タイトル:【初夢】CTSサス(仮)マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 19 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/28 03:18

●オープニング本文


「サーシャお嬢様、今年も色々ありましたね」
 そう言って、執事はハーブティーをそっと差し出した。
「‥‥色々、ありすぎた」
 アレクサンドラ・リイはハーブティーの香りに小さくため息を漏らし、この一年のことを振り返る。振り返りつつ、ぼんやりと部屋の中を見渡した。
 何ヶ月ぶりかの帰省。
 両親は既に他界している。当主であるはずのリイは軍人として家を空けてばかりで、ほとんどここには帰らない。帰省とは言っても、あまり落ち着かないのも事実だ。
 それを見かねてか、執事が口を開いた。
「この休暇は‥‥日本へ行かれてはどうですか」
「日本だと?」
 リイは眉を寄せる。日本は亡き祖母の故国だ。
 祖母の実家は知る人ぞ知る秘湯で高級旅館を経営しており、そこは運良くバグアの襲撃を免れて今も経営が続いている。リイも子供の頃から時々訪れては、温泉を楽しんだものだ。
「お知り合いの方達もご招待して‥‥ごゆっくりなさってはどうでしょう」
「‥‥そういうのは、私の柄ではない。‥‥だが、たまにはいいかもしれない、な」
 リイは呟き、ハーブティーを口にする。執事はくすりと笑んで頷くと、「では諸々の手配をいたします」と言って退室した。
「温泉、か‥‥」
 もう一度、リイは呟く。
 だが――このとき、リイは知らなかった。
 温泉で彼女達を待ち受ける数奇な運命を――。


「きゃあああぁぁぁぁ‥‥っ!」
 混浴露天風呂で悲鳴が上がる。
 真っ赤に染まった湯と、床に書かれた赤いダイイングメッセージ。
 次々に消えていく仲間達。そして謎の犯行声明。
 旅館に続く唯一の山道は、謎の土砂崩れを起こして通行不能となってしまった。
 人里離れた秘湯、完全に陸の孤島と化した高級温泉旅館に一体何が起こったのか。
 この謎を解明してみせると立ち上がる者達。愛欲が交差し、時間だけが無情に過ぎる。
 猜疑心と不安と、孤立した恐怖と、それらがないまぜになったこの場所で、リイは、そして仲間達の運命は。

「教えてくれ、どうして‥‥こんなことを‥‥」

 衝撃の結末!
 リイの双眸に、涙が光る――。


 CTSサスペンス劇場、このあとすぐ!

●参加者一覧

/ 弓亜 石榴(ga0468) / UNKNOWN(ga4276) / 雨霧 零(ga4508) / 勇姫 凛(ga5063) / 草壁 賢之(ga7033) / 百地・悠季(ga8270) / Innocence(ga8305) / ヒューイ・焔(ga8434) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / ドッグ・ラブラード(gb2486) / エイミー・H・メイヤー(gb5994) / 杠葉 凛生(gb6638) / ムーグ・リード(gc0402) / ソウマ(gc0505) / 御鑑 藍(gc1485) / 籠島 慎一郎(gc4768) / 黒木 敬介(gc5024) / 橙乃 蜜柑(gc5152) / シルヴィーナ(gc5551

●リプレイ本文

 ――誰が殺したのか。
 そこに謎がある。人の思惑、迷い、嘘。何が真実なのか、そこで何が起こったのか。
 ――誰が、見ていたのか。
 禁断の恋と愛憎と謀略と、全裸死体は何を意味するのか。戦慄の血文字が物語る真実とは。
 CTSサスペンス劇場新春特番、冬の湯煙殺人旅情! 紅に染まる露天風呂、連続全裸死体に渦巻く愛憎と欲望の真実、時刻表と断崖はみんな知っていた! 秘湯旅館サエキ山荘殺人事件〜伝説の踊る全裸の亡霊! 浮かび上がる黒い幻を追う者達が見た真実は!?〜
「アノ」名探偵がおくる冒険と心温まる感動のストーリー!
 次々と被害者が増える中、ついに探偵は口を開く‥‥。

●ある探偵の手記
 私は雨霧 零(ga4508)。名探偵である。
 今日は助手のエイミー・H・メイヤー(gb5994)君を連れて慰安旅行に来たのである。
 平穏な一時に想いを馳せつつ私たちは旅館の門を潜り、中へと足を踏み入れたのだった。
 そこで偶然にも仕事先での知り合いであるアイドル探偵の勇姫 凛(ga5063)君と、うだつの上がらない刑事ドッグ・ラブラード(gb2486)君に出会った。

●開幕
「今日は仕事を忘れて思いっきり休もう、エイミー君!」
「えーと‥‥オンセン? ああ、『湯煙なんとか殺人事件』とかの舞台になることで有名な『ジャパニーズスパ』かぁ」
 零に言われ、エイミーはなるほどと頷く。すると、ドッグに声をかけられた。
「知らずに来ていたんですか?」
「名探偵さんに行き先とか全てお任せだったから」
 エイミーは肩を竦める。そこに凛が笑顔で歩み寄ってきた。
「零、久しぶり‥‥確かこの間会ったのは、霧の湖連続スケキ(自粛)事件の時だったね、刑事さんもその時以来」
「凛君、久しぶり。なんだろうな、この顔ぶれは。まあ、漫画などではここで事件が起きるのだけど‥‥」
 零は言いながら売店のほうを見る。そこには黒いゴシック・ロリータ風の服に犬尻尾、犬耳、背中に悪魔の翼をつけた少女がいた。手には黒い大鎌まで持っている。
 彼女の名はシルヴィーナ(gc5551)。知る人ぞ知る「見た目は子供、素顔はわんこ」の探偵なのだ。こうも探偵が揃ってしまえば零が言う言葉も現実味を帯びてくる。
「またまた、そんなぁ。勘弁してくださいよ」
 ドッグは額の汗を拭った。

