●リプレイ本文
●天文台
天文台に到着すると、すでに夜は明けていた。
「花嫁の強奪か。‥‥切ないねえ」
目を細めて早坂冬馬(
gb2313)は呟いた。
「結婚式の最中に誘拐とは、また迷惑な‥‥」
「ここまで人を好きになれるというのは、ある意味純粋ということなんでしょうけど‥‥彼女の選択を尊重できないものでしょうかね」
ミース・シェルウェイ(
gb0168)と綾野 断真(
ga6621)は溜息をつく。
「許せないよ、そんなことをしたって、何も変わらないのに」
柿原ミズキ(
ga9347)は強く憤った。
事前調査によると天文台は二階建てで、入口は正面と裏にある。一階は吹き抜けのホールと小部屋が三つ、二階は観測室だ。
「エミリアがいるのは二階の観測室か」
リヴァル・クロウ(
gb2337)が見取図の二階部分を指差した。神無月 るな(
ga9580)が頷く。
「二階へは螺旋階段と、天体望遠鏡の側に通じる、下の部屋からの梯子で行けますね」
「でもこの見取図通りだったら、だけど」
ちらりと天文台に視線を移した緋室 神音(
ga3576)は、眉を寄せた。
「そうね。今はガイル氏によって何らかの改造が加えられている可能性もあるわ」
アズメリア・カンス(
ga8233)が見取図を叩く。
「その辺も考慮して、突入しましょう」
断真の言葉を合図に、一同は身を潜めながら天文台へと近づき始めた。ミースが覚醒を終え、探査の眼を使用して罠や監視カメラがないか調べるために先頭を行く。監視カメラは発見する度に破壊した。目立つ罠はなく、それが逆に緊張感を増幅させる。
天文台にある程度近づくと、二手に分かれて行動を開始した。陽動班は正面へ、救出班は裏口だ。
『準備できました。そちらはどうですか?』
トランシーバーの向こうで、裏口に到着した救出班の断真が訊く。
「こっちもOKよ」
陽動班のアズメリアが応答する。
「理由がどうあれ、バグアに協力する者には容赦しませんよ‥‥」
静かにるなが覚醒を遂げた。
「思い通りにならないから無理矢理にだなんて、呆れるわね。必ず助け出しましょう」
「昔から人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られる‥‥ってね。アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
続いてアズメリアと神音。
「ボクたちが引きつけている内に、早く」
最後ミズキが覚醒を済ませると、アズメリアのトランシーバーに向けて力強く言う。
『了解』
向こうから断真の声が返ってくる。陽動班は通信を切り、扉を開けて静かに中に滑り込んだ。
●突入
救出班は裏口の扉を開けた。鍵がかかっていないのが不気味だ。ホールと繋がっている廊下は、ホールの光が漏れて微かに明るい。奥に檻が見える。途中、等間隔に扉が三つ。観測室に繋がる梯子は中央の部屋だ。中に入る前に全員が覚醒を終えた。
ここでもミースが先頭で罠に対する警戒を強めた。断真、リヴァルと続き、最後尾は冬馬だ。冬馬は後方を警戒しつつ、建物内部の構造を把握するべくあちこちに視線を走らせる。
そのとき、ミースが廊下を突進してくる影を見つけた。ハーピーだ。
「ここも檻の中ということか‥‥っ!」
リヴァルが列から飛び出し、豪破斬撃で武器の威力を増幅させて突撃する。ハーピーは真正面からリヴァルの攻撃を受けると、ホールへと飛び去って行った。
「急ぎましょう!」
断真が中央の扉を開けた。
●対峙
