●リプレイ本文
●言葉は空の下
「はじめまして、ウェイドお兄ちゃん。今回はよろしくねっ」
と合流頭、真っ先に声を掛けてきたのは愛紗・ブランネル(
ga1001)だった。小さな身体にぬいぐるみを抱えて駆け寄ってくると、にこっと笑って右手を差し出してくる。
「‥‥宜しく頼む」
とは言いつつも、手を伸ばし握り返すことはしない。そんなウェイドの態度をまだ年端も行かないその少女は意に介さないようだった。小さな手を引っ込めると、微笑みを崩さず見つめてくる。
「依頼で同じになっただけとは言え‥‥こういう『縁』は大事にしないとな」
名乗った後、皐月・B・マイア(
ga5514)がそんな言葉をかける。特に話すこともないため、視線だけは向けながらもさしたる反応も示さないウェイドに不快感を見せるでもなく、
「母の故郷の言葉で『袖振り合うも他生の縁』という言葉があるそうだ。‥‥要するに出会いを大事にしろ、ってことだな」
と付け足して、無邪気な笑顔を覗かせた。彼女の母‥‥あるいは両親が存命かどうかウェイドは知らないが、親を本当に尊敬していることはその表情を見れば考えるまでもない。
「ウェイドお兄ちゃんはこれが初めてのお仕事なんだよね? どうして能力者になったの?」
余程興味があるのか、それとも話すことが好きなのか、愛紗が胸を弾ませて問いかけてきた。彼女の足許、粗い石に彩られた地面と靴越しの感触に気を向けながら口を開く。
「‥‥もう一度戦うため、だ。所詮、俺にはそれしか生きる術がない」
声音低く。しかしウェイドとは逆に、能力者になってからの経験は圧倒的でさえあるという愛紗はそれらしい、怯えるでも問うでもなく軽くその場で音を刻むように足踏みをした。
「そっか。愛紗はね、ダディに会うために能力者になったの」
父親。自然と暖かい表情を浮かべられるこの少女の印象とはややミスマッチに思え、眉をひそめる。無論具体的な事情など分からないし、能力者の青年に引き取られて暮らしていること以外は彼女も語らない。話したくないのか、あるいは「話せない」のか。
「皐月お姉ちゃんは何処で生まれたの?」
と、今度は傍に立つ皐月に質問する。先程母親の教えを口にしていたからだろう。今回集まったメンバーの中で頭一つ分低い皐月が、彼女以上に小さい愛紗に腰を落とし、目線を近くして話す。
「私はスペイン生まれで、母は日本人なんだ。そういえば‥‥ウェイド殿はどこの生まれなんだ?」
体勢はそのまま、より上目遣いに問われてしばしウェイドは沈黙した。やがて、湿っぽい風の感触に皐月や愛紗の意識が逸れ始めた頃、彼は口を開いた。
「‥‥何処、なんだろうな」
「ん?」
不思議そうに首を傾げる皐月を一瞥し、一つ深い息を吐き出す。
「俺は孤児でな。物心ついた頃には路上で物乞いをしていた」
衛生だの安定だのとはほど遠く、むしろそれを意識することもなかった。
「後は戦争に従事し‥‥生き延びるために身に着けたこの術で仲間とチームを組み、各地を渡り歩いた。お前たち能力者が現れる前の傭兵のようなものだ。だが未だに俺は、育った場所が何処なのか分からない」
と。なだらかに、なだらか過ぎるほどに言葉が流れ出していた。そのことを自覚し、軽く咳払い。
「‥‥すまん。気持ちの良い話ではなかったな」
男二人はかなり微妙なラインではあるが、おそらくこの中で最年長なのは自分だ。多少なりと長く生きているだけに思い出話をし出すと止められる自信がない。それも大概は身内にだけ通じる類のものだ。‥‥久しぶりに、身の上話を他人にして感覚がおかしくなっている。
「いや」
短く聞こえた声に、ウェイドは初めて皐月をじっと見つめた。
