●リプレイ本文
●受付にて
交遊会と称したコスプレパーティが行なわれることになったのは、アロディエが主催者である悪友と再会した二週間後の休日だった。ちなみに会場は高級とは表現しがたいものの、予定人数を考えれば充分に広く綺麗なホテルである。それを、元はアロディエの知り合いがオーナーで使用料は格安に、という話だったのが今はすっかりと何やらマニアックな話で盛り上がってアロディエは一人置いてけぼり、というのが常となりつつある。当然のように使用料も格安から破格へとすり替わった。数え切れないだけの職業に就いていたからか、それとも元来こうなのか、もはや分からなくなっているが。彼女は人懐っこく、天然でも計画的でも他人を惹きつけ、傍にいて楽しいと思わせるタイプである。かく言うアロディエも、呆れたり溜め息を吐いたりするものの協力はするし、心底嫌いに思うこともない。もっとも彼女の場合は少々お人好しな面があるのだが、当人はまったく気付いていなかった。
今回も御他聞に漏れず、受付係として入り口近くに待機し、訪れる傭兵たちに改めて流れを説明したり控え室へ誘導する役目を持っている。食事の提供はホテル側でしてもらえるだけ、マシと言えばマシか。もはや言うまでもなく、そちら側にも悪友はちょっかいを出しているらしいが。
それはさておき。
「こんにちはー! お呼ばれしたので来てみましたっ」
軽く会釈をした後、明るく元気な口調で言って姿を見せたのは空閑 ハバキ(
ga5172)だ。こんにちは、と挨拶を返せばにこにこと幼さの残る笑みが覗く。それも社交辞令的なものではなく、純粋で裏のないものだ。必要なのか少々疑問ではある帳面に名前を書きながら、何処かで聴いたことのある鼻歌が流れていく。
喋らずともその胸の内が見えるような、めまぐるしくとも何処か心地良く思える動きや表情。元々人見知りをしないアロディエだが、まだ会って間もない彼のそんな印象は、暴風のような悪友と少なからず重なって見えた。無論、彼女の暴走体質は横に置いて、だが。
受付らしく簡単な説明を終えるといつの間にやら話は脱線し、
「大変なときだからこそ、皆にとって楽しい思い出の日になるといいな」
「ええ、そうね」
と、大規模作戦も展開されている中でしみじみ言い合ったりもした。しかし直ぐに気を取り直すと、ハバキが思い出したように口を開く。
「アロディエと‥‥ええっと、衣装屋のお姉さんは?」
「‥‥そう言えば依頼するときに書くのを忘れたわね。あいつの‥‥本来の主催者の名前はルリハよ」
己のミスを知って、頭を掻き顔を背けながらアロディエが答える。その耳はわずかだが赤い。
「二人とも、本当にありがとう♪」
「伝えておくわ」
気を取り直し、こちらも笑顔で頷く。
「ちなみに、あなたはどんな衣装を着るのかしら?」
えへへ、と照れたように言い、ハバキが一度床に置いていたバスケットを持ち上げる。
「あら」
思わず声が零れ落ちる。その彼女の視線は、目の前で開かれたバスケットのその中に注がれていた。ひょっこりと顔を出した、小さな躯に長い耳の「その子」の正体は問うまでもない。飼い主であるところの彼が言うには友達であるその兎は、クリーム色の毛並みを小刻みに震わせて呼吸をしながら心持ち頭を傾けていた。どうやらそれが答えらしい。
「ちなみにアロディエは何か着るの?」
「ええ、まあ‥‥着せられる、って言ったほうが正しいかもしれないけどね」
言って苦笑するアロディエに、何とはなしにハバキも察して口許を緩める。
一応、と言うべきか半ば強引に「アロディエちんも着ようねー」と告げられ、既に衣装が決められている状態になったのは実のところ数日前の話だった。しかし悪友が拒否も意に介さず、逃亡も不可能なのは彼女が一番分かっている。
「ハバキさん」
会話にも区切りがつき、着替えるためにその場を離れようとしたハバキの背に声が投げかけられる。彼が振り返るのを確認すると、彼女は再び口を開いた。
