タイトル:くまちゃん3号マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/10 22:12

●オープニング本文


「ふうーん」
 某国のすみっこ、そりゃーもうゴージャスなお屋敷の、ゴージャスな自室で考え込むのは、ゴージャスな金髪を縦ロールした十歳くらいのお嬢様、エカテリーナ・ダニエル。
 その手には、能力者達の活躍を書いた新聞が握られていた。
「キメラっていうのを退治したり、悪い宇宙人と戦っているんですのね。この世界は大ピンチなのですわ!」
 お嬢様は、やたらと神妙な面持ちで頷く。
「外の世界は‥‥恐ろしいですわ。そのうちにわたくしも狙われるに違いないですわ。だって、わたくしは世界で一番高貴で、美しい姫なのですもの」
 そう言って窓の外を見る。最近、外の世界に興味を持ったお嬢様は、新聞を欠かさず読んでいた。難しい言葉だらけでよくわからないが、バグアやキメラ、そして能力者のことなどは漠然と把握した。
 外の世界――そう、このお嬢様、両親が少し歳を取ってから産まれた子供で、溢れるくらいの愛情を受けて育っていた。過保護な両親はお嬢様がひとりで外出することを禁じ、それがお嬢様の勘違いに拍車をかけている。高飛車なのはもちろんだが、自分はどの国のお姫様よりも美しく、誰よりも高貴なのだと信じ込んでいるのだ。
 まあ、確かに両親は資産家だ。だからこそゴージャスな生活ができるのだが、決して貴族というわけではない。しかし彼女は自分は貴族の中の貴族、お嬢様の中のお嬢様、世界中のお姫様よりも高貴な血筋、そして世界は自分のためにあると思い込んでいた。
「な、ないと‥‥ふぉーげるっていうロボットで戦っているそうですけれど、ちっさいちっさーい、ですわ!」
 お嬢様は隣の椅子に腰掛けているこぐまのぬいぐるみを抱き締め、喚き散らす。
「まだ宇宙人との戦いは続いているんですのね。もう何年戦っているのかしら? わたくしだったら、あっという間に撃退できますわ。そうだ、わたくしが見本を見せて差し上げましょう」
 きらーん。お嬢様の目が輝いた。今は両親とも仕事で一ヶ月ほど不在している。色々とチャンスだ。まあ、要は退屈しているだけなのだが。
 ちりーん。手元のベルを鳴らす。
 そして飛んできたのは老齢の日本人執事。
「ひつじ! よくお聞きなさい!」
「しつじです。覚えたての日本語を使ってみたい気持ちはわかりますが、私は羊ではありません」
 お嬢様に簡単な日本語を教えた執事は、白髭を微かに揺らす。しかしお嬢様は華麗にスルー。
「いいこと、ひつじ! お父様と取引のある会社に頼んで、技師を集めなさい!」
「はあ?」
「いいから、すぐに! わかったらまずは連絡を取りなさーい!」
「か、かしこまりました、お嬢様」
 執事は「またお嬢様のわがままが始まった」と呟きながら、各方面に連絡を取り始める。
「うふふ‥‥うふふ‥‥楽しみね、くまちゃん」
 お嬢様はぎゅっとぬいぐるみを抱き締めた。



