タイトル:Iが呼んだ事件マスター:蓮華・水無月

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/24 17:13

●オープニング本文


 マリエルは別段、自分が正義感の塊だと思った事はない。嘘を付く事もあるし、拾ったお金は全て交番に届けなくちゃ、とも思わない。
 だがしかし、眼前で繰り広げられていた光景は、正義感云々以前に非常に気分の悪いものだった。

「あたしはジュースが飲みたいって言ったの!」
「え‥‥だ、だから買ってきて‥‥」
「あたしがジュースって言ったらスリーアローのミックスジュースって決まってるの!」
「ご‥‥ごめんなさい、知らなくて‥‥」
「さっさと買い直してきなさいよ!」

 強気な女生徒にそう命じられ、ごめんなさい、と消え入りそうな声で詫びながらお財布を持って走り出す気弱そうな女生徒。どう贔屓目に見ても、彼女達が対等な立場で、お互いの納得の上に成り立っている関係には見えない。
 ヒクリ、と唇の端を引きつらせたマリエルに、同じく渋面を作った友人ミッヒが心底嫌そうな声で言った。

「イーリン・エイディスだよ。走って行った方が市川琉音」
「あれって‥‥そうなの?」
「そう。一部では有名だよ」

 あえて代名詞で語ったマリエルに、うんうん、と頷くミッヒ。うぇ、とマリエルはますます渋面を作る――つまり、同世代ばかりが集まる学校と言う空間に発生しがちな事件。イジメ。
 嫌なモノを見た、と思う。こういうの、見てて気持ち良くない。
 廊下の向こうに居る別の男子生徒も睨みつける様にイーリンを見ているのに気付いて、やっぱり皆そうだよね、と納得し。

「市川さんって何クラス?」
「マリエルってそういう所、おせっかいって言うか無鉄砲って言うか」

 苦笑されて、良いじゃない、と口をへの字に曲げる。おせっかいとか無鉄砲とかええカッコシィとか、色々言われようと気になるものは気になるのだ。
 ――つまりそれが、マリエルが琉音と友達になった、最初の理由だった。





 とは言え、彼女達が仲良くなったところで特に事態が改善するわけもない。相変わらずイーリンは琉音を使いッパシリにしていたし、琉音も逆らえないようで、イーリンの理不尽な命令に唯々諾々と従っている。

「あたし、イーリンさんに言おうか?」

 何度もマリエルはそう言ったし、琉音には無断でイーリンに文句をつけようかとも思ったが、当の琉音が『お願いだからやめて』と涙を浮かべて訴えるので、それが出来ずに居て。何やら事情があるらしいけれど、さすがにそれを聞き出せるほど、まだ仲良くないし。
 だからその日も、何やら脅しつける声音で『後で顔貸しなさいよ』と言われ、悲壮な表情で呼び出しに従った琉音を、無力を噛み締めながらマリエルは見送った。見送って、溜息を吐いた。
 これが、琉音かイーリンが自宅通学だとか、そうでなくとも別の寮だと言うのなら、マリエルは強引に琉音をイーリンから引き離す。だが2人はどちらも寮生で、しかも同じ学園寮に入っている――つまり、学園内でイーリンから逃げても、寮に帰れば捕まる。
 そうと判っていて、あえてイーリンを激昂させれば、琉音が学園寮でどんな目にあうか。そう思うと何も出来ず、何も出来ない自分が無力な子供だと実感して落ち込む。
 ふと、教室棟の窓から隣の教室棟に琉音の姿を見つけた。じっと見つめる。マリエルが今居るのは3階、琉音が呼び出されたのは2階。見下ろした、2階の教室の1つに入ろうとしている琉音は、やはり不安そうな表情をしている。
 ギリ、と唇を噛み締めたのと、不意に少年の声が響いたのは同時だった。振り返る。少年はマリエルを真っ直ぐ、睨むように見ている。

