タイトル:黒いカムフラージュマスター:六道響

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/26 15:42

●オープニング本文


「カラスが共食い?」
 ある日の昼下がり。そこは、街外れのゴミ処理場。
 辺り一面には顔を背けたくなるような臭気が満ちているが、縁石に腰掛けた二人の男は、特に気にするでもなく仕事の合間の休憩時間を過ごしていた。
「ええ。集積所の一角に群れが居付いてるんですけど、どうやらその中の一羽が他のカラスを襲ってるようなんです」
 缶コーヒーを片手に若い方の男が苦い顔をする。汚物塗れのゴミ捨て場とはいえ、無残に解体された死骸はあまり記憶に残したくない光景だった。
「自分の職場ながら、こんなに餌が豊富な場所で共食いするとは考えられないがなぁ」
 ははっ、と自嘲しながら中年の男は煙草に火を付ける。
「‥‥その襲ってる方の奴はキメラかもしれませんね」
「ふむ、だとすると厄介な話だな」
 中年の男が紫煙を吹いて呟いた。
 知られているようにカラスは知能の高い鳥だ。仲間意識も高く、攻撃されると集団で復讐にまでやってくる。
 そのカラスを一方的に食い荒らすとは、擬態能力はもちろん本能的な狩猟能力も相当に高いという事になる。
「今のところ、人的な被害は特に出ていませんが、どちらにしろ放置は出来ません」
「うーむ。擬態してこそこそと襲っているような奴なら、UPCに依頼すれば恐れる相手でもないと思うが‥‥」
 立ち上る煙草の煙を視線で追う。
 気掛かりなのは、キメラの強さそのものより周囲の状況の方だった。
「周囲のカラスを刺激しないように駆除しないと、面倒な事になりそうですよね」
 現場はカラスにとって絶好の餌場だ。数十という群れの中で一羽だけがカラスそのものに擬態しているとなると、排除は容易ではない。ゴミの山という場所柄も、戦闘行為に及ぶには邪魔になるだろう。
「ああ。今は繁殖期だからな。奴らも自分のガキを守るのに気を荒立ててやがる」
 見上げれば、今も忙しなく空を飛び交う黒い影。響く鳴き声は相変わらずけたたましかったが、不思議と耳障りには感じなかった。
「それに‥‥害鳥なんぞと呼ばれて嫌われてるが、あれも俺たちと同じ地球の仲間だ」
 短くなった煙草を揉み消しながら、中年の男はもう一度皮肉めいた表情を浮かべる。
「美談を語る訳じゃねぇが‥‥図らずとも、俺たちはこんな時代にこんな場所で共存してるんだ。出来る事なら守ってやりてぇよな」

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
エスター・ウルフスタン(gc3050
18歳・♀・HD
セラ・ヘイムダル(gc6766
17歳・♀・HA
ミルヒ(gc7084
17歳・♀・HD
エレナ・ミッシェル(gc7490
12歳・♀・JG

