タイトル:【WF】sweet party!マスター:蓮華・水無月

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 17 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/06 13:05

●オープニング本文


 アメリカ大規模作戦兼クリスマスパーティーと銘打った、パーティー会場。そこには巨大なクリスマスツリーがホールの中央に据えられ、てっぺんでホワイトライトを受けて燦然と輝く大きな星が、集まった人々を優しく見守るようにキラキラと光を零している。
 壁には、リボンを寄り合わせたり、木の枝やツタを寄り合わせて作った大小さまざまなリース。時々形が崩れたものがあるのはご愛嬌だ。会場の照明はほんの少し控えめで、ところどころに据えられたキャンドルの灯が暖かな光で集った人々を包み込む。
 会場には能力者達有志が作成した、たくさんの美味しそうなお料理。シチューにサラダ、ロースとビーフにローストチキン。パエリアもクリームスープも、目移りしてしまいそうなたくさんの美味しそうなパンも、どこから手をつければ良いのか解らないくらい。
 良かった、と胸を撫で下ろした。始まりはどうなる事かと思ったけれども、それでも、なんとかなるものだ。

(みなさんのおかげ、ね。とても楽しそうで、本当に良かった)

 ゆっくりと雪島舞香(ゆきしま・まいか)は会場に集まった人々を見回す。そこには傭兵も、オペレーターも、或いは舞香のような事務方や、そうじゃない軍人も顔を見せているようだ。
 その中に上司を見つけて、舞香はぺこり、頭を下げた。

「こんばんわ、杉野さん」
「やあ。楽しんでいるかい?」
「はい」

 微笑んで舞香はちらり、友人へと眼差しを向けた。この秋、イギリスからやって来たばかりの友人アニー・シリングは、パーティー準備をしている時もそうだったけれども、パーティーが始まってからも忙しく立ち動いている。
 そんな彼女を見ているだけでも、舞香はほんの少し、楽しくなった。そう告げると、そうか、とマクシミリアン=杉野は安堵したように頷く。2年前、失恋の痛みを抱えて消沈していた舞香に声を掛け、自分の部下になりなさいと誘ってくれたのは、父の友人であるマクシムだった。
 それを、舞香は深く、感謝している。慣れない仕事は大変だったけれども、それで随分と気が紛れたのは、確かだ。
 どこかでトランペットの音が聞こえる。賑やかな気配に引かれて、色々な人たちがやって来て、様々な出し物をして楽しんでいるようだから、きっとアレも誰かが演奏を始めたか、あるいはフリーのトランペット奏者がやって来て腕前を披露しているのだろう。
 楽しく、賑やかな聖なる夜。

「羽目を外しすぎないよう、注意しておかねば、な?」
「あら、それもまた楽しみ、じゃないですか? 杉野さんの口癖、覚えてますよ。楽しければ何とでもなる。楽しくしてれば、何とかなる」
「楽しみのない人生なんて、想像しただけで気が滅入るだろう? 苦境の中に楽しみを見出してこそ人生さ」

 ぱちん、とウィンクする上司に、苦笑した。軍人として、或いは上司として賛否両論はあるだろうが、舞香はマクシムのこういう所が友人として、上司として好きだ。
 アニーがふと、舞香に気付いた。隣に立つマクシムに銀のお下げをぴょこんと跳ね上げ礼をして、それからぶんぶん手を振っている。
 彼女に軽く、手を振り返した。そうして舞香もまたマクシムに小さく頭を下げると、賑やかな人々の輪の中に入っていった。




 ――Merry Christmas! How do you pass?

●参加者一覧

/ 里見・さやか(ga0153) / ミア・エルミナール(ga0741) / シア・エルミナール(ga2453) / 愛輝(ga3159) / 守原クリア(ga4864) / 守原有希(ga8582) / 最上 憐 (gb0002) / シャーリィ・アッシュ(gb1884) / シェリー・クロフィード(gb3701) / 周太郎(gb5584) / 龍鱗(gb5585) / アクセル・ランパード(gc0052) / 鈴木庚一(gc7077) / 香月透子(gc7078) / 黒羽 拓海(gc7335) / 村雨 紫狼(gc7632) / 黒羽 風香(gc7712

●リプレイ本文

 やれやれ、と龍鱗(gb5585)はパーティー会場の入り口で肩をすくめた。幾人かがそんな龍鱗の横を、1人で、或いは友人同士で、または恋人同士で連れ立って通り過ぎ、会場へと吸い込まれていく。
 きょろ、と辺りを見回した。恋人と待ち合わせているのだが、お目当ての相手はなかなか、姿を現さない。お互いに忙しい身だから、もしかしたら急な用事でも入ったのだろうか。
 そんな事をぼんやり、思い巡らせる。思い巡らせ、会場の中から聞こえてくるポップな賛美歌に聞くともなく耳を澄ませる、男の横を通り過ぎて会場に入った鈴木庚一(gc7077)は、香月透子(gc7078)を振り返った。

「意外と賑わってるね」
「ほんと。大きなツリーね‥‥素敵!」

 庚一の言葉に大きな頷きを返して、透子はホールの中央に据えられた、天井まで届きそうなほど大きなツリーを楽しそうに見上げる。そんな透子を見て庚一もまた、だね、と眼差しの先のツリーを見上げる。
 軍のクリスマスパーティーがあるらしいと、誘ったのは庚一の方からだった。

