タイトル:【RAL】ラインマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/11 04:03

●オープニング本文


 UPCが今後を見据えて新たな拠点を築くことにしたアドラールという街は、かつては同じ名をもつ県の県都だった。
 アドラール県の南部はアルジェリア−マリ間の国境の大部分を占め、またモーリタニアとも一部接している。
 尤も、県都は県の中央部に位置している為国境までの距離という意味では周辺国のどれもが近すぎず、遠過ぎもしない。
 この街を拠点に選んだことは、廃墟状態にあって再利用出来る資源が多くあったこともあるが、そういった地理的な理由もあった。

 資材も粗方搬入し終わり、後はそれを基地に仕立てるだけとなる。
 ただ、UPCにより大分キメラ等のバグア勢力が駆逐されているとはいえ、御世辞にも以前チュニジアに要塞を作ったときほど状況に余裕があるとは言えない。
 故に――拠点設営と並行して、次なるステップにも手を入れる必要があった。

 アルジェリアと、周辺各国の国境線に防衛ラインを敷く――。

 無論、人材にも資材にも限りはある。
 一度に全ての国々に対してというわけにはいかず、準備が出来次第の段階的なものとなる。
 とはいえ防衛ラインが完成すればそこで向こう側からの戦力流入を防ぐことが出来、それはすなわち安全な拠点構築にも繋がる。
 防衛ラインを設立するにも、国の内外両方から敵の影が迫る恐れも当然あったが――。
 傭兵たちの助けを借りることで、その状況を切り抜けようということに決定したのだった。


 アルジェリアとニジェールの国境線は、不気味なほどに静かだった。
 他国との国境沿いに見られるようなバグアの動きがあるわけでもなく、キメラさえ少ない。嫌になるほど順調に、進んでいく。
 いくつかの分屯地的なものの設営も進み、ニジェールとの国境における防衛ラインの基礎部分は完成に近づきつつあった。
 アルジェリアのタマンラセット県と、ニジェールのアガデス州に挟まれる形で横たわる国境線は、非常に乾いた地域――砂漠だ。
 その地域とは対照的に、タマンラセット県の県都タマンラセットは砂漠のただ中にありながら標高も高く、オアシスの町と呼ばれている。また、アルジェリアからニジェールへと南北に走る幹線道路の中継地点でもある。
 舗装されていないとは言え、この幹線道路は現地住民にとってはなくてはならないものだろう。もっとも、バグアの支配を経た今は――かつてほどの往来はないだろうが。
「で、この防衛ラインとかいうのを混乱させればいいんだね? 順調に進んでる場所をどかーんとするの、楽しそう」
 少年は傍に控える男に言う。
「押し込む余力があれば、県都まで行ってもいいらしいが」
「やだよ。僕はまだ‥‥ええと、『リハビリ段階』なんだから。危険なことは少しでも避けたい」
「――了解」
「でもここはフィンランドとは全然違うね。なんにもない。鏡も、ガラスも」
 少年はニジェールの大地からアルジェリアを眺め、笑む。
「ええと、何て言えばいいんだろう。借りを返す‥‥っていうのは、ちょっと言いたくないけれど。あのおじさんには僕のお願いを聞いてもらったんだし、少しの間だけアフリカでお手伝いしないとね。でも、わかってるよね?」
「危険な状況になる前に、あとはキメラに任せて撤退する‥‥か?」
「うん。だって僕‥‥『僕たち』は、まだこんな場所でやられるわけにはいかないから。‥‥ちゃんと『僕たち』のサポートしてよ? イーノス?」
「もちろんだ。‥‥やれる限りのことはやらせてもらう」
 イーノスと呼ばれた男は、静かに頷く。
「ホントは誰かと組むのは嫌だけれど。‥‥リハビリだからなぁ。まだ僕だけで動くのは違和感があるし。それに‥‥『僕たち』の『目的』を達成するためにも、わがまま言っていられない。時間は限られてるんだから。なんだって‥‥やってやる」
「そのついでに‥‥いつか俺の目的も達成されるだろうから、徹底的に手伝わせてもらおうか。嫌だと言われても勝手についていくが」
「フィンランド行きも協力してくれて助かったよ。こういうの‥‥ぎぶあんどていく、かな? それとも利害の一致?」
「なんだろう、な」
 少年とイーノスは笑う。しかしそれは口元だけであって、目は一切笑っていない。互いに腹の内を探り合う。
「そうそう、僕ね。バリウスのおじさんに言われたよ。雰囲気が変わった、って。そんなの当たり前だよね。‥‥ミカが、いないんだもの」
 思い出したように少年は呟く。イーノスは小さく頷き「俺も同じだ」と言葉を漏らした。
「とりあえず準備しようか」
 少年はそう言うと、アルジェリアに背を向ける。
「――あ、そうだ。おやつは三百Cまでだけど、キメラの持ち込み制限はないよ」


