タイトル:【AW】とわずがたりをマスター:蓮華・水無月

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 33 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/30 20:06

●オープニング本文


 窓から射し込んで来る光が、いつの間にかオレンジの色合いを帯びていたことに気がついて、彼女は動かしていた手を止めた。ふぅ、と心地好い疲労の混じった息を吐き、手にしていたアイロンを傍らにおく。
 そうしてから、何だかくすぐったいような、不思議な笑いが込み上げてきて、誰も居ないリビングで1人、くすくすと肩を揺らした。くすくす、くすくす、一度こぼれた笑いは何かの弾みがついたように、収まるどころか少しずつ大きくなっていく。

(なんだか、不思議ね)

 ――10年前までは、彼女は能力者としてUPC本部で依頼を受け、キメラやバグア、その他の色々な敵を相手に武器を振り回し、戦っていたのに。今ではすっかり傭兵も辞め、エミタも外して、アイロンや包丁、お玉を相手に日々の家事と戦っている、なんて。
 どっさりと溜まったアイロンの山を振り返った。あの頃は依頼が入れば世界中を飛び回る日々で、彼女はあまり家事を気にしたこともなかったと、懐かしく思い出してまた、笑う。
 引退し、傭兵時代に知り合った恋人と結婚して専業主婦になったのは、8年ほど前の話だ。それからですらもう随分と経ったのに、時々、傭兵を辞めてからまだほんの少ししか経って居ないような気がしてしまう。
 戦いとは縁のない、旦那様と可愛い子供達の事だけを考えて過ごす、そんな生活にももう慣れたはずなのに。こんな時にふと、あの頃を懐かしく、あるいは苦々しく思い出してしまうのは――あの頃もまた、彼女にとって輝いていたから、だろうか?

(みんな、今はどうしてるのかしら?)

 あの頃の知人や友人、仲間の顔を思い浮かべた。今も連絡を取り合っている友人も居るし、あれ以来まったく顔も合わせない知人も居る。まだ根強く残るキメラを駆逐するために戦い続けている仲間も、はたまた復興のために尽力している友人も、居て。
 皆どうしているだろうかと、また思う。変わってしまったのか、変わらないのか。そもそも地球に居るのか、居ないのか。
 知りたいなと、懐かしく思った。そうしながらオレンジの光に目を細め、思いを馳せた窓の外に広がる町は、ただ静かで平和だった。

●参加者一覧

/ 石動 小夜子(ga0121) / フィオ・フィリアネス(ga0124) / 弓亜 石榴(ga0468) / クラリッサ・メディスン(ga0853) / 漸 王零(ga2930) / 藤村 瑠亥(ga3862) / 王 憐華(ga4039) / 東野 灯吾(ga4411) / キョーコ・クルック(ga4770) / 冥姫=虚鐘=黒呂亜守(ga4859) / 守原クリア(ga4864) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / 鐘依 透(ga6282) / 九条院つばめ(ga6530) / 秘色(ga8202) / 百地・悠季(ga8270) / 守原有希(ga8582) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 高日 菘(ga8906) / 狭間 久志(ga9021) / 赤宮 リア(ga9958) / 遠倉 雨音(gb0338) / カララク(gb1394) / ジェームス・ハーグマン(gb2077) / 鈴木 一成(gb3878) / ナンナ・オンスロート(gb5838) / 神楽 菖蒲(gb8448) / 黒瀬 レオ(gb9668) / ヘイル(gc4085) / 滝沢タキトゥス(gc4659) / ノゾミ・グラン(gc6645) / 恋・サンダーソン(gc7095) / 村雨 紫狼(gc7632

●リプレイ本文

(字数を大きく超過しておりますが、遅延状況と依頼の内容的に特例として許可しております。
 ご了承くださいませ)

 それは、本場の美味しい紅茶を出すと一部で話題の喫茶店だ。黒づくめの執事と、時々メイドも現れるというのも、密かに話題になっている。
 困った噂だと、執事、改め店主のヘイル(gc4085)が肩を竦めると、カウンターの客が笑った。笑い、アイスティーとザッハトルテを所望するのに、承ったと頷く。
 ヘイルが簡易な依頼斡旋所兼情報所を兼ねて、知り合いの研究室の近くでこの店を開いて随分経つ。そうして傭兵達に自身が収集した武器を貸し出したり、時には依頼に同行するのだ。
 目の前の客も、そんな1人。

「‥‥どうぞ。知り合いの伝手で手に入れた本場ものだ。味わって飲めよ」
「勿論。また何か聞かせてくれよ」
「あの頃の話、か? 構わんが‥‥他人が聞いても特に面白い話ではないだろう?」

 アレは俺達の物語だからと、左腕の試作型アンサーシステムを撫でて笑うと、青年は唇を尖らせた。彼は、ヘイル達の事を英雄の様に崇めている。
 その一方で、未だにバグアの完全殲滅と戦争再開を訴える能力者も、居た。今の世界に馴染めない彼らも、仕方ないと思っているけれども――
 小さく苦笑してヘイルは、依頼の話をしよう、と促した。今ある依頼を並べ、「さて、どれにする?」と告げた言葉に重なり、テレビから流れるのは秘色(ga8202)の歌声。
 傭兵アイドル集団Impalpsを卒業し、同じ事務所で女優兼歌手をしている彼女は、今日は朝から歌番組や生放送の収録に忙しい。やっと最後の収録を終え、共演者やスタッフに挨拶をして帰ろうとした秘色に、打ち上げしようと声がかかった。
 それに笑って「次の機会に」と謝り、秘色はスタジオを出る。家では子供達が、彼女の帰りを待っているのだ――あちこちで引き取った、今では下でも十代前半、上はすでに成人した子も居る戦災孤児達が。

「帰ったぞえ。何事もなかったかの?」
「おかえりなさい、おかん!」

 帰宅すると、明るい声が秘色を迎えてくれた。そうして留守中の出来事を聞きながら夕食を作り、皆で囲む食卓は賑やかだ。
 かつては傷つき、口数も少なかった子供達は、10年で逞しく成長した。

「おぬしはまた、人参を残しおって。食わねば食後のデザートは無しじゃぞ」
「はーい」
「ぁ、懐かしの映像特集におかん‥‥ッて若い!? しかも昔から健康スリッパ!?」
「ふッ‥‥そこは譲れぬ」
「よくアイドルになれたね‥‥ぁ、傭兵の時の写真だ」