『ま、俺もお前も、誘う相手も誘う奴も居ないだろう?』

 相手が俺で不満かもだけど、少しくらい付き合って貰うよ、と。面白そうにのどを鳴らした庚一に誘われ、やってきた透子である。
 ちらり、庚一を見上げる。色々料理もあるね、と辺りを見回し始めた彼と、クリスマスを共に過ごすのはいったい何年ぶりだろう。
 そう思っていたら、透子の上に返ってきた眼差しが懐かしそうに「お前とクリスマスを過ごすのは、何年振りで、何度目だろうな‥‥」と笑った。かつては婚約者として過ごした夜も、共にしなくなって久しい。
 さあ、と笑う。特別な相手と過ごしたい、特別な日。そんな夜を彼と共に過ごせるのが、凄く嬉しいと素直に思えるのは、クリスマスの魔法だろうか。
 胸の中で、問いかける。彼は、自分にとって今でも特別だろうか。自分は、彼にとって今でも特別だろうか。だとしたら――
 ふ、と息を吐く。そうして透子もまた、用意されたお料理へと眼差しを向ける。

「お酒も‥‥あるわね♪ ふふっ、少しだけなら飲んでもいい?」
「飲み過ぎるなよ」

 ご機嫌にグラスを取った彼女に、庚一はひょいと釘を差した。滅法弱いくせに、飲みたがるのは困り者だ。
 ぺし、と軽く頭を叩かれて、少し唇を尖らせながらもしっかりグラスを確保した透子は、ふと目を惹かれて会場へと視線を走らせた。こんなパーティーだから、サンタクロースの衣装を着ているものは、決して珍しくはないけれども。
 だが彼女、クリア・サーレク(ga4864)が身につけていたのは、普通のサンタ衣装ではない。和装サンタとでも言うべきなのか、裾をばっさり切った短い丈の赤い着物に、裾や襟元、袖周りを縁取る白いふわふわの生地。赤い記事にはよく見ると、同じ赤の糸でトナカイの刺繍が施されている。
 ひらりと着物の裾を閃かせ、わあ、とクリアは傍らの恋人を振り返った。

「大盛況だ。誘ってくれてありがとうね、有希さん♪」
「クリアさんに喜んでもらえて良かったです」

 無邪気な笑顔を向けられて、守原有希(ga8582)も嬉しそうにはにかむ。彼が和装が好きだからこそ、クリアも今日はこんな着物でやって来たのだ。
 良かったと、嬉しくなって会場を見回す。彼女自身の言葉通り、アメリカ解放作戦の打ち上げでもあるそこは、こじんまりとした空気から掛け離れて居るだろうと予想したものの、思った以上の人出だ。
 それに、何だか嬉しくなる。失われた彼女の故郷――いつか必ず取り戻すのだと近い戦ってきたそれを取り戻すための、今回の勝利は大きな一歩だと言えた。
 だから。その喜びをみんなと共有できる事も嬉しくて、何より有希と共にこの喜びを祝えるのがすごく、嬉しい。

「これ、美味しい! 有希さんもどうですか?」
「頂きます。‥‥うん、本当、ご飯が美味いなぁ‥‥」

 はい、と嬉しそうな笑顔で取り分けたお料理の皿を渡してくれたクリアから、受け取った有希はパエリアを口に運び、じわりと口中に広がる旨味を噛み締めた。その表情にひどく満足げな恋人を見下ろし、ふふ、と微笑む。
 彼女と、語りたい思い出は多い。ここまで積み重ねてきた時間はそれなりに長く、その間には彼女と共にしたものも、彼女の知らないものも、たくさんの出来事があった。
 バグアと直接対決をして、スレイヤー開発にも関わって、他にもたくさん。そして何より、彼女の故郷を奪ったビッグワン撃墜は記憶に新しい。
 ふと、クリアを抱き寄せる。それに彼女は逆らわず、寄り添って幸せそうに肩に頭を預けてくる。その、暖かな重みを感じてまた有希の胸に、暖かな感情が込み上げてきた。
 何かを言いかけて、けれども言葉にならないまま、辺りを見回すとふと、懐かしい顔が合った。思わずぴたり、足を止める。
 そうしてクリアに少し断って、ミア・エルミナール(ga0741)へと歩み寄った。

「お久しぶりです」
「あぁ‥‥」

 ぺこりと頭を下げられて、ミアはけれどもぼんやりとした様子でそれに応えるのみだ。幾つかの世間話や、小隊の現在をわずかに聞いて、それじゃあ、と去っていく。
 そうして戻ってきたミアに、シア・エルミナール(ga2453)がわずかに、居心地悪そうに辺りを見回した。

「‥‥ここしばらく離れていましたが‥‥パーティーだけに参加っていいんでしょうか? 気にしたら負けかも知れませんが‥‥」
「ああ‥‥まあ、いいんじゃないかな、それはそれで」
「そうそう。今日は2人の誕生パーティーも兼ねてるんだし」

 気にしないで、と愛輝(ga3159)もそんなシアに笑顔を返す。そうですね、と頷いた彼女はまだ、居心地が悪そうだったけれど。
 クリスマスパーティーと銘打ってはいるけれども、これは同時に先日の大規模作戦の勝利を祝した記念パーティーでもある。けれども殆ど表にも出てきていない自分達が、そこに加わっていて良いのか――どうしても、気になってしまうようだ。
 そんなシアに「いいんじゃ」と言葉を返したミアだって、戦いにはもちろん、この先の戦況がどうなるのかという話題にだって、興味もなさそうな瞳を向けるだけで。あちらこちらのテーブルを回っては、辛そうなものを中心にひょいひょいとお皿に取り分け、ひたすら食べているだけだ。

