●リプレイ本文
●下見
「完遂には下見が欠かせないからな」
無意識のものだろう、低い声音の後に小さく息を吐いてホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は視線を自分の手許に落とした。右手につけられた腕時計は12時過ぎを指しているが、日付は12月30日‥‥依頼の本番となる丁度一日前である。また、左手には地図を持っており、先程依頼主である花火製造会社の者に例年通っているルートを蛍光ペンで書いてもらっている。
ホアキンが口にした通り、襲撃を受ける可能性は低くとも念を入れておくに越したことはない。まして職人たちが、過剰なまでに不安がっているなら尚のことだ。そう判断した六人は、彼らを安心させるという意味合いも含めて、前日同時刻の下見を開始したのだった。
「雄大で美しい花火ならば、我らが警護に就くに値しよう」
と言って今回の依頼に加わったシリウス・ガーランド(
ga5113)が本番と同様、輸送車とは別車輌の運転手を担う。落ち着いた物腰ときっちりと身につけられたスーツから滲む雰囲気にそぐわず、助手席のホアキンと適切なやり取りを行ないながら安定した運転を続けている。一方で、
「この辺りは民家が少ないので襲撃も有り得ますね‥‥」
「なら、休憩はここだとどう?」
「でも万が一襲撃がある場合、人通りの多いところのほうが厄介ですよ」
と、後部座席に乗る大曽根櫻(
ga0005)、緋室 神音(
ga3576)、如月(
ga4636)の三人は休憩するポイントについて議論を重ねている。ひと気が多いところは襲われる可能性は低いが起こった場合に扱いにくく、逆にひと気が少ないところは襲われる可能性は高くなるものの自分たち以外の存在を見つけやすく対応も楽になる。似たり寄ったり、と言ったところだが今回、火薬を運ぶというのが最大の問題だった。下手をすれば大爆発で甚大な被害を起こしかねない。また、犯行予告をされた訳でもなく、ゼロにかなり近い襲撃の可能性のため想定される襲撃手段を挙げるときりがなかった。出来るなら万能の手段を取りたいというのが正直なところだが、やはりそれは不可能だ。低い可能性を切り捨てて万全の準備を取るか、少々穴があっても臨機応変に振る舞えるようにするか。今回の依頼に限らず、護衛や戦闘では常に選択しなければならないことだ。
「んー‥‥特にやばそうな事件はなかったけどね」
出発間際までかかって、会社にあったパソコンでひと月分の新聞記事にざっと目を通していた諫早 清見(
ga4915)は軽く伸びをしかけたが、さすがにそれでは手狭なため、首を回すに留めた。彼は念の為にと、この最寄りで起きた最近の事件で今回関わりそうなものを調べていたのだ。だが危惧しなければならないものはなく、比較的治安のいい地域だと分かったことが収穫と言えば収穫か。
「悪いですね、任せてしまって」
「いや、俺が言い出したことだしっ」
隣に座る如月に声をかけられ、ぶんぶんと首を振りながら清見が苦笑した。また、彼は下見を終えて戻った後は職人たちの行動予定も聞き、リストアップしておくつもりだ。実際に同じルートを走行して分かったことや安全な休憩ポイントとおおよその到着時間の提示に合わせ、護衛についても考慮する部分が出てくれば打ち合わせしておきたい。
後ろから聞こえる四人の声を意識せずに拾いつつも、信号や道路工事、幅員減少などをチェックしていたホアキンは一瞬だけ厳しい表情を浮かべたのち、それを振り払うように小さく首を振った。今は目的を達成することだけ。それだけを意識しようと思いながら。
該当施設に到着すると先乗りしていた社員たちと合流し、案内がてらに出入り口や非常口、施設周辺の状況なども確認しておく。死角となり得る場所を指摘しては話し合ったり、避難ルートとその場合の護衛について時折確認する六人の真剣さを見て、社員たちはある種の憧れに似た感情とともに、安堵と期待に胸を躍らせ始めていたが当の六人はまだ気付いていなかった。
●輸送護衛
そして翌日。六人の細部まで行き届いた考慮もあり、物の貸与を快く了承しただけでなく社員たち自身もまた非常に好意的な様子で準備に取り組んでいた。
「あれだけ意見を取り入れてくれると、かえって心配になるけどね」
と言って、神音がほのかな苦笑を浮かべる。火薬を取り扱う作業だけに、少し離れた場所で箱詰めを行なっている彼らの手伝いは出来ないが、会社の所有するバイクを入念に手入れしておく。あまり使われていないようだが、走る分には問題あるまい。
「でもやっぱり協力的なほうがいいですよ。仕事が大変なことには変わりありませんけど、こちらもやる気が違ってきますし」
寛ぐときには寛ぐという持論通り、緊張した様子もなく言って軽く身体を動かしているのは如月だ。彼も神音と同様、輸送時はバイクでの哨戒を担う。先行するだけに走りながら常に周りを警戒しなければならず、素人が想像する以上に神経を削る役割だが、やはりその口調は何処か飄々としている。