「初対面の人間に昔の話をしてくれたことを、嬉しく思う」
「‥‥そうか」
そう素直な言葉を向けてくる彼女を、何処か眩しく思いながら小さく呟く。
極端な話、親子と言っても通じかねないほど歳の離れた相手と話すのは昔から苦手だった。苦手、と言うよりも不得手と言ったほうが正しいかもしれない。共通の話題がないというのもそうだが、それ以上に純粋過ぎるのだ。
しかしそれも今は多少なりと緩和されていた。同業者という共通項があるためか、それとも‥‥。己の戸惑いを深く追求するでもなく、ウェイドは小さく溜め息を吐き出した。
●仲間の意義
依頼人たちに聞いた過去の事件から生息していると思われるポイントを割り出し、得られた情報をふまえた上で改めて作戦会議を行なっていたとき、それは起こった。
「仲良しごっこもいい加減にしたらどうだい」
そう吐き出して口火を切ったのは、壁際にもたれかかっていたシェリー・ローズ(
ga3501)である。初めから非協力的とも取られかねない様子だった彼女だが、あまり進まない会議にうんざりし始めたらしい。壁から身体を離すと腕組みをして、
「今更『皆で力を合わせて頑張りましょう』なんて、正直ぞっとするよ」
と吐き捨てるように告げる。そんな言い方は、とシェリーを見返し、立ち上がりかけた皐月を坂崎正悟(
ga4498)が静かに手で制し、ケイン・ノリト(
ga4461)がまあまあ、と両の掌を前に出してシェリーを諌める。彼女はそれを一瞥したが、再度口を開く。
「ただね、化物と化物にすり寄る奴らをアタシは絶対に許さない」
瞳と声にこもるのは先程とは違う、確かな意志の力。
「‥‥ま、正直に言えばあたしも、自分勝手に大暴れしたいって気持ちはあるよ」
犬塚 綾音(
ga0176)が隙間を見計らったように零した。そして、
「けど、そうしたらあいつらに勝てないし、依頼もこなせないって分かってるからねぇ」
と付け足し、苦笑する。大小あれど、バグア側との戦いで極端な個人主義は通らない。身勝手な行動をとれば、それは自分だけでなく仲間や無関係な人々に返ってくる可能性もある。
綾音はそのことをよく知っていた。シェリーもきっと自分の役目、自分に出来る仕事は理解しているに違いない。
「あんたもそういう理由で、必要以上に人間との繋がりを持たなかったのかもしれないけどさ」
前触れもなく話を振られ、ウェイドは目をしばたいた。
「どうだろうな‥‥」
肩をすくめての呟きと表情に、綾音が笑い声をあげる。回答を避けたものの、彼は嘘が下手だ。これで「傭兵」としての経験は綾音よりも圧倒的に多いのだから、世の中面白いものだと思う。勿論、痛いところに突っ込まれた動揺もあるのだろうが。
「とにかく肝心なのは‥‥言い方は悪いけど、どんな手を使ってでも任務を遂行することさ。一人で勝てない戦いにはチームワークが必要‥‥ってのは、ここにいる皆なら理解できるんじゃないかい?」
「そうですねぇ。奴らに対抗できる能力者といえど同じです‥‥私たちは力を合わせねば生きてゆけない、人間ですから」
綾音の言葉に加え、特有のへにゃりとした雰囲気ながらも考え込む仕草をしてケインが頷く。それはウェイドにも耳慣れた言葉だった。敵は違えど、戦うことやそれに必要なことはそれほど大きく変わらないらしい。
「会議に時間がかかるのは、皆が思い思いの意見を出しているからだよ」
しばしの沈黙ののち、正悟が冷静に口を開く。
「だが考えの違いから対立することがあっても仲間同士、結局のところ目的は同じだ。‥‥皆、我侭を言ってるわけじゃない」
