはそろそろ手加減をやめるべきかと思い始めていた。
「来るでしょうね」
 エドワードは機嫌の悪いヴィクトリアに紅茶を差し出し、頷く。
「‥‥そういえば、フェズで強化人間が二人倒されたって聞いたけど」
「ええ。ひとりは遺体を確認しました。ひとりは‥‥耳だけ確認しています。遺体は行方不明で、もしかしたら連れて行かれた可能性もありますが」
「解せない」
「まあ、そうでしょうね」
「彼はあなたを嫌っていた。そのうちに牙を剥くかもしれない。そうしたら、どうする?」
「消すだけですよ」
「じゃあ、お姉様のことは消せる?」
「――その時がくれば、消しますよ?」
「大嘘つき。まあいいわ、お姉様だろうと誰だろうと、おじさまに害をなす存在は消すだけ。決して――おじさまに会わせやしないんだから」
 ヴィクトリアは少し冷めてきた紅茶を一口飲み、眉を寄せた。
「アップルティー、嫌いなんだけど」
「あぁ、すみません。間違えました」
 エドワードがそう言った瞬間、ヴィクトリアはカップを投げ捨て、従者の首をぎりぎりと絞めあげていく。数秒後、エドワードは抵抗することさえ許されずに床に叩きつけられる。
「お姉様と間違えるんじゃないわよ」
 意識のないエドワードの後頭部を踏みつけ、ヴィクトリアは吐き捨てた。
 そして砕け散ったカップを見つめ、考える。
「――お姉様はどの入り口から来るかしら」
 あの入り口だと嬉しいのだけれど――。
 お気に入りの螺旋階段がある。その螺旋で、ダンスを踊るのもいいかもしれない。もっとも、自分はダンスが苦手だが。
「‥‥せいぜい踊りなさいよ。その隙に、お姉様も、能力者達も――全員、奈落の底に叩き落としてあげるんだから」



※このシナリオは【Roller for African Liberty】アフリカ北西部解放連動の一環となっています

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
ハミル・ジャウザール(gb4773
22歳・♂・HG
イーリス・立花(gb6709
23歳・♀・GD
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
玄埜(gc6715
25歳・♂・PN

●リプレイ本文


「今までは、リィさんを殺すつもりはないようですが‥‥ヨリシロのヴィクトリアさんの感情‥‥は、考えるだけ無駄ですね‥‥」
 しかし――と、ドッグ・ラブラード(gb2486)は唸る。呼応するように頷くアレクサンドラ・リイ。その首に夢守 ルキア(gb9436)が幸運のメダルをかける。
「‥‥ありがとう。終わったら、必ず返す」
 リイはメダルを見つめ、呟く。それは生還するという約束だ。ルキアは頷き、笑顔で頬を差し出した。
「私は祈る神を持たない。けど、ジンクスは大事にするんだ」
 リイの唇の感触を頬で確かめると、ルキアは覚醒変化を意図的に消す。そして隠密潜行を発動した。
 ほぼ同時に、月森 花(ga0053)が左手薬指の婚約指輪に唇を寄せていた。
「たとえどんな時でも、ボクには負けられない理由が出来たんだ」
 だから必ず――帰る。指輪と、そこに重なる笑顔に向かって呟く。
 そして、誰からともなく中へと一歩を踏み出した。
 玄埜(gc6715)がSASウォッチで突入時間を確認。どれくらいで出て来られるだろう。時間の管理は、そのまま練力の管理に繋がる。
「司令部‥‥どんな風になっているか判りませんが‥‥とにかく壊せば良いんですよね‥‥?」
 ハミル・ジャウザール(gb4773)は探査の眼とGooDLickを発動、二列目に位置取ってゲートをくぐる。
「チャンスとピンチは表裏一体、と言います。‥‥今回も、油断せずにいきましょう」
 イーリス・立花(gb6709)は後衛で探査の眼を発動。最初の分岐、左は行き止まり。右の壁に進路の目印として弾痕を残す。
 イーリスやルキアが作成する地図には、別のゲートも書き記されている。内部の詳細はこれから書き加えられていく。
(敵味方になった姉と妹か。だいぶ前にもあったな)
 沖田 護(gc0208)は、過去の依頼へと思いを巡らせる。しかし、迷いは禁物だ。
 ――現れたら、排除するまで。
 小さく首を振り、歩を早めた。
「静かすぎて‥‥空気が重い」
 呟くのは旭(ga6764)。ここは、外の音が嘘のように聞こえない。進行方向からキメラが次々に現れるが大した脅威ではなく、剣の一閃や狙撃で沈黙していく。
 何度目かの分岐、また右へ。
「右ばかりだ」
 玄埜が気づく。分岐は全て右に進んできた。分岐から分岐までの間隔は、数十メートル。地図にしてみると、同じところをぐるぐる回っているだけになるが、そうならない特徴があった。
「どこまで下るんでしょうか」
 ハミルが言う。そう、下り坂になっていたのだ。
「螺旋階段みたいだ」
 ぽつりと、花。今のところ、退路はこの螺旋状に下り続ける廊下だけだ。このまま進めば、螺旋階段に到達するのだろう。
 そして、また進む。皆からやや離れ、ルキアは右手にある壁を叩いた。強度があり、KVでもなければ破壊できなさそうだ。
「この向こう。何があるんだろ」
 数十メートル四方の壁に囲まれた、正方形の空間。それがこの向こうにある。


