タイトル:咎の籠を開けてマスター:リラ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/31 01:30

●オープニング本文


●鮮やかな残滓
 その少女を目の前にした瞬間、私が感じたのはとても強烈で、でも少しだけ理解できる狂気の類だった。記載されていた年齢以上に大人びて見えるのは、きっと造形とは違うところから得た印象。擦れて、傷付いて。‥‥何よりも悲しげで。でも何処か優しい。分かるようで分からない。遠いようで近い。そんな、矛盾した感情ばかりが私の思考を埋め尽くした。
 年齢は私よりも幾らか下。でも私のこの人生とは比べ物にならないほどの濃くて重いことを、彼女は当たり前のように経験してきたんだろう。幾ら能力者でなくても、そういう知識に明るくなくても。ある程度は雰囲気で分かるんだ。特に、彼女のように押し殺すことも出来ないところまで疲弊した人なら。
 彼女が一体何をしたのか。
 それを私が知ることはない。知ったら知ったで、否応なく嫌悪や同情を抱くかもしれないから知ろうとも思わない。そんな判断がつくくらいには、諦めのような慣れが身につき始めたのだろうか。けれど、そんな風に頭の中で区切りをつけていても気に掛かるのは事実だった。

 何処か険しいまなざしは常に遮られた窓のほうへ。
 傷付いた身体はその脆さを感じさせないほどしっかりと伸ばされていて。
 私たちに向けられる表情や言葉は優しく、悲しげなもの。

 事情だけじゃなく、彼女の生まれや生活について私は詮索したことがない。きっと、聞いても答えてはくれないだろう。
 だけど私は知っている。彼女の表情も、声も。心の深いところに触れることはなくても。私は彼女のことを覚えている。
 彼女はもう直ぐ違う病院へ移ってしまうらしい。そこで手術をすると聞いたけど、やっぱり詳しいことは知らない。

 私には何が出来るんだろう。彼女には何が必要なんだろう。
 そんなことを考えながら、私は彼女の傍で笑っていた。

●参加者一覧

佐嶋 真樹(ga0351
22歳・♀・AA
沢村 五郎(ga1749
27歳・♂・FT
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
風(ga4739
23歳・♀・BM
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
アンジェリカ 楊(ga7681
22歳・♀・FT

