●リプレイ本文
●合流
何をしてでも彼女に逢いたい。その熱く強い気持ちが功を奏したのだろうか、UPCに依頼した後、ますます落ち着かない日々を過ごしていたアドルに希望が舞い込んだのは噴水の前で奇声を発してからおよそ一週間後の事だった。
「よ、宜しくお願いしますっ!」
あの噴水の前で待ち合わせし、依頼を受けてくれた能力者たちと合流を果たしたアドルは開口一番、そう言って頭を下げた。しかし声が裏返ってしまい、慌てて続ける。
「す、すみません俺緊張してて! まさかこんなに集まって頂けるとは思ってなくて‥‥」
顔をあげて順番に集まった能力者たちの顔を見つめ、アドルは尚も緊張したように胸に手を当てた。
今回彼の依頼を受け、集まったのは奉丈・遮那(
ga0352)、メアリー・エッセンバル(
ga0194)、霞澄 セラフィエル(
ga0495)、鏑木 硯(
ga0280)、嶋田 啓吾(
ga4282)、真田 一(
ga0039)、白鐘剣一郎(
ga0184)、漸 王零(
ga2930)の八人である。
「それも、半分が女性なんて」
『え?』
ぼそりと呟いた言葉に幾人かの声が唱和し、アドルは何か可笑しなことを言ってしまったのかと視線を左へ右へとさ迷わせる。その様子を見て硯が苦笑した。
「もしかしなくても俺と真田さんもカウントしてますか?」
「‥‥ええと、違うんですか?」
きょとんとしてアドルが聞き返す。そしてしばし考え込むように沈黙し。
「え、男?」
ようやく、半ば信じがたいと言う風にだが結論に至ると硯は似合ってるんだからいいじゃないですか、と言うかのように柔和な笑みを浮かべて肯定した。
言ってきた硯は黒髪黒目の大和撫子としか形容のしようがなく、心なしか憮然とした表情になっている一はさっぱりとした服装で、背も横に並ぶ剣一郎や啓吾と同様に高いが、端正な顔立ちは何処か中性的でもある。
「あああ、あのすみません!」
依頼を受ける前に聞いた思い込みの激しい姿を今まさに目の当たりにして、能力者たちはふと一抹の不安を覚えるのだった。
●事前に情報を
「さて、まずは情報を整理しておく必要があるか」
「ああ。それに俺たちはその女性の事を知らないからな。情報を補えるように、女性の特徴をもう少し詳しく聞かせてくれ」
一通りの挨拶を済ませると、八人はアドルの部屋に移動し本題に移った。今回、少しでも人手の多い方が良い為、個人で動いても問題がないよう事前に携帯電話や街の地図、メモ帳等必要なものは各自で既に用意してある。剣一郎の言葉に一が頷き、まずは遮那が確認をする。
「確か、金髪で緑色の目の綺麗な女性、という話でしたね」
「まずは眼つき、身長。服装の種類など覚えている限り教えてくれ」
キッチンで人数分のお茶を入れて戻ってきたアドルはうーんと唸って少々沈黙すると、記憶を辿りながら話し始めた。
「眼はこう、たれ気味で笑った顔が凄く綺麗で。身長は俺よりも低くて‥‥鏑木さんくらいかな。で、いつもスーツを着てたと思います。それがまた似合ってて可愛くて」
「綺麗なのは分かったから」
既に食傷気味のメアリーが言葉を遮り、その様子を見てセラフィエルが苦笑する。
「後は手荷物と髪型。それから年齢もどれくらいか聞かせて下さい」
何処からどう見ても普通としか言いようのないアドルだが、特殊な趣味とも限らない。思って硯が質問を付け足す。
「荷物は普通のバッグ一つだったような。髪は腰くらいで括ってなかったと思う。歳は二十代半ば、かな」
「他はそれぞれ会った場所と向かっていた場所、時間だな」
王零の言葉を聞き、啓吾が更に付け加える。
「それとあなたの職業も」
「俺の職業、ですか?」