「少し、お腹をあけといてよ」

 2人を見比べながら、愛輝は肩を竦め、そう言った。大切な仲間であり、友人である2人。せっかく彼らの誕生日を祝うために、手作りケーキを持ってきたのだから、いざという時になってお腹一杯で食べられない、と言われると些か、悲しい。
 そう? とそっくりの友人達から見上げられ、そう、と頷く。それにまた同じ様な顔で首をかしげ、また適当な料理を物色し始めた双子を見るともなく見つめてから、周太郎(gb5584)は現れた同行者を振り返った。

「また、この日に時間を貰えるとは‥‥思ってなかった」
「今年も私を誘うなんて本当に物好きですよ。あなたが誘えば喜ぶ人なら他にもいるでしょうに」

 周太郎の言葉に、シャーリィ・アッシュ(gb1884)が軽く笑みを零す。そうして手の中で揺れた淡い金の液体に、眩しそうに瞳を細めた彼女の横顔を、そうでもないさ、と呟きながら周太郎は見つめた。
 特別な日、特別な夜。聖なる夜であるという以上に、クリスマスは――そのイブは、シャーリィがこの世に生まれた特別な日だ。
 どうしてこんなにも彼女に興味があるのだろうと、ずっと、周太郎は考えていた。気付けば他の誰よりも彼女の事を考え、知りたいと思い、共に過ごそうとしている相手。その、彼女への興味と想いが行き付くところはどこなのだろうと――考えていた答えは結局、彼女がやってくるまでには出なかったけれど。
 彼女と共に過ごせるのなら、物好きと笑われるのも吝かでは、ない。

「アッシュさんの、誕生日だから‥‥な。エスコートをさせてくれないか、今日という日を、俺に」
「ありがとうございます。17の時にLHに来たと思ったら、もう21です。従弟も結婚しましたし、時間が経つのは早いですね‥‥」

 そうして告げた周太郎に苦笑しながら、シャーリィはそう苦笑する。そうして、一体このやり取りはもう何回目だろうと、彼と積み重ねてきた時間を、想う。
 咄嗟に思い出せない程度には、それは長く、そうして一言では説明出来ない程度には様々な事があった。来年も、彼とこうして過ごすのだろうか。それともまた別の時を過ごしているのだろうか――そう、考えてみたけれども答えなど出るはずもなく。
 ゆっくりと、連れ立って歩き出す。そうして食べている様子でもないのに、気付けば着実に取り皿の上の料理を消費しながらそぞろ歩く2人を、龍鱗は歩み出しかけた足を止めて見送った。せっかく見かけた周太郎に、挨拶でもと思ったのだが、今お邪魔するのは無粋というものだろう。
 だから龍鱗はきびすを返し、再びパーティーを楽しむ人々の中へと滑り込む。残念ながら待ち人来たらず、な龍鱗だったけれども、幸い辺りにはたくさんの能力者が居て、話し相手には事欠かない。
 幾人かの知り合いに声をかけて、メリークリスマスの挨拶を交わした。その中には忙しそうにぱたぱたと、銀のお下げを振り回して動き回って居るアニー・シリングや、彼女を手伝ってあちらこちら、動いて回っているらしい雪島舞香も居て。

「楽しんで下さっていますか?」
「何かあったらすぐに言って下さいね!」
「あぁ、ありがとう。そちらも、疲れが出ないように」

 こくり、穏やかな笑顔でそう尋ねた舞香と、眼鏡の向こうの青い瞳をくるっと回してそう言ったアニーに、労いの言葉を返す。そうして立ち去ろうとした龍鱗の視界を、茶色く巨大な物体が通り過ぎた。
 ぎょっ、と目を見開いた彼の耳に、その物体が――トナカイのキグルミを着た村雨 紫狼(gc7632)が発した声が、届く。

「いやーやっぱアニーたんは可愛いなあ〜その仕草、乙女だね! これ、サーにプレゼントな。あ、ちゃんとペットショップの人に聞いて、老犬用の歯磨き骨ガムだから!」
「ぁ、ぇっと‥‥ありがとうございます」

 ぺこん、と頭を下げてラッピングされた包みらしきものを受け取り、今度こそアニーが去って行った。それを見送ってから、ふぅ、とトナカイの手で額の汗を拭った紫狼である。
 彼は龍鱗の視線に気付くと、お、と笑顔を浮かべた。そんな紫狼にもまた、メリークリスマス、と声をかける。

「随分気合が入ってるな」
「いやー、あっちこっち顔出したからな! サンタコスもどーせ居るだろうと思って」

 きょろ、と見回した紫狼の目には、一体誰が映ったものか。なるほど、と頷く男に肩をすくめて見せる。
 何しろ先ほどまでは、合コンや鍋パーティー(?)にも参加してきた紫狼だ。それはそれで何というか、正しいクリスマスのような気がしなくもなくもないのだが、ただ純粋にクリスマスを祝うと言うのも楽しいものである。
 なので、ここは1つとトナカイのキグルミに身を包み、色んな相手に声をかけているのだった。ある意味、彼なりの1年の厄落とし。
 幸いここには美味しいお酒もあって、美味しい料理も用意されている。あんまり飲みすぎては最後まで楽しめないし、ほどほどに――と近くのテーブルを振り返った紫狼は、けれどもそこに広がっていた光景に目を見張った。

