タイトル:その痛み、癒す為にマスター:リラ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/22 04:47

●オープニング本文


 いとも簡単に奪われたのはもう取り戻しようのない、命と思い出だった。だがそれに泣く暇も人々には与えられない。現実が立ちはだかる限りは。

 廃墟と化した外観にもはやかつての面影はなく、風すらも泣き声をあげるかのように響き渡る。無論それは破壊により晒された家屋に触れ、音を立てているだけに過ぎない。しかしそれでも、そう思いたい気分だった。
 一夜の夢、一瞬の絶望とその心を苛み続ける痛み。突然の襲撃に遭い、生き残ったのはごく少数の村人たちだった。自分が生き残り、大切な者を失ったことに悲嘆する人間もいれば、未だ現状を受け入れることも出来ず、悪夢に怯え錯乱する者もいる。当然、住む場所、そして家族やそれ同然の人を失い、何とも思わない人間はそこにはいない。
 貧しい生活に漠然とした不安もあった。だがそれ以上に幸せに思えていて。精神的に満ち足りていたものも大きかったからこそ、その衝撃は大きかったと言える。

「おじさん、大丈夫‥‥?」
 そんな中、幼いながらも懸命に周りを励ましている少年がいた。一睡もせずに子供たちを護ろうとする、親も同然の人々に声をかけ、何とか笑ってみせる。特に自分の子供を失った者の悲嘆は大きく思え、抱き締められては何度もその背中をさすった。
 きっと自分は、彼らほどつらくはない。自分の失ったものは彼らに比べれば少ない。もとより家族のない自分には、その悲しさを理解することなど出来ないのだから。だから自分には苦しむ「仲間」を助ける、そんな義務があると思った。
 しかし現実、いつまでもここに残り続けることは出来ない。生き続ける為に今は、思い出からも危険からも離れなければならない。

 そして彼は感情を押し殺して時折空を見上げる。時を計り、自分たちがこの地を離れる為の翼に思いを馳せて。

●参加者一覧

藤森 ミナ(ga0193
14歳・♂・ST
比留間・トナリノ(ga1355
17歳・♀・SN
シェリー・ローズ(ga3501
21歳・♀・HA
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
坂上 孝平(ga5809
17歳・♂・ST
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG

●リプレイ本文

 恐怖が人々の心に巣食い、そしてじわりじわりと染み込んでいく。そんな日も時が流れれば終わりを告げ、違う一歩を踏み出すときがやってくる。少しずつ少しずつ、けれど前を向いて確実に。そして手を伸ばして、立ち上がって。

●近く遠く
 騒ぎ出す声にふと意識を引き戻され、いつぞやのように空を見上げていた少年はそちらへ視線を向けた。年若い男女が声の先にいて、大人たちに囲まれている。隙間からぼんやりと見えるその姿は見慣れたものではなく。やがてつい数時間前に聞いていた話に結びつくと、彼は直ぐさま立ち上がり、走り出した。
 見慣れないのも当然の話だ。別の場所に移る為、雇われた傭兵たち。少年にとっては真っ直ぐなまでの希望であり、大きな「翼」でもある。
 駆け寄っていき、少々勢いが過ぎて転倒しかけたものの、振り向いた大人の腕を思わず掴んで踏みとどまり。
「‥‥大丈夫?」
 そう声をかけられ、顔をあげる。
 訪れた傭兵の一人、ラシード・アル・ラハル(ga6190)の顔をじっと見返したまま少年は動きを止めた。小柄な体躯と幼さの色濃く残る顔立ち。無論、自身よりは年を重ねているだろうがやはり若く。ぼんやりと、兄のように慕っていた馴染みの顔を思い浮かべる反面、驚きも大きかった。
 悪い悪い宇宙人と戦っているヒーロー‥‥それを直接どころか映像の中でさえ見たことのなかった少年にとって、彼や彼の傍にいる傭兵たちは身近な人々に近い。そのことが不思議で硬直していた少年だが、ふと大人たちを含めた視線に気付くとこくこくと頷いた。
「なら、良かった‥‥」
 言うラシードの表情がかすかに和らいだような気がして。少年は言葉にならない、だがひどく懐かしい感覚を覚えて胸を震わせた。そして腕に触れ言葉を発さないまま、移動時について説明する彼らをじっと見つめ続けた。