「ようこそ。こちらこそ、来てくれてありがとう」
先程返すのを忘れていた言葉。言って笑みを刻んだアロディエに、ハバキもまた穏やかな表情を覗かせた。
●嫌よ嫌よも何とやら
一方、話題にも上ったアロディエの悪友、ルリハは外で来場するはずの傭兵たちを探していた。とは言っても膝を曲げ、少し踵を浮かせた状態で視線を巡らせているだけだ。一瞬違和感を抱くかもしれないが、不審に思うほどではない。
と、それなりに往来のある通りをぼーっとやる気のない表情で見ていたルリハの目に、一人の女性が映った。偶然その場を通りかかったアンジェリナ(
ga6940)である。色素の薄い肌に相対するような黒髪。一回りはいかないだろうが自分よりも明らかに若い容貌。じっと追う目に気付いたのか、足を止め、目が合い。
ルリハが動くのは速かった。数十分は飽きもせず同じような姿勢を続けていたのだが、慣れているのかバネをきかせた動きで立ち上がると、直感的に危機と感じたのだろう、身を翻そうとする彼女へ駆け寄っていった。雑踏に紛れかけるアンジェリナのほうは早足で、ルリハは人目など一切気にしないダッシュである。当然のように距離は詰まり、
「すみませーん、ちょっと良いですか?」
と背中へ声が投げかけられる。そして追い越し、ぐるりと向きを変えて前に立ちはだかったルリハに、アンジェリナも避けてまでやり過ごすことは出来ず動きを止める。もっとも、
「‥‥っ」
まじまじと見つめられ、言葉を詰まらせていたが。仄かだが、その頬には身体を動かしたことに直結するものではない朱が見られる。露骨なまでの興味を向けられた経験はあまりないか、苦手に等しいのだろう。嫌悪にまでは至らないものの、視線を外し、少し唇を噛む彼女を見つつルリハがそれをやめる様子はなかった。
「‥‥うん、男装も似合いそうだけど、ここはドレスなんか良いかも。赤とか派手なのも色合い的に映えそう! でも、ここはやっぱりあれかなー」
と、挙げ句に脳内でシミュレーションしながら感想を零すルリハに、詳しい事情は分からないまでも言葉の意味するところは理解して、アンジェリナがわずかな動揺を滲ませる。そしてその生じた隙に、にやにやと下世話ではない笑みを浮かべたルリハが手を伸ばし、彼女の腕を抱くように触れた。かと思えば、振り払うか否か考える間もなく前方へ引っ張られてたたらを踏む。
「な‥‥ち、ちょっと待て!」
動揺は消せないどころか胸の中で広がっていく一方だ。それをほとんど表情には出さず声をあげるものの、アロディエに言わせれば「強引さと勢いにはある種の定評がある」ルリハが聞く耳を持つはずもない。「ん?」と聞き返しながらもその実、聞く耳を持たず、がっちり腕を掴んだままの彼女にアンジェリナは尚も動揺を滲ませつつ言葉を重ねる。
「何があるのか知らないが、私は付き合うつもりはないぞ!」
「いいよいいよ、本物じゃないからしょぼいけど結構しっかりとしてるし、お金取ったりしないし」
「だから、結構だと‥‥! 大体そう言う問題じゃないっ」
張りあげる声も、相手が相手なので虚しさが募る。そして、やはりと言うべきか彼女は勝手に納得してにっと満面の笑みを見せた。アンジェリナに知る術はなかったが、様々な職種を渡り歩いてきた彼女だ。肉体的なものでは遥か能力者に及ばなくとも、人心掌握‥‥言わば「魅力」はもはや才能の域と言ってもいい。付け加えるならば、あまり感情を表に出さず、何処か他人と一線を置くアンジェリナにとって、心の最奥に触れないまでもずかずか玄関まであがりこむようなルリハは天敵に近い。気苦労を負うのは往々にして巻き込んできた相手ではなく、巻き込まれたほうだ。足を止めて野次馬と化していた何人かがそれを悟ったのか、好奇から見守るようなまなざしに変わったが、当の二人は気付いていない。
そしてその数分後、背中を押し、アンジェリナを強引に連れて行くルリハの姿があったが、それを見送る者は誰もいなかった。
●パーティ、開きます!
