タイトル:能力者を身近にマスター:リラ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/05 02:49

●オープニング本文


「‥‥能力者を集めてイベント、ですか」
 呟くように小さく言い、アロディエは眉根を寄せた。彼女の傍に立つ気の良さそうな男性は笑みを浮かべて頷く。
「ああ。ラスト・ホープに住む君はともかく、私たちはそれこそ奴らに襲われてもしない限り、会うこともないからな」
 確かに、とアロディエは胸中で同意した。エミタの適性に合う者はおおよそ千人に一人と言われている。単純計算すれば決して出会う可能性のない確率ではないが、それなりに親しい間柄の相手に能力者がいる確率になるとぐっと低い。それこそ芸能人と似たような感覚だろう。
「実のところ、私たちは能力者が何たるかを分かっていないだろう。決して彼らのように戦うことは出来ないが、せめて彼らが求めていることに協力できないかと思ってな」
「‥‥それは‥‥そうですね」
 依頼をするにしても自分たちには些細なことが、戦う側には重要な情報になるかもしれない。また、それでなくとも民間で何か支援できることがあれば行ないたい。そんな意味合いもあった。
「もっとも、集まった質問を見るに完全に芸能人扱いだがね」
「‥‥ははは」
 今回のイベントは一般向けの、まさに芸能人のファンイベントといった風のものだ。勿論事前にある程度内容は決めてあるとはいえ、当日になれば突発的な事態も有り得るだろう。ある程度経験があるというだけでなく、対応の柔軟性も要求されそうだ。
「ま、それでもいいって人を探してみますよ」
 言ってアロディエは笑ってみせた。

●参加者一覧

小川 有栖(ga0512
14歳・♀・ST
藍乃 澪(ga0653
21歳・♀・SN
シェリー・ローズ(ga3501
21歳・♀・HA
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
森野風音(ga5147
20歳・♀・GP

●リプレイ本文

●会場視察
「良き集いは良き準備から始まりますから。実りある集いとなると良いですね‥‥」
 と、イベントへの参加を受諾した能力者の一人、ハンナ・ルーベンス(ga5138)は開催日の十日前、会場となる小ホールの下見へ向かっていた。その彼女の隣を歩いているのは、
「ハンナさんのお弁当、楽しみです」
 そう言ってほのぼのとした笑顔を見せる小川 有栖(ga0512)と、
「良ければ私もー、お茶を淹れますよ〜」
 同様に和やかな雰囲気のラルス・フェルセン(ga5133)。
「本当ですか? 私、お茶も大好きなんです」
「今はあまり持ってませんがー、なるべくお好きなものを淹れさせていただきます〜」
 それでは緑茶でお願いしたいです、と有栖が答え、ラルスも了承した。そんな二人を微笑ましく見つめていたハンナは、
「ハンナ君はー、何になさいますか〜?」
 とラルスに話の水を向けられると優しげな雰囲気はそのままに会話に加わった。

 会場に到着すると、あらかじめ待機していたスタッフと顔を合わせる。
「今回は本当にありがとうございます」
 互いに軽く自己紹介を済ませた後、そう言って頭を下げるのは二十代半ばほどの女性スタッフだ。会場の見取り図となる小冊子を三人に手渡して、受付からトイレ、スタッフルームなど会場内にある部屋を一通り案内していく。
「こちらがイベントの行なわれるホールです」
 言うと扉を開け、彼女は三人を招き入れた。
「思っていたよりも大きいですね」
 少し古めの印象はあるが有栖の言う通り、話で聞いて想像するのと目の当たりにするのとでは大きさに差異が見られる。また、こうして客席側から見るのと当日舞台に立って見るのとでも、印象はがらりと変わるだろう。
「少し、緊張しそうですね‥‥」
 呟いてハンナが苦笑いする。イベントごとに彼女が直接参加するのはこれが初めてだ。普段教会で過ごしている彼女は様々な人と言葉を交わす機会を持つが、やはりそれとこれとは事情が違い。しかし彼女にもこの依頼を受けた理由はある。思いを伝えようと、決意を秘めてハンナは己の胸に手を当てた。
「あの、照明や音響の機材を見せて頂いても大丈夫ですか?」
「ええ、構いませんよ」
 有栖は了承を得ると、早速目的の一つでもある機材のチェックに向かった。サイエンティストの彼女は、武器とは勝手が違うものの機材を触る心得がある。もっとも、
「♪〜」
 と鼻歌混じりに操作する有栖の手の動きは実に軽妙で、知識があるため手を止めずにいられるのか、それとも思考と平行して作業を行なっているのか、どちらともつかない。
「あのー、お伺いしたいことがあるのですが〜」
「えっと、はい。何でしょう?」
 一方で彼女のその姿を見つめていたラルスも、周辺状況以外に聞いておきたい事があった。
「それは‥‥とても素敵ですね。お手伝いをさせて頂いても宜しいでしょうか」
 ハンナが穏やかな微笑をたたえて言い、スタッフの女性も最初はきょとんとしていたが、しばし思案すると笑顔を覗かせた。
「念の為確認はしますが、おそらく問題ないと思いますよ。テーブルなどもご用意出来ると思います」
「ありがとうございます〜」
 言ってラルスは頭を下げ、楽しそうに笑みを浮かべた。

