タイトル:生まれ落ちたその咎をマスター:リラ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/25 23:48

●オープニング本文


 だって、生きてるんだよ。この子だって、あたしだって。
 一体どんな違いがあるっていうの。あたしたちも同じ人間を殺す。沢山の命を奪う。それが理不尽じゃないなんて保障は何処にもない。理不尽じゃないという奴がいるのなら、それは傲慢だよ。人間が偉いって思ってる。自分たちが人間だから仕方ないって、そう思ってる。普通の人間なら確かにそうなのだろう。でも、あたしは。

 問い掛けたくてしょうがなかった。

 何であたしたち傭兵は当たり前にキメラを殺せるんだろう、とか。
 どうしてあたしたちは戦ってるんだろう、とか。
 ‥‥何で普通に生きられなくなったんだろう、とか。

 いつの間にか戦うことが当たり前になって。物を壊し、キメラを殺すことに何のためらいもなくなって。
 ただでさえあたしたちは千分の一の能力者。人々の希望であると共に、覚醒時には大きな変化を伴う「異形」の存在でもある。‥‥もっと時間が経って人も増えてくれれば、状況は変わるのかもしれない。けど。
 けど、あたしはその前にきっと、おかしくなる。このままじゃあたしは、心すらも人間でいられなくなる。胸の奥の何かが折れてしまって‥‥無闇にこの力を振るうだけになったら、あたしには一体何が残る? キメラやバグアと何が違う? 驚異的な力を殺戮に使うこと、それだけは同じじゃない。そしてそれは、人々にとってすべてに等しい。

 ‥‥分かってる。こんなのはただの言葉遊び。言い訳にもならない。あたしが、キメラを抱いて逃げていることの言い訳になんて。
 まるで赤ちゃんみたいで、穏やかな寝顔を浮かべていて。でも腕から伝わってくる体温はひどく冷たく、こうして毛布で何重にも巻かなければとても持っていられない。そのことが否応なくキメラなんだと、あたしと同じ殺戮者になるんだと教えていて。

 無性に涙が溢れてきて。溢れて、溢れて、止まらない。

 何でこうなったんだろう。何で間違ったんだろう。
 あたしのこの生き方も。こうしてここにいる報われることのない命も。間違えて行き場を見失った。
 死ぬということを、この世から消えてなくなるということを分かっていたつもりだったのに。

 ‥‥駄目なんだよ、もう。一度自分の生き方に恐怖を感じてしまったら。
 あたしが傭兵に戻ることはもう二度とない。キメラを殺せない能力者なんて、役立たず以外の何者でもない。
 なら、あたしは。

 滲む視界にきつく抱いたキメラを映して、あたしは嗚咽を押し殺した。
 誰の手も届かない場所なんてない。それでもあたしは、そこへ行かなければならない。

●参加者一覧

佐嶋 真樹(ga0351
22歳・♀・AA
キーラン・ジェラルディ(ga0477
26歳・♂・SN
西島 百白(ga2123
18歳・♂・PN
エリザベス・シモンズ(ga2979
16歳・♀・SN
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
風(ga4739
23歳・♀・BM
槇島 レイナ(ga5162
20歳・♀・PN

●リプレイ本文

●捜索
 ロント及びキメラの確保という今回の依頼を果たす為にも捜索し、見つけなければ話は始まらない。穀倉地帯で民家は点々としており、可能性の多い室内の逃げ場は少ないが、地区一帯を捜索しなければならないため範囲は広かった。そのため担当エリアを決め、三班に別れての発見を目指す。