「あの子、エイセルって名前なんだって」
 ふと。少々乱暴な手つきで瓦礫をどかしていたシェリー・ローズ(ga3501)はその声に顔をあげた。比較的被害が少なく、倒壊する心配もなさそうな家の中を覗いていた空閑 ハバキ(ga5172)は、彼女が渋面を刻むと思わず苦笑を零す。
「へぇ。しかしどんな名前だって坊やは坊やさ」
 さほど興味無さそうに。埋まっていた保存食の箱を引っ張り出し、襲撃時に飛び出したらしく少しの血痕と土に汚れたそれに嫌そうな顔をする。だが、中身に支障が無さそうと判断すると無造作に近くの袋の上に落としてまた他のものを探す。言いたいことは他にあったのかもしれないが、黙々と、表情豊かではあるが作業を続けていった。
 事前に聞いて、この村へ来るまでにも零していたことだが、彼女はあまりあの少年のことを好ましく思っていないらしい。実際、キメラの襲撃に遭ったときのことを思い出してか、急に泣き出した女性を見て真っ先に駆け寄った彼にシェリーは苛立って舌打ちしている。向ける感情はどうあれ、彼女が少年を気にしているのは明白だ。
「‥‥シェリーも程々に、ね?」
 と言ってみるものの、聞こえているのかいないのかやはり身体は動かせど返事は返ってこない。
 無論、彼女には彼女の生き方と考え方があるし、それを否定するつもりもない。だが、ハバキには彼らのこと、彼らが抱いているであろう感情が幾らか理解出来るのだ。
 大切な者の死を簡単に受け入れられるほど人間の記憶‥‥思い出は安くない。長い期間引き摺り、そうして時間をかけていかなければ整理出来ないことの一つと言えるだろう。だから、
(「亡くなった人の分もって、頭では分かっててもそんな簡単に心も身体も動かない」)
 一つ、深い深い息を吐き出して。それで一度気持ちに区切りを付けると、普段からほとんど絶やさない笑みを浮かべる。とにもかくにも今は移動するための準備を進め、彼らを別の町に連れて行くことが一番だ。それからのことはハバキたちにとって与り知らぬことになるが、きっと無駄にはならないはず。
 少し。そう、今は少しずつでいい。

●恐怖和らげて
 整備された平らな道を人々が歩いていく。なるべく列を短くし、前方、中央、後方の三カ所に散らばっての護衛にあたる。そのうちハバキと共に最後尾を歩き、茂みや岩陰からのキメラの襲撃に備えて時折気を払っている比留間・トナリノ(ga1355)の目に幾度か話題に上った少年の背中が映った。頼りなげに、だが誰かの手を借りることもなく歩くその少年はやはり周囲とは少し異質に思えた。
 無論、自分たちに対して怯える人間や協力を拒む者に比べれば良いし、求められているところである護衛に集中出来るため助かるのも事実だ。だが件の少年の場合は「自分が何とかしなければ」と義務のように感じて無理をしているのではないか。そう思えてならないのだ。
 彼女自身もまた、戦闘中には余計なことを考えないようにと己の感情を押し殺している。行動に支障をきたさないようにしなければと、自分でその必要性を感じているからだ。戦いに対して苦手意識の残る今はそれが必要でも、いつまでも続けることが不可能なのもまた、彼女は良く分かっていた。何処か、何かの機会で積もり積もったものを発散しなければいつか潰れてしまう。その思いが強ければ強いほど、その期間が長ければ長いほど。押し殺すことに慣れて、何か大事なものを見失ってしまうかもしれない。
 そんな危惧を持っているからこそ、トナリノにはシェリーの苛立ちが少し理解出来た。
 周りのために尽くし、己の心を殺すことは辛い。だがそれ以上にきっと、弱い自分と向き合うことは辛いに違いない。一瞬、胸に刺さるものを覚えながら、トナリノはまた少年の背中に目を向けた。小柄な彼女から見ても小さく思えるのは、単純に外見のためだろうか。