陽動班はホールで吹き抜けの上方を見上げていた。檻は吹き抜けの天井から床までと、左右の壁を繋いでいる。二階の壁面がガラス張りになっていた。ガラスの奥に天体望遠鏡が見える。あそこにエミリアがいるに違いない。しかし右手にある螺旋階段は途中で檻に阻まれ、上まで行けそうになかった。
「ハーピーがいない?」
るなが怪訝そうに首を傾げた。そのとき、地に響くような轟音を立て、檻が左右にゆっくりと開いていった。そして激しい羽音が聞こえてくる。
「キイイ!」
奥へ続く廊下から飛び出したハーピーは、ミズキめがけて突っ込んできた。ミズキはそれを受け流し、両断剣を発動させて攻撃する。しかし攻撃はハーピーの羽根を掠めただけでかわされてしまう。
「しまった! ‥‥痛っ」
猛スピードで旋回してきたハーピーの爪が左腕を深く傷つけた。
「ミズキ!」
神音が駆け寄る。ミズキは活性化で傷を回復しながら苦笑した。
「ごめん、隙を突かれちゃってさ‥‥」
「そんなこと気にしなくていいわ」
神音は首を横に振った。そしてちらりとハーピーを見る。ハーピーは鳴きながら上昇と下降を繰り返していた。誰から攻撃しようか品定めしているようだ。そしてもう一度、轟音が響く。
「何? 檻は開いてしまったはず」
神音は音のするほうを見た。
「あそこ、ガラスが!」
るなが叫んで二階を指差した。ガラスが先ほどの檻のように開きつつあったのだ。まだハーピーはそのことに気付いていない。気付く前に止めないと、エミリアの元へと行ってしまうだろう。
「先回りして止める!」
檻が開いたことで、螺旋階段で二階へ行けるようになった。神音は反射的に駆け上がっていった。るなも隠密潜行を使って続く。二人が登りきる直前に、ハーピーが開いたガラスに気付き、一気に二階へと向かう。一瞬早く二階に到達した二人がハーピーと対峙した。
「夢幻の如く、血桜と散れ――剣技・桜花幻影!」
先手を取った神音が、スピードを生かして不規則に動いて接近する。紅蓮衝撃による赤いオーラを身に纏い、二段撃を活用して連続で斬りつけた。その隙を突き、るなが影撃ちを放つ。そしてハーピーを引きつけるべく後退するが、ハーピーはその場で滞空しており、追ってこようとはしない。
「ならば、落ちるのよ!」
るなは狙撃眼と影撃ちを効果的に使ってハーピーの羽根を狙う。狙い通り命中し、ハーピーは落ちていった。
下ではアズメリアとミズキが待ち受けていた。そして、ミズキがハーピーの左側から、次にアズメリアが右側から流し斬りを決める。ハーピーの悲鳴がホールに響き渡り、床に到達する前に息絶えた。
●救出
救出班は観測室に繋がる梯子を登る。檻が開く音を聞きながら、天井の扉を押し開けて観測室へと入った。目の前に天体望遠鏡が、その手前にガラスがある。エミリアの姿も奥に見えた。ヴェールの一部が破れているが無事なようだ。
「ここからは時間との勝負です! 速度を優先させましょう!」
「エミリアさん! 助けに来ました!」
冬馬の進言に断真が頷いた。下の部屋で見つけたガムテープをガラスに格子状に貼り、銃のグリップで叩くが割れない。すぐに銃を構え直して数発撃ち込むと、ガラスはようやく割れた。
「あなたの婚約者に頼まれて、あなたを救出しに参りました。どうぞご安心を」
ミースがエミリアに言うと、彼女は強い眼差しで頷いた。そのとき、突然ガラスが開き始めた。断真が下を確認する。まだハーピーは生きていたが、陽動班の見事な連係プレーでここへ来る前に倒された。ただちにトランシーバーで下の陽動班へ連絡する。
「エミリア救出、ハーピー撃破を目視で確認。これよりガイル捜索及び拘束行動へと移ります」
『了解!』
「エミリアさん、あとは私たちに任せて‥‥」
