●リプレイ本文
久し振りに来たLHは、変わりないようにも、どこか違うようにも思う。はらはらと咲き誇る桜の下で、黒羽 拓海(
gc7335)と黒羽 風香(
gc7712)はそう考えた。
2人とも既にLHを離れては居るが、お花見をやると聞いて去年の事を思い出し、揃ってやって来て。こうして桜の中を歩いていると、あの時の拓海の悩みっぷりが可愛かった事まで思い出すと、くすりと笑う風香である。
そんな事とは露知らず、拓海はLHでの生活を知らず、振り返っていた。傭兵になってから、いつの間にか過ぎ去ったような2年。それなりに激戦も経験し、名のある敵と刃も交え。
その間にも己が抱えた矛盾への、今ならばある筈もないと解る答えを探し、戦場を点々としていた割には、幸いにして五体満足で今日まで来た。今となってはあの迷いすら懐かしい位だ。
今後、世界がどうなるかは判らないけれども、自分の大切なものを守るために全力を尽くそう、と思う。それが、お世話になったLHへの恩返しともなろうから。
(とは言え、今後はどうするか‥‥)
考える拓海の腕を、風香が取って歩こうと促す。いかにも風流な夜の花見は、まだ始まったばかり。
だから仲良く歩き始めた、義兄妹でもあり恋人でもある2人から、少し離れた場所では仲良しの3人組が、桜の下に陣取って楽しげにお喋りを咲かせていた。
「LHに来てから何度もお花見をしたけれど、今日が一番綺麗かも知れないですね」
「えへへー、ホントに綺麗だね!」
柚井 ソラ(
ga0187)の言葉に、嬉しそうに頷くのはクラウディア・マリウス(
ga6559)だ。大好きで仲良しな2人を誘った時からはしゃいでいた彼女は、いざ夜桜を見上げた今となってはすっかり興奮している仕方のない事でも、あって。ソラの言ったように、昔もこうして皆でお花見はしたけれども、今は本当の平和の中で穏やかに、ゆっくりと過ごせるのだから。
――あの戦いは、辛い思いや悲しい思いが沢山あった。戦うのが怖くて、悲しくて泣いた日もあった。けれども、だからこそやっと掴んだ平和が、この穏やかな時が、愛おしく、嬉しい。幸せだと、感じる。
そんな親友を、アグレアーブル(
ga0095)は甘いお菓子を食べながら見つめた。戦争が終わってから、戦いの機会が減ったのは彼女も同じだ。
アグレアーブルの毎日は、今、酷くゆっくりだ。生来からモノグサで、気まぐれだったから、当たり前のようにめっきり本部へ赴く機会も減ってしまったから。
とはいえ今でも、彼女が自分の大切なものを守るために選んだ戦場は、嫌いじゃなかったと思っている。むしろ、戦場で得られるあの高揚感や、緊張感は好ましいとさえ思っていて。
けれどもアグレアーブルは、英雄にも、復興にも、慰安にも興味がない。もっと言えば、その適性もない。
(だからちょうどいい)
毎日、毎日、親友とおしゃべりをして、思う存分睡眠を貪り、甘いお菓子だけを食べて生きている、この日々。戦争の終結によって齎された、クラウとは違う、それもまた平和の恩恵。
そんな2人が風邪を引いたりしないように、ソラは甘酒を薦めたり、ほんの少し肌寒くなって来たと感じたら上着をかけたりと、気を配っていて。ありがとうという無邪気な笑顔と、気怠げな眼差しが向けられるのに、にっこりする。
――いつだったか、クラウと一緒に桜を見に来た事が、あった。酷く悲しい言葉を、聞いた。
あれより前も、あれから後も、なくしたモノ、流した涙、消えない傷、どんなに願っても戻らないモノ、たくさんあったけれども。――もう二度とあんな言葉を聞かずに済む、それが何より嬉しいと、見つめたクラウは無邪気にはしゃいで「まだ困ってる人はたくさん居ると思うから、そういう人達の手助けをしたいな」と笑っていて。
ぁ、と彼女は不意に、通り過ぎた金の髪に声をかけた。
「アスお兄ちゃん! お兄ちゃんも来てた‥‥はわわッ!」
「‥‥ッと。気ぃつけろよ」
「えへへ〜」
そうして立ち上がりかけた拍子、バランスを崩して転びかけたクラウに、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)はぎょっと目を見開いた後、大きなため息を吐く。そうして「後でな」と頭を撫でて、ふらり、アニーの方へと歩いていく――サプライズに驚いている、じきにLHを去る知人。
昼間も顔を合わせたけれども、舞香の気遣いを無駄にする事もないだろうと、あえて花見のサプライズの事は言わなかった。だから昼間にはしなかった話を、今、する。