「そうして貴様は見ているだけか、マリエル・メルスラッド」
「‥‥誰?」
「オレはミステリー研究会の一員。先だっては、うちの下級生が世話になった」

 言われて、マリエルは盛大に顔を顰めた。世話になった、と言うか迷惑を掛けられたのだ、あれは。
 だが、今はその辺りの相互不理解だとか、積もる文句を言っている場合ではない。それより先に確かめなければならない事がある。

「ミステリー研究会、って事はまた何か、事件を起こそうとしてるの?」
「まぁな。オレ達の祭典の事は、貴様もM共から聞いたろう――見ろ」

 そう、言いながら指さしたのは窓の外。つられて見れば、少年が指差しているのは隣の教室棟の2階、まさに先ほど琉音が入ろうとしていた部屋だ。すでに入ったのだろう、琉音の姿は見えない。
 代わりに、そこに居たのは別の少女。イーリン・エイディス、琉音をその教室に呼び出した張本人。
 ムッ、と唇を尖らせたマリエルに、良く見ていろ、と少年が言い。言われなくとも、と言い返そうとした瞬間、イーリンに近づく男子生徒の姿が見えて、意識をそちらに戻した。
 そして。

「‥‥ッ、イーリンさん!」

 次の瞬間、スタンガンのようなものを当てられてガクリと崩れ落ちた少女の姿に、マリエルは思わず窓に張り付いた。当然窓の閉まった隣の教室棟からでは聞こえる筈もなく、男子生徒は崩れ落ちたイーリンを引き摺るように教室の中へと消えていく。
 それを呆然と見送って、ハッ、と我に返って少年を振り返ると、彼は涼しい顔でブレザーの内ポケットからハンカチを取り出して、マリエルの視線にひょい、と肩をすくめた。

「イーリンさんに何をしたのッ!?」
「ご退場願っただけだ。貴様とて、あの女のやりようには腹を立てていただろう」
「だからってやり過ぎよ!」

 叫んで、マリエルは慌てて現場に向かって走り出した。背後から少年がついてくる気配がしたが、構っていられない。
 渡り廊下を駆け抜けて隣の教室棟に飛び込み、階段を駆け下りて2階へ。目の端に窓の外で何かが落ちてったような気がしたが、それ所でなく現場の教室まで真っ直ぐわき目も振らず駆けつけ、がらりと勢い良く飛び込んで。

「イーリンさんッ!?」
「‥‥え、マリエルちゃん? イーリンちゃんは、まだ来てないわよ?」

 飛び込んできたマリエルの必死の形相に、中に居た琉音がパチパチと目を瞬かせた。え? とマリエルも拍子抜けした顔になる。
 念の為、教室の中をくまなく探し、さらに並びの他の教室も調べてみたが、やっぱり無人。イーリンは勿論、放課後遅くなので他の生徒の姿だって見えない。
 まさか琉音が何か隠していないか、と眼差しを向けた所で、追いついてきた少年が釘を刺した。

「言っておくが彼女はオレ達とは何も関係ない。そしてこのオレも実行犯ではない」
「‥‥どういう事?」
「簡単な話だ、マリエル・メルスラッド。あの女はオレ達が預かる。貴様はこのオレの仕掛けたトリックを見破って見せろ――半分とは言え、M共のトリックを見抜いた貴様なら容易いだろう」

 期待しているぞ、と言い捨てて、少年は去っていき。琉音が不安そうに、マリエルの顔を見た。





「‥‥さすがにやり過ぎですね」

 偶然その場に通りがかった文化部連合長、ウィリアム・シュナイプは秀麗な眉を潜めてそう評し、困り果てる2人の少女に協力を申し出たのだった。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
リュウセイ(ga8181
24歳・♂・PN
佐藤 潤(gb5555
26歳・♂・SN
綾波 蒼馬(gb6708
18歳・♂・FC

●リプレイ本文

 マリエルはしばし思考停止していた。まずイーリンが襲われた事にショックを受け、その彼女が消えた事に衝撃を受け。
 一体何が、どうなっているのか?