断真が通信を切ってエミリアに近寄る。しかし彼女は首を横に振った。
「来ちゃだめ!」
「え?」
断真は足を止めた。その瞬間、下から半径一メートルほどの檻が突き出し、彼女を囲ってしまった。
異変を察した陽動班が螺旋階段を駆け上がってくる。先頭のアズメリアは檻を見るや否や、月詠を構え、両断剣を発動させる。
「エミリアさんはこんな所にいるべきではないわ。奪還させてもらうわよ」
気合いと共に檻に向けて月詠を振り下ろし、頑強な檻を一撃で破壊した。
そしてもう一度、断真が彼女に歩み寄る。エミリアは断真が差し出した手にしっかりと掴まり、檻から出た。それを見た冬馬が微笑む。
「今度こそガイルさんを捜索できそうですね。ミースさん、これまでにおかしなところはありませんでしたか?」
「今、飛び出してきた檻ですね。この位置は裏口に一番近い部屋の真上に当たります。あそこに何かありそうです。それから裏口へ向かう際に、硬すぎる地面がありました。もしかしたら扉かもしれません」
「了解、俺は下の部屋へ行こう」
「俺は外を」
リヴァルと冬馬は頷き、螺旋階段を駆け下りる。陽動班も天文台を包囲、封鎖するべく後に続いた。断真とミースはエミリアの護衛としてその場に残った。ガイルがエミリアを取り戻しに来たときのために備えるのだ。
「あなたのことは私たちが命に替えても守ります」
断真が護衛のために隠密潜行で気配を消した。
「ライアードさんに連絡してあります。あなたが望むならば、すぐにでも結婚式を再開できるように」
ミースが武器を持ち替えながら笑う。エミリアは目に涙を溜めて二人の手を握った。
●拘束
リヴァルは裏口に一番近い部屋を調べていた。中には機材が並べられている。ここで遠隔操作をしていたのだろうが、誰もいない。周囲を見渡すと床に小さな扉を発見した。しかも開いている。ガイルはここから逃げたに違いない。リヴァルは状況をトランシーバーで連絡し、そこへ入っていった。
一方、冬馬はミースから聞いた地点へ向かう。その付近を調べると、確かに一カ所だけ妙に硬い地面がある。雑草をかき分けるとマンホールの蓋のようなものが現れた。開けようと手をかけたとき、異変に気がついた。蓋がずれていたのだ。
冬馬が慎重に蓋をどかすと、リヴァルが顔を出した。リヴァルが入った扉はここへ通じていたらしい。
「ガイル逃走、陽動班は包囲の強化を!」
冬馬とリヴァルが同時に叫んだ。通信を受けた陽動班は緊張を高める。冬馬がガイルのものと思われる足跡を発見し、リヴァルと共にそれを追う。すぐに雑草に隠れて移動する人影を発見した。ガイルだ。気付かれないように限界まで接近し、冬馬が瞬天速で一気に距離を詰める。そして背後から銃口を突きつけた。
「ガイル発見、拘束。天文台南二十メートル」
リヴァルが状況を報告すると、すぐにエミリアも含めた全員が集結した。そして、ミースがライアードへと連絡を取り始める。
「くそ、なぜここがわかった‥‥!」
ガイルは口惜しそうに唸った。
「ライアードさんは、事前にエミリアさんに発信機を持たせていたのですよ」
「どこまで忌々しい奴だ!」
「エミリアを奪い返しに来ずに逃げ出すような、勇気のないあなたが言う台詞じゃないわね」
「力だけで全ての事象を操作できるとは思わないことだ」
神音とリヴァルが冷たく言い放つ。
「なぜライアードさんを消さなかったのです? 俺なら消していたところですが。そうすれば少なくとも彼にエミリアさんを奪われることはないですから」
冬馬が無表情で問う。ガイルは自嘲気味に笑った。
「ライアードより優れていることを示すためには、奴の存在が不可欠なのだ」