「あの女。死んだんだってな」
ロシアで死んだ女。その最期と、彼女が引き起こした事件の顛末を、アスは報告書で読んでいて――同じく花見に来ていた東野 灯吾(
ga4411)も、教えてくれた。
手伝う事が出来なかったのは心残りだが、とまれアニーが無事で良かったと、思う。異星人が攻めてこようが、占領されようが代わり映えのない人間の本質というものにため息も出るが、旅立ちの場に湿気た話は似合わない。
「‥‥元気でな。デルタの皆によろしく」
一応狸親父にも、と付け加えるとアニーが笑って頷いた。そんな彼女にわざとらしく片目を片目瞑り、「傭兵がお入用の際はどうぞご贔屓に」とおどけて見せる。
彼女がLHに居たのはせいぜい2年にも満たないのに、1つの時代が終わったと感じるからなのか、少し、寂しく感じるのが不思議だった。同じ気持ちなのだろう、ロジー・ビィ(
ga1031)もどことなく神妙な様子で、けれどもにこやかに「また逢いましょう」とハグし、アニーの耳元に黄色のバラを挿す。
その様子を、少し離れた所から見ていたシーヴ・王(
ga5638)が、彼等の傍に寄ってきて自己紹介をした。アニーの恋人と、シーヴは同じ小隊の仲間で。
ならばちゃんと挨拶しておいた方が良いかなと、思った。兄のラルス・フェルセン(
ga5133)が以前に、1度だけだが一緒に仕事をした事がある、と言った事も、ある。
だから、兄妹揃って。色々とあったと噂だけは聞いているけれども、ラルスにせよ、シーヴにせよ噂以上の詳しい事は知らないから。
「せっかくのー、美しい桜ですからー、お見送りとは言え楽しみましょう〜。シリング君ー、イギリスに帰られてもー、お元気で〜」
「ココから離れて行くモンも、多いでありやがるですからね。シーヴは当分LHに住み続けやがるですが、どうぞ、行く道の先が光あるモンでありますよう」
そんな言葉の後にくすりと笑って、恋人という光があれば充分かとからかうと、彼女は顔を真っ赤にした。ぁぅぁぅ、と反応に困っているアニーに、亡き人の面影を覚えて灯吾は桜を見上げる。
『彼女』がキヨヒメと呼ばれた意味が、まさにそのままの意味だと知ったのはその死に際。なぜだろう、灯吾はそれを噛み締めて、アス達に伝えなければいけない気が、した。
彼女の生き様に何か、感じる所があったのか。或いは――思い、巡らせた視線の先に居る舞香を見て、ほぅ、と知らずため息を吐いた。
実の所、アニーを見送る気持ちはもちろんあるけれども、それ以上に舞香と花見が出来る、と言う事実にすっかりテンションが上がってしまっていたり、する。しかも、意外と周りに料理の得意な男性が多い事に気付き、ちょっと恰好を付けねばなるまいとサバイバルクッキングの本を読んで勉強してきた位に気合いが入っていて。
何故そこでサバイバルクッキング、と突っ込んではいけない。花見、イコール野外、イコールサバイバルクッキング、という実に解りやすい連想ゲームの結果である。
そうして作れるようになった、カニ風味かまぼこと砕いたスナック菓子とマヨネーズの、カニクリームコロッケみたいな何かは、ちんまりと花見の料理の隅っこに並んでいた。火を使わないから小学生でも安心、失敗はしないがちょっとだけ色んな物が残念、と言う料理を幸い舞香は「凄いですね」と驚き、美味しいですよと褒めてくれたが、そんな彼女が作ってきた花見料理に感動しつつちょっとだけ凹んだのは内緒だ。
その舞香は今は、かつての同僚と何やら話をしている最中だ。その邪魔をしてはいけないと、大人しく花見料理を突いている灯吾をちょっとだけ、唇をへの字にして眺めてから、アスもまたそんな舞香の姿に目を細めた。
――結果として犯罪の片棒を担いでしまった彼女を、まだこうして呼ぶ人間が居る事に、安心する。会ったら何か言おうと思っていたけれども、今の彼女ならきっと、アスに言われなくたって判っているだろう。
だから、大丈夫。そう思い、戻ってきた彼女に小さく、笑った。
「舞香嬢。来年も花見、しようぜ。LHで」
「――はい、是非」
「あ! そん時は俺も参加したいっす!」
アスの言葉に微笑み頷いた舞香に、灯吾が勢い良く手を挙げる。それにくすくす笑った舞香に見惚れ、かと思えばちょっとだけ興奮気味に今日の髪型は良く似合っていると力説する灯吾に、微笑ましい視線が幾つか向けられた。
守原有希(