「よッす、マリエル。こんなトコで何してんだ、と‥‥?」
「きゃ‥‥? と、リュウセイ(ga8181)君!」

 トス、と小突かれた後頭部を押さえながら振り返ったマリエルは、そこにいた友人の姿にパッと顔を明るくした。およ? と首を傾げたリュウセイに思わずしがみつく。

「聞いてよリュウセイ君ッ! ミス研がまた謎で『祭典』が‥‥ッ」
「何ぃッ! またあいつらかッ!?」

 事情を説明するマリエルに、ガアッ、とリュウセイが吼えた。彼もまた、以前ミス研が起こした事件に関わっている。と言うか、友人のマリエルを心配して駆けつけたら、なし崩し的に巻き込まれたというか。
 マリエルちゃん、と傍らに居た琉音がそっと袖を引いた。ん? と振り返ると戸惑い顔だ。

「あの‥‥どういう事? Mとかミス研とか‥‥」
「ふむ。疑問はもっともだが、まずはこの謎を解き、イーリンを見つけるのが先決ではないかな」
「僕もそう考えます」

 その言葉を遮ったのは、やはり偶然通り掛ったホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)と佐藤 潤(gb5555)。彼らもまた、Mの事件の関係者だ。そしてミス研主催の『祭典』なる事件がまだ続く事を気にかけ、時々見回りをしていたらしい。
 突然現れた聴講生達に、琉音が怯えた様子で一歩後じさった。苛められているせいか、彼女は大抵の人間には怯えた態度を取る。だがその動きが止まったのは、2人への恐怖が募ったからではなく。

「フフッ、女子高生の匂い‥‥♪」

 要警戒の謎の人物が背後から現れたからだった。綾波 蒼馬(gb6708)。一応2人の友達‥‥の筈だ。多分。あまり自信ないが。
 親しげに肩をするりと組んで『君の夫が来たよ』と囁く蒼馬に、琉音はぎこちない笑みを浮かべた。出来れば離して欲しいんだけど言ったら嫌われるかもでもちょっと近すぎるような、という内心の葛藤が前面に押し出された笑みだった。
 ふぅ、と漏れた溜息は、誰のものなのか。

「綾波君、ほら、琉音が怯えてるから、ね‥‥?」
「校内で過剰なスキンシップは遠慮して貰えますか?」
「了解です、お義兄さん」

 マリエルと文化部連合長ウィリアム・シュナイプが同時にそう言った。そう? と蒼馬はあっさり琉音を解放する。ホッ、と息をついてマリエルに縋りつく琉音。
 そんな姿もまた萌える、と怪しい思考全開の男に、ウィリアムは冷たく微笑み、一刀両断した。

「あなたにお義兄さんと呼ばれる筋合いはありません」
「大丈夫、守備範囲ですから」

 なぜか自信満々に保証する蒼馬だ。例え何が起ころうと妹だけは彼に会わせまい、とウィリアムは固く決意した。





「よーく事件があったときのことを思い出して話してくれ、マリエル」
「うん‥‥あの時、あたしは忘れ物を捜しに来て‥‥」

 リュウセイの言葉に促され、マリエルは考え込みながら一番最初から語り出す。鞄に確かに入れたはずの寮のカードキーがない事に気付いた彼女は、かばんをひっくり返した後、まさか教室に忘れてきた? と確認しに来たのだ。
 カードキーは無事に机の上にあり、誰かが拾ってくれたのだろう、時に求めずに教室を出て、帰ろうとする所で琉音を見た。思わず足を止めて見ていたらミス研の少年に声をかけられ、現在に至る、という訳だ。
 うーん、と唸る。この状況では、そのカードキーもわざと鞄から抜き取られた可能性が高い。恐らくマリエルを目撃者に仕立て上げる為に工作し、何らかの視覚トリックに寄ってイーリンの居場所を誤認させられたのだろう。そこまでは全員の一致する意見である。
 だが、どうやってマリエルに誤認させたのか? そしてイーリンは一体どこに居るのか? 問題は、そこなのだ。