●秘湯旅館サエキ
「おばあさま、ご機嫌麗しゅう」
 アレクサンドラ・リイは旅館で総支配人の女性に駆け寄る。総支配人はリイの亡き祖母の妹だが、実の祖母のように慕っていた。
「サーシャちゃん、ゆっくりと疲れを癒していってね」
 そして総支配人は、隣にいる女性をリイに紹介する。
「最近少し体調が悪くてねぇ。業務マネージャーを雇ったのよ」
「どうぞよろしく」
 笑みを浮かべ、女性――「流れの支配人」である百地・悠季(ga8270)は深く頭を下げた。
「祖母をよろしくお願いします」
 リイが悠季に言い添えると、後ろに控えていた執事が「お嬢様、お部屋に参りましょう」と促す。
「俺が荷物持とうか」
 執事が持っていたリイの荷物を横から奪うのは黒木 敬介(gc5024)。
「あなたがなぜお嬢様の荷物を」
「別にいいだろ? それより部屋はどこ?」
 敬介は執事を軽くあしらうと、リイを引っ張って行ってしまう。
 そんな彼らを複雑な表情で見るのは、ラウンジにいた杠葉 凛生(gb6638)。
 ――まさかこの旅館が、リイの親族のものであるとは。
 昔は人を食い物にするのが当たり前の仕事を淡々とこなしていた。特にそれをどう思うこともなかったが、今は違う。しかし――。
「‥‥かつての恩人の頼みは、断れない」
 断りきれずに引き受けた仕事。それは、この旅館を開発事業のため国有地とする計画があり、そのためにはどんな手を使ってでも土地権利書を入手しろというものだった。
「どうも、籠島です」
 共に仕事をする政治家の籠島 慎一郎(gc4768)が正面の席に座る。不動産販売業者と癒着してリベートを受けようと目論んでいるのだ。
 凛生は籠島の名刺を確認する。ふと、フロントにいるムーグ・リード(gc0402)に気がついた。彼は無表情で周囲を見渡している。
「まさか、このタイミングで、呼ばれるとは‥‥ね」
 ムーグは呟く。いつもの彼と雰囲気が違うが、それには理由があった。
 彼は最近、人知れずヴィクトリア――リイの妹だった存在――の部下によってヨリシロにされてしまっていたのだ。だから若干雰囲気が異なっている。
 ムーグは「見覚え」のある男とすれ違った。UNKNOWN(ga4276)だ。「見覚え」がある以上、無視するわけにはいかない。
「ああ、どうも‥‥ご無沙汰して‥‥」
 ムーグはそこまで言って、口調が違うことに気づいてハッとする。
「‥‥して、マス」
 語尾だけ取り繕うが、果たしてごまかせただろうか。
 次に会ったのはリイ。
「‥‥今日、ハ、お呼び、頂き、感謝、デス‥‥」
 今度は大丈夫だ。リイは「ゆっくりしていってくれ」と頷く。
「‥‥楽死メル、ト、良い、DEATH、ネ‥‥?」
 ムーグは笑み、再びUNKNOWNへと視線を向けた。
(慣れていない、とはいえ‥‥しくじった)
 消すしかないだろう。しかしムーグは気づかなかった。もうひとり、口調の変化に気づいた者がいたことに。
(おや、これは‥‥面白くなりそうですねぇ‥‥)
 それは、籠島――。
 ムーグを視界の端に入れたまま、籠島は薄く笑みを浮かべた。
 そして同様にして笑みを浮かべる男がひとり。フリーライターのソウマ(gc0505)だ。
「‥‥籠島氏と杠葉氏がこんな秘湯に。何かが起こりそうですね‥‥」

●あなたはおとうさんですか
 執事と廊下ですれ違ったユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)は、カフスボタンに意識を奪われた。
「あれは、まさか‥‥」
 脳裏を過ぎるのは母の言葉。
 ――お前のお父さんは、青いカフスを大事に持っていてね‥‥。
 母はそのカフスを絵に描いて見せてくれた。それと同じものだったのだ。
「‥‥確かめたい」
 だが、もし執事が明日帰るのであれば、確認できる時間は限られてしまう。
 足止めしなければ。なんとしてでも。
 ユーリは思い出す。雨で緩んだ地盤、来る途中の今にも崩れそうな崖――。
「‥‥よし」
 そしてユーリは、口の端を微かに緩めた。

