●リプレイ本文
カンパネラ学園。夏休み真っ盛りにも関わらず、その日集まった人間は決して少なくはなかった。
そのうちの1人、鮫島 流(
gb1867)が聳え立つ近代的な校舎を見上げてしみじみ呟く。
「やっぱりカンパネラにもあったんやな〜、こういった伝説って」
「夏の醍醐味ですねぇ。慎重に良く考えるべき、とカードは出ましたが‥‥まぁ、私は楽しむだけですけど」
望月 藍那(
gb6612)が流の言葉に、何処か面倒臭そうな様子で頷いた。日本の学校であれば何かの嗜みの様に存在する怪談話であるが、カンパネラにまで現れるとは、トイレノハナコサン、なかなか守備範囲が広い。
と言って実在を信じている訳ではない。居たら面白いと思っている程度で、だから実在しても別に怖くはないし、というスタンスの傭兵達が多い一方で、主催(?)のオカルト同好会のテンションはすでに上がりかけていた。
その理由が、初めてカンパネラ学園を訪れた夜光 魅鞘(
gb5117)の存在だ。
「オレの霊能には今は何も感じられないけどな」
初めて訪れる学園の様子をしげしげと見回しながらそう言った彼女、実は代々続く退魔の家系に育っている。そしてその流れを汲む魅鞘にも、いわゆる霊能は備わっていて。
魅鞘の霊能に何も引っかからない理由が、学園内にオカルトが存在しないからか、他の理由があるのかは彼女にも不明だ。霊と言うのは案外デリケートだから、人があちこちに居るせいかも知れないし、或いはまだ夕暮れにすらほど遠い昼日中だからかも知れない。
いずれにせよ、魅鞘が霊能者だと知った結城マイケル以下オカルト同好会のテンションは、瞬時にマックスまで跳ね上がった。
「会長!」
「ああ!霊能者まで揃うとは、これはますます本物に違いないぞ諸君!」
そのやり取りを聞いていたウィリアムの笑顔がピシリと凍ったように見えたのは、気のせいということにしたい。何でそういう事に、と唇が動いたのも錯覚だろう。
何れにせよ、この恐ろしく目立つ集団を目撃した学生達は、一体何処から噂を聞きつけたものか、彼らがオカルト退治に乗り出した事を承知していた。故に遠巻きに眺めたり、或いは積極的に「自分はこんな噂を聞いた」と友達の知り合いの友達から聞いたハナコサン目撃談を得々と語ったり。
中には不安がっている者も居て、そう言った生徒には「霊能者も来ているから大丈夫」ともっともらしく頷いた。その道のプロも来ている、と言う言葉に、狙い通り安堵した生徒も多かった様だ。
そんな風に幾人かの生徒から話を聞き、或いは安心させていたレイド・ベルキャット(
gb7773)が、良く晴れた空を見上げてぼそりと呟いた。
「‥‥まさか、いきなり呪ってきたりなんてしませんよねぇ?」
幽霊なんてものが実在するのであれば、ぜひ話してみたい‥‥そう思ってやって来た彼だったが、いきなり呪われるのはちと避けたい。呪われて何が起こるか、具体的に想像出来ない辺りがもう怖いし。
だがそれは、会ってみなければ判らない事だった。
オカルトと言えば夜である。たとい能力者の集うカンパネラでも、そこは変わらない。
それぞれ、用意してきたエマージェンシーキットの懐中電灯やらランタンやらを手に持って、いざ夜の校舎探索を開始した。何が変わるという訳じゃないのに、夜というだけで校舎はさながら異界の様相だ。
「私は後方支援に回るよ! これでも自称魔法少女だからね!」
超常現象とかも慣れっこだと、ぐっと拳を握って胸を張った愛栖 くりむ(
gb5282)である。ただし、おばけなんて怖くないよ? としっかり付け加えたせいで、逆に心情だだ漏れだったが。
とまれ、杖を構えて辺りを見回すくりむを殿に、一番近い女子トイレから順番に捜索を開始した一行の、先頭はもちろん魅鞘だ。突入する前、夜闇に落ちた校舎を再び霊能で探ったところ、今度は微かに霊の気配が感じられたらしい。
自然、先に入って確認していく魅鞘の後から、ぞろぞろ女子トイレに入る一行の中ほどで、流があちこち懐中電灯で照らしながら軽口を叩いた。
「しっかし、夜の女子トイレとか、許可あっても入り難いな。こんな時はやっぱあのセリフやろ。『ハ〜ナコサン遊びましょ』」
「この雰囲気‥‥噂には聞いても本物にあったことはないですからねぇ。さぁ、出て来いハナコー」
なぜか命令口調の藍那の声が、不気味に女子トイレに谺する。
だが、なかなか目的のハナコサンは現れず――人の気配に驚いたらしい黒光りする虫はカサカサ這い出して悲鳴と共に瞬殺されたが――ついに全ての女子トイレを調べ終わってもそれは変わらなかった。一行の間に流れる微妙な空気。
ふむ、と意に介した様子もなく、魅鞘がしばし考え込んだ。特に霊の気配が強いところはなかった――ということは。
「トイレノハナコサンだけに、実際に使わないと出て来ないのかも知れないな――オレがやってみるから、合図するまで近付かないでくれ。特に男子!」
「クッ!?」
是非間近でハナコサン出現の瞬間を見ようと動きかけていたマイケルがフリーズした。ヨコシマではなく、純粋な好奇心で動いているだけに油断ならない。
改めて合図があるまで近付かないようきつく念押ししてトイレの中にいざ踏み込もうとした、魅鞘を見守っていたくりむがふと、背後からかすかな物音が聞こえたのに気が付いた。物音――否、誰かの、足音?
