●リプレイ本文
さてその日、チェリーパイ奪還に燃えるマリエルを心配して飛んできたのは、友人の山崎・恵太郎(
gb1902)とリュウセイ(
ga8181)だった。
「一大事だって聞いてやってきたけど‥‥聞けば聞くほど判らない事だらけだね」
「まぁ心配するな! 大丈夫、俺が犯人を捕まえてやるぜ」
「ありがとう、恵太郎君、リュウセイ君。頼りにしてるね‥‥それにしても本当に、誰がこんな事したのかしら」
2人の言葉にほっと明るい笑顔を見せたマリエルだったが、すぐに唇を尖らせて憤りを吐く。時間が経つほどに、チェリーパイを盗られた怒りはいや増すばかりだ。
これは何としても皆の力を借りて犯人を捕まえなくちゃ、と新たな怒りに燃えるマリエルに、掛けられる声がある。
「あなたに聞きたい事があります‥‥」
謎を解明すべくやってきたホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)の言葉に、マリエルは首を傾げ。続けられた言葉に、さっと顔を強張らせる。
「覚醒時の外見を教えて下さい。後は所属する部活や被害者達との事件前の面識の有無なども」
「あ、自分からも。容疑者は4人ですけど犯人は5人だったりは、さすがにしないですよねぇ」
「私を疑ってるんですか!?」
さらに加わった佐藤 潤(
gb5555)の、明らかに疑われているとしか思えない態度に少女は吼えた。だが困ったように自分を見る友人の眼差しに、グッと唇を噛み締める。
彼女にも判っている。潔白が証明されない限りは第一発見者、さらには被害者すらも容疑の対象なのだ――彼女自身がまさに、同じ被害者であるはずの雪乃と百花を疑っているように。
だから、答える。
「私が覚醒した時は、髪が光って瞳の色も青から金に変わるわ。部活は入ってない。他の子達とは同じ学園寮だから初対面じゃないと思う‥‥けど、うちは共有スペースも少ないし、キラ以外は事件前は同じ学園寮だって事も知らなかった」
「他の事件の時は何をしていました?」
「1人で部屋に居たわ」
つまりアリバイはない。だが年頃の少女ばかりが集まった学園寮とは言え、そうそう都合よくアリバイがあるのもまた怪しい――ホアキンもそう納得したようだ。氷雨 テルノ(
gb2319)も頷く。
「結構おっきい寮だし、授業とか一緒じゃなかったら判んないもんね! ‥‥ところでまりえるって、どこかで会ったような‥‥?」
「‥‥テルノちゃん、体育の選択授業で一緒だから」
マリエルが冷静に突っ込んだ。テルノのもの覚えの悪さは天下一品だった。
「うちの寮は、隣の部屋の物音はあんまり聞こえないんだけど、廊下と部屋は案外筒抜けなのよね」
皆を案内しながら、マリエルはそう説明した。
「結構、中で騒いでる音が聞こえるでしょ? 逆に、廊下で喋ってる声や足音も聞こえるわ」
「へぇ‥‥ほな騒ぎに気付いて出てくる子がおっても良さそうやけどなぁ」
「廊下の音なんて普段気にしてないし――ここが私の部屋よ」
桃ノ宮 遊(
gb5984)に肩をすくめたマリエルは、3階の一室の前で足を止めた。ごく普通の、鍵の部分にカードキースロットルが取り付けられた簡素なドアだ。オートロックらしい。ガチャン、とドアを引っ張って鍵が掛かっているのを確かめた後、カードキーを取り出す。
学園寮への男子及び部外者の入寮許可を得た彼らは、まずはマリエルの部屋を調べたい、と言った。ある程度の推測は立てているが、何をおいても現場を見てみない事には話は進まない。
新条 拓那(
ga1294)のそんな意見に、寡黙に頷くヨーク(
gb6300)。それもそうね、とマリエルも頷いた――のだが。
「あんまり広い部屋じゃないけ、ど‥‥ッ!?」
「‥‥マリエル? ドアを慌てて閉めてどうしました?」
