タイトル:【RAL】ブルームーンマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/19 18:05

●オープニング本文


 UPCが今後を見据えて新たな拠点を築くことにしたアドラールという街は、かつては同じ名をもつ県の県都だった。
 アドラール県の南部はアルジェリア−マリ間の国境の大部分を占め、またモーリタニアとも一部接している。
 尤も、県都は県の中央部に位置している為国境までの距離という意味では周辺国のどれもが近すぎず、遠過ぎもしない。
 この街を拠点に選んだことは、廃墟状態にあって再利用出来る資源が多くあったこともあるが、そういった地理的な理由もあった。

 資材も粗方搬入し終わり、後はそれを基地に仕立てるだけとなる。
 ただ、UPCにより大分キメラ等のバグア勢力が駆逐されているとはいえ、御世辞にも以前チュニジアに要塞を作ったときほど状況に余裕があるとは言えない。
 故に――拠点設営と並行して、次なるステップにも手を入れる必要があった。

 アルジェリアと、周辺各国の国境線に防衛ラインを敷く――。

 無論、人材にも資材にも限りはある。
 一度に全ての国々に対してというわけにはいかず、準備が出来次第の段階的なものとなる。
 とはいえ防衛ラインが完成すればそこで向こう側からの戦力流入を防ぐことが出来、それはすなわち安全な拠点構築にも繋がる。
 防衛ラインを設立するにも、国の内外両方から敵の影が迫る恐れも当然あったが――。
 傭兵たちの助けを借りることで、その状況を切り抜けようということに決定したのだった。


 アルジェリアとニジェールの国境線にて、ゾディアック双子座による攻撃が始まったのを受け、「隣」のマリとの国境線でライン設営に携わる軍関係者にも緊張が走っていた。
 それというのも、マリとの国境線に敷かれつつある防衛ラインは隣ほどではないが順調に進んでおり、アドラールの基地設営のこともあって、バグア勢力が何か仕掛けてくる可能性は充分に高いだろうと予測できるからだ。
 そのため、ユカが率いる無数のキメラ達の影響がこちらに被る可能性と、いわゆる「戦域」拡大を警戒していた。「戦域」拡大は文字通りニジェール側での戦闘が拡大することと、もうひとつ。
 ニジェール側への戦闘支援に人員を割き、若干手薄になったこのマリ側への奇襲――。
 まだ、アルジェリアは人類圏となったわけではない。強大な力を持った勢力はアルジェリア内部にいるのだ。
 ニジェール側の情勢把握に努め、交錯する情報に微かな混乱を抱く簡易拠点のひとつで、この近辺での防衛ライン設営を指揮する司令官は脂汗を滲ませていた。
 一般兵と能力者を若干名支援に送ったことで、今こちらに同様の戦力が流れ込んできたらと考えると胃が痛むのだ。
 それでもライン設営に必要な資材や人材は現場入りする。アレクサンドラ・リイも資材を運ぶ車輌を護衛する名目で、数名の傭兵達と共に訪れていた。他にも数台、先に搬入完了した班がある。
 搬入の車輌はリイ達が最後で、拠点に車輌が滑り込むとゲートが閉じられた。
「資材と人員の確認をお願いしたい」
 リイが言うと搬入担当官は資材のチェックと、運転手やリイ達の身元を手元の書類でざっと確認する。
「あまり‥‥厳密とは言えないチェックだな。私のことも前のクラスのままになっている」
「え? リイ軍曹はファイター‥‥ですよね?」
「いや、事情があってエースアサルトになった。この護衛のメンバーになったときにもそう申請しているが」
「ええっ!? じゃあこっちの書類が間違っているわけですか! も、申し訳ありませんっ」
 担当官は平謝りで書類を修正する。リイはその様に一抹の不安を覚えた。隣での戦況も耳に入っている。かなり混乱した状況なのはわかるが――これではバグアの諜報員が紛れ込んでいても気がつかないのではないだろうか。


