タイトル:【初夢】年賀状防衛作戦マスター:蓮華・水無月

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/01/17 22:18

●オープニング本文


※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。

 新年前夜といえば、日本の各地に存在する郵便局にとっては戦場である。まさに生きるか死ぬかの一大事、それが大晦日という日である。
 この日のために予算が許す限りのアルバイトも導入し、そろそろ作業速度も上がって、安定した頃だ。もちろん職員も総出で郵便ポストから回収してきた大量の年賀ハガキを仕分け機械にかけ、郵便番号が書かれていない、達筆すぎて読み取れない、などの様々な理由で機械が分けられないハガキや年賀封書、加えて相違工夫の限りを尽くしてデコレーションされているために機械にかけられないハガキや、ペットボトル型を始めとするよく解らない形状の年賀郵便、とどめはエアメールだと言うのに元旦前日にポストに投函するという、どう考えても元旦に届けてもらう気合いが足りないとしか思えないハガキをひたすらに分けまくる。
 もちろん、それだけでは終わらない。書かれている郵便番号が間違っていたり、郵便番号の代わりに電話番号が書いてあったり、郵便番号が書いてないのに住所に『市内○○町×番地』としか書かれていなかったり、一体何年前の住所だよそれと思わず叫びたくなるような古い住所だったりする苦難を乗り越え、無事に全国各地の郵便局に届いた年賀状は、さらに機械によって細かい郵便番号別に分けられ、ここでもさらに以下略な理由で人力によってしか仕分けできない年賀状を仕分けして、そもそも存在しない住所――ただし通称として長らく使われている為に、何となく住所としてまかり通ってしまうのだが新人バイトにそこまで把握するのは不可能だ――が書かれているなどの数多の苦難を乗り越え、町別に、そして戸別に分けられ、束にするのである。
 そんな、毎年改善の様子が見られないどころか、年を追って人間の想像力と発想力には限りがないということをしみじみと実感させられる、地獄のような一日をその、日本のとある県のとある市に存在する郵便局もまた、やっとの思い出乗り越えたところであった。時刻はすでに、深夜も良いところだ。
 日本のとある県のとある市に存在するその郵便局に長年勤めるその男は、無事にあとは宅配するだけとなった年賀状の束の山を見て、今年も何とか乗り越えられた、と深い満足を覚えた。ちなみに男は妻子も居るが、年末年始の恒例特番も年越蕎麦も、年賀状担当になってからというものの、一緒に楽しんだことはない。
 それに少しも不満を覚えない訳ではなかった。だがこうした彼等の頑張りが、明日の朝になれば新年を迎えた人々の、年賀状を待ち侘びて届くや否や楽しそうに分けて読む姿に繋がるのだと思えば、その不満も深い満足感へと取って代わられる、と言うものだ。
 男は今年もぐったりと、だが心地好く疲労した身体を引きずるように、年賀状の山の前からロッカールームへと向かった。今から帰ればすでに年は明けていることだろう。という事は初詣の人々で道は渋滞して居るだろうか、ふと思って男はわずかに顔をしかめる。
 だがそんな男がすっかりと帰り支度を整え、夜勤の職員に見送られて郵便局を後にしようとした、その時だった。

(‥‥ん?)

 目の端に何か、黒い影が走ったような気がして男はふと足を止め、そちらを凝視した。男は、亡霊や幽霊の類を一切信じてはいない。ついでにこの郵便局にもそんな噂はまったくなかったので、当然ながら男が疑ったのは、バイトが迷い込んだのかとか、誰か夜勤の同僚だろうかとか、そんな事だった。
 だが、それにしては動きが速過ぎる。と言って犬や猫と言った風情ではなかったし、イタチか何かが迷い込んだのだろうか。男の家にも先日、イタチが天井裏に入り込んで、長らくうるさい思いをした。
 とにかく正体を見極めなければと、男は影の走って行った方向へ足を進めた。犬や猫ならば、男でも十分にどうにか出来る範囲だ。
 影は、男に気付いて居ないようだった。寒さに備えてゴム底の靴を履いていたのが、功を奏したのだろう。足音はゴム底にすっかり吸収され、廊下にはそれほど響かなかった。
 影は2つだった。走ったかと思えば止まり、辺りを窺うとまた走り出す。それはどちらかと言えば、何かを探してさ迷っている、という様にも感じられた。

(一体、あの影はなんなんだ?)

 男は影を追いかけながら、大いに首をひねる。すでに影がイタチでも、犬でも、猫でもない事はその大きさや、何より走り方から判明していた――信じられない事だがその影は、両足で立って走ったり飛んだりしていたのだ。
 あるいは動物ではなく、近所の子供が肝試しか何かで忍び込んだのだろうか。考えられる限りでそれが一番現実的な結論に思えたが、時折常夜灯に浮かび上がるシルエットが、男の考えを否定していた。
 頭には耳と角があり、ずんぐりむっくりとした身体に短い手足。あれが子供の、いや、人間のはずがない。
 もはや男は、影を追いかけた事を後悔していた。あのまま、何も知らないふりをして帰れば良かったのだ。だが次の瞬間、また立ち止まった影が話し合っている声が聞こえてきて、男は別の意味で戦慄し、背筋を震わせた。

「年賀状はいったい、どこにあるヤギ?」
「匂いはこっちの方からするヤギよ」
「美味しそうな匂いヤギね」
「今夜はご馳走ヤギね。お腹一杯食べられるヤギよ」
(年賀状を狙っている‥‥ッ!?)