「ちょッ、俺が目をつけてたローストビーフとかフライドチキンとか消えてね?」
「‥‥ん。料理は。早い者勝ち。先手必勝。弱肉強食。食物連鎖」

 そんな紫狼の疑問に答えたのは、もくもくと口を動かしながらとつとつと言葉だけを放り出した、最上 憐 (gb0002)だった。言っている傍からさっさと、大皿からパエリアを手元の皿に取り分けては口の中に流し込む。
 あちゃ、と紫狼は目を覆った。彼もまた、憐の食欲が非常に旺盛である事を――それはもう、暴力的なほどに旺盛である事を知っていたから。

「憐たん、ちょっと抑えて、抑えて!」
「‥‥ん。問題ない。端から。順番に。どんどん。頂いて。行く」
「問題あるから言ってるんです!?」

 あっという間にどこかの漫才コンビのような大騒ぎで、巨大ツリーが食べられるかだの、好き嫌いはするんじゃありませんだの、料理を前に言い合っているコンビはまるで、知らないものが見たら兄妹の様にも見えた、かもしれない。
 少なくとも黒羽 拓海(gc7335)はそんな風に思いながら、それにしても、と我が身の方を振り返った。主には、彼の腕にしっかりと抱きついている彼の義妹を。
 戦いばかりの日々では疲れるし、たまには休みも必要だろうと、義兄妹で揃ってパーティーに足を運んでみた彼らである。ドレスコードを意識して、背中をやや大胆にカットした黒いパーティードレスの上から白のストールを纏った黒羽 風香(gc7712)と、意識した訳ではなくいつも通りのダークスーツに身を包んだ拓海は、見た目からしても一対に見えた。
 ぁー、と気まずい気持ちで、そんな風香に声をかける。

「そうくっ付かれると歩きづらいんだが‥‥」
「これくらい、エスコート出来るようになったほうが良いですよ?」

 クス、と笑って見上げて着た風香の胸元で、黒い羽を模したペンダントが揺れる。その動きに惹かれるように、風香の胸元を見るでもなく見つめてから、はっ、と気付いて目を逸らし。
 心持ち、身を放しながら言った。

「けど、普通の兄妹は腕を組んだりしないと思うぞ」
「言ったはずですよ? 今日は妹扱い禁止です」
「ぅ‥‥」

 きぱっ、と返された言葉に、居心地が悪くなって拓海はまたため息を吐く。それはパーティーに参加する前にも言われていたことだ。『今日のパーティーは妹扱い禁止』。
 けれども、はいそうですか、と返すには些か心情は複雑で。やっぱり風香は俺を男として見てるって事なのか、と幼馴染の言葉を思い出す。
 妹としか思ってなければ、或いは彼女を女として見ていれば、その言葉に素直に頷けもしただろうけれど――拓海の心中は、どちらかで割り切るには中途半端だ。

(‥‥近い内に、心の広い幼馴染に感謝することになりそうな気がしてきたな‥‥)

 あっちにも行ってみましょう、とするりと腕を外した代わりに、ぎゅっと手を繋いで歩き出した風香の背中を見ながら、思った。そんな自分の事も知って居て、それでもそんな助言を寄越し、一緒でも構わないから、と言ってくれる寛大な幼馴染には、礼の1つじゃすまなさそうな予感である。
 そう言えばその幼馴染は元気だろうか。もう少し、落ち着いたら会いに戻るのも良いかも知れない。そんな事をつらつらと思い起こす拓海の横顔を、ちら、と風香は複雑な眼差しで見上げ――ふる、と首を振ってまた、前を向く。
 そんな彼女の横顔に強さを感じて、ふとアクセル・ランパード(gc0052)は眼差しを向けた。自分が追い求めているものではないかも知れないが、それでもある種の覚悟を感じる、その横顔。
 アクセル? と呼ばれて小さく首を振り、視線を戻す。きょとん、とそんなアクセルを見上げたシェリー・クロフィード(gb3701)が、次の瞬間ふにゃりと幸せそうな笑顔になる。それが嬉しくて、アクセルもまた少し、笑顔になった。
 しっかりと手を繋ぎ、人の波を泳ぐように歩きながら。久し振りのデートに、心から楽しそうなシェリーの笑顔に、眩しさすら感じる。
 ‥‥この日までに、自分の弱さを克服したかった。アクセルの中に確かに根付く、その弱さ――それを乗り越えてこそシェリーの傍らに居続ける事が出来るのだと、思っていたのかも知れない。
 けれども、それはどうしても無理で、ならばこの身1つで彼女にプロポーズしようと思う。その覚悟を決めたまでは良いのだが――果たして、どのタイミングで切り出せば良いのか。
 そわそわと、落ち着かないアクセルを見上げて、ふにゃ? とシェリーは首をかしげる。眉間に皺を寄せた彼の顔は、とてもじゃないけれどもパーティーを楽しんでいるようには見えない。
 自分と一緒に居るのが楽しくないのだとは、思わなかった。きっとシェリーが彼と久しぶりに会えてすごくすごく嬉しいように、アクセルも喜んでくれている。だって少なくとも彼の手を握った左手は、振り解かれて居ない。
 ならば――シェリーは傍に合ったローストチキンを一切れフォークに突き刺すと、アクセルの口の中に突っ込んだ。

「ていッ!」
「もがッ!?」
「難しい顔しているのですよー。折角だし一緒に楽しむのですよ♪」
「ん!? ええ、楽しんでますよ」

 こくりと首を傾げて顔を覗き込んだシェリーに、アクセルは面白いくらい動揺し、口の中に突っ込まれたローストチキンを丸飲みした。が、途中で喉に引っかかり、思い切りむせてしまう。
 いけない、これではいけない。思った以上に彼は緊張しているようだ。
 どうにかしなければ、何とか緊張を誤魔化さなければ、とアクセルはとっさに、側にあったシャンパンを一気飲みする。

