タイトル:人形塔のお引越しマスター:リラ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/12/31 00:57

●オープニング本文


 ふと気を緩めれば衣服の隙間から入り込む寒さに身を縮めそうになる。身に着けたコート越しに腕をさすりながらアロディエは白い息を吐き出した。
「あなたが親戚じゃなかったら、絶対来なかったわ」
 小さく、だが聞こえることを前提とするように呟いて彼女は前を歩く女に視線を向けた。
 ウェーブの掛かった長い金髪を揺らしながら、その女は聞こえなかったのか一切動じることもなくライトを片手に歩き続ける。いや、正確には階段を上っていた。その数段下をほぼ同様の速度でアロディエも上り続ける。
 じめっと湿った感覚がいやに意識に残る。屋外なら苔が生えていてもおかしくない、古い石の階段と壁。螺旋を描き、何処までも続くのではないかと思えるほど単調で代わり映えのしない光景が続いている。もっとも、途中には一定の間隔で部屋に続いていると思しき通路が見られたのだが。そこで止まって話をすればいいものの、目の前のこの女はあくまで最上階に行かなければ気がすまないらしい。まったく、付き合うこちらの身にもなってほしいものだと溜め息を吐く。
 己の不幸を呪いながらも延々と歩き続け、ようやく最上階に辿り着く。普段からあまり日常生活外での運動を意識したことのないアロディエは息が上がり、足も痛みを訴えていたが、慣れるほどしょっちゅう訪れているとも思えない女は何食わぬ顔でドアノブを回し、部屋の中へ入っていった。腰を曲げ、汗を手で軽く拭きながらアロディエも続く。
 部屋の中は。それまでの寒さなど嘘のように暖かく、また視界に映るものも別世界だった。
 灯りが点けられ広がったのは、思いのほか広い一つの部屋。その中には「住人」が鎮座している。
「‥‥マニアめ」
 ぼそりと呟く。もっとも「住人たち」に罪はない。全ての元凶はこの女なのだから。
「どうだ? 私の可愛らしい人形たちは」
 振り返り、自慢げに言ってくる女。これがあの有名人なのだから世の中はおかしい。本気でアロディエは思う。
 所謂アンティークと言われるような人形がずらりとただ並ぶだけの部屋。少々不気味なものもあるが、常に空調管理され、手入れも行き届いているだけに悪い意味での古い印象はない。アロディエには日々の空調代も手入れや管理、セキュリティに要する金額など想像できないし、したくもなかったが。その人形たちにかける愛の1%でも周囲の人間に分けてもらいたいものだ。
「あー、いつ見ても可愛いわね」
「フン、やはりお前には彼女らの良さが分からんのだ」
(「良さって言われても‥‥」)
 理解できないものはしょうがないではないか。散々振り回された挙句にこれでは、まったく割に合わないと頭が痛くなる。
「何だ、彼女らの美しさに目眩を起こしたか?」
「あーもー、だからこいつは‥‥」
 まったくもって他人の感情を理解していない。そんな人間がこれほどの金持ちだとはどうにも信じがたかった。
 この女‥‥レイスは、とある富豪の一人娘だが、親の金で贅沢三昧しているわけではない。むしろ彼女の代で更に会社の経営状況を良くしたことは、誰の目にも明らかな事実だった。一時期などは世界に通用する企業だったが、現在はバグア襲来を契機に高利益を伴うものに絞り、慈善事業に力を入れている。レイスはアロディエよりも一回りほど年上で、もうすぐ四十にも手が届く年齢だが、そのくせ独身で気ままに生活を楽しんでいる節がある。その際たる趣味がこの人形集めで、その保管管理のために購入したのがこの古めかしい塔だ。崩壊を防止するため、ほとんど建て直したようなものだが、見た目を気に入っているために外見はそのまま利用した‥‥とは隠居生活を満喫しているレイスの父親談だ。
「それで、どうするつもり?」
「どうするとは?」
「だから! この辺りもやばくなってきたから移動させるんでしょうが!」
 その為に私を連れてきたんでしょ、続けて言うとアロディエは大きく溜め息を吐いた。
 ラスト・ホープに住み、UPC職員の知り合いがいるアロディエは周囲でバグアに関するトラブルが起こった場合の仲介役として親戚中に認識されつつある。今回彼女がここに訪れたのもそれが理由だった。
「‥‥そうだな。トラックを手配しようと思っている」
「トラック? ヘリとかないの?」
 違和感を覚えて首を傾げる。
「あちこち飛び回ってるあなたなら自家用機ぐらいあるし、ここにもヘリポートがあるんじゃないの」
「勿論ある。が、あくまでヘリだ。彼女らを運ぶには向かん」
 言って、レイスが何故かふんぞり返る。脱力感を覚えると同時、アロディエは胸中で呟いた。
(「だったら最初から、私もヘリで連れてきてよ‥‥」)
 天井‥‥その外側にあるはずのヘリポートを恨めしく見つめる。そしてその後で「彼女ら」の数も考えず軽率なことを言い出した自分を恥ずかしく思い、ほのかに頬を染めた。
「しかし問題があってな。ここから空港まで飛ばして約七時間」
「まあ、郊外だしね」
「その間にキメラや人形好きの襲撃に遭わんとも限らん」
「はあ?」
 思わず心底嫌そうな声が喉の奥から吐き出される。
「人形好きは‥‥まあ、分からないでもないけど。なんでキメラ? まだこの辺りは大丈夫でしょ?」
 半年もすれば危ないとは確かに言われているが。ここに来るまでの間、被害を被っているところを見たことはなかった。
「実はな、少し前まで私の持つ人形の一つが研究所に預けられていたのだ」
「研究所‥‥」
「一部のキメラを引き寄せる匂いがあるのではないか、と言われていてな。一時の別れも惜しかったが、今後の戦いに役立つ可能性があるならとしばし預けていた」
「それで?」
「‥‥まだ分からん」
 神妙な面持ちをしてレイスは続ける。
「もっと特殊な研究が必要ということでな。うちの会社の技術も必要ということで一度調査のため返してもらったのだ」
「ふうん‥‥」
「まあ七時間の間に遭遇する確率も合わせれば、有り得ないと言っていいだろうが念の為、能力者に頼みたい」
「そういうことね」
 頷いて。だがふと発せられたレイスの言葉に、アロディエは心底呆れる羽目になった。
「‥‥それも人形好きで丁寧に扱ってくれる能力者、というのはどうだ?」
「きっとそれじゃ、誰も来ないからやめて‥‥」