 その言葉を聞いた瞬間、男はその影の奇妙な語尾や、正体などどうでも良い程の衝撃と、恐怖と、怒りに身を震わせた。脳裏をこれまでの日々が――年賀状の集荷が始まってから、必死でみんなで作業して、ようやく後は明日の朝を待つばかりとなった年賀状の山が、走馬灯のように駆け巡った。
 そんな非道を、決して許してはおけない。あの年賀状は彼らの血と汗と涙の結晶であり、明日の朝には届くのを楽しみに待っている多くの人々が居るのだ。それをあの、訳の判らないヤギに奪われ、あまつさえ食われるなど、何があっても許し難い。
 だがヤギヤギと話し合うその影はあまりに素早く、男は疲弊していて、無力だった。おまけに2匹も居る。夜勤の連中を総動員しても、無事に捕まえられるかは判らない。
 幸い、年賀状は郵便局の4階に保管されていて、今、男と影達が居るのは地下1階だ。まだ、時間はある。この先には販売用の年賀葉書や官製葉書を保管している倉庫があるから、奴らはそれに惑わされているのだろう。
 男はとにかく助けを呼ぼうと、奴らを見失わないように慎重に距離を取りながら、コートのポケットに入れた携帯電話を取り出し、UPCへと電話した。あんな非常識なものを相手にできるのは能力者以外、男には思いつかなかった。


※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。

●参加者一覧

/ 百地・悠季(ga8270) / レティア・アレテイア(gc0284) / ルーガ・バルハザード(gc8043) / エルレーン(gc8086

●リプレイ本文

 時はすでに深夜と言っても良い頃合だ。本来ならばこの時間、人通りや車通りはめっきり少なくなるはずだが、大晦日の今日に限っては電車も特別に深夜まで運行しているし、初詣に向かおうと外に出てきた人も多い。
 そんな大晦日の郵便局の入り口で、その依頼人は待っていた。おろおろと落ち着かない様子で、何度もきょろきょろ辺りを見回しては、不安そうに背後を――郵便局の建物を見上げている。
 そんな中、最初に件の郵便局へと駆けつけたのは、ルーガ・バルハザード(gc8043)とエルレーン(gc8086)の師弟だった。その姿にほっとして、頭を下げた依頼人の郵便局員に「うむ」と頷き、ルーガが尋ねる。

「一体、何があったのだ?」
「は? えっと‥‥お聞きでは‥‥」
「いや、なぜか郵便局で一大事と聞いた瞬間、自分でも解らないほどに胸が騒いでな」
「何でか解んないけど、これは急がなきゃって思ったんだよねえ‥‥ねぇ、ルーガ?」

 顔を見合わせ頷き合う2人に、そんなにも急いで来てくれたのか、と幸いにして郵便局員は感動を覚えたようだった。ありがとうございます、ありがとうございます、と何度も何度も頭を下げる。
 そうして彼が語った『一大事』に、ルーガは雷にでも打たれたようにカッと目を見開き、驚愕した。

「な‥‥何だと!? ネンガジョウを‥‥これは許せんな」
「ネンガジョウ食べちゃうの! わるいねえ、わるいねえ!」

 同じくエルレーンも髪の毛が逆立たんばかりに驚愕して、子供のように地団太を踏みながら怒りを露にしている。何故なのかは彼女ら師弟にも解らないのだけれども、まるでどこかの誰かが乗り移ったかのごとく、恐ろしいばかりの怒りが湧いてきたのだ。年末だからそういう事もある、多分。
 そんな2人の怒りの咆哮を、少し離れた所で聞きながら百地・悠季(ga8270)は、げんなりと依頼内容を思い返した。まさしく一年最後の年末大晦日、この頃は育児に目覚めた(?)夫と最愛の幼い娘、3人でまったりしていた処を急に呼ばれたと思ったら、やぎやぎと鳴くヤギっぽい不穏な存在からの年賀状防衛である。
 別に、家族の団欒を邪魔された事を怒っているのではない。娘は夫に預けてきたら、特に心配はない。心配があるとしたら、実は娘には非常に甘い夫が悠季に秘密で嫌いなものを代わりに食べてあげたり、お菓子をこっそりあげたりしないかどうかだが、仕事に寄らず何ごとも完璧なサポートと任務遂行を心がける夫だから、大丈夫だろう。
 だから、悠季をげんなりさせたのはまったく別のことである。そうしてそれは、この依頼の根幹にも関わる事で。

(まあ、葉書一つ一つに想いを込められてるのは間違いないし、それを無闇に餌として狙われるのはかなり拙い状況なのよね。だからこそ防がなければならないのだれど‥‥)

 己に言い聞かせるようにそう、胸の中だけで呟きながら、郵便局員から現状を聞く。郵便局内に現れた謎のヤギっぽい何かは、他の宿直の職員にも知らせて総出で捜索し、見つけた個体はそのまま見張っているものの、動きが早くて見失ったものも多く、やはり太刀打ち出来そうにないらしい。
 そうでしょうね、と悠季は頷いた。断定出来るわけではないし、はたして郵便局を襲って年賀状を食べる事に何のメリットがあるのかも良く解らないが、恐らくそのヤギっぽい何かはキメラに違いないだろうから、一般人がそもそも太刀打ちできるわけもないのである。
 となれば、何としても年賀状を守らなければ、と言う郵便局員達の気持ちは解るが、やはり対抗出来るのは能力者だけだろう。しかもただキメラを何とかするだけではなくて、そもそもの年賀状が守れなければ意味がないのだ。
 そう、考えながら再び、盛り上がっている師弟へと視線を向ける。彼女らはうんうんと頷き合いながら、ふふふふふ‥‥、と不穏に笑っているところだ。

