●リプレイ本文
●午前一時
緊急性が高く、また迅速で的確な行動を要求される今回の依頼を受けたのはホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)、木場・純平(
ga3277)、大曽根櫻(
ga0005)、ドクター・ウェスト(
ga0241)、ダーギル・サファー(
ga4328)、黒檀(
ga3571)、遠石 一千風(
ga3970)、建宮 潤信(
ga0981)の八人である。彼らは早速少女が運ばれた病院に向かうと、会議室らしき部屋に通され、UPCへ依頼してきた若い医師と話をしていた。
「でも、どうして皆さんはこちらへ‥‥?」
未だ動揺を残した様子の医師に、ホアキンが口を開く。
「急がなければならないからこそ、無駄な事は省いておくべきでね」
言って、そっと苦笑してみせる。
単純な心理としては直ぐにでも動き、少女を捜すのが当たり前だろう。しかし、それは得策ではない。幾ら人数が多くとも、無計画であればそれはさして意味を為さなくなるからだ。なら、ある程度の時間を割いてでも判断材料を得、それぞれの考えも踏まえた上で各自の役割を決めて動く事。最終的にはそちらの方が実を結ぶものだ。
もっとも、ここに来るまでに提示されていた依頼内容と得意分野に合わせて、暫定的にだが担当は決めてあった。ホアキン、櫻、ダーギル、黒檀、一千風、潤信の六人が各自、分かれての捜索にあたり、純平が搬送用の車輌を運転し、それに同乗するウェストが指揮を取る。事前に無線機や乗り物なども手配済みだ。それでもこの病院に立ち寄ったのは、細心の注意を払えるよう詳しい怪我の具合を聞いておきたかったのと、もう一つ。
「こちらにUPCからFAXが届いていませんか?」
櫻が問い掛ける。
依頼を受けた際にUPC本部で開示できる範囲でのイディアのデータと、この街のマップは受け取っている。しかし彼女が受け、結果的にこの病院へ運ばれるきっかけになった依頼の事は何せ日々膨大な量の依頼が舞い込んでくるのだ、報告書など依頼の詳細が書かれたデータを見つけるには時間が掛かるとの事で、彼らが街へ移動している間に送る話になっていた。
「え、ええ。これですね。後、カルテはこちらに」
カルテはウェストが受け取り、報告書は他の七人が目を通す。
「出来ればこの中の一人にでも連絡を取りたいところだけど‥‥」
「難しい、かな」
黒檀と同様に少し厳しい表情をして一千風がぽつりと呟いた。
この街の近くでの依頼だったようだが、それも達成されてから時間が経過しており、事前に聞いた話からしてもこの周辺にその仲間たちがいる可能性は限りなく低い。現在何らかの依頼に関わっておらず、協力する為にここまで来る者もいるかもしれないが、移動にかかる時間がネックだった。
「一応連絡はしておきましょう。もしかしたらという事もありますし」
「ああ、そうだね」
櫻の提案に純平も同意して。
「後は捜索範囲の絞込みといったところかな」
「む、そう言えば既に病院の近辺は捜したそうだな。すまんが大体どの辺りまでかこの地図に書き込んでくれ」
「あ、は、はい」
潤信の言葉に頷くと医師が白衣のポケットからペンを出すとその範囲を描き始める。
「可能性は低いでしょうが念の為、皆さんが出発したら私たちももう一度病院内と周辺を捜してみます」
「ああ、そうしてくれると有難い」
緊張の類も多少落ち着いてきたようだ。潤信が感謝の意を示すと、ぎこちないながらも医師の顔に安堵したような笑みが浮かぶ。
「ち‥‥面倒くせえガキが。怪我人は大人しく寝てやがれってんだ」