誰か、あるいは全員を責めるでもなく。淡々と吐き出される彼の言葉は、ある意味では正論であり、そして一つしかない正答でもあった。
初めから全員が全員同じ意見を出すしかないほど人類の思考が偏っているのならば、とっくにこの世界などバグアの思い通りになっているだろう。無論、現実はそうではない。愛紗や皐月のように初めて会った相手を信頼出来る者もいれば、シェリーのように馴れ合いを好まずに距離を取り、警戒の目を向ける者もいる。正悟自身もそうだ。冷静かつ客観的に物事を見つめても、他人に伝えるための言葉も胸の内で感じたものも彼だけのもの。似た意見や思いを抱えた者がいたとしてもそれは別のものに過ぎない。
だからこそ、意見を交わす意義があるのだろう。時には伝わらないこともあるが、だからと諦めればそれで全ての可能性は立ち消える。
それぞれの本音が改めて明かされた後。幾度かの沈黙を挟み、再び会議が始められた。
●信じられる「理由」
決められた作戦の概要はこうだ。
愛紗と綾音が囮役として件の川縁を歩き、その前方をケインの運転する車が徐行。囮の二人を狙い、魚キメラが水面から跳び出した瞬間に捕獲役を担当するウェイドが槍でえらを、正悟が弓矢を用いて尾の付け根を攻撃する。その得物は住人の持っていた釣り糸を何重にも補強したものに繋がっていて、車を発進させ勢いに引きずられにくくすると同時に逃げ込まないようにするのだ。陸上にあげてしまえば、後詰めの皐月とシェリーに愛紗と綾音が加わって、他のキメラに気を払いつつ一気に畳み掛ける。
とは言ってもある程度不測の事態にも対応出来なければ、簡単に優劣がひっくり返ることもある。それを知っているのだろう、荷台に控えて時を待つウェイドのまなざしは真剣だが何処か遠い。ケインに問われ、自らの意思で選んだ役目だ。呼吸を合わせ、最善を尽くす。そんな責任感もあるだろう。
「俺たちが外せば、あの二人が怪我をする」
不意に声をかけられ、彼は視線だけをこちらへ向けてきた。声をかけた正悟のほうも、水面の揺れと頑張れば血の繋がらない姉妹に見えなくもない愛紗と綾音を注意深く見つめている。
「だが、あんたが外しても俺がいる。俺が外してもあんたがいるんだ」
言って、思う。もしかしたらウェイドは恐れているのかもしれない、と。再び仲間を失ってしまうのではないか、そんな風に。
その気持ちは分からないでもない。報道カメラマンを職としていた頃、戦場下で生々しい惨状も醜い現実も、嫌というほど目にした。そうしてファインダー越しに見つめた赤に塗れた世界。やがて「見る」だけの仕事へ疑問と己の無力さを抱いて、カメラの代わりに手にしたのは武器だった。一つの、見た目や攻撃性以上に意味のある「力」だ。
怪我は避けられないかもしれない。だが一つ、彼には分かっていないことがある。思い、胸中で呟く。
(「見せてやろうじゃないか」)
自分たちは簡単に死んだりしない。今回のようにきっちり話し合い協力もし、傷付かないために必要なことが出来たのなら尚更だ。必要以上の不安も、それを見れば和らぐに違いない。
そう言った矢先に水面が波立ち始め、一気に緊張が走る。呼吸を合わせ、初撃を。視界の端にウェイドの手の震えが止まったのを捉えながら、正悟は静かに矢をつがえた。
●ただ一つの縁に
数十分の格闘ののち、二匹の巨大な魚キメラが陸上に揚がっていた。激しい動きによる疲弊はあるが、重傷を負った者は一人もいない。それが今回の戦果だった。
もう動かないことを改めて確認した愛紗はしゃがみ、キメラの鰭を突つく。
「このキメラ食べれるかな? ウェイドお兄ちゃん、キメラ食べたことある?」
「‥‥どうだろうな」
