タイトル:Ricochet【第一歩】マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/31 01:28

●オープニング本文



 ――またやってしまった。
 ユナ・カワサキはモニタの前で頭を抱え込んだ。
「失敗‥‥かぁ‥‥。保護対象者は保護したけど、能力者の到着が遅れたため負傷、能力者は四名が軽傷‥‥。そして、保護対象者の身内から苦情‥‥」
 何度も読み返す、依頼の報告書。
 どの角度から読んでも、報告書の内容が変わるわけではない。
「対象者の保護」という目的は達成したから本当は「失敗」とは言えないのだろうが、ユナにとっては失敗以外の何者でもなかった。
 なぜなら能力者達の現場到着が遅れたのは、自分のサポートが悪かったからなのだ。似たような地名の、別の場所の地図を渡してしまった。別の依頼のキメラ情報を教えてしまった。それから、それから――。
 数えればキリがない。それらは全て、依頼の報告書が上がってきてから明らかになったミスばかりだ。能力者達に情報を提供しているときには、間違っていることに気付かない。いつもあとから気付いて、依頼者や上司、能力者達から叱られるのだ。
「‥‥いつも気を付けているのに‥‥どうして間違えるんだろう、私‥‥」
 ユナはデスクに突っ伏し、ぐっと涙を堪える。幸いなことに、これまで大きな失敗を誘導するようなことはなかったが、きっとそれも時間の問題だろう。いつか自分のミスのせいで取り返しのつかない事態を引き起こすかもしれない。
 そう思うと、ユナは辛くてたまらなかった。
 ――先輩達はみんな、立派にお仕事してるのに。
 こんな役に立たない、足を引っ張ってばかりのオペレーターなんて、辞めた方がいいのかもしれない。
「‥‥でも私、辞めたくない」
 ユナは呟く。
 とても強い信念のもとで、能力者――スナイパーになった。家族の反対さえ押し切って、半ば家出同然で飛び出してきた。
 だが、スナイパーのくせに射撃の才能はこれっぽっちもなく――跳弾で味方を危険に曝したり、民間人の家屋や車を壊してしまったり。
 挙げ句の果てには迷子になって、依頼人が捜索してくれたり。
 極めつけが、キメラに襲われて自分が依頼人になってしまったり。
 赴く依頼全てで誰かに迷惑をかけて、能力者としての自信を完全に失っていた。当然、ナイトフォーゲルで戦ったこともない。乗ればなぜか誤作動させてしまう。ナイチンゲールに「なっちゃん」という愛称をつけて大切にしているのに、乗れないのでは「なっちゃん」が可哀想だ。
 それでも、何らかの形で人々の役に立ちたいとオペレーターになったのはいいが、結果は先の通りだ。今では、彼女に依頼を照会する能力者は激減してしまった。
「頑張らなきゃ。‥‥立派なオペレーターになるんだ。いつかスナイパーとしても一人前になるんだ。どれだけ失敗しても、諦めないんだから‥‥っ」
 自身に言い聞かせ、顔を上げる。その瞬間――。
 がしょーんっ。
 椅子のネジが外れて派手に転倒した。
「いったぁーい‥‥、今度は椅子だなんてっ」
 尻餅をついて唸るユナ。
 そう、備品を壊すことにかけては天才的だ。前はモニタが火を噴いて、その前は端末が暴走して、その前はプリンタがシュレッダーに変身して、その前はデスクが滑り台に。いつだったか、たらいが頭上から落ちてきたことだってあった。
 いくらシリアスに悩んでみたところで、最後にはどこかお約束的なトラブルが待ち受ける。
「ま、負けないんだから‥‥っ。いつか一人前になるんだから‥‥っ!」
 痛むお尻をさすりながら立ち上がる――と。
 すってーんっ。
 外れたネジに足を取られ、再び転倒した。


