タイトル:伸ばす指先。 〜Annieマスター:蓮華・水無月

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/24 12:37

●オープニング本文


 冬は痛みの多い季節だと思う。思えば彼女の身の上に起こった、たくさんの辛く悲しい出来事はいつも、冬の気配を伴っていた。
 かつて、ドイツに留学する恋人を見送ったのも。彼が、あちらで出会った女性と結婚すると知らされたのも。子供が生まれたと聞いたのも、全部――雪のちらつく、寒い日。
 この世から雪なんてなくなれば良いのにと、思う。思うけれども、それが自分自身のくだらない感傷に過ぎない事もまた、解っている。
 解っている――そのつもりで。けれども雪の白を見るたびに、彼の名を聞くたびにツキリと針で刺すような、わずかな痛みが込み上げてくるのに、うんざりして。

「――すみません」
「‥‥ッ、はい、何でしょう?」

 ふいに声をかけられて、雪島舞香(ゆきしま・まいか)は取り止めのない思考を振り払い、そちらを振り返った。こういう、とっさに表面を取り繕ってしまう所は、あまり自分で好きじゃない。
 そんな事を頭の片隅で考えながら、振り返った先に居たのは1人の女性だった。青い瞳に決意のようなものを感じさせる、緩やかな波を打つ銀の髪を緩い三つ編みに下ろした人。
 何となく同僚のアニー・シリングを思わせる。あちらの人はみんな、こんな感じなのだろうか。
 女性は舞香をじっと見上げて、人を探しているんです、と言った。

「私に似た――いえ、私の元恋人を見つけて欲しくて。能力者に頼むならLHに行けば良いと、聞いたんだけど‥‥」
「そうなんですか? でしたらご案内出来ますけれど――どちらから?」
「ドイツ」

 何かを悩むように視線を揺らした後、そう言った女性に何気なく尋ねた舞香は、返ってきた言葉にドクン、と胸を跳ね上げた。ドイツ。彼が行った国。彼が、あの人と出会って舞香を捨てた国。
 いけない、と湧き上がってきた黒い感情を押し殺し、そうですか、と努めて何気ない口調を保つ。楽しかった事を、例えば去年のクリスマスパーティーの事を思い出そうと、理性を総動員する。

「能力者に依頼なんて、何かトラブルにでも?」
「いえ。――トラブルがあるとしたら、彼自身よ」
「ぇ?」
「流れの傭兵みたいな事をしてたらしいんだけど、後ろ暗い事の方が多かったみたいだから」
「‥‥‥」
「もう会わないって、言われたんだけど。でも、何か納得も出来なくって――最後にもう一度だけ、会って聞いてみたい事があって、ね」

 馬鹿な感傷でしょ、と自嘲した彼女に、眩暈がした。最後にもう一度だけ。その言葉に、あの日の舞香が呼び起こされる。
 彼がもう舞香には会えないと言って、どうしてと、何度も叫んだ。泣いた。それでも何も変わらなかった、辛くて悲しくて苦しくて息が出来なかった、死んでしまいたかった、あの日。あの日々。
 そうですか、呟いた声は震えていたかもしれない。事務方とはいえ軍属としては、問題がある人物を捜索するなら、発見次第拘束する事実を伝えなければならなかった。
 でも。

「大丈夫ですよ。ようはただの人探し、ですもの。黙っていれば解りません」
「――良いの?」
「だって、会いたいんでしょう?」

 まるであの日の自分にそう語りかけるように、微笑んだ舞香に「ええ」と彼女は頷いた。頷き、マリア・アナスタシアと名乗った彼女を伴って、舞香はUPCへと人ごみの中を歩き出した。





 チャットルームに情報が流れるのは、夜中の事もあるし、昼間の事もあった。内容は今日のアニーのご飯がどうのとか、どこに行ったとか、服装がとか、そんな事。
 ユリウス・マクレーンは昨年末からこっち、そんなチャットを暇さえあれば眺めていた。眺め、時にはアニーにメールをして確かめて、『彼』に連絡する。
 去年クリスマスパーティーで声をかけられたトランペット吹き。ユーリはあれから何度か彼と連絡を取り、時に会い、信頼を深めていた。

『お前の従姉は命を狙われている』

 そう、最初に聞かされた時の心臓を握り潰されるような恐怖を、今でもユーリは覚えていた。イギリスで追っていた組織に逆恨みされ、その組織に命を狙われて、LHに転属になったのだと言う。
 どうして何も言ってくれなかったのか。昔からアニーは何だって、自分にだけは言ってくれていたのに。そのはずなのに。
 その気持ちを察したように男は、憐れむような眼差しを向けた。

『軍は組織を潰すために、彼女を囮にしている。彼女は知らないが』
『な‥‥ッ! でもそれじゃ、アニーが』
『ああ。――だから言っただろう? 守れるのはお前だけだと』
『‥‥能力者達は?』