●CTS混沌クッキング
「え? 土砂崩れ?」
 ロビーに響く、ヒューイ・焔(ga8434)の声。友人とここで待ち合わせをしていたのだが、途中の道で土砂崩れが発生したために来ることができないというのだ。
「仕方ない‥‥ひとりで温泉を堪能するか」
 焔は気持ちを切り替え、友人と通話していた携帯電話を切った。
「土砂崩れですって?」
 焔の声を聞きつけた悠季が、確認しようとフロントの外線電話を手に取るが、繋がらない。携帯電話で警察にかけてみるとやはり事実のようで、復旧まで数日はかかるらしい。
 実は新婚でもある悠季は、先ほどまで夫の写真を見てにやけ‥‥じゃなくて、微笑んでいたのだが、一瞬にしてその表情を強ばらせる。その時、御鑑 藍(gc1485)の姿が目に入った。
 彼女は一般客だが、この旅館の板長の草壁 賢之(ga7033)とは知り合いだ。大きな発泡スチロールの箱を抱え、厨房へと向かっていく。
「草壁さーん‥‥いらっしゃいますか? ふぐを持ってきました」
「いるいるー!」
 奥で蕎麦包丁ともやしを振ってみせる賢之。藍色のバンダナに紺の作務衣がよく似合っている。
「蕎麦包丁で、もやしのヒゲ処理ですか‥‥」
「何でもかんでもこれ一本! 手元まで刃が伸びてるから、意外に戦闘向けなんだよッ?」
 この男は一体何と戦うと言うのか。
「何を作って‥‥まさか」
「そう、MP‥‥もやしプリン。そうだ、ふぐに変えるか! ふぐプリン! いい食材をありがとう!」
「‥‥え」
 藍は思わず絶句する。これではテラネッツコンテンツのごく一部で知られているMPに、HPが派生してしまうではないか。
 しかも賢之、「普通のプリン型か、熊型か‥‥」などと迷っている。
 どうすればいいのかわからないまま、藍はふぐを渡そうと一歩を踏み出し、躓いて転んだ。箱は賢之に向かってすっ飛んでいく。
「危ないっ!」
「ふんぬッ!」
 藍が声を上げると同時に、賢之の蕎麦包丁が発泡スチロールに突き刺さる。
「‥‥言っただろう? 戦闘向けだと」
 賢之は包丁を構え、ちょっとだけかっこつけた。

●セクシャルパラメータ
「温泉宿でのんびりか。リィさん、しばらく働き詰めだったし、そのくらいの休暇もいいよね」
 敬介はリイの部屋で荷物を置きながら言う。
「‥‥ま、それはそれとして、俺は俺で楽しもうっと」
 リイに聞こえないように呟くが、がっつりと執事に聞かれていた。
「お嬢様にセクハラなどなさいませぬようっ!」
「せくはら‥‥って、なんだ?」
 リイは耳慣れない言葉に首を傾げる。
「お嬢様は本当に世間知らずですわ。わたくしなど月に一度はお隣さんのお屋敷にお届けものに行ってますのに」
 リイの後ろでちょこちょこと身支度を手伝いながら、リイ家のメイド服家政婦Innocence(ga8305)が言う。
「セクハラというのはですね」
 ごにょごにょごにょ。
「奥が深いのだな、セクハラ‥‥」
 リイは神妙な面持ちで頷く。一体何を教えられたのだろうか。
「それよりリィさん、温泉にでも入ってきたら? 色んな疲れ、溜まってるでしょ」
 敬介はリイに温泉を勧める。もちろん裏があるのは言うまでもない。
「‥‥そうだな、入ってくるか」
 特に疑うことなくリイは頷く。
「では、温泉まで護衛いたしますの♪」
 そしてInnocenceに付き添われて、リイは部屋を出る。敬介は今の内に酒の準備だ。
 ゆっくりと扉を閉めたInnocenceは、総支配人の居室に入っていく人影に気がついた。
「今のは‥‥」
 総支配人と、籠島と、凛生。一体何があるというのだろうか。

●弓亜 石榴(ga0468
「さあて、張り切っちゃおうかっ!」
 石榴は笑む。手には血糊を入れた缶と刷毛。巨大なリュックには、調理用の豚の生首。
 ただの旅行客のであるはずの石榴は、事件をややこしくする才能を持っていた。この旅館で何か事件が起こると直感したのだろう、小ネタを仕込むつもりらしい。

●サービスカット
「はあぁ〜ん♪」
 露天風呂で艶のある声を出すのは、営業で滞在している売れない貧乏手品師の橙乃 蜜柑(gc5152)。
「気持ちいいですね‥‥景色もいいですし」
「この温泉は美肌効果があるらしい」
 藍は景色に目を細め、リイは温泉の効能を挙げる。その時、誰かが脱衣場から服を着たまま歩いてきた。藍が眉を寄せ、岩場の上に置いていた銃を構えて臨戦態勢を取る。
「やだなぁ、俺、俺!」
 にこやかに歩み寄ってくるのは、網を手に持った賢之。しかし藍が威嚇射撃をするべく引き金を引いたあとだった。
「え、ちょ!?」
「草壁さん!?」
 しまったと藍が思ってももう遅い。威嚇のつもりだったのだが、賢之は赤いものを散らして倒れてしまう。
「うひゃひゃひゃ、どうするんですか〜」
 突然の事態に思わず笑うしかない蜜柑。しかし賢之はむくりと起き上がる。
「ふぅ‥‥このトマトがなければ危うく死んでいるとこだったよ‥‥」
 懐から取り出したトマトには、銃弾がめりこんでいた。賢之は気を取り直して温泉に網を入れる。
「何やってるんだ、お前」
 リイが怪訝そうに問う。
「いや、ほら、新鮮な食材をさばこうと、生け簀に放ってあるのを取りに」
 賢之が引き上げた網には、活きのいい鯛。よく見ると、温泉で魚が泳いでいるではないか。エビやマグロもいる。
「まぁ夢だし」
 そう言って笑う賢之。まあ、それはそうなのだが。
「じゃ、俺はこれで。皆さんごゆっくり」
 そして賢之は何事もなかったように去っていった。