「司令官がバグアによって管制室に監禁された」
 その一報が拠点内に流れたのは、ゲートが閉じてから十分後のことだった。誰もがまさかと目を見張り、管制室に急ぐ。
 管制室とは言っても、情報端末が並ぶだけの簡素な部屋だ。だが、重要な場所であることは言うまでもない。
 扉は開け放たれ、奥で司令官が鎖によって縛り上げられていた。喉元には短刀が突きつけられ、それを手に持つ男は微笑を浮かべている。
 中央に置かれた椅子には――少女。
「あら。お姉様もいらしてたのね、知らなかったわ」
 少女はくつくつと笑い、リイを見つめた。しかし、恐らく偶然ではないだろう。わかっていて敢えてこの拠点を選んだに違いない。
「‥‥ヴィクトリア」
 リイが「妹」の名を呟くと、そこに集まった全員の顔色が変わる。プロトスクエア――それが、いつの間にか拠点の最深部に入り込んでいたからだ。
「どうしてここに、って顔をしてる」
 ヴィクトリアは楽しげに椅子の座面でくるくると回る。
「ジェミニがあっちで頑張ってるって噂を聞いたから、私はその隙にこっちで遊んじゃおうかなって。ジェミニが負けちゃうと、あっちに向いてる軍の目が少しこっちに戻るから‥‥動きにくくなるかもしれないけど」
「遊ぶ、だと?」
「ええ、そう。‥‥今、この拠点の中には私の部下が何人か入り込んでるの。それ、見つけて?」
「部下‥‥って」
「月が昇るまでに全員見つけられたら、撤退してあげる。見つけられなかったら、ここを吹き飛ばすわ。だってもう爆弾も仕掛けたから。もちろん、撤退するときに爆弾も回収していくから安心してね。でも、大人しく撤退する私たちに何かしたら‥‥容赦はしない」
 その言葉に、誰もが自分の隣にいる存在を凝視する。誰が、ヴィクトリアの部下なのか。誰が、彼女をこの拠点に招き入れたのか。よく見知った相手にさえ疑心暗鬼となる。
「この拠点で活動する人たち、お姉様みたいに外から来た人たち、もしかしたらこの司令官自体が‥‥私の部下かもしれないなぁ?」
「私と一緒に来た者達は違う!」
 リイは叫ぶ。
「そうね。お姉様と一緒に来た人たちは違うってことだけ教えてあげる。‥‥そうだ、その人たちに私の部下を見つけてもらおうかなぁ?」
 軽く手を叩いて、ヴィクトリアはリイの傍にいる者達を眺めていく。
「その代わり、お姉様は司令官と一緒に人質。その人たちが変な気を起こさないように、ね。‥‥もっとも、変な気を起こしたらその瞬間に、どっかーん、なんだから」
 人質という言葉に、リイは眉を寄せる。だが――今は従うのが得策だろう。抵抗すればその瞬間にこの拠点が吹き飛ぶに違いない。
「わかった」
 リイは頷き、ヴィクトリアに歩み寄っていく。男――エドワードが手を差し出し、リイをエスコートした。
「私やお姉様、エドワード、それから司令官への質問も自由よ。いい? 暴力行為以外の方法で、私の部下を見つけてちょうだい」
 もちろん、「私達」は嘘をつくけれど――そう言い添える。
「‥‥今日の月は、何色かなぁ」
 青いといいな――ヴィクトリアは言いながら、傭兵達を見つめる。