ga8582)もその1人だ。けれども彼はすぐに眼差しを、傍らに寄り添う愛妻・守原クリア(
ga4864)へと戻す。
結婚してから、今日が初めてのデートだ。大切に繋いだ手にそっと力を込めて、夜風から守るように抱き寄せた有希に、クリアが微笑み夜の桜を穏やかに見上げた。
「きっとこの桜の下には、一杯に希望が埋ってる。このLHで過ごしたたくさんの人達の‥‥だから‥‥こんなに綺麗に、来る人を迎え、去る人を見送ってくれるんだと、ボクは思う‥‥」
「ええ。クリアさんの言う通り――うちらはたくさんの希望を胸に、戦ってきた訳ですから」
そうして呟いたクリアの言葉に、頷き有希はぎゅっと彼女を抱き締める。今までの事が思い出すともなく思い出され、それは知らず、有希に不思議な感覚をもたらした。
こんな気持ちで桜を見れる日が来るなんて――それも隣に最愛の妻が、クリアが居てくれるなんて。ここまで随分かかったけれども、やっと訪れたこれ以上ない幸せを、心から噛み締め、楽しみたい。
そんな風に、久しぶりのデートを楽しんで居るのは、鐘依 透(
ga6282)と九条院つばめ(
ga6530)も同じだった。決戦が終わって、後始末がだいたい片付いて――けれどもお互い慌ただしいのは変わらないから、こうして会うのは久しぶりで。
桜の下に広げたシートに、並べたのはそれぞれに作ってきたお弁当。鮮やかな春の彩りをバランス良く盛り合わせ、ご飯には色々な材料でディスタンの絵を描いた透のお弁当と、ごま塩、青菜、おかか等、色々な味の一口サイズのおむすびに、唐揚げや卵焼きなどの定番おかずを揃えたつばめのお弁当は見た目にもバランスが良い。
そんな互いのお弁当を交換したりして、ゆっくり過ぎる一緒の時間を楽しみながら、話すのは最近の事で。
「――という訳で、ずっと戦場を飛び回ってたから、あまり面白い話もなかったんだけど、ね。つばめさんは大学、楽しい?」
「楽しいですよ。でも、高校生の時より時間が出来るかと思ってたら、予想以上に忙しくて毎日あたふたしてます」
お弁当を口に運ぶ合間、笑いながらそんな風に語る恋人達の、横を過ぎっていったのはLetia Bar(
ga6313)だ。買い物の帰り道、目についた美しい夜桜に誘われてふらり、足を向けてみた。
見上げた夜空に咲く、白い花。触れれば崩れそうな、小さな花弁。
「もうこんな季節なんだねぇ‥‥」
去年も見た桜が酷く、懐かしく思えた。あの頃から決定的に変わったのは、やっと実感が出来てきた、戦争の終結。
まだ少しずつとはいえ、実感出来るに連れて、戦いのない平穏な日々にも慣れてきた。――誰かを失うという漠然とした不安からも解放されて、愛する人と心穏やかに過ごす日々が、やって来た。
何もない、毎日がいつもの繰り返しの日々。その、何もないという事に心が満たされていく、日々。
さやぐ桜の下、見上げた夜空は深く、穏やかで。その、どこにも赤い月がない夜空すら見慣れてきた事に、レティアはまた穏やかな気持ちで心が満たされて行くのを感じていた。
●
あちらこちらの花見客を、遠巻きに眺めるようにキア・ブロッサム(
gb1240)は静かに酒杯を重ね、楽しんでいた。元より人だかりの中で騒ぐ気質でもないから、このぐらいがちょうど良い。
夜桜を見上げ、徒然に次の仕事やら安酒の味やら、他愛も無い話を重ねて。――ふと、傍らの藤村 瑠亥(
ga3862)を振り返り、あまり感情というものが見えない瞳を見つめた。
いつも通りの筈の、時間と距離。当たり前に過ごし、重ねた日々があるからこそ気付く、ほのかな違和感。
元々軽口を叩く男でもないが、どこか心の一部が此処に無く、上の空。それにキアが気づかないはずがないと、瑠亥が気付いたのは彼女の紡いだ言葉を聞いてからだった。
「‥‥私などでなく‥‥別の方と御越しになりたくありました‥‥?」
「いや‥‥」
気にかけるなら恋人の事かと、悪戯に笑われて瑠亥は曖昧に首を振り、思い出したように杯を干す。キアが、そこに酒を注ぐ。
全くの間違いではなく、けれども正しくもなく。紡ぐ言葉を迷う瑠亥を、からかうようにキアは歌うような言葉を紡ぎながら、手の中の杯に口を付けた。
「いつぞや、御約束‥‥は、致しましたけれど‥‥まだ待ち続けておられまして‥‥?」
かつては惹かれた事もある、友人。そんな彼の、話に聞くばかりの恋人との結婚式には行こうと、冗談混じりに語ったのはさて、いつの事だったのか。
