タイトル:何でも屋の配達業務マスター:リラ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/12/23 17:39

●オープニング本文


 ぼくの名前はフェロ。ラスト・ホープに住む、ごくごく普通の小学生だ。
 だけど時折巻き込まれる騒動。それが徐々に手に負えないものになっている、そう気付かされたのは直面してようやくのことだった。
「‥‥ぼくが配達する、の?」
 話の流れを考えればそうとしか考えようがない。けど、言って初めてそれは現実味を帯びてきた。
「そうよ」
 簡潔に、ぼくの目の前で告げたのはマリーさん。そうして煙草を口にくわえたまま何も言わずにいれば、凄く綺麗な女の人なんだけど。ぼくにとってこの人は、複雑な感情を抱かせる存在だ。
 ぼくとマリーさんがいるのは一つのお店だった。もっとも、昼間でもあまり日のあたらないところで明かりがついていても薄暗く(日照条件が悪いことを理由に有り得ないくらい安い値段で売ってもらったらしい)、周囲を見回してみてももっと近付かなきゃすべてのものを把握することは出来ない。何処となく異質な雰囲気を放つマリーさんと、それに似合うこのお店。改めて言うまでもなくマリーさんがこの店のいわゆる経営者だ。
 そのマリーさんが黙って指し示したのはさっき渡された紙切れだった。コピー代すら不精しているらしく、チラシの裏に意外なほど達筆な字が並んでいる。
 まだ一通り目を通したわけじゃないけど、ちらっと見てるから内容は言われなくても分かる。そこに書かれているのは、みっつにこの周辺を分けたその区分けの記号と、そして配達する品物の名前だ。
「む、無理だよ! あんな大きいツリー、ぼくじゃ運べない!」
 そうしてぼくはそれを指差した。すみっこのほうに無造作に置かれているのはクリスマスツリー。それもぼくより明らかに大きい。持って行くどころか、そもそも持ち上げることだって絶対に出来なかった。
 そのツリーの横に並んだ野菜類。更にその横には小さな机が置いてある。一応お店はお店なのでそれはマリーさんの私物ではなく、商品だった。
 マリーさんは商売人だからかお金にうるさく、売れると思ったものなら何でも仕入れて置いてある。それこそ例えるなら、デパートにある様々な店舗の売れ筋商品を片っ端から買ってきて並べている、そんな感じだ。
「‥‥だから用意してるのよ、あの軽トラを」
「‥‥ええええ!?」
 言われて視線を向けたぼくは心底驚いて声をあげた。お店の前にある軽トラ。それ自体はまあ、少しぼろっちいことを除けば普通の車だ。けど、これ。
「何?」
「これ、このお店が出来たときからあった、よね‥‥?」
 ぼくの記憶が正しければ。マリーさんは灰皿に煙草を押し付けながらしばし沈黙して呟いた。
「‥‥あったわね」
「いやいや! ぼく使ってるとこ見たことないよ!?」
「当たり前よ。わたしは店番があるから、配達はぜんぶあなたにやらせてるし」
 ぼくは硬直して。さらりと、ぼく自身も知らない恐ろしい事実を言ってのけたマリーさんをまじまじと見つめる。
 ちなみに、ぼくはちょくちょくここに来るけど、お客さんが入っているところなんて一度も見たことがない。こんな暗くてやる気があるんだかないんだか分からないようなところじゃ、無理もないんだけど‥‥。お店がこんなだって分からないとはいえ、逆に配達が多いのが不思議なくらいだった。
「ぼくまだ十歳なんだけど‥‥」
「だから?」
「だから、運転なんか出来ないってば!」
 ぼくの言葉はもっともなことなのに。何故かマリーさんはまた黙り込んだ。
「‥‥ちっ」
 マリーさんが物凄い、人様には見せられないような極悪な表情で舌打ちしたのは気のせいかな。
「‥‥なら雇ってきて。その辺の暇な人を見繕って」
「ええ!?」
 恐ろしい形相のまま見返されて、ぼくは内心で悲鳴をあげる。
「‥‥とっとと行く!」
 そして低く叫ばれたその瞬間には、ぼくは脱兎のごとくその場から逃げ出していたのだった。