「誰ッ!?」
「ひぃ、ごめんなさいッ!」
鋭い誰何の声に、ビクッと跳ね上がった女生徒が廊下の影から慌てて転がり出してきて、勢い余って足をもつれさせた。ステン! と見事な顔面スライディングを意図せず披露する羽目になる。
ポカン、と毒気を抜かれた人々の見守る中で、真っ赤になって起き上がったその女生徒は、おどおどと傭兵達を見回した。さらにウィリアムやマイケル、オカルト同好会のメンバーの姿を見て、さらに真っ赤になる。
あのッ、と息を大きく吸って、彼女は言った。
「すみませんッ! ハナコサンは私が流した嘘なんです‥‥ッ!」
彼女、王・晶華はこの上なく歌が苦手だった。音楽の授業でいつも恥ずかしい思いをしてきたし、プライベートでも友人達に気後れがして。
だから、歌が上手くなりたい、と思った。だが学園寮は必ずしも防音されている訳ではなく、と言って他にこっそり歌の練習が出来る所など思いつかない。仕方ないので夜の校舎なら誰も近付かないだろう、と思ったのだが、これが案外忍び込む生徒が居たりして。
必死に考えた末に思いついたのが、オカルトの噂を流す事だった。すでに彼女の歌の事が居た堪れない噂に――『夜な夜な不気味な呻き声が聞こえる』とか――なっている事は知っていたから、後はそこにほんの少し噂を追加するだけで良かった。
かくてジャパニーズオカルトの登場に校舎に近付く者は居なくなり。晶華は安心出来る歌の練習場を手に入れた筈、だったのだが思いの他事態が大きくなった事に怯えて、こうして傭兵達オカルトツアーの後をつけていたのだ、と言う。
はぁ、と誰もの口からため息が漏れた。
「やっぱりイタズラか‥‥まったく人騒がせなやつやな〜」
「私は楽しかったですけど、お仕置きはしないといけませんから。覚悟してくださいな」
流と藍那が両側からそう言うのに、晶華が小さくなって肩を落とす。こんなつもりではなかったのだが――それは言い訳だ。
だが、ふとレイドが首を傾げた。
「晶華さん。僕達の後をつけていたと言いましたけれど、今までどこにいました?」
「え? だからずっと皆さんの後ろに」
「‥‥ちなみに他に友達などは」
「居ません」
きっぱり言い切った晶華に、そうですよねぇ、とレイドが頷き。ヒクリ、とくりむが頬を引きつらせた。
「じゃあ‥‥あの子は?」
恐々とくりむが指差した先に、釣られて傭兵達も視線を投げた。女子トイレの中、ハナコサンを誘き出そうとしていたその場所に、誰のものでもない人影がある。
全員の視線を浴びて、その人影はゆらりと笑った。少女――カンパネラの学生ではなさそうだ。
つまり――
「やったぞ諸君!」
「感激です会長!」
オカルト同好会が手を取り合って感涙に咽び始めた。『良いネタですねぇ』とその様子を眺めながら藍那が、すかさず手に持っていたカメラをバッチリ構えてシャッターを連打する。
つまり――オカルトだ。トイレノハナコサンだ。ハナコサン、という言葉から連想されるより、若干イメージが異なったが。
す、とレイドが穏やかな笑みを湛えて進み出た。
「どうも、こんばんは。突然の訪問失礼します。少しお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
ごく普通の口調でそう切り出した紳士に、当人と聞いてないオカルト研を除く全員がポカンと口を開けた。言われたハナコサン(仮)ですら例外ではない。
だがしかし、どうやらいきなり呪われるような事はないようだ。
『変な人間』
ハナコサン(仮)はコクリと首を傾げ、レイドを不気味そうに眺め回した。それを、霊能力のある魅鞘だけが聞いた。
だが、言葉は聞こえずとも雰囲気で「どうやら答えてくれそうだ」と踏んだのだろう。レイドはさらに言葉を投げかけようとする。その際、ガッシと魅鞘の腕を掴んだのはもしや、通訳してくれ、と言う無言の強い要望か。
ヒクリ、と魅鞘の顔が引き攣った。だが思いの他力が強く、逃げられない。どころか強い瞳でじっと懇願するように見つめられ――渋々、了承し。
レイドがにっこり、改めて言葉を続けた。
「あなたは幽霊なのですか?」
「『そうね』‥‥だそうだ」
「お名前は?」
「『忘れたわ』だそうだ」
「カンパネラ学園の生徒――ではなさそうですけれど、いつからこちらに?」
「『さぁ?』だそうだ」
「何か目的があってここに居るのですか? どうやって?」
