●リプレイ本文
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「よ、また会ったな。ところでそろそろ嫁さん貰う覚悟はできたかね?」
グロウランス(
gb6145)は周太郎(
gb5584)との再会早々、いきなりそう切り出した。
「なんだグロウ‥‥嫁? 覚悟?」
周太郎はグロウランスの言葉を繰り返して自嘲気味に笑む。
「さて‥‥『奇跡』でも起きない限りは、な。それよりモタついてる時間はない‥‥手早く行くぞ」
背を向け、自身の乗る先頭の車輌へと歩を進める周太郎。グロウランスもそれ以上冗談は言わず、二台目へと向かう。
「荷物を運ぶだけの簡単なお仕事‥‥でも油断は決してしないよ」
「荷物を運ぶだけの簡単なお仕事です‥‥といくといいんだけどね」
同時に言うのは、月森 花(
ga0053)と宇加美 菘(
gc7069)。二人は思わず顔を見合わせて笑む。
「攻められるのを警戒するより、攻める方が気楽な気がするね」
菘は三台目の荷台に乗り込みながら言う。花は頷き、軽く利き足を踏みならした。
油断は決してしない――有事は常に想定しておかないと、体が動かない。今はこの近辺にキメラの気配はないが、出発してしまえばいつ襲撃に遭うかわからないのだ。菘に手を振り、花も最後尾の車輌に乗車する。
「さて諸君、楽しいピクニックに出発だ」
四台目の窓から顔を出すクライブ=ハーグマン(
ga8022)。そして五台の車輌は静かにモロッコの大地を駆け始めた。
「意外と厄介な仕事になりそうね」
橘 緋音(
gc7355)は襲撃に備え、窓の外を流れる景色を双眼鏡で見る。反対側の窓から外を見ている周太郎が頷く。
「‥‥目的だけ手早く遂行してしまえばそれで終わる。俺ができるのは戦闘と荷物の積み降ろしだけ‥‥だろうかな。まあ‥‥何かあればその都度やるさ」
「何か‥‥ね」
緋音が微かに笑む。能力者になったばかりの自分は、キメラ戦の経験も積みたいところだが――それ以外の「何か」もありそうだ。ちらりと後方に続く車輌に視線を送る。
二台目のグロウランスは荒涼とした風景を眺め、思考の渦に落ちる。
出発の数時間前に、兵士達と分乗や治癒関連の打ち合わせは済ませてある。状態異常は近場のキュア持ちを名指しで呼ぶなど、シンプルでありながらも確実な合図だ。
「アフリカか‥‥死ぬならこういう土地で死にたいもんだ」
先ほどは周太郎にあのようなことを言ったが、自分は待つ相手も待たせる相手もいない。
真に求めるものもない。
何故、未だに自分は生きているのか――。
知らずのうちに吐息が漏れる。
「菘おねーちゃん、宜しくなの」
風でたなびく髪を軽く押さえ、ユウ・ターナー(
gc2715)は菘に笑いかける。ユウも荷台に乗っていた。
「うん、よろしく」
菘は笑みを返すと地図を広げた。
「ウジダからスタートで、ターザで搬入、そしてフェズまで‥‥西へ西へっていうルートだね」
初めての土地の地図に目を細める菘。まだこのあたりは見通しがよく、キメラの気配はない。
「目視が効くところは気楽と言えば気楽だね」
「そうだね! でも、大事なお仕事になりそう‥‥。ユウにできるかなァ?」
地図を目で追い、ユウは口を横一文字にする。
「うぅん‥‥やらなくちゃいけない、きっと。皆、頑張ってるんだもん。ユウも負けてられないよねッ☆」
前にも後ろにも、仲間の車輌。ユウはそれを交互に見て、笑みを浮かべた。
「チェックポイント通過、ここまでは何もなしか」
四台目のクライブは事前に確認した行程及び、ルート上の地形等を地図に書き記していた。やはり奇襲を受けやすいような危険地域は山岳部となりそうだ。
「さて、できるなら我々だけで、輸送路を綺麗にしてしまいたいところだが‥‥」
