タイトル:【EDEN】幸福の楽園マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/29 01:38

●オープニング本文


 こうふくのらくえん。
 子どもの頃は、そんなものが本当にあると信じていた。
 信じて、信じて、いつか手を繋いでそこに行けるのだと、夢見ていた。
 彼女は笑う。
 ――ここから見える景色、この丘の花々よりも綺麗な世界が、どこかにあるのね。
 サンタはいない。妖精もいない。
 そんなことがわかる歳になっても、彼女は楽園の存在だけは信じ続けていた。
 それは、今も変わらない。


「おもちゃの‥‥くに?」
 ジェフリート・レスターが問い返すと、シスター・ヘレナは神妙な面持ちで頷いた。見えない双眸で何かを捜すように、しかし自然に窓の外に「視線」を向ける。
「うちの子供達が噂をしているのです。世界のどこかには『おもちゃの国』があって‥‥親のいない子供達を大切に育ててくれるのだと。そこでは、沢山のおもちゃが友達になってくれるそうなのです」
「噂‥‥どこから、なぜそんな噂が」
「学校で聞いてきたのでしょう。‥‥それから、この近隣の孤児院から子供達がいなくなる事件がありましたから‥‥その子供達はおもちゃの国へ行ったのだと、こじつけて信じ込んでいるようです」
 きゅっと拳を握り、ヘレナは睫毛を震わせる。
 子供達がいなくなった事件のことはジェフも知っていた。この孤児院と懇意にしている院の子供達が、姿を消してしまったのだ。数は三人、深夜のうちにどこかへ行ってしまったという。窓の鍵が開いており、子供達が自分で出て行った可能性が高いと言われている。
「おもちゃの国‥‥か」
 子どもの頃はそういった国に憧れるのは誰もが経験のあることで、夢を見る気持ちもわからなくはない。おもちゃの国、お菓子の国、他にも様々な「国」を夢見る。だが、それがどこにあるのかはわからないし、そこに行くために夜中に抜け出すようなことはできなかった。
 なぜなら、夜は「おばけの国」だからだ。夜の闇に対する恐怖は、そこに見えない何かを作り上げる。
「自分から出て行くとは思えないが‥‥。誰かが連れ去ったか、それとも」
 ――自分から出て行こうと思わせる何かが、第三者によって与えられたか。
「‥‥嫌に現実味を帯びてきた、な」
 苦笑し、ジェフは持参した大きな箱の蓋を開ける。そこから覗くのは、沢山のおもちゃだ。
「話の続きみたいで申し訳ないが‥‥この院で使ってくれないか」
「これは‥‥沢山のおもちゃですのね。ジェフリート様、いつもありがとうございます。きっとイーノスも喜びます」
 ヘレナは手探りでそれを確認すると、ジェフに笑みを向けた。
「‥‥この修道院に、孤児院に‥‥あなたはお金だけではなく、こうして物資も寄付してくださる。そのために、沢山の仕事をこなしているとお聞きします。‥‥あまり無理はなさいませぬよう‥‥」
 彼女の笑みは祈りの表情に変わる。ジェフの無事を祈る顔、そして未だ帰らぬ存在を想う顔に。
 ジェフは無言で立ち上がると、ゆるりと歩いて扉を開けた。

 修道院をあとにしたジェフは、修道院と孤児院のある丘を、そして裏手にある森を遠目に眺めていた。
 先だって、あの森にキメラの襲撃があった時、ジェフはヘレナに辛い事実を告げた。――彼女の幼馴染みであるイーノス・ラムゼイの死を。
 信じないと言った彼女は今も変わらずジェフと接し、そしてイーノスの行方について訊ねてくる。イーノスのことばかり口にする。しかし自分には何も言うことができない。
「イーノス」が生きているはずがない。
 かといって、証拠を出してくれと言われても‥‥出せやしないのだが。
「‥‥おもちゃの国‥‥。‥‥幸福の楽園のようなものかな。そんなものは存在しないのに、未だ信じているのか」
 呟き、ジェフは丘と森に背を向けた。