「ごごごごめん、やっぱり今は無理だったって言うか、先にちょっと片付けても良いかな!?」
「あ、やっぱ不味かった?」
「ふ、普段は片付けてるのよ、ホントよ!?」
顔を赤くしながら冷や汗をダラダラ垂らすマリエルに、顔を見合わせる。ごく普通の反応だが、まだマリエルの無実が立証されていない現段階では、自分に不利な証拠を隠す為の演技とも取れる。だが嫌がる女子の部屋を強襲しては、彼女が無実だった場合は完全にこちらが犯罪者。
だがマリエルは引かない。例え疑惑を向けられても、乙女には譲れない一線がある。
「じゃ、あたしがまりえると一緒に部屋を片付けるよ♪」
「あたしも手伝うわ。それやったらええか?」
「あ‥‥うん、テルノちゃんと遊さんだったらまだ、何とか‥‥」
女性2人の申し出に、ほっとしたマリエルは「それで良い?」と男性陣を振り返った。駄目とも言えない。唯一の不安要素は、そのうちの1人がテルノだ、という事実だ(酷
だがテルノとて能力者、遊も一緒なら大丈夫だろう、と何か祈るような気持ちでマリエルの部屋に入る3人を見送り。
『わー♪ まりえるの下着ー♪』
『ちょッ、だから廊下に筒抜けなんだってば!』
『最近の子ぉは発育がえぇな。きみ、着痩せするタイプやな』
『を! この可愛いのはしょーぶ下着ってやつだね!』
『違ーうッ!! あああああ、お願いだから叫ばないで! 被るなーッ!!』
『恥っずかしい日記とか隠してへんかなぁ』
『やめてーッ!!』
途端、中から聞こえてきた騒ぎに、赤面した男達はマリエルが渋った理由を悟った。乙女のプライバシーが駄々漏れだ。しかも被るって。
その後も乙女なら異性には絶対に知られたくない秘密の数々を嬉々として暴かれたマリエルが、ぐったりした表情で「も、もう良いよ‥‥」と顔を覗かせた時には、男達の中には同情だけがあったと言う。
マリエルの部屋からは、怪しい部分は発見出来なかった。人が通れそうな通気坑もなし、ベランダにロープの擦れた後や物を動かした後もなし、鍵自体にも細工した形跡はなく、そもそも普段からベランダを開けないので確認しようとした拓那がクレセント錠を開けるのにちょっと苦労したくらいだ。
その後、残る4人の部屋も回って(幸い全員部屋に居た!)同じ事を確かめ、『黒髪セミロング』の条件に合う覚醒容姿を持つものが居ないかも尋ねたが答えはNO。他に聞き込んだ所に寄れば、チェリーパイのお店は商店街の一角にあり、百花は寮や学園の中を散歩するのが趣味で、雪乃は毎日ロッククライミングの練習を寮で行っており、キラの情報収集は寮生のかなりのプライベートまでに踏み込んでいて、先の騒ぎの通り廊下の音は部屋の中に筒抜けなので隣室の者が出かけたかどうかを知るのは容易い。
何らかの方法でベランダから出入りしたのでは、と考えていた面々は、困って顔を見合わせた。もしベランダが行ければ、俄然怪しいのはロッククライミングが趣味だと言う雪乃に絞られるのだが。
「‥‥例えば、部屋のすり替え、なんかどうだろう?」
「全く同じ部屋を用意して自分の部屋だと思い込ませる、って事? 確かに間取りは同じだけど、備品の家具はともかく他は全部私物だし、そもそも鍵が開かないわ」
「幽霊の因縁話なんかは」
「あったらイヤ」
「謎のメッセージにあった、ミステリー研究会、にも心当たりはありませんか?」
「ないわ。カンパネラの部活を全部把握してる人も、そうそう居ないと思うし」
マリエルの部屋にチェリーパイの代わりに残されていた謎のメッセージ。これを平仮名に直し、右上から左下に斜めに一文字ずつ読むと『みすてりーけんきゅうかい』と言う言葉が浮かび上がる事を潤が発見している。
ならばこの事件はミス研の仕業か、と思ったのだが、少女達は全員ミス研には入っていない、と言った。しかし犯人があの中に居たとして、『自分はミス研会員です』と言うだろうか?