意外らしくきょとんとするアドルに説明する。
「何度も会うって事は行動が重なってると思うんですよねえ。似たような職業なのかもしれませんし、念の為」
言われ、納得して彼は頷き。
「俺は一応ライターをやってます。彼女に会うようになったのもそういえば、特集を始めてからかな」
「特集?」
「在り来たりですがコンビニスイーツの特集を‥‥」
気恥ずかしそうに言った後、アドルは机に広げられた地図を広げ、指先で辿りながらペンを取った。
「最初はさっきいた噴水の所で会って、ここのレストランまで。確か午後二時くらいかな。次はこの通りでここのビルまで、時間は同じくらい。で、最後がこのスーパーから本屋までで夕方だったと思います」
「俺は出会った所近辺で共通する業種の建物がないか調べてみようと思う」
「そうですね、行く場所は違っても来た方向はちょっと範囲が狭めですし‥‥その辺りが引っかかるのでそちらを当たってみましょうか」
アドルが指し示した地図を見ていた一と硯がそれぞれに情報を纏め考えを口にする。同様に考え込んでいた剣一郎も皆の方を見つめ、言う。
「後は‥‥最近ラスト・ホープに来たと言う事は、彼女が俺たちと同じ能力者である可能性も考えておくべきか」
「ああ、それは盲点でした」
ぽん、と手を叩いてみせる啓吾に剣一郎は苦笑いを浮かべ。
「俺はその方向で当たってみよう」
「あ、僕も一旦本部に行きます」
遮那も軽く手を挙げた。
「UPCの職員の方に訊いてみます。別人だとは思いますが、一応」
「該当しそうな女性を片っ端から当たるしかないからな。良いと思うぞ」
王零が静かに言って。
「我はアドルの行動範囲周辺を捜索しよう」
「それじゃあ、私は逆に彼女の行動範囲から当たってみるわ」
記録し終わった地図をしまい、メアリーは微笑んでみせる。と。
「あの‥‥」
ずっと思案げに黙り込んでいたセラフィエルが声を漏らし、その場にいる全員の目が彼女の方へ向けられた。
「考えていたのですが、私はここに残ってもいいですか? 皆さんの行動を把握しておく役も必要ですし、それに」
顔をあげ、彼女が見つめたのはアドルだった。
「アドルさんと少し、お話したいこともあります」
「‥‥いいんじゃないか?」
真摯な眼差しを見て最初に口を開いたのは一だった。彼女とアドルとを一瞥し、続ける。
「依頼内容は彼女を捜す事だが、それをこなすだけで済む物でもないしな」
せっかく受けた依頼だ。見つける事も大事だが他にも出来る事はあるだろう。
「それでは、各自行動して手掛かりや本人が見つかればメールで連絡という事で‥‥」
「行きましょうか」
掛けられた声に皆が頷き。散開しての捜索が始まった。
●捜索の前に
玄関に来た所で口を開いたのはメアリーだった。
「さすがに本人の前では言えなかったんだけど、アドルさん、かなりテンパってるでしょ? その上UPCを使ってまで好きになった人を探し出そうとしてる。その気持ち自体は否定しないけど、私が彼女の立場だったらひくと思うのよね」
「考えてみればそう、ですね‥‥」
軽く首を傾げつつ、硯が頷く。
「だから私はアドルを捜しているように聞き込みしようと思うの。彼が以前こういう女性と歩いているのを見かけたっていう話を聞いたから、彼でも彼女でもどちらか見かけたことはないか、っていう風にね」
そうすれば少なくとも、アドルがUPCを雇って彼女を捜索したとはばれにくいだろう。無事に彼女を見つける事が出来れば同様にアドルを捜しているという事にして彼と会った場所の一つに案内してもらい、そこに来るようアドルに連絡する、というわけだ。そうすればアドルがその場に現れてもさほど不自然ではない。
