タイトル:Ricochet【Gemini】マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/18 06:44

●オープニング本文


●フィンランド某所
「まだ未熟ですけれど、先日‥‥大きな作戦のお手伝いをしたんですよ」
 ユナ・カワサキは花束を墓前に添え、笑む。
「嘘みたいに失敗しないでオペレートできたんです。きっと傭兵の皆さんや先輩達のおかげでしょうね」
 少し恥ずかしそうに笑む。
「その前は、傭兵さん達と一緒に依頼に出てみました。失敗ばかりだったけれど‥‥私が関わって初めて成功した依頼でした」
 はらはらと、白い花弁が舞う。吐く息は白く、髪や肩に舞い落ちた花弁は溶けることなく重なって白き層を作り上げる。
「‥‥まだ、あなたのようなスナイパーにはほど遠いけれど‥‥。私‥‥頑張ります」
 だが、この墓に眠る人物はユナのことなど覚えてはいないだろう。通りすがり――とは少し違うが、数多くの任務の中でほんの一瞬だけ視線を交わし、言葉を交わしただけ。そして永遠に別れた――それだけの、邂逅。
「頑張りますから。‥‥見ていて、くださいね」
 そしてユナは、墓標に背を向けた。

●少年
「寒いなぁ‥‥。先輩達へのお土産を買うついでに、何か暖まるものでも飲もうかな」
 ユナはぼんやりとカフェを眺める。雪はなおも降り続き、傘が重くなってきた。そのとき、傘を持たずにショウウィンドウの前に佇む少年の姿が目に入った。
 今にも消えてしまいそうなほど、線の細い少年。
 金色の髪が揺れ、視線は虚ろで――しかし、ショウウィンドウに映った自分の姿を、確実に捉えていた。
「‥‥ちがう」
 少年が白い吐息を漏らす。
「これは、ぼく」
 抑揚のない声は、不思議とユナの耳にはっきりと届く。
「としを、とる。ぼくだけが、ひとり」
「‥‥? ねえ、あなた。傘‥‥ないの?」
 ユナは吸い寄せられるように少年の元へ行くと、ショウウィンドウに映る彼の姿を見つめた。
「‥‥ないのは、傘じゃない。馴れ馴れしく僕の隣に立たないでよ」
「あ‥‥ごめんなさい。でもそのままじゃ風邪を引いちゃう‥‥。この傘、使って。私は予備の傘を持ってるから」
 そう言って、ユナは持っていた傘を少年に押しつける。少年はやはりユナを見ることはない。
「どうしてぼく、こんなところにひとりできたんだろう」
 再び抑揚のない声。
「‥‥誰か一緒に来る人がいたの?」
 しかしユナのその問いには、少年は答えない。ぶつぶつと言葉を漏らし続ける。
「ひとがたくさんいるまちは、ぼくがたくさんいる。ぜんぶぼくで、みかじゃない。やだな、こわそうかな。それとも‥‥あふりかのさばくにでもいっちゃおうか」
「‥‥え?」
「‥‥くるしぃなぁ」
「身体の具合でも悪いの? どうしたの? 大丈夫?」
「ほうっておいて。‥‥――す、よ?」
「今、なんて‥‥、‥‥えと、ごめんなさい、うるさくして。とにかく傘、使ってくださいね‥‥っ!」
 少年の最後の言葉は聞き取れなかったが、本能的に危険を感じたユナは慌てて走り去る。
「‥‥でも、泣いてるようにみえた、な」
 呟き、振り返らず走る――少年の印象的な双眸を思い出しながら。