 だだっだーん♪
 だだっだーん♪
 だっだっだーん♪
 謎の効果音(実際は見えないところでお嬢様お付きの楽団が演奏しているのだが)と同時に、地下からせり上がって(実際はただ単に地下室から運んでいるだけなのだが)くる、巨大な影。
 身の丈四メートルはあろうか。その体には剛毛が生え、眼光鋭く、右腕は何かを――世界、だろうか――掴み取ろうと正面に突き出されている。それは威圧感を放ち、ゆったりと座り込んだ。
 その右肩にちょこんと座るのは、お嬢様。恍惚の表情を浮かべ、そして高らかに笑う。
「おーほほほほほほほほほほほ‥‥ほ、ほ、げほっげほっ!」
 慣れない高笑いにむせ返るが、使用人達は畏怖の表情でそれを迎え入れた。実際は必死になって笑いを噛み殺しているのは言うまでもない。
 ――あの巨大な熊のぬいぐるみ、何?
 ――アレ動いてるわよ。どうなってるの。でも座ったままお尻で移動?
 ――技師を集めてたって言うけど‥‥あれはロボット?
 ひそひそこそこそ。使用人達が囁き合う。
 そう、お嬢様が乗っているのは巨大な熊のぬいぐるみ。もっふもふの毛とつぶらな瞳、ぽてーんと前に出ている右腕。そしてちょこーんとお座りした格好だ。
「さあ、行きますわよ、くまちゃん3号! 宇宙人を恐怖のぞんどこに叩き落としておやり!」
「どんぞこ、です。お嬢様」
「うるさい、ひつじ!」
 ――宇宙人と戦うって‥‥どうやって。
 ――ところで、なんで3号? 1号と2号はどこよ?
「そこ、うるさいですわ!」
 ちゅどーん!
「えええええええっ!?」
 使用人達絶句。
 くまちゃん3号の手から後ろの柱目掛けて砲弾が放たれたのだ。もっとも、その威力はとても小さいが。驚く使用人達を一瞥し、お嬢様は再び高笑い。
「おーほほほほほはぶっ!」
 舌を噛んだ。
「はぅー。‥‥くまちゃん3号、ひつじ! まずはキメラを捜しに行きますわよ‥‥!」
 そしてお嬢様は、くまちゃん3号と執事を引き連れて共に屋敷を出て行ってしまった。
 ――時速三キロの速度で。



「キメラ! キメラはどこかしら!? ひつじ、探しなさい!」
 お嬢様は後ろを歩いて付いてくる執事に命令する。執事は「しつじです」と呟きながら、双眼鏡を用意した。
「見つからないと思いますが‥‥て、おや‥‥あれは?」
 執事は眉を寄せた。彼方にある農園がおかしいのだ。今の時期は作物の葉で緑の絨毯が敷き詰められたようになっているはずなのに、なぜか茶色い。
 双眼鏡の倍率を上げ、茶色の正体を確認する。
「‥‥えー」
 それを見た途端に執事は目眩を覚え、双眼鏡から目を離した。
「ひつじ、一体何を見たのです?」
 お嬢様は執事から双眼鏡を引ったくって覗き込んだ。
「まあ‥‥まあまあまあ! 間抜けな顔をしたお人形さん達が沢山!」
「‥‥あれは‥‥『ハニワ』という、日本古来のものでして‥‥」
 そう、農園を埋め尽くしていた茶色は、ハニワ達だった。円らで瞑らない瞳、ぽかんと開け放たれた口、硬そうなボディ。どこからどう見ても、ハニワだ。しかももぞもぞと動いている。
 その数、無数――。
「なぜそのようなものが農園に? しかもあんなに沢山!」
「わかりません‥‥。ただ、恐らく‥‥キメラではないかと」
「キメラ!」
 お嬢様は目を輝かせた。
「行きますわよ、くまちゃん3号! あのハニワ達をやっつけに!」
「なりません、お嬢様。いくら見てくれが間抜けでも、キメラ相手に勝てるはずがありません。能力者達に頼むしかないのです!」
「いいえ! くまちゃん3号は無敵なのですわ! ろけっとぱんちやくまちゃんびーむだって出るんですのよ! もし能力者達が邪魔しに来たら、ハニワもろとも吹き飛ばすんだから!」
 執事が止めてもお嬢様は聞く耳持たず。くまちゃん3号をのたのたと農園に向けて進ませる。
「待っていなさい、ハワニ!」
「ハニワです、お嬢様」
 大興奮するお嬢様に相変わらずのツッコミを入れ、執事はこっそりと携帯電話を取り出した。
 もちろん、能力者達に助けを求めるために――。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
ジェイ・ガーランド(ga9899
24歳・♂・JG
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
香月・N(gc4775
18歳・♀・FC