一体いつ呼んで貰えるのかと、笑うキアの面を見つめ、瑠亥はなぜ、と考える。――彼女を呼ぶ目処は、立って居るのに。すべてを取り払った偽りない気持ちを、伝える事が出来たのに。
その、喜ぶべきはずの内容をキアに話すのに、なぜこうも時間がかかったのだろう。揺れる杯に眼差しを落とし、考える瑠亥の耳に賑やかな声が、響く。
「ふっふっふー、まだまだシーヴにはー、負けませんよ〜?」
「ぐ‥‥ッ! こ、これでも随分上達しやがったんですからッ」
自作の花見弁当を間に挟み、優越感に浸る兄・ラルスの前で、敗北感を味わう妹・シーヴ――微笑ましい光景だが、本人達は真剣だ。主婦でもあるシーヴのお弁当も、夫の影響で中華系の料理が入っていたりして中々に豪華だが、さらに長い主婦歴を誇るラルスにはどうしても見劣りしてしまうのが、本気で悔しい。
いつか勝ってみせるでありやがります、と胸に強く誓いながら、兄のお花見用にアレンジされたスウェーデン料理と、自分のお弁当を適当に、取り皿に山盛り取り分けた。そうして先ずは主役のアニーの所に、「献上品持ってきやがったんで、食うが良し」と、どーんと置く。
春は別れの季節でもあるけれど、それは新しい出会い、再びの出会いの為の別れでもある。ならば須く出会いの季節なのだろうと、頭を下げた彼女の姿に小さく笑んで。
夜を彩る花を見上げながら、兄妹の間に置かれたのはアクアヴィタを始めとする酒類。それらを水の様に飲みながら、作ってきた花見弁当を食べ始めた2人の顔に酔いの気配はない。
「そう言えば‥‥シーヴと旦那の始まりも、桜でありやがりました」
ごくごくと、お弁当を酒で流し込みながら、シーヴはその頃の事を思い出す。
「それなりの時間をかけて付き合って、気がつけば結婚して3年目でありやがるですよ。早ぇモンです‥‥」
「そうですか〜。もうそんなにー、なるのですね〜」
そんな妹の言葉に、ラルスはうんうんと頷きながら空いた酒瓶を脇に避けた。きっちり綺麗に並べられた瓶は、すでに片手の数を越える。
次はどの瓶を開けようかと、考えていた酒豪の兄は、酒豪の妹に「そう言えば〜」と声をかけた。
「『彼女』ですがー、正式にー‥‥」
そこで言葉を切って、ちょっと首を傾げ「‥‥いえ、まだ正式にではー、ないのでしょうか〜?」と呟く兄に、ある種の予感を感じて目を見開くシーヴである。さながら狩人のように光った目を、気付かなかった様でラルスは自分の中で何事か納得し、こくり、頷いた。
手の中に大切に見せたのは、プレゼントとして貰った時計。
「とにかく、将来的にー、私のお嫁さんに、迎える事にーなりましたよ〜。そうしますとー、シーヴより年下のー、お姉さんになるのーでしょうか〜?」
「大兄様! 本当でありやがるですか? これで『冗談です〜』とか言いやがったら殴るですよ?」
「シ、シーヴ〜? お前は力が強いのですからー、ちょっとは加減をといつも〜‥‥」
途端、微笑む兄の首根っこを引っつかんでがっくんがっくん揺すり始めたシーヴに、揺すられているラルスが悲鳴を上げた。これは中々、ダメージが大きい。
だがシーヴとしては、長らく気を揉んでいた兄がようやくその気になってくれたかと、嬉しくて仕方がない訳で。これが落ち着いていられるかと、さらに揺さぶりをかける妹に、兄は瀕死寸前である。
通りがかった有希が、友人兄妹のそんな姿にぎょっと目を見開いて、慌ててクリアと2人、割って入った。
「シ、シーヴさん、落ち着いて‥‥!」
「大丈夫?」
「はッ!? す、すまねぇです‥‥」
事情は解らないながら、止めた有希の言葉に我に返ったシーヴと、ぐったり崩れ落ちたラルスを介抱してから、夫婦は夜桜の下にシートを敷いて、肩を寄せ合い並んで座る。そうして夜桜を見上げる2人の前に、広がっているのは有希が作ってきた数々のお弁当。
容器からして重箱と魔法瓶型の2種類を用意してきた有希のお弁当は、夜風で体を冷やさない様にと配慮した、長崎の宴席で出される郷土料理・卓袱料理。甘めの薄味出汁で牛のつみれを煮た牛かんを魔法瓶型に入れ、重箱には海老のすり身を沢山挟んだサンドイッチを揚げたハトシが並ぶ。
他にも春野菜と鮎並のつみれの味噌汁に桜えびの卵焼き、春野菜のポテトサラダに鶏の唐揚げ。おむすびは鮭やおかか、じゃこ、梅、旬の鯛めしおむすびと目にも楽しげだ。
「豚の角煮とかと一緒に、事務所の食堂の看板候補にどうかなって」
「うん。美味しいし、きっと人気が出ると思う」