●Gemini
「休暇ありがとうございましたっ! これ、フィンランドのお土産ですっ!」
 休暇を終えてUPC本部に戻ったユナは、上司や先輩、同僚達に土産を配ろうとした。だが誰もがユナを見るや否や、「大丈夫か」「どこも怪我はないか」と心配そうに駆け寄ってくる。
「あ、あの、どうしたんですか、皆さん」
「お前が滞在していた街に‥‥キメラの群れが出た」
「‥‥え?」
 上司の言葉に、ユナは眉を寄せた。
「キメラ達は街中のショウウィンドウや鏡‥‥それからガラス、そういったものを破壊し尽くしている。民間人への被害も報告されているが、幸いにも死者は出ていない」
「ショウウィンドウ‥‥まさか」
 ユナの脳裏を、雪の中で出逢ったあの少年の姿が過ぎる。
「心当たりがあるのか」
 問われ、ユナは頷く。そしてフィンランドでの出来事を報告すると――上司も、そして先輩や同僚達も、顔色を変えた。
「ま、待ってろ」
 上司は慌て、端末で何やら資料を検索する。そしてディスプレイに出た資料をユナに見せた。
「この子です‥‥! この子に、傘‥‥を」

 ――jukka Juutilainen

「‥‥うそ」
 さすがのユナも、知らないわけではない。その名と、その存在が何者であるのかを。
「姿を消していた――ゾディアック双子座のユカ・ユーティライネンが目撃されたと報告しなければならん。フィンランドの事件は、何らかの関係があるに違いない」
 上司は急ぎ、関係機関へと連絡を取ろうとした。だがそれを遮ったのはユナ。
「待ってください! 他人のそら似かもしれない。まだ確認が取れたわけじゃないのに報告なんて! 人違いだったら‥‥どうするんですか‥‥」
 だがユナにはその確率が低いことはわかっていた。それでも確認していない以上は、誤認の可能性だって否定できない。それに――。
「ないているようにみえたから」
 誰にも聞こえないように、呟く。
「‥‥傭兵達をフィンランドに向かわせる。唯一の目撃者であるお前も行って、確認してこい」
 上司はユナを真っ直ぐ見据えた。
「ただし、キメラ討伐と少年の確認が主目的だ。少年にはこちらからは手を出すな。攻撃されたら応戦するのは構わない。それから‥‥少年がジェミニである可能性が高い以上、失敗は許されない。わかっているな?」
「――はい」
 ユナは神妙な面持ちで頷くと、再びフィンランドへと向かうべく準備に入った。

●雪
「‥‥雪、雪、いつまで降るのかな」
 少年は傘を揺らしながら、積雪を踏みしめる。
「‥‥全部、壊しちゃってよ。僕はここで見てる。傭兵達が来たら攻撃されちゃう前に適当に帰るけど‥‥お前達は残って、傭兵達を壊しちゃって」
 冷たい音を立てて割れゆくガラス。街中を駆けめぐる獣の足音。
 視界の端で、姿形のそっくりな狼二頭が左右対称の動きで車のフロントガラスを割る。車の持ち主は運転席でがたがたと震えているだけだ。
 他にも、あらゆる種類の「同じ姿の一対のキメラ」が左右対称の動きで破壊の限りを尽くしていた。
 ――まるで双子であるかのように。
「でも僕の隣には誰もいない」
 ぼんやりと、キメラ達を眺め見る。
「本当に行きたい場所へは、行けなかった。でもいつか‥‥行くよ。ひとりで。‥‥ひとり、で」
 声が、震える。
 今はまだ、この国に来るのは早すぎた。これからのことは、自分の姿が映らないような場所で、じっくりと考えたい。
 やっとひとりで歩き始めたのだから。
 ひとりだなんて――認めたくないけれど。認められるはずもないけれど。
 やらなければならないことが、残っているから。
 この身体が、壊れてしまう前に。
 残り少ない時間で――全てを終わらせるために。
「歳を取る‥‥僕だけが、ひとり‥‥」
 気がついたら、あれから一年以上の刻が経っていた。
 ――星降る聖夜とケーキは、遠い。
「この傘‥‥もう一本欲しかったな」
 雪はまだ、やみそうになかった。

●参加者一覧

新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
リスト・エルヴァスティ(gb6667
23歳・♂・DF
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG

●リプレイ本文


 ――追憶。
「ユカ・ユーティライネン? 最近全然、名前を聞かなくなってたけど‥‥」
 ラシード・アル・ラハル(ga6190)は簡易カメラのズームを操作し、撮影距離を体感で確認しながら感情を彷徨わせた。
 ゾディアック双子座――彼等には、かつて関わったことがある。
 ――調査は僕には理解できないことばかりだったけど、複雑な事情があるのは感じた。彼らはああなりたくて、なったわけじゃない‥‥。
 幾度か撃ち合った。二度、撃墜された。
 そして――。
 ラシードは瞼を閉じる。
 一年前の、マドリード。
 あの空で、ミカ・ユーティライネンを――墜とした。
「彼の半分を殺したのは、僕らだ」
 呟く、ラシード。新居・やすかず(ga1891)と九条院つばめ(ga6530)もまた、ミカの最期に立ち会った存在だ。
「行方が知れなかった双子座の片割れですか。もう一方の最期に関わった一人として、気になっていたところです」
 やすかずは頷く。
「ミカが落ちてから、双子座についてはとんと音沙汰がなくなってしまいましたが‥‥。もしその『少年』が、本当にユカだとしたら‥‥看過できる事態ではありません、ね」
 マドリードだけではなく、極東ロシア戦線においても双子座をあと一歩のところまで追い詰めたものの、取り逃がしたという苦い記憶があるつばめ。
(ロシアで取り逃がした大魚‥‥その尻尾を、掴むことができるのでしょうか)
 今も耳に残るのは「絶対に仕返ししてやる」「お前たちのことは覚えた」という声。
 これも何かの因縁だろうか――。
 そして三人は、ミカの最期を思う。ひしゃげ、砕けゆく真紅は今も忘れられない。
 確かめなければ。
 少年が本当にユカ・ユーティライネンであることを。
「もし、ユカなら。この国と、この世界を、憎んでいると‥‥思う」
 ラシードは唇を噛んだ。
「もし‥‥ユウが二人いて‥‥片方がいなくなっちゃったら‥‥?」
 ユウ・ターナー(gc2715)は想像する。
 もしそうなってしまったら――すごく寂しくて、どうしようもなくて、どうにかなってしまうかもしれない。ユカも同じ気持ちなのだろうか。
「寂しい‥‥ね。敵だけど‥‥でも‥‥」
 俯くユウの、鼻の奥につんとしたものがこみ上げてくる。

 ‥‥お前達のせいで、ユカが!

 それは、マドリードでのミカの叫び。今度はユカが叫ぶのだろうか。


「罪なき無辜の民草を苦しめるとは、バグア許すまじ」
 剣持たぬ民草のためにこそ戦う美具・ザム・ツバイ(gc0857)にとって、今回のような敵の狼藉を見過ごせるものではなかった。右手と、そして左手に握られた炎剣「ゼフォン」。その二刀を携え、今回の任務に臨んでいた。
 美具とは違うが、しかし同様にして強くコンユンクシオを握ってつらつらと考えるのは、元軍人のリスト・エルヴァスティ(gb6667)だ。
 軍人になった理由は色々ある。強いて言うならば、戦争をしていたからかもしれない。
 だが、そんなことを言っても仕方がないし、なんとなく性に合っていたような気もする。もっとも、祖父の代から侵略者に対して戦ってきたのだから、血筋もあるのかもしれない。
 だが、どんな理由でも根底にあるものはひとつだ。
「故郷守りたいから、剣握ってんだ」
 鬼なんて言われたら、戦うしかないだろう。リストは深く息を吐く。
 できることは少ない。いつも手一杯だ。
「だから怒ってるのか」
 全部助けたくとも、それほど器用ではない自分に。
「‥‥ここと、ここ‥‥、それから、ここ」
 赤崎羽矢子(gb2140)は街の地図に、地元の警察からの情報を元にしてキメラ出現地点を書き込んでいく。同様の地図を仲間に配布し、これから澄野・絣(gb3855)、ユナ・カワサキと共にオペレートを開始する。
「こんな状態だし‥‥ユナには行動のサポートを頼めるかな。悪いけどお願いね」
 先の依頼で負傷してしまった羽矢子は、保険も兼ねてユナにサポートを要請する。
「はい。でも羽矢子さん、無理だけはしないでくださいね‥‥?」
 ユナは心配そうに羽矢子の顔を覗き込んだ。羽矢子は頷き、地図への書き込みを続ける。
「この様子なら、しらみ潰しに当たる必要はなさそうかな」
 キメラの配置や移動にはそれなりに規則性があるように思えた。同一時間帯に出現したポイントを線で結ぶと、一定間隔を置いていることがわかる。
「‥‥この中心点か、周囲に‥‥彼がいるのかもしれませんね」
 絣が地図を見て言う。
「ユナさんが渡した傘のデザインと、服装を教えてもらえますか?」
 やすかずが問うと、ユナは記憶を辿る。
「傘は‥‥無地のライトブルー。服装はモスグリーンのダッフルコートでした」
 ユナの言葉に、誰もが静かに頷く。
「‥‥始めようか」
 地図へのマークを終えた羽矢子が、皆に探索ポイントを伝えるべく顔を上げた。