●リプレイ本文

●ターゲットを捕捉せよ
 汚物の山を覆う黒い群れ。そこに光る無数の小さな瞳はすべて、己が縄張りへの侵入者に向けられていた。
 数十というカラスが鳴き声の一つも立てず、ただ静かにじっとこちらに視線を向けている様はただただ不気味な光景だ。それほどまでに、彼らは神経を最大限に尖らせていた。
「キーメラーはどーれかなー♪」
 鼻歌を口ずさみながら、エレナ・ミッシェル(gc7490)は双眼鏡を覗き込んで様子を窺う。しかし、微動だにせず静観しているだけのカラスたちの中からでは、擬態したキメラを発見する事はできない。
「むー、やっぱり見た目じゃ分かんないかぁ‥‥」
「相手に動く気がないのでは、このまま睨み合っていても埒が明かないな」
「仕方ありませんね‥‥。注意しながら、少し近付いてみましょう」
 漸 王零(ga2930)の言葉に、セラ・ヘイムダル(gc6766)が銃を手に一歩前へと出る。
「まずは、キメラを割り出して群れから引き剥がすのが先だよ〜。カラスが興奮しても慎重にね〜」
「よーし、了解だよっ」
 セラが進むのを見て、ドクター・ウェスト(ga0241)とエレナがそれぞれ武器を構えてそれに続く。
「聞いてた以上に神経質になってるみたいだし、キメラを誘き出せるまでは穏便に頼むわよ? ゴミなんか引っ掛けられたら堪ったもんじゃないんだから‥‥」
 立ち込める悪臭に顔を歪めながら、エスター・ウルフスタン(gc3050)がさらにその後を追う。
 だが、そんなエスターの思いも届かず、群れへと近寄った瞬間にカラスたちは一斉にけたたましい鳴き声を上げながら騒ぎ始めてしまった。
「ちょ、あ、もー! うちらはあんたらの敵じゃないってのに‥‥!」
 バサバサと羽音を立てて瞬く間に空と視界を遮っていく黒い影。巻き上がる塵と一層際立つ酷い臭気に顔を背けたくなるが、そうも言っていられない。
「むっ」
 動きがあったと見るや、UNKNOWN(ga4276)は気配を消して瞬時に距離を取る。何羽かのカラスが彼に追いすがろうとするが、着ぐるみとは思えない流麗な動きでそれをひらりひらりと躱していく。
「ん、私は敵じゃないですよ‥‥」
 一方、こちらは仕事だからと割り切っているのか、ミルヒ(gc7084)はアクアアンブレラを開いて飛び交うカラスの視界を遮りながら、ゆっくりと群れの中心に向かって歩いていく。
 周囲を警戒しながら、彼女の後ろに付いていく王零とセラ。と、王零が背後の様子に慌てて声を上げた。
「まずい! ドクター! 汝の本体が危ない!」
「ん〜? ‥‥って、うわっ! こら、私にばかり群がるな〜!」
 王零の叫びも虚しく、覚醒状態で輝く瞳と相まって一際の光を放つドクターの眼鏡にカラスたちが興味を示し殺到しようとしていた。
「みぎゃ!?」
「くっ、こっちだ!」
 UNKNOWNが目敏く反応してカメラを構える横で、すかさず王零がポケットからコインを取り出して投げつける。コインが地面に落ちて金属音が響かせると、何羽かのカラスの意識はそちらに向かい、一斉に群がっていく。
「よし、少しは邪魔を散らしたか」
「ふぅ、危なかった〜」
「王零さん注意して! 攻撃、来るよ!」
 少し離れた所に位置していたエレナが上空を指す。見ると、一羽のカラス──キメラが王零に向けて爪をかざして飛び掛ろうとしていた。
「クェエエエッ!」
「ちっ! この程度なら‥‥ッ!」
 瞬間的に軸足で踏ん張りながら身体を捻って、王零はキメラの攻撃を回避した。
 ギリギリではあったが、カラスを退けて視界が開けていたためにキメラの攻撃を見切る事が出来た。
「よーし、隙かどうかわかんないけど隙有り!」
 降下から着地状態に移行したキメラに対し、すかさずエレナが銃口を向ける。しかし、その引き金を引くより先に射線をカラスたちに塞がれてしまう。
「あぅ‥‥やっぱり隙じゃなかった」
「──いえ、十分な隙になりましたよ」
 先を歩いていたセラが、別の角度からキメラに向けてペイント弾を撃ち込む。セラが放ったそれは、まるで追尾性能でも有しているかのような正確性をもって、距離を置こうと慌てて飛び立ったキメラの身体に見事ヒットした。
「お見事です」
 未だ上空を飛び回るカラスたちから傘で身を隠しながら、ミルヒが一旦戻ってくる。
 ここまでで、第一段階は完了だ。
「よし。後はこの群れから奴を引き剥がすだけだな」
「でも、これだけ入り乱れちゃうと、キメラだけを引っ張るのは難しいよね‥‥」
 近距離で飛び交うカラスから少し距離を取りながら、エレナが困り顔を浮かべた。
 敵の視認は出来るようになったものの、雑多とした中から一羽だけの注意を引くのはやや無理がある。
「一旦、引いてみようか〜? キメラはともかく、カラスは無理に遠くまで追っては来ないだろうしね〜」
 ドクターの提案に一行は頷き合い、一斉に来た道を戻り始める。すると、狙い通りカラスたちは一定の距離を取った時点で威嚇行動を止めて元居た位置に戻っていく。
 キメラもまた、数度の威嚇程度の攻撃を仕掛けてきただけで深追いはして来ず、素直に群れの動きに従ってゴミの山の中へと引き下がっていった。
「むー‥‥キメラだけ付いて来てくれたら手間が省けたのに。そう上手くはいかないわね」
「ずっと隠れて生きてきただけあって、さすがにその辺りはしっかりしてますね」
 十分に離れた地点まで引くと、黒い鳥の群れは再び汚物の山に停まって警戒状態に移っていた。キメラも本能的な判断からか、遠目から狙撃するには嫌らしい位置に陣取ってこちらをジッと凝視している。
「ま、この状態からならカラスだけを散らすのも難しくないけどね〜」
 その様子を見て、ドクターが閃光手榴弾を取り出してピンを抜いた。そのまま時間を計りながら、他のメンバーに目配せする。
「ちょっと群れより遠めの所に投げるから、キメラに届くかは分からないよ〜。フォローをよろしく頼むね〜」
「‥‥なるほど。カラスだけ追い払って、その隙に釣り出そうという訳ですね」
「よーし、今度こそ当てるよっ!」
 二丁の銃に弾を込めて、エレナはキメラの方へとその狙いを定める。
「では、敵の注意を引いた後の誘導役は引き受けよう」
「私はキメラを誘き出したら、子守唄でカラスたちの足止めに回りますね♪」
 王零とセラも続いて行動の準備をする。
「さて、そろそろだね〜。──それじゃ閃光、行くよ〜!」
 合図と共にドクターの手を離れた手榴弾は群れのやや手前に落ちる。と、間もなく強烈な光と聴覚を貫くほどの音を炸裂させた。
 驚いたカラスたちが、一斉に閃光の発生地点から離れるように飛び跳ねていく。何羽かは感覚を完全に失ってゴミの中で引っくり返ったりしている。
「けっひゃっひゃっ! 炙り出し成功だね〜!」
 周りがパニック状態となる中、キメラだけが飛び上がってその場で小さく旋回を始める。閃光の効果こそ届いていなかったが、群れの騒ぎに感化されて瞬間的に錯乱状態へと陥っていた。
「そこだぁっ!」
「ギャアッ!」
 反応速度の落ちたキメラを、狙い澄ましたエレナの放った銃弾が確実に襲う。
 衝撃で跳ね飛ばされたキメラは、何度かゴミの山にぶつかりながらも体勢を立て直すと、すぐに反撃を試みてエレナに狙いを定めて飛び上がった。
「釣れたか。よし、このまま引き離すぞ!」
 王零の合図で、全員がその場から移動を開始する。周囲のカラスたちが纏まりを失った上、エレナの攻撃で攻勢に意識の傾いたキメラは、その思惑通り群れから離れてこちらを追尾してきた。
「それでは皆さん、キメラの方はお願いしますね♪」
 カラスの群れへと向かうセラと別れ、六人は追いすがるキメラを連れ立ってその場を離れた。