集まった面々の準備が整うと、いよいよパーティも本番となる。時計はほぼ予定通りの時刻を指していた。
「パーティ会場、開場‥‥」
と、こっそりと駄洒落を呟きつつ踏み出すのは小川 有栖(
ga0512)である。その横を海賊姿のアンドレアス・ラーセン(
ga6523)が通り、まずは腹ごしらえと真っ先に料理の並べられたテーブルに向かっていく。
また別のところでは、うにょうにょと動く獅子舞の姿があった。それを被っているのは花火師ミック(
ga4551)。他の者が衣装らしい衣装を着ている中でよく目立っているそれは、実は貸衣装ではなくルリハの私物である。喋りづらい代わりにか、動きもとい舞いは活発で休むことを知らないようだ。
そのミックがまず狙いを定めたのは、おもちゃの兵隊に扮したアキト=柿崎(
ga7330)だ。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。楽しいパーティーになると良いですね」
「うんうん、こちらこそありがと!」
と丁寧な礼とルリハの一通りの絡みが終わったところを見計らって、背後から問答無用と噛み付く。二メートル超えのアキトに背の低いミックが襲いかかる形になり、またその背中には丁度巨大なネジがついている。格好の獲物とも言えるそれは何か柔らかい素材で出来ているようで、噛めばふにゃふにゃと動く。元々このパーティに参加したのも単純に面白いという理由だ、されるがままの状態で笑っている彼に新人傭兵への試練(?)を終えたミックは、今度は騎士を探してふらふらと移動し始めた。
●女性たちの顔合わせ
藍乃 澪(
ga0653)は特に親しい相手もいないため、雰囲気掴みも兼ねてゆっくりと会場内を散策していた。その彼女の格好は胸の部分を大きく開けたカクテルドレスで、時間を見てスリットの深いチャイナドレス、バニーガールと衣装替えをする予定である。ルリハの了承も既に得ていた。
と、ざっと会場内の散策を終えた彼女の目に留まったのは赤霧・連(
ga0668)だ。先程までは誰かと話をしていたようだが、今は食事を楽しむことに気が向いているらしい。デザートの乗った小皿を持ち、幸せそうな表情を浮かべている彼女に近付いていく。
「楽しんでますか?」
澪に声をかけられ、連はもぐもぐと口を動かしながら頷いた。そして飲み込むと、
「はいな! 料理も美味しいですし、皆さんの衣装を見るのも楽しいです♪」
人懐っこい笑みを浮かべて答える。確かに、衣装らしい衣装を着ている者もいれば着ぐるみ、澪のように場所によっては普通に通じるドレスとそれぞれの個性や趣味が現れていて、見ているだけでも楽しい。
「ほむ、凄く綺麗ですよ? とっても似合ってます!」
「ふふ、ありがとうございます」
不意にそうした目を向けられ、澪が口許に手を当てて微笑みを零す。同様に彼女も連の衣装について触れようとしたが、
「飲み物をどうぞ」
と、まずは誰かとともに飲もうと持っていたグラスを手渡した。先程従業員に入れてもらったもののため、まだ中で揺れているジュースは丁度良い温度のはずだ。ちなみに視線を向ければ、テーブルに置かれた彼女のものであろうグラスはもう空になっている。まだ誰も気付いていなかったようだ。
礼を言って受け取る彼女に合わせ、澪も軽く自分のグラスに口を付ける。まだ食事はしていないが、どうしたものか。
「ほほほ、可愛らしいお嬢ちゃんたちだこと‥‥ですわ」
と言って会話に加わってきたのはロジー・ビィ(
ga1031)だ。最初に向けられた言葉は何処かぎこちなかったが、付け足されたものは滑らかで違和感のない響き。しかし二人が振り向けば、はっとしたように口許を隠し、視線に気付くと気恥ずかしそうな表情に変わる。そしてそれが下‥‥衣装に向けられると、
「さすがにやり過ぎでしょうか‥‥」
小さく零し、苦笑する。自らも俯き、改めてその格好を見るが少々気合いが入り過ぎたと言うか、本格派になってしまったかもしれない。所謂「女王様」スタイルのそれは、しかしメイクと相まってハマっている。なりきっての言動も慣れれば違和感がなさそうだ。今の状態でも、地の丁寧な口調と人当たりの良い笑みが好感を抱かせるが。
「それはさておき‥‥動きにくそうですが、大丈夫ですの?」
二度ほど咳払いをしてロジーが目を向けたのは、やはりと言うべきか連の衣装である。小柄な彼女の身体を包んでいるのは、ひな祭りにちなんだ十二単だ。見るからに動きにくい格好なのだが、本人はさほどそれを気にしていないようで軽く腕を上げてみせる。