 休憩時間、ユナは「なっちゃん」のコクピットでお弁当を食べていた。ご飯粒を頬に数粒つけ、もっきゅもっきゅと大きなお握りを頬張る。手作りのおにぎりは、何故か正方形だ。
「一人前になるには、やっぱり場数を踏まないと駄目よね‥‥。オペレーターとしても、スナイパーとしても。‥‥そうだ、自分が受ける依頼を自分で‥‥!」
 ごっくん。最後の一口を飲み込んで頷く。
「‥‥う、ごほ、ごほっ!!」
 喉に詰まった。ずごごーっと慌ててミックスジュースを飲み干し、一息つく。
「く、苦しかった‥‥。‥‥確かシンプルなキメラ討伐依頼があったよね。それを自分で受けて、一緒に受けてくれる人達のサポートもして‥‥頑張ってみようっ。‥‥ごほっ」
 お弁当を片付けると、ユナはまだむせながらもコクピットから颯爽と飛び降りようとする。
 ――べちょ。
「いったぁーい‥‥」
 また尻餅をついた。今日三回目だ。いい加減、お尻が二つに割れそうな気がする。
「と、とにかくっ。なっちゃん、私頑張るからね! 頑張って、頑張って‥‥いつかなっちゃんと空飛びたいな。だから、それまで待っててね!」
 尻餅をついたままナイチンゲールを見上げ、ユナは笑った。


「さて、依頼は‥‥と」
 休憩後、本部で依頼を確認するユナ。
 その内容は以下の通りだ。


 街外れの廃病院に夜な夜な出現する、ナース服を着たカンガルー型キメラ数体を討伐。
 正確な数は不明。出現時間は決まって深夜二時から四時にかけて。
 巨大な注射器を抱えているだの、ストレッチャーで襲って来るだの、半ば都市伝説的な目撃情報多数。そのどれもが怪しいが、しかし完全否定はできない。
 カンガルー型キメラというだけあって、喧嘩が強い‥‥らしい。喧嘩というのも変な表現だが。なぜナース服を着ているのか、それは深く考えない方がいいだろう。多分。
 廃病院は地上五階、地下二階建てで、総合病院だったらしくあらゆる診療科の設備が整っていたという。今はその機材は持ち出されてほとんど残っていないが、人体模型といったいわゆる「お約束」は残っているとかいないとか。


「これなら、きっと! 一般人を巻き込むこともないし、壊して困るようなものはないし! ‥‥問題は‥‥こんな私と一緒に依頼に来てくれる人がいるかどうか、ってこと‥‥だよね。‥‥お願い、誰か‥‥私と一緒に来てください。迷惑かけないように、頑張りますから」
 ユナは祈りながら、同行者を募り始めた。
 迷惑かけないようにって言っても、きっと迷惑をかけてしまうだろうけれど――。
 でも、頑張りたいのだ。
 少しでも沢山の人々を救いたいから。
 少しでも、少しでも――。
 依頼内容をプリントアウトしたものを、ユナはぎゅっと握りしめる。
 器用なことに、くしゃっと潰れた紙の端で掌を切った。
「いったぁーい‥‥」
 えぎゅえぎゅ。
 ――前途多難、だ。

●参加者一覧

流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
狭霧 雷(ga6900
27歳・♂・BM
暁・N・リトヴァク(ga6931
24歳・♂・SN
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
今給黎 伽織(gb5215
32歳・♂・JG
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
香月・N(gc4775
18歳・♀・FC
安原 隼(gc4973
19歳・♂・HG