●参加者一覧

橘・朔耶(ga1980
13歳・♀・SN
麓みゆり(ga2049
22歳・♀・FT
エリザベス・シモンズ(ga2979
16歳・♀・SN
伊河 凛(ga3175
24歳・♂・FT
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
エリン・クロフトロ(ga5191
17歳・♂・EL

●リプレイ本文

●まずは会って
 依頼を受けた彼女たちは高速艇とレイスの用意した車輌を経由し、件の塔へ向かった。レイスも既に着ており、顔を合わすなり「時間が惜しい」と長い螺旋階段を上り始める。
「わたくしはイングランドより参りました、エリザベス・オーガスタ・ネヴィル=シモンズと申します。リズ、とお呼び下さって構いませんわ」
 とエリザベス・シモンズ(ga2979)が礼儀正しく挨拶をする。階段を上っていなければ優雅に一礼していただろう。彼女の挨拶を皮切りに、一通り自己紹介を済ませた。
「こんな辺鄙なところまで来てもらって申し訳ないな」
「まあ、それが俺たちの仕事だからな‥‥」
 言ってレイスのすぐ後ろを上るのは伊河 凛(ga3175)。淡々としていて、だがそれだけに誠実さを覗かせる彼の返答に、レイスは一瞥しかすかに苦笑したが誰も気付かなかった。
「せっかくの人形をキメラごときに壊されるのも嫌だからねー‥‥」
「そうね。お人形さんたちをちゃんと護れるよう、頑張ります」
 橘・朔耶(ga1980)と麓みゆり(ga2049)は人形好きのようで、対面を楽しみにしているらしい。
「これは‥‥想像していたよりもきつくなりそうだな」
 数分が経過しても延々と続く階段に、歩きながらも溜め息を吐いたのは遠石 一千風(ga3970)だ。言うほど辛そうな表情を浮かべている訳ではないが、これから何往復何十往復しなければならないことを想像しているのだろう。前衛職ということもあり体力に自信はあるが、戦闘と運搬ではかなり勝手が違う。ある意味、単調な反面で集中力を要する今回の仕事も厳しいと言えるかもしれない。
「‥‥本当これ絶対、下手なマラソンよりキツいって‥‥」
 少し息を切らしつつ朔耶も、悲痛かつ尤もな言葉を零した。