「そうだ、せっかく事務所を開くなら、復興を祈って桜を植えたいですね。染井吉野は短命だし、100年以上生きる事もある山桜とか」
「そうなの?」
楽しげに語る有希に、良いね、と頷くクリアである。やっと取り戻せた彼女の故郷――その復興を、有希が心から願ってくれるのが何度でも、嬉しい。
美しい夜桜の下、憂いのない初めての春だからか、お弁当は酷く美味しかった。あっという間に食べ終えて、クリアは持ってきたお抹茶を用意して。
「そう言えば、去年も一緒にここでお花見をしたよね」
お抹茶を飲み干して、ふとクリアは有希を振り返った。膝の前に置いた皿の上には、有希が作った苺大福に、クリアの作った桜餅と草団子。
あの時クリアは、彼に言った。『大切な人を得て、再び失うのが怖い――でも一緒にいたい。ボクは貴方の半身だから』と。
あれから1年を経た今、クリアは去年よりずっと、有希を失うのが怖いと感じている。去年よりずっとずっと幸せにして貰ったからこそ、それがなくなってしまうのが恐ろしいと思っている。
けれども、だからこそ。クリアは真っ直ぐに有希を見つめ、微笑んだ。
「今年もこの桜に誓うよ。それでも一緒に居たい、同じ幸せを過ごしたい。――ボクは貴方の半身だから」
そうして来年もまた共に、彼とこの桜を見上げたい。――出来ればその時には、家族が1人ぐらい増えていると尚、幸せなのだけれども。
そう、赤くなったクリアにええ、と有希は力強く頷いた。最愛の妻を、ぎゅっと強く抱き締める。
「ずっと一緒に夢を叶えましょう、一緒にやりたい事沢山あるんです!」
桜を見る事、家族を築く事。他にも、たくさん。
その最初にキスを所望しても? と悪戯っぽく微笑む有希に、頬を染めたまま頷いたクリアへと顔を寄せる、夫婦から少し離れた場所に座っていた拓海と風香は、礼儀正しく2人から目を逸らした。ちなみに此処を選んだのは拓海だ。
ゆっくりと桜を眺めながら、手を繋いで2人、並んで歩いて。ようやく腰を落ち着けて、少し考えに耽ろうとしたその矢先の事で。
少し赤くなった顔を見合わせて、そそくさと場所を移動する。だが、別の桜の下に座って少しすると、また何やら考え込み始めた拓海の手を、風香はぎゅっと強めに握った。
「また、何か抱え込んでるんですか?」
「う、ん‥‥これからどうしようか、と」
「これから‥‥?」
そうして顔を覗き込んで尋ねれば、そんな答が返って来る。こくりと首を傾げた風香は、これから、ともう一度口中で呟いて。
んー、と記憶を辿りながら、提案する。
「んー、喫茶店とかどうです? お父さんと、お母さんがやりたがってた事ですけど」
「そうだな‥‥それも良いかもしれん」
それに拓海はこくりと頷き、選択肢の1つに加えた。実際にやるかはまた熟考してからだが、それが父母の夢だったのは事実だ。
だから――そう、考えに耽る拓海の前に、風香は持参した酒の瓶を置く。そうして杯を拓海に持たせ、そそ、とお酌をし始めた。
それに、思索をひとまず中断する。勧められるままにそこそこ酒杯を重ね、同じく出されたちょっとしたおつまみを口に運び。
「――ちょっと待て、風香」
「何ですか?」
ふいに、自分もお酒を飲もうとしている風香に気付き、拓海はぴたりと動きを止めて制止した。が、その頃にはすでに風香は、ちょこん、と口を付けている。
何故か皆には止められるのだが、年齢より幼く見えるとは言え風香はもう20歳だ。何の問題もないはずなのに、一体なぜ止められなければならないのか、いつも不思議で仕方ない。
「折角のお花見なんですから、楽しくいきましょう。ほら、お酒好きですよね?」
ちょこん、と首を傾げて『ほらほらほら』と酒を勧める風香の、言葉尻にはすでに酔いが見え始めていて、拓海は制止が遅かった事を悟った。――風香は下戸なのだ。
飲むと少し子供っぽくなって、寝ぼけた様に甘えてくる風香。それはそれで可愛いが、ちょっと気が気じゃない上に、本人は夢を見ていた程度にしか覚えていないので性質が悪い。
案の定、幾らも経たないうちに舌ッ足らずな口調で拓海に甘え出した風香は、すぐにとろん、と目を眠たそうに蕩かせた。そうして拓海の膝を枕に、すやすや眠り込んでしまう。
やれやれと、息を吐いた。
「まったく、弱いのにすぐ飲みたがるから‥‥」
呆れたような呟きは、けれども暖かいのが自分でも解る。膝の上の心地良い重みと温もりに、拓海は目を細めて囁いた。
「愛してるぞ、風香」