 そんな、実の兄弟の様な姿を愛おしく見つめる。そうして胸の中の、今は亡き愛しい夫子の笑顔に、祈る。
 この子達が巣立つまで、慈しんでから逝くと。その日までは、天から見守っていて欲しい――と。
 そんな一家団欒から、少し離れた場所にある喫茶店『虹待亭』には、定休日にも拘らず遠倉 雨音(gb0338)の姿があった。丁度、溜まっていた雑事が一区切りついた所だ。
 ドアベルを鳴らし、仕事を終えた夫の藤村 瑠亥(ga3862)が店に入って来た。そんな夫の元へ歩み寄り、怪我がない事を確かめるように抱き締める。

「お帰りなさい、瑠亥」
「ああ」

 そんな雨音の頭を撫で、頬にキスを落とした瑠亥が言った。それにほっと息を吐き、珈琲を淹れようと向かったカウンターに、瑠亥も腰掛ける。
 彼の前に淹れた珈琲のカップを置き、雨音も寄り添う様に瑠亥の隣に座った。――こんな夫婦水入らずの時間は、久し振りだ。
 雨音自身はエミタこそ残しているが、関わってきた事件等が一通り解決を見た時に、瑠亥や知人達の勧めに従い、傭兵は引退した。だが瑠亥は武器を置く生き方ができない人だから、今でも傭兵として飛び回っている。
 だから、常に危険に身を置く夫に万が一の事があった時の為にエミタを外したくない、という思いもあって。瑠亥が屈指の実力を持っているのは、傍で見てきた雨音が一番良く知って居るからこそ、支えたいと昔から思っていて。
 それでも、こうして顔を見ないと不安に駆られる事は多々、あるから。つい、冗談めかした本音が口から零れてしまう。

「――もし、私達の間に子供ができたら。瑠亥の無茶を抑える重しが一つ、増えるでしょうか?」

 その言葉に、瑠亥は珈琲を傾ける手を一瞬止め、それから慎重に、何気なさを装ってテーブルに戻した。それから少し考え、苦笑する。

「むしろ‥‥頑張ろうと依頼にいくかもしれんな‥‥」

 それは暖かで、幸せな響きを持つ言葉。もしかしたらその時には、家族を支える為に――或いは我が子に格好良い所を見せる為、より危険な依頼に行くかも知れない。
 そう言ったらまた、心配させてしまうのだろうが――思いながら、瑠亥は雨音を抱き寄せた。

「‥‥そういう、機会になればな‥‥と」
「‥‥ええ」

 そうして誓うように深く口付けた瑠亥に、応えて雨音も瑠亥を強く抱き締める。抱き締め、口付け、また抱き締めて。
 そのまま『そういう機会』になってしまいそうな空気の中、睦言の様に雨音が言った。

「今度、どこかに行きませんか? 舞香さんから家族で食事に行くと聞いて」

 囁く雨音に瑠亥は、了承の意を込めて幾度目になるか知れない口付けを落とす。そうして名の出た、今も妻と仲の良い女性を思い出した。
 確か彼女は、やはり知人の東野 灯吾(ga4411)と結婚し、今は子供も幾人か居た筈だ。そう言った瑠亥に、ええ、と雨音が頷く。
 その、噂になっている灯吾はその頃、携帯電話を手に真剣な顔をしていた。と、有難うございます! とぺこぺこ頭を下げる。
 そうして電話を切って、うしッ、とガッツポーズした。結婚記念日の、家族ディナーを予約したのだ。
 舞香が好きな、海沿いのレストラン。子供がまだ小さいから遠慮していたけれど、そろそろナイフとフォークも使える様になったしと、ダメ元でかけた電話に個室をご用意しますよとOKを貰ったから、喜びも一入で。

「お前達、今度行くとこは本格的なレストランだからな。騒がないでいいとこ見せろよ? あとママには内緒な!」
「はーい!」

 言い聞かせ、子供達の頭をわしゃわしゃする――それは、幸せな日々。思い切って彼女にプロポーズして良かったと、しみじみ思う。
 10年前、日本に移住した彼は日本の復興依頼を中心に携わってきた。その一方で度々舞香を訪問した灯吾は、彼女と一緒に居られるのが1番楽しいと、そうして一生一緒に居られたら良いと、想い募って結婚して欲しいと頭を下げたのだ。舞香を大事にする事にかけては絶対、誰にも負けないから、と。
 それに頷いて貰って、結婚して以来、家を空ける時も毎日3度は必ず連絡する位に灯吾は、家族を大切にしてる。だから今も、舞香は喜んでくれるだろうかと、幸せに想像を巡らせていた。





 ぎりぎり間に合うだろうかと、漸 王零(ga2930)はKVのコクピットの中で軽く息を吐いた。今日はLHで懐かしい仲間と花見をする予定なのだが、直前に起きたカメルの事件が気になり、出向いていたのだ。
 遅れると連絡してあるが、間に合うならそれが一番良い。だから、、と何気なくモニターを見た王零は、そこに映った小さな影に目を留め、ん? と首を傾げた。

「この高速艇のマークは‥‥」

 どうやら2人の嫁と子供達が、LHに向かう為に乗ると言っていた高速艇らしい。そうと気付いた王零は、ほんの少し考えてから、ようし、と操縦桿を操り高速艇にぐいっと接近し。
 そのまま併走を始めた王零のKVに、気付いた赤宮 リア(ga9958)がぱっと顔を輝かせ、2人の娘を手招きした。

「ほらほらッ! お父さんのKVですよ!」
「あの人はいつまでたっても変わりませんね」

 リアのはしゃいだ言葉に、同じ方を見た王 憐華(ga4039)は呆れた声を上げる。だが娘の零華は窓の外を見つめて「お父さんカッコいい〜」と声を上げ、チラッ、と意味ありげに母を見上げた。
 父を巡って母をライバル視する娘に、うぅ、と息を吐いた憐華にリアがくすくす笑う。

「零華ちゃんは本当に零さんが好きですね。でも負けませんよ」
「それは、私だって」
「お母さん達には負けないもん」

 つん、と言った娘に、大人のみならず憐刀と利佳、聖華までも苦笑する。が、見えるのが父のKVだけではない事に気付き、おや、と再び窓の外を注目した。
 その2機のKVは、やはりKVでLHへと向かう狭間 久志(ga9021)とキョーコ・クルック(ga4770)。膝やサブシートにそれぞれ、6歳の息子と9歳の娘を乗せている。
 親の仕事を子供に見せておくのも大事だと、安全第一の遊覧飛行をしながらキョーコは、娘をちらり、振り返った。