 ニジェールとの国境での防衛ライン設営に携わる者達は、形を変える地平に目を見張る。
 否、地平が形を変えたのではない。
 押し寄せてくる異形の群れがその影をもって地平を埋め尽くしているのだ。
 その夥しい数はもとより、特徴的なのはどれも姿形の同じ二体が一組となって行動していることだった。異形の大地の果て、人間らしき存在も確認される。
 男と――少年。
 その少年の姿を確認した見張りの者は息を呑む。
「‥‥ジェミニ」
 それは、つい先ほどフィンランドでその姿が確認されたばかりの、ゾディアック双子座ユカ・ユーティライネン――。
 まさかと思いつつも、フィンランドの事件と同様にして二体一組のキメラ達を目の当たりにしてしまえば、もうどこにも疑う余地はない。
 ――そして、異形の群れと共に混乱が国境線を覆い尽くした。

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN

●リプレイ本文


「空まで砂が舞い上がってるね」
 月森 花(ga0053)が彼方の空を見据える。
 地鳴りのようなキメラ達の足音と、高く舞い上がっていく砂。それがどこまで舞い上がっていくのか、金の双眸で追っていく。
「おぉ‥‥予想以上に、敵さんも全力投球だねぃ。やれやれ‥‥」
 ゼンラー(gb8572)が口を真一文字に結ぶ。
「すごい数ですね。でもここを通させるわけにはいかないですよ」
 相槌を打つ、御鑑 藍(gc1485)。あらゆる種類のキメラ、それら全てが二体一組で一糸乱れぬ動きを見せる。
「あの二体一組のキメラはユカが従えていたキメラ。そもそも、彼がどうしてこんなところに‥‥?」
 九条院つばめ(ga6530)が細く長く息を吐いた。
 ゾディアック双子座、ユカ・ユーティライネン。
 どこかから、ユカはじっとこちらを見ているのだろう。ケイ・リヒャルト(ga0598)がタクティカルゴーグル越しに目を細めてみるが、砂塵の奥を見通すことはできない。
 ――双子座。今はもう欠けてしまった、双子座。
 何を考えて、何を想って動いているのか。
 寂しさ? 哀しさ? それとも、復讐――?
「どちらにせよ、此処は通行止め、よ」
 M−121ガトリング砲を持つ手が、若干汗ばんでくる。
 最前線に能力者達を配置した魚鱗の陣が、這い寄る敵影を抱き留めるべく進軍を開始する。ケイは二列目左翼の最前に。対となる右翼にはラシード・アル・ラハル(ga6190)がいる。つい先ほどまで敵に対する遮蔽物を築く手伝いをしていたためか、若干息切れしているが、さほど疲労感はない。すぐに呼吸は整うだろう。
「ユカ‥‥ここでまた、会うなんて。本気で動き出すのかな‥‥」
 フィンランドでの邂逅が脳裏を過ぎる。あの時のキメラ達の動き方や癖などの情報は味方に流してある。
 それを過信するわけにはいかないが、利用できるなら最大限に利用するべきだ。
 ユカのことも気になるが、今は目の前の仕事に集中しよう。駄目元で首に掛けたシグナルミラーが、ラシードの胸元で揺れる。
 鐘依 透(ga6282)は最前線中央に立つ、恋人のつばめに視線を流す。
「ユカか‥‥」
 つばめが気負いすぎていないかという心配を抱く透。彼女はただじっと敵影に意識を向けたまま、複雑な表情をしていた。
「‥‥あ」
 透の視線に気づいたのか、顔をこちらに向けるつばめ。彼女は小さく頷き、表情を落ち着かせる。今はユカのことを考えている暇はないのだ。
 能力者達と一般兵と、その顔色をちらりと見比べる。そのどちらにも余裕の色は見られない。つばめは深く息を吸い込み、味方全てに伝わるように響く声をあげた。
「皆さんの協力がなければここは守りきれません。敵を押し返すため、力を貸してください!」
 その声に息を呑み、先ほどよりは落ち着いた表情を浮かべる者達。それを見届けた上で、月城 紗夜(gb6417)が後方支援の者達へと照明銃や閃光手榴弾を渡していく。
「側面へ圧されることがあれば使え。尚、バリケード作成ができれば作れ」
 仮に圧されることがあっても、一時でも足止めができれば駆けつけることも可能だ。側面の一般兵には盾と銃の装備を勧め、弾幕での防御をと言い渡す。
「任務完遂のため、指示には原則従ってもらう」
 その言葉に異を唱える者はいない。紗夜は無線機のイヤホンを片耳に入れながら、最前線へと戻っていく。
 迫るエンカウント。そのために全軍に伝えるべきこと、やれるべきことはやった。短い時間の中で、確実に。
 作戦の詳細を伝えきったのはもちろん、最も近い拠点にあった梯子や重機を組み合わせて簡素な物見櫓も作った。それは後方にあって確実に敵影を捉えて必要な距離を測り続けるだろう。各種観測も開始し、後方支援の一般兵へと情報提供を担う。
 他にも、後方防衛戦の準備や、重火器の各種補充等の回転、仮説治療所設営なども急ピッチで行われた。
「もうすぐ、だね」
 花が呟く。もうすぐ――敵陣と交わる。