●分かち合えぬ気持ち
 連絡があった後。移動するため小屋から出てきたロントは、正面に人影を見つけて足を止めた。
「お分かりかと思いますが、貴女の身柄を確保することが目的です」
 キーラン・ジェラルディ(ga0477)の言葉に一瞬横を見て逃亡を図ろうとしたが、囲まれていることを悟ると周囲を警戒しつつ足を止める。
「‥‥しかしその前に少し、訊かせてもらっても良いでしょうか。貴女が、逃亡した理由を」
 出来るならば処理はせずに拘束したい。そのためまずは説得を、と言うのが彼らの判断だ。答えず押し黙るロントに佐嶋 真樹(ga0351)が近付いていく。
「話は聞いた。確かに、お前の気持ちは分かる。‥‥人は弱く、故に力を持てば驕り高ぶるものだ」
 言うと足を止めて。真っ直ぐに真樹は彼女を見返した。
「‥‥しかしな。同様に悲しみを抱え、葛藤の中で戦っている者もいる。殺めることに慣れ、当たり前になることを辛く思う者もいる。だが憎しみや怒りだけが人間の全てではないと思えるから、私たちは戦うのだ。繋ぎ止めているのは貴様がそのキメラを愛しいと思う気持ちと変わらない。だから、私は貴様を否定しない」
 真摯にロントが視線を外し。
「‥‥お前も、人の思いを、優しさを否定するな」
「ねえ、ロントちゃん。あなたは何のためにエミタを移植して能力者になったのかな? そのときの気持ち、忘れてない?」
「あたしは‥‥!」
 一度言葉を引き取った風(ga4739)が仲間に武器を預け、ロントに問いかけた。思い出すのが辛いのだろう、言葉に詰まる彼女を見て、苦笑を浮かべて。
「そりゃ、あたしだって怖いよ。ビーストマンだからね。いつ自分が元に戻れなくなるか、壊れてしまうかびくびくしてる」
 自らの身体を抱くようにして、俯き。しかし彼女は直ぐに顔をあげて笑みを覗かせた。
「‥‥でもね、そんなあたしを大事に思ってくれる人がいるの。あたしは、その人の戻る場所を護る為に戦いたいって思う。せっかく、それが出来る身体なんだから」
 それに、何も戦うことだけが能力者に出来ることではなく。
「一般人と能力者の間に入って架け橋になろうとしてる人だっているよ?」
「‥‥これから戦う戦わないはお前の自由だ。だがその前に力を持つ者の責任を果たせ」
 言って真樹が視線を落としたのは、ロントの腕の中のキメラだ。
「もしそのキメラが凶悪に変質して逃走し、力を持たない人々に害を為すならば、私は力を持たぬ者の為にそいつを斬らねばならない。‥‥躊躇えば、選ばねば。失われる命がある」
「だから、私たちにキメラを渡して‥‥でないと、私たちは貴女を傷付けてでも止めなければならなくなるわ。私は、それをしたくない‥‥」
 槇島 レイナ(ga5162)がそっと、涙を滲ませながら手を伸ばす。しかしまだ躊躇は残るのだろう、俯いて後退し。その様子を見て、今まで沈黙を続けていた西島 百白(ga2123)が耐えかねたように口を開いた。
「今更、敵に情けをかけるのかよ! お前は!」
「西島さん、それは‥‥」
 びくりとロントが肩を震わせるのを見て、朧 幸乃(ga3078)が警告するように声を発する。
「俺たちの手は既にそいつらの血で汚れてるんだよ!」
「やめて‥‥!」
 尚も向けられた言葉にロントが悲鳴をあげた。そんな彼女を見て、
「ロント、でしたわね。それは本当に貴女の意思ですの?」
「な、にを‥‥」
 エリザベス・シモンズ(ga2979)が言いながら足を踏み出す。幸乃が再び制止しようとしたが、伸ばした手は空を切った。敵愾心を抱き始めたロントがキメラを抱える腕に力を込めながら。睨みつけるように見返し。
「キメラが貴女の迷いにつけ込み、増幅させているのではありませんこと?」
「ふざけないで!!」
 拒絶するロントにエリザベスが眉根を寄せ、一喝する。
「己の使命を、志を思い出しなさい!」
「もう嫌なの!」
 ぷつり、と何かが音を立てる。それは誰の感情だっただろうか。
「分かってるよ! 分かってた! だからあたしは戦ってきた!」
 そこが限界だった。血を吐くような叫びが周囲にこだまする。
「あたしにも出来ることがあるんだって! あたしに助けられることだってあるって‥‥だから傭兵になったよ、戦ってきたよ。あなたみたいに誇りに思ってたときだってあった! でももう戦いたくないの! 能力者の自分が怖いんだよ‥‥」
 考えを否定され。疑われ。繋がる負の螺旋に絶望が滲み出した。