●リプレイ本文

 だんだだーん♪
 だんだだーん♪

 長閑な田園‥‥埴輪風景に響き渡る、オーケストラ。
 巨大熊は埴輪畑の少し手前にいる。楽団は一体どこだろう。
 熊に向かって駆ける潮彩 ろまん(ga3425)は、大きな熊――くまちゃん3号が埴輪畑に向かっていると聞いて、楽しみにしていた。振り返り、アグレアーブル(ga0095)に手を振る。
「わぁ、アグさん、見て見て、おっきくて可愛いクマさんがいるよっ!」
「えぇ、くまね」
 こくりと頷くアグレアーブル。その視線は熊に吸い寄せられていく。
 ――くま。
 もふもふ。円らな瞳。
「良いくま、だわ」
 頬に手を当て、溜息を漏らす。
「くまちゃん3号‥‥見かけは可愛いのです‥‥けど、動き方が‥‥少し‥‥不思議‥‥ですね」
 熊の動きをじっくり観察する御鑑 藍(gc1485)。お尻で動く熊。きゅるきゅると聞こえるのは、キャタピラだろうか。
「‥‥でも、どこかで1号に出会った気がします‥‥」
 呟く藍に、黒瀬 レオ(gb9668)も同意の首肯。いや、気のせいだから。
 その時、熊がこっちを向いた。頭上にはエカテリーナ・ダニエル――お嬢様。後ろには執事がいる。お嬢様は縦ロールを振り乱して叫んだ。
「あなた達は一体何なんですの!」
「‥‥エカテリーナ、ちゃん?」
「そうですわ、わんこさん」
 パーカーの犬耳と尻尾装備のレオに名を呼ばれ、思わず頷くお嬢様。レオは熊によじ登ると、小さな頭を優しく撫でた。
「ふふ。なんでだろうね、前にも会った気がするよ」
 それだけ言うと、レオは熊から飛び降りた。
「くまちゃんが埴輪の土で汚れたら可哀想だから、そこで観戦しててね」
「これはこっちの台詞ですわ!」
 喚き散らすお嬢様、どうやら大人しくしているつもりはなさそうだ。
「何考えてんだか‥‥」
 まぁでも、微笑ましいもんだ――ドッグ・ラブラード(gb2486)は目を細め、熊とお嬢様を見る。
「あなた! どうしてわたくしを睨むんですの!」
「別に睨んでるわけじゃ‥‥」
 しかし覚醒中のドッグは悪人顔。睨んでいるようにしか見えない。お嬢様も負けじと睨み返す。
「‥‥つかぬことをお聞きしますが、この農園は過去に何かの墳墓か何かだったので御座いましょうか」
 ジェイ・ガーランド(ga9899)が執事に問う。埴輪といえば墳墓だ。だが執事は苦笑しつつ首を振った。
「しかし‥‥よくよく、埴輪のキメラと縁があるようなないような」
 前のアレは別物としても。当の埴輪はこちらに気付いていない。
「‥‥ところで適当に名前を呼んだら、何匹か反応するでしょうか。ああ、でも丸をつけてはなりませぬが」
「‥‥丸?」
 苦笑するジェイに、妻の紅 アリカ(ga8708)が反応した。
「‥‥まるはに? ‥‥どこかの大手デパートみたいね」
 そういうことにしておこう。
「そのデパートはどこにあるんですの?」
 お嬢様が目を輝かせてアリカに問う。
「‥‥知らないわ」
「まあ! どうして教えてくれませんの!」
 お嬢様がアリカに食ってかかる。その時、周囲に陶器の音が鳴り響いた。埴輪だ。ようやくこちらに気付いたらしい。
「香月の一生のうちに埴輪畑でくまと羊と人が楽しく過ごす光景を見るなんて、思っていなかったわ‥‥埴輪畑も初めて見るけれど」
 香月・N(gc4775)が呟く。
 そりゃそうだ。埴輪畑がそこらにあったら、それはそれで困る。
「ところで‥‥羊はどこなのかしら‥‥」
 香月の素朴な疑問に、執事がむせ返った。

