タイトル:穏やかな眠りをお届けマスター:リラ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/18 05:10

●オープニング本文


 能力者たちの最大の拠点でもある島、ラスト・ホープ。そこに、ある一つの店が開業しようとしていた。一見かなり大きめの喫茶店といった風の外観だが、それとは少し毛色が違う。店の前に置かれた看板には、柔らかい手書きの文字でこう書かれていた。

「お休み喫茶『午後亭』。お疲れのあなたに心地よい眠りをご提供致します」

 しかし、その下には「現在モニター調査中」と書かれており、扉にも「CLOSE」と書かれた札が掛けられている。どうやらまだ正式なオープンには至っていないようだ。
 その中では、
「しかし、ラスト・ホープと言えばやっぱり傭兵の皆さんですよねえ」
 と、オーナーらしきまだ年若い女性が小首を傾げつつ呟いている。彼女が手に持っているのは試し刷りしたモニター募集のチラシで、様々な年齢や職業の人を募集する旨とともに、ベッドで眠る人とその頭の上で輪を描くように並んだ山羊のイラストが描かれていた。おおよそ眠れないときに数えるという羊と間違えて描いており、そもそも眠れないイメージのものを使うというのもおかしな話なのだが。当の本人はまったくその違和感に気付いていないらしい。
「傭兵さん、と言うと戦うのですよねえ。やっぱり運動量が激しいのかしら」
 それも覚醒やら何やらと、能力者ではない彼女には想像も知識も及ばないことを彼らは体験しているのだ。果たして自分がやりたいと思い、思い切って作ったこの店で彼らは満足してくれるだろうか、と急速に彼女の不安は高まった。無論、彼ら能力者も普通の人間には違いないのだが、念の為と言うこともある。
「始めて、お客様として来られたときに上手くいかなかったら申し訳ないですし‥‥モニター、募集するほうが良いでしょうか」
 不安がりつつも彼女は、数日後その言葉を実行に移したのだった。

●参加者一覧

五十嵐 薙(ga0322
20歳・♀・FT
赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
鯨井起太(ga0984
23歳・♂・JG
ネイス・フレアレト(ga3203
26歳・♂・GP
青山 凍綺(ga3259
24歳・♀・FT
関口 マリア(ga5088
15歳・♀・ST
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
クリス・ターヴィン(ga5218
24歳・♂・EL
御影夜斗(ga5387
19歳・♂・SN

●リプレイ本文

●まずは挨拶
 かくして依頼を受けた九人は、当日ラスト・ホープ内にある午後亭に向かっていた。対応を分散し、かつ互いに先入観を与えないようにと少しずつ指定時間はずらしてある。同室で寝る場合は同じ時刻に、後にでも少し交流を持ちたいという旨を聞いている場合はなるべく近い時刻になるようにしているが。店主も感想を訊くだけでなく、参考にしたい部分もあって残った人たちと話をするつもりだった。他に予定がない、と言えなくもないのはここだけの話である。

 御影夜斗(ga5387)はどんな場所なのか楽しみにしつつ、先んじて午後亭に到着していた。外で足を止め、外観をざっと眺める。
(「簡易ホテルと言う話でしたが‥‥なるほど、確かに喫茶店といった風だ」)
 それも少し懐かしさを感じさせるような、古い感じのする喫茶店だ。まだオープンもしていない店なのにそんな雰囲気を放っているのは、店主か前の所有者の趣味だろう。でなければこのラスト・ホープにこんな建物はあるまい。
 楽しそうに、しみじみと観察を終えると今度は店内に入る。扉についたベルまでますます喫茶店のようだ。
「いらっしゃいませー」
 と、可愛らしい女性の声。店主らしきその女性と目が合うと、夜斗は丁寧に一礼した。
「今日は宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いしますねえ。不満があったら遠慮なく言ってください。今日はそのためのお客様ですからー」
 ほのぼのと微笑みながら店主も頭を下げた。

 一方、午後亭に行くまでの道では、
「まったく‥‥今年の初夢はまったくです‥‥」
 と、赤霧・連(ga0668)がぶつぶつ零していた。小さな身体で軽妙なリズムを刻んで歩きながらも唇を尖らせている。
「もー、正夢になっちゃうし! まったく‥‥もー、まったくですよぉ!」
 どうやら思い出してしまったらしく、行き場のない感情に地団駄を踏む。その彼女の話を隣で訊いていた五十嵐 薙(ga0322)はほのぼのと柔らかい笑みを浮かべた。
「‥‥今日は‥‥楽しい夢を見れると、いいですね‥‥」
「ハイな! 今から楽しみです〜」
 薙の言葉に振り返ると、連も笑顔を取り戻してまた歩き始める。その歩に置いていかれまいと、少々ゆったりとしたペースで歩いている薙も少しだけ歩調を早めた。