 一方、出発前は出来る限り重傷者の治療に当たっていた藤森 ミナ(ga0193)は列の中央で周囲を見回しながら歩いていた。何も前や後ろからキメラが襲ってくるとは限らない。比較的見通しの良い道ではあるが、時折は双眼鏡も使って辺りに目を配る。
 そして怪我の手当てはしたものの、まだ完治とはいえない人の中には苦しそうに歩く者がいて、歩調もバラバラだ。特に小休憩の後は疲労がどっと噴き出すため、歩が重くなりがちになる。そんな人を見ると、ミナも自分の担当する範囲を逸れない程度に速度を落とし、隣に立ってそっと手を貸した。皆、一様にキメラに襲われ家族を失ったり自身が怪我を負ったりしたが、その心に入った傷は一人一人違う。それだけに、彼が手を貸すことで何度も何度も礼を言う男性もいれば、亡くした子供を思い出して泣き出す若い女性や逆にその手を拒み振り払う老人もいて。それでもミナは根気よく、しばし時間を置いては手を差し伸べた。彼らを萎縮させないよう微笑みを絶やさず、声をかけていく。
 その気持ちは言葉と行動で示している。ならば諦めない限り、いつかきっと伝わるものだ。そう信じて、人々と歩き続ける。移動に適した道を選んだために反面で道のりは長く、時間を要する。だがそれは同時に、未来に向かっていこうとする気持ちを育んでいくためのもの。
(「それを考えながら歩いていけたら良いな」)
 思って。ミナは言葉少なな少女の手を少しだけ強く握り返した。

●星の瞬き
 日が暮れると移動はやめ、食事と睡眠の時間に充てる。その夕食後は悪夢と野宿に慣れないこともあって眠れない者も少なくない。そんなときにはラシードがギターを弾き、焚き火や風の音に交えて曲を奏でた。
 彼の出身である中東の曲で、村人たちには聞き慣れないものだろうがそれでも音や、それが紡ぐメロディを感じることは変わりない。何処か哀愁の漂う、悲しくも穏やかなその音楽を耳にすると、不意に涙が零れ落ちていく。自分の置かれた立場や感情と通ずるものがあるのだろう。そうして泣く大人たちを、ミナやハバキに懐いた子供が不思議そうに見つめている。
「‥‥悲しみは、押さえ込むより涙で流し出したほうがいいよ‥‥」
 近くにいるまだ幼い少女に言ってそっと微笑みかける。
 目を閉じて思い出すのは、故郷と家族を失った日のことだ。そうして奪われたものが大きいだけに、彼らの気持ちも分かるし他人事とも思えない。
「お兄ちゃんは今、幸せ?」
 問いかけられ、彼は迷わずに頷いた。
「うん‥‥幸せ。大切な人が、たくさんいる‥‥」
 長い苦しみの後には光が射す。そのことは自身の経験が裏打ちしていた。
「助けてくれた人たちのために‥‥そして、失った人たちのために。僕は、生きてる」
 そう、はっきりと言うことが出来る。
「故郷ってきっと、大切な人が待っている場所のこと、じゃないかな‥‥」
 生まれ育った場所は失っても自分には帰る場所がある。今度は「私にも故郷出来るかな」と呟く少女に「大丈夫」と答えれば無邪気な笑顔が覗き。ラシードも柔らかな微笑を見せて次の曲を奏で始めた。今度は優しい鎮魂歌を。

 深夜。不意に上体を起こしたエイセルに、見張りをしていたハバキが気付き目を向けた。酷く疲れた様子で息を吐き、両手で顔を覆う。そんな様子を見て声をかけるべきかしばし逡巡したが、肩を震わせ始めた彼を見ると身体は動いていた。
 よっ、と短く声をあげて立ち上がると別段気を払うでもなく歩き出す。当然その足音が聞こえ、エイセルは弾かれたように顔をあげたがハバキは気にしなかった。そして何食わぬ顔で彼の隣に腰を下ろし、覗き込むでもなくただ星空を見上げる。言葉はない。だがけして重くない沈黙だった。
「うわっ、綺麗ー。こんな風に見上げるのは久しぶりかも」
 早く目が覚めてラッキー、そう付け足してくすりと笑顔を零す。そしてまた沈黙が二人の間を包んで。次に口を開いたのは袖でごしごしと涙を拭ったエイセルだった。
「皆、どうしてそんなに優しいの?」
「んー、他の皆のことは分からないけど。俺は‥‥俺もそんなだったことがあるから、かな?」
 言って彼が見せる笑みはそれを、内に潜む過去を感じさせない。
「そういうときは少しずつ、小さな目標を立てるようにしたらいい。最初は簡単なこと、次は少しだけ時間のかかること、その次はもしかしたら未来に繋がっていくようなこと。そうやってちょっとずつ進んでいくと欲が出てきたりね」
 苦笑。手を擦り合せてその隙間に一瞬、白い息を封じ込めて。一つ一つ、言葉がその唇から紡がれてゆく。道中でもそうだが、彼は慰めたり同情するような言動は取らず、少し手が欲しいときにはちょっとしたことでも頼み、協力してくれたことに礼を言い。また、悲嘆に暮れて立ち止まる人がいれば、ただ抱き締めたり手を繋いだりと、触れることで必ず誰かが傍にいることを伝えていく。それが経験上か否かエイセルには分からなかったが。どれだけ尊く心安らげるものかは、痛いほどに感じた。
 膝を抱え、泣き出し震えるその背中をさすりながら、ハバキは柔らかい笑みを浮かべる。かつてある人に言われた、彼の「武器」であるその明るさを滲ませて。