●そして、失う
 靴が砂を噛み、後退するロントをそれぞれが様子を窺うように警戒する。だがやはり早期から能力者として戦ってきただけあり、疲弊し、そして混乱しようとも簡単に隙は見せない。
「もう、駄目だよ‥‥」
 かすかに自嘲的な笑みを浮かべて涙を流し。ロントがキメラをきつく抱き締めた刹那、彼女から光が沸き出した。いや、彼女からではない。彼女の抱きかかえた、キメラから。
「面倒ごとが‥‥増えたか‥‥」
 何処か遠いことのように百白が呟くよりも早く。轟音が拡大し、それを掻き消した。
 咄嗟にもっとも距離が近く、説得役を買って出た真樹がロントを庇おうと飛び出し。幸乃もキメラを引き剥がそうと一気に距離を詰める。一方で他の五人はそれぞれの武器を構えてキメラに攻撃をしかける。
 そんな彼らを尻目に、キメラの変貌は瞬間的なものだった。腕が一瞬で青に染まり、伸びて押し付けるようにしていたロントの身体を貫く。破れた布は血に塗れて飛び散った。刃物のようになり突き刺さるそれは、変貌前よりも更に冷たく、温もりのある血液に染められていく。
 それは彼女の望み。命を捨てることを、争いから逃れることを彼女は望んだ。すべてに耐え切れなくなって。初めからそうするつもりだったわけではない。だが今の彼女にはそれしか頭になかった。
 一瞬。同様に冷たい青色の瞳、それと視線がぶつかった。キメラに自我などあるはずがない。それはロントにもよく分かった。彼らが言っていた通り、キメラはバグアの道具であり侵略の手段に過ぎない。だからきっとそれはただの錯覚。
 だが。その目が細められ口許が笑みの形を象るのをロントは確かに、至近距離で見上げた。自分を追い越し、成人女性の姿になった、今まで自分が護ろうとしてきたものが。そっと微笑むのを。認めてくれるのを。
 瞬間的で思い違いでしかない邂逅。それも直ぐに終わる。生えた蝶のような羽が折れ曲がり、至近距離に迫る真樹を薙ぎ、幸乃を巻き込んで吹き飛ばす。だが、攻撃もそこまでだった。覚醒、接近した風が背中を向けているキメラを「獣突」で弾いて引き剥がし。キーランとエリザベスが銃と弓で狙いを定め、樹に叩き付けられて急停止したキメラを撃つ。人間と同じように身体を反らし、しばし痙攣するとキメラは動きを止め、崩れ落ちた。
「終わりましたの‥‥?」
 少し拍子抜けしたように、注意は緩めないまでもエリザベスがつがえるのをやめ、弓を下ろす。同様に構えを解くと、それぞれ地面に倒れたキメラや膝をつくロント、そして真樹と幸乃のほうへ向かった。

「佐嶋さん‥‥大丈夫ですか‥‥?」
 肩を掴み、自分よりも大きい真樹の身体を支える状態で倒れ込んでいた幸乃が治療を試みようとするが、彼女は首を左右に振り、視線を別の方向へ伸ばした。
「いや、私は後でいい。あいつを‥‥ロントを助けてやってくれ。死なせたくない」
 自身も決して浅い傷ではない。しかしその赤い瞳が訴えてきたこと。思うところがあり、幸乃は立ち上がると少し離れたところで倒れているロントに駆け寄っていった。
「難しいね、こういうのって‥‥」
 入れ替わるように風が真樹の傍に近付き、ちょこんと腰を下ろす。普段は明るく周囲を引っ張っていく彼女も、さすがに落ち込んだ表情で救急セットを取り出した。手当を受けながら、真樹が零す。
「私は少し、期待していた」
 独り言のように。風も、ん、と小さく頷き言葉を促す。
「手違いで、本当にキメラが無害だったらどんなに良いだろうと」
 もしも何らかの確証を持つことが出来れば、彼女に預けて上には死んだと報告する、そんな提案を皆にしようと思っていたほどに。
「私は甘いか?」
 問いかけられ、風はほんの少し苦笑して。
「そう、かもね。でも分かるよ。真樹さんが真剣にロントちゃんの気持ちを考えてたこと。よぉく分かる」
 でないと庇おうとするなんて出来ないよね、そう付け足して。その言葉に真樹は「そうか」とだけ呟き、そしてロントのほうへ視線を向けた。