「どう? いい眺めだろ♪ あっちには久志も飛んでるよ〜」
「うん。パパ、手を振ったら気付くかな?」

 母の言葉に、こっくり頷いた娘は日頃は、久志に禁止されて彼の事は『お父さん』と呼んでいる。けれどもキョーコが『パパ』と呼んでしまうので、久志の居ない所では結局パパなのだった。
 モニターに向けてぱたぱたと手を振ってみたのと、久志と息子がまさに同じような会話を交わしてキョーコ達に手を振ったのは、同時。それに互いのコクピットで苦笑して、久志はふと声を上げた。

「あっちはお父さんの友達の機体だ。――相変わらずなのかな」
「ふうん‥‥あっちにも手を振る?」
「いや。着いたら、ちゃんと挨拶するんだぞ」

 もっともらしく言い聞かせると、はい、と素直に頷く息子の頭を撫でる。10年経っても親として振舞うのには慣れないけれども、こうして懐かれるのは嬉しいし、愛おしかった――でもいずれ反抗期が来るんだろうな、と考えて落ち込みたくなる程度には。
 とまれそうやって、高速艇とKV3機で遊覧飛行、というあまりない光景を繰り広げ、発着場をびっくりさせたのだと、先に一緒に桜の下で待っていた百地・悠季(ga8270)とクラリッサ・メディスン(ga0853)に誰からともなく告げると、クラリッサがくすくす笑った。

「じゃあ、一足早い同窓会でしたのね」
「でも、あまり居合わせたくない光景だわね‥‥」

 逆に悠季は遠い目になってから、娘の時雨とヘラにお弁当の場所をちょっと詰めて、と指示する。2人も、それから長男の暁も揃って赤髪なのは、両親にしっかり似たらしい。
 そんな娘と一緒に作ってきたお弁当は、カツサンドや肉団子、カラフルに切り分けた季節の果物。他にも定番のおかずも詰めて、色々種類も豊富で、豪華だ。さらにそこに、キョーコが娘と作ってきた手作りおにぎりに唐揚げ、卵焼き等が並ぶ。
 それを見た憐華が「また教えて下さいな」と悠季に声をかけた。それに、何ならうちに来て時雨と一緒にやれば、と悠季は笑う。最近、料理を手伝ってくれるから、ついでに色々と教えているのだ。

「だから時雨を蔵人の嫁に推薦するわよ。あたしが鍛え上げただけに、食いしん坊でもあるけど」
「ふふ、そしたら夢が叶いますわ。蔵人もこの頃は大分しっかりとしてきて、夫の手伝いとかもよくしてますし――時雨ちゃんはしばらく見ないうちに綺麗になりましたわね。もうすっかり一人前のレディーかしら?」
「レディーというか、ツンデレっていうか‥‥」

 苦笑しつつ、横目でちらりと娘を見ると、ベーッ、と可愛らしく舌を出す時雨である。けれども同世代の子供達と遊ぶのが楽しいのだろう、すぐに笑顔になってジュースを飲みながらお喋りに興じ始めた。
 そんな子供達に、顔を見合わせ笑う母親達だ。初対面で物怖じをしている子も居るようだが、いずれすぐに打ち解けるだろう。
 しみじみと、平和を噛み締めキョーコは呟いた。

「これが、あたし達が勝ち取った未来なんだね」
「ええ」

 それにクラリッサが頷き、微笑む。傭兵としては引退をし、夫と子供達と一緒に田舎暮らしをしている彼女はあれから、たまたま無医村だった事もあって正式に医師免許を取得し開業して、今は金髪の先生と呼び親しまれる立派な医師だ。
 その分世間からはすっかり離れ、友人達とも普段は手紙でやりとりをする仲だけれども、それを後悔はしていない。子供達には戦争など知らぬまま育ってほしいし、のんびりとした家族だけの時間も欲しいと願っているから。
 とはいえこうして縁が続いているのは、素直に嬉しい事だった。だからもし来年も会えるなら、その時には夫も引っ張ってくるようにすると告げると、相変わらずなのかと友人達から尋ねられてまた、微笑んだ。
 相変わらずと言えば、とキョーコと久志は王零の方をつい、振り返る。10年前とほぼ変わらない、22歳くらいの外見の――どうかすればあの頃より若返ってるんじゃないか、という印象すら抱いてしまう、久々に会う友人。

「‥‥ん? どうした、我の顔に何か付いているか?」
「いや‥‥斬はホント、変わんないよね〜」
「それに、王零が仕事してるトコとか想像できんのだが‥‥二人も妻が居て甲斐性なしだと格好悪くないか?」
「仲良くやっているさ。と言うかやっぱり、皆はしっかり歳を重ねてるんだな」

 さらっと、良く考えると割合に酷い事を言われたものの、王零は気にした様子もなくうんうんと頷いた。ちなみに仕事は現在、ほぼ無所属に近い傭兵で、自分の力が必要だと感じると出撃するものの、報酬を貰うかどうかも気分次第なのであまり、家計の足しにはなっていない。
 けれども夫婦仲は円満で、ラブラブなのは相変わらずだ。子供達も慕ってくれているし、ならばそれで良いだろう。
 そう、話す王零にうんうんと2人の妻が頷いた。彼女達はそれぞれに、リアは親から会社を継いで社長として敏腕を振るっているし、そんな赤宮家からの援助を受けて憐華もエミタ研究の博士号を取得し、未来科学研究所からエミタ調整を委託される程の研究所を設立しているから、生活が苦しいという事は無い。それよりも愛する人がそこに居てくれれば、それで良いのだ。
 なるほどね、と悠季が頷いた。頷き、それからリアに「そうそう」と声をかける。

「お宅の娘をどっちか、暁の嫁にくれない? 良い子そうだし」
「うちの娘、ですか? あの子達はまだまだ、甘えん坊で‥‥そこが可愛いのですけれども♪」
「うちの零華は私をライバル視してますから、他の殿方には目が向かないかも‥‥メイ‥‥キョーコさんのお子さんはどうです?」
「正義のヒーローの正体は、秘密なんだから気を付けてねッ、王♪ うちはどうかなぁ‥‥あ! でも、久志に似てるでしょ♪」
「眼鏡で、ますます似てるって言われるんだよな――でもモニタ作業用のメガネは必要だよ」