「それにしても大きいですね、これ。ちゃんと乗れるか心配になってきましたよ」
困ったように呟いて、如月は社員たちのほうへ視線を向けた。その中に一人、傭兵顔負けにやたらと体格の良い男がいる。その男が貸すことを申し出たのが如月の乗るバイクで、そしてそれは当然のごとく大仰な代物で。今回のメンバーでは群を抜いて背の高いシリウスなら、相当様になりそうなものではあるのだが。
「いや、むしろバイクのほうが負けそうな気も‥‥」
スーツとコートで隠れているとはいえ、その肉体ががっちりと鍛え上げられているのは疑いようもない。正直なところ、彼と件の社員を比較するのは少々酷と言うものだ。何というか、種類が違う。
「私はまだしも、櫻は乗るのが難しそうね」
と神音に話を振られた櫻は、
「そうですね‥‥。乗れたとしても、どのみち私は運転出来ないのですが」
そう言って苦笑を浮かべた。そしてそのまま年齢談義に話が及び始めたところで、輸送車の近くで社員たちに一言二言話しかけつつ様子を見守っていた清見が声をあげた。
「準備、出来たみたいだよー」
彼の言葉に、護衛を兼ねて待機していた五人の気も引き締まる。
「上手くいくと良いですね‥‥」
「ええ、頑張りましょう」
言って櫻と神音は頷き合うと、役割を果たす為に自分たちの仕事を始めた。
まずは神音と如月が手振りで一足先に行くことを示して走り出す。それから少しして清見と櫻が同乗する輸送車が出発し。シリウスとホアキンが乗る護衛車もその後を追ってゆっくりと走り始める。
「明るいうちに動けるのは幸いか。夜間では些か骨が折れる」
信号で足止めされると、改めてシリウスがぽつりと感想を漏らしたが、同乗する人物の声は無い。一瞥すると、彼はようやく気付いたように低く呟いた。
「‥‥すまない、聞いてはいたんだが」
「何を考えている?」
「‥‥いや、もしも花火を狙う者がいるなら相当無粋だと思って、ね」
懐から取り出した煙草の箱を持て余したように触りながらホアキンが呟く。もっともそれは無意識的なものだろう、視線は絶え間なくミラーや窓ガラス越しに周囲を見やっている。また時折は入念に、双眼鏡を使って輸送車の周りを窺っていた。
互いに落ち着いているだけに言葉は少ない。シリウスもその意味を問わず、信号が変わり動き出した輸送車に合わせてアクセルを踏んだ。
●厳重警備
予定通りのポイントと想定内の時刻に休憩を取り、何かしらの襲撃に遭うこともなく16時過ぎ、目的地に到着した。過剰だった社員たちの不安も緩和されつつある。輸送中、それとは少し違う緊張の類を取り除くことを心がけていたのは清見で、花火の取り扱いについて注意点を訊くことから始まり、彼らの仕事内容に関する質問をして気を紛らわせていた。普段当たり前に行ない、そして誇りもある仕事だ、気を落ち着けるにはもってこいで。また、
「俺が初めて歌の仕事をしたのが花火と一緒に、って企画だったんですよ。だからこれを護れる仕事を出来るのがすっごく嬉しくって。あ、あとカウントダウンの仕事もやった、そのときは着ぐるみの中だったんですけど」
と、彼には特別な思い入れもある。傭兵として依頼を受けつつも清見は音楽など、芸能活動で自分の立ち位置を持つのも大きな目標だ。
「いつかは俺も、カウントダウンでマイクを持つ仕事が出来たら‥‥」
「兄ちゃんも頑張ってるんだなあ。テレビで見れる日を楽しみにしておくよ」
「そのときはまた、ここの皆さんとご一緒したいですね!」
「はは、なら俺たちも驚いて声も出ないようなもんを作っておかないとなあ」
にこにこと明るく無邪気に言う清見を、二回りほど年齢の違う社員が自分の子供のように可愛がる。頭を少々乱暴に掻き乱される清見も楽しげに笑っていた。
そうした和やかな雰囲気を挟むと今度は避難経路の確認をしたのち、警備にあたる。施設周辺を神音とシリウスが見回り、出入り口を如月と櫻が警備し。更に清見とホアキンが室内の警備にあたっていた。
いよいよ詰めの作業だ、さすがに清見も仕事の邪魔は出来ないと静かに周囲を警戒していたが、思い出があるためか時折作業しているほうに目を向けては首を振って気を引き締めている。そんな同い年の姿に、自然とホアキンの表情も柔らかくなる。とは言っても同様に警戒は怠らず、たまに入ってくる人物に気付くとその腕に必ず目を通した。シリウスの提案で、社員たちは赤色の腕章を目印代わりにつけているのだ。作業着だけでは判断がつかない可能性もあるが、色の違う部分があると一瞬で判断出来る。それも両腕につけているため、歩いていても死角になりにくい。
刻一刻と時計の針が動く。2007年最後の日も終わりに向かいつつあった。
●そして花火が上がる