「‥‥ちょっと涼みに外に出ませんか?」
「うん!」

 そうして告げたアクセルに、告げられたシェリーはくすくす笑いながら頷いた。そんな彼女もまた、鞄の中に用意してきたものを思って、それから一緒に告げる予定の言葉を思って、ドキドキしていたけれど。
 お互いにドキドキしながら、お互いには悟られないように頑張って、手を繋いで会場からそっと抜け出す。そんな様子を、相変わらず忙しく口を動かしながら見ていた憐がぽつり、呟いた。

「‥‥ん。アレが。バカップルと。言う物なのかな?」
「あれは手前っぽいな〜。今でもかわんねー気がするけどさ!」
「なるほど。勉強になる。‥‥ん。良く分からないけど。とりあえず。リア充。爆発しろと。言ってみる。爆発しそうになったら。外に出てね?」
「大丈夫だ、憐たん。悔しいことに、ほとんど皆もう外に出てる」

 わりと冷静に突っ込む紫狼。気付けば会場に残っているのは彼らのような友人同士か、或いはすっかり出来上がって久しい恋人達くらいで、ここを勝負と思い定める若人の多くは臨戦態勢(?)に入っている。





 ほんの少し会場を離れると、そこには静かな空間が広がっている。そんな建物の一角に、有希とクリアもやって来ていた。
 仲良く手を繋ぎ、指を絡めて。ここまで届いてくるパーティーの喧騒に耳を澄ませながら、時々他愛のない言葉を交わして、くすくすと笑い合って。

「良いパーティーですね。料理も美味しかった」
「うん‥‥ぁ、有希さん、これ」

 もう幾度目になるか解らない、睦言のような会話の後で、そう言えば、とクリアは着物の胸元に手を差し入れた。中から取り出したのは、今日彼に渡そうと準備してきたプレゼント。
 巾着に包まれ、程よいぬくもりを放ち続けるそれを、はい、と手の上に大切に置いて渡せば有希の顔が明るく輝く。そうして嬉しそうに、なんですか? と言いながら巾着の紐を解く。

「懐炉。これからも冬は厳しくなるし、宇宙に行ったらもっと寒かったりするから。有希さんが、いつもどんな時も、心から暖かでいられますように、ね」
「ありがとうございます。嬉しいなぁ。うちからもプレゼント、あるんですよ」

 微笑んだクリアの言葉に、満面の笑みで礼を言いながらさっそく自らの懐に納めた有希は、代わりに瑠璃誓龍凰を取り出し、はい、と渡した。瑠璃飾りの腕輪は、ペアになって居る。
 クリアと有希、いつでも共に同じものを身につけていられるように。

「機体以外お揃いはなかったでしょ?」

 耳元でくすくす笑いながら、まるでイタズラを告白する子供のように囁かれて、うん、とクリアは頷いた。請われて、互いの腕に瑠璃の腕輪を通す行為は、まるで神の前で誓いの指輪を交わすかのようだ。
 クリアの故郷を奪還したら、結婚しようと約束した。ならばそれはどこもおかしくないはずだけれど、やっぱりどこか、くすぐったい。
 嬉しそうに、幸せそうに、笑うクリアの笑顔を有希は見つめる。ここに到るまでには本当に、様々な事があった。彼女と共に戦いもしたし、守りもしたし、守られもしたし、怖がらせてしまったりもした。
 けれどもそのどの思い出も、何1つとして代え様のない大切なものだ。それが彼女も同じ気持ちであってくれれば良いと、焦がれるように願う。
 彼女からいつだったか贈られた、有希の愛機の愛刀『新月』。朔夜に太陽を独占する月のように、有希もまた新月となり、クリアという太陽を独占したいと思うのは――我ながら嫉妬深いと、思わないでもないけれど。

「うちはまだ弱い。弱いと一番大切なクリアさんを悲しませるって、痛感しました。だから1cmでも前に歩み続けます」
「有希さん」
「だから、この瑠璃にかけて誓います――守原有希は戦いを、その後の人生をクリアさんの一番傍で愛し合い共に生き抜きます!」

 瑠璃の宝石言葉は、永遠の誓い。ならばその名に掛けた誓いは、永遠に違えられる事はない――永遠に、違えるつもりはない。
 その溺れそうなほど深い想いを感じて、幸せを感じて、クリアは眩暈にも似た心地を覚えた。そんな彼女を強く抱き寄せ、有希は想いのままに口付ける。
 深く、強く。千の言葉を尽くすよりも熱く、この想いが伝わりますように。
 そんな恋人達の様子にうっかり通りがかってしまい、眩しそうに目を細めて逸らして、周太郎はシャーリィへと視線を戻した。騎士の家系に生まれ、彼女自身もその様に振舞うシャーリィも、もちろん礼儀正しく目を逸らしている。
 足早に過ぎ去れば、辺りからはすっかり人気がなくなった。そう言えば会場のどこかでは、白い妖精を見つけたら願いが叶うかも、というイベントをやっていたか。