●リプレイ本文


「それではよろしくお願いしますね」
 狭霧 雷(ga6900)が同行者たちに笑顔を向ける。夜間と言うことでランタンやエマージェンシーキットの懐中電灯を持って来た者も多い。さらに黒瀬 レオ(gb9668)は赤外線搭載のナイトビジョンも装着している。
「皆さんの事前準備などは、とっても勉強になります‥‥!」
 ユナ・カワサキはメモを取る。
「きみの場合はさ、あんまり頑張らないほうがいいかもね。もっと力を抜いて‥‥。気負わない、慌てない。平常心で‥‥リラックスして。最初からパーフェクトを目指さないで。まずは75点くらいからでいいんじゃないかな?」
 ユナのメモを見て今給黎 伽織(gb5215)は笑む。
 頷き「75」と書くユナ。メモに落とした視線の先に、すっと手が差し出された。顔を上げると、そこにいたのは流 星之丞(ga1928)。
「初めましてユナさん、今回は宜しくお願いします。一緒に頑張りましょう。落ち着いていけば大丈夫ですよ」
 ユナの頑張ろうとしている姿を見ると、なんとなく放っておけない気になるのだ。ユナは手を握り返して頬を緩める。
(噂によると、天然どじっ子属性とのこと‥‥。ユナさん、貴方も重い十字架を背負っているんですね。僕で何か力になれたら)
 そして星之丞はクルシフィクスを背負い、黄色いマフラーを靡かせて病院の門へと向かう。その背を見つめ、ユナは「黄色いマフラー」とメモに付け足した。
 鍵の壊れた門を開け、一同は病院の敷地に足を踏み入れる。
「初めまして、イェーガーをやってます澄野・絣(gb3855)です。横笛を吹くのが趣味だったりします。機会があったら聞いてくださいね」
 ユナの隣に並び、絣が横笛の『千日紅』を見せる。
「千日紅‥‥素敵な名前ですね」
 千日紅の花言葉を知っていたユナは目を細めた。絣はユナの反応に嬉しくなる。
 ユナが両親の反対を押し切って傭兵となったことに、少しばかり親近感を抱いている絣。アドバイスするよりは、失敗しても必要以上に落ち込まないように仲良くなれればと思う。
 友人の存在は大切だ。自分も傭兵になったばかりの頃に親友ができたことが、大きなモチベーションとなっているからこそ。絣はユナと同じ歩調で歩き続けた。
「ナースでカンガルー‥‥カンガルーでナース? どっちにしても面白くはある、けど。――気を抜かず、仕事はこなさないとね」
 最初に玄関前に到着した暁・N・リトヴァク(ga6931)は、持参した飴を配っていく。
「緊張する時は口に何か入れると落ち着くからね」
 緊張するユナは受け取るので精一杯だ。その鼻に、ぺしっと絆創膏が貼られた。
「ふわっ!?」
「怪我しないように、おまじない。ね?」
 そう言って片目を閉じてみせるレオ。ユナは小さく頷いて飴を口に放り込んだ。
「はい、これ」
 暁は最後に香月・N(gc4775)に飴を渡す。香月はじっと暁を見た。
「ん? なに?」
「‥‥前にも、もらったわ。‥‥ありがとう」
 香月は以前の依頼での礼を言うと、ユナに向き直った。
「どじっ子はともかく、香月が貴方を凄いと思うこと。純粋に真っ直ぐに、救おうと、行動できる力。‥‥真似できない。尊い力よ」
「そうでしょうか‥‥」
「ええ。‥‥じゃあ、お互い頑張りましょう」
 香月は自分も新人だから一緒に習うような気持ちでいた。そして、効率の良い、死角のできにくい進路を病院の見取図の中から探す。もちろん安全に進むためだ。他意はない。多分。
「何事も勉強と経験、今回起きたことが今後の糧になれば万々歳、ってね♪ 気負わず、肩の力を抜いて頑張っておいでよ」
 ユナの頭をぽんぽんと叩いて安原 隼(gc4973)が人懐こい笑顔を浮かべる。
「俺も新人なりに頑張ってくるし‥‥Fight!!」
「はいっ」
 ユナには自分同様に経験の浅いという隼と香月が、とても大きく感じた。