見上げ、小首を傾げつつ問いかけられてウェイドは曖昧な反応で言葉を濁した。無邪気に様々な話を口にするこの少女から、そういった類の話を聞いたのは何時間前のことだったか。実際に食した経験のある傭兵は意外と少なくないようだが、自分にはまだ未知の領域だ。食に頓着がないため、食べろと言われてもあまり抵抗はないが、撃退に加担した身としては少々気が進まない。
「坊やもなかなか根性があるじゃないか」
掛けられた声に振り返れば、悠然とシェリーが立っている。戦闘の余韻は少々乱れた髪くらいだが、戦闘前と雰囲気が違って見えるのは共に戦ったからか。
「アンタはかつて狼だった」
不意に。声音を落とし、独り言のように彼女が呟く。狼。群れを形成して生きる獣だ。
「確かに坊やはもう『群れ』の人間じゃない。だが、狼は狼さ」
妖艶な笑みを刻み、告げるとシェリーはウェイドの胸許近くまで手を伸ばした。その手に彼女が身に纏うのと同じ色の薔薇がある。
「薔薇はアタシの象徴よ。狼君、これじゃあ不服かい?」
頭を傾け、かかる影がより彼女の容貌を形どる。
「‥‥受け取っておこう」
言外ではなく言葉通りに受け取った返事にシェリーは笑い。軽く肩を叩くと今度は食料談義に花を咲かす愛紗と綾音に目を向ける。薔薇に視線を落としたウェイドは、先程の言葉を反芻していた。
そう。かつて一つのチームとして動いていたときとは違い、これからは皆がばらばらに自らの意思で仕事を選んでいくのだ。当然、この七人全員が同じ依頼で顔合わせする可能性など無きに等しい。しかし。
(「マイアが言った言葉‥‥それを、俺も」)
息を吐き。ひどく懐かしい感覚を抱きながら胸中で続ける。
(「‥‥俺も、信じてみるとしよう」)
今回のことが一つの縁になるならば、孤独に嘆く必要はない。何せ、共に戦った仲間は弱くなどないのだから。正悟に視線を向けてそっと唇を吊り上げてみせると、彼が気付いたかどうかも確認せずウェイドは瞼を下ろした。
一人ずつ仲間が遠い世へ去っていく絶望。その思いを忘れる日は来ない。
それで良いのだ。過去は過去で背負わなければならないもの。背負って生きていくのも自分の役目と言える。だが、それとは別に今を生きることが出来れば。今度はこの場所で、走り出せる。
それぞれに過去と生き方、そして力を持った傭兵。それが今ここにいる六人だ。
‥‥果たして、この中途半端な位置に陣取る自分には何が出来るだろうか。拳を握り、それを問いかけながら目を開ける。と。
ぱしゃり。
聞こえた音に、ウェイドは反射的に顔をあげた。正悟がいつの間にか腰を落とし、カメラを構えている。意識が内側に集中していたため、そのときどんな表情をしていたかも見当がつかない。そんなことを考えた自分に驚きながら、表情には出さず目を向ける。もう一度シャッター音がした後、正悟はファインダー越しではなく直に見返してきた。何処か満足したような、あるいは感心したような、はたまた別の。判然としなかったが、ウェイドには優しいもののように思えた。
「記念写真だ。迷ったときは、自分の顔を見つめ直すといい」
「‥‥大事にしよう」
呟いて。直ぐに目を逸らすが顔は火照っているし、周りからも見えるだろう。小さく誰かが笑い声を零すと、ウェイドも熱がひいていくのを感じながら苦笑した。本当に、自然と笑えるのはいつぶりか。
仲間と共に映る記念写真。それはきっと良い思い出になる。
一人の人間としてのこれからも、この世界に叩き付けられた戦いの幕も、きっとまだ終わりは遠い。しかし手を取り合う意味、それを思い出し始めた今なら自分が生きているという現実に、心の底から感謝することが出来る。