「ん‥‥私も愛してます、よ‥‥兄さん‥‥」
むにゃむにゃと、返事を返した風香に苦笑し、膝の上で眠る彼女の髪をくしゃりと撫でた。もう少し眠らせておいて、起きなければおぶって帰るしかないだろう。
そう、考える拓海と同じように、クラウもまたアグレアーブルに請われるままに膝枕をして、桜を穏やかに見つめていた。その気持ちのままで、アグレアーブルと空に語りかける。
「アグちゃん、ソラ君。私ね、一度イタリアに帰ろうって思うんだ」
「クラウさん、帰るんですか?」
「あ、傭兵を辞めるわけじゃないよ? ただ、本当に帰る家は故郷かなって」
ひょい、と目を見開いてソラが尋ねると、クラウはぱたぱたと両手を振ってそう笑った。随分と長い間、故郷を離れてLHに暮らしたけれども、そろそろ良い区切りだろう、と思うのだ。
だから、と告げたクラウに、そうですか、とソラは頷く。――彼もまだ傭兵を辞めるつもりはないけれども、LHに留まっている必要はないのだと思ったのは、同じ。
色んな人にこれからどうするのか聞いて、考えて、相談して――少しでも力を活かせる場所があるなら、そこに行こうと、決めた。皆で一緒に――そうしてきっと、その道のどこかでまた、色んな誰かと繋がっていくのだろう。
それは離別ではなく、新たな始まり。そっか、とクラウは頷き、アグレアーブルの前髪をかき上げた。
「じゃあね、アグちゃん、ソラ君、遊びに来てね! 部屋は用意しておくから!」
「はい、是非! クラウさんの故郷の桜も、いつか見に行きたいです」
「うん! アグちゃんも、ね!」
「うん‥‥」
念を押すクラウに、アグレアーブルは眠たそうに桜を見上げながら頷く。頷き、自分に向けられるクラウの曇りない笑顔を、その中に眩しく見つめる。
可愛い、本当に可愛いクラウ。こんな自分に、相も変わらず笑顔を向けて、明るい声で話しかけてくれるクラウ。
――だから。
「アグレアーブルさんはどうされるんです?」
「クラウ。次は、何処へ行きたい?」
ソラがアグレアーブルに尋ねたのと、アグレアーブルがクラウに尋ねたのは、同時。ふ、と眼差しを揺らしてアグレアーブルはソラを見つめ、それからまた眼差しを戻した。
それで、彼に通じただろうか。自分がどうしたいか、どうするつもりなのか、判っただろうか。
クラウと居れば、何処へでも行ける。何だって出来る。
数多く踏んだ戦場で、この世には圧倒的な力の差がある事を、知った。思い知った。けれどもどれだけこの身に染みて覚えても、クラウの膝を枕に桜を見上げていると、そんな気がしてくる。
だから、何処へでも連れて行ってあげよう。飽き飽きするほどの平穏をあげて、彼女に明るく笑って貰う為だけに力を振るっても構わない。
(つまり、私はまだこの可愛い人の見る世界を見ていたいってこと)
胸の底で呟くアグレアーブルに、クラウはにっこりした。
「えっとね。落ち着いたら、色んな国を見てみたいなぁ‥‥。ぁ、もちろん、アグちゃん達と一緒にね!」
クラウもまた、この大好きな友人達が居ればどこにでも行けると、思って居るから。LHを離れたら少しの間お別れかも知れないが、またすぐ逢えると確信しているから。
だからクラウは安心して、故郷に帰ろうと思えるのだ――そう、考えるクラウの髪を、不意に吹いた風が巻き上げる。それに導かれる様にふと見上げれば、風に舞う花弁が灯りに照らされて、3人のこれからを祝福しているかのようで。
「ほわー。綺麗だね‥‥」
「ええ‥‥綺麗ですね」
だから今はこの大切な、かけがえのない瞬間に浸って呟いたクラウに、ソラがこくりと頷いた。ほろほろと零れる桜に、ほろほろと零れる沢山の笑顔。
きれいなのは桜か、彼女か。それはソラにも解らないけれども、こんな穏やかな時間を過ごせる幸せを、今はただ甘受していたいと、思う。
――そう思い、願っているのはレティアも一緒だ。手に嵌めた、きらりと光る結婚指輪を夜桜にかざし、怖いほどの幸せに崩れ落ちそうな錯覚を覚えて自分の肩を抱く。
かつて、愛していた人が居た。けれども、永遠に失ってしまった――決して忘れられそうにない、家族や恋人。
けれども今のレティアは、その痛みをも思い出として、受け入れる事が出来るようになった。「どんな時でも、元気に笑顔で」という家族との約束を、心から守れるようになったのは、この1年ばかりの事だ。
それまでのレティアは、失った事に怯え、新たに手に入れた物を二度と失くすまいと、必死にもがいて居た。前を向く為に、約束を守る為に、どこかで無理をして笑っていた。