「あんたさあ、それで振り向くとでも思った。自分から逃げたくせに‥‥。そのくせにこんなコトしてさ、自分一人じゃ何もできなくて虫が良すぎるよ。そんなだからだめなんだよ」
ミズキは涙を流しながら怒鳴りつける。
「くそっ、あんたのせいで自分の失恋思い出しちゃったじゃないか! こんな性格だからさ、恋愛対象にならないらしくって、『冗談だろ』ってさ、それで‥‥」
そこまで言うと、黙り込んでしまった。るながそっとミズキの肩に触れる。
「って、なんでこんな奴なんかに‥‥こんな奴なんかにこんなこと」
「あなたの涙は、こんな男の前で流すべきじゃありません」
るなはハンカチでミズキの涙を拭いた。
「ガイル、あなたは永遠に彼には勝てないわ」
エミリアはそう言うと、ガイルに背を向けて歩き始めた。ライアードと落ち合うことになっている地点まで護衛を続けるため、断真が隣に並ぶ。
「エミリア!」
ガイルが絶叫するが、エミリアは振り返らない。
「ガイルさん、御別れの挨拶くらいしたらどうです。少なくとも人類を裏切るくらいには愛した女性なんでしょう?」
銃口を押しつけたまま、冬馬が言った。
「‥‥私は‥‥」
ガイルの言葉は嗚咽にかき消された。
●結婚式
すぐにガイルをしかるべき場所へ引き渡し、天文台に一番近い町でライアードと落ち合った。彼はその町の教会に話を通し、すぐに結婚式を挙げられるよう準備を整えていた。
「でもヴェールが破れてしまったわ」
エミリアが苦笑する。ライアードは首を横に振り、彼女に箱を手渡した。エミリアは中を見て目を見開いた。そこには、新しいウエディング・ヴェールが入っていた。
「ミースさんから連絡を受けたときに教えてもらってね。急いで調達したよ。さあ、すぐに結婚式だ、エミリア」
ライアードが微笑んだ。エミリアは何度も頷いて泣き崩れる。
「では我々は護衛に当たりましょう。まあ、せっかくの結婚式に武器を持った傭兵がいるのは無粋ですからね、目立たないように見張りましょう」
断真がそう提案する。他の七人もそれに賛同し、少し離れた場所で教会を見守った。
「結婚か‥‥憧れちゃうよなあ‥‥。でもまだそんな人なんていないし、まだ小さいときに助けてくれた人に何にも伝えられてないから、それまでは無理かな。ってそれじゃ一生できないかもね」
護衛しながら、ミズキが自傷気味に笑う。
「結婚か。俺も考えてしまうな。自分に運命の人などいるのだろうか、人を好きになるのはどういうことなのだろうか、と」
リヴァルは教会を見て目を細めた。
「いつかきっと伝えられるし、人を好きになることについてもわかるはずよ」
ふいに、エミリアの声が聞こえた。まだ式の最中のはず。全員が驚いて振り返ると、エミリアが笑顔で立っていた。新しいヴェールがとてもよく似合っている。隣にはライアードもいた。
「あなたたちにお礼がしたくて、抜け出してきたの」
そう言うと、エミリアはブーケをほどいて、女性陣の髪や衣服に飾っていった。
「とても綺麗ね」
「いい香りだわ」
「嬉しい!」
「もらってもいいんですか?」
四人が一斉にエミリアを見る。エミリアは静かに微笑んだ。
「女性はいいですね、花が似合うから」
ミースが苦笑すると、今度はライアードが男性陣にワインを手渡した。
「是非ともこのワインを持ってパーティーに参加して下さい。皆さんのおかげで、こうしてエミリアが戻ってきたのですから!」
「では、お言葉に甘えましょうか。もちろん護衛も忘れませんけれど」
断真が言うと、全員は顔を見合わせて頷き、教会へ向かって歩き始めた。
華やかなパーティーは、これから始まる。
了