●リプレイ本文

●出会いと再会と
 当日になっても緊張はない。ただ、数ヶ月前の事を思い出していた。懐かしいような、それでいてつい昨日のような。忘れられないその記憶が蘇って意識を刺激する。その時その場にいた相手が目の前にいるから。数瞬上手く結びつかなかった像が、今は確信を持てる。
 そこにいた三人は既に知っていたのだろう、大きな驚きや動揺はなかった。
「あぁ‥‥お久しぶりです‥‥。お加減、いかがですか‥‥?」
 朧 幸乃(ga3078)が言って、声を掛けてから引き出した椅子に腰を下ろす。
「沢村って者だ。宜しくな、お嬢ちゃん」
 と沢村 五郎(ga1749)が挨拶した時、ロントはわずかだが眉根を寄せた。得物は携帯していないし戦終わりでもない。しかしその身体からは血の臭いと戦いに慣れた雰囲気が隠すでもなく滲んでいる。もっとも、取り繕っても気付くだろう。彼女も能力者なら、痛みを抱えているならば。
「私、能力者になったばっかりなんだ。君も能力者なんでしょ?」
 戸惑うまなざし。自己紹介の後、それに気付きながらアンジェリカ 楊(ga7681)は言葉を重ねた。
「経験談、聞かせてよ」
 四人は共通の知り合い、しかしそれ程親しくなく依頼で関わったのだろうと推測する。だが、力になる為にも彼女らの事情を訊きたいと思った。様子からして楽しい話ではなさそうだが。無論、無理強いをするつもりはない。
「あの時の事、話してもいいかな?」
 沈黙の後、風(ga4739)が口を開く。もう一度会って話したいと思っていた。だがここにいるのは当時いた者だけではない。出来るなら知って貰ったほうがいいだろう。
 一方最初に話を切り出したアンジェリカとは対照的に、
「その前に‥‥音楽は好きかしら。嫌でなければ一曲、演奏してもいい?」
 と訊く智久 百合歌(ga4980)は、事情に触れず微笑も崩さない。頷くのを見ると、彼女はヴァイオリンで流麗なメロディを奏で始めた。タイスの瞑想曲。葛藤し、変化の時を待つ。百合歌は元楽士という実力もさりながら、音楽を愛する気持ちは同じ。その演奏には心穏やかな未来を歩めるようにと祈りが込められていた。彼女の音楽は言葉以上の想いを響かせる。
 百合歌は一足早くここを訪れて担当医から話を聞き、件の依頼についても情報を得ていた。だがそれも少女の心を傷付けてしまう危険を避ける為だ。依頼人の望む事でもないはず。だから言及はしない。依頼人の気持ちを聞き、少女のこれからを思い、その為に手伝いたいだけ。
 風は流れる音楽に耳を澄まし、曲が終わると拍手と微笑みを送った。緊張も解きほぐされ、他愛ない話の後に記憶を辿りながら話し始める。時折幸乃が補足を加えつつ続けるが、終始ロントと佐嶋 真樹(ga0351)は目を伏て、沈黙を守ったままだ。それでも雰囲気が硬くならないのは百合歌の演奏があったからだろう。
 話が終わり、アンジェリカはふと気付いて窓に近付き、日光を遮るカーテンを動かした。ついでに窓を開き、籠る空気を外へ流し出す。
「何でキメラを助けようと思った?」
 最初に問いかけたのは五郎だった。返答に窮するロントを真っ直ぐに見つめる。優しくはないが真剣に。
「‥‥その時まで、一度も思った事はなかった」
 目を逸らし、呟く。
「『あの子』だって、人間の子供じゃないって分かってた。気付いた瞬間殺そうって思った」
 記憶を辿る事は思いのほか苦ではなく、そして鮮明だった。
「でもその時、ずっと我慢してきた思いが溢れてきたの」
 人間を模したキメラと出会った事でその二つが重なったのだ。確かに人を苦しめるキメラは害だ。だが、人にもそれと変わらない者がいる。なら一体何が違うのだろう。理性はその咎を訴える。感情は激しい痛みを伴ってくる。当たり前にキメラを殺せる自分が恐ろしくなって手が震えた。もう戦えないと心から思った。
「そう思った事も、この選択も。あたしは後悔してない」
「お前さん、マトモだよ」
 五郎が歯を見せて笑った。ロントは息を飲み、顔を上げる。
 元々、女子供が戦場に出る事など五郎は好ましく思っていない。侮蔑ではなく、単純に男としてそう思う。情が罪になってしまう世界だ、そこから遠ざけたいと思うしロントが感じた事を簡単に捨ててほしくない。対バグアに限らず、昔から男が前に立って戦う理由はそれなのだろうと。業を背負うのは男だけでいい。ぎりぎりの戦いが続き、彼自身その思いを忘れかけていたけれど。
 そんな信条を差し引いても、ロントが能力者をやめようとしている事に口出しするつもりはない。だが一つだけ言っておきたい事があった。
「力がなくても戦わざるを得ない。そんな時もいつかあるぜ」
「‥‥そう、ですね」
 改まった口調で彼女が同意する。今はどうあれ、戦闘経験の多い彼女にも分かる部分があるのだろう。
「ちょっと、お話いいかな」
 独白になっちゃうけど、そう付け足して風は苦笑した。ロントの視線が向くと彼女は再度口を開く。
「‥‥あの後、幸せについて考えたんだ。けどさ、分かんなかった」
 頬を掻きながら言って、一度区切るとその腕を下ろす。
「人によって求める物は違うし、結果が他人から見てどうであれ、当人が幸せならそれが最良ってコトだよね。‥‥でもさ、他人を不幸に巻き込む自分の幸せは選んじゃいけないんだって、あたしはそれを選んだんじゃないかって‥‥そこで頭が止まっちゃうんだよ」
 真摯に、そして苦笑に表情を崩して。ぐるぐると同じところを回る思考を自覚しながら視線を向ける。
「ロントちゃんはさっき後悔してないって言ったけど‥‥あたしはね、少し後悔してる。もしかしたら他の道があったんじゃないか、って」
 過去に思い巡らせる事が不毛だと分かっていても考えてしまうのだ。ああすれば良かった、こうすれば良かったと。
「手術って‥‥エミタ摘出、だよね‥‥? それが、ロントちゃんがここから未来へ飛び立つ為に選んだ道‥‥なんだよね」
 その声に少しずつ力が溢れてくる。
「あたしに出来る事なんて少ないけど、ロントちゃんが飛び立つ時の風を吹かせられたらって思ってる」
 羽ばたいて向かう先には彼女に必要な物があると思えるから。
 ロントに必要なのはきっと誰かの手による救いや同情ではなく、未来。自分で選んで向かっていく先。踏み出すのはロント自身だ。なら、自分は風を吹かせよう。背中を押す優しい風を。
「手術が終わって、落ち着いてからでいいからココに連絡、くれないかな? 良ければ、あたしとお友達になってほしいんだ」
 不意の言葉と手渡された一枚の紙にロントは戸惑い、
「あたしなんか‥‥」
「なんか、じゃないよ」
 俯き言う彼女を風が遮った。優しく抱き締めて、柔らかい笑みを浮かべて。思いのままに言葉は零れ落ちる。
「あたし、ロントちゃんと歩いていきたいんだよ」