キメラを全て排除とまではいかなくとも、危険性は最大限取り除いておきたかった。
最後尾の車輌で、御守刀 人助(
gc7018)はエマージェンシーキットを空いている座席に置いて、懐中電灯を確認していた。
「懐中電灯?」
アラスカ454に貫通弾を仕込んでいた花に話しかけられ、人助は頷く。
「暗くなる前に着くといいのですが、念のためです! 備えあれば嬉しいな、です!」
備えあれば憂いなし、だよ――花はそう言いかけるが、人助の満面の笑みを見ていたら釣られて笑みがこぼれてきた。
「うん、備えあれば嬉しいよね! みんなも、備えておこう?」
同行している兵士達にも積極的に声をかけ、任務の緊張を軽くほぐす。兵士二人も人懐こい花に笑みを返して肩の力を抜く。
「これで、よし。フェズ攻略のために大事な大事な積荷、必ず守りきって次に繋げます!」
キットをシートベルトで固定し終えた人助もまた、人懐こい笑顔を浮かべた。
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空港に到着すると、すぐに荷下ろしを開始した。
ターザの空港まで、運良く大きな襲撃はなかった。蠍などの小物との戦闘が数回あったきりで、全員が戦闘をするには至っていない。
「やっと体が動かせるよ〜」
大きく伸びをする菘。身体を動かすのは苦ではない。くるくると動き回り、次々に荷を運ぶ。
「ぱっぱと終わらせよう‥‥っと。それにしても‥‥暑っ」
菘は数回荷を運び終えると、額の汗を拭ってシャツ一枚になった。
人助もここまでの道中にすり減らした神経を癒しつつ、荷物を運び入れていく。
「余計な手伝いは不要かもしれんな」
てきぱきと動く皆を見て言う周太郎。
「一名足りないと思うんだけど」
荷を抱えて周囲を見渡す緋音。二人はすぐに誰がいないのか気づき、二号車へと駆け寄った。
そこには、後部座席で高らかに寝息を立てている――グロウランス。
「おい、起きろ。お前も仕事しろ」
ぱしん!
周太郎はグロウランスの頬を派手に引っぱたいた――仕留めた蠍キメラの、尻尾で。
しかし起きない。にやにやと笑い、大変気持ちよさそうに眠っている。「任せて」と緋音がグロウランスに馬乗りになった。
「‥‥ね、起きて?」
むにゅーん、のしっ。
その大きな胸を、グロウランスの顔に押しつける。口と鼻をしっかり塞ぎ、窒息させる気満々だ。ほどなくしてグロウランスの顔色が紫色に変わる。
緋音がそっと胸を離すと、一気にむせ返って大覚醒。
「目が覚めたようだな」
呆れ気味に言う周太郎を、グロウランスは恨めしげに睨み据える。
「折角ご婦人とこれから一戦‥‥」
ぶつぶつと呟く。一体何の夢を見ていたんだ。
「一戦? 私と戦いたかったの?」
くすりと笑う緋音。そこでようやくグロウランスは目の前にどどーんとある胸に気がついた。
「正夢だったのか?」
それならばそれで、よっしゃこい! グロウランスは大きく両腕を広げて緋音に抱きつきにかかる。
だが――。
「ギブ! ギブギブギブ!」
あっという間に関節技を決められ、ギブアップ。一戦は交えた。一応。
「し、しぬかとおもった‥‥」
自分に練成治療を施しながら、グロウランスは桃色の夢を呪った。
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ターザでの作業を終え、車輌はフェズ方面へとさらに進む。
山間部に入ると景色は薄暗く、嫌な重みを感じるようになる。
時折覚醒し、探査の眼で周囲の変化に気を配る花。
後部座席で車列の後方と左右に警戒を続ける人助。
目に見える範囲はもちろん、空を見上げ、そして音や匂いにも五感を働かせるのはユウ。僅かな変化も見落とすわけにはいかない。