 うーん、と唸る2人は今も、時々コスプレをしては『メイド・ゴールド』と『音速騎士・ナイトハヤブサ』として活動を続けていて。そんな両親の正体を知らない娘はナイトハヤブサに、息子はメイド・ゴールドに憧れているらしく、面倒臭いエディプス・コンプレックスだな、などと久志は考えていたりする。
 それでも子供が成長するのを見ていると、飛ぶように過ぎた子の10年にも、色々あったのだとしみじみ感じられた。そう、言った久志に全員が、まったくだと大きく頷く。
 LHの桜の下での、名付けて『ママ友同窓会』は、そんな風に賑やかに過ぎて行った。最近はどうだとか、あの時はこうだったとか、子供達の育児相談だとか。
 ――けれどもその楽しい時間も、永遠には続かない。やがて日が傾き始め、空気にも温もりより肌寒さが目立ち始めた頃、お花見は誰からともなく解散になった――特に大人はともかく、子供に風邪を引かせるわけにはいかない。
 だから、また来年も会えたら良いねと、互いに手を振り合いながら別れた。そうしてそれぞれの日常へと帰っていく、皆を見送ってから王零は、どこかへとかけていた電話を切って妻達に声をかける。

「リアと憐華にちょっと話があるんだがいいかな?」
「話、ですか?」
「構いませんけれど‥‥」

 そんな夫の言葉に、リアと憐華が不思議そうに顔を見合わせた。そんな2人に、さてどうやって紹介を切り出そうかと、王零は切った電話を見つめる。
 今回の仕事の折に見つけた、面白そうな才能を秘めている子供。両親は居ないという事なので、保護も兼ねて呼び寄せる事にしたのだが――さて。
 考える王零から出てくる言葉を、妻達と子供達はじっと待っていたのだった。





 手の中の缶珈琲を温めながら、鈴木 一成(gb3878)は公園の石畳を歩く鳩を見つめていた。暖かな日差しを浴び、ぼんやりと考える。
 この春から総務課の係長と言う役職を頂いたけれども、まだ実感が伴わない。そういえば近所のおばさんがまた見合い写真を抱えて来る頃か――
 そんな、緊急でもなければ重要でもない事を考え、珈琲を飲む。それはひどく平和で、贅沢な時間。
 あれから10年、日本で地方の中小企業に勤めて。相変わらず地味で小心者で、お人好しで――覚醒したら「ヒャッハー!」とテンションをぶっちぎってしまうのも、変わらず。

(まだ気遣われてますかね‥‥)

 つい先日も、まさにこの公園で「イィィヤッハァー!!」と高笑いしながら両刃の斧振り回してキメラ退治しているのを同僚に目撃されたのを思い出し、一成は少し遠い目になる。いや、翌日会社でドン引かれたり、不自然なほどに優しくされたりして、ちょっと落ち込みはしたけど、傷付いた訳じゃない。ちゃんと元気だ、うん。
 そう、思いながらも次からは会社の近所の公園では戦うまいと、心に決める一成である。――そう考えられるのもまた、世界が平和になった証拠だ。
 それを、噛み締める。そして、かつて一成もこの平和な時代を迎える為の戦いの渦中で、僅かなりと助力出来た事を誇りに、思う。
 鐘依 透(ga6282)もそんな平和の為に戦っていた。否、数年前に九条院つばめ(ga6530)と結婚し婿養子に入ったので、今は九条院透。
 長期出張だったから、家に帰るのは久しぶりだ。だが、愛する妻子に会えると思うと疲れは感じない。
 暖かな昼下がり、家までの道を、駆ける。

「ただいま、つばめ、空音。良い子にしてたかい?」
「お帰りなさい、透。空音、お父さんが帰ってきましたよ?」
「母さんに似てまた美人になったなぁ。世界一‥‥いや宇宙一、いっそ三千世界一美人!」

 そうして玄関に飛び込んだ、透につばめは微笑んだ。それから娘を抱き上げて、頭を撫でる透の子煩悩に、つばめは苦笑する。
 無事に安堵したのもあって、冗談めかして娘に、酷いよねー、と話しかけた。

「お母さんより貴女の方が美人だってー」
「え? いや、あの‥‥同率1位で‥‥」

 狼狽える透にくすくす笑い、お茶を用意しますね、と告げる。うん、と透が頷いて、縁側へと移動した。
 お茶とお茶菓子を3人分用意し、縁側へ行くと透と娘の他に、飼い犬や野良猫達も揃っている。くすりと笑ってお茶を置くと、ぽつり、透が呟いた。

「恋人じゃなかった頃から、こうやってお話してたよね」
「そうですね。昔から変わらない‥‥とても大切な時間です」
「うん。――ごめんね、いつも」

 頷いたつばめに、透はいつも胸にかかっている謝罪を口にする。傭兵を続けている透は、今回の様な長期出張も多い。
 娘を授かってからは育児休暇中のつばめは、主の留守を守るのは妻の務めと笑ってくれる。それが尚更申し訳なかった。
 それでも行ってしまうのは、この幸せをもっとたくさんの、救いの見えない誰かに知って欲しいからで。

(君が教えてくれた幸せを‥‥)

 母を失った孤独に絶望し、苦しんでいた透の心に、寄り添い続けてくれて。ただそれだけで、どれほど救われただろう。
 だから。力在る限り、手を差し伸べ続けたいと思うから。
 まなざしを落とす透につばめは首を振る。それは、彼女も同じだ。
 透は陽だまりの様に、辛い時、挫けそうな時にそっと見守り、寄り添ってくれた。その優しさと温かさで、どんなに助けられてきた事か。
 そう告げようとして、倒れ掛かってきた透に驚き、抱き留めた。が、聞こえてきた寝息に娘と微笑み合う。

「こんな風に、ね。透は頑張りすぎちゃう所があるから‥‥私は、それが心配」

 どこかで疲れ果ててはいないかと――でもつばめの心配を知れば、それでも止まれない彼を悩ませるのだろう。

(そんな貴方が‥‥私は、大好きですよ)

 囁くつばめの言葉を、透も夢の中で聞いた気がした。その幸いをまた噛み締めた透に、夢の中の母が嬉しそうに笑う。
 そんな穏やかな時間を、石動 小夜子(ga0121)と弓亜 石榴(ga0468)も過ごしていた。動物達に囲まれて――