「ほむ。確かに移動は難しいですが、構わずドタバタと会場を周りますよ?」
だってそこにわくわくがあるのです、と付け足す彼女は衣装や食事だけでなく交流もばっちりと楽しむつもりらしい。
「気をつけてくださいね」
「こ、転ばないように頑張ります」
「‥‥甘酒や緑茶はいかがですか?」
笑顔の零れる三人にそんな声をかけたのは巫女服を着たミンティア・タブレット(
ga6672)で、その手には言葉通りの飲み物とお菓子を乗せた盆を持っている。しかし、
「‥‥‥‥」
と皆が黙り込むのも無理はない。強化されたらしい甘酒から、時折ぱちりぱちりと不穏な音が聞こえているのだから。付加されてしまった属性は想像するに容易い。首を傾げたミンティアに対する三人の返答もまた、ごくごく当然とも思えるものだった。
●アリス御一行
時代も国もそれぞれ違う衣装を身に着けた参加者たちの中で、より目を惹いている一団があった。
「やぁ、アリス。白兎は見つかったかな?」
と問うのは不知火真琴(
ga7201)だ。彼女の格好は白猫で、猫耳と尻尾をつけているが着ぐるみではなくタキシードを着ており、靴も履いている。つけた猫耳とあまり色の変わらない髪は後ろでまとめているため、知らない者が遠目に見れば少年に見えるかもしれない。
その彼女に声をかけられた有栖はと言えば、同じ名にちなんで童話「不思議の国のアリス」を想起させる衣装をまとい、緋毛氈‥‥茶席で用いられる赤い敷物を会場の一角に敷いて、持参した緑茶や紅茶を振る舞えるように準備をしていた。手作りの菓子も持参しており、気合いが入っている。
「いるにはいるのですが、タイミングを逃しました」
手を止め、苦笑する有栖の視線が別の方向に向けられる。彼女らの言う兎、その着ぐるみの主であるハバキは参加者の衣装を見て楽しんだり、談笑に浸ったり、ミックの獅子舞に噛まれたりしつつ目まぐるしく会場内を移動していた。めいっぱい交流を楽しむつもりらしい。
「でも、大丈夫ですよ」
つられ苦笑していた真琴に有栖が言ってみせる。彼女は彼女で何か考えているようだ。
「捕まえるなら手伝おう」
と、そこに騎士の格好をした炎帝 光隆(
ga7450)が声を掛けてきた。騎士とは言っても兜をしているわけではなく、鎧も艶のない黒一色だ。長身も加え、少々近付き難い雰囲気を放っているがよく見える表情がそれを打ち消していた。柔らかな微笑は親しみやすささえ感じさせる。
「いいんですか?」
有栖の問いかけに微笑が苦笑に色を変える。
「なに。私もあのもふもふに触りたいのでな」
楽しげな口調。どうやら、この二人による白兎捕獲作戦が始動するようだ。
●妻と義妹と義妹の親友と
別のテーブルでは篠崎 公司(
ga2413)、篠崎 美影(
ga2512)の夫婦が仲睦まじく会話や食事を楽しんでいる。ちなみに、夫の公司が着ているのは忍者の衣装だが、実際に当時の忍者が着ていそうな物と言うよりアニメやゲームの類で見られる物と言っていいだろう。食事をすることもあって、顔を隠す覆面がない代わりにマフラーを垂らし、玩具の短刀もつけている。理知的で落ち着いた雰囲気の彼だが、意外にもその印象は崩れておらず違和感もない。
その夫の衣装を選んだ美影は自他ともに認めるアニメ好きであり、コスプレを趣味とする人物である。淡いピンク色のナース服を身に纏った彼女自身も、背こそ高くないが柔和な雰囲気としなやかな体躯がむしろ親しみを抱かせており、よく似合っている。
談笑しながら、あるいは料理を皿に取り分けながら、美影が甘えては公司が受け止め、という状況が何度か繰り返されていた。それはさながら新婚夫婦のようであるが、表情や行動があまりにも自然なため長い付き合いのようにも思える。しかしそんな二人だけの時間も長くは続かなかった。
「お義兄さん、お姉ちゃん!」
と、声をかけ近付いてきたのは二人の女性だ。前を歩く髪の短い女性が美影の妹である荒巻 美琴(
ga4863)、その少し後ろを歩くおっとりとした女性が美琴の親友である水無月 魔諭邏(
ga4928)。元々四人で誘い合わせての参加だったのだが、他の参加者に挨拶をしていたり、美琴の手作りクッキーを配っていたため合流が遅れたのだ。
衣装のせいか、それとももとよりそう言う性格なのか、頬を赤くして俯いている魔諭邏の背中を、バニーガール(ただし網タイツやストッキングは履かず生足である)に扮した美琴が苦笑しつつぐいぐいと押してみせる。