そんな自分が変われたのは、彼のお陰。共に歩むと言ってくれた、大切な人のお陰。
「色々あったね‥‥色々‥‥」
思い出を一つ一つ手繰り寄せ、故人を想い、そして、今ある繋がりを一人一人思い出していくレティアの口元に、自然と浮かぶのは微笑だ。聞けば旅に出る友も在ると言うし、皆がそれぞれの道を行って、離れていってしまうのに。
それは少し寂しいけれど、今のレティアは友らとの再会を信じられるから、笑って見送る事が出来る。そうしてレティア自身も、進む為に足を踏み出す事が、出来る。
ささやかな、自分の夢の為に。共に歩むと言ってくれた、彼と共に――この道は必ずどこかでまた、皆と繋がって居るから。
「見頃なうちに、また来なくちゃだねぇ」
今度は明るい昼間に、大切なあの人と。レティアの夢である幸せな家庭を、幸せな家族を、ずっと笑顔で過ごせる居場所をくれる、その筈の人と――
そんなレティアが通り過ぎた、桜の下でロジーもまた、独り夜桜を見上げていた。我ここに在り、と我が物顔で咲く昼間の顔とは違った、はらはらと儚く舞い落ちる夜の顔を見せる、桜。
どちらもそれぞれに、美しい。そして儚く散っていくのに明くる年もまた咲き誇る、そんな力強く逞しい一面もまた、美しく。
そんな強く儚き桜のように、ロジーの心も揺らめきながら、強く在り続けられたらと思う。彼が居る限り――それが例え、ここではないどこかであったと、しても――
ふいに、爪弾くギターの旋律に気付いた。哀愁を帯びた、けれども春の喜びを感じさせる音色。
細胞の1つ1つに染み込むような音色は、正しく彼の奏でるもの。まるで全身が喜びに震えるような感覚。
はっと、息を飲むと同時に桜の影から、欲して止まない人の声が聞こえる。
「いい夜だな、ロジー」
「アンドレアス‥‥」
人混みからも離れた場所で、確かにそこにある金色の気配。それはアスもまた同じだった。
ロジーの事は、気配だけで判る。それでも、逃げずにちゃんと向き合おうと決めてなお照れ臭いから、桜の影から出て行けなくて。
まるで何かの物語のように、今年もやってきた春の夜の中、演奏の手を止める。そうして桜を見上げ、白薔薇の気配を感じながら、紡いだのは彼女へと伝えたかった言葉。
「ごめんな」
ずっと、何も要らないと自分に言い聞かせ、ロジーに寄せられた想いから目を背けてきた。何かを望んで、失うのが怖くて――その結果、ロジーを沢山傷つけ、ずっと待たせて。
それでも、こんな自分を待ち続けてくれた彼女に応えたいと思ったから。朝から大切に守り持っていた物を、懐から取り出し彼女の前にようやく、姿を現す。
白き薔薇と呼ばれる、アスの最強の相棒。
「手、出してくれ‥‥ちげぇよ左手だよ」
そうしてぶっきらぼうに、どこか怯える少年のように告げられた言葉に、ロジーはそっと左手を差し出した。差し出しながら、いつかもこんな夜だったと思い出す。
かつて彼と2人で想い合った、黒髪の麗しき青年に告白したのも夜桜の下。けれども同じ夜桜の下、今のロジーの胸に住んでいるのはこの、金色の海賊。
アスの手がそっと、恭しくロジーの左薬指に指輪を、嵌めた。そっと指輪を撫でて、問う。
「本当に、俺でいいのか?」
「――アンドレアスが。あたしはアンドレアスを、愛して、います」
その問いに、ありったけの愛を込めて、心を込めて、精一杯にロジーは答を紡いだ。バラ科だという桜の力を借りて、勇気を出して――微笑んで。
涙が、零れた。そんなロジーの指先に、アスはそっと口付ける。
彼女が自分を望んでくれるなら、どこまででも一緒に往こう。ささやかなこの力を見知らぬ誰かの為に使って、一緒に笑おう。
だって彼らは、最強のコンビだから。
「愛してる」
だからそっと囁いた、アスにロジーも口付けを返す。指先ではなく、彼の唇に。
そんな2人と同じように、一緒に居ようと誓い合うのは透とつばめも同じだ。けれどもどうしても、透の胸には拭い切れない不安がある。
今後も傭兵を続けけばいずれ、バグアとの戦いとは別の意味で手を汚してしまう事もあるのかも、知れない。それでも戦場で色んなものを見てきたから、誰かを助ける為に出来る事から目を逸らしたくないと、思っていて。
けれどもそんな自分はいずれ、つばめにとって影を落とす存在になりはしないだろうか。いずれ汚れてしまうかもしれないこの手が、彼女をも汚してしまうのではないか――?