 それは、目が覚めるような青。
 螺旋階段に丁寧に敷き詰められた絨毯も、アイビーの装飾が施された細い手すりも、深い青。それらを浮かび上がらせるライトもある。遥か上方にはステンドグラスの天窓があり、青い二重螺旋が描かれていた。
 四方は壁、その向こうは先ほどの廊下。手すりから覗き込めばさらに地下があり、深い闇が広がっている。獣のうめき声も聞こえることから、キメラがいるに違いない。
「螺旋階段は動きづらいです。早めに踏破しましょう」
 護が言うと、ほぼ同時に少女の声が降り注いだ。
「ようこそ、私の螺旋階段へ」
 ――ヴィクトリアだ。
「ねぇ、楽に辿りつけたでしょう? 疲れ果てたあなた達と会うのはつまらないから、オマケしてあげたの。感謝してね。さあ、早くここまで来てちょうだい」
 その言葉と同時に、全員が螺旋を駆け上がり始めた。

 螺旋の幅は約三メートル、一階部分と思われる位置でヴィクとエドワードは待っていた。
 止まることなく駆け上がり、二人に体当たりを仕掛けて手すりに追い込むリイ。
「グズグズしておる暇など‥‥無いッ!」
 玄埜が言うと同時に、隙をついて破壊班が脇をすり抜ける。それを追おうとエドがリイを突き飛ばして進むが、一瞬早く護が破壊班との間に飛び込み、盾とバハムートでエドを受け止め押し返す。
 数段後退したエドは軽く舌打ちをする。破壊班を追うのは諦めたようだ。
「まあいいわ、ここにいる人たちを殺してすぐに追いつくんだから」
 ヴィクは余裕の笑みを浮かべる。
「いやいや、縁がありますねぇ、ホント」
 ドッグが大仰に言う。ちらりとリイの状態を確認すると、左腕に血が滲んでいた。すぐに練成治療を施してリイを立たせる。
 直後、エドが両手に細身の剣を持って階段を滑り降り始めた。その視線が追うのはリイ。しかしリイの後方から、一瞬の隙を突いてルキアのエネルギーガン。
 ルキアの小柄な体と隠密潜行は、エドの死角に入り込んでいた。
 一瞬、回避が遅れた。エドの左肩が抉れて剣を落とす。右手の剣を握り直し、ルキアを見据えた。
「あぁ、その子とお姉様は私がやる。女の子は女の子同士、語り合うの。エドはお兄さんたちをよろしく」
 そう言われるがままにエドは剣をドッグと護に向け、ヴィクは軽く爪を研いでルキアとリイに微笑んだ。