●魅了する人形とは
 ようやく最上階に到着した矢先、扉の前でレイスは足を止めて振り返り、
「少し待ってくれ」
 と言って一人扉を開けた。中に入り、あまり光が届かない為明かりを点けると、慣れた様子で何やらパネルを操作する。セキュリティシステムを解除しているらしい。しばしの時間を要した後そこから離れ、手振りで彼女たちを招き入れる。
 ほとんど外と変わらない温度の廊下に流れ込む暖かい空気と、少し暗い廊下を照らす明かり。確かに、そこはまるで別世界だ。
「こうして見ると壮観だな‥‥」
「話には聞いていたが、これほどとは」
 凛と一千風が唖然とするあまり思わず溜息を漏らしたのも無理はない。下手な会社のオフィスよりも広い部屋の壁一面に、ずらりと並ぶ人形たち。無論、床にそのまま置かれている訳ではなく、それなりの間隔を空けて同じくらいの大きさの人形を並べた棚のようなものが十数段は続いている。単純に計算しても三百体は優に超えるだろう。それだけの人形が皆ほぼ同じように座ってこちらを見ているのだ、夢に出たらうなされるに違いない。
「うわわわ‥‥!!」
 一方で人形好きらしい朔耶はそれほど表情は崩さないながらも至福の時間を過ごしているらしく、ふらふらと人形たちに近付いていく。みゆりも何処か楽しそうに笑みを浮かべ、リズもしゃがみ込み。
「まぁ素敵! なんて可愛らしい‥‥」
 と、朔耶に負けず劣らず目を輝かせる。しかしふと周囲の視線を意識すると、
「‥‥あ、いえ」
 こほんと咳払いしてお茶を濁した。そして改めて、その柔らかな雰囲気を残しつつも口を開く。
「す、素晴らしいコレクションですわね。文化的にもとても価値のあるものですし、しっかり護衛致しましょう」
「うむ。彼女らの可愛さを分かって頂ける方々に集まって頂けて、私も嬉しい」
 普段はあまり初対面の相手に好意的なことをしないレイスも、皆の反応を見て口許にうっすら笑みを浮かべていた。
「それにしても、キメラさえも惹き付ける力を持つ人形とは‥‥」
「まあ、信じがたいのも当然だろうな」
 依頼を受けた際の情報を思い起こし、半信半疑と言ったふうに呟く一千風にレイスが言って歩き出した。人形の並んでいないほうの壁に手を置くと、何かしらのセキュリティシステムが解除されたらしく壁の一部が動いた。
 レイスは振り返ると、その後を追って近付いてきていた六人に手に取ったものを見せる。
「これがその人形だ」
 一見しただけでは他の人形とさして違いは見られない、やはり古さを感じさせる人形。しかしこの人形がレイスの手に渡ったのは約一年前だという。
「所謂、曰く付きの人形としてたらい回しにされていた」
 しかしこれは古い話ではなくここ数年のこと。気になって調べてみると持ち主の何人かはある種類のキメラに襲われ、死亡もしくは重体となっていた。
「同じタイプのキメラ、ですか?」
 問いかけるみゆりにレイスは静かに頷いた。
「まさしく、神話で言われるキメラ‥‥獅子の頭部、山羊の身体、蛇の尾を持つ怪物だ」
「この人形が、そのように物騒なキメラを引き寄せる匂いを出しますの?」
 リズは首を傾げつつ少し顔を寄せたが、別段変な匂いはしない。というよりも、ほとんど無臭と言って差し支えないだろう。
「うむ、そうらしい。残念ながら人間の嗅覚では分からない程度のものだが」
「なら、この塔はその為に?」
 ふと思い至り呟いた凛に、皆の視線が向けられる。
「この周辺に人家はなかった。その上この高さだ、そのキメラが飛べないのなら‥‥」
「万が一キメラの襲撃に遭っても周りに被害は及ばない。ついでに言えばこれだけの防御、侵入される心配も倒壊される危惧もかなり少ないって訳ね」
 凛の言葉を引き取り、朔耶が呆れとも感心とも取れない表情で言う。人形たちに懸ける並外れた情熱も本物だが、何もそれ以外のことをないがしろにしている訳でもない。レイスは曖昧な表情を浮かべて沈黙したが、否定もしなかった。
「‥‥でしたら脱臭剤は効果がなさそうですわね。後は‥‥そうですわね。ご用意が叶うのなら、万が一盗難に遭った場合を考え全ての箱にGPSを取り付けるのが宜しいと思いますわ」
「勿論、そうならないように全力は尽くすが」
 リズの提案を聞いて、凛が腰に差した刀に視線を落として言い、その言葉に彼女も頷いた。
 今回、スナイパーであるリズと朔耶の二人が護衛の核となる。また、みゆりも副兵装としてハンドガンを装備しており、充分に敵を退ける役を担える。だが、出来るならば接近戦を主体とする凛と一千風の傍まで近付ける前に、退治もしくは撤退させたいところだ。
「そうだな。順次必要な量が届くよう、用意させよう」
 言うなりレイスは携帯を取り出し、何処かへ待機させているらしいスタッフへの指示を始めた。