「ほら、魔諭邏さん。恥ずかしがってないで自己紹介してね♪」
言われ、明らかに狼狽しながらもずるずる正面に出される魔諭邏。公司は少し驚いた様子で、美影は微笑みを崩さず見つめているが、彼女にはそれを観察出来る余裕はない。
「あ、改めて自己紹介させていただきます。わたくしは美琴様と親しくさせていただいております、水無月魔諭邏と申します」
意識せずに済んだのがかえって功を奏したのか、動揺もほとんど見せずに言葉を紡ぎ終える。吐き出した息は深い安堵だ。
魔諭邏は以前受けた依頼で公司と顔を合わせている。しかし、ゆっくりと話す時間を持ったのはこれが初めてと言っていいだろう。そのときのことについて少し話をした後、
「‥‥このような格好を衆目に曝すのは恥ずかしいです。ましてや、公司様のように素敵な殿方ですと、その‥‥」
と、耐えかねたように手を擦り合わせる仕草をして言った。その彼女の格好はレースクイーンをイメージしたもので、露出の高い水着の上にジャンパーを羽織り、ハイヒールを履いている。赤を基調としたその格好は、丁寧な口調とはまた違う印象を与えていた。
しかしその格好よりも、その小さくなっていた声を聞き逃さなかった三人にとっては言葉の意味のほうが重要であり、反応もばらばらのものだった。親友の美琴は衝撃を受け、美影は余裕らしく微笑みを浮かべ、名を挙げられた公司は冷静な彼に珍しく戸惑っている。それぞれの反応を知ってか知らずか、魔諭邏はより一層頬を赤く染めた。
(「ライバル‥‥ううん、お仲間が増えたって事にしておこうっと」)
胸中で美琴が何やら悶々としているが、それに他の三人が気付くこともない。
そして更に公司は、女性三人に誰が一番似合っているかという質問攻めにもあったが、誰が一番かの明言は避け、それぞれの衣装について正直に褒めるに留まった。それでも美影は自分が一番であると承知していて余裕、美琴は構わず甘えるといつもの様相のようだった。
●もふ捕獲作戦
しばし談笑に耽っていた、白兎もといハバキは不意に何やら気配を感じて勢い良く顔を横に向けた。
(「‥‥もふを目的に追ってくる人がいる?」)
思い、脳裏によぎるのはわきわきと手を動かしつつ複数人が迫ってくる光景である。具体的にはアリスであったり、赤い髪の騎士であったり、タキシードを着た白猫や女王様だったりするのだが、それが分かることについて深く追求してはいけない。
彼らの狙いは言うまでもなく、その身を包むふわふわもこもことした毛並みだろう。あるいは彼の飼い犬ならぬ飼い兎であるホルに向けられたものかもしれないが、この場合兎(もふ)狙いであることには違いない。
とはいえ本気で隠れるでも逃げるでもなく、ハバキはマイペースだ。久しぶりに顔を合わした連とステップダンスをしたかと思えば、
「ハバキさん、ご飯の食べ比べをしましょう♪」
という彼女の誘いに乗って食事をし、
「よじ登ってもいい?」
と真琴も誘って二人、アキトの背中に乗りかかると倒れかけてしまい、三人で笑い合っていたが、
「スコーンとマフィンがありますよ〜♪」
という声が何処かから聞こえると、直ぐさま反応してダッシュした。当然、そこには待ち構えている人物がいて、有栖にはぎゅっとされ、光隆には頭の部分をもふもふと撫でられる。
「白兎さん、遅刻の罰は分かっていますわね?」
と言うロジーは笑顔で、勿論その罰ももふっとすることだ。大好きです、と言うと元々張り切っているらしい彼女の笑みがより楽しさのあるものとなり、二人できゃっきゃする。先程一緒にいた真琴もそこに加わり、その一角が賑やかになる。
「ありがとうございます」
と、もう一人の猫となっているネイス・フレアレト(
ga3203)も丁度他の参加者との談笑を終えて戻ってきたところらしい。有栖が出した紅茶を受け取り、ほっと休憩をしている。ちなみに彼のほうは猫耳、手袋、靴、尻尾の四カ所が猫をイメージしたものとなっていて、服はニットウェアにズボン。色はピンクと紫で統一してある。その膝にはこちらもバスケットのようなものを乗せていて、飼い猫であるリオンとカリンが仲良く丸くなっている。
「ロジーさんもいかがですか?」
「いただきますわ」
有栖の問いかけに、にっこりと微笑んでロジーが答える。有栖は更に真琴や光隆にもお茶を振る舞った。そうして皆でお茶とお菓子を堪能し、ひと息を吐いた後は、
「七並べでもしませんか?」
と言って、有栖が持参したトランプを見せる。最終的には他の参加者も集まって、正月気分のトランプ大会が行なわれた。
●海賊VS花嫁?