「覚悟なさい、ハワニ! あなた達も邪魔するなら許しませんわ!」
 びしっ。お嬢様が熊の頭上でポーズを決める――が。
「わぁ、でっかいクマ、可愛い可愛い‥‥じゃれて邪魔して来るみたいだけど、そこも可愛い! 可愛い!」
 もふもふと熊の感触を堪能するろまん。
「一緒に悪い埴輪怪獣をやっつけるんだ!」
 にぱっ。ろまんの笑顔が炸裂する。その笑顔にお嬢様が困惑していると、ひょいっと隣に現れたのはアグレアーブル。
「あなた、いつの間に!」
 更に困惑するお嬢様。しかしアグレアーブルは熊に夢中。
 ――見た目通りのふわふわ。もふもふ。
 そして今度はお嬢様をチェック。
 ――我が侭なだけの子供は嫌いだけど‥‥人形みたいに可愛い子。服の趣味も、くまとの組み合わせも悪くない。
 だから、守ってあげる。
 ひつじ? 楽団? 興味ないわ――。
 ハッ、と鼻で笑いたいところだが俺様思考は押し留め、ここは柔らかい笑顔を作るに限る。
「姫。貴女が出るまでもありません。ここは私達騎士が」
 アグレアーブルはコサージュをお嬢様の髪に飾り、ぽみっと撫でてから飛び降りた。そしてろまん、ドッグ、香月と共に熊の周囲を固める。お嬢様は「姫」が気に入ったのか、「騎士様達、お気を付けて」とノリノリだ。
 ごどん、かちゃん。全ての埴輪が一歩前進。
「‥‥マドリードでの死闘に比べたら、この程度大した事はないわ。さっさと終わらせましょう‥‥」
 アリカはデヴァステイターで狙撃開始。がっしょんがっしょんと派手な音を立てて埴輪が崩れていく。
「見渡す限りの埴輪、埴輪、埴輪‥‥で御座いますね。ともあれ、埴輪の七面鳥撃ちと参りますか」
 ジェイは二丁のS−01を構えた。
「今日ばかりは、一発必中一撃必殺などとは申す訳にも参りませんね。‥‥百発百中、全てが一撃必殺だ」
 そしてひたすらアリカの後方から二丁拳銃で撃ちまくる。
「円筒。馬、力士、武人、魚。貴人、衣笠、犬‥‥家型」
 埴輪が割れる度に、その形を諳んずるジェイ。
「あの方は‥‥ハワニに詳しいんですの?」
 お嬢様の問いに、香月が頷いた。
「香月も‥‥埴輪って、島で群生したり、観光遊覧船の目玉だったり、巣作りをしたり餌を取りにいったり、木で出来ていたり陶器だったりするって聞いたの。紳士さんに」
 もちろんジェイの嘘なのだが、香月は鵜呑みにしている。しかもお嬢様まで。
「そんなことまでご存じとは、あの方はハワニ博士なのですわね」
 この瞬間、本人の知らないところで、埴輪博士ジェイ・ガーランドが誕生。
 レオは紅炎を構えて埴輪に一声。
「さーかかってこーい! ‥‥って、かかって、こない?」
 ゆっくり動いている埴輪は、待てど暮らせどかかってこない。それならば。
「藍さん、ちょっと手貸して?」
「はい?」
 疾風で埴輪畑を駆け回っていた藍は、少し不思議そうに近付いくる。至近距離まで来ると、レオはおもむろに藍の両腕をがしっと掴んで豪力発現。
「は?」
「よーし、いってこーい!」
 ぶるーんっ!! ジャイアントスイング!
 藍は驚きつつも、脚爪と脚甲で埴輪を蹴りつけまくる。そして――。
「たーまやー!」
 ひゅおんっ。
 藍を放り投げた!
「えっ‥‥か、か〜ぎや〜」
 飛ばされた藍は、埴輪の中に着地。そのまま身体を回転させ、埴輪を一箇所に集めるように上に蹴り飛ばす。
 そしてレオがソニックブームで埴輪のど真ん中へ道を拓いて、十字撃発動。
「よーし、派手に吹っ飛べ!」
 続けざまに放たれる衝撃波で吹っ飛んだ埴輪は粉々だ。
「数だけでどうにかできると!」
 ドッグは迫る埴輪を片っ端から円閃でぶった切る。次々に壊れていく埴輪に、お嬢様は目を見張る。
「香月‥‥そっちお願い」
 アグレアーブルは香月に言うと、埴輪を次々に踏み潰していく。
「――土に還りなさい」
 刹那の爪を取り付けたメトロニウム製ブーツは、そりゃーもう凶悪だ。
 その光景が楽しそうだったのか、お嬢様がそわそわし始めた。
「やっぱりわたくしも!」
 ぺちぺち、うぃーん。
 熊の尻尾がぐるぐると回り出した。一体何が起こるのか――戦慄が走る、前に。
「ねぇねぇ、この子なんて名前なの? 可愛いね、いいなぁ、ボクも欲しいなぁ」
 ぽふぽふなでなで。ろまんが熊によじ登って頭を撫でる。
「く、くまちゃん3号、ですわ」
「くまちゃん3号だね! 戦いが終わったら思う存分撫でてあげるね」
 もふもふと熊の感触を楽しむろまん。その時、皆の攻撃を抜けてきた「猛者」が熊によじ登ろうとする。
「クマちゃんと遊んでるのに、邪魔するなーっ!」
 猛者めがけて飛び降りたろまんの月詠が薙ぎ払われた。
「さて‥‥埴輪。片っ端から割ればいいのよね」
 香月は斧を握り、自分を軸にして回りまくる。円周上にいた埴輪が、次々に壊されていく。ちょっと快感だ。
「止まれないわ」
 遠心力がつきすぎた。しかし放っておけばそのうちに止まれるだろう。とりあえず斧がすっぽ抜けないことを祈って――。
 すっぽーーんっ!
「あ‥‥」
 すっぽ抜けた! 斧の行方は――熊の真横。
「あわわわ」
 突然のことにびびりまくるお嬢様。香月は「ごめんなさいね」と涼しい顔で斧を回収すると、再び埴輪の中心で回り始めた。