 男の言葉に、ユーリは疑うような眼差しを向ける。ユーリだって能力者がずば抜けた戦闘能力を持っている事は知っていた。絶対に認めたくはないが、アニーと特別な関係にあるらしい男だって能力者なのだ、守れるはずじゃないのか。
 だがユーリの言葉に、ひょい、と男は肩をすくめた。そうして意味深に笑ってこう言った――『本当にそういう関係だと思うのか? 能力者が軍に協力することもあるのは知ってるだろう?』と。
 何かが、ユーリの中で弾ける。そんなユーリに、男はこのチャットルームをチェックして、アニーの動向を教えてくれれば、彼が代わりに守ってやろうと申し出た。
 一体、どうして。見知らぬ相手なのに、そこまで。
 疑問符を浮かべたユーリに、ひょいとすくめた男が見せてくれた写真を見て、納得したユーリは以後、彼の求めに応じてアニーの動向をメールしている。チャットルームに流される情報はフェイクもあったから、そんな時はアニーにメールをすると「もぅ、しょうがないなぁ」と苦笑しながら間違いを教えてくれた。

(アニーは、僕が守る)

 ユーリだけが彼女を守れる。ユーリ以外には、彼女を守れない。
 あの男は確実に、アニーを守ってくれている様だった。時々変わった事はないか尋ねると、「え? 何もないよ」と笑うのに、ほっとする。
 だからユーリは今日も、チャットルームを見守っている。





「人探し? でもずいぶん、漠然としてますね」

 舞香の話を聞いて、ひょい、とアニーは首を傾げた。
 連絡の取れない恋人を探しに、わざわざドイツからLHまで来たと言うのは、すごいと思う。でも提示された情報だけじゃちょっと、難しい気がした。
 身長180センチくらい、筋肉質。黒い髪にグレーの瞳、頬に傷。趣味はトランペット。流れの傭兵。
 これで探し出せる相手なら、依頼など出さずともとっくに見つかっているだろう。アニーはそう思ったけれども、舞香はなぜか真剣な様子で「でも」と瞳を揺らした。

「どうしても、見つけてあげたいのよ。‥‥会わせてあげたいの」
「舞香さん‥‥」
「だって気持ち、解るもの」

 そう、寂しそうに笑った舞香に、そうですか、とアニーも瞳を揺らした。どうしようかな、と考えを巡らせる。
 幸い、明後日はオフだ。舞香とマリアと一緒に街に出て、探し人を訪ね歩いてみようか。そう、考えながらカレンダーを見つめたのだった。

●参加者一覧

ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
東野 灯吾(ga4411
25歳・♂・PN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
神撫(gb0167
27歳・♂・AA
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN
レオーネ・ジュニパー(gc7368
12歳・♀・ST

●リプレイ本文

 喫茶店を出て、遠倉 雨音(gb0338)はフェイス(gb2501)と歩き出した。アニーや舞香への、去年のパーティーのお礼という訳ではないけれど。

(想い人が急にいなくなってしまった時の気持ちは、私にも分かるから‥‥その人が再び自分の前に戻ってきてくれた時の気持ちも)

 何とか、会わせてあげたい。だから、喫茶店でマリアから必要な情報を聞いてきた。
 それを見送るユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)が、人探しなら平和だね、とデータを入れたノートPCを軽く叩く。

「アニーに似た子が困ってるの放っとけないし」
「似てるっすよね」

 ユーリの言葉に、東野 灯吾(ga4411)が何度も頷いた。並んで座ったアニーとマリアは顔立ちまでそっくりで、初対面の灯吾は何度か間違えたのだ。
 少し困り顔のアニーにフェイスが微笑む。アンドレアス・ラーセン(ga6523)は肩を竦めた。

「じゃ、行くか、ロジー」
「――ええ」

 促したアスに、ロジー・ビィ(ga1031)が少し硬く頷き、歩き出しす。そんな2人に、レオーネ・ジュニパー(gc7368)が首を傾げた。
 誰もが初対面で、人間関係が良く解らない。だが、喧嘩じゃないみたいですけど、と思う彼女にも解る事はある。

「――神撫?」
「大丈夫」
「‥‥うん」
(‥‥はッ! 恋人なのですね、トキメキですッ)

 仲間達を見送りながらアニーに手を伸ばし、ぽふぽふ頭を撫でる神撫(gb0167)。それに微笑むアニーを見れば、説明されなくても関係は明らかだ。
 神撫は、何はともあれアニーをぽふるためにやってきている。





 相手が傭兵なら、それなりに辿る手段はある。一般人の傭兵を追うのは能力者と違って難しいが、生きていく場所に限りはある。
 雨音とフェイスはそちらの線から、その男・サバーカの情報を探ろうとしていた。