「イーリンがつけている香水の匂いとかわからないか? 匂いで探れればどこにいったかとかわかりやすいんだけどなぁ‥‥」
「他に女子高生の匂いはしませんしね」
「そ、そっか」

 念の為、壁と同色のシートなどでイーリンが隠されている可能性も考えながらあちこちを捜索するリュウセイに、一応真剣に探している蒼馬が相槌を打つ。いや、本能のままに動いているようにも見えるが、これでいてこの本能が馬鹿に出来ない訳で。
 悪い人じゃないはずなんだけど、とやや引き気味で頷くマリエルの陰に完全に隠れながら、琉音が幾つかの香水の銘柄を上げる。その中でどれをつけているかはその日の気分で、琉音は詳しくないので今日彼女がつけていたのがどの香水かは判らない、と言う事だ。
 ならば、と期待を込めて見つめられたマリエルは、

「え、と‥‥確かシトラス系? ってどの香水?」

 基本はシャンプーとヘアトリートメントの香りだけで生きている少女に、期待するのが酷というものだ。
 かなり念入りに捜索したのだが、イーリン発見はならない。2Fからシートに包んで茂みに着地するようイーリンを投げ落としたのでは、という蒼馬の推理も、中庭の草木に乱れた様子が殆ど見られなかった事を見れば難しいようだ。
 ならばどこに、と額を寄せ合って悩む中で、ふと、ホアキンが呟いた。

「恐らく‥‥鏡を使ったんじゃないかな?」

 その言葉に、キョトン、とマリエルは首を傾げた。琉音と顔を見合わせる。

「鏡‥‥って、あの鏡?」
「多分。でも、鏡を使ってどうやってイーリンさんを隠すの?」
「恐らくこの2階の窓を、3階の窓から垂らした鏡面シートのようなもので覆ったのだろう」

 す、とホアキンが斜め上を指差した。つられて見上げた先は隣の教室棟の3階。つまり、

「マリエル、あなたはあそこから事件を目撃したんだったな」
「そうよ」
「こうしてみると結構離れているのですね。そろそろ日も落ちてくる頃ですし――マリエルさん、見間違いと言う事はないのですよね?」
「ないと思うわ。確かに離れてるけど、イーリンさんは良く見かけるから知ってるもの」

 潤の確認の言葉に力強く頷いた少女に、なるほど、とホアキンが頷いた。

「つまり、もしこの2階の窓が鏡で覆われて別の場所の光景を映し出していたのだとすれば、あなたが見たイーリン襲撃は、まったく別の場所で行われたことになる」
「そんな‥‥ッ!」
「じゃあイーリンちゃんはどこに‥‥」

 絶句するマリエルに、泣きそうな顔で琉音が縋りつく。ジッ、と2箇所の位置関係を見ていた潤が、恐らく、と手を上げた。

「ここと、マリエルさんが目撃したという場所は真正面に当たります」

 だとしたらイーリンはさらに真正面、マリエルが上から見下ろした事を考えれば1Fの真下の教室に囚われているのではないか。その推理に、あ、と少女の顔が明るくなる。
 生憎、最大の物証となる鏡面シート(?)はすでに犯人によって回収されていると思われる。だが第2の物証は簡単に見つかった。即ち、窓から鏡面シートを垂らしたと思しき擦過痕。それが3Fの窓に残されていたのだ。
 よっし、とリュウセイが手を叩いた。

「だったら今すぐ行ってみようぜ! こうしてる間にもイーリンがどっかに連れてかれるかもだし」
「わ、私も一緒に行くわ!」
「おっと、女子高生の匂いを探すなら僕も行きますよ」