 集まった三人である程度の打ち合わせなどを進めた後は最寄りの公園に向かい、ハンナの用意したお弁当と、ラルスと有栖の持ってきたお茶で少し遅めの昼食をとった。生まれも年格好もばらばらの三人だが、互いにおっとりとした性格で共通の趣味を持つラルスと有栖、そして静かで柔和な雰囲気のハンナが会話に加わり更に和やかになる。そうして三人は穏やかなひとときを過ごし、それぞれの日常をまた送り。十日後の本番の日を待ったのだった。

●そして当日
 開始予定時刻のおよそ四時間前。あまり大きな町ではない為、今日のイベントは一つだけで準備の規模も小さい。会場に先乗りして主催者と舞台の警備について確認を取っていたシェリー・ローズ(ga3501)は二番目の出演者を見つけて目を細めた。
「アンタも早いね? 確か打ち合わせは二時間後のはずだけど」
 声をかけられた森野風音(ga5147)はびくりと肩をすくませたが、シェリーの一般人とは大きく線を引いた、しかし冷たくはない声音とまなざしに少しだけ息を緩めた。もっとも彼女のその様子はシェリーに限らず、多くの人間に対して見せるものだ。目を合わさず俯いたままの風音にシェリーは興味を持ったのか、確認を一度打ち切り近付きつつ、少々不躾に眺めた。
 孤独、というと少し違うかもしれないが。自分とはおおよそ真逆の意味で異質に見える。ワケアリで素性の知れない傭兵は多いが、むしろ彼女は彼女自身の‥‥。
「あ‥‥あの。ね、眠れなくて、落ち着かなくて‥‥」
 それで早く来たという風音に、シェリーは内心呆れつつも苦笑した。
「楽しみでしょうがなかったとか?」
 そう問いかけると、彼女は首を小さく振る。
「わ、私は人が沢山集まる場は苦手、ですけど‥‥少しでも一般の方と交流をして、楽しい時間を‥‥過ごしたいと‥‥」
 肯定なのか否定なのか。どちらともつかない言葉に「へぇ」とだけ呟く。ただ単に臆病で消極的な性格だと思ったのだが、そうでもないらしい。その行動力があれば、本番でも問題なく受け答え出来るだろう。
(「ま、アタシの『好み』じゃないけど。そういうのも嫌いじゃない」)
 胸中で意味深に呟き、シェリーはそれを振り払うように口を開いた。
「暇ならアタシに付き合って見回りでもするかい? せっかくの催しを誰かに邪魔されたらたまらないしね」
 そこで初めて風音は視線を持ち上げると、少しの戸惑いの後に再び俯き、そして頷いた。彼女のその反応に満足するとシェリーは再度主催者の男性を呼び、今度は会場出入り口など侵入者の入りかねない場所についての質問を始める。その傍にいる風音も、あまり会話に加わらないまでも真剣に二人の話を聞いていた。