「『そんなのどうだって良いじゃない――私は、私の代わりになる人間を見つけたいだけ』‥‥だそう、だ?」
ハナコサン(仮)の言葉を鸚鵡返しに通訳していた霊能者は、ふとその不穏な言葉に首を傾げた。同時にハナコサン(仮)がゆらりと不気味に微笑む。す、と宙を滑るように音もなくレイドの傍に近付き、まるで接吻するかのようにぐっと顔を近付け。
何かを囁くように唇を動かした、そこから漏れる吐息は、ない。だがひんやりとした空気がある。
「何と、言っているのですか?」
「レイドに、自分の代わりになるか聞いてるぜ」
「代わり?」
「オカルトのセオリーで行くなら、レイドと霊が入れ替わって、今度はレイドがカンパネラの女子トイレに夜な夜な出没する、って事になるな」
もっともらしく魅鞘が言ったのに、それは流石に、とレイドは顔を顰めた。ハナコサン(仮)の成仏の為に出来る事なら何でも手伝うつもりだが、流石に自己犠牲まで払う気はない。
ソレを見て、クッ、とハナコサン(仮)は喉を鳴らした(様に見えた)。
『ここでは、私の代わりになってくれる人は見つけられないみたい、ね』
残念だわ、と。
魅鞘にだけ聞こえる言葉で言い残した次の瞬間、彼女の姿は幻のように忽然と掻き消えた。夏にも関わらず女子トイレの中の空気が凍え切っていた事に、初めて気付く。気付いたらカチカチと歯の根が止まらなくなって、堪らず一行は現場から退避した。
廊下まで戻った瞬間、むわりと暑い夏の夜気が全員の体を押し包む。それに中てられたか、気分が悪いと訴え始めた晶華とオカルト研の会員達は責任者の結城マイケルを残して全員帰宅するようウィリアムが指示を出し。
しばしの時間を置いて、再度女子トイレに突入してハナコサン(仮)の姿が跡形もなく、魅鞘の霊能にも全く気配が感じられなくなった事を確かめた一行は、一先ず(今見たモノがホンモノなのかどうかという議論も含めて)すべてを後日に回す事にした。正直、これ以上は無理。
校舎の外に出て、暑苦しい空気を胸一杯吸い込んだ流がしみじみと言った。
「いや〜、まっさか本当に出るとはな‥‥」
「ですが、まだ何らかのトリックと言う可能性も‥‥おや?」
「‥‥お兄ちゃんッ!!」
流の言葉に頷きかけたウィリアムが首を傾げたのと、暗闇の中でじっとしていた塊がそんな事を叫びながらウィリアムに体当たりをしたのは、同時。ん? と全員の視線がそちらに釘付けになり。
注目を一身に集めた彼女――ウィリアム・シュナイプの愛妹は、半泣きの表情でギュゥッ、と兄の足にしがみ付いた。目に涙を一杯浮かべ、じっと兄を見上げて訴える。
「お兄ちゃんが、おばけたいじに行ったって‥‥ッ、お兄ちゃんがおばけにおそわれて死んじゃうって‥‥ッ」
「誰がそんな事を? お前を泣かせるなんて、いけないね」
「大丈夫だよ! 怖いおばけは、お姉ちゃんたちが追い払っちゃったからねッ☆」
今にも泣き出しそうな幼い少女の傍にそっとしゃがみ込み、くりむがにっこり笑顔でそう言った。ホントッ!? と少女の顔がパッと明るくなる。
目に堪った涙を小さな両手で一生懸命ごしごし拭って、見上げた兄が甘やかに微笑んで頷いてくれたのを確認して、よかったぁ、と少女は心から嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「おねえちゃんたち、すごいのね! どうやっておばけをおいだしたの?」
「‥‥‥‥‥」
しかし、続いて少女から投げかけられた当然の疑問に、くりむは笑顔のままで固まった。レイドが溜息を吐き、魅鞘が肩をすくめ、竜と藍那が顔を見合わせて首を振る。さしもの結城マイケルすら無言だ。
そして兄ウィリアムは。
「‥‥もう遅いから、一緒に帰ろうか。お休みの時間は、とっくに過ぎているよ?」
「‥‥ッ、うんッ!」
あからさまに話を逸らした兄の言葉に、逸らされた事に気付かなかった少女は嬉しそうに大きく頷き、大好きな兄にギュッとしがみ付いたのだった。
数日後、公式発表ではないが学園内の掲示板に、『ハナコサンには帰ってもらった』と言う旨の掲示が張り出された。それに胸を撫で下ろした者と、何故か本気で口惜しがった者が居たのだが、それはまた別の話である。
そしてハナコサン探索ツアーを企画したオカルト同好会の間では、ハナコサンと間接的とは言え対話を果たしたレイドと霊能を見せ付けた魅鞘が英雄扱いされる事になったのだが――ソレもまた、風の噂に過ぎなかった。