 弾幕が、キメラ達の眼前に展開する。能力者の放つ銃弾は敵に抉り込み、一般兵の放つ銃弾はダメージこそ与えないものの牽制や足止めには充分だった。
 二体一組となって行動し続けるキメラは、どちらか片方のリズムが崩れればあっけないほどに脆い。個体としてはそれほどの強さはなく、一発の銃弾でその活動を終える個体もある。
「でも、数が多すぎるんだねぃ」
 前衛のゼンラーは足下からまとわりつこうとする蜈蚣に莫邪宝剣を押しつけ、薙ぎ払う。すぐさま射程内の負傷者に練成治療を施せば、彼が治癒能力を持つと悟ったのだろう、キメラ達が一斉にゼンラーを狙い始めた。
 しかしゼンラーは動じず、プロテクトシールドと天鎧「ラファエル」にて対となるキメラの片割れを受け止め、超機械でその半身を灼きつけていく。崩れ落ちるキメラの絶叫が耳を突き、ゼンラーは軽く目を伏せた。
「拙僧の掌では、お前さん達まで生かすことは出来んのだ‥‥すまんねぃ」
 そしてまた、敵の連携を受け止め、灼いていく。
 背後から流れくる味方の援護射撃に乗るように、やや外側で駆け抜けるのは花。長期戦を見越したペース配分で、自来也とジャッジメントを繰る。 そこに、花のシノビとしての美学を乗せて。
 一対の豹型キメラ、その片割れを確実に照準に入れる。敵は速度を利用した連携を見せてくるが、すれ違いざまに零距離で放つジャッジメントの銃弾が片割れの腹を抉り、その体躯を砂に埋める。
 静かに、素早く、そして的確に――。
 牙を剥くもう一体の豹へ、花は足を蹴り上げた。地が抉れ、巻き起こる砂塵。一瞬だけ視界を奪われた豹が見せた隙に、自来也による刹那の一撃、そして急所を確実に捉えた銃撃が流し込まれていく。
 びくびくとのたうつ豹は、花を睨み据えていた。
「足癖悪い女は嫌い‥‥?」
 その言葉に応えるように、豹は喉の奥から唸る。
「好かれる気もないけどね。キミ達はボクの前に跪くだけなのだから」
 花がそう言い放った直後、豹は力尽きて跪いた。
 ハーモナー達の唄が響く。
 その行動を支配されたかのように、攻撃対象を「仲間」や「半身」へと向けていくキメラは少なくない。降り続ける銃弾の雨も、張られる弾幕も、確実に敵影を抱き留めて包み込んでゆく。だが、それさえも抜ける個体は多い。
 藍は疾風で駆け、敵をかわしながらも翠閃を閃かせ、スコルで蹴り上げていく。
「あと少し‥‥あと少し、食い込まないと」
 あと少し敵陣に食い込むことができれば――エースアサルト達による一斉の十字撃のタイミングを掴めるはずだ。そして藍は再び刀を一閃する。
 最前線中央のつばめは、「その時」を待ちながら携帯していた銃で牽制射撃を続けていた。近距離に入り込む敵影へは隼風を構え直し、その先端で突き上げていく。常に透に守られているという安心感を抱きながら。
 透は疾風迅雷を巧みに舞わせていく。スピードを誇る敵には小太刀を、そしてサイ型のように硬く大型の敵へはインフェルノに持ち替えて。
 同様にして、つばめのすぐ近くで蛍火を振るい弧を描く紗夜。迫る敵影を流し斬る。側面に抜け出ようとする狼達へは超機械「扇嵐」の洗礼が追いすがる。
「弾幕、続けろ。生存を第一に――!」
 常に後方の一般兵に声をかけ、紗夜はなおも進む。竜の瞳で命中を上げ、ターミネーターを構えて道を開くべく狙撃を開始する。
「そろそろかしらね」
 ケイが先手必勝を発動、M−121でつばめの進行上にある敵の排除を開始した。右翼を進むラシードもまた、イブリースによる制圧射撃の面攻撃と通常射撃の点攻撃使い分け、ケイと共に陣の――そして、つばめの両翼を担う。