「‥‥そう言えば、願い事が俺にもあったな」

 ふい、と。さりげなさを装って呟いた言葉に、ぴくり、シャーリィは肩を揺らした。それがどんな意味なのか、考える前に言葉を紡ぎきった。

「‥‥貴女と一緒の時間を、もっと、沢山‥‥もっと長く、傍で感じていたい」

 いつからその想いを、感じていたのだろうか。誰よりも彼女の傍で、誰よりも一緒に、同じ時間を過ごしたいと。
 この想いがやがてどこに行きつくのかすら、周太郎には想像も出来なかった。我ながら人形のようだと思えるほど感情の起伏に乏しい自分の中に、確かに息づくこの想いすら、周太郎には些かまだ、手に余るかも知れない。
 けれども、人形ではなく、人として。供に過ごし、時を重ねていきたいと。

「‥‥どう、だろうか‥‥?」

 そう、紡いだ声は掠れていたかも知れない。彼女に届いた自信すらなかった。
 だから、シャーリィの唇がその言葉を紡ぐまでが、ひどく長く感じられたのは、そのせいもあっただろう。

「仰ったその意味が恋人としてという意味であるなら‥‥私は周太郎さんの気持ちに応える事は出来ません」

 ゆっくりと時間をかけて、シャーリィはそう、言葉を紡いだ。周太郎の瞳が僅かに見開かれたのに、目を細める。
 胸の中に彼が嫌いかと問いかけたら、返ってくる答えは否だった。けれども、ならば彼の手を取るかと、問いかけた答えも否だった。

「果たさなければいけない誓いがある‥‥それを完遂するまで私は女ではなく騎士として生きる。そう、決めたんです」
「アッシュ、さん‥‥」
「周太郎さんのことが嫌いというわけではないです。ただ、いつ死ぬかわからない戦場ばかりを選ぶであろう私の事でこれ以上煩わせたくない‥‥。だから‥‥ごめんなさい」

 そう。最後の言葉を紡ぎ終わり、僅かに俯いていた顔を上げた彼女の顔は、凛と潔い。周太郎に、それ以上の言葉を紡がせないほどに。
 何かを言いたくて、けれども何を言えば良いのか解らなくて。押し黙った周太郎を見るシャーリィの眼差しが、ふと緩む。

「周太郎さんは命を粗末にするようなことは絶対しないでくださいね‥‥。そんなことになったら泣く人も絶対にいますし、私も泣きますからね」

 ごめんと、謝るくせに泣くと言う。そうして言葉通り、凛とした泣きそうな笑顔だけを残して会場に戻っていくシャーリィに、どう返して良いか解らないまま、周太郎は立ち尽くした。
 シャーリィの気持ちは、周太郎にも解った。それでも胸の中をひっくり返したら、すぐには、この思いを捨てることはできなくて――そのくらいの、簡単な覚悟で告げた想いでは、なくて。

「‥‥サンタクロースも、これは匙を投げるかも、しれないな」

 それでもこれが、俺の想いの行き着いた先だったんだと空を見上げて呟いた、周太郎の言葉が聞こえたようにシャーリィもまた、痛みを堪えるように俯き、唇を噛みしめた。





「やっぱり外は涼しいですね、いや肌寒い感じか」

 ようやく人心地ついた様子で、アクセルは冷たい夜風に身を任せた。やはり知らず、気負っていたのだろう。冷たい風がアクセルの、高揚した意識も洗い流していく。
 そんなアクセルを見上げたシェリーは、えっと、と綺麗にラッピングしたプレゼントを取り出した。いつ渡そうと、タイミングをずっと図ってドキドキしてた、それ。

「はい! クリスマスプレゼントなのですよ♪ どうかな?」

 だから精一杯の笑顔で渡したのは、一生懸命作ったあくせるのぬいぐるみ。不器用だけど頑張って作ったそれは、我ながらなかなかアクセルに似てると思うけど、代わりに手は絆創膏だらけになってしまった。
 それでも気持ちは満足で。中を見たアクセルが、ぬいぐるみとシェリーの手を代わりばんこに見て、それから笑顔で『ありがとうございます』と言ってくれたから、もう1つ満足。
 その満足に勇気を貰えたから、シェリーは次の言葉を喉の奥から押し出せた。

「えっと‥‥あとね。もう一つプレゼントがあるのですよ」
「‥‥?」
「あのね‥‥あ、アクセルのことが好き‥‥大好き!! ボクの全部あげるからアクセルの『これから』を下さいなのですよ!!!」

 自分の気持ちを伝えるかどうか、本当は悩んでいた。何もかもホントは自分の勘違いで、フラれたらどうしようと、そんな事ばかりを思い巡らせてばかりで。
 それでも確かな事は、シェリーがアクセルの事が好きだと言う事。そうしてこの気持ちを、彼にもちゃんと知っていて欲しいと言う事。
 だから――じっと真剣な眼差しで、必死に見上げてきたシェリーに、アクセルの最後の緊張が、すとんと消えた。

「‥‥俺は若輩ですし、弱い。これから先、どう変わっていくかも分かりません」
「強い人なんてそんなにいないのですよ。ボクだって子供っぽいし、泣き虫だし‥‥」

 ふる、と首を振る彼女は、強い。少なくともアクセルにはそう感じられて。
 ふわり、瞳に金の光が宿った。長い髪が白に染まり、左目の傷跡から真紅の血が流れ出す――アクセルの覚醒した姿。どうしても、彼女にこれを見せておきたかった。
 金色の眼差しで、アクセルはシェリーをじっと見つめる。

「現に彷徨ってこの有様ですし、これからも迷う事もあると思う。それでも‥‥僕は、貴女を愛してます、シェリー。貴女の『これから』を傍で支えます」
「アクセル‥‥」
「だから‥‥、自分を側から支えて貰えませんか?」