 からんころん、とまた扉に取り付けられたベルが音を鳴らす。
「いらっしゃいませー」
「こ、こんにちは‥‥」
 扉を開いた関口 マリア(ga5088)は挨拶をしかけたもののベルの音に一瞬びくりとして、更に明るい女性の声に驚き思わず動きを止めた。片足を踏み入れたところだったため、当然のごとく閉まろうとするその扉に鼻を少々打ち付ける。
「大丈夫ですか?」
 問いかけたのは先に到着し、フロントで店員と話をしていたリゼット・ランドルフ(ga5171)で、振り返り見ていた状況に目を丸くすると、慌ててマリアに駆け寄っていく。
「す、すみません。大丈夫です」
「‥‥緊張してる、のかな?」
 改めて店内に入ると鼻を押さえながら答えるマリアに、リゼットは苦笑しながら小首を傾げる。心配して顔を覗き込みながら言った彼女の言葉に図星を突かれたマリアは、少々冷や汗を流した。そんな二人の様子に気付いた店主も小走りで近付いてくる。
「は、初めまして。依頼を受けさせていただきました、関口と申します」
 ぺこりと頭を下げる彼女に、
「間違ってたら申し訳ないんですけど‥‥もしかして、仕事を受けるのは初めて?」
 とリゼットが訊く。マリアは一瞬どうして分かったんだろうと驚いた表情を浮かべ、次に自分の言動が緊張気味なことに気付き、おまけに先程の激突を思い出して恥ずかしさにほんのり頬を染めつつ頷く。
「なら私、少しだけ先輩になるんですね」
 とは言ってももっと先輩の人がいっぱいいるんですけどね、と苦笑しながら付け足して。
「私はリゼットと言います。今日はあまり話す機会がないかもしれませんが、宜しくお願いしますね」
 にこりと笑う彼女をおずおずを見上げていたマリアも、
「こ、こちらこそ宜しくお願い致します」
 言ってまた頭を下げる。そんな彼女を見て、リゼットと店主は顔を見合わせると微笑ましく思い自然と表情を緩めた。

「ううーん、フットバス、マッサージとワインにブランデーですか‥‥」
「難しいですか?」
 また、青山 凍綺(ga3259)の思いもよらぬ要望には頭を下げるしかなかった。簡易ホテルというスタンスのため、まさか高級指向の要望があるとは思っていなかったのだ。
「おつまみだけ、というのもあれですしねえ。アロマと布団のふわふわ加減は保証しますのでご了承いただけると嬉しいですー」
「そうですね‥‥分かりました。今日は宜しくお願いします」
「本当に申し訳ないです。宜しくお願いしますー」
 何度も頭を下げ、鍵を持って廊下に進む凍綺の背中を見送る。
 先程、一通り部屋の内装やサービス内容を確認していたマリアにも問いかけられたことだが。料金を安くしてそれなりのサービスを提供するか、料金を高くしてでも充実したサービスを提供するか、という店の方向性への質問に、店主はこう答えた。料金は安く、だが出来る限りのサービスは行なうと。
 お休み喫茶、という小休憩の場を提供したいのが彼女の望むことだ。だから匂いや枕、モーニングコールといった環境など眠りやすく起きやすい空間を作ることには努力は惜しまないし、出来るなら妥協もしたくない。そう決めているために現時点では少し彼女の理想からは逸れる、特殊な入浴設備がない、飲食などの外部サービスに弱い、といった短所もあった。要望と営業に余裕が出来れば検討したい、と言葉を濁してしまったが。視線を落とし、上手くいかないものだと息を吐き自己嫌悪する。と。
「ふむ、いいかな?」
 声を掛けてきたのは鯨井起太(ga0984)だった。慌てて、彼女も気を取り直し、いらっしゃいませと口を開くものの、入ってきたのに気付かないまま、目の前で言っては少々間抜けな感がある。顔が火照るのを自覚しながら苦笑して。