 楽しみですね、とほくそ笑んだ蒼馬に、さすがのマリエルも顔を引き攣らせてドン引きした。こちらも現役女子高生なので、何かこう、生々しいのが激しく嫌だった様子。その様子に、やはり後でしっかりと話し合っておこう、と胸に決意を固めるウィリアムだ。
 さりげなく蒼馬との間に割って入ってくれたリュウセイに感謝しつつ、マリエルも隣、つまり元居た教室棟の1Fに向かって走り出す。どこも同じような造りが並びがちな教室棟では――そうでなくとも、余程疑って掛からない限り、まさか目の前の光景が別の場所で行われたものだなんて想像もしない。まったく別の場所なら兎も角、それらしい場所ならば尚更だ。
 渡り廊下を駆け抜けて隣の教室棟へ飛び込み、階段を一気に駆け下りる。一瞬だけ足を止めて目的の教室の場所を考え、再び走り出して。

「イーリンさんッ、居る!? って、ああッ、あなた!」
「マリエルさん、知って居る人ですか?」

 ガラリ、勢い良く開け放ったマリエル達を迎えたのは、マリエルに謎を解いて見せろと迫ったあの少年だった。潤達に手早く説明したマリエルは、ビシッ! と少年に人差し指を突きつける。

「あなたが此処に居るって事は、イーリンさんは此処に居るのね!」
「ふん‥‥想定より少し早い、か」

 そんなマリエルをあっさり無視して、少年はまずは内ポケットからハンカチを取り出し、中から丁寧にくるんだ腕時計を取り出してそう呟いた。それからまた丁寧に仕舞い込み、マリエルの傍に立つ傭兵達を見て、その向こうの琉音を見て。
 蒼馬がシリアスに言った。

「ここからは確かに女子高生の匂いがします」
「おいおい、さすがにお前が風紀委員に捕まったりして警察に突き出されても困るぞ」

 もはや条件反射でパッと身を引いたマリエルを庇いながら、リュウセイがため息を吐いた。確かに傭兵であればリュウセイのように、誰でも聴講生になれる。なれるが、こーゆーあからさまなの、どうなんだろう。
 少年の方は何を言われたか判らない(あるいは理解したくない)様に眉を軽くひそめる。その名前はすでに、ミッヒの調査で判っている。伊織・イェンドラ。ミス研の会員。
 伊織は何を躊躇う事なく頷いた。

「そうだ、イーリン・エイディスは此処に居る。奥に見張りをつけて転がしてある」
「イ、イーリンちゃんッ!」

 それに、真っ先に教室の奥に飛び込んで行った琉音の姿を見て、少年は忌々しそうに顔を歪めた。





 イーリンは無事だった。スタンガンを押し付けられた所は軽症火傷になっていたが、それ以外は至って健康。むしろ琉音の顔を見て『遅いじゃないの!』と叫んだ辺り、まだ余裕はあったと思われる。
 見張り役の生徒は、彼らが辿り着いた時点で身の危険を悟って逃げたらしく、誰も居なかった。だが実行役は逃げたが、計画役の伊織はまだ残っている。彼の方はどうやら、逃げる気もないようだ。
 誰がトリックを見破った? 少年の言葉に、ホアキンが進み出る。

「どうやら私の推理が当たっていたようだね」
「ふん。言ってみろ」

 相手は年上だと言うのに、臆する様子もなく命じた伊織に、人間の出来た大人であるホアキンは苦笑して自らの推理を披露する。それを黙って聞いていた伊織は、成程、と唇の端を釣り上げた。

「その通りだ。さすがは、半分とは言えMを破った連中だな」
「言っておきますが、これはれっきとした犯罪ですよ。大体、今回の事件の動機は何なのですか? 誰かが琉音さんの事を好きとか?」
「状況を聞くとその可能性は高い様に思えるがな」

 潤がやや詰問口調で詰め寄り、ホアキンがシガーを弄びながら補足する。と、ウッ、と少年は気まずそうに黙りこくり、目を逸らした。触れられたくなかった話題のようだ。
 だが、どうなんだ、とさらにプレッシャーをかけられ、ついに少年は「悪いかッ!」と逆ギレした。