 破壊班は振り返らず階段を駆け上がる。
 途中、踊り場。そして扉。それは等間隔で続く。
 最下層から飛来する飛行型キメラは、片っ端から落としていく。ハミルの索敵もあり、奇襲は免れている。
「静かにしていてもらうよ‥‥」
 黒刀「鴉羽」で翼の付け根から胸部へと突き、裂く花。
 かぎ爪による攻撃を大剣で受け流す旭は、重さを押し込むようにしてカウンター気味に反動を薙ぎ入れる。
 向こう側の螺旋から駆けてくるキメラには、足下を狙うハミルのエナジーガンやイーリスのスコールによる援護が入る。装飾のアイビーに紛れ込んでいた昆虫型のキメラは、その関節を玄埜の蛇剋が抉り取る。状況に応じてトドメを刺し、時には放置して先を急ぐ。
 いくつかの扉はダミーで、中からキメラや強化人間が攻撃を仕掛けてきた。だが、それはハミルの索敵によって把握できており、大した苦戦もなく押し返して上を目指す。
 十個目の扉、そこでようやく司令部らしき機能を持つ部屋に行き当たった。敵が潜んでいる気配はない。
 見たこともない機械と、見たことのある機械。配電盤のようなものも見受けられる。
「破壊すべきだろうか?」
 玄埜が念のため、イーリスやハミルに問う。二人が罠はなさそうだと判断すると、皆で壊し始めた。ケーブルを引きちぎり、配電盤を破壊し――。
「自爆装置とか作動しませんように‥‥」
 GooDLuckに期待しつつ、弾頭矢で壁面のパネルを爆破するハミル。その直後、部屋の照明や螺旋階段を照らす照明が一斉に消え、これまで妨害されていた無線の通信が正常化した。
『第二管理系統ダウン』
 機械的な音声が響き渡る。
「第二、ですか」
 イーリスが呟く。つまり、他にも管理系統があるわけだ。しかし、管理系統がダウンしたことでこれまでより強力な敵がくる可能性が高まる。
「来ます、強化人間三人」
 扉の外で警戒に当たっていた旭が告げる。同時に、ソニックブームで先頭の強化人間の足を止めて室内へ退避、皆と共に戦闘態勢を取る。
「貴様ら‥‥っ」
 飛び込んできた強化人間達に、イーリスやハミルによる援護と牽制の狙撃が繰り返された。その軌道の下を縫うように、迅雷で間合いを詰める旭、先頭の懐に入り込んでデュランダルを薙ぎ入れ転倒させる。
「立ち上がらないでくださいね」
 イーリスが銃口を向けた。それでも立ち上がろうとする敵の足下に、ハミルが撃ち込む。
「バグアは生かしておけない」
 続くのは、花。刹那を乗せて一閃、二人目の腹を抉る。直後、三人目が花へとアックスを振り下ろした――が、それは虚しく空を斬る。玄埜の小銃が、両脚のアキレス腱を痛めつけていたのだ。
 転倒する三人目。それを見下ろし、花は貫通弾をアラスカ454に。
「死の旋律‥‥舞え、氷葬六花《ゴシックワルツ》」
 銃声が、響いた。


「一閃! こいつをくらいなぁ!」
 莫邪宝剣をエドの目の高さで薙ぐドッグ、エドはその軌跡を目で追い、次の行動に備える――が、ドッグはそこで笑む。
「ま、本命はこっちだ」
 ステュムの爪でエドの足下を裂きにいき、相手のテンポを崩しにかかる。
「こちらもお忘れなく」
 護がヘスペリデスで電磁波を発生させ、ちくりちくりとダメージを与える。
「しぶといわね」
 状況を見て、ヴィクが呆れかえった。
 ヴィクもエドも、それぞれに相手を抉り続けている。だというのに、誰も倒れない。リイ以外の三人が、非常に的確なタイミングで練成治療を発動するからだった。
 それだけではなく、護が飛ばす防御陣形もまた、彼等のダメージを軽減し続けていた。
 ヴィクは髪飾りをひとつ外してルキアへと放る。小型の爆弾だ。
 ルキアはスブロフと弾頭矢で作っておいた火炎瓶を、髪飾りを巻き込んでヴィクへと投げつけた。そしてエンジェルシールドを眼前に掲げて爆発から目を守る。
「なんかもう、めんどくさい!」
 爆炎を回避したヴィクは、苛立って手当たり次第に髪飾りを外し始めた。爆発の閃光は時折ルキアの盾に反射してエドの視界を奪う。
「ところでさ、自分と味方殺し以外で家に帰りたいんだケド? 情報公開とバグア化もダメ」
 ルキアが軽く言葉をかける。ここで倒すには惜しいと思わせていられればいいのだが。
「だめよ」
 即答のヴィク。ルキアは「そっか」と軽く肩を竦める。
「相変わらず、あんたら嫌になるぐらい強いねぇ」
 ドッグはエドとヴィクの様子に目を走らせる。単体の戦力では自分のほうが弱い。だが、倒すのでなければ話は変わるだろう。
 思うように始末できずに苛つくヴィク、そこを突く。
「そういや、今日は何色?」
「‥‥っ」
 ドッグはヴィクが一瞬硬直した隙に、先ほどの爆発でリイとルキアが負った小さなダメージを癒す。
「忘れなさいよ、色のことは‥‥っ」
 低く唸るヴィク。ゆらりとドッグに歩み寄り、ぬいぐるみを取り出した。護が立ち塞がり、ヴィクの攻撃を抱き込もうとする。
「どきなさいよっ!」
 ヴィクが護に向けてぬいぐるみを振り上げた、そのとき。
 ――螺旋階段を照らすライトが、消えた。
『第二管理系統、ダウン――』