「――小夜子さん。あの鹿とか馬は何なの?」
「ふふ。近所の牧場とかから来ちゃうみたいです。柵を飛び越えて来るらしくて‥‥困ったものですね」

 集っている動物のあまりの多彩さに思わず尋ねた石榴に、嬉しそうに小夜子が微笑む。動物好きな彼女には、幸せな事なのだろう。
 石榴はそう納得して、動物達に餌を配り始めた。記念すべき終戦十周年を祝おうと花見がてら、久しぶりに訪れた鶴亀神社は10年前と変わらず、安堵する。
 大学を卒業し、戦災復興ボランティアに勤しむ日々の中。最近は絵本作家としても活動を始めた石榴の、変わらない大切な場所。
 そんな事を語りながら、寄ってくる犬の頭を撫でたり、顎やお腹をたぷたぷしたり。その横で小夜子も一緒に、にこにこ笑いながら猫の毛皮をもふもふして。

「平和、ですね。ここもすっかり、人間より動物の方が多くなりましたし」
「ホントだねー。――ほーらご飯が欲しいかなー?」
「石榴さんを皆、覚えてるんですよ」

 尻尾を振る犬の頭を撫でる石榴に、くすくす笑って小夜子が言う。それは確かに平和な、穏やかな時間。
 戦争が終わって、変わった物があり、変わらない物があり。その、変わらない物の1つは間違いなく石榴との関係だと、小夜子は思う。
 優しい石榴は今でも、困っている人達の為に動き続けていて。そんな彼女を、小夜子は手伝えないけれど。
 せめて彼女が疲れた時には、いつでもここで癒されてくれたら良いと、願うのだ。そう、告げると石榴は『ありがとう』と笑う。笑い、嬉しそうに足元で腹を見せる犬をまた撫でて。

「ところで、小夜子さんの近況はどうなのかな? 結婚とか出産とか育児とか」
「ぇ‥‥それは、その‥‥」

 振り返って尋ねた途端、真っ赤になる小夜子に目を細めた。どうやら、そういう意味でも幸せらしいと、判ってほっとした。
 ――石榴自身は自分の幸せという物が、そもそもよく分からない。あの戦争を経ても尚、その答えは出なかった。
 けれどもだからこそ、自分の分までも小夜子には目一杯幸せになって欲しいと、思う。長い付き合いの、大切な親友だからこそ――そう、考えた石榴はもう1つお土産を持ってきていた事を思い出し、そうそう、と声を上げた。

「こないだ行ったボランティア先で、こんなの見つけてきたんだよ♪ 面白いでしょ」

 言いながら荷物をがさごそ漁り、小さな置物を引っ張り出す。随分と頑丈な作りの置物にはボタンが付いていて、押すと『おはよう』と声がして。
 その、置物を作ったのは滝沢タキトゥス(gc4659)だ。故郷の日本に帰ってから開店した、小さな置物の店で売っている。
 店に居るのは彼と、同い年の彼の妻。能力者になる折に反対されて絶縁したものの、故郷で再会し、お互いを見つめ直して再び縁の繋がった女性。

「1つですね。ありがとうございます」

 今日もタキトゥスは置物を売り、作りながら過ごす。1日に数個しか作れない、形も大きさも喋る言葉も違う、思い入れのある置物。
 それほど利益は、ない。だが彼はただ、誰かを笑わせたり、楽しませたりしたいと願い、置物を作っているだけだから。
 それが彼の戦後。10年の軌跡。こうして少しだけでも戦後の傷を癒す手伝いが出来れば、それで良い。
 そんなタキトゥスに妻は時々、置物をもっと高くすれば、と笑う。だが彼の気持ちを理解してくれているのだろう、それ以上は言わない。

「そろそろ夕食よ」

 呼ばれた声に眼差しを上げると、すっかり暗くなっていた。すぐ行くと答え、店じまいをする。
 タキトゥスの一番のご馳走は、妻の手料理だ。彼女と共に過ごす時間は、何より心休まる。
 1人で歩く筈だった未来を、共に歩んでくれる妻に感謝し、タキトゥスは今日と言う1日を終える。そうして永遠にこの日々が続く事を願い、決してこの幸せを手放さないと誓う。
 けれども大阪にある小料理『すずな』では、夜はこれからだ。おでんがメインの店の料理は、全て調理師免許を取った高日 菘(ga8906)が作ったもの。
 おかげ様で固定客もつき始めた小料理屋には、けれども今宵はほんの少し、不穏な空気が漂っていて。

「ガキはきれーなんだよ、メンドくせぇ」
「そんなんゆわんと、れんれん頼むわ〜」

 ぶっきらぼうに言う恋・サンダーソン(gc7095)に、菘がパンと手を合わせる。だが恋は唇をへの字に曲げて、店の奥を――そこにいる子供達を、見つめた。
 一番気を許した、大好きな菘が大阪に帰ると聞き、一緒について来た恋である。ヒマ潰しにはなんだろ、と口では言ったものの、一緒に居たかったというのが本当の所で。
 大阪に来てからも続けている傭兵稼業だって、活動範囲は大阪周辺や、せいぜいがアジア辺りまで。それも、絶対に言わないけれども、菘と離れたくないからなのだ。
 そんな恋だったから、日頃からしょっちゅう菘の店を手伝っていた。それは、最初は手伝ってもらうのを諦めていた菘にとっては、嬉しい誤算だったから。

「今日はお店忙しいし、れんれん手伝ってぇな」

 そう、頼んでいるのは親戚の子供達の相手。久しぶりに遊びに来た親戚に、「うちの店で預かっとくよ〜」と2つ返事で引き受けたのだ。
 実の所、こういった遣り取りもしょっちゅう見られるので、客達も慣れた物だった。馴染みの顔も多いので、おでんなんかは勝手にお皿に盛って、ちゃぁんとつけておいてくれるのである。
 ――だから、恋のめんどくさいという言葉が本心ではない事も、菘も周りも知っていて。

「‥‥ッ、あーあー、わーったよ、相手すりゃいーんだろ」

 菘の『お願い』に、恋は唇をへの字に曲げた後、結局はいつもの通りに、ぶつぶつ言いながら子供達へと向き直った。そうしてちゃんと、本気で遊ぶから。
 将来、自分の子供達も彼女を「れんおねーちゃーん!」とか慕ってくれたら、良いと思う。きっと恋も喜んでくれるだろう。
 ようやく結婚を前提に交際している相手も出来たし、それは決して誇大妄想な未来ではない。だから嬉しくなって菘はお店へと戻り、客達に『待たせてごめんな〜』と笑いながらうきうきと、注文の料理を作り始めた。
 とはいえ自分が結婚したら、恋はいじけるかも知れない。口では『好きにすりゃいーんじゃね?』とか言っているけれど――そう、くすくす笑った菘は、恋が『ダンナになるっつーヤツは、ちょーっとテストすっけどナ』と考え鬼蛍と獅子牡丹を手入れしている事には、まだ気付いていなかった。





 僅かに疲労を感じながら、黒瀬 レオ(gb9668)は春の夜空の下を歩いていた。

(今日はどちらが迎えてくれるのかな?)