 更に友人同士であるネイス・フレアレト(ga3203)とクリス・ターヴィン(ga5218)の二人も後を追うように入ってきた。軽く挨拶を済ませ。視線を落とすと、二人は一つずつケージを持っている。
「その大きさから察するに‥‥猫、かい?」
 起太がふむ、と顎に手を添えて言い。
「ええ。許可が頂けたのでうちで飼っている猫さんを連れてきちゃいました」
 とネイスが心底幸せそうに笑みを浮かべて答える。その表情を見ただけでもいかに大好きかよく分かるというものだ。店主も頬を緩め、後で遊ばせてくださいねと言った後、
「それでは、ご要望に合わせて部屋割りを決めますねえ」
 にこにこと笑みを崩さず、店主がメモとペンと手にそれぞれが寝易い環境を大雑把に訊いて、それに一番近い部屋に割り当てていく。例えば、音楽を聴きながら眠りたい場合は音響が良く、より防音処理の出来ている部屋を。お風呂に入り暖まってから眠りたい場合はバスルームのついた部屋を、と言った具合だ。出身地など慣れた環境によって内装もがらりと違い、なるべくバリエーションを増やすようにしている。
「それは面白い考えだネ」
「ありがとうございます。もっとも、部屋数が少ないので同じような好みの人が多いと困るんですけどねえ」
 クリスの言葉に、視線を持ち上げた店主が苦笑する。少しなら要望に応じて調整も出来るが、全体の雰囲気やベッド等を入れ替えるのは難しい。その辺りはモニタリングと経営状況次第で少しずつ手を加えていくしかないだろう。
「それではこちらへどうぞ!」
 部屋までは他のスタッフが案内する。部屋へ向かう三人を店主はじっと見つめ、そっと微笑んだ。

●モニタリング
 一番最初に店内へ入り、鍵を受け取った夜斗は部屋まで歩を進めながらぐるりと周囲を見回していた。内装はさすがに高級ホテルのような豪華さはないものの、落ち着いた色合いにやはり少々古びて見える木の扉と雰囲気は出ている。一度ふと、何かを考えるように指定された部屋の前で足を止め。視線をあげると、小柄な少女二人が談笑しながらこちらへ歩いてきている。微笑んで会釈をし、二人も足を止めてぺこりと頭を下げ。それを見やって更に優しい微笑を刻むと、夜斗は室内に入った。
 ベッドに腰を下ろし、息を吐くと今度は立ち上がり、手を伸ばす。彼が希望したのは本のある部屋だった。小さな本棚には子連れ客向きの絵本から新聞、雑誌、漫画の類と大衆向けのものが浅く広く並んでいる。ふと興味を惹かれた本を手に取ると、再びベッドに腰掛け本を読み始めた。そうしてリラックスしてから眠るつもりのようだ。時折楽しそうに視線を巡らせながら、夜斗はしばし本に目を落としていた。

 また、ネイスとクリスが入った部屋では、
「そう言えば、今回は初めてクリスと一緒の任務ですねぇ」
 と、黒猫のリオンを抱えたネイスがふと思い出したように口を開いていた。
「そもそも僕はこれが初任務なんだけどネ」
 肩をすくめ、苦笑しながらクリスがベッドにすとんと腰を下ろす。膝の上で丸くなっているカリンの白い毛並みに目を細めつつ、そう指摘する彼の前ではネイスが機器を操作し、音楽をかけていた。穏やかなクラシックが音量小さめに流れ出す。
「まぁ、のんびりと行きましょう」
「だネ。‥‥久しぶりに昔の話でもしようか?」
「そうですねぇ」
 首を軽く傾け、おどけた調子で問いかけるクリスにネイスも何処かしみじみとして頷く。
 二人は幼い頃から同じ孤児院で育った幼馴染だ。それだけに、昔話を始めたらきりがない。しかし、ここ最近は二人でゆっくりと話をすることもなかったのが現状で。久しぶりに思い出に浸るのも悪くない。
 そうして二人の思い出話は眠くなるまで続いていった。