 依頼を受けた能力者たちが集まると、改めて軽い打ち合わせが行なわれた。それも済めば、後はいよいよ本番となる。
 会場のざわめきと司会者の軽い挨拶と説明の声。それが終わると彼らの出番だ。舞台袖から順に人々の前へ出て行く。中でも目を引いたのは十字架のペンダントをかけ、修道女らしい服装そのままのハンナと、派手なピンク色のボンテージに身を包んだシェリーだ。この二人に限らず、やはり緊張しているのか落ち着かない様子の風音や逆に妙に落ち着いているのかにこにことした有栖、マイペースなラルスと、集まった人々が想像していた能力者‥‥アスリートのような体躯を持つ屈強な人間とはかけ離れているだろう。能力者は勿論の事、キメラに対しても正確な知識がない彼らだ、巨大な獣を日夜素手でどつき回していると思っていても可笑しくない。
「こんにちは。私もまだ若輩者ではありますが、どうぞ宜しくお願い致します」
 と丁寧に有栖がお辞儀し、彼女から順に自己紹介を始める。
「アタシはシェリー、戦場の夜叉姫さ」
 最後に口を開いた彼女の顔立ちと格好に視線が集まり、客席の何処かからはざわめきに紛れて声が聞こえた。それに一瞬は笑みを浮かべたシェリーだったが、ふと司会者の視線を感じると、
「いやらしい目で見てるんじゃないよ!」
 と一喝し、腰に携えていた鞭で床を打った。矛先を向けられた司会者は慌てて弁解し、会場には笑みが零れる。しかし彼に限らず、妖艶かつ整った容貌とその格好では顔や胸許に視線が向いても致し方ないだろう。それを自覚しているのかいないのか、シェリーは毅然とした態度を通している。
 他の四人とは違う意味で異彩を放つ彼女に集まった人々の興味が惹かれたところで、本題である質疑応答に移った。

●壱・日常に関して
 まずは司会者から能力者に関して簡単に説明を行ない、終わると事前に募集していた中からいくつか抜き出して質問を始める。
「最初は休日の過ごし方についての質問ですが、皆さんどうでしょう?」
 この質問に関しては一般人と同様、それぞれに趣味や目的がある。
「私はいつでも訪れる方々を迎えられるように、ほぼ教会で過ごしていますね‥‥オルガンを演奏したり、歌う事もあります」
 穏やかに微笑むハンナは、幼少時より修道院で育った事もあり能力者だが敬虔な修道女でもある。
「えっと‥‥へ、兵舎で他の人たちと話をしたり、お買い物をしたり‥‥そ、そんな感じで過ごしています。多分‥‥皆さんとそう変わらない過ごし方をしている、と思います‥‥」
 と言うのは風音。買い物の中身は日用品だけではなく敵と戦う為の装備もある。それを強化しておくのもキメラと戦うには欠かせない事だ。
「私は美味しいお茶の淹れ方を研究したりー、茶葉を求めて放浪したりしてます〜。ふら〜っと入ったお店で珍しいお茶を見つけると凄く幸せですねぇ」
 お茶に目のないラルスは今がその状況であるかのようににこりと幸せそうな笑みを浮かべた。そして思い出したように、
「後はー、ご近所の猫さんたちのご機嫌伺いをして回ったりもしますね〜」
 と付け足す。お茶だけでなく猫やスケッチ等彼の趣味は多岐に渡り、休日も手が足りない状況のようだ。また何を思ったのか有栖は、
「緑茶を飲みながら読書をしたり、工具の手入れをしたり‥‥訓練もかねてロケットパンチβで遊んだりもしますね」
 と言いつつ、持っていた大きな鞄からボールとロケットパンチβを取り出し、軽くボールを頭上に打ち上げる。それを狙ってロケットパンチβを放つと天井ぎりぎりまでボールは飛び、そして落下してくる。何やら勘違いしているらしく、周囲の驚きをよそにボールを持ち笑みを見せている有栖を見て、シェリーが面白がるように小さく笑っている。その彼女は、
「アタシは見も心も燃えるようなリラクゼーションさ、分かるだろ?」
 と意味深な表現で答えて唇を舐め、司会者を困らせた。更にクリスマスの夜は誰と過ごしたか、というアイドルに向けるような質問には、
「勿論、可愛い仔猫ちゃんと、ね」
 うっすらと目許を細めて、少しだけ声音高く呟いた。彼女は横目で有栖のほうを見たが、一瞬目が合ったものの無邪気な微笑みで軽く小首を傾げ、逸らされた。