 もう何時間戦っているのか。埴輪の数は九割がた減った。
 銃で各個撃破していたアリカも、今は羅刹と黒刀の二刀流で接近戦を繰り広げていた。そりゃもう派手に、触れる埴輪全てを薙ぎ払っていく。
「それはそうと、ふと気になったのですが。陶器や木彫りの埴輪が、どうやって動いているので御座いましょうか」
 ジェイが呟く。慣性制御がこんなところで使われていたりしたら、技術の無駄にも程があるが――まあ、そこは永遠の謎だ。
「‥‥少し、出る」
 守りの態勢が安定すると、アグレアーブルは前に出た。そしてやっぱり埴輪を存分に蹴散らし‥‥というか、踏み散らす。
 パリン。ガシャーン。
 ちょっといい音を立てて埴輪が割れる。破壊活動が楽しくなってきた。その時、香月がぽつりと漏らした。
「‥‥合体してビーム、出せる、かしら」
 それは単なる好奇心だ。
「ピンチになった埴輪が、沢山集まって組み体操で巨大化して来るかも、注意しておくね」
 香月に頷くのはろまん。
 そして、それに反応したのは――。

 がたごとがたごと。
 よじよじがたごと。

「おいおい、マジかよ」
「合体でしょうか」
 ドッグとジェイが頬を引き攣らせた。
 そう、埴輪達は合体を始めていたのだ。ただ単に、残る全ての埴輪が上に積み重なっていくだけなのだが。下の方はちょっと潰れている気がする。
「くま対巨大埴輪‥‥くまの大活躍‥‥アリ、ね」
 アグレアーブルが頷く。
「姫、出番よ。力を貸して」
 言いながらちらりとろまんを見る。彼女は鍋の蓋を構えていた。埴輪ビームに備えているのか。
「やらせないもん‥‥後でアグさんと一緒に、思う存分もふもふさせて貰うんだから」
「‥‥ろまん、それは鍋のふ‥‥いいわ」
 気にしないことにして、アグレアーブルはお嬢様の後ろに寄り添う。
「出番ですのね?」
 お嬢様は目を輝かせる。香月も寄り添い、頷いた。
「ご命令は、おあり?」
「もちろん、巨大埴輪の撃破ですわ!」
 お嬢様が嬉々として叫んだ瞬間、巨大埴輪が完成した。
「‥‥大きければいいと言うわけじゃないわよね。‥‥丁度いいわ。新しいスキルの力、貴方で試させてもらうわね」
 最初に前に出たのはアリカ。
 両断剣・絶から剣劇へ繋げての凄まじい攻撃は、土台部分を派手に薙ぎ払っていく。それを援護するように撃ち抜くのはやはりジェイ。
 やがて斜めに傾いたところに向けて、藍が迅雷の助走で跳躍、回転ドロップキックを上方に当てて吹っ飛ばす。そのまま巨大埴輪の脚元(?)に回り込み、地に手を着いて脚爪と甲で埴輪をレオのほうへと飛ばした。レオは紅炎をバットにして待つ。
「ピッチャー第一球、蹴りました」
「バッターボックスには黒瀬レオっ! いきます、豪力ホームラン!」
 かっきーんっ!
 よし、ホームラン!
 ‥‥にはならず、埴輪は刀に当たった途端に割れていく。
 しかし埴輪とてやられっぱなしではない。どうやったのか、一体がお嬢様へと向かって飛び出した。
 ドッグが反応する。迅雷で熊の体を駆け上がり、盾を構えて防御の姿勢を取った。
「伏せてな!」