 上階から探索をしていく一班は、星之丞、雷、絣、伽織、そしてユナ。
「そう言えば、ナイチンゲールに乗っているとか‥‥僕も未だに手放さないままで乗っているんですが、いい機体ですよね」
 最上階の病室を確認し終えた星之丞が、ユナに話を振る。
「はい、最初に手を繋いだパートナーだから大切で。ずっと乗り続けるつもりです」
 ユナは嬉しそうに声を漏らす。
「そっちはどう?」
 伽織は二班に連絡を取る。だが、返答は「異常なし」。探査の眼で急襲に備えてはいるものの、こちらもまだ何もない。
「次は産婦人科病棟‥‥」
 絣は階段の踊り場の壁に貼られた案内図を見る。最上階が終わり、階段を下っていた。
「雷さん、何をされてるんです?」
 ユナは最後尾で作業をする雷の手元を覗き込む。雷は探索を終えた部屋の入口や階段に細工をしていた。
「目や腰、足首の高さにガムテープで凧糸を張っておきます。これは、私達が移動している最中に、キメラが階や部屋を移動しているか否かをわかりやすくするためなんですよ。‥‥二班の現在地は地下二階でしたね」
「どうやら少し手間取っているらしい」
 雷は説明から引き続き、伽織に先程の通信の内容を確認する。
「進捗なども常に把握しあうんですね」
 ユナは目を輝かせた。
「ええ。‥‥私は、合流時も特に注意を払います」
「え?」
「合流時の誤射が一番怖いですから。この姿ですし」
 そう言って雷は覚醒し、白き竜人に変化を遂げる。
「そういうことにも気を付ける必要があるんですね!」
 ユナは「雷さんをキメラと間違えない」と怪しげなメモ。
「そのメモ、色々と間違ってる気が‥‥します」
 ――しかしこれもきっと、ユナさんの試練なのですね!
 星之丞はなぜか納得し、頑張りましょうとユナに笑いかけた。
 ほどなくして産婦人科病棟に到着した五人は、いきなりカンガルーと遭遇する。
「か、かんがるーっ!」
 焦るユナだが、それを絣が制する。
「よく見て」
 ――当院ではカンガルーケアを推奨しています。
 それはかなり色褪せた巨大なポスターで、カンガルーの親子が描かれていた。カンガルーケアは、産まれたばかりの赤子を母親の素肌で抱くというものだ。
 ユナは安心してポスターに背を向けた。と、再び目に飛び込んでくるカンガルー。
「こちらのカンガルーは、ナース服着てる絵なんですねー。注射器も大きい!」
「それ本物ですっ!」
 雷がすぐさま前に出れば、伽織、星之丞、絣も瞬時に反応する。
「ど、どうしましょうっ」
「失敗しないでおこうと色々焦ってしまうから余計に、というところもあると思いますよ。僕達も支援しますから思う存分やってみてください‥‥吹っ切るくらいのほうが、きっと上手くいきますよ」
 星之丞が言うと、ユナはペイント弾を用意した。これは伽織からの提案であり、誤射しても被害の少ないもので援護をするのだ。
 敵は新生児室に隠れ込み、棚などの障害物を盾に逃げ回り始めた。
「ここからは狙えないと思ったら大間違いよ」
 絣は右腰に吊した矢筒から矢を取り出し、跳弾でカンガルーを狙う。その矢を回避して露わになった腹部に、伽織が放つ銃弾が吸い込まれていく。しかしカンガルーはその注射器で攻撃に転じてきた。
「仲間に手出しはさせませんよ」
 雷が獣の皮膚で防御を上げ、その攻撃の盾となる。
「わ、私も‥‥っ!」
 ユナも銃を構えた――が。
「はわっ!? 哺乳瓶がっ!?」
 踏み出した足が、転がっている哺乳瓶を踏みつけた。
 すぽーんと飛び跳ねる哺乳瓶は天井に当たって砕け、仲間の頭上に降り注ぐ。ユナは真後ろに転倒しかけた。
「ユナさん、危ないっ!」
 星之丞が瞬天速で駆け寄ってユナを抱き留める。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう、ござ‥‥ぁぁー」
 ユナは言いかけ、今の隙に敵が姿を消してしまったことに気付き、思わず座り込む。
「まだ近くにいるはずだ、追うぞ」
 伽織がユナの首根っこを掴んで引き摺り上げた。