「ふう‥‥」
腹ごしらえを一つの目的としていたアンドレアスは、とりあえずそれを達成して息を吐き出した。もう一つの目的である交流も何人かと話したことである程度の満足を得たため、少しゆっくりするのも悪くない。
そんなことを考えながら壁にもたれかかり、何とはなしに会場をぐるりと見回す。腰にぶら下がった幾つものモデルガンが擦れて音を立てる。
その彼は海賊をイメージした衣装を纏っており、それらしい帽子に眼帯、加えて伸びた金髪を襟足で結んでいるため、様になっている。
(「海賊って言えば美女を攫うもんだよな」)
胸中で呟き、視線を巡らせればあちらにもこちらにもと女性の姿が見える。パーティだからか仮装をするからか、女性の割合は少し多いようだ。
その中で面識があるのはロジーただ一人だが、その彼女は騎士のエスコートを受けているようだ。後はアリスの一団、忍者の男を囲む三人‥‥と、少々不躾に見ていくアンドレアスの目に一人の女性が留まった。
純白の花嫁。そう言えば食事に集中しているときに入ってきて、その後も何度か目にしたはずだが、ベールをつけた上にブーケで顔を隠すようにして同じ場所に留まっている。そのせいか、兵隊の格好をした男に食事か何かを誘われた際に首を振って反応を示した以外は特に自ら行動することもなく、話しかけられることもないようだ。もっとも目は惹くため、遠巻きに見て気にしている者も少なくないようだが、本人がそれを自覚しているかは疑わしい。
美女を誘拐して、片手で脇に抱えた状態で高笑い。そして最後は騎士か兵隊辺りに取り押さえられる。そんな光景を頭の中でざっと思い描く。
(「悪役はちゃんと負けてやらねぇとな」)
思い、唇を吊り上げて。早速と、アンドレアスは行動を開始した。
一方、狙われている側の花嫁‥‥ルリハに連れてこられたアンジェリナは、
(「な、何故私がこんな格好を‥‥」)
鏡の前に座っていたときから消えない恥じらいと焦りを滲ませていた。化粧をしたのも女らしい格好をしたのも、これが生まれて初めてなのだ。それがまた花嫁の格好なのだから、普段の落ち着き払った姿もすっかり影を潜めている。
と、不意に近付いてくる相手を見とめ、アンジェリナはその方向を一瞥した。海賊風の男。話しかけられてもまともに応じられる自信はない。
「ちょっと協力してくれ」
かけられる言葉。しかし声をかけられる前と変わらず顔を背けたままでいると、前触れもなく肩に手が触れた。後で思えばそれは、姫抱きをするためのものだったのだろう。しかし正常な判断をする余裕もなく、
「‥‥くぅっ!」
悲鳴の代わりに小さく声を漏らし、覚醒した。一瞬、恥や焦りが消えたが目的‥‥相手を突き放すことに全神経が向けられる。彼女の拳が勢いを持った。
攻撃自体は想定していたとは言え、その威力はそれを超えるものだった。
「す、すまない‥‥」
さすがにやり過ぎたと思ったのだろう、殴ってきた件の花嫁がそう言ってくる。しかしアンドレアス自身「それもまたアリ」と考えていたのも事実。それに、いちいち根に持つほど女々しい人間ではない。
少々のものなら彼女を謝らせることにはならなかっただろう。しかしまあ、これも能力者の因果と言うべきか。外見と能力は一致しないものだとつくづく思う。アンドレアスは長身かつ細身であって貧弱な体つきではないのだが、クラスはサイエンティストになる。一方のアンジェリナは訊いていないため特定は出来ないものの、おそらく近接戦闘を得意とするクラスだろう。
笑って流すと、とりあえずこのまま話をするのも居心地が悪いだろうとその場から離れることにした。パーティにしては多くない人数だ、当然見ていた者も多いだろうが冷やかしそうな人間はいないようだ。ひとまず、ロジーと光隆も混じっている一団に近付いてみる。