●鎧を失った脅威
 まんまと誘き出されて擬態効果を失ったキメラは、もはや恐れるに足る存在ではなかった。
 カラスたちの手の及ばない場所までやって来ると、傭兵たちは間髪を入れずに反撃に出る。
「当たれぇっ!」
 相手に防御の意識を与える前に、エレナが振り向き様の攻撃を素早く仕掛けてキメラの動きを逸らす。
「もう一発、痛いの行くよ〜!」
 と、それにドクターがエネルギーガンで的確な追い討ちを入れていく。
(よし、良いアングルだ。‥‥後はシャッターチャンスだけだな)
 UNKNOWNに至っては、大勢決したと呼んだのか既に完全に観察モードに入っているようで、離れた所でしっかりと腰を据えてカメラを構えていた。
「グゲゲゲッ!」
 さすがに危機を察したのか、キメラは咄嗟に上空へと逃れようとする。だが、その行動が成就することは無かった。
「逃がさん!」
「グギャ‥‥ッ!」
 王零が超機械から放った黒色のエネルギー弾がキメラを捉え、その躯体を地上へと叩き落とす。
 その先。落下点で待ち受けるのは、機械剣を振りかざすミルヒの姿。身に纏うアスタロトは、流し込まれた練力によりその頭部と腕を青白く発光し、バチバチと放電させている。
「‥‥そこです!」
 振り抜いたレーザーの剣先はキメラの翼の付け根を鮮やかに切り裂き、どす黒い血飛沫を空に散らせる。
「さあ、これでフィニッシュだよ〜。派手にやっちゃおうか〜」
「ったく、手間掛けさせて‥‥」
 最後にキメラに相対したのは、胸に浮かぶ竜の紋章を赤く輝かせたエスターだった。その脚甲も、ドクターの練成支援も受けて淡い輝きを放っている。
「READY FOR DETONATION‥‥」
 狙いをただ一点に定め、エスターは軸足を大きく踏み込む。相手は手負いの状態だ。後は、確実に決めて仕留めるだけ。
「GRAM!」
 思い切り振り抜かれた脚甲は、瞬間的に燃え上がるような鮮やかな紅色に光りを放ち、鋭い衝撃波を繰り出した。衝撃波は、周囲の汚物を抉り飛ばしながらキメラに向かい、その躯体を見事に両断する。
「ギャ‥‥ァァ‥‥ァッ」
 鳴き声にもならない断末魔の叫びを上げて、黒い擬態者は絶命した。