警戒ついでに景色を見て息抜きを続ける周太郎。助手席で、傍目には寝ているようにも見える体勢だが警戒は続けられる。
クライブもバイブレーションセンサーなどで周囲を警戒、揺れる車輌はひたすら進む。
「視界内、敵性動体なし‥‥まて、動体反応あり、微弱、サイズは不明、敵性体の可能性あり、警戒を」
索敵に眉を寄せるクライブ、常に警戒を続けていた皆の反応は早い。まずは周太郎が迅雷にて飛び出し、囮を兼ねて虎を迎撃にかかる。
続くように、ドアを数十センチだけ開けて滑るように車外へ出る花。車輌を背にしてアラスカ454を雌獅子へと構える。
「先制は取らせない」
言い終える前に、引き金を。
「舞え‥‥氷葬六花《ゴシックワルツ》」
放たれる銃弾、それを全身で浴びる雌獅子。その背後から姿を現す、別の雌獅子たち。
「まずは無力化を‥‥」
花はアラスカ454を降ろして黒刀「鴉羽」を眼前に構えると、状態を低くして迅雷で駆け抜けた。体が接触するギリギリの間合い、刹那の一閃は獣の四肢を裂く。
駆け抜けるたびに、獅子は爪を花に押しつける。腕や肩に走る鈍い痛み、しかしそれを気にはしない。その爪がさらに食い込むことはない。人助が弓弦を弾き、獅子の意識を逸らしているのだ。
「ビューティフル、流石だな」
花の姿に笑むクライブもまた、車窓から獅子たちを狙う。
「グンナイ、良い夢を」
沈黙する個体に声をかけつつも、既に次へと照準を合わせている。そこを駆け抜ける花、引き続きクライブによる狙撃。
花は隠密のように音も無く、素早く確実に――敵を屠る。
他に余計な感情はない。だが、ひとりで戦うつもりはない。
常に最上の選択肢を瞬時に判断した上で、体が反応する。後方でじっと見据えている雄獅子へと――その眼光を向けた。のそりと立ち上がる雄獅子、その鼻先に撃ち込まれるクライブの狙撃。そして花はスタートを切る。
花が車輌から遠く離れたのを見計らうように、蛇たちが車輌へと移動を開始した。
「車に近づいては駄目です!」
人助は二刀小太刀「小夜時雨」に持ち替えて迅雷、蛇との間合い詰め――円閃。小雨時雨の刃が、弧を描いて蛇に抉り込む。
やがて蛇は数を増し、蠍も群れて「絨毯」となり始めた。他に昆虫のようなキメラもいる。
「う〜〜じゃうじゃしててキモチ悪いのッ」
車輌の上から見下ろすユウは、ヴァルハラの銃口を「絨毯」へ向ける。
そして、躊躇うことなく――ブリットストーム。
銃口から吐き出される銃弾は、絨毯を抉り、剥がしていく。
「集団じゃないと何もできないんでショ?」
全段撃ち尽くしてリロード、ユウはくすりと笑む。
「小さいと当たりづらいよね‥‥よっ」
荷台からマシーナリーボウでさらに穴を開けていく、菘。蛇たちの中に大蛇を見かけ、一瞬だけ目を丸くした。
「僕の知る山の中にも、こんな大きいのはいなかったな〜」
菘の矢は鱗に弾かれて地に落ちる。しかし、すぐにユウが制圧射撃でフォローに入る。
「此処で通行止めなんだカラっ!」
手の空いていたグロウランスも、扇嵐やターミガンで次々に絨毯を剥がしていく。ふと、菘は頭上の木々が気に掛かった。
「上からこんにちは‥‥とか来ないよね?」
だが――ぼたぼたと、蠍や蛇が落ちてくる。輸送車の荷台に入り込んだキメラを、菘とユウが排除にかかる。
時折、足首などがちくりと痛む。毒を喰らえばキュアを持つ者に支援を要請し、確実に排除していく。
「背中は見てるさ、思い切りやってこい」
グロウランスは車輌の側で他者の戦闘状況を見守っていた。
周太郎はパラノイアを軽く振り、こちらをじっと見据える虎を睨み返す。
明らかに邪魔な敵だ。解体といこうか――構え、虎の出方を窺う。
先に地を蹴ったのは周太郎、迅雷で間合いを詰めると共に、体を捻って遠心力に任せるまま刃を虎の首へと薙ぎ入れる。肉が裂け、嫌らしい赤みが覗いた。