 ――月が昇るまで、あと三時間。

●参加者一覧

綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

 ヴィクトリアの額に突きつけられる、ケルベロスの銃口。
「なんの真似?」
 ヴィクが笑むと、ムーグ・リード(gc0402)はゆるりと銃を下ろした。
「‥‥相変ワラズ、ツマラナイ‥‥遊ビ、DEATH、ネ」
 基地と引き換えに殺しかねないその行為に、ムーグはひとつ大きく息を吐き、怒りを静めていく。
「私、遊ぶのは大好きなの」
 ヴィクは笑いながらも、エドワードとリイを盗み見ていた。二人の様子が気になるのだろうか。そこに杠葉 凛生(gb6638)は何かを察して余裕の笑みを浮かべる。ヴィクを喜ばせるだけの怒りの色は見せやしない
「下衆な女は嫌いじゃないぜ‥‥気兼ねなく叩きつぶせるからな」
「それは殺害予告?」
 楽しげなヴィク。しかし凛生は答えず、リイへと視線を投げた。
「ガキは月が昇ればおねむの時間だ。それまで遊びに付き合ってやればいい」
「ああ、そのつもりだ」
「うるさいわね。とっとと私の部下を捜したらどうなの」
 リイの声を遮るようにヴィクが言うと、綾野 断真(ga6621)は周囲を見渡した。隊員達は息を呑む。
「‥‥さてと、犯人探しとはね。まるでミステリーの主人公になった気分です。これがTVの中の出来事なら面白く見てられるんでしょうけどね」
「キメラが部下だって言われてもおかしくないし、どこにいるやら」
 ジャック・ジェリア(gc0672)は肩を竦め、そして問う。
「最初に司令官室へ案内してきた人間って、いる?」
 控え目に手を挙げるのは司令官の副官である女性。
「司令官室へは行っていません。直接この管制室に」
「なぜ案内を?」
「ヴィクトリアに‥‥司令官を人質に取られた、から」
「移動経路は?」
「資材置き場からここまで‥‥正面玄関を通って。司令官と一緒に、今日搬入されたものを資材置き場に確認に行ったら、遭遇したんです」
「資材置き場に現れるまでに誰か目撃者は?」
 しかし誰も挙手はしない。
「こうなると、司令官はシロなのかな」
 黒木 敬介(gc5024)は呟きながら、共に入ったメンバーから機械のソフト面に強い人物に協力要請を出し、管制室で人事に関するデジタルデータの検索を開始した。しかし――。
「一切の操作を受け付けない?」
 本部に人事に関するデータを要請しようにも繋がらない。パスワードの全てが書き換えられてしまっているのだ。
 ヴィクが司令官を人質に取り、皆がここに集まるまで十分。その間にここまでの細工ができるのだろうか。
「この施設の情報を流した人物がいるはずだ。その人物が特定できればいいけど」
「防犯カメラの映像を確認したが、一時間前から録画が切られている」
 ジャックが言うと、凛生が告げる。一時間前からということは、内部にこういった作業を得意とする者がいるのだ。
 ドッグ・ラブラード(gb2486)は常に覚醒した状態でヴィクと「対峙」する。こちらのほうが頭が回るのだ。
「相変わらず綺麗な顔で恐ろしいことをするお人で」
「ありがと」
「此処にはどうやって来たんで?」
 ドッグは言いながら周囲に意識を散らす。ヴィクはもちろんだが、手引きした存在が多少なりと動きを見せるかもしれない。
「内緒」
「では、見つかった部下はどうするんで? 引き渡してくれたり?」
「あ、まだ決めてなかった‥‥!」
 どうしようか、とエドワードと相談を始めるヴィク。その様子に、数名ではあるが反応を示した者がいた。
「他に質問は?」
「いえ、これくらいで。‥‥ま、生かしてくれているのは素直に感謝しときますよ」
 ヴィクの目論見はともかく、だ。本来ならすぐに殺害されても文句が言えない状況だからこそ。
「次は誰? 何でも訊いて」
「へえ、何でも聞いていいの?」
 敬介が頬を緩め、質問を開始する。
「じゃあね、ヴィクトリアさん、今日のパンティ何色?」
「ぱ‥‥っ!?」
 呆然と呟くヴィクと、「お前は何を考えているんだ」と頭を抱えるリイ。だが、敬介は気にしない。
「俺はレースつきのとか可愛いと思うな。さわり心地も良いし。君はどう?」
「ど、どうって言われても」
「彼女ハ、青、ガ、好き、デスカラ‥‥キット、下着モ、青、カト‥‥」
 くそ真面目に口を挟むムーグ。そこにツッコミを入れるのは凛生。
「お前、女の下着とかわかるのか?」
「カラカワ、ナイデ、下サイ‥‥」
「絶対にからかってるよね。でも、少し落ちついたんじゃない?」
 敬介がくすりと笑む。確かに少し落ち着いたかもしれない。ムーグもくすりと笑んだ。しかしヴィクは動揺しまくり、変なことを口走り始める。
「青なんて、そんな。お姉様じゃあるまいし!」
「リィさん、青なの?」
 敬介がリイに問う。
「ヴィクの話を信じてどうする」
「そうですとも、サーシャ様は青じゃありません」
「どうしてエドワードがそんなこと知ってるの」
「ちなみに、ヴィクトリア様の下着の色も知っています」
「どどど、どうして知ってるの‥‥っ」
「臍まで隠れるサイズで、白だろう」
「お姉様は黙ってて!」
 きーきーと喚き散らすヴィクは、完全に周囲が目に入らなくなっていた。
「何なんだ、この三人は」
 凛生は苦笑し、とりあえず皆を促して管制室を出て行く。彼等の背を、ヴィクの黄色い声がいつまでも追いかけていた。