●ゴミ山から帰還して
「あー、終わったぁ。さっさと帰ってシャワー浴びたいなぁ」
「‥‥私も、早くシャワー浴びたい」
 ゴミの山から戻ってきて、エスターとエレナは開口一番に服の汚れを気にして顔を歪めていた。
 損害らしい損害こそなかったが、悪臭と飛び散った汚物で彼女たちにとってはそこそこの精神的ダメージを被っていた。もっとも、半分は最後の一撃による派手なゴミの撒き散らしが原因でもあったが。
「‥‥すみません、仕事場をちょっと荒してしまいましたね」
「いいさ、気にするな。元々汚い場所だ。大して変わらねぇ」
 申し訳なさそうにするセラに対し、作業員は笑ってみせた。
「それより、あいつらを殺さずに済ませてくれて有難うな」
 少し照れ臭そうにしてゴミ山の方を見遣る。
 カラスたちはセラの子守唄によって眠らせたため、キメラを退治した後は平穏無事に終わらせる事が出来たのだった。
「いえいえ、皆さんの笑顔を見るためなら当然のことです。これでもう大丈夫ですよ♪」
「ったく、俺たちの勝手なワガママで無茶な依頼になっちまったってのに、大したもんだよ」
 セラの笑顔に気を良くしたのか、作業員はガハハと豪快に笑う。
「それにしても‥‥我々能力者も、コイツと同じように人類の群れに混じった異分子だね〜‥‥。違いは『敵ではない』という事だね〜」
 回収したキメラの死体をまじまじと観察しながら、ドクターは溜息を漏らしていた。確かに、能力者もまた人間に人類している異物と見れば、今回の一件はなかなかに皮肉めいているとも言える。
(ほんの僅かな差だけで立場を違える存在、か。皮肉なものだが、これもまた能力者の運命という訳か‥‥)
 まとめた報告書とフィルムを握り締めて、UNKNOWNは暮れなずむ茜色の空に向けてゆっくりと紫煙を吹かす。
 見上げれば、夕空にはカラスたちの鳴き声が今も遠く木霊していた。