そのやり取りを見ていたダーギルが不意に、舌打ちして零すと苛々したように後頭部を掻きむしった。それを一瞥したホアキンが、独り言のように呟く。
「ま、ダーギルの言う事も間違っちゃいないが‥‥俺は頑張る女の子が好きでね。彼女は仲間想いのようだし、好みのタイプだな」
柔らかい声音だったが、その表情は何処か苦々しい。言っても現状は深刻な物だ。痛む心もないわけではない。
「私も、彼女には正直好感が持てる。無為に死なせるのは何としても避けたい」
黒檀も淡々と自分の思いを口にして。居心地の悪さを感じたのかダーギルは顔を背けたが、
「俺様も能力者だ、受けた依頼はちゃんとこなす」
言いながら、目を細め。
「‥‥とっとと捜す場所を決めてガキを連れ戻そうぜ」
話を次へ進めるよう促す。
「彼女の状態が心配だ。早く見つけなければ」
「そうですね。では早速、捜索範囲を決めましょう」
医師が書き加えた事で多少なりと範囲は狭まっている。また、
「腹を縫った矢先じゃそうは動けねえし、タクシーを拾うような金もありゃしねえだろ」
「通報がないんだ、何処かで倒れている可能性も高いだろうし‥‥」
とある程度推測の余地を踏まえれば更に範囲は抑えられる。もっとも、方向で判断するのは危険な為、四方に分かれなければならないが。
ここに住む医師に直接話を聞きながら移動手段に合わせて区分けし、担当する場所を決めると直ぐ捜索にあたる為、部屋を出ようとして。
「おおっ、忘れるところだったね〜」
最後尾にいたウェストが不意に声をあげて振り返り、医師がびくりと肩を震わせた。
「君、一通りの医療器具を貸してくれたまえ〜」
「え、ええ?」
白衣は着ているものの、少なからず胡散臭い雰囲気を放つウェストだ。少々身を引きつつ声をあげる医師に彼は続ける。
「本職ではないが一刻も争うということでね〜」
彼は私設の研究グループを持っている。その研究対象は多岐に渡り、無論医療の心得もあった。少女を発見し、搬送する最中でも処置が出来ればそれに越した事はないだろう。
「わ、分かりました」
言い、医師が医療器具を取りに別の部屋へ向かう。
「時間が掛かりそうだな、俺様は先に行かせてもらうぜ」
「そうだな。俺たちは捜索に当たろう。この病院を出たらまた連絡してくれ」
ダーギルとホアキンが言って、他の四人もまた同意し。
「なら俺は正面に車を横付けし、いつでも動けるようにしておくよ」
「頼んだよ〜」
純平とウェストの方も直ぐに話をつける。
夜が明けるまで、約四時間。
●午前三時十分
『彼女が見つかった、直ぐに来てくれ。場所は‥‥』
通信機越しにホアキンの報告を聞きながら一千風は持っていた地図に視線を落とした。ここからならかなり近い。搬送車よりも先に到着した場合、ある程度の応急処置も出来るだろう。自分の現在地とルートを確認すると、彼女は直ぐに向きを変えて走り出した。
●午前三時二十二分
「あなたの仲間は皆無事だ。キメラを倒し、あなたを病院に運んだ」
得た情報を元にホアキンは説得を試みていた。もはやろくに動けず、逃げる事もままならない彼女はせめてもの抵抗のように首を左右に振る。
「今のあなたには、助けてくれた仲間への責任があるはず‥‥生きろ」
ホアキンの真摯な眼差しと言葉に、彼女は現実を認めざるを得ないようだった。目を閉じ傾いた身体を彼が肩を掴み支える。合流した一千風が一歩足を踏み出すと、焦点を合わせるのに少し時間を要しながらも彼女が見上げてくる。
「まずは治療に専念。次に先の依頼で一緒だった仲間にお礼を言って」
ホアキンに支えられたまま、じっと見返してくる彼女に言葉を続け。
「そうしたらいつか、共に戦友として戦う事もできる。あなたがそれを望むなら」