「勿論押し付けてる訳じゃないし、事情を説明した方が二人の為になるのならそれでいいと思うわ。何度も道案内を頼んできたって事は、向こうだってそんな悪印象を抱いている事もなさそうだし‥‥私のうがち過ぎかもしれないしね」
「我も良いと思うぞ。見かねて協力したものの、その理由で玉砕では惜しいからな」
他の、例えばアドル本人が原因で上手くいかなかったならそれはそれで致し方ない。だが依頼を受けた以上、見つけるだけではなく自分たちが最善の行動を取り、いい方向へ導いてやりたいと思うのもまた心理だ。
王零が同感する一方で啓吾は、
「なるほど、能力者とはこういうところにも気を使うべきなんですねえ‥‥。ふむ、勉強になります」
と皆とはまた違う意味でメアリーの提案に感心していた。
●推理
「しかし変な話よね」
まずは彼女の職業を割り出そうと足を止め、思考を巡らせていたメアリーは顎に手を添えて疑問を口にした。
「というと?」
「時間帯は大体似たようなものなのに向かっていた場所に一貫性がないじゃない?」
同様に彼女の職業を推理しつつビデオカメラのセッティングをしていた啓吾も合わせるように顔をあげて小首を傾げる。
「営業か何かでしょうかねえ」
「結構広範囲だわ。ま、相当敏腕って可能性もあるけど‥‥」
「営業と仮定するなら業種も考えないといけませんねえ」
「うーん‥‥」
どうも一筋縄ではいかなそうだ。と。
啓吾の携帯が鳴り、それに幾らか遅れてメアリーの携帯も鳴った。該当しそうな女性への手掛かりが見つかったらしい。時間を要すると思われたが、意外と早かったようだ。
「ともかく会ってみましょうか」
●会話
皆が捜索に当たる一方で残ったセラフィエルはアドルに話をしていた。自分が彼を見て思った事を真摯に口にする。いずれ彼女は見つかる、だがその時に会って想いを伝えるのは自分たちではなくアドル自身だ。机の上にある手紙に視線を落とすアドルに、セラフィエルはそっと微笑んだ。
「自信を持って下さい、貴方は誰よりも彼女を好きなのでしょう?」
はっとして顔をあげる彼に続ける。
「彼女との縁を繋ぐ為に貴方がしなくてはならないのは想いの篭った言葉を伝える事です。簡単で難しい事ですが、勇気を持って伝えれば必ず実を結ぶはずです」
と、伝えきった所で不意に携帯が鳴った。開き、届いたメールに目を通す。そして緊張した様子でこちらを見返すアドルにセラフィエルが伝えた。
「一度合流するそうです。噴水公園に行きましょう」
●結末は
セラフィエルは噴水の前でアドルが立ち止まったのを見ると、彼に気付かれないようそっとその場から離れた。そうして木々が風に揺れる方へ向かい、仲間たちと合流する。
「無事に見つかったんですね」
「意外と早かったです。何しろ、彼女は有名人ですから」
首を傾げるセラフィエルに硯が言葉を続けた。
「彼女、小学校の先生だそうですよ」
「先生‥‥ですか?」
それぞれ捜索の後、直接本人に会って得た結果はこうだ。
彼女が住んでいた街はキメラの猛威に晒され、そして街ごと廃棄される事になった。身寄りのない彼女が今後について途方にくれていた所、能力者である友人がこのラスト・ホープに来ないかと誘ってきて。その友人の仲介もあって、元々子供たちに勉強を教えていた彼女は臨時扱いではあるが、この街にある小学校で働き始めたというわけだ。
「つまり、あちこちに行っていたのは家庭訪問が目的だったらしい」
中途半端な時期にもかかわらず、彼女はその容貌と穏やかな人柄で早くも子供たちから人気があるらしい。その話が子から親へと伝わり、会ってみたいと申し出る親が何人もいて、彼女はそれに応えた。だが越してきたばかりで、かつ慣れない都会に苦戦した彼女は道を訊く為に声をかけ、そしてその相手がアドルだった。