「おもちゃ倉庫?」
 UPC本部で、ジェフはオペレーターから見せられた依頼に眉を寄せる。
「はい。倒産したおもちゃ会社の倉庫に、キメラが出現するという通報がありました。その会社は夜逃げ同然で主がいなくなったもので、倉庫の中には大量の不良在庫であるおもちゃが散乱しているそうです」
「‥‥おもちゃ‥‥」
「それから‥‥これは少し曖昧な情報なのですが、中から子供の声が聞こえるとか、大人の男性を見かけたとか、人間の存在を思わせる情報があります。しかも、昼夜問わず。夜間は明かりが灯っていることもあるそうです」
「‥‥え?」
「もっとも、倉庫に忍び込んで子供達が遊んでいるだとか、転売できそうなおもちゃを探している業者だとか、そんな可能性も否定できませんが‥‥どちらにしても、キメラが出る以上は放置できません」
「場所は?」
 そう言ったジェフの眼前に示された場所は、ヘレナから聞かされた孤児院のすぐ近くだった。
「――おもちゃの、くに」
 頬を引き攣らせ、ジェフは地図に見入る。ヘレナの話が関係していると思うのは、きっと間違いではないだろう。
「どうされますか? 良く行かれる地域のようですので、きっと行かれるだろうと思って最初にお見せしましたが。‥‥もっとも、どんな依頼も選り好みせず受けるあなたのことですから、受けるとは思っていますけれども」
「ああ、ああ、受けるとも。受けないはずがない。詳細を、教えてくれ」
 そう言って、ジェフはオペレーターを見据える。
 ――おもちゃの国で、誰かが自分を待っているような気がした。

●参加者一覧

シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
暁・N・リトヴァク(ga6931
24歳・♂・SN
瑞姫・イェーガー(ga9347
23歳・♀・AA
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
赤槻 空也(gc2336
18歳・♂・AA
刀足軽(gc4125
18歳・♂・CA
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN

●リプレイ本文


「おもちゃの国かぁ、なんだか楽しそうだなー」
 瑞姫・イェーガー(ga9347)はボールを軽く放って無邪気に笑う。
「お姉ちゃん、大人なのにおもちゃの国に行きたいの? 信じてるの?」
 ボールを受け取った少年は首を傾げた。
「ちっ、ちらうもん信じたりしてないもんっ」
 途端に瑞姫は顔を真っ赤にし、子供っぽく弁解する。
 ここは子供達が行方不明になっているという孤児院で、瑞姫は子供達と触れ合いながら情報を収集していた。
「おもちゃの国はね、まだ入口なんだよ」
 少年は瑞姫とのキャッチボールを続けながら言う。
「おもちゃの国から、お菓子の国に行けるんだって。それから、音楽の国とかアニメの国とか」
「色々あるの? 全部楽しそうだね」
「でもみんなが行けるわけじゃないんだ。選ばれた子供だけ、お迎えが来る。でも、それは絶対に他の人には話しちゃいけないんだよ。話すと、連れて行ってもらえなくなるんだ」
「お迎え‥‥? 話しちゃいけないのに、どうして君は知ってるの?」
 矛盾する内容に瑞姫は眉を寄せる。
「だって、僕‥‥先生に話しちゃったもん」

 キャッチボールをする少年と瑞姫を眺め見ながら、孤児院の教師は受話器を握りしめる。
「ええ、『お迎え』が来たと‥‥喜んで話していた子がいるんです」
『お迎え‥‥ですか』
 受話器の向こうから聞こえてくるのは夢姫(gb5094)の声。瑞姫が直接孤児院に出向き、夢姫は電話での調査という形を取っていた。複数で押し寄せて話を訊くよりは、子供達の警戒も少ないだろう。
「その子は行方不明になりませんでした。行方不明になった子の友達は、周囲で見慣れない人を見かけてはいないらしくて、謎ばかりなのです」
『おもちゃの国の噂はどこから? 子供の頃って、毎日が楽しかった。孤児院が酷いところならともかく‥‥夜に自分から出て行こうとするものなのでしょうか‥‥?』
「噂を流したのは、先程の『お迎え』のことを言っていた子供です。‥‥『お迎え』から聞かされたそうなんです」
『つまり、それ以上の情報は得られないということですね‥‥?』
「ええ‥‥」
『わかりました、ありがとうございます‥‥』
 かちゃりと受話器を置く音がして、通話は切れた。教師は溜息を漏らし、外にいる二人を見つめた。