●黒い取引
「‥‥まさかこんなことになろうとは」
 凛生は倒れている総支配人を見下ろした。
 総支配人は、権利書を奪おうとする凛生と籠島による悪辣な脅しにショックで心臓麻痺を起こしたのだ。リイの親族の命を奪ったことに凛生は苦悩する。
「さあ、権利書を探しましょう」
 籠島が促した時、シャッターを切る音がした。
「誰だっ!」
 凛生が扉を開けると、そこにはソウマがいた。
「‥‥ああ、私、こういう者です」
 ソウマは名刺を差し出し、続ける。
「何か面白い話があれば、是非お聞かせください。もちろん守秘義務は守らせていただきますよ」
 人懐っこい営業スマイル。しかし凛生は彼の側頭部を殴りつけた。吹っ飛んだソウマは倒れて動かなくなった。
「俺はまた‥‥こんなことを繰り返すのか」
 凛生は打ち震える。しかしその耳に籠島があらぬことを吹き込む。
「これは噂ですがね? ‥‥どうやら黒木様がヨリシロでいらっしゃるようなのです。このままでは我々の命は危ないですねぇ」
「なんだと?」
 過剰反応する凛生。だが籠島の言葉を鵜呑みにしていいものか――迷っていると、深刻な顔をしたムーグが訪ねてきた。
「‥‥彼、ハ、ヨリシロ、デス‥‥黒木、サン、ハ、私、ノ、目の前、デ‥‥死んダ、筈」
 それは籠島が告げた内容と同じものだった。ムーグが言うのだから疑う余地はない。凛生は部屋を飛び出した。
 口角を上げ、ムーグは部屋を後にする。残された籠島も権利書を探す作業に没頭していた。
 その時、倒れていたソウマがぴくりと動き、立ち上がった。
「打ち所が悪くて死んだと思いましたが‥‥キョウ運に感謝、でしょうか」
 気分転換に温泉にでも入りに行こう。いいネタも掴んだし――ソウマは笑みを浮かべた。

●桃色
「温泉はどうだった?」
 リイの部屋で日本酒や焼酎、地酒などを勧めながら敬介が問う。リイは「魚がいた」と呟き、地酒を選んだ。
「魚?」
「魚」
 首を傾げつつ酒を注ぐ敬介に、リイは真顔で頷く。
 思いのほか素直に酒を飲んでくれそうだ。敬介は「いける」と確信してリイと飲み始める。
「俺の部屋にもっと珍しい酒があるんだ。移動しない?」
「そうだな、構わない」
 かなり酔ってきたリイは、敬介の誘いにあっさりと乗る。
「駄目ですぞ!」
 危険を察知した執事が必死に止めるが、敬介も負けちゃいない。
「別に人のところをどうこう言わないけどさ、リィさんちょっと世間知らなさすぎない? 親の代わりとかしないといけない人が、ああいう三十歳にしてどーするのさ」
「それは全てお嬢様のためで‥‥」
「そりゃ、リィさん可愛いけどさ。それで世間を渡らせるつもりなの? 執事として仕事できてないんじゃない?」
 敬介は延々と精神攻撃を続ける。執事は結局反論しきれず、あっさりと撃沈。
 ――そしてリイはお持ち帰りされてしまった。

●呪いの誤字
「なんなのこれは!」
 ホールで悠季が叫ぶ。何事かと宿泊客達が集まってきた。そこで彼らが見たものは――。

『こんや 22時47分 だれ』

 血文字と思われる謎のメッセージ。最後の数文字は掠れてしまって読めない。
 これだけではない。スパの扉には『杠葉凛生』『黒木敬介』で相合い傘が。他にも色々とある。
「私の部屋の前にこんなものが‥‥!」
 そして豚の生首を抱えてくる宿泊客達。豚の額には『祝』と書かれた紙が貼り付けられていた。何がめでたいのだろうか。
「しまった、誤字った」
 隅で見ていた石榴が頭を抱えた。どうやら『呪』と書きたかったらしい――。

●違う意味でサービスカット
「温泉はいいですね」
 ソウマは露天風呂で溜息を漏らす。先に入っていた焔も頷き、女湯との仕切りを見た。彼らはまだホールの事件を知らない。
「女湯で音がする」
 焔が言うと、二人はほんの出来心で板の隙間から覗くことにした。少し肌寒いので、腰にタオルを装備。ソウマは一応カメラも装備。
「覗きはいけません! お茶の間のことも考えてください!」
 そこに飛び込んできたのはドッグ。しかし二人はやめない。やがて二人の体重で仕切りが女湯側に倒れてしまった。ドッグは顔を赤らめて走り去り、残されたのは焔とソウマ。そして女風呂には――。
「‥‥可愛いね♪」
 それは、石榴だった。慌てた勢いでタオルが外れてしまったソウマと焔を凝視。
「う、うわぁっ!?」
 焔は慌てて前を隠し、ソウマは「少年の全裸サービスシーンなんて需要が無いと思うんですが」と冷静に対応する。
「そぉかなぁ?」
 石榴はにこにこして眺めつくした挙げ句、「いいもの見させてもらったよ!」と立ち去ってしまう。ソウマが呆然としていると、湯煙の向こうにシルヴィーナが現れた。
「いやぁぁぁぁっ!」
 彼女は悲鳴を上げ、全裸で鎌を振り回す。逃げながらもソウマはシャッターを押し、思わず見てしまった彼女の裸身に頬を染める。しかしそれが悪かった。色んな意味でキョウ運すぎた。
 ソウマは声を上げる暇さえなく切り裂かれ、女風呂に沈んでいく。焔はがくがくと震え、逃げ出した。
「逃げられた‥‥でも顔を見られてないからいいか」
 シルヴィーナは笑み、女湯を後にした。

