タイトル:道場のイベントに密着!マスター:リラ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/12/07 23:08

●オープニング本文


「いよいよどうにかせんといかんな‥‥」
 そう思案げに呟く男が一人。長い黒髪を一つに束ね、道着を着た男で、顎に手を添えた状態で左に右にと歩き回ってはどうすればいいものかと考えている。四十を越えるであろうその男がいるのは自宅の脇に構えた道場である。掃除も行き届き、清潔な雰囲気のするところではあるが、今は彼以外の人間はおらず、静寂の中にあった。
 初めは自身の鍛錬の為にと思い作ったこの道場を、一般にも開放したのはひと月前のこと。しかし様々な国の人間が集まるこのラスト・ホープだ、道場そのものの意味すら分からない人間も多く、また近所の人たちにもどうやらあまり良い目では見られていないようで。結果としてまともな来訪者はこれまで一人とて訪れはしなかった。
「ここが何を目的として作られた場所なのか、周りにも説明する必要があるしな」
 合わせて機会を持たなければならないだろう。
 元々一般に開放した理由は本来ある道場の意義というよりも、能力者たちが日々の鍛錬をする場所として提供するためなのである。特殊な力を持ち、キメラと戦う事の多い彼らのこと。落ち着いて鍛錬できる場所が必要なのは、彼らの先輩であった男にはよく分かっていた。現役を退いてからこの道場を作れるだけのゆとりを確保できたのは、少々皮肉かもしれないが。また必要であれば利用者を能力者に限るつもりはないが、彼らにアピールする場も必要だろう。
「ふむ‥‥やはりここは本業の者の手を借りるべきか」
 この場合、話すよりも実際に見てもらえば早い。能力者を集め、彼らの模擬戦闘を見てもらうという催し物をすればいいのだ。そうすれば能力者たちにはアピールする機会になり、近所の人たちにもここが何のためにあるのか理解してもらえるだろう。
 その結論に至ると、男は早速UPC本部へと向かうのだった。

●参加者一覧

大曽根櫻(ga0005
16歳・♀・AA
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
ハルカ(ga0640
19歳・♀・PN
黄 鈴月(ga2402
12歳・♀・GP
烏莉(ga3160
21歳・♂・JG
花火師ミック(ga4551
30歳・♂・ST

●リプレイ本文

●訪問
 依頼を受けて六人の能力者が集まり、イベントに向けて例の道場に訪れていた。
「ラスト・ホープにこんな所があったんだね。私、全然知らなかった〜」
 少々周囲と比べれば異彩を放つ道場の外観を眺め、ハルカ(ga0640)が言って無邪気な笑みを浮かべる。
「わしは一回見たことあるけど、まだ中に入ったことはないなあ」
 最年少だが年寄りくさい口調で言うのは黄 鈴月(ga2402)だ。彼女は偶然通りかかり、何の道場かと眺めていた所を手続きを終えて帰ってきた道場主と出会い、依頼を受ける事になった。とはいっても言った通り、まだ入って中を見ていない。
 と、図らずも話し声が聞こえたのか、入り口の傍に立っていた男が振り返り、声をかけてきた。
「依頼を受けてくださった方ですか?」
「‥‥ああ」
 掛けられた声に烏莉(ga3160)が答える。ほぼ同時にハルカも短く声をあげたが、当人以外は気付かなかったのか反応を示さなかったのか、誰かがそれを追求することはなかった。
「あなたが、道場主の方ですね」
「ええ。今回はどうも有難うございます」
 そのいでたちを見つめて大曽根櫻(ga0005)が言葉を口にし、道場主は柔らかく笑みを浮かべて頷いてみせた。しかし直ぐに考え込むような仕草を見せ、笑みが苦笑いに変わる。
「ここで話すのも何ですね‥‥。どうぞ、中へ入ってください」
「んじゃあ皆さん、お言葉に甘えるとしましょー」
 花火師ミック(ga4551)が一番乗りに道場主の後を追うと、振り返り皆に向けて言う。その後に続く五人だったが、不意に服の袖を引っ張られ、霞澄 セラフィエル(ga0495)は足を止めた。
「霞澄ちゃん。もしかして私、余計なこと言っちゃった?」
「ええと‥‥どうでしょう」
 あわあわとうろたえ、顔を近付け小声で聞いてくるハルカに、セラフィエルは曖昧な苦笑いを浮かべてみせた。二人は前から顔を合わせており、親しい仲だ。しかし直截に何か言うのも気が引けるのだろう。勿論ハルカ自身、悪気はなく、それは見ていれば分かる。あまり気にすることでもないだろう。