 持っていた紙を思わず握り潰して走り。公園のベンチに腰掛けてそれの皺を直しながらぼくは盛大に溜め息を吐いた。
 ‥‥やっぱり、あの声には逆らえないんだよな、ぼくは。
 実を言うとマリーさんは赤の他人などではなく、ぼくの伯母だ。それも、お母さんの双子の姉である。お母さんはごくごく普通の主婦で、どちらかと言えば陰気で妖しい雰囲気のマリーさんとは真逆を行く、華やかで明るい人だ。けど、一緒に生まれ育ったからか、二人はとても仲が良くて、今でも近所に住んでるくらいで。おまけに声が似ているから、ぼくはお母さんを思い出しちゃってマリーさんには頭が上がらない。ちなみに名前で呼んでいるのは子供の頃から厳しくそう言いつけられているからである。
 もっとも、ぼくも本気でマリーさんを嫌っているわけじゃなくて、顔を合わせば無理矢理お店の中に引っ張り込まれて配達をさせられるけど、血筋なのか色んなものを見るのは好きだし、配達が終わったらお母さんに内緒でお小遣いをくれたりもする。今までみたいにぼくでも持てるようなものを近所に渡すだけなら、それこそ疑問もなくやっていただろうと思う。
 今回の問題は、どうやっても誰かの手を借りなきゃいけないこと。そう言われて真っ先に思い浮かんだのは能力者の人たちがいるところ。あそこなら確かに人は集まってくれると思う。だけどマリーさんのことだから支払うお金なんて少ないだろうし、こんなことで来てもらうのは申し訳ない気がするけど‥‥。けど、他に頼れそうな人たちの心当たりはなかった。
 ‥‥とりあえず、行くだけでも行ってみないと埒が明かないや。
 記憶を頼りに、ぼくは立ち上がり歩き始めた。

●参加者一覧

大曽根櫻(ga0005
16歳・♀・AA
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ルード・ラ・タルト(ga0386
12歳・♀・GP
キーラン・ジェラルディ(ga0477
26歳・♂・SN
風巻 美澄(ga0932
27歳・♀・ST
露木 狼貴(ga1018
20歳・♀・FT
威龍(ga3859
24歳・♂・PN

●リプレイ本文

●ご挨拶
 かくしてフェロの依頼を受け、マリーの店に七人が集まった。もっとも彼女は何故かおらず、地図と配達先のメモを配るのはフェロだ。
「有難うございます」
 と丁寧に礼を言ったのは大曽根櫻(ga0005)。鏑木 硯(ga0280)も同様に柔和な表情で受け取り、目を落とす。櫻はB地区のマンション、硯はC地区のデパートへの配達に向かう予定だ。
「ふ、王たるこの私に任せるがいい」
 一方で偉ぶるのは自称王たるルード・ラ・タルト(ga0386)だが、唯一フェロよりも少し背が低く、口調とのギャップにフェロは目をしばたいている。ちなみに彼女はC地区のプレゼントを担当だ。
「心配はいらんさ、坊主。肉体労働は嫌いじゃない」
 言って露木 狼貴(ga1018)はわずかばかりの笑みを見せた。右目を眼帯で覆う彼女はB地区の美容院へ配達する事になっている。
「さあ、日が暮れてしまう前に片付けてしまいましょう」
「袖すり合うも多生の縁、と言うしな。まあ宜しく頼むぜ、フェロ」
 時計を見て思案するように言うキーラン・ジェラルディ(ga0477)と、少々乱暴にフェロの頭を撫でる、笑顔の威龍(ga3859)。この二人がフェロと共にA地区の配達を行なう。
「宜しくお願いします」
 と、フェロが頭を下げた。
 しかしまあ、と冷静に周囲を見つめ、軽トラを運転しB・C地区の荷物を運搬する風巻 美澄(ga0932)は思う。
(「自称王様の少女に、眼帯はめたイカついねーちゃん、女にしか見えない和服美人な男とまぁ」)
 櫻やキーラン、威龍とそして自分はまだしも。
「‥‥濃い配達屋だなぁ」
 どんな依頼に限らず、集まる能力者などそんな物だが。しかし呟いたその口許は楽しむようににやりと歪んでいた。

●珍道中
 行く前に威龍が荷物を運び入れてくれたお陰で嬉々として整備に専念出来、予想よりも早く出発出来た。と、何気なく視線を横に向けて美澄はぎょっとする。
(「うわ、すげえ楽しそう」)
 助手席に座るタルトの目が輝いているように見えるのは、自分の気のせいではあるまい。自称「たそがれの王」だ、軽トラに乗るのは初めてなのだろう。
「あーハイハイ、キャラメルをあげようねー」
 と、片手間にはしゃぐタルトに餌付けもとい持っていたお菓子を渡す。一瞬警戒しつつも一度口にすると素直にもぎゅもぎゅ食べる彼女を見て思わず苦笑した。
「ハイハイ、今度はドロップだよー」
 と、信号で止まった所でまた渡すが、しばしして美澄は声をあげた。
「あ、間違えた。コレおはじきだ」
 言った途端、意外にも意味が分かったらしく盛大に吹き出したタルトを横目で見てタバコを咥えたままにやにや笑う。
「冗談だって」
 しかしこのままタルトで遊んでいると目的すら忘れてしまいそうだ。慌てて地図に目を落としながら彼女はしみじみと呟いた。
「‥‥面白過ぎても困るもんだなぁ」