「‥‥こんなに長引く予定じゃなかった。長引かなければ、上に向かった人たちも殺して、こんなことには」
 ぶつぶつと呟くヴィク。だがすぐに吹っ切った表情になると、エドの手を取って手すりへと歩き始めた。
「もう、面倒だから終わらせちゃおう」
 そう言って、ひらりと――身を翻す。深き闇の、底へと。
「ヴィク‥‥っ!?」
 リイが思わず下を覗き込むが、もう二人の姿はなかった。
「一体、何を‥‥」
 護が眉を寄せる。そのとき、低く鈍い音と共に足下が揺れた。
 じわじわと下からせり上がってくるこの音は、爆音――。
「まさか‥‥っ」
 闇の底、炎が見える。そして舞い上がる黒煙。
「下を、爆破‥‥した?」
「そのとおり」
 黒煙の中から、ヴィクの声がした。微かに煙の隙間から青いタロスが見える。
「階段、途中から消えちゃったから。あとは上に行くしかないわね。でも、この私が担当しているエリアはあと五分で爆発して砕け散る。逃げ出すことが、できるかしら?」
 その言葉と共に、タロスは上昇を続け――天窓のステンドグラスを破って空の果てへと。
 四人は顔を見合わせ、一瞬の後に上へと駆け出していく。
「このエリアは五分後に全爆破、これから合流する。それからすぐに逃げ道を探す!」
 リイが無線で破壊班へと告げた。


 最上階、そこは第一管理系統だった。
 第二よりも機材が多く、電力も生きている。ここで見つけた見取り図を皆で覗き込み、逃げ道はないか――どこかに何かないか、ひたすら探す。
「この部屋、隣との壁が薄いですね」
 イーリスが気づく。それはここから二つ下の扉。壁は薄く、隣には別の部屋があるが、螺旋階段からは入れない。その部屋から辿ると、エレベーター、そして一階には隠し扉。
「ここから、行けそうかな」
 旭が頷く。隠し扉は、最初の分岐の左にあった行き止まりの壁だった。皆は頷き、二つ下の扉を目指す。
 その前に、ルキアが無線のひとつを放送機材の側に置いてマイクのスイッチを入れた。

 該当の扉をくぐる。階下では強化人間達がパニックに陥っている声が聞こえてくる。
 ルキアが上に置いてきた無線に告げた。
「この辺りはショタっ子が制圧したから、ヨロシク!」
 そしてこの無線も破壊。響き渡る声はさらに強化人間達を混乱に落とす。時間は稼げた。
「壊せそうですか?」
 ハミルが壁を確認しているリイに問う。
「いけそうだ。元々はひとつの部屋を、壁で仕切っただけのようだから」
 そしてリイはルキアの両断剣と共に、自身の力の全てを乗せて壁へと打ち込んだ。

 エレベーターの電力は生きていた。
 乗り込んで一階を目指す。到着までの間に、負傷者は一気に練成治療を受けていく。エレベーターを降りた先での戦闘は容易に想像がついた。
「あと、二分」
 玄埜が時間を確認。五秒後、一階に到達、扉が開くと、そこには強化人間とキメラの群れ。
「邪魔っ!」
 すかさず花のゴシックワルツと、イーリスの閃光手榴弾と制圧射撃、それと前後して護の電磁波による攻撃。怯んだ敵達を押しのけて、先へと進む。
「逃げますよ」
 旭が殿を務め、追いすがるキメラを盾で押し返す。
「あの壁だ!」
 ドッグが隠し扉のある壁を確認すると、「あと、三十秒」、玄埜が告げる。
「力任せに突破するしかなさそうだな」
 再び、ルキアとリイが破壊にかかる。
 そして――扉が、開いた。


「僕で、最後‥‥っ」
 殿の護がゲートから転げるように出ると、内部で爆音が響き渡った。
「ちょうどタイムアウトだ」
 玄埜が時間を確認し、安堵の吐息を漏らす。ビルの外観に変化はない。爆発物は巧妙に仕掛けられていたようだ。
「別班は、どうなっただろう」
 旭がビルを見据える。だがきっと、成功しているに違いない。
「ありがとう、生還できた」
「どういたしまして! 一応、勝利できた、かな」
 リイはルキアにメダルを返して再び頬に唇を寄せる。
「ピエトロ・バリウスは現れませんでしたね」
 ハミルが言う。
「うん。‥‥今、どこにいるんだろうね」
 花は婚約指輪に唇を寄せながら、呟く。
「バリウス大将の名を騙る貴方は、何者ですか――?」
 遠くを見つめるイーリス。何者――それは、誰もが問いたいに違いない。
「そして彼女たちも‥‥どこに行ったんでしょうね」
 ドッグが言う。しかしまたすぐに会うことになるであろうことは、その体が嫌と言うほど知っている。

 天窓があった位置から微かに登る黒煙が、螺旋を描いているように見えた。