「じっくりばっちり仕置きしてやろうではないか、なあエルレーン?」
「悪いやぎさんはおしりぺぺぺぺぺん、だねえ‥‥ねえ、ルーガ?」

 その内容は非常に物騒だが、言っている本人達は非常に楽しげである。何にせよ、やる気に満ちているのは良い事のはずだ――多分。
 とはいえどうなる事やらと、悠季はまた遠い目になって、中にヤギっぽいキメラっぽい何かが潜んでいる郵便局の、黒々とした建物を見上げた。

(とりあえずエースの奥さんとしたら、こういう冠婚葬祭に纏わる交流付き合いの挨拶には欠かせないから、無駄にされたくないのよね‥‥)

 そう、いかにあけおめメールやあけおめ電話、チャットなどが席巻しつつあるとしても、年賀状というのはやはり日本における礼儀の1つであり、交流が広がれば広がるほど、欠かせない存在だ。場合に寄っては、相手の住所を知っていて年賀状を出さないのは失礼に当たる事すらあるくらい、こういった問題はデリケートなのである。
 まして彼女の夫は能力者の中でも知り合いや、知り合いじゃなくても一方的に知られている事もあるくらいで。一体、何枚の年賀状を出したのか、すでに悠季は覚えていない。
 それを思い、つい、ぼそりと本音が唇から零れ落ちた。

「台無しにされたら、もう一度始めから書き直さないと‥‥」

 一体あの年賀状を全部書くのに、どれだけの時間と日にちがかかったと思っているのだろう。そもそも、出した枚数が多いと言うことは、一体誰にどんなコメントを添えたのかすらもはや、記憶が曖昧だと言うことだ――大抵は定型文だが、人によっては多少変えたりも、する。
 それを、最初から? すでに新年のカウントダウンも迫っている深夜の、この時間から?
 それを思うだけでげんなりと気力が萎えて、何としてもヤギっぽい何かの暴虐(?)を阻止したい気持ちで一杯になるのだった。





 人によっては、郵便局にすら足を運ぶのは稀である、と言うのも珍しくない昨今である。ましてやその舞台裏に足を踏み入れる機会など滅多にあるはずもなく、レティア・アレテイア(gc0284)はきょろきょろと、物珍しげに辺りを見回した。
 彼女達が通されたのは、防衛するべき年賀状が保管されている、郵便局の4階だ。ここは普段から多目的ホールとして使われているとかで、仕切りは可動式になっており、どんな風にでも変えられるようになっている。
 その一番奥に、明日の朝の配達を待つ年賀状は保管されていた。手前の部屋にはダンボールで作られた、ちょうど高さ160センチほどの棚が数え切れないほど並べられていて、非常に視界は悪い。
 棚の1つ1つに年賀状が入っているのを覗きながら、レティアが言った。

「ここで年賀状を仕分けするのか‥‥」
「ある程度までは機械を使えるんですが、どうしても最後は手作業になりますので‥‥」

 レティアの言葉に、郵便局員が頷く。部屋のどこかからは、年賀状を今も分けているのだろうか、タタタタタタタタ‥‥とリズミカルな音が聞こえていた。
 主な仕分けはバイトの来る早朝から夜半に行われるが、郵便局員自体は空き時間があれば、例え真夜中だろうと仕分け出来るものは仕分けする。年末年始とは、彼らにとってそういう過酷な時期なのだ。
 あれはベテランのおやっさんです、と聞いても居ないのに郵便局員が誇らしげに説明してくれた。彼に分けられない年賀状はない、と言われている伝説の局員らしい。
 はぁ、と曖昧に悠季は頷き、音の方向に半ば義理だけで視線を向けた。確かにリズミカルな音は、時々止まりはするものの――あれは局員いわく、手に持っている年賀状の束がなくなったから新しい束を取っているらしい――安定していて、どうかしたら機械より早いんじゃないかとすら思われる。
 だが、今重要なのは年賀状を分ける速さではなく、いかにしてその年賀状をヤギっぽい何かから守るか、と言うことだ。故に悠季は再び視線を仲間へと戻し、さて、と問いかけた。

「人手も限られているわけだけれども。分担に希望はある?」
「私は集配袋に身を潜めて、不届き者の出現を待とうと思う。あれには郵便の匂いが染み付いているからな、奴らも中身がネンガジョウだと思い油断するだろう」
「そうだねえ。私もルーガと一緒に隠れて、出てくるのを待ってるんだよ」

 その質問に、真っ先に答えたのは2人の師弟だった。ルーガとエルレーン。その言葉を聞いて、集配袋? と悠季は郵便局員を振り返る。
 それは郵便をポストから回収してくる時に使われる、かなり巨大な、かつ頑丈な布の袋の事だった。年賀状が集配されてきた時には、まずこの袋を大きな作業台の上にぶちまけて、通常郵便が混ざっていないか、エアメールが混ざっていないか、機械にかけられるものかどうかなどをチェックし、それぞれの種類ごとに箱に詰める。ちなみにこの時、絶対に濡れないようにという配慮から三重、四重に袋に入っていると、開けるのが非常に大変だったりするのだが今はどうでも良い話だ。
 なるほど、と悠季は頷いた。郵便局員の話を聞く限り、ヤギっぽい何かは匂いを頼りに年賀状を探しているらしいから、その待ち伏せも有効なのかもしれない。
 じゃあ、とレティアを振り返ると、彼女は唇に指を当てて、何やら考え込んでいるようだった。

「レティア? 何か気になることがあった?」
「いえ‥‥やっぱり、山羊かな、と思って‥‥」
「‥‥どうかしらね」

 多分、そこも依頼遂行上は重要な部分ではないはずだが、気になるのは悠季も一緒だったので、曖昧に頷く。ヤギなら鳴き声はメェじゃないのかとかは、きっと、色んな意味で思ってはいけない事なのだ。
 なのでそこは敢えて考えない事にして、レティアは局内をうろついて探してみる、と言った。そんなレティアには囮として――この場合は疑似餌として、と言うべきなのだろうか――販売終了した夏の限定葉書を提供してくれるらしい。