 中に入ると、当日に取るそれぞれの行動を決めて。後は本番を待つのみだ。

●宣伝
 当日の朝、ミックは他の面々に協力を頼み割ってもらった瓦を道場の前に山積みにすると、ちょちょいとその横に手書きの看板を立てた。そこには「あなたも稽古に励めば余裕で割れるようになります」という大きな字が踊り、その下には「本日道場にて演武あり」とも書いてある。人通りもあるので、そのうち誰か目に留めるだろう。
 と、その思惑通り約十分後、足を止めて看板に視線を落とした男たちの姿を見ると、ひょいとミックはその輪の中に紛れ込み、彼らの会話に聞き耳を立てた。
「演武ねえ‥‥」
「道場って、すげえ男くさそうだよな」
「初戦は美少女二人が戦うらしいよ?」
 ぼそり。急に混じった第三者の声に男たちは一瞬ぎょっとしたが、ミックの顔を見ると何故か、ああと納得した風に息を吐く。
「マジ、それ?」
「それも、かたや大和撫子、かたやチャイニーズ。しかもどっちも無茶苦茶強いよ?」
 もっとも、櫻はともかく鈴月は彼らの想像よりも幼い容姿だろうが。それでも立派な能力者には変わりなく、言葉に語弊はない。
「可愛くて強いなんて文句のつけようもないって!」
「‥‥た、確かに」
 指差し話を向けられ、しかし反論の余地もなく男の一人が頷いた。
「更になんとっ、トリは美女二人の真剣勝負! それも高貴な優等生美女と健康的な巨乳美女というフォローの行き届いた組み合わせっ!」
 喋っているうちに熱が入ってきたらしく、喋れば喋るほどミックの言動に勢いが増す。
「そんな二人が汗を流して戦うなんて、この機会じゃないと見られんよ? その攻防、見逃したら損損!」
 叫びが聞こえそうなほどに集まる男性陣の熱気が膨れ上がった。彼らがひそひそ相談をし始めた事が更に、また足を止めた人々の心理を煽る。
「あ、ちなみに自分は子供好きの男前と戦うんで、お嬢さんらも是非! 道場主の旦那も渋くてええ男よ?」
 遠巻きの女子学生や近くにある店の前で喋っている主婦へのアピールも忘れない。さながら叩き売りのごとく次々と湧いてくる宣伝文句に、人の輪は更に大きくなりつつあった。

(「私も何気にダシにされてるっぽい?」)
 ミックの口八丁にその周囲だけが異様な盛り上がりを見せる中、チラシを配り終えて戻り、暫くその様子を眺めていたハルカが胸中でぽつりと呟いた。もっとも、能力者でありながらグラビアアイドルの仕事もこなしている彼女だ、それを気にしているわけではないのだが。
(「‥‥っていうか、『フォロー』って何?」)
 むしろ気になるのはそれで。思わず自分の胸元に視線を落とした後、ハルカは首を傾げつつ道場へ戻るのだった。

 既に道場には近隣の住民や宣伝を聞いてきた能力者達が集まり始めていた。事前に決めていた通り、セラフィエルが来訪者への対応にあたり、詳しく話を聞きたいようであれば道場主と櫻に引き継ぐ。それも落ち着くと、鈴月の青龍刀を用いての演武や櫻の剣術指南が行なわれ、そしてルール説明の後、メインイベントである模擬戦闘が行なわれる事となった。

●模擬戦闘・一戦目
 一戦目は櫻と鈴月の勝負だ。二人はそれぞれ特技を披露したばかりだが、当然ながら息は乱れておらず、むしろそれが軽い準備運動の代わりとなっていた。
 防具を身に着けると、鈴月が軽くその感触を確かめながら櫻を見上げ、口を開く。
「櫻はん、遠慮はいらへんよ」
「‥‥そうですね。私も剣道道場の娘ですから、無様な試合は見せられません」
 互いに真剣な面持ちを見せ、勝負が始まる。