だがそんな透の不安をも、一緒に支え合って生きたいとつばめは思っている。このエミタも、まだ当分外す予定はない。ずっと学生兼能力者として生活してきて、すっかり慣れた事もあるし――何より透の支えになるために、まだエミタの力は必要だろう。
「‥‥だって、そうしないと透さん、また自分一人で何でも抱え込んでしまいそうですし‥‥」
そう、苦笑するつばめに透は、敵わないと苦笑を返した。分かっていた事だ。彼女はいつだって自分と、支え合えたいと願ってくれて――それを拒める程に、透は強くない。
だからつばめを抱き寄せ、桜を見上げた。彼女と過ごす未来を少しでも良くする為に、戦って、守って、この手で掴み取りたいものがある。
その為にもっと強く、もっと賢くなりたいと、胸に湧いた決意や気負いすら、きっとつばめは溶かしてしまうのだけれども。でも、一緒に居る事は、独りじゃないという事は、そういうものだと思うから。
「つばめさんと会えて、良かった‥‥今まで頑張って生き抜いて来て、良かった‥‥」
「私も‥‥透さんに出会えて本当に良かった。でも、『今まで』で終わりではなく――『これからもずっと』、です。これから先、きっと色々なことがあると思いますけど‥‥透さんと一緒なら、私、全部乗り越えていけるって信じてますから‥‥ね?」
心からの安堵と信頼を込めて、透に身体を預けて満面の笑みを浮かべるつばめに、本当に叶わない、と透は何とも言えない表情になる。困惑とも、幸福とも、自身ですら判別のつかない表情。
そんな恋人達の様子は、今の灯吾にはまだ眩しくて。けれどもなかなか会えない人だからと、知人達との会話を終えて戻ってきた舞香に声をかける。
「俺、落ち着いたら日本に帰る予定なんすよ。今まで離れてた分、勉強とか就活とか力入れていくつもりっす」
「そうなんですか? ふふ、じゃあ今度は日本で、偶然お会いする事もあるかも知れませんね」
「そん時はよろしく頼むっす!」
その言葉に、くすりと笑った舞香に目を細めながら、灯吾は胸の中の緊張やら何やらを必死に押し隠し、ぐっと拳を握った。さすがにまだ、頑張って舞香さんに相応しい男になる! とまでは宣言出来ない。
だから、けれども内心だけで、ぐっと決意を固める灯吾とは、また違う決意を瑠亥は持たねばならないのだと感じていた。否――覚悟、と言うべきか。
何故キアに言い出せなかったのか、その理由は本当は解っている。――自分が、彼女を残していくからだ。
これまで瑠亥達は、似たような境遇に居た。待ち続けていた瑠亥と、その想いはあれど繋がらぬ日を過ごしていたキア。それは何となくの、言葉では言い表せない確かに思える絆の様なものを、彼らの間に齎していて。
けれども瑠亥は、その時を終えた。そうしてこの境遇の中に、彼女を残して行こうとしている――それにきっと、罪悪感にも似た感情を覚えている、のだろう。
――だが、それでも言う事は変わらない。それが彼女との約束でもあるし――瑠亥のような者でもこのような形で幸せになれるのだと、見せなければならないのだ。
色んなものを諦めて、望む程に絶望するだけだと言って、変わった自分を嫌う彼女に。それでも悪くはないと言った、彼女に。
だから。理由如何問わず、守らない約束など有り得ないから。
「来てくれるか?」
彼女とのかつての約束のままに、痛みを堪えるように、尋ねた。高望みかもしれないが、出来れば彼女に祝福して欲しいと、それでも願う。
そんな友を、キアは見た。やがて離れていくのだろう、そう思える友。それでも今は、変わらず友人であると語り合う、彼――
それでもこの居心地の良い時が、幸せだと想うから。
彼の言葉に微かに頷くと、キアは瑠亥に隣り合う様に並び、溜息と共に瞳を閉じた。そうして彼に向けるべき、たった1つの言葉を噛み締めて。
「花嫁よりは目立たぬ様‥‥気をつけておかなくては、かな」
「キア‥‥」
「‥‥いつの間にやら、空になっていましたゆえ‥‥代わりを取って来ます、ね」
何か言いたげな瑠亥に微笑んで空の猪口を翳し、立ち上がってキアは歩き出した。まるで、彼との距離を取ろうとするかのように。
夜風に散る桜の下を、歩み思うは見ぬ人の影。それからこの手で掴みたくて、掴めない――
(生涯を共に歩む人‥‥)
知らず、瞳の前に軽く翳した手をすり抜け落ちる桜に苦笑を零し、キアは瑠亥へと振り返った。――そう、この友を引き止めたい訳では、ないのだ。
だから努めて、笑顔で。そう在れた事を、祈って。――どうか、掴めずにいる自分の分まで。
「‥‥幸せに、ね。瑠亥‥‥」
「ああ‥‥ありがとう」
そんなキアに応えを返し、瑠亥もまた願っていた。残していく彼女に、きちんと笑って言えているように、と――