 静寂の中に響く破壊音、そして獣の咆哮。この付近にキメラがいるのは間違いなさそうだ。
「‥‥『少年』がキメラを使役しているなら、キメラが見える場所にいそうですね」
 やすかずの言葉に、美具は頷く。彼女の首には、ペンダント状にしたシグナルミラーが数枚下げられていた。
 キメラ達が鏡やガラスの類を破壊していることから、その類似品として使うべく簡単に加工したのだ。これで、キメラをおびき出す。
「来たようじゃ」
 美具が静かに炎剣を構える。右の角から虎型のキメラ達が飛び出してきた。
 彼等は角の建物のガラスを体当たりで破壊していく。次に狙いを定めたのは駐車場にある車輌だ。車輌へと方向転換した虎の眼前に、美具が躍り出た。
「ここじゃ、貴様らの望む物がここにある」
 そう言って、胸元のミラー達を揺らす。虎達は一瞬にして意識を奪われた。その隙に、やすかずは流れ弾による被害を抑えることのできる位置に移動を終える。
「ここを狙うのじゃ、外すでないぞ。二撃目を許すほど甘くはないでのう」
 美具が再びミラーを揺らせば、虎達は二頭同時に雪を蹴った。
 左右から牙を剥く虎、しかし美具は呼吸を止め、鎧袖一触――閃くのは、熱き軌跡。それぞれ脇に流し斬りを受けた虎達は、左右対称に雪に落ちる。
 同時に、やすかずの雷遁による電磁波が一頭に絡みつく。何度も、何度も。それを阻止すべくもう一頭が動くが、美具の刃に阻まれる。
 やがて車輌から引き離された虎達は完全に「目標」を二人へと変え、再度攻撃を試みる。しかしそこに撃ち込まれるのはやすかずの制圧射撃――。更には再び電磁波でその行動を抑止され、虎達はその連携を完全に崩す。
「戦闘機動も左右対称‥‥。つまり動きが読みやすくなるので、予測射撃を得意とする僕としては好都合です」
 やすかずは言いながらリロード、足を穿つ。
「惜しかったな、所詮貴様らキメラの技など美具の命にすら届きはせぬわ」
 そして美具の炎剣の軌跡が、舞い散る雪を融かした。
 静寂が戻る。
 やすかずは周囲に意識を散らした。どこかから――少年が見ているのではないかと。
 二度、三度、視線を流した時、三十メートル先の建物の屋上にライトブルーの傘が見えた。やすかずは簡易カメラを構える。
 だが、傘の持ち主は傘で顔を隠してしており、やがてその姿を消した。
「明らかに、こちらの様子を見ていますね」
 この状況を他班へも無線で伝え、やすかずはカメラを降ろす。
「他への支援へ向かおうぞ」
「そうしましょう」
 美具とやすかずは頷きあい、他班を支援すべく移動を開始した。