 竹刀を構えた櫻は攻撃に移行する様子はなく、どうも間合いに入った所を切り返す作戦のようだ。
(「こっちも待ち構えて掌底をかますつもりやったけど‥‥アテが外れたなあ」)
 開始前は模造刀を使っての演武だったが、今は素手だ。竹刀の相手とでは絶対的なリーチ差がある。櫻が動かないのであれば、初撃はこちらから懐に飛び込むしかあるまい。
 小柄な体を生かして死角に入り、攻撃を捕捉するとかわして掌底を入れる。場合によっては手首を払い落とす必要もあるだろう。それが成功すれば、まず反撃の余地は与えない。
 そこまで思考を巡らせた所で鈴月は動いた。床を蹴り、低い体勢で一気に間合いを詰める。
 それに対しての櫻の反応もまた素早かった。すぐさま低く竹刀を落とし攻撃に転じるが、既に予測済みだ。左足を一歩下げると、その勢いで体を横に反らして回避し、再度懐に飛び込む。横目で尚も攻撃を警戒しながら、掌を突き出そうとして。
「!?」
 櫻が半歩身を引いた為に、わずかだが距離がずれた。経験則がその隙間を埋めようと足に力を込めるが、反面で間に合わないとその感覚が囁いていた。
 櫻の死角の、更に死角。鈴月の体が潜り込み、本人の目線からはまともに映らないであろう右手の竹刀が正確に鈴月の左腕、そこにつけられた防具を打った。その数瞬後には半減した掌底が櫻の腹部に当たり、防具の感触越しの衝撃が伝わってくる。
 直後体勢を崩しかけたが、一度床に手をつきバック転の要領ですとんと立ち上がると、鈴月は軽く息を吐いた。
「負けやね‥‥でも、おもろかったよ。櫻はん、有難う」
「こちらこそ、有難うございました」
 そこで二人の気迫も崩れ、表情も和らぐ。同時に周囲の空気もまた、穏やかな物に変わっていた。

●模擬戦闘・二戦目
「こういうのは本職さんにお願いしたい所やけど‥‥」
 軽く体操をしていたミックだったが、独り言のように呟き苦笑するとその動きを止め。
「直感と運任せは違うんや、自分はギャンブラーやない」
 持った竹刀で軽く自分の肩を叩きつつ、首をぐりぐりと回す。
「科学者ミック、勝つつもりでここにおるで。烏莉の旦那」
 びしっと烏莉を指差し、ミックはにやりと笑みを浮かべてみせた。真っ直ぐ、眼前にある指先と不敵な表情を見返した後、烏莉は挑発とも受け取れるミックの言動にも全く表情を崩す事なく、静かに呟く。
「‥‥手加減はしない」
 二人の静かなやり取りに、緊張感が再び周囲を包んだ。

(「模擬戦闘つっても、あくまでこれは宣伝の一環」)
 集まった人々を盛り上がらせるのがあくまでも第一目標。勝敗は二の次だ。
(「この中じゃあ自分がいっちゃん弱い。誰も勝つとは思ってへんやろ」)
 唯一戦闘に向かない職で、しかも相手は技術にも戦術にも長けた烏莉。しかし、それを承知で組み合わせを決めたのは他の誰でもない自分自身だ。
(「逆に言えば、自分が烏莉の旦那に勝てばもう大番狂わせ‥‥無茶苦茶盛り上がるやろうな!」)
 想像するだけで心がぞくぞくと震えるのが分かる。
 だが、今烏莉から放たれているのは殺気だ。やはり手を抜くつもりは微塵もないらしい。もっとも、そうして勝ったとて喜ぶ者など一人もいないが。本気の烏莉に勝ってこそ、自分にとっても意義がある。
 これは一発きりの勝負だ。だからこそ勝機がある。
 だが、出鱈目に打っても当たらない。今はひたすら回避に徹し、一瞬でも必ず生じる隙を突く。
 スナイパーなだけあって、烏莉の攻撃は力に頼らず相手の動きを読み、戦術を組み立てての正確無比な攻撃だ。だが、頭脳勝負なら引けを取るつもりはない。自分の能力を理解し、その範囲で最大限に立ち回り、受け流し続ける。
 出来るならぎりぎりまで耐えるつもりだったが、やはり長くはもたない。そう判断すると、ミックは一気に構えを上段から下段に変えた。そして隙を与えまいと、そのまま刹那の虚を見定めて竹刀を振り下ろした。
 完全に直感での攻撃だった。だが自分はそれを信頼しているし、迷いもない。
 空を薙ぐ感覚が手に伝わると同時。衝撃と共に痺れるような痛みが腕に走り、ミックは顔をしかめた。そして直ぐに勝負の結果を悟る。
(「あちゃー‥‥」)
 防具が無ければ軽く骨が折れていたのではないか。そう思えるほど鮮やかな手刀だった。
 引き分けよりはずっといい。だが悔しさはあった。負けて目的も達せず。これでは‥‥。
 と。そこまで考え、ふとミックは沸きあがる歓声に気付いた。烏莉の強さを賞賛する声に混じり、ミックの健闘にあがる熱い声。それを耳にし、自然と頬が緩む。
 皆が楽しみ、自分も悔いなく戦えた。ならばそれで充分。笑みを刻み、更に盛り上げるためミックは声を張り上げた。