●戦う者の背中
「手伝ってくれてありがとう」
 と、トナリノが礼を口にした矢先のことだった。休憩中、例のごとく率先して行動したエイセルに、堪り兼ねたシェリーが近付いていく。
「癪に障るんだよ」
 そう呟くと顔を近付け、挑発的かつ皮肉を込めて低くシェリーが続ける。
「化け物どもに勝つ以前に、己に負けてるようじゃお笑いぐさだねぇ」
 そして息を吐く暇もなく、
「心の折れた坊やに護られて、アンタたちもさぞかし癒されてきたんだろうね?」
 と、かばうように立ち、非難の声をあげようとする人々にも嘲笑うような言葉を向ける。勢いを失った彼らを見回して、シェリーは一度唇を噛むと大きな溜め息を吐いた。
「本当に必要なものは何なのか‥‥それさえ分からない盆暗揃いのようだね」
 そう彼女が零すと、周囲は重い沈黙に包まれる。エイセルに対しての言動ならば先程のように怒りを買っただけだったろう。だがそうして向けられる言葉が、ひいては彼の取る行動がどういう意味を持っているのか。それに気付けば言葉は霧散する。
 無論、シェリーの厳しさが正しいとも他の四人の優しさが正しいとも言えない、様々な感情や経験が入り交じった出来事には変わりない。だがこのまま町に辿り着き、別れたならば彼らの意識は変わっただろうか。エイセルや他のまだ人を励ますことの出来る者がそれを負うときが続いたかもしれない。ふ、と仲間の口許が笑みに彩られ、それを視界の端に捉えたシェリーは顔を背け、口を開こうとし。
「うっうー、キメラです!」
 と真っ先に気付き声をあげたのはトナリノだった。彼女の声を遮るように、つられて見た村人の誰かが悲鳴をあげる。飛び道具で攻撃されない限り当たらない距離だが、それなりには近い。三体の、村人たちの話にも出た爬虫類型のキメラである。
 シェリーが身を翻すのは早かった。駆けて前線に躍り出ると刀を構え、声を張りあげる。
「痛い目に遭いたくなかったら、さっさと下がって一つに集まりな!」
 でなければ護れるものも護れない、そう言うように。振り返らず告げる彼女の言動にはやはり容赦などないが、それは同時に躊躇もないということ。迷いなく、自らの考えにも逆らわず為すべきことをする。黒いオーラを身に纏い、酷薄な微笑を刻み。しかし怖じることもなく、長く伸ばされたキメラの舌に武器を絡めとられないよう立ち回りながら、皆の前に立ち続ける。
「大丈夫、怖がらないで」
 一方でシェリーの言葉に応え、ミナやハバキが怯え、動きを止めた人々に声をかけながら彼らと後退する。幸いにもキメラの数は少ない。
「‥‥僕、今回は本気で怒ってるから」
 とトナリノと二人、銃で応戦するラシードの瞳と髪が銀色の光を放って。シェリーが斬っているのとは別のキメラに容赦なく二挺の小銃で鋭い一撃を当てていく。
 戦う彼らの背中を見つめるエイセルはふと、最初に会ったときの自分の感想を思い出していた。だが今ならば、自分と彼らの違いがよく分かる。無論、戦えるか否かは言うまでもないが彼らの強さ、その本質は心にこそあるのだろう。気構えが違えば世界の色は違って見える。助けを待って見上げたときよりもずっと青く澄んだ空にエイセルはただ息を飲んだ。

●辿り着いて
 数日後、無事一人も欠けることなく町に到着した。
 暫く子供たちのために生きてもらえないかな。そう頼むハバキを見返すと、前に立つ中年の男性ははい、と答えて頭を下げた。先程礼を言ったときよりも深く長く。多少は周囲を見る余裕も出来、自分たちに出来ることにも気付けたのだろう。その様子を見てハバキも安堵し、笑顔を見せる。
 まだしばらくはきっと苦しい日々が続く。だが一人ではないなら、生きているのならば。少しずつ傷も癒していける。別れを惜しむ彼らの瞳には確かな光が宿っていた。