「援護する。大丈夫、突っ込んで。見えてるから」
 ラシードはリストに指示を出す。突撃銃剣「イブリース」を構え、二組から距離を維持した上で、全視界から意識を離さない。
 先ほど、やすかずから無線で「少年」らしき存在との遭遇を知らされた。彼等の班からそれほど離れてはいないこの場所に「少年」が現れる可能性は高いだろう。
 リストはラシードの援護射撃と共に、迫る一組へと刀身を薙ぐ。着弾し、転倒する右の狼、横薙ぎの一閃を受けて雪の上を滑り離脱する左の狼。一組の連携が崩れたが、その穴にもう一組が割り込んで突撃を仕掛けてくる。
「これくらいで、後ろに下がれない」
 リストは狼達の動きをかわしきった。再び横に流し入れられる刀身、その軌跡を撫でるように走り抜けるラシードの銃弾。先ほどの一組が体勢を立て直せば、リストは身を翻して上段からコンユンクシオを叩き落とす。
 二人の連携に押されるように下がる狼達、しかし入れ替わるように人型が二組、姿を現した。
「なに、これ‥‥。やっぱりどこかで、見ている?」
 ラシードは眉を寄せ、ざっと周囲を見渡す。その時、美具とやすかずが駆けつけてきた。そしてその後方にあるビルの非常階段に見える、モスグリーンのダッフルコート――。
「いた‥‥っ!」
 ラシードは咄嗟にカメラを出して駆けだした。少年はキメラを見ており、ラシードには気づかない。
 隠密潜行を使用し、ラシードは撮影範囲ギリギリまでの接近を試みる。しかし銃は降ろさない。背に回し、いつでも応戦可能な状態だ。
 確信があった。遠目であっても、自分が間違えるはずがない。
 あれは――紛れもなく、ユカ。
 しかし、少年は突然ダッフルコートのフードを目深に被り、身を翻して姿を消した。
「‥‥消えた」
 ラシードは奥歯を鳴らし、その状況を皆に伝える。リスト達の元に戻った時、戦闘は終わっていた。

「パニックは起こさないで。救助を手伝ってもらえると嬉しいな」
 羽矢子は住人達に傭兵達が来たことを伝え、屋外などに残されている者達を屋内へと誘導する。
 先ほど、「少年」との遭遇報告が二件入った。この付近にいるのは確実だ。避難誘導を急ぐ必要があるだろう。
 双眼鏡を用いて周囲を警戒する絣は、先ほどから上空の黒い影が気になっていた。数は六。恐らく鳥型が三組。
 右腰に吊した矢筒「雪柳」に触れ、警戒を高めていく。隣のブロックで行動するつばめとユウに無線で連絡を送り、そして羽矢子とユナにも状況を伝える。
 徐々に、鳥達がその高度を下げてきた。その嘴とかぎ爪を、照準を――住人へと向けて。
「間に合わない‥‥っ」
 羽矢子は唸る。住人達の避難が完了していない状況では、怪我に構わずキメラを分断するしかないだろう。
「私も、頑張ります」
 ユナが銃を構え、緊張した顔で空を見上げる。その瞬間、先頭のペアの片割れに一筋の軌跡がぶちこまれ、炸裂する。
 ――絣の放った弾頭矢だ。
「あら、デート中に余所見はいけないわね?」
 言いながら、もう一撃。弾頭矢の爆発で視界を遮られたペアが混乱する。
 今のうちにと、羽矢子とユナは住人達の避難誘導を急いだ。それを追おうとするキメラ達。しかし絣の部位狙いと、シグナルミラーがキメラを誘う。
「私は打たれ弱いけどね。皆を守るためにいるんだから、引けないのよ!」
 キメラ達は一気に絣へと照準を変え、特攻を仕掛けてくる。
 桜姫の弦が、震える。
「お待たせした」
 絣の耳に、つばめの声が届いた。反射的に絣は後退し、羽矢子達と合流して避難誘導に徹し始める。
 つばめは鳥達を仰ぎ見た。二組は上空で旋回を始めて様子を窺い、残りの一組が離脱して破壊行動へと移り始めた。
 鳥が照準を合わせる先、まだ破壊されていないガラスの近くで待機し、敵を待ち伏せしているのはユウ。
「つばめおねーちゃん、今なのっ」
 その言葉と同時に、ユウの制圧射撃が右翼に向かう。右翼はバランスを崩すが、左翼はユウには目もくれずにガラスの破壊を開始する。
「それならば‥‥」
 つばめはソニックブームを放つ。衝撃波に包まれた左翼はそこでようやく照準を「敵」へと移そうとし、しかし側面に入り込んできたつばめの隼風によって幾度となく抉られてゆく。さらに追い打ちをかけるのは、ユウによる死角からの二連射。
「えーーいっ! 当たれーーッ」
 死角からの二連射に、右翼は回避することさえできずに雪に落ちる。
 そのタイミングで、他の二班が合流した。全員が空を見上げ、鳥を「狙う」。しかし――鳥達は突然、何かに引き寄せられるように空の果てへと消えていく。
「どうしたんでしょうか‥‥」
 つばめが呟くと、路地の奥から「少年」が現れた。