「襲われたら迎撃します」
「気をつけててな。――さて、我々も用意するか」
「そうだねえ。用意だねえ」

 早速覚醒し、雪のように真っ白な肌になってにやりと微笑んだ彼女にそう声をかけ、ルーガとエルレーンもどこか嬉々として、4階の入り口へと向かっていった。そこはやはり見通しの悪い小部屋のような通路になっていて、待ち伏せるには悪くない場所である。
 辿り着くと、早速2人は部屋の隅の目立たないところまで行って、いつの間に確保しておいた集配袋に身を潜めようとした。が、何しろ長身の2人のことだから、いくら集配袋が大きいとは言っても、どうしても全身を潜めることは出来ない。
 ゆえに色々考えて、ルーガとエルレーンは首までをすっぽりと集配袋に収まり、落ちないように軽く縛って、頭から紙袋を被ることにした。ヤギっぽい何かを見落としてはいけないので、目の所にちゃんと穴をまぁるく空けておく。
 なぜだか何となく、額にも何か文字を書きたい衝動に駆られたが、ルーガは堪えてエルレーンの頭にそれをぼすッと被せ、自らもすっぽり顔を覆い隠すように同じように紙袋を被った。普通の集配袋はこんなみょうちきりんな格好はしていないが、ヤギっぽい何かにそれは解らないだろうし、上手くすれば同じ紙という事で、より興味を引くことが出来るかもしれない。
 素晴らしい考えだ、と満足して2人の師弟は、こうして集配袋と紙袋の中にすっぽりと隠れることになった。あとはヤギっぽい何かが出てくるのを待つばかりだ。
 そんな風に、それぞれの持ち場へと散って行く3人を見送って、じゃああたしはどうしようかしらね、と悠季は考える。城攻めで例えるなら本丸である此処を空にするわけにはいかないから、基本的には此処から周りの状況を探りつつ、あの3人に対応を頼む事になるのだろうが――いや、決して厄介な存在を押し付けて迎撃してもらおうとか、そんな事を思っているわけではなく。
 とまれ、そんな感じで臨機応変に対応していくしかないだろう。そう考えながら、肝心要の配達待ちの年賀状が収められた部屋に向かおうとした悠季は、ふと足を止めた。

(‥‥そういえば、レティアはトランシーバーを持ってないんじゃなかったかしら?)

 ルーガとエルレーンはトランシーバーを持っているし、同じ4階に居るわけだから最悪、叫べば何とかなるだろう。だが局内を動き回っているレティアには、どうやって連絡を取れば良いのだろうか。
 きっかり3秒、悠季は考えた。考えて、まぁ仕方ないわよね、と独りごち。

「――やっぱり行き当たりばったりになりそうね」

 師も走る月、最後の大晦日の夜なのだから、仕方がないのかも知れない。





 さて、レティアは1人、ヤギっぽい何かの姿を求めて、郵便局の中をあちらこちらさ迷っていた。目撃した郵便局員の話では、人語を話し、二足歩行で、頭に角があり、やぎやぎと鳴くのだというが、あくまでヤギっぽいだけで、ヤギと断定されたわけではないし、姿もよく想像が出来ない。
 とはいえ、やぎやぎと鳴く、というのはかなり有力な手がかりだ。うまい具合にヤギっぽい何かが会話なり何なりをしているところに出くわせば、一発で目標は特定出来ることになる。
 だからレティアは耳を澄ませながら、己の足音が響く薄闇に沈んだ廊下を歩き続けた。

(山羊なのかな‥‥山羊じゃないのかな‥‥山羊じゃないなら何なのかな‥‥)

 そうして考えているのは、先ほども口にした問い。何しろ気になる。とてつもなく気になる。まず山羊なのか山羊じゃないのか、そこからはっきりして欲しい。
 などと考えながら歩いていたレティアは、ふと奇妙な音が聞こえたような気がして足を止めた。音――否、誰かの話し声――?
 レティアは立ち止まったまま、今まで以上に耳を澄ませて、その声に集中した。現在地は、郵便局の3階の廊下。この階は何をしているのか良く解らないが、多くの部屋は鍵が閉まっており、レティアは廊下を一回りしたらさらに下へ降りようと思っていた。
 誰かが来たのか。それとも――現れたのか。

「――‥‥‥ぎ?」
「でも‥‥‥から‥‥‥ぎよ‥‥」

 レティアはゆっくりと、慎重に足音を忍ばせてそちらへと近付いて行った。経費節減と節電の影響もあって、廊下は酷く薄暗い。
 それでも安全確保のためにぽつり、ぽつりと点いている常夜灯の下に、浮かび上がったその影を、レティアは見極めようとした。見極めようとして――思わず沈黙、する。してしまう。
 それは確かに『ヤギっぽい何か』としか表現出来ない生き物だった。生き物、なのだろうか――普通に考えれば、こんなみょうちきりんな生き物が、自然界にいるはずがない。居て良いのはキメラか、それこそ二次元世界の漫画やアニメや小説やイラストの中だけだ。
 それは白と黒のぶちになっていて、白がメインの個体と黒がメインの個体がいるようだった。手足は酷く短い。一体何の役に立つのか、もし本当にキメラだとすれば、バグアは一体何を考えてこんな存在を作ったのか、改めて異星人の思考とは地球人のそれとは全く異なるのだと言うことを思い知らされる、そんな姿だった。
 ヤギっぽい何かはざっと見たところ、2体のみのようだった。その可愛らしい外見からは戦闘力を図ることは出来ないが、何しろ相手はキメラかもしれないのだ、油断してはいけない。
 レティアはじっくりと観察し、ヤギっぽい何か達の会話に耳を傾けた。