●梱包と運搬
 人形を手に取っては鼻歌でも歌い出しそうなほど機嫌良く笑みを浮かべる朔耶に、にこにこと楽しそうなみゆり。リズも作業の手は緩めないまでも、時折うっとりと綺麗な人形に心惹かれている。彼女たちは装飾品の類を外した上で手洗いをし、手袋をつけて梱包作業にあたっていた。事前にレイスが用意していた箱や緩衝材、カバーなどを使用し、彼女の指示通りの方法で作業を進める。
「丁度良いサイズの箱‥‥それも特注とは、さすがというか」
 金持ちかつ相当の人形好きでなければ出来ない芸当だ。半ば感心するように朔耶が呟き、人形の頭に丁寧にカバーをかけていく。手慣れている彼女は一番作業が早く、その周囲には既に箱が幾つか積み重なっている。
「意外と重いな‥‥」
 運搬に移る凛がしっかりと箱を持ちながら呟いた。磁器で出来ているものも多い為、それなりの重量があるのだ。
「何となく予想は出来るが、この人形たちの値段は相当高価なんだろうな。そんな気がするよ」
「ああ。手入れもよく行き届いている‥‥」
 素人の自分にもそう感じられるのだから、やはりそうなのだろう。塔の中に留め置くことは如何としても、見ていればどれだけ大切に扱われているか分かる。
 他の仲間と違い、それほど人形に詳しくない凛と一千風もレイスのきめ細かい指示や仲間の手順を参考にしながら丁寧な作業を行なっていた。部屋の一部を人形の箱が占領するようになると積み込みも行なわなければならず、その両方と運び入れる際の警備にも神経を払う為思いのほか疲労は大きい。定期的に休憩を挟み、また交代しているので順調に進んでいっているのだが。何ぶん数が多く、まだ時間がかかりそうだ。
「ああそれ、気になったからちょっと訊いてみたんだけど」
 と、箱の補充の為、傍に近付いてきた朔耶が二人の会話を耳にしてちょこんと傍に屈み。
「中には都市部にビル一つを建ててもお釣りのくるものもあるってさ」
『‥‥‥‥』
 至って驚いた様子もなく、後頭部を掻きながら朔耶が言う。人形に詳しいからか、単に剛胆さが垣間見えているからか。そんな彼女とは対照的に、凛と一千風はしばし動きを止めていた。