 暖かく、くすぐったく考えるのは、家で待つ家族の事。普段は年金暮らしだが、気が向いて少し長い仕事を請けた彼を、妻のナンナ・オンスロート(gb5838)と双子の子供が待っているはずだった。
 ――それは、かつての自分には考えられなかった感情。遺伝子実験で産まれ、エミタの適正があったからと傭兵になり、だが生に興味も執着もなかったレオは、あの大戦の渦中で死ぬのだろうと思っていたから。
 けれども彼は今も生きていて、しかも帰るべき場所があって、おかえりと迎えてくれる家族がある。愛にはまだ懐疑的だが、少なくともナンナと、彼女の希望もあってもうけた双子の存在は、まだ慣れないながらも暖かく、くすぐったい。
 それはきっと、戦争の間に様々な人と出会い、沢山の感情にぶつかったから。そうして『彼女』の子を見守る中で、子の成長に無限の可能性を感じ――レオ自身がそれに癒されていた事に、気付いたから。
 マンションの入口で、部屋番号を入力してセキュリティを解除する。そうして自宅の扉を開け、声をかけた。

「ただいま」
「おかえりなさい、レオさん」

 そこで、待っていたのはナンナだ。娘のスピカを抱き、空いた手で息子のルクスの手を引いて。
 頬を緩めたレオが、スピカをナンナから抱き取った。なら代わりにルクスを抱こうと、見下ろすとやんちゃな息子がぱっと逃げる。
 くすり、笑ってナンナは食事を用意してあるからと告げ、レオをリビングへ誘った。――それは飽きる程に繰り返された、飽きる事のない幸せな日常。
 かつてのナンナもまた、両親を失ったばかりで自分の幸せを見失っていた。戦いの痛みでやっと生を実感しながらも、大好きだった両親の死に涙も流せない自分はさっさと死ねば良い、真剣にそう思って居て。
 きっとレオが居なければ、今頃生きては居なかった。戦後も戦い続け、どこかで野垂れ死んで居た――使命感もなく、ただ身食いするように。

「ね、レオさん。皆に会いに行かない? 子供達も手がかからなくなってきたし――」

 ナンナはふと思いついて夫に提案する。友人の子供達も大きくなったと聞くし、皆に自分は、自分達は幸せに暮らしていると、伝える良い頃合かもしれない。
 始まりは傷を舐め合い、疲れて居心地の良い相手に甘えるだけの関係だったのに。もしかしたら自分は誰かを愛する感情を持たないんじゃないかと、疑っていたのに。
 10年経った今、それは杞憂だったのだと解る。だからレオと双子達と一緒に、それを伝えに行けたらと思うのだ。
 そんな風に冥姫=虚鐘=黒呂亜守(ga4859)も、嘗て自分に人間らしい生活を教えてくれた『先生』に会って欲しいと考えていた。夫のカララク(gb1394)との間に授かった、陽姫を始めとする3人の子供達。
 約束通り、LHに小さな図書館も建てた。今も傭兵をしているカララクも、時間の融通がつく限り冥姫を手伝ってくれる。
 だが夫が居ない間は娘と一緒に、留守を守るのが常だった。だから今朝も、久々に帰ってきたカララクを家族揃って出迎える。

「ただいま、冥姫。陽姫達もみんな元気か?」
「お帰りなさい、あなた‥‥ほらみんな、挨拶は?」

 夫と抱き合ってから冥姫は、そう娘達に促した。けれども恥ずかしがってぷいと顔を背けたのに、仕方ないわね、と冥姫は微笑む。
 しっかり者のくせに甘えん坊な娘は、ずっと「お父さんまだかなぁ」と指折り数えて待っていた。だから優しくも厳しい口調で「陽姫?」と促したものの、やはり目を合わせない娘にカララクが落ち込む。
 そのショックを必死に隠し、子供達の頭を撫でながら提案した。
 
「随分留守にしてしまったしな‥‥今度皆で遊びにでも行くか‥‥」
「まあ‥‥でも無理は禁物よ」

 ぱっと顔を輝かせたものの、心配そうな妻に笑った。家族が暮らす世界が安全になるまでは、と言う思いで選り好みせず依頼を受けているが、さすがにしばらくは家族と過ごしたい。
 そう告げると、今度こそ冥姫は嬉しそうに微笑んだ。それから朝食を終えるとすぐに図書館を開け、多くはない来館者と話して居るうちにすぐに昼になる。
 昼食を作りに陽姫と一緒に家へ戻った冥姫を見送り、2人の子供の世話をしながら資料整理に精を出していたカララクは、ふと目に入った暦に手を止めた。――あの戦いから、10年が経っていたらしい。

(早いものだな‥‥)

 あの頃はこんな毎日など想像も出来なかった。こんな風に家族と過ごす、穏やかな日々は。
 夜になり、子供達が寝静まった後にベランダで夫婦2人、夜桜を見上げながら晩酌に興じれば尚更、その穏やかさが身に染みた。

「空が‥‥広くなったな。星もよく見える」
「ええ」

 冥姫に囁くと、頷きが返って来るのに目を細める。そっと肩を抱き寄せ、静かに妻へと唇を落とした。

「‥‥愛してるぞ、冥姫。これからもずっとな」
「‥‥愛しているわ、あなた」

 そんなカララクを抱き締めて、冥姫もまた口づけを返す。今でも時折感動を覚える、赤い月のない澄んだ星空の下で。
 そうしてふと、神楽 菖蒲(gb8448)はどうしているのかと思いを馳せた。娘も懐いている冥姫の親友は、相変わらず忙しく働いて居るようだけれど――
 その菖蒲は翌朝まだ暗いうちから、応援要請を受けてフロリダ、彼女の経営するPMCが下請けしている沿岸部に居た。やって来た守原有希(ga8582)が、菖蒲にぺこり、頭を下げる。