 外から見るおもちゃ倉庫はとても静かで、本当にそこにキメラや人間達がいるようには思えない。
 遠巻きに双眼鏡で周辺の様子を窺ったが、キメラが見張っている様子もなければ、逃亡用となりそうな乗用車もない。
 瑞姫と夢姫による孤児院調査で得られたのは、「おもちゃの国」は入口で、他にも何らかの国があり、選ばれた子供の前に「お迎え」が現れるという情報だ。唯一の証言者である少年は「お迎え」の顔を覚えていないらしく、不明な点が残る。
「ボクが小さい頃はさぁ、営利目的じゃない誘拐とかあったけどさ。今は絶対、目的がある気がするんだよね」
 瑞姫は少年とのキャッチボールを思い出しながら言う。
「子供達‥‥無事っすかね‥‥」
 呟くのは赤槻 空也(gc2336)。
「もしかすっと、催眠喰らってるとかねッスか‥‥?」
「夜の闇の中、子供達が出て行ったとなれば、そこには怖くない何か‥‥子供達が信頼できる何かがあった?」
 空也の言葉に続くように黒瀬 レオ(gb9668)は思案する。失踪状況から、顔見知りの犯行も疑えるのだが。「お迎え」の顔を少年が覚えていないことから、催眠によって「顔見知り」だと思いこまされている可能性もあった。
「子供達、無事だといいな」
 暁・N・リトヴァク(ga6931)が呟く。全てが後手の行動であり、生きていることを祈ることと、キメラを倒すくらいしかできなさそうなのが、なんともやるせない。
「でも生きてるなら、全力で護るけどね」
「‥‥そうだな」
 暁に同意するのは、ジェフリート・レスター。
「あ。またお会いできましたね。今回もよろしくお願いしますっ。‥‥ヘレナさんはその後、お元気ですか?」
 ジェフに笑顔を向ける夢姫。ジェフは頷き、「元気にしているよ」と答えた。
「一緒の大人が子供を連れ去った張本人の可能性もあるのね」
「子供たちを早く救出しなくちゃ‥‥今回‥‥もし子供達を誘拐したりしたのがその男なら‥‥どうなるかわかってるよね‥‥」
 シャロン・エイヴァリー(ga1843)と刀足軽(gc4125)が男について思考する。ジェフがぴくりと反応した。
「‥‥ジェフリート、で良いのよね。何か考え事があるようだけど」
「‥‥もしかして、何か因縁とかあるんスか?」
 シャロンと空也がジェフに問う。
「いや‥‥、ただ」
 言いかけ、口ごもる。ジェフは何か迷っているようだ。その様子に、シャロンは何も聞き出せそうにないことを悟り、肩を竦めた。
「まあいいわ。この辺りの事情には詳しいのだし、よろしく頼むわね」
「‥‥すまない」
 苦笑するジェフに、シャロンは笑んで首を振る。それとは対照的に、空也は若干苛立った表情を浮かべていた。過去に囚われる者に対し苛立ちを感じる空也。ジェフの態度にそれを見ているのだ。
(‥‥一番ダメなのぁ俺の方‥‥なんかな)
 ぼんやりと思う。ジェフは気付いたのか、軽く空也の肩を叩いた。
「集中集中‥‥よし!」
 ティナ・アブソリュート(gc4189)は気持ちを落ち着かせ、これからのことに集中する。皆にもその緊張感は伝わっていく。
「皆、準備はいいわね?」
 シャロンが皆を見渡す。
「OK、じゃあ行きましょう!」
「では、行きますか!」
 そしてシャロンとティナが同時に言うと、皆は「おもちゃの国」への一歩を踏み出した。


 倉庫の中は窓から差し込む光で思いのほか明るかった。入口はあっけなく開き、それが却って警戒心を煽る。
「おもちゃは夜になると動き出すって歌があるけど‥‥ここのは、どうだろうね」
 レオは入口を入ってすぐの床に転がる消防自動車を押しのけ、中に足を踏み入れる。
「このおもちゃ‥‥使われてないなら孤児院に全部持って帰りたいんだけどなぁ」
 どのおもちゃも当然新品だ。こんなところに放置されているのはもったいないとレオは思う。
「あはは、おもちゃの国‥‥夢みたいだね」
 刀足軽はそう言って、市兎を軽く撫でた。
「市兎もお友達がたくさんいて喜んでるし‥‥子供達を早く捜さないとね」
 それにしても、大きなおもちゃが沢山あると何かの視線を感じるのは気のせいだろうか。
「イーノスって‥‥どんな容姿の方ですか? 依頼で各国を巡るから‥‥どこかで、見かけるかもしれないから。自分の目で確認するまでは‥‥生きているって信じたいヘレナさんの気持ち、わかるから」
 夢姫は俯きがちに言う。自分も父を捜しているから――よくわかる。
 それに、ここで目撃された大人はバグアで、キメラ生成や強化人間用に子供を捕まえているのではと考えていた。
 ジェフは少し考えこんでいたが、やがて懐からパスケースを出して夢姫に見せた。そこに入れられた写真には、シスター・ヘレナと男が一緒に写っていた。皆は夢姫の手元を覗き込んで写真を見る。
「それがイーノスだ」
 ダークブラウンの髪と、緑の瞳の優しげな男だ。夢姫は写真をジェフに返すと「覚えました」と頷いた。
「何もいない‥‥?」
 ティナが眉を寄せた。一階にはキメラがいる気配も人間がいる気配も、そして誰かに見られているような気配も、何もないのだ。
 動くおもちゃも、大きな――猫科のぬいぐるみも、ただのおもちゃだ。ぬいぐるみや段ボールなどに子供やキメラが入っている様子もなかった。
 ここで二班に分かれることとなった。入口横の階段へは、暁、夢姫、レオ、ティナ、そしてジェフが向かう。
 奥にある階段へは、シャロン、瑞姫、空也、刀足軽だ。この班は階段到達までにキメラの襲撃に遭う可能性が高いが――しかし、何も起こらずに到達してしまった。
 なぜ一階に何もいなかったのかはわからない。しかしそれによって上階で何かが待ち伏せているのは確実となる。
「気を引き締めて行かないと」
 誰かが呟いた。