●HP
「不安がっていてもどうにもなりませんから、まずは皆さん腹を満たしてください」
 賢之は集まっている者達に料理を振る舞っていく。そこには当然、HPもあり――肝が見えていた。
「こ、この料理は‥‥っ」
 悠季が眉を寄せ、慌てて回収し始める。
「なんで回収しちゃうんですか‥‥ッ」
「毒があるからに決まっているでしょう!」
「毒!? それは危険ですね、排除しないと‥‥」
 聞きつけた藍は何を思ったのか、HPを全て賢之の口に投げ込んだ。
「これで大丈夫です、皆さんの安全は守られました‥‥」
 藍は額の汗を拭く。賢之はぶっ倒れてひくひくしている。
 その時、露天風呂から悲鳴が聞こえてきた。

●違う意味でサービスカット2
 女湯の底に沈むソウマ。
 しかし、ここで死んでいるのは彼だけではない。混浴風呂の方で、うつぶせに浮いている死体があったのだ。しかもその隣では蜜柑がまたのんびりと湯につかっていた。
「どうしたんですか、皆さん‥‥って、あら、誰か浮いてる」
 蜜柑がつつくと、死体は仰向けになる。それは黒い帽子と赤いタイ、それ以外は着用していない男性で、顔は帽子で隠れてわからない。
 鋼線を束ねたような細身の筋肉質、後背筋もしっかり。そして胸板は厚く、肩幅も広い。腰は締まり、逆三角形の見事な肉体だ。
 尻も締まっていて手足は長く、指先は細く、芸術家を思わせる。手首足首や首筋は細めで、どこをとっても非の打ち所がない。しかも、湯煙ではっきりと確認できないが、とにかく立派なようだ。
「すぐに出た方がいいよ」
 混浴風呂に現れた石榴はシルヴィーナを避難させるフリをして、現場を荒らしてしまう。
「げ、現場を荒らさないでください!」
 脂汗をかくドッグ。石榴は不思議そうに首を傾げる。
「あぁ、申し遅れました。私は刑事のラブラードといいます。まずは皆さんに事情聴取をしなければなりません。それから、これが事故なのか殺」
「皆、これは殺人事件だ! そして連続殺人なんだ!」
 ドッグが言い終える前に割り込んだのは零。その後ろにはエイミー。
「名探偵とその助手の行くところ事件あり! 事件は必ず名探偵さんと二人で解決してみせる。グランパの名にかけて!」
「凛のことも忘れてもらっちゃ困るよ! 必ず真実を解き明かすよ、アイドル探偵を呼ばれた凛の名にかけて! ‥‥それに、休暇を邪魔されるのは、許せないんだからなっ」
 アイドルだからサングラスを装備し、時刻表片手に凛も名乗り出る。実は凛は最初にここに駆けつけていたのだ。既にあちこち調査済みらしい。
「こんなにも探偵の方がいるとなれば、解決も近いですかな。でも私の仕事を取らないでほしいなぁ、まぁ助かるけども‥‥査定に響くのよ‥‥」
 少しだけ黄昏れるドッグ。
「酷い‥‥一面真っ赤に染まっている‥‥ん? 血ではない何かの香り?」
 凛は首を傾げる。彼と同じように鼻をすんすんさせているのはシルヴィーナ。
「あ、それ、俺」
 それは先ほど卒倒したはずの賢之。不死身か。
「ここで銃弾を浴びた時に、懐に入れてたトマトが」
「なるほど‥‥。しかし血も混ざっているのは間違いなさそうだ」
「違いがわかるとはさすが名探偵さんだ! そこから死因なども特定できたり?」
「いや。そこまでは難しいよ」
 ちょっと読者を意識した問答を続ける名探偵とその助手。
「でも、もうひとつ何か違う香りが‥‥」
 凛が首を傾げる。しかしその正体はわからなかった。
 ドッグは捜査を始めた。人間関係や遺留品、アリバイなどをちまちまと。
「そういえば、ムーグさんが怪しい人と何か話してた。それから、若い男の人と杠葉さんが密会してたし‥‥アレクサンドラさんは実は着痩せするタイプ」
 石榴がドッグの事情聴取に答えていく。大半はでっちあげで現場を混乱させようとしたものだが――。
「わ、わたくしも‥‥見ました‥‥」
 恐る恐る名乗り出るInnocence。彼女は凛生と籠島が総支配人と一緒にいたことを告白する。
 その時、執事が血相を変えて飛び込んできた。
「総支配人が‥‥っ!」

●殺人か、それとも
「心臓発作のようですね。‥‥何かに驚いたりしたのでしょうか」
 総支配人の様子を見ていたドッグが呟く。その瞬間、全員が一斉に籠島を見る。
「総支配人と一緒にいたそうだな」
 零が詰め寄る。
「でも私が何かしたという証拠はありませんよ?」
「否定するのが何よりの証拠! 犯人はお前だー!! 女性の敵め!」
 割り込むエイミー。零に突っかかる存在には敵意をむき出しにするのだ。
「エイミー君、落ち着きたまえ。証拠はないのだから」
 零が宥め、籠島から離れる。だがクロであると直感していた。