「簡単にやってくれちゃうよね。つまんないな」
 少年は傘をくるくる回して笑う。今度は隠れる様子はない。
「いいよ、いっぱい撮っちゃって。僕を‥‥僕達、を」
 僕達――その言葉に、誰もが息を呑む。ユウがゆるりとカメラを構えれば、目を細めてシャッター音に聞き入る少年。
「キミの名前は‥‥? もうひとりの‥‥キミの名前は‥‥?」
 ユウが言葉を紡いだ。
「僕はユカ。『僕達』は‥‥ジェミニ」
 少年――ユカは、少しだけ嬉しそうに笑う。
「一体何が目的ぞ」
 美具はユナ達の護衛として位置取り、ユカに問う。
「僕の目的?」
「あんたは何をするつもりなんだい? 望んで戦場に立ったわけじゃないでしょ。もう、止めれないの?」
 美具の言葉を引き継ぐのは羽矢子。
「あんたが殺した相手にも大事な人が居たんだ。あんたの双子の片割れみたいに」
 それは自分が言えることじゃないかもしれないが、それでも羽矢子は続ける。
「それを喪う痛みを知ってまだ人を殺すなら、あたしはあんたを止めるよ。これ以上、あんたみたいな子を増やさない為にね。」
「‥‥言ってる意味が、わからないな」
 ユカは肩を竦めた。
「‥‥またフィンランドに、現れた。憎んでる筈なのに、何故?」
 ラシードは一歩、歩み出る。
「そうだね、『僕』を追い詰めた君達に会えたから、来た甲斐はあったかもしれないね」
「そんな理由? 違うよね?」
「伝えてよ、あのひと達に」
 ユカは淡々と言葉を紡ぐ。
「伝える‥‥?」
 リストが眉を寄せた。
「ぼくたちは、いきている。そして、ただいま‥‥ってね」
 ぞっとするほどに綺麗な笑みを浮かべ、ユカは踵を返す。
「ああ、そうだ。傘、ありがとね」
 一度だけ立ち止まって振り返り、ユナに笑む。ユナはびくりとし、隣にいた絣の腕に思わずしがみついた。
「じゃあ、またね」
 そして今度こそ振り返らずにユカは去る。
「大丈夫ですか、ユナさん」
「大丈夫、です」
 絣に宥められたユナは、まだガタガタと震えている。
「これから‥‥彼はどうするつもりなんでしょう」
 つばめがユカの去った方角を見つめ、呟いた。
「双子座は二人揃っているからこそ双子座です。再び一緒になれるよう、いずれ同じ所に送ってあげましょう」
 やすかずが静かに言う。
 敵にかける情けは持ち合わせていないが、それくらいの慈悲は許容できるつもりだ。
 雪はいつのまにか止み、雲間から陽光が差し込み始めた。
 積雪に紛れているガラス達が、それを反射して輝く。
 ユカは――もう、どこにもいない。

 そしてジェミニ発見の報がUPCと、ヴィリオ・ユーティライネン中佐及びハンナ・ハロネン――そう、ジェミニの「両親」へと、ユカの伝言と共に伝えられた。