●A:三兄弟?
 巨大なツリーを目の前に三人は思案していた。
「大の男二人でなら運べない事はないでしょうが‥‥」
「両手が塞がるし、落としでもしたら困るからな」
 借りた台車に二人掛かりで載せ、徒歩でレストランに向かう。フェロがツリーに飾るアクセサリー類を持ち、立候補した威龍が台車、段差の際に手を貸しながらツリーのサイズに比例した長さの電飾をキーランが抱える。
 到着すると店員と話をし、慎重に二人で抱えて運び入れた。
「‥‥楽しそうだな、キーラン」
 長身を活かし上部の飾り付けをするキーランを見つめ、まじまじと威龍が呟く。
「‥‥ええ、まあ。こういうの凝るタイプなので」
 真剣な面持ちを崩し、苦笑しながらキーランが手を止めて返す。時折店の雰囲気を崩していないか確認しつつ作業をする彼は運ぶ時以上に丁寧かつ真剣で、手先も器用だ。
 こだわりもそこそこに作業を済ませると、台車を運びつつ次の場所に向かう。
「楽しいクリスマスが迎えられると良いな」
 レストランを出る際の威龍の言葉に、ウエイターの青年はにこりと笑い返した。
 次の個人宅に向かう三人だったが、ふと変化に気付きキーランは足を止めた。遅れて威龍も立ち止まる。
「フェロ、鼻が赤いですよ?」
「う、うん。ちょっと寒くて」
 言ってその場で足踏みをするフェロに、キーランは苦笑すると自分の巻いていたマフラーを外してそれを戸惑う彼に巻いた。
「これで少しは暖かくなりますね」
「でも‥‥」
「風邪を引いてはマリーさんに叱られてしまいますから」
 言ってにっこりと微笑み、頭を撫でる。それを見ていた威龍も、
「良かったな、フェロ」
 と快活な笑みを浮かべた。フェロが笑顔でお礼を言うと再び歩き出す。
「‥‥いいなぁ」
「ん?」
 振り返った二人に、フェロは少し逡巡してから口を開いた。
「お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなって」
 きょとんとした反応を見ると慌てて手を振る。
「ご、ごめんなさい」
 言って俯いたフェロの頭をまた威龍が少々荒っぽく撫でた。
「まあ、兄貴って言うには歳食ってるけどな」
「お父さんと言われなくて良かったです」
 にやりと威龍が笑い、キーランも苦笑する。それを見上げてフェロもまた笑顔になり、目を輝かせた。
「それじゃあ早く運ぼう!」

●B:働くサンタさん
 マンションの場所を確認した櫻はツリーを受け取り、その場所に向かった。小さめのツリーの為、両腕に抱えて歩いてもあまり負担にはならない。
 到着すると、マンションの玄関でメモにある部屋番号を入れ説明をする。相手の声が聞こえなくなるとロックが外れ、櫻は扉を開けて中へ入った。十階という事で万が一エレベーターが故障していたらと内心不安に思っていたが、無事動いているようだ。ボタンを押し上階から降りてくるのを待つ。
 と、音がしてドアが開いた。乗っていた住人らしき男性は一瞬櫻を見てぎょっとしたが、我に返ると慌てて出て行く。ドアが閉まり静寂に包まれる。
 十階に着き、部屋の前に立つと改めてインターフォンを押した。少しして扉越しに声が聞こえ、ゆっくりと音を立てて開く。
「どうもすみませ‥‥」
 言いかけ、先程応対した三十代程度の女性もまた櫻を見て驚いた。一瞬硬直した後、慌てて謝る。
「す、すみません」
「いえ‥‥こちらこそ驚かせてしまって申し訳ありません」
 言って気恥ずかしそうに櫻も自分の格好に目を落とした。赤に袖を覆う白。帽子も被っており言うまでもなくサンタクロースの格好である。時期柄、不審がられる事はないがやはり目立つようだ。
「でも、凄く似合ってますよ」
 可愛らしいですと微笑んで言われ、じわりと頬が熱くなるのが分かる。驚かれるのも不安な物だが、褒められても返答に困る。ツリーを手渡すと中へ案内され、飾り付けの手伝いもする事にした。別段慣れている訳ではないが、こうした作業も好きで。
「では、ここはこう致しましょうか」
「いいですね」
 櫻の提案に笑顔で女性も頷く。ツリーの置かれた横には写真立てがあり、そこにはその女性と同年代の男性が笑顔で映っている。それを一瞥し、自然と微笑んだ櫻の仕事はもう少し続いた。