 地下から探索する二班は、暁、レオ、香月、隼。
 地下二階は物置や書庫などもあり、かなり散らかっている。先頭を隠密潜行で進む暁は物音を立てないようにしていたが、足の踏み場もないような場所ではさすがに難しかった。
「この部屋にも何もなし‥‥と」
 ハンドサインを交え、後続の仲間に知らせる。
「上はもうすぐ産婦人科病棟だって」
 レオが無線で得た情報を周知すると、一同は霊安室に滑り込んだ。
「それにしても、廃病院って雰囲気があるよね‥‥特に、霊安室とか‥‥」
 最後尾の隼が呟く。自分もまだ新人のため、少しでも何かを学ぼうとしていた。だが、さすがに霊安室は落ち着かない。
「ええ。手術室も大概だけど、霊安室‥‥」
 呼応する香月。後方を振り返るのは、あくまでも警戒のためだ。
 霊安室は広い。そのせいか、ベッドの上に横たわる死体が今にも動き出しそうだ。
「‥‥って、死体?」
 全員が、眉を寄せる。
 ごろーん、と。
 横たわっているのは、死体‥‥じゃなくて。
「カンガルー!?」
 その声に反応し、カンガルーが起きた。レオがすぐさまソニックブームを放とうとしたが、しかし。
「早っ!!」
 ぴょいーんと跳躍したカンガルーの動きは、そりゃーもう素早かった。
「‥‥逃げたわ」
 香月が冷静に分析。
「キメラと遭遇!」
 隼が一班へと通信を入れる。だが返ってきた声は――。
『哺乳瓶がっ!?』
「‥‥一体、何が?」
 隼は呆然と無線機を握りしめる。
「カンガルー、足速すぎっ」
 暁が半ば感心する。全速で駆けても追いつかない。
「‥‥男子なのか女子なのか。そこが」
 問題だ、言いかけてレオは口を噤む。しかしばっちり香月が反応。
「‥‥一般に男性がそういう格好をすると、変態と認定されるから」
 その呟きが聞こえたのか、カンガルーは突然足を止めてナース服を脱いだ。露わになったお腹には袋があり、そこには子カンガルー。
「あ、女子だったんだね、ごめん」
 レオが思わず頭を下げると、カンガルーは納得したように頷いて再び猛ダッシュ。
「子カンガルーもいるっ!」
 隼が再び通信を送れば、今度は――。
『ユナが迷子に‥‥っ』
「迷子になったらしいよ‥‥」
 隼は苦笑した。


 カンガルーを追う両班は、一階の受付ホールで合流した。
 一班の面々は疲れ果てていた。
「ごめんなさい、もう迷子になりませんから」
 半べそをかくユナは迷子防止のために絣の袖を軽く摘み、なぜか背中にペイント弾による世界地図が貼り付いている伽織が鋭い眼差しで監視していた。一体何があったというのか。
 雷と星之丞は受付台の奥にいるカンガルーを見据えている。
 二班の面々もまた、肩で激しく息をしていた。
 カンガルー親子(?)との壮絶な追いかけっこの末、屋上まで行って戻ってきた後なのだ。問題の親子も受付台の向こうにいる。
 突如として、カンガルー達が受付台を飛び越えて襲いかかってきた。
 レオが今度こそソニックブーム、暁が援護射撃を続けざまに繰り出していく。親達(?)を盾にしてかわした子がすり抜け、派手に長椅子をぶん投げてくる。それを雷が盾となり受け止め、脇を抜けるのは絣の矢尻。降り注ぐ雨に、子は一瞬動きを止める。その隙に伽織の銃弾が足を穿ち、機動力を奪う。
 親達(?)はレオと暁の攻撃で早くも沈黙していた。子はまだ椅子を投げてくる。
 香月はそれをかわしながら前掲気味で加速し、隼も彼女を援護するべく桜姫による射撃を繰り返す。隼の矢と共に駆け抜けた香月は体を捻って子へと斧を薙ぎ入れた。
 退く香月と入れ替わるように加速して滑り込むのは星之丞。奥歯を噛み鳴らし、渾身の重い一撃を叩き込む。
「‥‥さあユナさん、今です!」
 星之丞が言うと、ユナは頷いて銃を構えた。ペイント弾を使い果たし、今度は実弾だ。失敗は許されない。
 ユナは思い出す。絣が跳弾を利用していたことを。
「そうか‥‥!」
 ユナは狙いを定める。柱に向かって。あそこに当てれば多分、銃弾は敵に飛んでいく‥‥はず。
 そして、引き金を引いた。
 銃が唸る音に重なるのは全員の声。
「狙う場所が違う――!」
 そして銃弾は――散々皆を弄んで床にめり込んだ。