「まだ年賀状が見つからないやぎ」
「本当にあるやぎか?」
「あるやぎよ! ちゃんと聞いたやぎ」
「お腹すいたやぎよ」
「お腹すいたやぎね。でも、美味しそうな匂いはするやぎ」
「近いやぎ?」
「近いやぎ」

 どうやらうまい具合に、ヤギっぽい何か達はレティアが持っている、囮の葉書の匂いに騙されているようだ。レティアは手の中の葉書の束を見つめ、それから再びその、ヤギっぽい何かへと眼差しを戻した。
 覚醒した彼女の口元に浮かぶ、侮蔑の笑みが濃くなる。あのヤギっぽい何か達がキメラだろうとそうでなかろうと、もしかしたら強化人間ならぬ強化ヤギだったとした所で、レティアにはもはやどうでも良いことだった。

「年賀状を狙うとは‥‥飢えているのか」

 考えてみれば、すでに主たるバグアは去り、僅かに地上に残ったバグアや強化人間、キメラも駆逐されつつある。このヤギっぽい何か達も、満足に餌を得ることが出来ないのだろう。
 手に持っていた、擬似餌の販売終了した売れ残りの夏限定葉書を、影に向かってばらまく。すると途端、ヤギっぽい何かは「やぎ〜〜〜ッ!」と叫びながら、面白いほどに食いついた。その姿は、哀れすら催す。
 だが。彼らが年賀状を狙い続ける限り、やはり駆逐しなければならない相手なのだ。そう、そういう意味ではバグアは、年賀状を食らいつくさせる事で人間達の間に不和を巻き起こすという、実に効果的な戦略を取ろうとしていたのだと言わざるを得ない――絶対に偶然だろう、とどこからツッコミが入りそうだが。
 レティアはゆっくりと、ヤギっぽい何か達の前に姿を現した。そうして戦闘体勢を取る彼女に、気付いたヤギっぽい何か達が「やぎ!?」「邪魔者やぎね!」「邪魔者やぎ!」と、相変わらず葉書をもしゃもしゃ食べながら騒ぎ出す。
 その隙を、見逃すレティアではなかった。基本的には後衛戦闘を主とする彼女だが、ここには他の仲間も居ない。ならば彼女が戦うまでだ。

「えいッ!」
「やぎ〜〜ッ!」

 掛け声と共に機械拳クルセイドで、ヤギっぽい何かに仕掛けた攻撃は、白がメインの個体を掠り、もふもふの体毛がちぎり取られてふわりと宙に舞った。だが返す拳を叩き込もうとした瞬間、2匹は尋常ならぬ跳躍力を見せ、しゅたッ、とレティアから距離を取る。
 そうして――クルリ、とヤギっぽい何か達はレティアに背を向け、全速力で逃げ出した。

「まだ捕まる訳にはいかないやぎ!」
「年賀状を食べるまでは死んでも死に切れないやぎよ!」
「な‥‥ッ!」

 さすがにレティアも一瞬、呆気に取られてヤギっぽい何か達の背中が薄闇の中、小さくなって行くのを見つめる。なぜ年賀状にこだわるのか。山羊の本能が年賀状を求めるのか。それともやはり、年賀状を食らいつくすべくバグアによって放たれた、愛らしくも凶悪な敵なのか。
 解らなかった。だが一瞬の後にレティアは、己が成すべき事を思い出す。

「待てッ!」

 彼女が受けた依頼は、明日の朝の配送を待つばかりの年賀状の防衛。そしてあのヤギっぽい何か達が――気のせいか、駆けていく影がどんどん増えているようにも見えるのだが――年賀状を狙い続ける以上、阻止するのがレティアの役目だ。
 こうして郵便局の中、ヤギっぽい何か達との追いかけっこは始まった。





「――そう。ヤツラは3階に現れたのね」
「ええ。能力者さんが追い掛けて下さってますが、どんどん数が増えて、ここを目指してるらしいです」
「また、やっかいな‥‥」

 郵便局員から報告を受けて、悠季は溜息を吐いた。1匹でも面倒臭そうなのに、複数? しかも増えている?
 半ばうんざりしながら悠季はトランシーバーを取り出し、ルーガへとその旨を連絡する。すでに4階へ向かっていると言うのなら、次の守りの要は入口に待ち構えているルーガとエルレーンだ。
 すでに彼女の役割は、戦闘力というより司令官だった。そもそもそのつもりでも居たけれども、人数を考えても、郵便局の広さを考えても、誰かが情報を統制しなければならないのは明白だ。
 今のところ、悠季の最大の情報源になっているのは、郵便局内の各部屋に備え付けられた内線電話と、局員同士の携帯電話ネットワークである。というか、彼女が頼りに出来るのは今のところ、それしかない。
 ここはあくまでも、ただの郵便局なのだ。敵の襲撃など想定しては居ないし、防犯システムと言っても外部業者に委託しているので、情報が送られて来るまでにタイムラグがある。
 だが、やれる限りを尽くさなければならない。でなければ彼女に待っているのは、年賀状の書き直しと言う考えたくもない地獄だけだ。
 そんな悲壮で切実な願いを胸に入口の方を見やる、悠季とは反対にヤギっぽい何かへの怒りを胸には抱いているものの、やっぱりどこか楽しげであるルーガは、頭から被った紙袋の中でトランシーバーを切ると、弟子の方を振り返った。