●警護、そして
 慎重な積み込み作業が終わると、次は空港までの警護に当たる。計三台になったトラックの助手席にそれぞれ乗り込み、襲撃者やキメラに備えながらの移動が始まった。
 塔が徐々に遠ざかり、道なき道と殺風景な景色が前後に続く。往来がないと思えば、どうやらこの辺りもまだ私有地らしい。と、そんな話を聞いて、
『なら、あのバイク変ですよね。ずっとついてきてますよ‥‥?』
 ミラー越しに目を凝らしていたみゆりは引っかかりを覚え、無線で連絡を取った。トラックとレイスの乗るワンボックスカー。この四台のみがこちらの車輌のはずだ。バイクなど先程の打ち合わせにもなく、私有地であれば部外者がいるなど‥‥。
 少しずつ近付いてくるバイクを確認した朔耶はそれを注視した。二人乗りで、ヘルメットを被っているため年と性別は分からない。
 後ろに乗っている人物が何やら動いているのが見えるが、
「○×△□!」
「えー何、聞こえないんですけど!?」
 朔耶が苛々と声音低く叫ぶ通り、走行音と風の音に遮られて何を言っているのかまったく分からない。十数秒の格闘の後にそのことが分かったのだろう、今度は手振りで「止めろ、降りろ」というような意志表示をしてくるが、無論素直に従うはずがなかった。
『‥‥どうする、あれ?』
『かえって怪しく思えるが‥‥。陽動、という可能性も捨てがたいな』
 早くも辟易する朔耶に、無線越しの凛も心なしか拍子抜けの感を覗かせる。
『何を持っているか分かりませんし‥‥。下手に近寄られる前に対処したほうが良さそうですね』
『なら、わたくしが軽く牽制しますわ』
 言うとリズは窓を開き、念の為狙撃に注意しながら顔を覗かせた。彼女の同乗するトラックからそのバイクはやや遠い後ろを走行しているものの、充分確認出来る位置だ。彼女の命中率であれば不安はない。ましてや今回は人間相手ということもあり、撃破ではなく足止めが目当て。的は少し大きい。
 どうやら武器は携帯していないらしく、運転手は無論のこと、後ろに乗る人物も攻撃態勢らしきものは取っていない。
 一度進行方向に障害がないことを確認すると、リズは身を乗り出しアーチェリーボウをつがえた。音と風も一時忘却の彼方へ。精神を研ぎすまして放った矢は、しかし正面の装甲に弾かれた。
 狙いを外した訳ではない。走行速度と距離に勢いを殺されてしまったのだ。
「上手くいきませんわね」
『‥‥んー、弓はちょっと使いにくいかもね』
 威嚇には充分なっただろうが、もう少し近付かなければ本領を発揮するのは難しそうだ。となれば、今はみゆりのハンドガンが要になるか。
『引いてくれないようだしね』
 半ば呆れ混じりに一千風が息を吐いた。弓矢による攻撃を受けたにも関わらず、バイクの二人組は変に根性があるのか止まる様子は見られない。
『なら、今度は私がやってみます』
『分かった』
 仲間の同意を得ると、みゆりは静かに頷いた。
「それじゃあ撃つわね」
 彼女も先程のリズ同様、細心の注意を払いつつ身を乗り出し、ハンドガンを構えた。もうここまできたら、狙う箇所は一つしかない。
 衝撃音。弾丸が放たれ、数瞬のタイムラグを置いてぶつかった。どうやらタイヤに穴が空いたらしい。それに動揺したのか、コントロールを失ったバイクは盛大に転倒し、滑りながら直ぐにフェードアウトしていった。
『よ、弱っ‥‥』
 思わず朔耶がそんな感想を漏らす。当のみゆりも、困ったように零した。
『本当に素人さんみたいですね。どうしてこのことを知ってたのかな‥‥?』
『偶然、という可能性もなくはないが‥‥一応、調べる必要があるか』
 別の車輌に乗るレイスにも了承を取ると一千風はトラックから飛び降り、二人組の確保に向かった。数分後には休憩を取る予定のポイントがあったが、その間に逃げられる可能性も否定出来ない為だ。もっとも、
『あの者たち、動ける程度の怪我で済んでいるのかしら』
『‥‥‥‥』
 リズの言葉を耳にして、皆が一斉に黙り込んだのだが。

●依頼完了!
 ぼろぼろの二人組を拘束した後に別の車輌で追ってきていた一千風も休憩中に合流し、警護を続けて無事に空港へ到着した。改めて、移動中に聞き出した情報を整理する。
「吐いてくれたよ、あっさりと」
 一千風が嘆息するのも無理はない。
「‥‥私への恨み、か」
 ぽつりとレイスが呟いた。
 二人組の言うところによると。かつて下請けの会社を経営していたが、レイスの会社との契約が無くなった為に倒産したという。それを恨み、彼女の私有地に忍び込んでは荒らしていた。それもセキュリティに触れないよう陰湿に。今回は偶然トラックに出くわし、気持ちが高揚したようだ。無論、詳しい事情は分からないが、逆恨みとしか言いようがない。
「‥‥その件は私自身が処理しておこう。何はともあれ、本当に良い仕事をしてくれた。ありがとう」
 言って、レイスは静かに頭を下げた。心なしかその表情は曇り、何処か辛そうにも見える。
「まだ仕事は終わってませんわよ?」
「‥‥そうだな。私も手伝おう」
 微笑を浮かべて言うリズに、レイスもそっと口許を吊り上げてみせた。

 後日。UPC本部を経由して朔耶の許に、一つの人形が届けられた。仕事中に、壊れてしまった人形の買い取りを請求された場合は喜んで受け取ると話をしていたのだ。もっとも、壊れたと言ってもその人形は何かしらの衝撃で少々傷がついた程度。レイスの財力でなくとも充分修理出来るくらいなのだが。首を傾げる朔耶だったが、同封されていた手紙を見て得心した。
 箱に丁寧に入れられた人形は、よく見れば朔耶と同様に左右の目の色が少し違い、心なしか似てもいる。どうやら、これも縁だと彼女に託したらしい。ちゃっかり、依頼料から少しだけ差し引かれているようだが。もしかしたら他にも少し傷付いた人形はあるのかもしれないが、不問扱いにされているのかもしれない。
「‥‥ま、大事にさせてもらうけど」
 呟くと朔耶は人形の白い髪を撫でて笑みを浮かべた。