「神楽さん、今回は宜しくお願いします」
「貸しね」

 そんな有希に、ざっと状況を確認しながら笑った菖蒲に、通信が入る。UPCからだ。

『此方空中管制機ヒューダウディング、そちらに接近する不審船舶をレーダーで捉えた、対応されたし』
「了解」

 嬉しそうに返事した菖蒲に、通信の向こうでジェームス・ハーグマン(gb2077)は苦笑する。今回の作戦で久しぶりに会ったが、同じ傭兵だった頃に見かけた姿と全く変わらないから、最初は妹か何かと思ったものだ。
 そんな、色んな感慨を込めて「お久しぶりです、神楽さん‥‥お変わりないですね」と挨拶をしたが、覚えてくれていただろうか。何しろ10年前は、何と言うか、とても濃い人々が多かったから。
 そんな事を考えながら彼女達に協力し、哨戒飛行を行っているジェームズの機体をちらりと見上げてから、眼前の海へと視線を戻した菖蒲は、ふと有希が落ち着かないのに気がついた。だが、どうしたのか尋ねると、何でもない、と首を振る。
 そう、と頷き菖蒲は洋上へと視線を向けた。と同時に、現れた目標に向かって有希が、にっこりと宣言する。

「はい犯罪者諸君! 逮捕か拳かこの剣か、好きに選べ」
「逃げるんなら私の、マッハ6出て95mm積んでる飛行機で追っかけるけど、投降する? バラバラになる?」

 菖蒲が、むしろそうして欲しそうな口調で付け加える。そうしてくれたら早く終わるかと、考える有希も妻と子供の故郷を荒らす相手に慈悲はない。
 そんな能力者2人を敵に回した、犯罪者こそ不運だった。十数分の抵抗の後、あっさり2人に沈黙させられた彼らを、1人残らず捕らえてジェームズらUPC軍に引き渡す。
 有希と菖蒲はパンッ! と手を打ち合わせた。

「ありがとうございました」
「楽しかったわ。じゃあ、次の仕事に向かうわね」

 そうしてひらり、有希に手を振って、菖蒲は次の現場へと向かう。――平和になったと言われても、彼女達戦争屋の仕事はなくならない。
 だがあの狂った時代のように、英雄と持て囃されはしない。そも、他の手段で解決出来るようになれば、その方が良い。
 でもそうじゃないから菖蒲達は戦場に立ち続けている。人々が生臭い現実など知らず、平和に暮らせるように――
 そんな事を考えながら歩いていく、菖蒲を見送り有希は携帯を取り出した。かけた先は、イギリス北部にあるユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)のパン屋『Citrus House』。
 あちらは昼前だろうかと、思いながら電話が繋がるのを待ち。

「もしもし? ユーリさん、ご無沙汰です。また記念日のお菓子と、少しご相談を‥‥」
『相談って?』

 繋がると同時にそう言ったのに、首を傾げた気配を感じた。だが、10年前同様ケーキを頼みたいと告げると、良いよ、と快く頷いてくれる。
 礼を言って電話を切り、いそいそと家路についた。守原クリア(ga4864)と娘ののぞみ、息子の武とクレストが待っている、メトロポリタンXにある我が家への。
 クリアと開いた下請の能力者事務所兼食堂は、中心部と住宅街の中間辺りにある。LHの公園から接ぎ木して貰った桜が見事な2階建ての日本風建築の、地下が事務所になっていて。
 1階は有希が料理人を務める食堂『LASTHOPE』。クリアも接客や事務、経理がメインだが、料理も手伝っているから昔よりは腕も上達した。
 お陰で今朝も注文を何とかこなしたクリアは、今度は自分達の朝食にするべく2階のプライベートスペースへ声をかける。

「のぞみー。武とクレストを呼んできて」
「はーい」

 それに可愛らしい返事があって、すぐに子供達が姿を見せた。店の隅に座らせて、簡単に朝食を作ろうとした所で、ただいま、と店の入口の方で声がする。

「皆、ちゃんと良い子にしてたかー?」
「有希さん。お帰りなさい」
「お帰りなさい」

 そうして帰ってきた有希に、クリアは笑顔を向けた。この10年、有希が帰ってきた時には出迎えを欠かした事はない。
 ただいま、とそんなクリアを抱き寄せて、有希がただいまのキスをする。それから順番に子供達にもキスをするのだが、最近は武がそんな両親に遠い眼差しを向けるのが、少しばかり悩みだけれど。
 有希にもう1つキスをして、クリアはこれから朝食を作る所だと、告げた。ならうちも手伝います、と頷いた有希はさっと着替えると、クリアと一緒に厨房に立つ。
 そうして子供達に食事をさせて、来客対応をして居るうちに日は暮れていく。店仕舞いをしたら2階で皆で夕食を囲み、子供達を寝かしつければ、1日の終わりだ。
 平和な、暖かな日常。昔を思い起こせば尚更に、こうして故郷で愛する人と家を構え過ごす日々に、目眩のような幸せが込み上げて来る。
 縁側で有希の肩にもたれ、夜咲く桜をそっと見上げた。

「私は、本当に幸せです。あなたに出会えて、結ばれる事ができて」

 しみじみ呟いたクリアに、うちもです、と有希は彼女を抱き締める。この愛しい人との優しく暖かな日々を、家族との時間を守り続け、築き続けたいと、永遠に願う。
 だから有希は誓いを込めて、クリアへと口づけた。そうして約束していた式の事を切り出すタイミングを計りながら、共に桜を見上げたのだった。





 電話を切ってユーリは、小さな欠伸を噛み殺した。朝食用に焼き立てのパンを買いに来る人の為に、夜も明けぬうちから寝かせておいた生地の形を整え、焼き上げて店の棚に並べるので、パン屋の朝は早い。
 ユーリは表に声をかけた。

「アメリカからケーキの注文が入ったよ」
「昔の仲間? 仲良いね」

 販売担当の青年に報告すると、屈託なく笑われる。店を始めてから地元で探した従業員だけれども、今ではすっかり気の合う友人だ。
 少し打ち合わせをして、また裏へ戻る。彼が出勤してきてからは、基本的にユーリは裏方で追加のパンを焼いたり、試作したりするのだ。
 けれども今日は、アメリカで喫茶店をしている友人のフィオ・フィリアネス(ga0124)に送る、定期便のパンとスコーンを作る日。最近は保存技術の発達で、作り立ての味を遠方まで届けられるようになった。
 平和だなぁと、思いながら粉を篩う。緊急時に備えてエミタも残してあるものの、依頼に参加する事も滅多にない。それは良い事、なのだろう。
 今日は新作も一緒に送って感想を聞こう、と考えていたら、表が騒がしくなった。どうやら配達人が来たらしい。
 ラグナの声に迎えられ、やって来た配達人である友人に、久しぶり、と声をかけた。