カッ! とリュウセイが目を見開いた。
「わかったぜ、この流れ! 犯人は全員だ! トリックも密室も共犯だから関係なし! 以上!」
「そっか! みんながあたしのカキ氷を取った犯人なんだね! よーし、こらしめなくちゃ!」
「‥‥リュウセイ、もしかして考えるの面倒になってない?」
気持ちは判るけど、と苦笑して拓那。ちなみにその推理だと、やっぱりマリエルは犯人認定だ。
カキ氷奪還に燃えるテルノはさりげなく無視し、様々に思いを巡らせる。鍵がなければドアは開かない。ならば唯一の侵入経路と思われるベランダの何処にも、誰かが踏み入った形跡はない。ここがクリアなら、チェリーパイの情報入手役がキラ、侵入役が雪乃、逃走役がミッヒ、偽証役が百花&雪乃ですっきりするのだが‥‥
何か、見落としはないか。知らず、廊下の真ん中で立ち止まって悩む傭兵達の目の端に、ふわり、となびく黒い髪が映った――黒い髪!?
「マリエル!」
「間違いないわ、あの子よ!」
少女は彼らが自分に気付いた事を確認すると、誘うように階段ホールに飛び込んだ。すかさず後を追う。3階まで駆け上がり、彼らの目の前で廊下を左に曲がって、見逃すものかとスピードを上げて後を追い廊下に飛び出した彼らを見て、今まさに扉を開いて出てきた百花がコクリと首を傾げ。
「ちょっと調べてさせてもらうよ」
押し込むように百花の部屋に飛び込んだ恵太郎だったが、何処を探し回っても怪しい人影を見つける事は出来ない。確認し、首を振って出てきた恵太郎と他の面々を見比べて、百花が少し非難するようにマリエルを見た。
「マリエルさん。どういう事?」
「え‥‥っと、その」
「今、ミッヒはんが逃げてきたはずや」
代わりに答えたのは遊だった。え? とマリエルと百花が首を傾げ、仲間達が驚きの表情を浮かべる。
「今の状況。マリエルはんが最初に黒髪の子ぉを見失ったんと同じや。廊下を曲がったら百花はんが出て来て、逃げた子ぉは消えとる‥‥百花はんの部屋に誰も隠れてへんのやったら、ミッヒはんが自分の部屋に逃げ込んだんやろ」
「そ‥‥んなの、偶然かも知れないじゃない」
「ではミッヒの部屋を調べましょう。今ならまだ証拠が掴めるかも知れません」
ホアキンが淡々とミッヒの部屋に向かい、乱暴にドアを叩いた。百花は感情を落とした表情でその様子を見ている。
―――やがて。
「当たり、だよ、傭兵さん達」
まだ息を弾ませたミッヒと、何故か嬉しそうな表情の雪乃が、そう言いながら姿を現したのだった。
「つまりこれは、私達ミス研の日頃の研究成果を試すお祭なんです」
ミッヒの部屋で、それほど広くない場所にぎゅうぎゅう詰めになった一堂を見回して、まず口を開いたのは百花だった。
「やっぱり嘘を付いてたんだ」
「はい。私や雪乃ちゃんがマグカップやお菓子を取られた、って言うのも嘘です。マリエルさんだけが被害に遭ったと思わせない様にと、まさか被害者が犯人だとか、あからさまに怪しすぎる人間が犯人だとは思わないかと」
「あ、キラは本当に無実だよ。あの子が限定品が好きで、たまたま私のお菓子を欲しがってたから、利用しただけ」
少女達の言葉に、ミス研の名が出来た時から大方そんな事だろう、と予測していた面々は納得と呆れのため息を吐く。これだから学生は。
頭に疑問符を浮かべたテルノが、コクリと首を傾げた。
「それじゃあ、ゆきの達はどうやって鍵が掛かったまりえるの部屋にはいったの?」
「鍵がなくちゃドアは開かないし、ベランダから入った形跡もない。ここは是非聞いときたいね」