 両班は同時に階段を上る。陽の光が差し込まない暗い階段は、思ったより長い。
 途中、大きな踊り場があり、奥の班がそこに差し掛かった時――影が揺れた。
 のたりと立ち上がり、背伸びをするのは虎型のキメラ五体。
「‥‥ここで待ってるなんてね」
 シャロンは眉を寄せる。階段途中での襲撃は想定外だった。しかし戦うしかない。ガラティーンを抜き去り、早々に決着をつけるべく強刃で勝負を仕掛ける。階段を駆け上り、段上から跳躍して襲い来る虎を盾で抑え、そのまま腹部を抉るように薙いで踊り場に叩き付ける。
「私を倒したかったら、三メートルの熊でも用意しなさいっ」
 振り乱す髪の隙間から次の襲撃が見えれば、同様にしてその虎を階段の段差に引き摺り倒す。
 残りの虎達もこの狭い階段を有効に利用して、上段から下段から翻弄するように攻撃をしかけてくる。
 跳躍し、体重を掛けて爪を向ける二頭の虎。瑞姫は間合いを保ち、その動きを読んで引きつけ、脳天へと舞姫を次々に叩き込んだ。
「‥‥ドラ猫がよ‥‥来いよオラァ! 片っ端からブッ潰すッ!」
 空也は瞬天速で虎の素早い動きに貼り付き、奇襲を仕掛ける。一旦退避して背後を取ろうとした虎だったが、一瞬早く刀足軽のスキュータムによって防がれてしまう。
「行くぜドラ猫ォ! 痛ェの喰らいやがれ! 赤鬼・崩合拳!」
 再度の奇襲、そして大きく隙を見せた虎の喉元へと、空也のアフェランドラが吸い込まれていった。

 もう一班も、ほぼ同時に戦闘に入っていた。こちらは豹型キメラが六体。
 まずは最も距離がある個体へと、レオがソニックブームをぶつけにかかる。まずはそれで一体、あっけなく墜ちた。残り四体が階段を駆け回りながら、皆の足元を狙う。
 しかし脚力には夢姫も自信がある。難しいフィールドながらも迅雷で追える隙を見つけて追い、豹の動きを封じ込んでいく。夢姫を妨害する個体には、暁の援護射撃が入る。
 この状況下でのP―38使用は厳しい。暁はS−01で敵を牽制しつつダメージを与えていく。ジェフもまた、豹達の跳躍を阻止するように剣を薙ぎ入れる。
 夢姫達に気を取られている豹達の死角に入り込んだティナは、機械剣「莫邪宝剣」にて後ろ脚の腱を次々に断ち、豹達の動きを封じ込む。そして一気に頭部を貫いて沈黙へと誘った。


 二階で合流した一同は、複雑な表情を浮かべていた。どこか気持ち悪さの残る、キメラの出現。
 なぜ一階で何もなかったのか。なぜ、ほぼ同時に階段で現れたのか。そのあたりに何者かの意図が見え隠れしているようだ。
 この階でも、皆は警戒を解かずに探索する。キメラはいなさそうだが、罠の可能性もまだ充分にある。
 ティナは棚の上を丹念に調べた。仮にまだキメラがいるとすれば、そこにいてもおかしくはない。
「‥‥静かすぎて、嫌だね」
 暁が呟く。銃は銃口を少し下に向けて構えたままだ。
 それ以上、誰も何も言わずに二階を調べ尽くしていく。
 そして何も発見できないまま、遭遇しないままに二階の探索を終えた。