最も大きい個体でこれなら、他の少し小さな個体はどうだろう。
「一匹ぐらいは真っ二つに千切れてくれるだろう?」
楽しみだ――そう言いたげに、次のターゲットへと照準を合わせる。
緋音も周太郎の動きに合わせて立ち回る。主に蠍系のキメラに注意を払っていた。
「でも、練力に限りがあるのはきついわね」
この先も戦闘のたびに覚醒しなければならない。スキルが使えるのは一度が限度かもしれなかった。使いどころを見極めるべきか。
緋音はマシーナリーナックルを蠍に撃ちこんでいく。周太郎に向かう蠍は確実に落とす。毒を喰らえばすぐに治療を受け、また次の蠍へと。
そのとき、虎と対峙する周太郎を死角から狙う、別の虎がいることに気がついた。
「いけない‥‥っ!」
咄嗟に駆ける、緋音。瞬天速で距離を詰め、跳躍した虎の巨体を全身で受け止め、辛うじて投げ飛ばす。
「‥‥まるで登山修行の熊との戦闘みたい」
そう言いながら、緋音はその場に崩れ落ちる。胸の爪を喰らったのだ。そこに蠍が迫り、毒の洗礼を浴びせていく。グロウランスが駆け寄って蠍を排除、すぐに治療を開始した。
周太郎は眼前の虎をいなしたあと、すぐにこちらの虎へと照準を変える。
「‥‥チェック‥‥」
――その言葉と共に閃く刃が、虎を引き裂いた。
緋音は意識がなく、胸からの出血も多い。グロウランスは治療を施す。脈打つ胸には丹念に。
「うむ、これはなかなか」
「‥‥何がなかなかですって?」
治療の甲斐あって意識を取り戻した緋音が笑みを向ける。
「おお、気がついたか」
「‥‥この胸じゃなかったら即死だったわ」
この胸に感謝しないと――緋音は肩を竦める。
「そういえば、胸を見てたわね。また窒息したい?」
「いや、激しく遠慮しよう。‥‥遠慮したくないけど、遠慮しよう」
空港でお花畑に片脚を突っ込んだことを思い出して、グロウランスは丁重にお断りした。
やがてキメラは全て地に伏し、戦闘は終了した。
「‥‥この周辺に残敵はなさそうだ」
バイブレーションセンサーにて確認を終えたクライブは、皆にそう告げる。他のハーモナーも同様の結論を出し、そして皆はまた車輌に乗り込んでいく。
フェズの手前まで、まだこのような戦闘が続くに違いない。
「目標地点まであと少し、各員気を抜かないように」
そしてクライブは、先頭車両が出発したのを見届けて窓を閉めた。
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フェズの手前、軍が小さなキャンプを張っている簡易拠点に到着すると、皆はホッと胸と撫で下ろした。
「最終チェックポイントに到着、さて、帰るまでが遠足だ、気を緩めずに行こうか」
クライブが言うと、花が軽くお腹を押さえて眉毛をハの字に下げた。
「お腹空いたなぁ‥‥帰ったら何食べよう」
その言葉に、そういえばと誰もがハッとする。
「食ってないな、何も」
周太郎が頷いた。前に進むことばかりで、昼食はまともに摂っていない。
「もう夜になるわね」
緋音が西の空を見る。
「レーションならありますよ。少し休んで行ってください」
キャンプの兵士がそう言うと、「じゃあ、少し腹ごしらえするか」とグロウランス。クライブも「ふむ」と頷き、頬を緩めた。
「おいしいの、ある?」
「レーションですか、楽しみです!」
「どんなものがあるのかな」
ユウが、人助が、菘が、兵士に案内されてテントへと向かう途中であれこれ考える。
ここでこうやって笑顔になれるのは、それなりに消耗はあるものの誰一人欠けることなく――そして順調に到着できたからと言ってもいい。
まだ、このあとはウジダまで帰らなければならない。戦闘もあるだろうが、恐らくは大丈夫だろう。
――フェズの攻略を後押しする一歩は、確実に刻まれた。