 一方、別の部屋でもかねてからの予定通り、連と薙が一緒に休んでいる。もっとも、連は部屋に入る前に何かを思い出し、店主に訊きたいことがあると言って一度姿を消していた。しばらくして戻ってきたものの、何故か彼女は上機嫌だ。鼻歌を歌いながら枕や布団をチェックしている。
「何か、良いことがあったんですか‥‥?」
「ほむ、それはもう! 実はですね〜、たんじょ」
 と。慣れているならと持ち込みを許可された猫の抱き枕をぎゅっと抱き締めながらきょとんとする薙に、連はきらきらとした笑顔のまま答えようとしたが、不意に言葉を切って押し黙った。口許を押さえ、何故かきょろきょろと視線をさまよわせ、また笑みを浮かべる。
「えええと、そうです! 後でネイスさんが連れてきてくださった猫さんと遊んでもいいそうですよっ」
「本当、ですか‥‥?」
 ベッドの上、自然と嬉しそうな表情に変わる薙の正面に座り。連はこくりと頷いてみせる。
「セラピー系はある程度揃えているらしいのです。この部屋でお香を焚くのが大丈夫なように、猫さんを放してもいい部屋もあるそうなのですよ!」
 楽しみですね、と微笑む薙に連も笑い返し。
「なのでまずはお仕事です! いろいろチェックしてゆっくり眠って今度はほのぼのとした夢を見るのですよ」 
 二人とも小柄なため、一人用のベッドを二人で、という言葉から想像していたよりもずっと狭くない。白檀の香りに包まれ、薄明かりの中で他愛ない話をしているとそのうちに二人とも寝息に包まれる。
「‥‥初夢‥‥まさか、オチがポテチで二回転とは‥‥むにゃむにゃ‥‥」
 と何処か寝苦しそうに零し、連が寝返りを打つ。その後、彼女の夢の中で今度は、自身と友達と山羊が草原の中で輪になってダンスを踊っていた。

●お疲れ様でした
 本のある部屋で眠った夜斗からは外観と室内の雰囲気もふまえて自分は充分休めたという旨を伝えられ、自前の抱き枕を持ってきて植物のある部屋で眠ったリゼットとはベッドや出したハーブティー、アロマキャンドルについて少し話をし。ぐっすり寝ちゃいました、と気恥ずかしそうに笑う彼女に、店主も思わず幸せな心地で微笑んだ。趣味が合い、少し話し込んだ後、次に姿を見せたのは起太だ。コーヒーを飲んで少し眠ったらしい彼はすっきりした表情をしている。
「どう、でしたか?」
 少し不安げに問いかける。彼とは部屋に入る前に店の名前やサービスの方向性について少し話をしており、詳しいだけに沢山指摘がされるのではないかと思ったのだ。だがその不安に反して、
「実に気に入ったよ! 眠りすぎず、適度な環境でね。ボクは充分だと感じたよ」
「あああ、ありがとうございますう」
 彼は実に上機嫌だ。いきなり肩を掴まれ、勢いよく揺さぶられた店主は舌を噛みそうになりながら礼を言った。離されると、息を吐いて微笑んで。しかし直ぐにまたその表情は曇る。不思議がる起太に彼女は口を開いた。
「きっちり決めていなかったのが悪かったんですけどね。二日前にもモニター調査をしたんですが、やっぱり感想を伝えるのを忘れて帰っちゃう人が多かったり」
 苦笑しながら。喋るごとに肩が下がり、俯いていく。
「だから、凄く不安で」
「ボクは逆だと思うけどね?」
 え、と顔をあげて見返してくる彼女に起太は自信に満ちた笑みを浮かべてみせた。
「自分の仕事を忘れるほど心地よかったんじゃないかな。まあ、シエスタを取る場所としては問題かもしれないけどね」
 とても心強く、そして優しい声音。泣きそうな顔をしていた店主はそれをこらえ、笑い返した。
 それに、能力者とてやはり一般人と変わらない。眠いときは眠いもので、睡眠方法の個人差だってそれと同じだ。肩に軽く手を乗せて見据えながら、真摯に、そして自信満々に言う彼に彼女は何度も頷いた。具体的な根拠があるわけではない。だが、それでも彼の明るさときっぱりした言動には人を動かすものがあった。
「ありがとうございます。‥‥良ければまた、来てくださいね。私、続けますから」
「ああ。また近いうちに寄らせてもらうよ」
 その言葉に、満ち足りたように店主は微笑んだ。と。
「それから、ええと。別の部屋で休んでいらした五十嵐さんがこの前誕生日だったそうなんです。一緒に来られた赤霧さんからお祝いをしたいという話があって」
 あまり歳が変わらないこともあってこの店のことや互いのことについて盛り上がったのは、何人かが部屋に入り休み始めた頃のことだ。キッチンを貸してほしいという連の相談に快諾した彼女は他に来ていた人たちにも声をかけている。同じく快諾した何人かは既に合流し、二匹の猫と遊んだり雑談をしながら本人にネタあかしするときを待っているだろう。
「そうだね、せっかくだし付き合うとしようか」
「分かりました。カップを用意しておきますねっ」
 さほど考えずに乗った起太に笑顔で答えると、彼女は慌ただしくその場を離れた。とても楽しそうに、そして少しだけ自信を覗かせて。