「‥‥そう、だね。礼、はちゃんと言わない、と‥‥」
ようやく笑みを浮かべた彼女だったが、不意にその全身から力が抜けた。
「まずい‥‥!」
焦りが混じるホアキンの声を耳にしながら、一千風は二人に駆け寄ると直ぐに傷を診た。逸る気持ちに自分の鼓動が急ぎ足になるのが分かる。その様子に合わせて、ホアキンはゆっくりと彼女の身体を下ろし、横たえた。
見ていた範囲でも、診る限りも、彼女は彼に治療を許していない。時間は予想よりも早かったものの、反面で動き回ったのだろう、出血は想像よりも多い。かろうじて意識も繋ぎ止められているが、薄着で夜風に晒され続けた事を差し引いても触れる肌は冷たかった。
彼女の状態に一通り目を通すと、後は頭で考えるのと平行して手が動いていた。一千風はかつて医師を志した人間だ。怪我人を目の前にして放っては置けない。またイディアは同じ能力者であるだけでなく、歳や髪と瞳の色も似たようなもの。だから尚更、助けたいと思うのかもしれない。
手早く止血を済ませ、それを確認すると、一千風はイディアの上半身を起こし、包み込むようにして彼女を抱きしめた。
「これ以上体温を下げると危ない。身体をさすってあげて」
「分かった」
言う一千風も片手でそっと背中をさする。後はこのまま、車が到着するのを待つしかなかった。
●午前三時二十四分
「ち‥‥説得中か」
報告を受けて現場に向かったはいいが、既にホアキンと一千風が懸命に話をしているらしい声が聞こえ、ダーギルは少し離れた場所で足を止めた。自分の性格は自身が一番分かっているというもの、今このタイミングで行っても火に油を注ぎかねない事は充分に承知していた。
(「そんないい子ちゃんでもなさそうだしな‥‥見ててイラつくからって、さすがに半死人をぶっ飛ばす訳にゃあいかねえし」)
話を聞く限り、イディアは言って大人しく聞くタイプではない。だが我を忘れ現実も受け入れられず、その上、暴れられでもしたら思わず手が出てしまいそうだった。最終手段として突きつける為、送られてきた報告書は持っていたが、おそらく出番はないだろう。遠目で見ても体力と共に気力が削られているのが分かる。説得できるのが先か、彼女が倒れるのが先か、微妙な所だった。
「‥‥ったく、自分の命も守れねえ奴が人様の命を守れると思ってやがんのか」
それもまた、新米ゆえの事なのだろうが。
一人悪態を吐くと、ダーギルは説得には付き合わない代わりに自分のバイクのライトを明滅させた。気休め程度かもしれないが、まだ到着していない者たちには目印となるだろう。
「‥‥偉そうにいきがるのは、俺様みたいにてめえのケツも拭えるようになってからにしやがれ」
呟いて。闇と対照的な白銀の髪を風が撫でていった。
●午前三時三十六分
「遅れてすまない!」
搬送車輌が到着したのは約十分後の事だった。その頃には既に全員が合流しており、同性の三人がイディアの傍で治療を施している。
「それと、すまないがバイクで先導してくれないか」
純平が続けて言って、待機の間に調べた、交通量が少なく病院までの距離も短めのルートを記した地図を手渡した。それを受け取ったダーギルはざっと目を通すと、
「バイクに乗ってんのは俺様とホアキンか。ち、急ぐぜ」
「ああ」
応じるホアキンに地図を投げて寄越し、止めたバイクの方へ向かう。同様にホアキンもまた急ぎ走り出した。
「では、私がイディアさんを抱えて車内まで運びますね」
櫻は二人を目で追った後で言うと、慎重に一千風の前で屈み、イディアの身体を抱え上げた。このメンバーの中では群を抜いて小柄な彼女だが、やはり刀を持って戦う人間。細腕で支えるとさして苦心する様子もなく、車の待つ方へ歩き出す。