 断真は建物の外で爆弾探しを始めていた。設置場所からヒントが見つかるかもしれないからだ。
 ここを爆破しようとするからには、爆弾は一つでは済まないだろう。一つの爆弾で全てを吹き飛ばすとなると、それなりに大きなものが必要となるだろう。さすがにそれを隊員が見逃すとは思えないが、あり得ない話ではない。
「まあ、その可能性も含めて探しましょうか」
 苦笑いを浮かべ、断真はKVの格納庫へと向かう。格納庫の隣には駐車場だ。爆破に燃料を使う可能性もある。
 大きな炎というのは人に絶望感を与える。バグアがそれを利用しないというのは、まず考えられない。もっともこれは、断真が仕掛けるならば、という仮定ではあるが。
 断真はKVと各種車輌の燃料タンクを確認する。すると、シュテルン一機以外、全て燃料が抜き取られていることがわかった。
「所有者を割り出せば何か見えそうですね」
 断真はシュテルンのシリアルナンバーを確認した。

「猫とか犬を見なかったかって?」
 問われた隊員は怪訝そうに眉を寄せる。ドッグは「いや、動物好きなんでして」と付け加えた。
「いや、動物の類は見かけないな」
 隊員は即答する。そこに居合わせた他の隊員達も同様の回答だ。ドッグは礼を言うと、次の調査に移った。

 ちらほらと、外に人間が姿を現すようになった。
 ヴィクからは特に行動を制限されているわけではない。通常の任務に戻る者もいるのだろう。ロクに仕事に集中できないのは言うまでもないが。
 断真はそういった者達を捕まえ、普段の警備状況の聞き込みを始めた。
「資材置き場の隣に弾薬庫があるんだ。皆自然にそこの警備は力を入れてる。警備担当は整備班だ」
 その回答になるほどと頷き、すぐに資材置き場と弾薬庫へと移動する。
 弾薬庫の周囲をまわると、すぐにそれは発見できた。ツン、と鼻腔を付く匂い。そこかしこにまき散らしてあるガソリンだ。
「爆弾そのものはなさそう、ですね」
 これが何を意味するのか。断真は思いを巡らせた。

 部下は内部と外部、それぞれにいるだろう。「必ず見つける」と呟き、凛生はすれ違う隊員達を観察しながら外に出る。すると、資材置き場近くにいる断真の姿が目に入った。
「あの様子だと‥‥資材に爆弾が紛れているわけではなさそうか」
 凛生はそう判断して彼に歩み寄る。
「爆弾はありませんね、ただ‥‥燃料が」
 断真の報告に、凛生は頷く。手にした搬入資料を元に、今度は凛生が資材置き場を確認する番だ。念のために探査の眼で爆弾やキメラが紛れていないか確認しながら。
「‥‥異常なし、か」
 そして、搬入車輌も盗難してきたものではなさそうだった。