●区切りはただ優しく
 少女は幾重か細くなっているように見えた。突っ張って折れまいとしていたからか。その必要が無くなり、本来の姿を取り戻した。思い、真樹は少女を見つめた。今ならそれが分かる。
「‥‥十年前の話だ」
 続く沈黙を静かな声音が破った。不意の事にロントが一瞬表情を強張らせたが、何か言うでもなく視線を向けてくる。その様子に内心、真樹は安堵した。
 入院中の少女と話をするだけの依頼。異質だが必要以上に気負う事もないその依頼を最後に、真樹は傭兵を辞めるつもりでいた。何処へ行ってもきっと食い扶持には困らない。そんな事を考えていた。相手がロントでなければ。
「丁度お前と同じ年頃の時、私は戦場に出た。当時は能力者もKVもなく、一方的な蹂躙に全てが壊され、皆分け隔てなく死んでいった。両親も友人も、戦友も‥‥恋人も。私は怖かった。愛しい者が死んでいく恐怖に耐えられなかった」
 淡々とした声音に震えが混じる。真樹の話を耳にしながら思い描き、ロントは視線を外した。年齢こそ変わらなくとも置かれた状況は全く違う。
「それからだ。私は人との関わりを断ち、感情を押し潰して機械として生きた。少しでも迷えば、躊躇えば‥‥守れない命があったから。例えそれが別の誰かを犠牲にしたとしても‥‥非道と罵られようと、私には不器用な生き方しか選べなかった」
 重い息を吐き出し。
「‥‥ロント、お前は私と同じ道を辿るなよ。誰かに味方するのならば一途に守り通せ。愛する事にも、愛される事にも臆病になるな。でなければ死んでいった者への愛情も嘘になってしまうから‥‥」
 二言目からはそんな風に生きようとしてきた自分にも渡すように。
 生まれも歳も違う。しかし真樹は思った。ロントと自分は似ているのかもしれないと。だから過去を話し、自分の想いを伝えて。彼女の未来を心から祈っている。
「真樹、さん‥‥」
 零れ落ちる名前。続く言葉を見失う彼女に、真樹はそっと微笑を刻んだ。手が伸ばされ、髪が撫でられる。それは戦ってきた者の肌。けれど温かい。
「お前の抱いた悲しみは愛情が深い証だ」
 あの時の光景が蘇る。苦く、彼女らに刻まれた記憶。だが得る物もあった。風の言葉。真樹の言葉。五郎に返した答え。言葉にせずとも伝わる幸乃の雰囲気。それらが物語っている。
「ねえ、ちょっと出掛けない?」
 沈黙の後、そう声を掛けたのはアンジェリカだ。驚き、声を漏らすロントに彼女は「屋上だけどね」と付け足し振り返る。そこに立っている医師が言葉なく頷いた。ここへ来る前に屋上なら少しの間だけ、と了承を取ってあったのだ。
 行こうと、伸ばされた手。逡巡の後、ロントは自分の手を重ねた。