●右曲がり
 他に異常はないだろうかと皆で旅館中を調べれば、次から次へと全裸死体が出てくる。
「なんでまた裸なんだ‥‥」
 ドッグが呟く。
 ラウンジのソファの下では脛毛の足だけがはみ出しており、気づかなかった旅館スタッフが今後についての相談をしていた。
 厨房では裸エプロンが鍋に顔を突っ込んでいるのだが、賢之が気づかずに隣でMPを作り始めてしまった。
 エントランスホールでは、首を吊るされ暖簾のようにぶらぶらっと。
 仮眠室のベッドでは下から手足がはみ出していた。皆が捜査に来たことに驚いてベッドから出た夜勤明けのスタッフに、激しく踏みつけられる。
 和室では抱き枕のように転がり、レストランでは椅子代わりにされ、庭では人型に草が茂ってピンポイントで一本だけ花が咲き、トイレでは扉の内側に釘で張り付け、テレビ画面には引き締まった尻が映り、クローゼットでハンガーに釣り下がり、天井板は外れて足がぶらぶらっと。
 さらに暖炉では薪と一緒に積まれて尻を見せ、他の部屋では脛毛の足や手が扉からはみ出ており、とにかく書ききれないほどの死体で溢れかえっていた。もしかしたら気づかないうちに踏んでいたり噛んでいたりするかもしれない。
「‥‥また死体にタオルを掛ける仕事か。一体何人いるんだ」
 ドッグが溜息混じりにタオルをかけていると、蜜柑が首を振った。
「黒い帽子と赤いタイの被害者は全て同一人物です。だって、同じだったから」
 同じって、何が。
「じゃあ、誰かが死体を運んいると?」
「誰かって、妖精さんの力なんて、あるわけがないじゃないですか」
 蜜柑は明後日の方向に回答するが、意味は全くわからない。
「とりあえず、死体が同一人物ってことだけはわかりましたね」
 ドッグが唸る傍らで、凛が時刻表をめくりつつ語る。
「刑事さん、ちょっといいかな? この時間、あの露天風呂の入り口は清掃作業員さんがずっと見ていたんだ‥‥そして、第二の殺人の時間、この人達のアリバイだけが余りにも不自然で‥‥」
 時刻表になんの意味があるのかは不明だが、凛はシルヴィーナと石榴の名を挙げた。しかしシルヴィーナは首を振る。
「二人で露天風呂に入っていました。そういえば、露天風呂にソウマさんのカメラが落ちていました。映っていたのは焔さんです」
「えっ、俺!? そ、そりゃ、彼と一緒に覗いたけど! でも襲われたのは俺達のほうで!」
 しかし覗きをした事実は大きく、皆の視線が彼に集中する。
「お、俺は犯人じゃない! 断じて違う! 信じてくれ‥‥っ!」
 焔は叫ぶ。やがて混乱したのか、そこから逃げ出してしまった。その後、彼の行方は知れない。
「‥‥うまくいった、わんっ」
 シルヴィーナが独りごち、にやりと笑んだ。
「こうなると、土砂崩れも人為的なものを感じるね」
 零が言う。
「さすが名探偵さん!」
 エイミーが持ち上げる。
「そうだよ、俺がやったんだ。その執事さんに用があったから。でも、まさかこんな事件が起こるなんてね」
 ユーリが名乗り出た。執事が無言で眉を寄せる。
「俺は、あなたの息子だ」
 そしてユーリは語った。自分の身の上を。
「く‥‥っ、今更出てきてどうするつもりだ! 目的は金か!?」
 執事は喚く。ユーリは「そんなつもりじゃない」と言うが、執事は聞く耳を持たないどころか、ナイフを取り出して斬りかかる。それはあっという間の出来事で、誰も止めることができずにユーリは床に崩れ落ちた。そして執事も我に返ると、自らの首を――。
 事件とは別のところで、死体が増えてしまった。

●写真
 トイレに行くと言って皆から離れた蜜柑は、途中で寄った非常階段でソウマのカメラのデータを見ていた。それは、籠島と凛生が総支配人を脅している画像だった。
「ばんなそかな‥‥」
 そんなばかなと言いたいのだろう。
「見てしまいましたか」
 後ろから、籠島が声をかける。手にはこの旅館の権利書が入っていると思われる茶封筒。
「だから何だ! お前らの考えていることは、ほんのチョビっとお見通しだ!!」
「どうするというのです? 大人しく落ちてもらいましょうか」
「ありがたく、いただきません」
「‥‥そうはいきません」
 籠島の手が伸びる。蜜柑は非常階段から突き落とされ――ものの見事に過去十分間の記憶だけを失った。

●一体誰が死体を運んだ?
 誰がどうやって死体を運んだのか。それとも死体が何度も生き返り、そのたびに殺害したのか。
 捜査を進めていくうちに、色々なものが出てきた。
 各現場にはリイの長い髪が。そして誰もいないリイの部屋には、被害者の衣服が置かれている。
「お嬢様を捜してきますの♪」
 リイの居場所に心当たりがあるのか、Innocenceが駆けだした。