拓那が相槌を打ち、少女達を促す。あら、と百花が微笑んだ。
「とっても簡単な話です。鍵がなければドアが開かないなら、鍵があれば良いんです」
「‥‥‥どういう事?」
「マリエルさん、知ってる? 車の鍵って、同じ車種だとたまに違う車の鍵でも開いたりするの」
「お、それは聞いた事が‥‥って、ああッ、まさかッ!?」
その言葉から予測される結論に、気付いたリュウセイが大声を上げた。鍵があればドアは開く。同じ車種の車は、違う車の鍵でも開く事がある。
つまり――
「ミッヒちゃんの部屋の鍵、マリエルさんの部屋の鍵も開けられるんです」
「ちなみにモモの部屋の鍵で、あたしの部屋の鍵も開けられる――偶然それに気が付いたから、今回の『密室』が作れたんだけど」
雪乃が肩をすくめる。ある日偶然、2人の部屋の鍵が(シリアルも違うのに!)同じ鍵で開く事に気付いた少女達は、もしかして他にもそんな部屋があるんじゃないかとミッヒの鍵で開く部屋を探してみた。実行したのは散歩が趣味のマリエル。彼女はしょっちゅう寮の内外をうろついているので、一番怪しまれにくいと踏んだ。
そうして見つかったのがマリエルの部屋。勿論その時はそれ以上何もするつもりはなかったが、今回の『祭典』に当たってこの偶然を利用しない手はない、とターゲットをマリエルにする事を決めたのだ。
故に、パズルの得意なミッヒが暗号文と共に実行犯を担い、鍵を開けて部屋に侵入してチェリーパイを持ち出し、代わりに暗号文を置いてきた。さらに黒髪セミロングのカツラで変装して、マリエルに追われたミッヒが自室に飛び込むタイミングに併せて、視界を遮るように扉を開けて出てきた百花と雪乃が『誰も来ていない』と証言して人間消失トリックを演出した。
ヒク、とマリエルが頬を引きつらせる。
「そんな理由で私のチェリーパイを盗ったの!?」
「うーん、まぁ、そうなるかな。そもそもチェリーパイを狙った訳じゃなくて、あの日マリエルの部屋に入ったら、たまたまチェリーパイがあったんだけど」
なぜならこのトリックはマリエルの部屋でしか実行出来ない。だからミス研の少女達にとっては、チェリーパイが先にありきではなく、侵入してみたらチェリーパイが付いてきた、という訳だ。
「まさかそんな事がッ!?」
大げさに驚くリュウセイに、えへへ、と嬉しそうにミッヒが笑う。
「今回はあたし達『M』の勝ちだね!」
「まずは成功、って所かな‥‥そうだ、これから暇だったら一緒にお疲れパーティしません? 勿論マリエルも、迷惑かけたお詫びに‥‥って言ってもお菓子パーティーだけど」
「あ、でしたらベリータルトとナッツタルトを持ってますけれど、要りますか?」
潤の言葉に「もちろん!」と声を揃えたM達は、ニッコリ輝くばかりの笑みを浮かべた。
「‥‥‥気になる事を言っていたな」
その後、寮の談話室にお菓子を持ち込んでのお疲れパーティになだれ込んだ少女達に、ヨークが言った。ん? とM達と仲間達の視線が向けられる。
「‥‥‥今回は、と言う事はあの暗号文にもあった通り、これから本番が始まる‥‥と言う事か」
「えぇッ!?」
その言葉に、ようやく念願のチェリーパイにありつけたマリエルが顔を顰める。否定の言葉を期待してM達を見回したが、
「だってこれはミス研のお祭だもの」
「勿論次はあたし達じゃないけどね!」
M達は否定しなかった。むしろ満面に笑みを浮かべて肯定した。
「じょ‥‥冗談でしょッ!?」
その日のうちにマリエル・メルスラッドから自室の鍵の交換申請が学園寮に提出された事は言うまでもない。