そこにも花嫁を気にしている者はやはりいたようだ。白猫の格好をした真琴が先程のことについて邪気無く訊いてきて、しばし話をした後また一人になっている彼女のほうへ向かっていった。
「そこ行く花嫁さん、お一人ですか? 宜しければ白猫のお供はいかがです?」
言って微笑み、すっと片膝をつき手を差し出す。アンジェリナはしばし硬直していたが、
「女の役は‥‥初めて、だ。上手くできるかは‥‥分からない」
と顔を赤く染めて恥ずかしがりながら、機械のようにぎこちない動きで手を重ねる。同性ということもあるだろうが、紳士的な振る舞いと飾り気のない明るさに触れるものがあったのかもしれない。
しかし、と真琴のエスコートを受けるアンジェリナに視線を向けながら、ぼんやりと思う。
(「こういうの、なんかいいよなぁ」)
二人だけではない、ぐるりと周りを眺め、しみじみと心の底から。
「‥‥戦争なんか忘れちまいそうだ」
思わず、そんな言葉が唇から零れ落ちる。平和で、心地良くて。こうして様々な人間と当たり前のように話が出来たり、あるいはバンド活動で自分たちに熱狂していた人々のように何かを大切に思えること。それを当たり前のように享受出来なくなった人は幾らでもいる。しかし、大切なものに捧げた魂を消してまで戦い続けることはない。何も戦うことが全てではなく、そうして生きることこそが今ここにいる自分なのだから。思って息を吐き出すと、アンドレアスは気を取り直して口を開いた。彼らとまた、このときを楽しむために。
●最後にぱしゃりと
「皆さん、記念写真を撮りませんか?」
と皆に有栖が提案したのは思い思いの時間を過ごし、そろそろ終了時刻も近付き始めた頃だった。勿論、デジタルカメラも用意済み。既にそれでハバキを待ち構えながら皆にポーズをお願いしていたくらいだ。
この人数が並べる場所を決めて集まったところで何やら弄っていた有栖が顔をあげ、
「お二人もどうぞ」
他人事のようにその様子を見ていたアロディエとルリハに声をかけた。一応主催者であるため、誘われるとは予想していなかったようだ。
「わ、私たちも?」
「わー嬉しいねっ。お言葉に甘えて混ざろっか!」
と戸惑う和服を着たアロディエを、やたらとフリルのついたワンピースを着たルリハが言って引っ張ってくる。ちなみにもう片方の腕はいつの間か従業員と間違えられ、しかし真面目に給仕の手伝いをしていたらしいミンティアを確保している。さり気なく良い位置に陣取ろうとしたルリハはアロディエに首根っこを掴まれたが、端で逃げ場を探しているらしいアンジェリナを見つけると、彼女に嫌がられながらべたべたくっついて輪に混じった。
和洋入り交じったこの状況はまさしく混沌そのもの。だがある種、それが醍醐味でもあるのだろう。後で見てみれば壮観な画となっているに違いない。
セルフタイマーを設定した有栖がぱたぱた駆けて並んだ面々に加わる。手招きしていたハバキとロジーに挟まれる形で彼女が笑みを浮かべると同時に、控えめなシャッター音が響き渡った。何も形式張ったものに囚われる必要はない。一度集合写真を撮った後は、羽目を外して騒ぎながらの思い出が刻まれていく。
「こんなことで自分を見失うなんて‥‥やっぱり私に女としての道は似合わないし、落ち着かない」
そう零して会場の外を通るのはアンジェリナだ。集合写真の撮影が済んだ後、盛り上がりに紛れて一足先に抜け出したのだ。既に着替えを済ませ化粧も落としており、外見上は外でルリハに会ったときと同じだ。会場で過ごした時間がその表情に滲み出ていることは変化と言えるだろうが。
安堵と疲労の息を重ね、扉の隙間から覗く中を一瞥してアンジェリナが去っていく。その背中が消えた頃、ちょこんと頭だけ出したルリハがふっと優しい微笑を零した。彼女が何を思ったかは知れず。直ぐにまた延長戦に突入しそうな輪の中へ戻っていった。