 そうして彼女の前に差し出したのは、華やかなローテローゼに添えた、ユニコーンリング。本当はダイヤの指輪が相場なんでしょうけど手に入らなくて、と頬を掻きながら告げる彼の顔は真っ赤で。
 大切に、受け取った。受け取り――ぎゅーッと強く、そんなアクセルに抱きついた。

「嬉しい‥‥ッ。これからもよろしくなのですよー。ボクの騎士さん。ううん‥‥未来の旦那様♪」
「喜んで、マイフェアレディ」

 ぎゅっと、きつく抱き締め返したアクセルと、嬉しくてついに泣き出してしまったシェリーの姿が、ちょうど見えない辺りの窓際に陣取って、ミアはのんびりとサンドイッチを摘まんだ。生ハムを挟んだ豪華なものだ。
 ささやかながら、賑やかな誕生日。愛輝が楽しそうに料理をチョイスしてくるけれど、ミアもシアももちろん、それぞれに料理を確保して来ていた。

「愛輝さん、少しゆっくりしませんか。食べ切れません」
「ケーキもあるの、忘れないでね」
「その分を空けとけって言ったの、自分だろ」

 にこっと笑った愛輝に、呆れたようにミアが息を吐く。それから思い出したように、これ、と片割れにプレゼントの包みを渡した。
 中に入っているのは、眼鏡が手放せないシアのために用意した、新しい眼鏡。ありがとう、とさっそくかけかえた片割れが寄越したプレゼントの包みの中には、革のジャケット。
 さっそく羽織ってみて、それから賑やかな人達を、見る。そうしてまた知らず、ぼんやりとした眼差しで呟く。

「とりあえず‥‥全部終わったらどうしようか‥‥やる事もないし。2人で旅でもしようか‥‥」

 その、全部終わるのがいつかすらも明確には判らず、興味も強く抱けはしない。ただ、早く終われば良いのにな、と思う。
 そうですね、と同じ様に遠くを見つめるミアもまた、年単位で表には顔を出して居ないぐらいには、戦況には疎い。このパーティーだって、たまたまチラシを見かけた愛輝に誘われなければ、参加しようとも思わなかっただろう。
 けれども。

「現状も先行きもどうなるか分かりませんが、今は楽しむとしましょう。落ち着くのもそう長くないはずですから」
「そうだよ。それに、今急いで決めることでもない――はい、ケーキ。2人とも、誕生日おめでとう」

 そう、告げたミアの言葉に、愛輝が切り分けたケーキをそれぞれ手渡しながら言葉を重ねる。彼からのプレゼントは、ミアへは赤いリボン、シアへは青いリボン。
 受け取り、礼を言った。口に運んだケーキはスポンジもしっとりとしていて、それでいて軽い口当たり。柔らかなクリームが、口の中でふんわり溶ける。
 まあ、とシアはだから、思った。先のことなど解らないけれど、今は誕生日を素直に祝われておこう。こうして、何年経っても変わらず傍にいてくれる人がいるのは、それは嬉しい事に違いないのだから――
 そう、愛輝を見て、ミアを見て。そうしてどこかから聞こえてくるピアノに耳を傾ける。
 繊細で軽やかなピアノの音色。それは定番のクリスマスソングを幾つか紡ぎ、ふわりと宙にほどけるように消えて。
 その、最後の1音を確かめてから、風香はかたん、と立ち上がった。丁寧に蓋を降ろし、演奏の間だけBGMのボリュームを下げてくれていた青年に頭を下げる。
 それからすぐ側で聞いていた拓海を振り仰いだ。

「ん? もういいのか?」
「ええ。どうでした? 久しぶりの私の演奏は」
「良かったよ。随分久しぶりに聴くから、何だか懐かしくなった」

 くしゃり、と笑って頭を撫でる拓海に、少し唇をへの字に曲げる風香を見て、気まずい気持ちで手を離す。そうして救いを求めるように、きょろ、と辺りを見回した。
 早い者はすでに三々五々、二次会に抜け出しているのだろう。来た時より人影の少なくなった会場に、何だか焦る気持ちになって、意味もなくため息を吐く。
 少し休もうかと、義妹を促して会場を出た。あちらこちら、ゆっくりと休憩出来るスペースもあったはずだと思いながら廊下を歩く。
 そんな義兄の後ろから――風香はぐい、と腕を引っ張って。

「‥‥ッ!?」
「好きです‥‥拓海。一人の男性として‥‥愛してます」

 驚いて振り返った、拓海に不意打ちで、キスをした。そうして耳元で囁いた言葉に、息を呑むのが解る。
 それがどういう意味なのか、考えかけて、止めた。少しは、自分の事を異性として見てくれているのだろうか。それともやはり、あの人の事を拓海は愛しているのだろうか。
 そんな事を考え出したら、立ちすくんで動けなくなってしまうから。このままただの妹で終わりたくないから‥‥少しだけ勇気を出して踏み出そうと、思った。
 せめて風香の事を妹としてじゃなくて、一人の女として見てもらえるように。