「相変わらず賑やかだね、紫狼」
「おぅ! 今日もまたフィオさんちか?」

 それに、村雨 紫狼(gc7632)は手を上げる。『村雨ゼネラルカンパニー』という何でも屋を営む彼は、世界各地を飛び回る日々だ。
 ユーリの店の手伝いも、その一環。とはいえ、古いよしみだから料金はロハで、と言ったら遠慮なく世界各地への配達を任され、ちょっと後悔したが。
 今日は、イギリスでの依頼のついで。だが、久々にアニーに会おうとした紫狼が早々にロンドンを退散したのは、肝心のアニーが居なかったからではなく。

「彼氏居たんだな‥‥」
「‥‥まさか紫狼、今まで知らなかったの?」

 打ちひしがれる紫狼に、ユーリが呆れた声を上げる。だが紫狼には、まだ20歳の若い妻と、3人の子が居て。しかもこの上なく溺愛して、いて。

「ユーリ、マイエンジェル達の写真、見たいだろ? 今日も超かわいいぞ〜ッ! 嫁から初めて貰ったバレンタインチョコも‥‥」
「それ前も見たよ。じゃ、配達よろしく」

 いそいそと溺愛っぷりを披露しかけた紫狼を、あっさり遮ったユーリに笑顔で蹴り出された。だがオマケに家族用にクッキーをくれたし、まぁ良いだろう。
 そうして後にした、ユーリの店に流れているのはアメリカのラジオ番組。その楽屋で出番を待ちながら、友人に手紙を書いていたのはノゾミ・グラン(gc6645)だ。

『お久しぶりです。そちらは復興事業も佳境に入ってきたでしょうか。いつもの通り無理せず健康に気をつけてくださいね。』

 そう文章を締めくくり、10年、と思いを巡らせる。その間、ノゾミは声楽を勉強し続けて、世界中のコンクールに顔を出して回った。その甲斐あって幾つかのコンクールで優勝し、プロデビューをして――ジャンルを問わず、音楽なら何でも歌い続けて、来た。
 それはノゾミの信念に由来する。音楽で、音楽者としてこの世界を癒したいと願い――同時に手首のエミタと共に、この世界をいつまでも護りたいと、願う。
 だから歌い続け、戦い続けるノゾミの事を、聞いたプロデューサーが今日の終戦10周年記念放送に呼んでくれた。だからノゾミは今日も魂を込めて、彼女の歌声を世界に広げようと、願う。
 時間だと呼ばれ、ノゾミは楽屋を出た。マイクスタンドの前で、静かに息を整える。

(どうか、誰かに届きます様に)

 見も知らぬ誰か。見知った誰か。親愛なる友人達。最後の希望と名付けられた島で一緒に戦った、今も一緒に戦う、全ての仲間に。
 この命が止まるまで、生涯歌い、戦い続けるのだと誓い、紡ぎ出したメロディーは透明な旋律となって、世界中へと広がっていく。それは同じアメリカでフィオが営むカフェ『LuckyDays』にも届いていた。
 ズボンに開襟シャツ姿で、ノゾミの豊かで透明感のある歌声に目を細める。夫は学校に出勤して、店内に居るのは5歳の娘と後1人だけ。
 チリン、とドアベルが鳴った。「今日は早いのね」と笑い、古風な意匠のラジオのボリュームを絞る。
 珈琲を注ぎながらいつものセットで良いのか尋ねると、馴染み客が勿論と頷いた。

「ここのパン、美味しくて困るわ」
「失礼ねー、料理はどうなのよ。ま、ウチのパンは英国本場の味が売りですけど」

 笑ってお茶目に一礼し、準備を始める。軽食に、パンは『Citrus House』で焼かれたもので――

「‥‥あら? このスコーン、新作かなぁ‥‥貴女、運が良いわよ。‥‥ッて紫狼さん! 娘に色目を使わないッ!」
「楽しみだわ。あら、これは?」
「あッ、そのシスターさんと虹のポスター、可愛いでしょ♪ 元傭兵仲間が主催する修道会合唱団の公演がLHであるのよ」

 言いながら、客の前に特製朝食セットを置いた。ラジオから流れる歌声は、気付けば2曲目だ。
 明るく軽快な曲が、店の中に広がって。

「チケットいる? 大丈夫、紫狼さんがLHまで届けてくれるから」
「おいッ!? 確かに何でも屋だけどな‥‥」

 ウィンクしたフィオに、紫狼が悲鳴を上げた。そのLHではハンナ・ルーベンス(ga5138)が公会堂のざわめきに、感謝の祈りを捧げている。

(思えばこの10年、様々な困難がありました)

 ハンナが代表を務めるグリューネワルト修道会は、10年前に再興した新生修道会だ。其処に所属している女性の多くは、様々な事情で戦いの終わった世界に馴染めずに居た、行き場のない人達で。
 そんな女性達を、ハンナはLHへ招いた。それには語りつくせぬ障害も勿論、あって――けれどもそんな活動を応援してくれた人々や、何より集った女性達自身の意思によりハンナ達は、修道院で祈りと研鑽の日々を重ねてきて。
 時間が来て、ハンナはゆっくりと目を開ける。幕が開き、人々の眼差しが彼女達の上に注がれる。
 指揮台から観客席へと一礼し、振り返ると整列した合唱団のメンバーが、残らず彼女を見つめていた。少し緊張の伺える、けれども今までに築き上げて絆ゆえの信頼と、この舞台を成功させたいという強い意思の篭った眼差し。
 それに無言で頷いて、振り上げた指揮棒に視線が集まった。ピアノが流れ始め、歌い出すのは美しいアリア。

(天に届いているでしょうか、この歌声が、彼女達の心が。院長先生‥‥ハンナは、彼女達と共に在ります)

 歌声がゆっくりとホールに流れ、響き渡る。その穏やかな美しい歌声に、ハンナは心の中で祈りを捧げた。
 グリューネワルト修道会合唱団『雪割草』の合唱は、始まったばかりだ。