「そろそろヤツラが来るようだ。エルレーン、用意は良いな?」
「良いよー。悪いやぎさん、早く来ると良いねえ」

 師匠にそう言われて、エルレーンもまた紙袋の中、元気に大きく頷く。どちらかと言えば彼女にとっては、もちろん年賀状を防衛することも大事な任務で忘れては居ないのだが、同時に『悪いやぎさん』をどうおしおきするか、の方が今は重要な比率を占めているようだ。
 そんな訳で首まですっぽり集配袋に収まり、頭から目の部分に穴を開けた紙袋を被った師弟は、バイブレーションセンサーでヤギっぽい何か達の襲撃のタイミングを計り、待っていた。が、あっという間にそんなものは不要になるほどの、凄まじい足音、と言うより寧ろ地響きと騒ぎが聞こえて来る。

「やぎーッ! 今度こそ年賀状の匂いやぎ!」
「ついに年賀状やぎか!?」
「ご馳走やぎか!?」
「セカイサンダイチンミやぎか!?」
「なぜ年賀状が世界三大珍味!?」

 ヤギっぽい何か達の歓喜の声と、全力で突っ込みながらヤギっぽい何か達を追い掛けるレティア。その数はすでに、ざっと見ただけでは数え切れないほどだ。
 どうやらヤギっぽい何か達は、目論見通りに集配袋の匂いに騙されてくれたようだった。集団が大騒ぎをしながら近付いて来るのを、紙袋の中からじっと見つめていたエルレーンは、ヤギっぽい何かの1匹が袋に手をかけようとした瞬間、今だ! と飛び出した。

「がおーッ! 悪いやぎさん、捕まえるよ‥‥わわわわッ!?」
「何をしている、エルレーン!」

 だが、勢い余って集配袋に足を絡ませ、わたわたしながら見事にこけたエルレーンに、そう叫びながらルーガもまた飛び出す。そうしてこちらは無事に集配袋から抜け出すと、紙袋を取る手間も惜しんで用意しておいた網を構え、迫り来たヤギっぽい何かに向かって投擲した。
 驚いたのはヤギっぽい何か達である。驚いた、と言うよりはもはや、彼ら(?)の鳴き声(?)は悲鳴に近かった。

「やぎ〜〜ッ!?」
「また年賀状じゃないやぎ!」
「いったい、年賀状はどこやぎ!?」
「奥から匂いがするやぎ!」
「今度こそセカイサンダイチンミやぎね!」
「だからなぜ年賀状が珍味‥‥ッ!」

 口々にそう叫びながら混乱する、数え切れないほどのヤギっぽい何かは、その愛らしい外見からは想像もつかない素早さで網を避けようとする。それを、やっと起き上がったエルレーンと協力して逃げ場を失くす様に動きながら、ルーガ達は次々と用意した網を投げていって。
 だが、さすがにすべてのヤギっぽい何かを捕らえる事は、さしもの能力者2人にも無理だった。能力的なものではなく、ただ、絶対的にヤギっぽい何かの数が多いが為に、次々と網を投げても上手く交わして突破してしまう固体を、防ぎ切る事は出来なかったのだ。
 それでも、嵐のようなヤギっぽい何か達の襲撃があらかた収まった頃には、4階入り口の小部屋の中には、網に絡まって短い手足をバタバタさせているヤギっぽい何か達の「動けないやぎー」「助けてやぎー」「お腹空いたやぎー」という哀れな悲鳴が響くのみだった。ふぅ、と小さな安堵の息を吐いたルーガは、そんなヤギっぽい何か達を――間近でじっくり見てもなお、それは確かにヤギとしか表現しようはなく、だが明らかにヤギではありえない不思議な生き物だった――縄で縛ろうとして弟子を振り返り、その光景に動きを止める。
 だがそれも無理のない事だ――何となればルーガの弟子、エルレーンはその時、異様に目を爛々と輝かせて、網にかかってじたばたしているヤギっぽい何かを、一心不乱にもふもふしまくっていたのだから。

「そうれ、強制もふもふの刑だよー。もふもふー、もふもふー」
「やぎー!」
「毛並みが乱れるやぎよー!」
「くすぐったいやぎー!」
「そうれ、それそれそれー。もふもふもふもふもふー」

 それは、例え師と弟子と言う関係にあったとしても容易に立ち入ってはいけないような、そんな不思議な空間だった。そう、例えるならば「あーれー」と叫ぶ奥女中に「良いではないか、良いではないか」とご無体をする、お殿様のような。
 ゆえにルーガは言うべき言葉が見つからず、ただ弟子を見守った。そのまなざしの中で、エルレーンは思う存分ヤギっぽい何か達をもふり倒し、そうしてひょい、と膝の上に抱えては「ほうら、つぎはおしりぺんぺんー」と楽しげに平手を閃かせている。
 「やぎ〜〜〜〜〜ッ!」という悲鳴が、小さな入り口の部屋に響き渡った。そんな楽しげで悲痛(?)な光景を見つめ、エルレーンが満足するまで待ってから、ルーガは弟子と協力して縄で縛って動きを止める。
 だがその間にも、網をすり抜けて配達待ちの年賀状に迫るヤギっぽい何かと、それを追って来たレティアはついに、本丸へと、つまり年賀状仕分け室へと迫っていた。配達を待つ年賀状はさらにこの奥に保管してあるが、仕分け中の年賀状もまた、部屋いっぱいに並ぶダンボール製の仕分け棚には入っているのだ。
 これらは、不備のせいであちこちの郵便局を盥回しにされたりとか、そもそも投函されるのが遅すぎて明日の新年の配達には間に合わない年賀状である。とはいえこれらもまた、大切な、どこかで届くのを待っている人が居る、大切な年賀状には違いないのだ。
 悠季はいつでも動けるように、神経を研ぎ澄ませ、バイブレーションセンサー――はやはり使うまでもなさそうだったが、ヤギっぽい何か達の襲撃に備える。悠季の周りにはモップや箒を構えた、決死の覚悟で防衛に望む宿直の郵便局員達が、彼女の指示を待っていて。
 ――そうして。