「ごめんなさい‥‥っ」
 ユナはひたすら謝っていた。
 ユナが意図して跳弾を狙うのは難しい。そのことに気付かず、やってしまったユナ。受付ホールで休憩する皆はぐったりと項垂れていた。
「みんな、お疲れ様。まずは‥‥被害状況の確認をしておいたほうがいい?」
 レオは皆を見渡す。‥‥確認する必要もないくらいの状態ではあるが。
「そうそう完璧な人間なんていないんですから、あまり気を病まなくても良いと思いますが‥‥そうですね‥‥まずは原因を見極めてみましょう。失敗した時、なぜ失敗してしまったか。そこをはっきりさせて、次に活かすのがいいかと」
 雷の言葉を、ユナは神妙な面持ちで聞いていた。
「でも、とっても頑張りましたね、ユナさん」
 絣は笑いかける。ユナが仕留め損ねた子カンガルーを代わりに仕留めたのは絣だ。
「絣さん‥‥ありがとうございます」
 ユナは深く深く頭を下げた。頼れる友がいることの心強さを感じながら。
「75点でいいとは言ったけど‥‥まだ30点かな。これからも頑張れるかな?」
「はい、もちろんですっ」
 伽織の採点は厳しいが、それがユナのやる気に火を点ける。
「スナイパーにも色んな人がいるけど、基本は皆の支援だと思うし、開いた隙間を狙うように埋めていけばいいんじゃないから?」
 暁のアドバイスに、ユナは今回の内容を反芻する。皆、誰かの隙間をサポートし、連携し、自然な流れで戦闘が進んでいた。
「‥‥何事も、経験。経験しなければ、その経験のいろはは得られないもの。ユナさんは、その最中、‥‥いえ、何でもない。属性なのよね。ただ‥‥お互い様。跳弾だって上等よ」
 香月が床にめり込んだ銃弾を指で撫でて言う。ユナは「何事も経験」とメモを取る。
「お疲れ様‥‥ユナさん、今回の依頼は如何だった? 見本になる人とか、いたかな?」
「はい、皆さんが見本ですっ!」
 隼に言われ、ユナは強く頷いてみせた。そして皆に「ありがとうございました!」と頭を下げる。
「今回のことがユナさんの次に繋がると良いね‥‥大変だろうけど、頑張ってよ♪」
 ユナの頭をぽんぽんと撫で、隼は笑った。
「先輩の戦闘は参考になったみたいだね?」
 ユナの鼻の絆創膏をぺりっと剥がすのはレオ。
「僕にはユナさんの苦労はわからないかもしれないけど‥‥少しずつでいいから、ゆっくり歩いていこうよ。今日みたいにさ、ユナさんの手を取ってくれる人はいるはずだから」
 その言葉に、ユナは皆の顔と自分の手を見る。そして、病院に入る前に差し出された星之丞の手を。
「沢山の手が、支えてくださったんですね」
 そう言って星之丞の顔を見れば、彼は笑って頷き返す。
「ええ。きっと、これからも‥‥ですよ」
「はいっ!」
 そしてユナは、この依頼最後のメモを取った。

『友達、仲間、みんなの手。これが私の、第一歩』