●桃色2
 事件が起こっていることなど知らずに、酒を酌み交わす二人。
「リィさん、大丈夫? 飲み過ぎじゃない?」
「大丈夫‥‥」
 酔ったリイは、隣に座る敬介にしなだれかかった。
 ここぞとばかりに、敬介はリイの浴衣の襟元に手をかける。その時、部屋の隅にあった郵便ポストがぶっ倒れた。
「なんでこんなところに‥‥」
 敬介が思わず身構える。
「みゃあ‥‥わたくし‥‥見ておりませんの‥‥」
 ポストの陰にはInnocence。ポストは彼女が用意していた携帯郵便ポストのようだ。そこに隠れて二人の様子を覗き見ていたらしい。そんな彼女は目を隠して首をぶんぶんと振り、頬を桜色に染めて「お嬢様‥‥不潔ですの‥‥」と走り去ってしまった。
「一体何だったんだ‥‥まあいいや、気を取り直して」
 敬介は改めてリイの浴衣に手をかける。
 ――その、刹那。
「黒木、お楽しみはそこまでだ」
 凛生の声が、部屋に響く。
「え、何か用‥‥? ‥‥っ」
 振り返ることさえできないままに、敬介は背中に重く熱いものを無数に感じる。
「敬介っ!」
 一気に酔いが覚めたリイは倒れ込んでくる敬介を抱き留めた。返り血で赤黒く染まった凛生がこちらを見つめている。
「‥‥黒木が憎いわけではない。ヨリシロが‥‥憎いんだ」
 アフリカで心の傷を抉られたから恨んでいるわけではないと強調する。なぜなら、どえむ‥‥じゃなくて、大人なのだから。
 その時、手を叩く乾いた音が響いた。音の主はムーグ。
「‥‥イイ、茶番劇、デシタ」
「お前、何を」
「‥‥ヨリシロは私の方ですよ。凛生サン?」
「騙したのか!」
「騙されるあなたが悪いのです」
 絶望と怒りに包まれながら飛びかかる凛生の胸を、素手で貫くムーグ。凛生はどさりと床に落ちた。
「ムーグ‥‥どうして!」
「‥‥やあ、こんばんは。リイさん。楽しんでいただけましたか?」
 ムーグは凛生の銃を拾い上げてリイへと向ける。リイの双眸に溜まっていた涙が、彼女の頬を濡らす。
「う、あぁ‥‥っ」
 リイの涙にムーグは突然がくがくと震えたかと思うと、部屋から飛び出した。

●翡翠
「事件も気になりますが、眠くなったのでひとまず寝ます‥‥」
 藍は突然そう言い放った。マイペースかつ天然だ。
 とりあえず複数人で藍を部屋に送り届ける。部屋についた藍は翡翠の着ぐるみに着替えた。これで眠るらしい。そして何気なく窓から眼下を見やると――。
「‥‥ムーグさんと‥‥リイさん?」
 旅館の裏口から駆けだしてゆくムーグと、それを追いかけるリイ。
「皆さんに教えないと」
 藍は翡翠姿のまま、部屋を飛び出した。

●禁断の恋
「はわわ‥‥わたくし‥‥見てしまいましたの‥‥」
 Innocenceは恐怖で青ざめた顔をしていた。
「私も見ました‥‥」
 翡翠な藍も頷く。彼女達の情報を元に、一同は敬介の部屋へと向かっていく。
 言うまでもなく、そこには死体があった。
 背中を蜂の巣にされた敬介と、胸を貫かれている凛生。
「なんてひどい‥‥」
 籠島は顔を背ける。内心ではほくそ笑んでいるのだが。
 蜜柑は念のために「身元の確認」を行う。まずは凛生。
「こっちの方が‥‥いえ、何でも。微妙ですね」
 続いて、敬介。
「‥‥ひっひっひっひっ」
 鼻で、笑った。
「‥‥スパの扉にあった相合い傘の血文字は、まさか」
 石榴が唸る。
「この地方には禁断の恋に落ちた腹違いの異父兄弟の伝説が‥‥。この世で結ばれぬなら‥‥と心中した兄弟の怨霊が夜な夜な現れ、恋人達を亡き者に‥‥!」
 わなわなと打ち震える石榴。
「この旅館には開かずの間があって、そこには兄弟の位牌があるとかないとか‥‥」
「では、この二人は‥‥」
 ドッグは二人にタオルをかける。誰もが目頭を押さえ、その報われぬ恋に涙した。そして改めてドッグが探偵達を見渡す。
「ふふふ、今回は皆さんの出番はないようですよ!? 動機は痴情のもつれ! これに違いないです!」
「でも他の死体の説明がつかない」
 誰かがツッコミを入れる。
「な、なんだってー!! じゃ、じゃあマッサージ椅子になにか秘密が! ほら、【寺倫】探偵というのがあるでしょう? あれですよ‥‥多分」
 ドッグはとりあえずマッサージ椅子に座ってみるが、百円を入れなきゃ動かない。しかも百円玉がなかった! 場の空気が数度下がる。
「‥‥あ、こーひーぎうにうはどこですか?」
 ドッグは場を取り繕おうとしたが、もう誰も聞いちゃいなかった――。
「次から次に事件‥‥どうしたらいいのよ、もー‥‥」
 愛する夫の写真を抱きしめ、悠季が崩れ落ちる。
「愛しい旦那は戦場を渡り歩いてるからこうしてあたし自身は外回りで仕事してる訳なのだけれどこうなってると連絡できなくて心配してるだろうなあそれにあたしは今回の仕事を終えたら家族計画の為に半休するのよその為には何としてもこの苦難を乗り越えてみせるわよ‥‥」
 息継ぎせず言ったあとは、壁に向かって呟き始めた。
「あたしは無関係、あたしは無関係‥‥」
「大丈夫ですか?」
 賢之が声をかける。びくり、悠季が震えた。
「いやあぁぁああっ!!」
 錯乱した悠季は突然、隠し持っていたナイフを振り上げる。襲われるとでも思ったのだろうか。そのまま賢之の胸元を切りつけ、どこかへと走り去ってしまった。しかし、賢之は無傷だ。
「危なかった‥‥このトマトが(以下略)」
 またか。一体どうなってんだ、そのトマト。
「そんなことより‥‥ムーグさんとリイさんを捜しに行かなくていいのですか?」
 籠島の言葉に、皆はハッとした。