 叫び、エアスマッシュでカウンターを決める。砕けた埴輪はそのまま落下し、ろまんの鍋の蓋の上にパラパラと落ちた。
「これで終わりにしますわ!」
 もぞもぞと上体を起こしたお嬢様、ぺちぺちと熊を叩く。
「くまちゃんあたーっく!」
 そして鼻から飛び出す小さなミサイル。もちろん埴輪にはノーダメージ――と思いきや、残りの埴輪全てが吹っ飛んだ!
 ――ただ単に、アグレアーブルが熊に合わせて銃撃や急所突き、香月が迅雷と刹那を駆使するなどして、お嬢様から死角になる位置で動いただけのことだが。
「これが、くまの力」
 きゅぴーん、アグレアーブルの瞳が光る。
「埴輪共は荒ぶるくまに戦きなさい」
 その言葉と共に、巨大埴輪との戦いは幕を閉じた。

「もふもふね」
「うん。もふもふっ」
 アグレアーブルとろまんが熊の感触を堪能していると、ドッグが慌てて頭上のお嬢様に駆け寄った。
「お怪我はありませんか!?」
「大丈夫ですわ、ありがとう。あなた、本当は素敵なお方でしたのね」
 お嬢様はうっとりとドッグを見つめる。どうやら覚醒中と後のギャップが新鮮なようだ。
「キメラとかはね、能力者の特殊な力がないと倒せないんだって。無茶しちゃダメだよ?」
 レオがお嬢様に笑いかける。
「でも、最後はくまちゃんが‥‥いえ、そうですわね、あなた方が演出してくださったんですわ」
 お嬢様、気付いていた。少し申し訳なさそうに笑うと、ドッグと一緒に熊から降りる。それを待ち受けていたのは、アリカ。
「‥‥見ての通り、私達は遊びで戦ってるんじゃないのよ。‥‥それに、貴女の好奇心が時に危険を招くということを、よく覚えておきなさい」
 少しだけ厳しく説教だ。お嬢様は素直に受け取り、「ごめんなさい」と謝った。
「今度、まるはにデパートのこと、教えてくださいませね」
 にこりと笑うお嬢様に、アリカは一瞬言葉に詰まる。だが、凄く爽やかな表情をしているのは破壊活動が楽しかったからなのか、それとも。
「なんにせよ、終わってよかったわ」
「そうですね‥‥まだ陽も高いですし」
 香月と藍が空を見上げる。今は十五時くらいだろうか。その時、ドッグがハッと気付き、ごそごそと何やら取り出した。
「安物ですが」
 そう言って差し出したのは紅茶。結果はどうあれ、皆のためにキメラと戦うのだと頑張ってくれたのだ。ご褒美というには、物足りないかもしれないが。
「今日は、助かりました。いや、本当に」
 守る人の中に、優しさを持った人がいるというのは戦う励みになる。ドッグは熊に頬ずりしながら、笑みを浮かべた。
「素敵な紅茶をありがとうですわ! そうだ、これからお茶にしましょう。わたくしのお屋敷で疲れを癒していってくださいませ」
 皆は頷き、お嬢様達と共にお屋敷へと向かおうとした――瞬間。
 気付いてしまった。
「‥‥埴輪の残骸、片付けないといけませんでしょうか」
 皆の胸の内を代弁するジェイ。
 そう、埴輪畑は埴輪を掃討したあとも残骸によって「埴輪畑」のままなのだ。
 アフタヌーンティーは、もう少しあとになりそうだった。