後部座席を倒してその上に毛布を敷き、イディアを受け入れる準備を整えていた純平が顔を上げる。
「櫻さん、助かるよ」
「いえ‥‥後はお任せします」
背中に手を添えて、そっとイディアを寝かせると櫻は純平を見返し、軽く頭を下げた後で車から降りた。外にいる四人を一瞥すると、イディアの傍に座り彼女の身体を揺れで刺激を与えないように固定しながら、ウェストが笑みを浮かべる。
「我が輩たちに任せたまえ〜」
その言葉に純平も頷いてみせ。
「私たちも後で合流しよう」
「では、また」
四人を残し、バイクと車が動き出した。
●午前三時四十五分
ホアキンとダーギルが先行して走り、その二つの光を追うように純平の運転する車が続く。それなりに大きな街だ、深夜とはいえ往来もある。その中で彼らは安全と迅速をなるべく両立する速度で病院へと向かっていた。
その車内ではウェストが応急処置を引き継いでいる。
「まったく、我が輩は本職の医者ではないのだがね〜」
ぶつくさと文句を零しながらも、その手は止めない。
「あたしは‥‥」
うっすらと目を開けたイディアが、先程の事も何処か遠くあるのか、息を吐くようにかすれた声をあげる。
「君は仲間を守ったのだ、全部背負う事はないね〜」
鎮痛剤を打ち、少しすれば効いてきたらしく、彼女の瞼が徐々に下がっていく。それを見やりながらウェストはふと独り言のように呟いた。
「ゆっくり休みたまえ」
もう彼女の仕事は終わったのだから。次を始める為には休む事も必要だ。
ふと過去に痛みを覚えながら、顔をあげ、ミラー越しに純平を見やるとウェストはいつになく真剣な面持ちで声を張り上げた。
「処置は一時的なものだ、急げジュンペイ君!」
●午前四時十八分
連絡を受けて待っていた医師たちは到着した車のドアが開くと、状態を聞きながら慣れた動作で彼女の身体を担架に乗せる。
「有難うございました! 後は私たちが!」
入院患者とはいえ緊急を要する事態だ、切迫しながらも礼を言った看護師も担架の後を追って走っていく。
そうして彼女が引き取られるのを見届けた後。純平は一人のそのそと車へ戻ると、最初ウェストを待っている間に病院内の自販機で買った、今はもう冷え切ったコーヒーに口をつけ、一旦離すとそっと安堵の息を吐き出した。自分たちに出来る事はもうない。後はここの医師に任せ、その結果を待つしかなかった。車の窓ガラス越しに見る空はいつの間にか色を変え始めていて、もう一時間も経たずして完全に夜の明ける頃になっていた。
だが不思議とそれに対する危機感はなく、代わりに自分たちの仕事をこなした達成感と、無事に彼女を送り届けられた喜びが入り混じり、心地良い感覚が胸の中にあって。自然と笑みを刻むのだった。
●そして夜は明ける
無事病院に搬送されたイディアは直ぐ集中治療室に運ばれ、再手術が行なわれていた。全員が合流した後は何時間も捜索に奔走していた事もあって、何人かは眠りに落ちつつあったが、それも手術中のランプが消えてドアが開いた事で即座に覚醒する。
あの依頼主の医師が先に出てくると、八人を見返して深々と頭を下げた。
「皆さんのお陰で大事には至りませんでした。本当にありがとうございました」
言い終わると顔を上げ、そっと苦笑する。
「さすがに入院期間は増えますけどね。時間は掛かりますが、リハビリを受ければ復帰も可能だと思います」
「‥‥良かった」
「‥‥どんな事も経験を積めば分かってくるものさ。生きてさえいればな」
ほんの少しだけイディアの行動を皮肉るように潤信が呟き。だがその表情も何処か和らいでいた。
これでようやく、本当の意味でも依頼は終わりだ。
いつの間にか、廊下に並ぶ窓からは柔らかな光が降り注いでいた。