●B:いざ美容院!
 念の為、宛名の確認を済ませて狼貴はゆっくりとツリーを持ち上げた。背の高い彼女の腰程もあるが、細身だが鍛え抜かれた身体を持つ狼貴には苦になる重さではない。カバーがあるとはいえ、少々持ちにくいのが難点だが。
 幸い美容院への階段は屋外にある。幅もそれほど狭くなく、慎重に上ればぶつける事もないだろう。
「‥‥クリスマスか、もうそんな時季なんだな‥‥」
 ふと。細心の注意を払いながらも意識は遠くへ向けられる。
(「‥‥祖国は今頃、雪に覆われているだろうか‥‥」)
 遠く、遠くへ。
 だがあまり感傷にも浸っていられない。上り終えると、狼貴は腕で押すようにして扉を開けた。
「‥‥どうも」
 いらっしゃいませ、そう言いかけた女性店員の足が止まるのに気付いて狼貴はやはりな、と思った。2メートル近い長身に、右目を覆う黒い眼帯。更に言えばまず女性には見えないだろう。おまけに大きい荷物を抱えているとなれば、悲鳴をあげられなかった事が奇跡に近い。
「注文いただいたツリーを届けに来た‥‥じゃなくて、来ました‥‥」
 気まずくも頑張って笑みを浮かべ事情を話す。愛想を振る舞うのは不得手な為、にこやかな笑みになっているかは疑わしかったが、眼帯を取る訳にもいかない。
「あ、有難うございます。ええと、ツリーはこちらに」
 状況を把握すると店員の硬直も解け、ガラス張りになっている方へ案内される。一度そこへ慎重にツリーを下ろすとカバーを外し、また軽く持ち上げて取り払う。
(「場所が場所だけに目立つな‥‥邪魔にならない内に出るに限るか」)
 と思い、電飾の入った袋を店員に渡すと足早に店を出ようとした。と。
「有難うございました」
 扉を開けたところで声がかかり、反射的に狼貴は振り向いた。袋を抱えた店員の笑顔に狼貴の口許も自然と緩み、軽く手をあげると店を出る。他の応援に回ろうかと思案しながら吐いた息は白かった。

●C:デパートの黄昏
 一方で硯もデパートに到着し、自分の担当する荷物を受け取っていた。心なし不審なタルトの姿を横目で見て気になったものの、まずは自分の仕事を終えねばと裏の搬入口で従業員に声をかけ、台車を借りて店の中に入る。スタッフルームに顔を覗かせると、多忙らしく見取り図に印をつけた物を渡された。謝る社員に笑顔で返し一件目に着くと、置く所を聞いて一つめのツリーを袋から取り出す。
「あまり凝った物は出来ませんけど、簡単になら飾り付けもやりますよ」
「本当? 助かるよ」
 言って男性店員は一度手を止め、視線を横に向けた。つられて、硯もそちらを見やり得心した。客が多いな、とは思っていたが、やはりこの時期はどの店舗も大忙しのようだ。従業員らしき人々が客の合間を縫って奔走する姿が見受けられる。
「じゃあ、作業にあたりますね」
「宜しく頼むよ」
 言って離れる店員を見送った後、テーブルの上に載せたツリーに取り出した電飾を巻きながら思考を巡らせる。
(「‥‥クリスマス、かあ。今年は兵舎の皆と過ごしたりするのかなあ」)
 あの面々に囲まれて騒ぎ尽くすのも楽しいだろう、と想像して硯の顔に笑みが浮かぶ。しかし反面で、恋人がいない者の集まりになるかもしれないと思うと急に複雑な心境になった。
(「ん〜、可愛い恋人とか欲しいなあ」)
 そう言えば他の地区に行った大曽根さん可愛かったなあと作業の手を止め、ぼんやり思う。外見こそ女性に間違われ今回も他聞に漏れないが、彼も健全な男性なのである。自分の外見をコンプレックスに思っている訳ではないが、少々寂しく思えてきた。人恋しくなる時季の所為かもしれない。
(「‥‥ま、それはそれとして仕事仕事、と」)
 まだ他の店舗にも回らなければならない。気を引き締めると、硯はセッティングを急いだ。