「来たわよ! 前方、入り口!」
「押忍ッ!!!!」

 悠季が叫ぶや否や、昔はちょっとヤンチャもしていたという、聞いても居ないのに自己紹介してくれた一番若い郵便局員が、気合と共に突進して行った。そうしていの一番に飛び込んできたヤギっぽい何か目掛けて、渾身の力でさすまたを振り下ろした――ちなみにさすまたは郵便局の備品であり、なかなかに重い事から一番若い彼に渡されたのだが、そんな事はどうでも良い。
 もはや、動物愛護などと言っていられる状況ではなかった。それ以前に、相手が動物であるのかも解らない。
 解っているのはただ、彼らの血と汗と涙とその他色々な物の結晶である年賀状を、このヤギっぽい何か達が食い尽くそうとしている事。そしてただそれだけで、彼らにとっては十分に許し難い敵なのだ。
 文字通り、決死の攻防戦が始まった。目に付いたヤギっぽい何かを、目に付いた端から呪歌で縛り上げたり子守唄で寝落ちさせる悠季の傍で、レティアも3階からここまで追いかけてきたにも拘らず切れのある動きでヤギっぽい何かを殴り飛ばす。

「ちぇぇぇすとぉぉぉぉぉぉッ!」
「きぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 気合のなせる業だろうか、それともやはりコレはキメラではないのだろうか、モップや箒で応戦する郵便局員達も、割かし戦力になっていた。素早く飛び回り、走り回るヤギっぽい何か達を、殴り飛ばし、叩き落す。
 空振りした箒がダンボールの棚を吹っ飛ばし、宙に舞った仕分け中の年賀状に狂喜して食いつこうとするヤギっぽい何かを、ついには悠季も回し蹴りで叩き落す。そうして「やぎーッ!?」と悲鳴を上げたヤギっぽい何かを、振り返ることなく悠季は近くに居た郵便局員の1人に言った。

「窓から蹴落としておいて!」
「解りました!」

 普通、建物の4階から落とせばそれだけで命はないが、すでにそんな動物愛護精神的な何かは、ここに居るメンバーの誰1人として持っては居ない。そして、そんなものすら必要なかったことを、直後に彼女達は思い知った。
 窓を開け、次々と伸びたヤギっぽい何か達を放り出す郵便局員が、怯えた悲鳴を上げたからだ。

「大変です! 奴ら、壁を這い登ってきました!」
「ヤギならヤギらしく玄関から来なさいよッ! ここは4階よッ!?」
「私が行きます!」

 思わず叫んだ悠季に、レティアが名乗りを上げて窓へと駆け寄る。幸い、ヤギっぽい何か達は(一体どうやって掴んでいるのかはその形状からは判断出来なかったが)壁を短い手足で、必死によじよじ、よいしょよいしょと登ってきているだけだ。ならばよじ登ってきた個体から、容赦なく叩き落せば良い。
 一体、何が彼らをそこまで年賀状に駆り立てるのだろう。世界三大珍味とはどういう事なのか、年賀状がその1つならば残る2つはなんなのか、レティアの胸の中に湧き出てくる謎は尽きない。
 だがしかし、レティアの内心など関係あるはずもなく、ヤギっぽい何かは精力的に、必死に向かってくる。その様は可愛らしくすらあったが、数が数であり、何よりその執念を思うと恐ろしい。
 それらをげしげしと蹴落とす間にも、部屋の中ではダンボールの棚ごとヤギっぽい何かを叩き落すやら、殴り飛ばすやら、眠らせるやら、戦いは続いていた。だが一体いつになれば終わるのか、もはや誰にも解らなかった。





 当然ながら、ヤギっぽい何かの最後の1匹を捕まえた時には、仕分け室の中は酷い有様になっていた。あちらこちらでダンボールの棚が潰れ、その合間から仕分け中の年賀状の無残な姿が垣間見えている。
 その中で、ルーガとエルレーンのお説教が響き渡っていた。目の前には、とりあえず全員縛られお縄についた、ヤギっぽい何か達、総勢40匹。

「いいか、ネンガジョウというのはだな、この国のビジネスにおいては欠かすことのできない礼儀作法のひとつなのだ」
「ちっちゃい子が一生懸命書いたネンガジョウだってあるんだよ‥‥ッ! 友達のところにちゃんと届くかな、いつ届くかな、ってどきどきしながら待ってるんだからねッ、かわいそうでしょ?」
「やぎ〜〜〜‥‥」
「でも、セカイサンダイチンミを食べたいやぎ‥‥」
「まだ言うか! お前たちが食した結果、『無礼だ』と思われる会社が出たり、商談がつぶれたらどうする?」
「まったくね‥‥」

 そんなルーガたちの言葉を聞きながら、郵便局員達と協力して潰れたダンボール棚を直しながら、深い、深いため息を吐いた。彼女はまさにそれを避けようと、全力で戦っていたわけなのである。
 が、そもそもあの数にこの人数では、押し返しきれるはずもなく。結局被害が出てしまったと言うべきか、むしろこの程度の被害で済んで良かったと思うべきなのか。
 潰れたダンボール棚の中から出てきた、見覚えのある年賀状を見て悠季は遠い目になって、深い、深いため息を吐いた。