●世界、その青
 写真で見るのとは違う色、違う感覚。久しぶりに何物にも閉ざされていない空を見上げた気がする。
「人は自分の道を選ぶ権利と義務がある‥‥死んだ父さんが言ってた」
 ロントを横目に見つめアンジェリカが呟いた。視線は松葉杖を持つ手に吸い寄せられる。
「君は傭兵をやめて、私はこれから始まる。だから、何か託してくれないかな」
 予想外の言葉にロントは目を丸くし、
「あたしに出来る事なんて‥‥」
 自嘲的な笑みを零し。しかし思い浮かぶと「一つだけいい?」とロントは言った。そして彼女が頷くのを待たず、手を伸ばす。思いのほか強い力で引っ張られたアンジェリカは驚いたが、真剣なまなざしと重なり言葉を飲み込んだ。
「真樹さんの言葉と重なるけど‥‥」
 一拍を置き。
「仲間を大事にして」
 力強い声で彼女は言った。妄信的な物とは違う、だが経験が染みただけに心を響かせる声。
「あたしはずっと戦う事に必死だった。連携を無視したつもりはない、けどそれ以上の付き合いは避けてたのも事実で」
 同性同年代も多い中でそれを出来なかったのは、やはり拒絶と戦う事で誰かが救われる、そんな強迫観念に等しい正義感があったから。離れて気付いた事実を噛み締めながら、言葉を続ける。
「でもいつか壊れてしまう。人は一人じゃ生きていけないから。痛みを吐き出して受け止めて、一緒に笑って、一緒に泣いて。傷付けるだけでも駄目で、優しいだけでも駄目で。‥‥そういう物かなって思う。生きていくって事は‥‥なんて、まだ分かんないけど」
 今自分はここにいる。また空を見上げている。生きようと、思える。あの時の事、これからの事。それが「今」を作っているのだから。戦っていた頃の自分もいつか認められたら、そう思えた。
「アンジェ。あなたは仲間を‥‥人を大切にして」
 伝えていく。皆がロントへ伝えたように、彼女がアンジェリカに伝えるように。何もそれは珍しい事ではない。親から子に。あるいは時間も空間も越えて想いは誰かに届く。それはきっと当たり前の事。
「分かった。‥‥君が見つけられなかった物を私はきっと見つけてくる。その時は報告するわ」
 不意に、何か考えていたアンジェリカが呟きの後にそんな言葉を重ねた。
「だから‥‥それまで元気でいてくれなきゃ困るのよ!」
 手を強く握り返して、でも少し照れたように。真っ直ぐに言ってくる彼女を見返す瞳から、一筋の雫が滑り落ちた。拭っても止まらない涙に、しまいには幸乃が差し出したハンカチを持ってアンジェリカが零しながら世話を焼く。笑いかけてくる風、優しい音を奏でる百合歌。景色に思い巡らせる真樹に戦いを知りながら瞳に光射す五郎。彼らがいて、自然と生まれる心地良い空間。
「ありがとう」
 こういうのが仲間なのかな、とロントは思った。忘れていたのか知らなかったのか、それさえも分からないけど。自分が口にした「人と生きていく意味」を垣間見たような気がして、自然と笑みが零れ落ちる。
 一方、アンジェリカも空を見上げながら決意を新たにしていた。自分が離れたあの時に失われた命を思い起こし、だが軽くかぶりを振る。
(「復讐じゃない‥‥誰かの力になる為に、私は戦うんだ」)
 空は別の方向へ歩みいく者を分け隔てなく見下ろしている。

「ごめんなさい」
 そう謝るロントに、椅子から立ち上がりかけた幸乃は首を振った。そのまま身体を起こそうとした彼女に触れる。拒まれるかもしれないと思っていた。だが幸乃が近付くと彼女からもそうする気配があり、内心驚く。
「お疲れ様です‥‥もう、頑張らなくてもいいんですから、ね‥‥?」
 そっと抱き締めながら紡ぐ。掛けられた言葉に彼女はまた「ありがとう」と答えた。幸乃の体温に意識を埋め、何度も。言葉と笑顔を交わせばもう別れの時だ。直に陽も沈んでいく。
 手を振って、扉が閉まって人影も見えなくなるとロントはまた空を見上げた。窓を越えればまだ世界は広く優しく、美しい物と知った今なら違う感情が湧いてくる。
 この空がいつまでもそこにあるように。その為に出来る事をと、少女は明日を模索し始めた。生きていく。そう、これからは未来を見つめ生きていくのだ。

●渡された言葉
 幸乃から託されたお守りとその中にある二輪の押し花。病室に置かれたのはアンジェリカが渡した海や月、空をテーマとした風景写真集。
 幸乃は少女を看続けた事にありがとうと言った。百合歌は最後まで今まで通りでいて欲しいと告げた。能力者に、普通でなくなった自分たちには普通に接してくれる事が救いになる。そして憧れる。
 過去に戻る事は出来ない。だが未来には希望がある。そこで様々な物を取り戻せるはずだ。
 看護師は未来に思いを馳せた。心身共に辛い仕事だが、これだから続けられる。心通う瞬間と旅立ちを感じられるから。依頼して良かったと彼女は心から思った。

 その日を境に、病室からは時折二つの声が聞こえていた。一つは複数の笑い声、もう一つは密かなメロディ。あの日刻まれた音が蘇るような。しかしそれはひどく不器用な、普通の少女らしい声で。
 やがて少女は物と想いと約束を抱いて病院を去った。籠の鍵を開けて、自らの翼で未来へ飛び立つ為に。