「行きなさい、つばめ‥‥っ!」
 ケイの声に押され、つばめは更に前へと躍り出た。
『魚鱗が敵陣中央に食い込みました! 国境線へと押しつつあります!』
 後方、櫓からの通信が入る。ゼンラーがすぐさま閃光手榴弾を放ち、声を張り上げた。
「鬨の声のあげ時だねぃ!!」
 その声に、つばめを含む最前線のエースアサルトの半数が呼吸を合わせる。彼等の射程から、能力者も一般兵も、退いていく。
 そして――。
「唸れ隼風――『穿燕槍・天墜』!!」
 つばめが敵陣の、それこそ急所を突く一撃を放つ。
 一斉に、波打つように走り抜けていく衝撃波。
 十字の波は、魚鱗先端の輪郭をなぞるように広がり――キメラ達を呑み込んでいく。
 強力な一撃に巻き込まれたキメラ達はひとたまりもなかった。しかしすぐにそれらの死骸を乗り越えて、後方に控えるキメラ達が突撃を開始する。
 エースアサルト達は後方に退き、態勢を整え始めた。
「つばめさん! 紗夜さん! 退いてください!」
 透が叫ぶ。彼女達の退路を開くべく。抜刀・瞬、刹那、そして円閃――持ちうる力を全て乗せ、高速抜刀した炎斧を一閃する。そのまま斧の遠心力に逆らわずに刹那の振りと円閃で加速し、更に一閃。その破壊力を暴風のように操った。
 その脇を竜の翼で駆け抜ける紗夜。つばめを確保すると、バイク形態に変形させたミカエルに飛び乗り、一気に後方へと走り抜けていく。
 上空から、鳥の群れが迫る。
 転倒しないよう、膝でタンクを挟み、紗夜はひたすら操縦に専念する。
「ふふっ、悪いコ達にはお仕置きが必要、ね」
 ケイがつばめ達を追う鳥達を次々に墜とす。片割れを失った鳥は混乱し、体勢を整える間もなく今度はラシードの制圧射撃を食らい――そうやって、確実にその翼をもがれていく。
 十字撃後の味方陣営の動きは素早く、紗夜とつばめは難なく後方へ退くことができた。そして改めて戦線に立ち、孤立しないように視野を広く持った上で、確実に敵を一体ずつ仕留めていく。
 つばめはシグナルミラーをちらつかせてみる。フィンランドの時と似ている敵の動き、果たして鏡は有効なのか――しかし。
「反応を示さないようですね」
 透が戦況を見て判断する。
「フィンランドの、あの状況だったから‥‥か」
 ラシードが頷く。
「その通りだ。ここでは意味を為さない」
 突如響き渡るその言葉と共に、能力者達が身につけていた鏡の類が次々に破壊されていく。銃弾ではないようだ。鏡だけを破壊できるような何かが、敵陣から放たれていた。
「あれ‥‥誰?」
 ラシードが思わず声を漏らす。何かが放たれたと思われる方向、砂塵の中に男が立っていた。
 ダークブラウンの髪と、緑の瞳の優しげな男。その遙か後方にちらりと見える金色の髪は、恐らくユカだろう。あのような男がユカの周囲にいたような記憶はないが、危険な存在であることには間違いなさそうだ。
「‥‥どう考えても‥‥味方、じゃなさそうね‥‥」
 ケイは男が行動に移る気配がないか、タクティカルゴーグルでの監視を開始した。
 花は彼の動きを探るように探査の眼を使う。
「ボクの目から逃れられると思わないで‥‥」
 その声が聞こえたようで、男は小さく頷いて返す。その余裕のある気配に花はより警戒を強め、男の後方に控えるキメラに牽制の意味を込めた銃弾を放つ。
 ユカに関しては、出てこない限りは触れるつもりはない。だが、この男だけは素直に通すわけにはいかない。
「凶器の芽は早めに摘まなきゃね」