「人を追っかけてみてるが、正直多数の人間を特定できるかはわからないな‥‥まぁ何か尻尾でもつかめればいい所か」
 ジャックが言う。彼と敬介、そしてドッグは、各部屋で書類などに不自然な点がないか確認していた。
 人員の出入り、登録された情報とのズレ、搬入された荷物。さらには、基地に修理などの名目で手を加えられたことはないか等。
「ったく‥‥頭脳労働は苦手なんだよ!」
 書類には特に問題は見当たらず、若干いらつきを見せながら文字を追うドッグ。
 敬介は書類の紙の古さや、人物の履歴については名前や顔などを重点的に確認していく。側に人事担当の隊員を控えさせ、随時問いながら。
「書類の変更とか、基地内でしてる分は怪しいからね。何か、不審な行動してる人とか、記憶にない?」
「いえ、特には」
 人事担当は首を振る。
「まあ全員は信用できないけど、矛盾があればわかるよ」
 その言葉に、人事担当が表情を変えたのを敬介は見逃さない。心理学的な方面から、人事担当の生理反応を確認する。しかし彼は「部下」が見つかる可能性が高いことに安堵を浮かべているようだった。
 他に、管制室で下着について質問した時に、反応のあった人物がいたことを記憶している。それはドッグがチェックしていた人物と一致しており、調べた記録の中にプロフィールなどがあった。
「整備班の人間ばかり‥‥か」
 ドッグが言う。
「あれ? 通信班に最近着任した人物がいる」
 ジャックが人事記録から抽出したのは通信班長で、着任は一週間前だ。ドッグは急ぎ、その班長の顔写真などを確認する。
「管制室で反応を示した者の中にこの顔が」
 ドッグが言うと、敬介とジャックは顔を見合わせた。防犯カメラの件を考えても、可能性は高い。そこに断真が顔を出す。ひょい、と通信班班長のプロフィールを覗き込み、「あぁ、持ち主はこの方でしたか」と笑んだ。
「持ち主って、シュテルンのか?」
 続いて顔を出した凛生が問えば、断真は笑顔のまま頷く。
「それから、整備班にも何人かいそうですが」
 その言葉に、情報を確認していた三人は口角を上げた。

「あとは、侵入経路‥‥かな」
 ジャックが敷地と建物両方の、可能性がある経路を確認していく。隊員達に、車輌や持ち込んだ機材などがないかを問うが、何も情報は得られない。
 こうなると、ヴィクは資材置き場に着くまではどこかに身を隠していた可能性が生じる。搬入完了直後の出来事であることを踏まえると、搬入車輌のどれかが怪しい。
「どれ‥‥かな」
 ジャックは搬入車輌達を見据え、吐息を漏らした。

 凛生とムーグは搬入に関わる情報に携わる者が最も怪しいと見て、通信班に個別尋問を始めた。
 占拠前後に席を外したり不審な通信をしていた人物や、班長についてを問う。
「拠点内にヴィクトリア出現の報を流したのも班長です」
 隊員の返答になるほどと思いながら、凛生は門へと向かう。
 門では監督役の士官に、名簿の書式等が過去に通信班が作成したものと異なっていないか照合させてもらう。
「特に違いはないか。今日の搬入リストは誰が?」
「通信班長が直接持って来ました」
 また通信班長か、と凛生は思わずにはいられなかった。
 一方、ムーグは搬入された資材について、目録自体が捏造であるのか、それとも届いたものが偽物であるのか、確認を進めていた。しかし捏造や齟齬を思わせるものは何ひとつない。
 そこで「中身」が偽物である可能性を考えたが、UPCと照会する通信手段はヴィクによって断たれている。
「ドウ、スレバ‥‥」
 爆弾らしきものもまだ見つかっていない。部下だと断定できた人物は数人いるのだが――。
「マサカ」
 爆弾イコール――。
「‥‥外道」
 無意識のうちに握った拳が震え、掌に血が滲んだ。
 直々に戦う機会は――まだなのか。