「風‥‥香?」
「今答えなくてもいいですよ。でも‥‥ちゃんと考えておいて下さいね」

 そう言って、まるでこの場から逃げるように「さ、行きましょう」と歩き出す、風香の小さな背中を拓海は、見つめた。言われずとも、すぐに答えを返す事など出来そうもなかった。
 風香と、幼馴染。二人共、なんて言ったら風香はきっと、怒るか呆れるに決まってる、と知らず、苦い笑みをこぼし。
 凛と立つ背を追いかけて、並んで義兄妹が歩き出した廊下から出た所にあるテラスで、庚一はふぅ、とようやく息を吐くと煙草を取り出し、火をつけた。きつ、と肺の奥まで紫煙を吸い込み、良く晴れた冬の夜空の先を、見つめた。
 ホワイトクリスマスとはいかなかったな、とぼやくような庚一の言葉に、そうね、と突き抜ける星空を見上げて透子は頷く。そうしていたら、まるで白い息が世界を染め上げるような心地がして、この世界にただ2人きりで存在しているかのような錯覚を覚えた。
 透子と、庚一。凛と張りつめた空気の中で、そう感じるのは少し、ワインを飲み過ぎただろうか?
 しばしの、沈黙。それから不意に、思い出したように庚一がひょい、と懐から投げて寄越したのは、小さな四角い箱。

「‥‥あー‥‥これ、やるよ。クリスマスプレゼントってやつだ。なんだかんだで世話になってるんでね」
「あ、ありがと‥‥大事にする、わ」

 慌ててキャッチして、透子はもどかしい気持ちでリボンをほどきながら礼を言った。庚一からのプレゼント。貰えるなんて期待もしてなかったから、嬉しいのと、驚いたのと、やっぱり嬉しいのとで頭が真っ白になる。
 お歳暮と考えても良いぞ、と嘯く庚一を睨む透子の目元は、お酒のせいだけじゃなく少し、赤い。そうしてもどかしく開けた箱の中にあった、フェアリーネックレスを見てまた少し目元を赤くし、ありがと、と呟いて。
 大切にしまった後、鞄の中身を探って取り出した、ラッピングした小さな箱。透子は放り投げたりせずに、それを「はい」と差し出した。

「庚一、あの、ね‥‥あたしも‥‥その、日頃の感謝の気持ちって言うか‥‥」
「ん。悪いね」
「実は‥‥い、嫌じゃなければ‥‥お揃いなんだけど‥‥」

 そう、顔を真っ赤にしながら渡された箱を、受け取って庚一はまた、紫煙を吐いた。開けた箱の中にはセント・クロス。緊張したようにこちらを伺う、透子の心配そうな眼差し。
 きつ、と庚一が紫煙を吸い込んで吐き出す、その沈黙は何だか長く感じられた。また、透子は自分に問いかける。庚一にとって、透子は特別なのか。透子にとって、庚一は特別なのか。
 問いかけて――ぼんやりと空を見上げていた庚一の言葉に、一瞬理解が遅れたのはきっと、だからだ。

「‥‥なあ、透子、結婚するか?」
「‥‥ッ、い、今、何て言った‥‥の?」
「まあ、どっちでも良い事だがね」

 煙草を灰皿に押しつけながら、庚一は気負った様子もなく、パクパクと口を動かす透子に肩を竦めた。
 強いて言うなら、唯、そんな気分になっただけだ。ずっと一緒に居たいとか、そういうのは自分俺には似合わない。けれども唯、何となく――このままの関係も面白いけれども、彼女と一緒に歩くのも面白いと、思っただけ。
 そんな、庚一の言葉に透子は立ち尽くした。頭の中が真っ白で、心臓が早鐘のように鳴り響く音が妙に大きく聞こえて。
 かつては1度、結婚を約束しながらダメになった自分たち。それなのに、もう1度――もう1度、庚一は――?

(‥‥嬉しい)

 真っ白な頭と心の中に、その言葉だけが、その感情だけが溢れていく。自分を見つめる庚一の顔が、涙で歪んで見えなくなった。けれどもどうしても、何度涙を拭っても、溢れ続けて留まる所を知らない。
 嬉しい、と。はい、と応えれば良いのに。それだけで良いのに、ただその2音を紡ぐ覚悟が、どうしても出て来なくて。

「――応えも別に要らんよ。唯、何となく言っときたかっただけだ」
「‥‥‥ッ」

 まるで、透子の心を見透かしたかのような、庚一の言葉。それに弾かれるように、透子は彼の胸に顔を埋め、ただただ溢れる涙に身を任せた。
 冴え冴えとした夜空の星が、キラリ、小さく輝いている。





「‥‥ん。楽しかった。美味しかった。毎日。クリスマスパーティなら。良いのにね」

 さすさすとお腹をさすりながら、しみじみ憐は呟いた。こんなにごちそうが心行くまで食べられるのなら、1年中クリスマスでも良いくらいだ。
 スープ、チキン、ローストビーフにたくさんのパン。きらきら輝くクリスマス・オーナメント。

「‥‥ん。次は。更に。沢山。料理が。あると。良いかも。会場から。溢れる。位で」
「憐たん、まだ食べるんか‥‥」

 こっくりと頷き呟いた憐の言葉に、聞いた紫狼が遠い眼差しになる。お嬢様、そりゃあもう、ものすごーく食べてましたよね?
 だがそのぼやきを聞くと、ん? と憐は不満そうな眼差しになった。どうやら全くもって足りていなかったらしいいと、それで理解する。
 だから。

「‥‥ん。帰りに。カレー屋に。よって。カレーでも。飲んで。一服しようかな」
「なんか動詞がおかしいけど了解だぜ! カレー良いよな、カレー!」

 不足を補おうと、呟いた言葉に全力で拳を振り上げる男をちらりと見て、我関せず、と憐はすたすた歩き出す。聖なる夜は、まだ終わりが見えないようだ。