「さすがに直接家まで案内してもらうのはまずいと思ったんでしょうね」
「改めて見れば、目印になるような建物ばかりですね‥‥」
遮那の言葉に思い起こしてみれば。一回目はレストラン、二回目は商業ビル、三回目は本屋と比較的目立つ建物だ。アドルと別れた後はそこを目印に家へ向かったのだろう。
「でも、見つかってよかったですね」
「難しくても行動してみるべきですよね、やっぱり」
「ああ。あれ程人を想えるのは凄い事だからな。見つけてやれてよかった」
両手を合わせて微笑む硯と柔らかく笑う遮那に一も頷いてみせ。
「彼、上手くやれるといいですねえ」
「今後は彼の者次第だ」
無事に見つけて自分たちなりに出来る事はした。後は彼の想いが形を成すだけだ。
「きっと焦らず慌てずやれば大丈夫さ」
「後は彼に任せて帰りましょう」
剣一郎とセラフィエルも言って。
その場から離れ際、メアリーは振り返ると笑顔で小さく呟いた。
「私たちへのお礼は後でコッソリね。さ、頑張って」
●そして再会
「え‥‥?」
メアリーからの連絡により、一度合流するため能力者たちと待ち合わせをし、また初めて彼女と出逢った場所でもある噴水公園へと向かったアドルはそこに待っているはずの人たちとは違う姿を認め、足を止めた。少し遅れて立っていた女性も彼に気付き、驚愕の表情を浮かべる。
「どうして、君が」
アドルは混乱していた。ぐらぐらと目眩がして、そのくせ心臓は急ぎ足で動き始める。もしかしたら自分はこのまま死んでしまうのではないか。そう思えるほどに。
「丁度良かった、貴方を捜している人に会って‥‥! ‥‥ってそういえば私、連絡先を訊くのを忘れちゃってましたね」
一体何が起こっているのか。それは理解できなかったが、目の前に彼女が舌を出し、苦笑している姿がある事だけは紛れもない現実で。
「俺を、捜している人?」
「はい。男の人と女の人が七人。写真を見せた後、貴方と会った場所に案内して欲しいと言われて、それでここに来たんですけど‥‥」
七人。それはアドルと共にいたセラフィエルを除いた人数ではないか?
と、不意に振り返ってみても一緒にここへ来たはずのその姿はない。
(「もしかして俺、嵌められた?」)
そこでようやく気付いたものの、もう遅い。それに不意打ちでこちらを驚かせるというよりも性格を案じての事だろう。さすがに自分でも、ここまで来れば行き過ぎな自覚もある。
「‥‥気にしないでください」
「え?」
「きっと、用が出来ればまた会えるでしょうから」
言って、笑ってみせ。疑問を残したままながらも頷く彼女を見返し、こほんと咳払いする。
「俺、君とまた会って色んな話をしたいって思ってて‥‥君の事が、好きで」
セラフィエルの言葉を思い起こしながら必死で気持ちを口にし、取り出した手紙を差し出して。と、はたと我に返る。
「‥‥ってあ‥‥俺たち、自己紹介がまだですよね。俺はアドルって言います」
「本当、まだ名前も知らないなんて不思議なくらい。何度もお話してるのに」
そうして彼女は優しい微笑みを浮かべ、そっと伸ばされた手は手紙を包み込むようにして受け取る。
「私の名前はエリヤです。宜しくお願いしますね、アドルさん」
●後日談
数日後、謝礼を渡す際にアドルから聞いた話だが再会してひとしきり話をした後、連絡先を交換し合い、既に毎日のようにやり取りをしているらしい。まだこれから互いを知っていく段階だというが、このままいけば良い方向へと向かうのも時間の問題だろう。
かくして無事に今回の依頼は解決に至ったのだった。