「お姉様のスリーサイズまで知ってるなんて!」
「あなたのサイズも知っています」
「どうしてお前がヴィクのサイズを」
 管制室ではわけのわからない会話が今なお続いていた。
「あのー、いいかな?」
 敬介が声をかけると、ヴィクが頬を引き攣らせながらこちらを見る。
「あ、あら、お帰りなさい。月が昇るまであと少し、ギリギリね」
 そう、六人はタイムリミットまであと僅かというところで管制室に戻ってきたのだ。
「で、特定できた?」
 その言葉に首を振るのは凛生。ここで最後の賭けだ。沈痛な面持ちで、未だその周辺にいる隊員達を見つめて呟く。
「全く答えが分からん。基地を失うかもしれん‥‥すまない」
 その瞬間、「冗談じゃない!」と喚き始めた者達がいた。
「俺達はただ資材を運んできただけだ! その女に脅されたから資材に隠して連れてきたんだ‥‥っ!」
「んもう、お馬鹿さん達ね、どうして自分からバラしちゃうの」
 ぷぅ、と膨れるヴィク。喚いていたのは、リイ達より三十分ほど早く搬入を終えた車輌の人員達だった。
「これで全員ですかね」
 断真が笑む。そして敬介とドッグが部下と思われる者達の名を告げていく。
「ビンゴか?」
 ジャックがヴィクに問えば、ヴィクは「悔しいけど、ね」と苦笑した。
「頭来ちゃう。こうなったら、一人くらい爆発させちゃおうか」
 通信班長をちらりと見るヴィク。反応を見ると彼だけが本当の部下であり、整備班の面々は恐らく何らかの形で脅されていたのだろう。
「駄目ですよ。今、彼を爆発させたら‥‥爆風でワンピースが広がって下着が見えてしまいます」
 エドワードがひどく冷静に耳打ちする。
「む、きぃーーっ!! わかったわよ、やめればいいんでしょ、負けを素直に認めればいいんでしょっ」
「それが懸命です。ジェミニも撤退したと、イーノスから連絡が入りましたし」
「じゃあ‥‥ここにいるのは面倒ね。撤退しましょ」
 頷き、ヴィクは壁に歩み寄ってぬいぐるみを押しつける。小さな爆発と共に壁が破壊され、外気が中に入り込んできた。
「部下達が爆弾持ってるから。勝手に解体でもなんでもすればっ」
 そう言って、エドワードと通信班長を伴って建物の外へと消えていく。
「‥‥結局、彼女の下着の色って何色だったんだろ。リィさんは青っぽいけど」
 見送りながら、敬介がぽつりと呟いた。その時、複雑な表情でリイが皆に歩み寄る。
「誤解しているようだが‥‥青じゃなくて黒だ」
「な、何言ってんですかー!」
 ヴィクが去ったことで覚醒を解いた瞬間に下着の色を聞かされたドッグは、慌てて目を白黒させる。
「そっか、黒かー」
 敬介はいつもの調子でうんうん頷き、ムーグは言葉もなく硬直している。凛生はと言えば、現実逃避するかのように煙草に火をつけた。
「月が綺麗だなー」
 他人のフリをするのはジャック。壁に開いた穴から昇り始めた月を見上げている。
「解決しましたし、この話を肴に美味しいお酒を頂きたいものです」
 断真もまた、ジャックと共に他人のフリを決め込んだ。

 それは青ではなく、砂漠と同じ乳白色の月。
 それを背にするかのように、青きタロスが空を舞っていった。