「あー、疲れた‥‥ってあれ? そういや櫻嬢の姿が見えんけど」
「櫻はんならさっき炊事場借りる言うてたよ。何か作ってるんとちゃうかな」
 ミックがタオルで汗を拭きつつ、きょろきょろと周囲を見回し問い掛けると、既に試合が終わった為、暇そうに膝を抱えて座っていた鈴月がそれに答えた。その横ではハルカが準備運動をして体を温めている。
「ほー、そりゃあ楽しみや。なあ、烏莉の旦那?」
 先程まで真剣な眼差しをして戦っていたとは思えないほどに飄々と、ミックが話を振ってくる。生き生きとして宣伝を行なったり、周囲を盛り上げる為に不利を跳ね飛ばして戦ったり。烏莉には決して真似できず、また様々な意味で真逆に生きる相手だ。
 傭兵として生き始めて幾らか経つというのに、目の前でこうして他人と接するとふと違和感を覚えることがある。歳は一回りほど上だろうに、まるで子供のように真っ直ぐ。そんな相手は、嫌いではない。
「‥‥ああ、そうだな」
 頷くと。その声音はわずかだが和らいでいた。

●模擬戦闘・三戦目
 そして最後はハルカとセラフィエルの勝負だ。ミックの宣伝効果もあって、異様なまでの盛り上がりを見せている。

 先程櫻に受けた指南を思い起こしながら、セラフィエルは再び竹刀を手にした。見知った相手だけにある程度の行動パターンは想像できるものの、それはお互い様。強敵には違いない。しかし自分も依頼をこなしてきた能力者の一人。本領は弓だが、体術にもそれなりの自信はあった。
「いっくぞー!」
 模擬戦闘が始まると、わずかな沈黙も挟まずハルカの先制攻撃が炸裂した。元より当たるとは思っていないのだろう、派手だが大振りで、横に跳んで回避する。ハルカが二撃目に移らない事を視覚すると、構えを下段から中段に変え、今度はセラフィエルが攻撃に転じた。
「ひゃー」
 攻撃しながら、ひとまず回避に専念するハルカの動きを注視し、まずは見極める事に集中する。得物は違えど、狙いを定める箇所は変わらない。今回はやはり攻撃してくる腕か脚が捉え易いか。

 一方ハルカも攻撃をかわしながら、セラフィエルの攻撃を観察していた。ざっと一通りの防具をつけているので少々動きに縛りがあり、鬱陶しさはあるものの気は楽だった。元々深く考える事は苦手な為、命のやり取りもなく思うがままに動けるのもポイントだ。
 三分を過ぎようとした所である程度アタリをつけ、身を屈める。それに合わせてセラフィエルの竹刀も下を向き、死角を埋めつつ振られ。それが当たるという寸前で床を蹴り一度後退すると、直ぐ足首に軽いひねりを加え、ぎりぎり横から回り込む形で急速に接近した。
 一瞬、二人の視線が交錯する。
 そして次の瞬間には勝負は決まっていた。セラフィエルの手から落ちた竹刀が音を響かせる。
「ふ〜、イイ汗かいた〜」
 わずか五分にも満たない攻防だが、髪は汗で張り付いている。互いに力を出し切った証拠だ。
「‥‥さすがですね、やはり追いきれませんでした」
「霞澄ちゃんこそ強かったよー! また今度やろうねっ」
 にこにこと笑みを浮かべて言うハルカに、セラフィエルも微笑み頷いてみせるのだった。

●そして最後
 道場主が想像していた以上の盛り上がりを見せた模擬戦闘も無事トラブルもなく終了し、以降は櫻の作ったおにぎりや皆で淹れたお茶を振る舞い休憩を取った後、集まってきた能力者たちや近隣の人々が加わってのイベントが続いた。
 その主たる内容は櫻の護身術講座と、鈴月の関節技講義である。前者は女性をターゲットに、合気道の技を利用した比較的簡単に男性を屈服できるような物を実演も交えて教え、後者は鈴月の独特かつ気を引く喋り方に加え、噛み砕いた話が功を奏しているようだ。特に櫻は男性相手に実演する事もあって、ミックの宣伝に引き寄せられたであろう、二心ありそうな男共が一斉に名乗りを上げたが、運良く選ばれた者も、彼女の技を受けると見事なまでに撃沈した。しかし結果的にはもう立ち直れないと激しく落ち込む者より、逆に強くなろうと燃え上がる者が意外と多く、微妙な動機と向上心でここに通いたいと道場主に詰め寄る者もまた続出したのだった。
 ちなみに、率先して宣伝活動に動いていたミックはまたもや忙しく双方の盛り上げ役を買って出ていたが、ばら撒いた噂の数々が本人たちの耳に届く頃には、ちゃっかりと何処かへ退散していた。