「着ぐるみ‥‥」
 瑞姫が思わず呟く。
 三階で皆の目に飛び込んできたのは、三体の着ぐるみだった。
 壁にもたれて座るそれらは、ぴくりともしない。だが、中に人間がいるのは明らかで――その大きさから、子供だと思われる。
「見て皆! いっぱいぬいぐるみさんがいるよ!」
 刀足軽はどこから持ってきたのか、腕一杯にぬいぐるみを抱えて無邪気に笑む。
「でもね、着ぐるみは‥‥他にいなかったよ」
 最後に、その言葉を付け加えた。
「大人」らしき存在は見当たらない。ただぬいぐるみ達の中にある着ぐるみだけが、異様だった。
 その時、着ぐるみ達が立ち上がった。
 そして手に短刀を持って、突撃を仕掛けてきた。
「まさか――!」
 夢姫が息を呑む。どう見ても子供が入っている着ぐるみが、襲い掛かってくるのだ。
「任せて」
 刀足軽が一歩前に出る。
「実は市兎を使うの、これが初めてなの‥‥。市兎、ご飯の時間だよ」
 そう言って、兎のぬいぐるみの手、耳、口から出ている無数の刃を軽く薙いだ。
「何を‥‥っ!?」
 レオが目を見張る。しかし次の瞬間、着ぐるみ達が持っていた短刀は市兎の刃に絡め取られていた。
 動きを停止する着ぐるみ達。ティナが念のために迅雷で着ぐるみ達の傍まで移動すると、そっと着ぐるみの頭部を外していく。
「‥‥何でいつも、子供とかが犠牲になんだよ? フざけやがって‥‥ッ!」
 頭部を外された着ぐるみを見て、空也が激昂した。
 着ぐるみの中にいたのはやはり子供達で――皆、虚ろな表情で宙を見つめているのだ。明らかに何らかの催眠でも受けていると思われる。
「ブッ飛ばす。バグアやキメラだろうが、人だろうがよ‥‥ッ!」
 空也の強い憎悪と怒りは膨らんでいく。
「ねぇ、なんでこんなコトするの‥‥。利用する気だったら許さない‥‥」
 ここにいない「誰か」に向かって、瑞姫が呟く。
「‥‥私達はラスト・ホープの能力者、傭兵よ。救助に来たわ‥‥」
 その声が耳に届いているかはわからないが、シャロンは優しく囁いて子供達の着ぐるみを脱がしていく。
「どうやってここに来たの? 何をしていたの‥‥?」
 レオは子供達に問う。しかし返事はなかった。衰弱している様子がないことだけが救いだ。
「ジェフさん‥‥心当たり、あるんです?」
 それまで押し黙っていたジェフにレオは向き直る。
「‥‥イーノス」
 ジェフはただ一言、そう言った。そこにどんな意味が込められているのかは、誰にもわからない。しかし空也が再び激昂する。
「それって死んだってヤツだろ! ‥‥時間は! 戻らねェ! 代わりは有りはしねェ! ‥‥死んだヤツは‥‥生き返らねェ! ‥‥今を精一杯生きるしかねェんだ」
 空也は自分に言い聞かせるように言う。ジェフは頷き、「イーノスは死んだ」と呟いた。
「もう何も出てくる様子はないね‥‥」
 周囲を確認していた暁が言うと、刀足軽が子供達にそっと手を差し伸べた。
「おいで、怖くないよ‥‥? おじさんが『パパ』や『ママ』のところに連れて行ってあげるよ‥‥」
 パパやママ――孤児院で子供達を心配し、夜も眠れないであろう教師達。
 子供達はふらふらと吸い寄せられるようにその手を取り、そして意識を失った。刀足軽と、すぐ近くにいた暁とジェフが子供達を抱き上げる。
「これで、終わり‥‥?」
 夢姫が呟いた。この件はこれで終わりでも、まだ解けていない謎は多い。言い知れぬ予感が去来する。
 不可解な、そして嫌な感覚が未だ皆の内に燻っていた。子供達が無事だったことがせめてもの救いだろう。
「‥‥もう、勝手に出て行ったりしちゃだめですよ‥‥。『家』に、帰りましょう」
 眠る子供達に、ティナがよく言い聞かせるように言う。
 子供達の表情が、少しだけ緩んだような気がした。