 言いながら、しかし花はシノビとしての本能で漠然と感じていた。この男は、得体の知れないという言葉では片付けられないということを。
 ゆるやかに、銃を構える男。そして放たれる銃弾は花の脇を抜け――後方にいるキメラへと吸い込まれていく。
「今の、なに」
 花が目を見開いた。人間ではなく、キメラを狙った行動の意図が読めない。ラシードがすぐさま反応し、先手必勝を発動しようとするが――それと全く同じ動きを男が見せてラシードへと銃口を向ける。
 ケイは男の動きをすぐさま皆に伝達しながら臨戦態勢に入り、男の虚を突いて二連射を放った。しかし男はそれを軽くかわし、全く同様の動きでケイへと狙撃を繰り返す。ケイが傍に斃れるキメラの巨体で身を隠せば、男もやはり同様に。周囲の能力者からの狙撃が流れゆけば、また同様に。
「貴方は‥‥誰?」
 嫌悪感を抱きながら、ケイは呟く。再び虚を突いて二連射を放つが、やはりそれも返ってきた。まるで鏡と対峙しているような錯覚を抱く。
 その隙に、紗夜も敵の戦闘スタイルを見るために受防に専念しようとするが、これでは戦闘スタイルを見るどころではない。鏡を壊した以外は全て、攻撃してきた相手を真似ているのだから。
「‥‥お前さんは?」
 ゼンラーが盾を構え、問いかけてみる。
「――イーノス」
 男は短く答えた。
「こちらが動かない限り、足止めすらできない‥‥?」
 つばめが眉を寄せる。
 透も、藍も、行動に出るタイミングが掴めない。藍は急所をつければと考えるが、相手に返されるのは目に見えている。
 ラシードはイーノスの後方を見つめる。フィンランドでユカは自分を「僕たち」と言った。それがずっと気になっていたのだ。
「僕たち」という言葉。そこにどんな痛みがあるのか――。
 ユカは動く気配がない。このまま、出てこずに終わるのかもしれない。
「出てこないなら‥‥そのまま、動かないで」
 すぐにでも、走り出してしまいそう、だから。この手を伸ばして、ユカの元へと。しかしその揺らぎは強い意思で抑え込む。
「出てこないから安心しろ」
 イーノスは薄く笑んだ。
「それにしても、ここまで脆いとは思わなかった。双子という存在が。‥‥今回は俺達の負け、だな。お前らの立てた作戦も、見ていて楽しかった。負けたことに悔しさはないね」
 半ば感心するように、キメラ達を眺め見る。
「双子ってのは、どちらが欠けても駄目なんだろうかね。でも、欠けたことでこんなに簡単にやられてちゃ‥‥意味がない」
 イーノスは意味深に言うと踵を返し、「俺とユカは撤退する。あとは適当にやってろ」とキメラ達に言い捨ててユカの元へと歩き始めた。
「追うわけには、いきませんね」
 藍が言う。今、イーノスを、そしてユカを追うわけにはいかない。ここを凌ぐことが最優先事項だ。
 花が自来也とジャッジメントを散る花弁のように走らせ、藍の翠閃も傾きかけた陽光を反射して煌めく。
 ケイのアラスカ454が歌を奏で始めれば、ラシードのイブリースがリズムに乗る。
 透のインフェルノの「暴風」に守られ、つばめの隼風が敵を空高く突き上げれば、紗夜の蛍火が瞬くようにその脇を駆け抜けていく。
 いつしかキメラの数は人類側の半数以下に激減し、そしてじりじりと双方の最前線のラインは、ニジェール側へと――。
「これで、終わりだねぃ」
 無線で各種状況を受けてゼンラーが頷いた直後、残りのエースアサルト達による十字撃が砂漠を駆け抜けた。


「負けちゃった。‥‥双子は、脆いね」
 押し返されたラインを遠方からぼんやりと眺め、ユカが吐息を漏らす。
「自覚しているなら充分だ」
 イーノスが、どこか満足げに笑った。