●弐・戦闘に関して
 他にも好きなものなどの質問に答えられるものは答え、次は能力者の本質とも言える戦闘についての質疑応答を始める。彼らにとっては初歩的な、依頼を受ける場所やそのシステムに差異はないため、説明役を買って出たハンナが分かりやすく話をした。自分に合うと思う依頼を受ける場合が主で、風音はなるべく後方支援を希望する事を話した。キメラとの戦闘を好む者もいれば、逆に戦闘のない依頼を受ける者もおり、その辺りも能力より好みに左右されるところだろう。戦闘の準備や心構えも多種多様で、
「戦いの前に主へ、皆の生還と任務の成功を祈ります‥‥」
 と言うハンナに、
「別にぃ」
 と興味がないのか腕組みをして不機嫌そうに言うシェリー、
「武器の手入れは日頃から欠かしませんがー、直前には再度シミュレーションをします〜。私はエクセレンターで言わば器用貧乏ですからー、状況や仲間に合わせて武器は変えられますしね〜」
 言って苦笑するラルスと、クラスに関わる事もある。命を懸けて戦う場では「護るべき対象を死なせない事」と「自分が死なない事」の二つが大事という彼の言葉には思うところがあるのか、客席の雰囲気も真剣なものに変わった。

●締めくくりと
 質問の後はラルスの吸盤矢を用いての射的、風音のグラップラーの技能を生かしての、瞬時に舞台の端から端に移動し巨大ハリセンで軽く壁で叩いてみせる、という事をやってみせ。最後に何かあれば、との司会者の言葉に有栖は、
「能力者と一般の方では、こうした力以外に違うところはありません。皆さんも何かやりたいと思う気持ちがあれば、きっと出来るはずです!」
 と、力を込めて気持ちを伝える。また、ハンナもそれは同様らしく、
「能力者も皆と変わらぬ人間です。そして皆さんは‥‥私たち、能力者の希望です。皆さんがいるからこそ、私たちは困難な戦いを続ける事が出来る‥‥。能力者は、能力者だけでは決して生きていけないと私は思います。私たちに戦う力があるように、皆さんに出来る事もとても多いのですから」
 真剣に、切々と訴える。
 彼らも適性検査を受ける前は、人々とさして変わらない日常を送ってきたのだ。戦う力とそれぞれの理由。それによって能力者として生きる事にしただけ。実際、普段の生活は一般人と同じだ。だから異質に思われる事には違和感があった。
 二人の思いは充分に伝わっただろう。そう思える反応に、自然とハンナの表情も柔らかくなる。和やかな雰囲気の後、イベントの終わる前に司会者が集まった人々に声をかけた。
「宜しければこの後もご付き合いください」
 と。

●楽しい茶会
 ラルスが視察の際に尋ねた事。それは彼が好むものの一つ、会場に来た人々にお茶を振る舞いたいという希望だった。彼は会場の片隅で希望者に、という程度に考えていたのだが、他のイベントがない事もあり受付のあった場所にいくつかテーブルが並んで、予想以上の人々がその場に残った。一部の者は彼らの人間性に惹かれただけなのか遠巻きに見ているだけだが、暖かいお茶を受け取ると笑みを浮かべて礼を言う。それを見て、ラルスも自然と微笑んだ。そんな彼は持参した茶葉について問いかけられ、美味しい淹れ方について簡単に解説している。今回唯一の男性という事もあり、特に女性陣が彼の周りに集まっていた。
「へぇ、気が利くじゃないか」
 と、一方でシェリーが目を留めたのはテーブルの上に置かれた花のほうだった。おそらく彼女のフルネームを見たスタッフの誰かが用意した、綺麗な薔薇。しかし彼女がピンク色を好む事は、顔を合わせた今日でなければ分からない。会場への到着時刻が早かったため急遽用意出来たのか、それとも単純に偶然なのか。どちらにしてもシェリーにとっては予想外の出来事で。艶やかな唇が吊り上げられる。戦場では無慈悲に舞い、酷薄とも言える彼女だがその桃色の薔薇はよく似合っていた。
 そして機嫌の良いままに彼女は悠然と有栖の許へ近付いていった。ラルスを手伝い、お茶を手渡していた有栖も気付き、見返してくる。
「ローズさん?」
「アタシ、好きだよ。アンタのそういう眼」
 可愛らしく、澄んだように綺麗な瞳。扇情的に呟いて見下ろすシェリーの手が頬に伸びかけた時、不意に名を呼ばれて有栖は我に返り、反射的にそちらへ振り向いた。そして視線を戻すと、微笑みを浮かべて軽く会釈をし小走りで離れていく。自分の手に視線を落とし、シェリーは短く呟いた。
「ザンネン」
 小さく息を吐くと、しかし微笑を刻み彼女も盛況の輪へ近付いていった。