 やはり変貌したばかりということもあり、能力が低かったのだろう。即死には至らず、うずくまり耐えかねて血を吐き出すロントに幸乃が手を伸ばした。振り払おうとしたのだろう、身をよじるものの、彼女にそれ以上の抵抗する術は残されていないようだった。
 触れられるところまで近付いて初めて、あるいは傷付きぼろぼろになって、か。彼女がまだ15歳の少女であることがよく分かる。幸乃とさほど変わらない体躯で、年齢で。戦い続け、そして疲れ果てた。無論、年齢がその行為の言い訳になるはずはない。それでも人の心は弱くこうして折れそうになる。
 肩に手を触れて。少し低い体温に辛そうな表情を浮かべると幸乃はその場に腰を下ろし、救急セットを用いて治療を始めた。ロントは何度も何度も拒むように首を左右に振ったが、やはりそれ以上の抵抗は心身の疲労により追いつかない。代わりに荒い息を繰り返しながら「死なせて」と訴えるような視線を向けてきたが、今度は幸乃が小さく首を動かした。やがて、ロントの息遣いが弱くなっていく。意識を失わないのが可笑しいくらいだった。
「ただの、自分勝手なだけの殺戮者と‥‥」
 手は止めず、黙々と治療に専念しながら幸乃が唇を開く。
「誰かを護りたいと思い、誰かのために胸を痛めることの出来る殺戮者は違うんじゃないでしょうか」
 ロントに問いかけるように、そして自分に話しかけるように。
「対象はどうであれ、あなたが『あの子』に抱いた思い。‥‥それは、人の心では‥‥?」
 不意にロントの瞳に涙が滲み。頑なに、自分自身の気持ちすら否定していた心の壁がぼろぼろと剥がれ落ちていく。彼女の腕はキメラを抱き続けていたことで凍てつき見るに耐えない惨状になっている。それでも彼女は、手放しはしなかった。きつく目を閉じ、震える彼女の髪を撫でて。幸乃はそっと微笑み、続けた。
「大丈夫、戻れますよ‥‥」
 一人の人間として彼女は生きていける。そんな思いを込めて。しかし幸乃とて、口にせずとも不安がないわけではない。もしもバグアとの戦いに終止符を打ち、能力者の力が必要とされなくなるときが訪れたら、と。
(「その時代に能力者は過ぎた力‥‥人が、自分より強い力を持つ者を恐れて取る行動を私はよく知ってるから」)
 もしかしたら人と能力者で第二の戦火が起こるかもしれない。今こそバグアと言う脅威があり、世界規模で手を取り合おうとしているが。それが消えても世界はきっと平和にならない。また人間同士で争うことになるのだろう。このままでは、きっと。
 左手、その中に埋め込まれたエミタに視線を落とし。幸乃は胸中で呟いた。
(「‥‥私は‥‥戻れるのかな‥‥」)

 やはりそれぞれに思うところはあっただろう。キメラを連れ、傭兵であることをやめようとしているロントに対して。それが千差万別なのも当然のこと。それを否定することは誰にも出来ない。
 確かにロントは確保した。キメラは倒した。提示された条件は達成している。しかし、精神的に追い込むこともなく無傷で彼女を確保することも可能ではなかっただろうか。キメラが変貌する前に捕獲出来た可能性はある。例えば一人でも複数人でもいい、一つ筋の通した説得を続けていれば。それが彼女にとって辛いものだったとしても、止めることは出来たはずだ。
 今回。同じ目的を抱きながらも皆が別々の方向を向いていたのではないだろうか。仲間が何をするか、自分が何をするか。その認識が甘く足りなかったのではないだろうか。仲間は捜索のための頭数ではなく。より難しい問題を協力して越えていくための仲間ではないだろうか?
 彼らも人間だ。感情を持ち続けることはとても大切なこと。ただ彼らは無理矢理巻き込まれた人間ではない。自らの意思で依頼を受け、それを達成するために集まった「傭兵」だ。時に多かれ少なかれ、自分の仕事をこなすために感情を律する必要があるはず。直接思ったことを伝えるだけが救いになるとは限らない。
 自らの感情で状況を掻き乱すことが、傭兵の仕事ではないのだから。

 遠くからサイレンの音が聞こえる。一つの重い重い逃亡劇が終わろうとしていた。

●後日談
 心身の激しい衰弱と怪我により一時は生死の境をさまよい、関係者の事情聴取すら出来ない状態だったロントだが、穏やかで隔離された時間を追うごとに少しずつではあるが落ち着き始めていた。一瞬だけのキメラとの邂逅。それを受け止められる程度には。
 そして。当面は監視下で治療に専念するという処置が決められた後、彼女はエミタの除去手術を決断した。現在の技術では決して安全なものではなく、場合によっては命にも関わることだ。だがそれでも、彼女の決意が揺らがなかった。どのみち一度犯した「罪」を消すことは出来ず、幾ら稀なエミタ適性者と言っても現実問題として、彼女が傭兵として戦い続けることは不可能だ。だが。彼女に手術を決断させたのは、彼女と向き合おうとした傭兵たちとの出会いがあってこそ、なのかもしれない。
 もしもまだ生きることが出来るならば。普通でありたい、笑っていたい。そう彼女は思う。
 能力者であること。期待されること。背負うこと。戦うこと。‥‥そして、かつて夢見た目的を見失うこと。そのすべてから解かれて初めて、きっと笑える。久しぶりに。ずっとずっと、久しぶりに。
 やはり能力者がこのような形で戦いから離脱することを弾じる者もいるだろう。逆に彼女の気持ちに感じるものがある者もいるに違いない。それぞれ別の人間なのだ、すべての事柄を等しく思えることなどきっと無いに等しい。それでも。似た感情を抱いて分かち合い、相反する感情に衝突し、過去を振り返り未来に夢を抱きながら、人は生きていくことが出来る。

 病室の窓から見上げた空は、広くてとても遠い。