「うん、書き直しね‥‥」

 もちろん、彼女はきちんと早めに年賀状を投函している。だが機械処理の限界とでも言うべきか、例えば郵便番号の5と6を読み間違えるなどして、互いの郵便局の間を延々と行ったり来たりした結果、元旦の配達に間に合わなくなってしまう年賀状も中にはあるのだ。
 はぁ、と大きな、大きなため息を吐いて何とか元通りになったダンボール棚の間を、今度は年賀状を拾い集めて回る。このままもう一度分け直せば大丈夫な年賀状ももちろんあったが、食い破られていたり、或いはぐちゃぐちゃに潰れてしまった年賀状も多かった。
 その中から、自分が出した年賀状をまずはより分けて、悠季は新たな年賀状を買い求めようと郵便局員に声をかける。この際、図柄は印刷済みのものを購入するか、郵便局で適当なものを印刷させてもらって――と考えていたら、まぁ待て、とルーガがそんな悠季の肩を叩いた。

「こんな悪さをしたからには、ヤツラに埋め合わせをさせねばな」
「じゃあ‥‥悪さしたおしおきなの、売り上げにきょうりょくするのッ」
「って‥‥何させるつもり?」
「無論、やぎ1匹につき10枚のノルマでネンガジョウを書かせるのだ」
「もちろん、ネンガジョウのおかねもやぎさんが払うんだよッ」

 師弟の言葉に、眉を潜めた悠季に彼女達は、頷き合ってそう告げる。悠季のものだけじゃない、他の台無しになってしまった年賀状も勿論、全部ヤギっぽい何か達に書かせるつもりだ。
 大丈夫なのだろうか、と悠季はその言葉に首をかしげた。何しろ、ヤギっぽい何か達の手と来たら、鉛筆を握るのも難しそうである。おまけに、どう見てもお金など持っていそうにない。
 そう、悠季が心配する前で、ヤギっぽい何か達はごそごそと話し合うと、やぎー、と頷き合った。どうやら納得したようだ。

「10枚やぎね」
「お金はこれで足りるやぎか?」

 肩からかけていたポシェットのようなものの中から、取り出した星っぽい何かを郵便局員に渡すと、渡された郵便局員はその数を確認し、確かに、と頷いた。どうやら通貨だったらしい。そんな事もある、きっとある、多分ある。
 そうして見ていると、ヤギっぽい何か達はその場に座って、汚れてしまった年賀状をお手本に、意外なほど綺麗な字で新しい年賀状を書き始めるではないか。イラストなど、印刷された元のイラストより上手いぐらいである。
 写真プリントの年賀状は当然ながら似顔絵イラストになったが、それでもなかなかの出来だった。やぎっぽい何かには、意外な才能があったようだ。
 それを見て、悠季は心を決めてヤギっぽい何か達に、自分の分も手伝って貰う事にした。宛名書きと添え書きはさすがに自分でやるが、イラストを描いてもらえるのならそれだけでも助かる。
 こうして、せっせと年賀状を書き始めた一団から、レティアは奥へと眼差しを移した。被害はやはり出てしまったが、それでも本丸、最後の扉は一応、守られたのだ。

「少しは、正月の楽しみを守れたわ」

 それを思うと、満足を覚えるレティアである。そうして再び、無事だった年賀状をダンボール棚に仕分けし始めた郵便局員達の作業を、じっと見学し始めた。
 同じダンボール棚であっても、県別に分けるものや市町村別に分けるもの、さらに各市町村の地名に分ける棚、そうして地名ごとの区画別に分ける棚――と幾つかの種類があるようだ。ここにあるのは、それらの仕分けを潜り抜けてきたものと、機械で同じ工程を通り分けられてきたものが集まる最後の棚、戸別に分ける作業を行うらしい。
 宿直の郵便局員はもちろん、連絡を受けて眠い目をこすりながら出てきた局員も、一緒になってそれらの作業を行っている。すでに明日の配達には間に合わなくとも、1日でも早く人々の手元に届けてあげたい、という願いのなせる業だ。
 しばし、それらの作業を物珍しげにじっと見つめていたレティアは、やがて「あの」と声をかけた。

「やってみても良いかな?」
「あ、ありがとうございます。えーと、でもここは戸建てだし、おやっさんの団地の方が解りやすいかな――おやっさーん!」
「‥‥‥?」

 よく解らないながらもどうやら難易度があるらしく、レティアはおやっさんと呼ばれるベテラン局員に紹介され、部屋番号ごとに年賀状を分け始める。その間にも次々と、ヤギっぽい何か達は破損した年賀状を書き上げて行き。
 すべてが終わった頃には、日付は勿論とっくに変わり、夜明けも近い時間だった。早番で出勤してきた局員が、事情を聞いて「じゃあもう、それも今日の出初で一緒に配っちゃいましょうよ」と同情する。
 そんな中、やっとお役ごめんになったヤギっぽい何か達に、エルレーンとルーガはご褒美(?)を与えていた。

「お前たちが書き損じたネンガジョウだ。これを食ってさっさと帰るが良い」
「こんなこともうしちゃめっ、だよぉ‥‥次は切手貼って、キミたちごとテイケイガイ郵便で送っちゃうんだからね!」
「あ、その大きさと重さだと郵便小包になると思います」

 師弟の会話に、聞いていた郵便局員が咄嗟に真面目に突っ込む。条件反射とは恐ろしいものだ。
 とまれ、やっと念願の年賀状にありつけてヤギっぽい何か達は歓喜の声を上げた。

「やぎ〜〜〜ッ!」
「これが年賀状やぎね!」
「美味しいやぎ!」
「さすがセカイサンダイチンミやぎ!」
「――もう何でも良いわ」

 何とか書き終えてぐったりした悠季と、おやっさんに師事して年賀状の仕分けの初歩を学んだレティアが、同時にそう呟く声は、仕分け室の中に響き渡るヤギっぽい何か達の歓声に掻き消されたのだった。