●断崖絶壁で船を越えて
 嵐の中、二人は断崖絶壁で見つめ合っていた。
「あなたも彼らの元へと旅立つのですよ」
 ムーグは銃口を向ける。だが――。
「指が、動かない‥‥!?」
 引き金を引けず、ムーグは愕然とする。その刹那、ムーグの全身が震えた。
「‥‥サセ、マセン、‥‥コレ、以上、ハ‥‥」
「ムーグ‥‥?」
 リイが眉を寄せると、ムーグは持っていた銃を彼女に渡し、殺してくれと訴える。これは一体どういうことなのだろうか。
 その時、皆が駆けつけてきた。先頭には籠島。
「早く何とかして頂けませんか? それとも出来ませんか? 彼自身が望んでいるというのに‥‥」
 リイに引き金を引くように促す。
「そうか、そういうことだったのか!」
 叫ぶ探偵達。そして零が口を開いた。
「犯人はお前だッッッ!!」
 びしいっ! 指が籠島へと向けられる。ムーグも犯人なのだが、ヨリシロなのでちょっと意味が違うのかもしれない。
「なるほど‥‥その男は被害者と最後に話していたのか‥‥」
 エイミーが頷く。
「思い出しました! 彼が総支配人を脅している画像を見ました!」
 都合良く記憶が戻る蜜柑。
「今思えば、最初に露天風呂で感じた香りの元、それがこの断崖でしか咲かない特殊な植物、麻薬の原料にもなる草の香りだったんだ‥‥。そうすると、あの相合い傘のメッセージの意味も‥‥」
 凛は悲しげに目を逸らす。
「もう、凛は全てわかった、わかったから、大人しく自首するんだ」
「せっかくリイさんの部屋に偽装工作までしたというのに。ああ、髪を置いたのはムーグさんですがね」
 籠島は笑みを崩さない。その時、ドッグがばたりと倒れた。後ろには大鎌を持ったシルヴィーナ。探偵役を気絶させようとしたのだが、ドッグでも問題はない。慌てて影に隠れてドッグの声色で語り始める。
『つまりはこういうことです。彼は土地を手に入れるために杠葉さんと手を組み総支配人を脅した、その上で杠葉さんの感情を揺さぶり、ヨリシロ化していたムーグさんまでもが同様の手段に出た。そして沢山の偶然が重なった、というわけですな』
 なんだかよくわからないが、なんとなくそんな気がする。探偵達も皆口々に同様のことを言うので、一体誰が何を言っているのかわからない状態だったりするが。
『それにね‥‥どれだけ憎くても‥‥人の命を奪うということは決して許されない事なのですよ! わんっ!』
 シルヴィーナはドッグの声でそう言い放つ。名前的にぴったりな語尾だ。
「‥‥リイ、サン‥‥お願い、デス‥‥」
 殺せと懇願を続けるムーグ。しかしリイは動かない。ついにムーグはリイの手から銃を奪い、自分の眉間に押し当てた。
「‥‥っ、だめ‥‥っ!」
 リイが制止するが、しかし――。
 ムーグはゆるりと倒れ、そしてそのまま崖下へと落ちていった。
「ムーグ‥‥っ!」
 その場に崩れ落ちるリイ。
「大丈夫ですか? レディ」
 エイミーが駆け寄る。
「大丈夫ですよ。この場所はもう存在自体が無くなりますから」
 籠島は指を鳴らし、事前に待機させていた重機を呼び出して旅館を破壊しようとした――が。
「どの重機も動きません‥‥!」
 作業員が叫ぶ。どうやら誰かが重機に細工をしたようだ。この重機の存在を知っているのはただひとり。
「杠葉さん‥‥ですか」
 籠島は笑みを消す。その時、ドッグが意識を取り戻した。
「‥‥逮捕、します。籠島さん」
「‥‥この土地が、欲しかったんですけどねぇ‥‥」
 再び笑み、籠島は両腕を差し出した。

●エピローグ
 早くも翌日には土砂崩れの現場は復旧し、遺体や犯人達が静かに搬送されていく。
「‥‥まぁ、解決して何よりです。皆さん、カオ‥‥楽しい休暇を」
 ドッグは本庁に戻って事後処理をするべく、とぼとぼと立ち去っていく。時折、後ろを向いて誰か引き止めてくれないか見ているが、誰も引き留めなかった。
「‥‥温泉‥‥入りたかったな‥‥」
 その言葉を残し、ドッグは姿を消した。

「さあ、亡き総支配人のためにも旅館を続けないと! 皆さん、俺の料理で少しでも元気を出してくださいよッ!」
 賢之が色んなプリンやら蕎麦やらラー油やら何やらを旅館に残った者達に振る舞う。
「おいしい、わんっ!」
 密かに犯人だったりするシルヴィーナは、何事もなかったかのように舌鼓を打つ。Innocenceや凛、藍、蜜柑も一緒だ。
 一方、温泉では零とエイミーがのんびりとしていた。
「水着着用は駄目だよ、エイミー君!」
 零からそう怒られ、慌てて水着を脱ぐ米国人エイミー。
「郷に入っては郷に従えというけど‥‥やっぱり恥ずかしいな」
 照れながらも、温泉に入る。
「でも、流石は名探偵さん、今回もまるっと円満解決だな!」
 そう言って、零に笑いかければ、零も「当然だよ、エイミー君!」と胸をずいっと張った。

 断崖ではリイがひとり、花束を空へと投げている。大切な者達を想い、涙を流して――。
 事件は解決したのだ。
 悲しくも沢山の犠牲者を出して。
 もう誰も――その命を落とすことはないだろう。
 残った者達はそう思っていた。
 だが――。

「焔さんと悠季さん、行方不明になったままだよね」
 石榴が呟く。そして手に持つのは、刷毛と血糊の缶。
 旅館の裏口で、彼女は刷毛を踊らせる。

『真犯人はサエキング』

 まだ、事件は何ひとつとして終わってはいなかった――。