●C:幸せの使者?
「おえっ‥‥気持ち悪い‥‥うぷっ」
「‥‥やれやれ」
 口を押さえ、縋るようにドアに身体を押し付けるタルトに美澄は息をついて頭を掻いた。頼むから車の中で吐くなよ、そう付け足して。
「だ、大丈夫だ。王がこんな所で挫ける訳にはいかんからな」
 しかし初めての軽トラに撃沈したタルトもそのままではいない。車を降りプレゼントを身体で隠すようにすると、抜き足差し足忍び足の要領で慎重に周囲を窺いながらマンションに向かった。
(「これは子供へのプレゼントだな。ガキ共に見つからないようにするか」)
 十中八九、当日枕元に置いて渡す為の物だろう。その家の子供に限らず気付かれれば狙われかねない。自分の格好に合わせ、適当に脅せば良いだろう。
 ふ、とタルトは乾いた笑みを浮かべた。もっとも王である自分が民に見つかるヘマをするはずはない。壁から顔だけ出し、階段に子供の姿を見るとちょこちょこ歩いてエレベーターに乗った。部屋の前に着き、番号を確認してから扉を軽く叩き聞こえたのは若い女の声。扉越しに内緒の届け物を持って来たと言うと鍵穴が回る。
「有難うございま‥‥あら、可愛いサンタさんね」
 来客が見えず首を傾げた女性だったが、視線を落としタルトに気付く。差し出されたプレゼントを受け取ると微笑んだ。
「ちょうど寝てるところなの。本当に有難うね」
 言うとその女性は制止する仕草を見せ、一度玄関を離れた。戻ってくると、その手には渡した荷物ではなく小さな箱がある。渡されて開ければ中には手作りらしきクッキーが入っていた。
「余りで申し訳ないんだけど、お礼」
「賄賂は貰えんぞ」
「あら。それじゃ、これは私からサンタさんへプレゼント。受け取ってもらえるかしら?」
 動揺しつつも唇を尖らせたタルトに、女性はしゃがんで目線を合わせると小首を傾げて言ってみせた。
「な、なら受け取らんのも失礼だな。‥‥頂こう」
 蓋をして答え、タルトは懐にそれをしまい込んだ。その様子を見て女性が微笑んだのは言うまでもない。

「おい、変なサンタがいるぜ!」
「む、抜かったか」
 そして帰り。玄関を出際に声があがり、タルトは唸った。子供が三人、ベランダ越しにこちらを指差してくる。不可抗力とはいえ騒がれるのも問題だろう。そう判断するとタルトは、
「格好を見れば分かるだろう? 私は世界一有名な赤い不法侵入者だ。‥‥髭は無いがな」
 と静かに語り出す。雰囲気で髭をさすりかけて無い事に気付き、こほんと咳払いした。
「お前たちの所にはクリスマスに来てやるから散れ。良いか、クリスマスの日以外のサンタは怖いぞ!」
 華麗に脅しつけた為か、顔を見合わせる子供たちを見てタルトは満足すると、急ぎ合流する為に走り出した。

●お疲れ様
「っかぁ〜。やっぱ仕事終わりのタバコは格別だなぁ」
「‥‥おっさんくさいぞ」
「ほっとけ」
 呆れたように言う狼貴に煙を吐き出した美澄が間抜入れず返す。彼女も運転し続け、あまり休憩を取っていない。軽く肩を回しながらタバコを満喫する。
 と。扉が開き、店の中に硯と櫻が入って来た。
「お疲れ〜」
「これで全て完了ですね」
 ぱたぱたと手を振る美澄に気付くと二人は笑みを浮かべる。
「外での配達で身体も冷えてますし、温まる物でも食べに行きましょうか?」
 と提案したのはキーランだ。全員が戻り、無事に配達も終えた。後はせっかくだ、クリスマス気分を味わうのも悪くない。
「そうだな。俺の馴染みの店が近くにあるんだ、手料理も振る舞うぜ」
 こう見えても料理の腕には自信があってな、と付け足して威龍が笑う。一方で戻るなり飲み物を奢らせようとフェロに絡んでいたタルトも、
「よし、ならば決まりだ! フェロも来るがいい、乳酸菌入りなら振る舞ってやらなくもない」
「‥‥はあ」
 誇らしげに笑みを浮かべたが、フェロが溜め息を吐いた為再び絡み出した。この二人も変に仲良くなったようだ。
 八人は揃って店を出、暗い店内の向こうには笑い声が響いていた。