「ああそうだともッ! オレは琉音の事が好きだ!」
「え‥‥ッ」
「琉音があの女に虐げられるのを、誰もが見てみぬフリをするッ! ならオレがあの女に天誅を下す、そのどこが悪いッ!? 貴様らはあの女が正しいと言うのか!?」
「やり過ぎだ、と言っているんだ。犯罪者になりたいのか?」
「琉音を守る為なら‥‥ッ」

 厳しいホアキンの指摘に、だが、となおも言い募ろうとする少年。だが、それを止めたのは以外にもウィリアムだった。

「彼女を守りたいという気持ちが嘘とは言いませんが。君の理由にされる、彼女の気持ちは考えましたか?」
「連合長‥‥」
「守る、という言葉を吐くならその程度、考えるのが君の責務でしょう――今回の事は流石にやりすぎ、という皆さんの意見に僕も同意します。報告はしておきますので、追って処分が出るでしょう」

 プリンス、と渾名される柔らかなマスクとは裏腹な厳しい言葉に、少年のみならず少女達も押し黙る。顔に似合わず厳しい性格をしている、と聞いた事はあったが。
 それきり少年を一瞥もせず、クルリと背を向けたウィリアムを潤が呼び止める。

「すみません。学園は、ミス研の『祭典』について把握していなかったのでしょうか? だとしたら少し問題かと」
「ああ――その件でしたら、研究会からの届出はありました。ただし内容は『一般生徒にミステリーへの理解と親しみを抱かせる催し』となってましたので」

 その程度なら問題はなかろう、と容認された。正確に言えば放置された。そもそもカンパネラ学園には日々、有象無象の部活動が入り乱れ、生まれては消えていく。その中で、部費の支給もない研究会が何を行っているのかまで把握しきれない、と言うのが現状のようだ。
 研究会の方へは僕から注意を促しておきますので、と軽く頭を下げ、今度こそ去って行ったウィリアムの姿が消えるまで見送った一同は、さて、と向き直り。

「何にせよ、そもそもの発端はいじめだそうだ。よく話し合う必要があるだろうよ」
「なんでアタシが‥‥ッ」
「ここまでされてまだ懲りないんですか?」
「そうよ! あなたのお陰であたしがどれだけ苦労したか‥‥ッ!」
「マ、マリエルちゃん、イーリンちゃん、落ち着いて‥‥ッ」

 混沌としてきたその場を、鎮めようと思ったわけではなかろうが、蒼馬がにっこり救急セットを手に間に割って入り、イーリンの手を掴んだ。

「まぁ、まずは応急手当をしておこう。たっぷりじっくり舐めるように、ね」
「ちょ‥‥ッ、コイツ、何‥‥ッ?」

 キラーン、と目を光らせた蒼馬に、何かを感じたらしいイーリンが怯えに顔を引き攣らせて身を引こうとした。だが引けない。現役女子高生にロックオンされた蒼馬の情熱、侮り難し。
 傭兵達と少女2人は揃ってそっと目を逸らした。本当に風紀委員に捕まりそうだ、とリュウセイが勇気と正義感と責任感を総動員して、文字通り嘗め回しそうな勢いで『応急処置』を行う蒼馬を制止するまでには、まだしばらく時間が掛かりそうだった。




 さて、今回のオチ。

「おい伊織、『祭典』ってからにはもうちょっと気楽な、宝探しとかにした方が良いんじゃないのか? ミステリーに親しみを持たせるのが目的なんだろ。頭から火が出るかと思ったぜ」
「て言うかあたしは推理とか駄目なのッ! 前の時も皆に助けてもらったんだから、そこのトコはちゃんと修正しといてくれる!?」
「ふん、高尚な芸術は凡人には理解されないものだ。だがリュウセイとやら、貴様の言葉は会長に伝えておこう」
「あたしの意見はッ!?」

 リュウセイだけを見てそう言った伊織にマリエルが吼えたが、伊織は完全無視してその場を去った。‥‥どうやらマリエルの受難は、まだまだ続くようである。