ぎりぎりまで作業を見届けた後は、いよいよ社員たちの仕事もラストスパートだ。とは言っても、装置を用いる電気点火のため残された作業は少ない。そのセッティング中の警護も終わり、六人の仕事も一足早く完了だ。もっとも、
「本当にぎりぎりになってしまったけど」
と神音がぽつりと呟いた通り、何時の間にかもう59分を回り始めている。どうやら年明けはこの場所で迎えることになりそうだ。と。
「俺らの仕事に付き合っていただいて、本当にありがとうございました!」
「どうぞ楽しんでいってくださいね」
手の空いた社員数人が頭を下げ、六人に礼を言う。その表情は自分たちの仕事が実を結ぶという喜びに溢れ。六人の誰かが口を開くよりも早く、声が聞こえた。装置の前に座る社員たちのカウントダウン。それが零になるよりも早く、花火が打ち上がっていく。発火してから空に浮かび、華やかな輝きを放つまでのタイムラグを考慮してのことだ。
時計の針がすべて重なるのに少しだけ遅れて、複数の色が舞い上がる。そして息を飲んでいるうちにぱらぱらと光を無くして消えていった。儚く、だがとても美しい。
「‥‥たった今から新年、か」
小さくホアキンが呟いたが、頭上に目を奪われる仲間が気付くことはなかった。
「ここからは一つずつ間隔を空けて上がります。今のうちに屋上へ向かってください!」
そしてまた「ありがとう」と笑顔で言う彼らに見送られて、六人もその仕事の結晶を見るために直ぐ傍のビルへ向かった。
歩きながらビルとビルの隙間から時折覗く花火を見上げ、シリウスが呟く。
「ふむ。やはり花火玉が球形のものは違うな」
「そうなんですか? 自分には見慣れた花火にしか見えないんですけど‥‥」
その言葉に反応したのは如月だった。首を傾げる彼にシリウスは言葉を続ける。
彼曰く。日本などアジアの打ち上げ花火は円状に広がるものが主流で、花火玉自体も球形をしているが、ヨーロッパを含めた他の地域では円筒形の花火玉が主流だ。
「そのため空で広がる花火も平面状になり、球形の物に比べて色は鮮やかだが些か劣って見える‥‥と言うのが我の感想だ」
また、日本では夏の風物詩というイメージが強いものの、それだけ集中的に打ち上げられるために意匠を凝らしたものが多い。文字や絵柄を描くなど、技術が芸術に変わりつつある時期でもある。
「なるほど。確かに日本のものは凝ってるものが多いですよね」
それこそ各国で花火が作られているが、花火と言えば日本の感が強い。無論見る機会が多いこともあるが、そうした方向性も一つの要因なのだろう。
「そう言えば‥‥故国の新年行事にも花火を使うが、午前0時ジャストに打ち上がった試しがないな」
と、話題の流れからホアキンが記憶を辿りつつ呟き、思い起こすとわずかに唇の端を上げた。
「だから俺はいつも、そろそろ新年になったか、なんて思いながら迎えていた」
昔は彼にとってそれが当たり前だったと言うのに、今は何処か懐かしくすらある。そんなことに内心驚きながらも変わらず歩を進めた。ビルの中に入ると、エレベーターで一気に屋上へ向かう。その頃には約五分が経過していたが、音は続いており未だ留まるところを知らない。新年を記念する花火ということもあって、各社が競うように打ち上げているのだろう。
屋上には少々簡素だがテーブルや椅子などが用意されていた。
「見事な花火だな。特等席と言うに充分な見応えだ」
「今年も良い年になりますように‥‥」
シリウスが感嘆し、神音がそっと祈りを込めて呟く。
(「本当にキレイな花火だ。天国で見てるのかな、あいつらも‥‥」)
と、空を見上げていた如月がふと遠い場所に思いを馳せる。生まれ得た名と決別したこと。そしてそのきっかけとなった出来事。忘れることは出来ない。一生背負わなければならない。時には傭兵としての生き方、そして戦うということに痛みを感じることもあるが。それでも彼は生きていく。絶望ばかりもしていられないから。
一方でホアキンも、真摯なまなざしで花火を眺めていた。時間管理をしていて余計に強く感じていたことがあった。
(「また大きな戦いも起きるはずだ」)
むしろこれからが本番と言えるだろう。今までも決して易しくなどなかったが、いっそう過酷になることは疑いようもない。そのときを想像しながら、それでも強く在ろうとバグアへの闘志も新たに拳を握る。と。
「もう新年になってしまいましたが‥‥年越し蕎麦などいかがでしょうか?」
櫻が微笑みながら提案する。本当は予定通り、カウントダウンよりも早くここに着いたら用意しようと思い事前に会社の人たちと話をしていたのだ。
「いいですね、それ。どうせなら会社の皆さんと一緒にお祝いでもしましょうか」
「互いの仕事の成功を祝って、か」
と皆も笑みを浮かべ、乗り気になる。早速下で準備をしようとする櫻に神音も連れ立ち。三十分も過ぎた頃には、花火も消えた空の下で人々の笑い声が響いていた。