「軍のデータベースは今、検索してもらってます」
「引っかかれば助かりますね‥‥いや、困りますかね」

 軍の所有する傭兵リスト、危険人物情報などがあれば、マリアには内密に該当の人物を探して欲しい、とアニーに頼んだ雨音に、フェイスが苦笑いを零す。そうですね、と雨音も眼差しを揺らした。
 想いに沈む、雨音を見ていたフェイスの視線がふと、どこかへ泳ぐ。眼差しで問いかけると、苦笑いが返った。

「――話を聞いてしまうと、どうしても気になりますね」
「あぁ‥‥案外多いですよね」

 納得した雨音もまた、そちらを見た。そこにはストリートミュージシャンの姿。少し歩いただけで行き会うのだから、LH全体ではどれほどだろう。楽器ケースを持つ者も、気にしてみると結構居る。
 年齢30歳前後、好きな曲は子供の情景。時々スナイパーライフルの整備をしてたのが、他の趣味と言えば趣味か。居るなら同類の集まる界隈だろうと言われたが――絞り込むのにLHは広い。
 知らず、ため息を吐いた顔を見合わせ、苦笑した。

「本部でそれらしい情報がないか、あたって見ましょう。それから少しブレイクしましょうか‥‥他の人達の様子も気になります」
「そうですね。アニーさんの方は、神撫さんにお願いしてきたから大丈夫でしょうけれど」

 こくり、雨音が頷いた。並んで歩き出しながらフェイスはちらり、携帯を見る。
 PMCに居た元デルタのウッディに、話を聞きたいと連絡していた返事が入っていた。『また厄介ごとか?』という言葉と、今は忙しくて身柄が空くまで半月はかかるという文章に、フェイスは小さく呟く。

「事件ではないですよ。単なる人探しです‥‥まだ」

 これが事件になるかどうか、知りたいのはフェイスの方だ。だが、そんな疑りを持ってしまうのは歳を取ったせいかと自嘲する。
 会いたい相手が居て、その機会があるのなら、会っておくべきだ――そう言ったらマリアは『ありがとう』と艶やかに微笑んだ。その微笑がどうにも、フェイスには気になるのだった。





 戻ってきた舞香と灯吾は、迎えた神撫の眼差しに首を振った。公園内での聞き込みが終わった後、公園の外にも聞き込みに向かった舞香を心配して灯吾も同行していたのだ。
 一応辺りを見回してサバーカらしき姿を探してみたが、さすがに見付からなかった、と灯吾は悔しそうだ。だが彼の小隊長から預かってきた言伝を思い出す。
 以前、とある廃ビルで行った猿キメラ退治。その時、人払いされていた隣のビルに何故か、人がいたのを小隊長は気付いたらしい。
 だが目の前には追い詰めたキメラが居て、今まさに一網打尽にする所で。仲間に伝える機会を失したまま、依頼は終了してしまい。

「猿の指揮取ってた強化人間だったりしたらどうすんだって話っすよね‥‥ほんとに詰めが甘いっつーか」

 肩をすくめた灯吾に神撫は苦笑し、公園内にもちらほら居るストリートミュージシャンを見る。それから舞香に声をかけた。
 マリアに「なぜ能力者に依頼を?」と尋ねた時、彼女の言葉を遮るように「皆さんは経験豊富でしょう?」と返した舞香が、気になっている。

「事務方が現場に出てくるって珍しいな。何か思い入れがあるんですか?」
「‥‥つい、自分に重ねてしまって」

 神撫の言葉に苦く笑った舞香は、かつて恋人が留学先のドイツで出会った女性と結婚し、舞香は「もう会えない」と振られたのだと、冗談めかした口調で語った。もう、10年も前の事なのに。

「同じドイツで――同じ季節に同じ言葉で、なんて他人事だと思えなくて。情けないですね」
「同じ‥‥」

 自嘲する舞香に、神撫と灯吾は眼差しを交わす。マリアを疑いたくはないが、あまりにも偶然が過ぎないか。
 けれどもその疑惑を口にする事は憚られた。ふいと眼差しを向ければ、ちょうど近くの楽器店へ行っていたマリアとレオーネが戻ってきた所だ。
 レオーネは一生懸命背伸びしながら「見た事がある人が居ました」と報告した。半年ほど前、手入れの道具を購入に来た男がそんな様相だったという。
 だがそれきり来てない、と店員は断言した。それに、少なくともサバーカが2度と訪れない場所は解った、とマリアは笑ったが。

「それはそうですけど‥‥もっと手がかりが掴めると良いですね」

 頑張らなくちゃ、と両手を握るレオーネだ。そんな少女に、そうね、と細めたマリアの眼差しは優しい。
 神撫や灯吾は、意外なものを見たような気持ちになった。そんな眼差しをしていると、ますます印象がアニーに似る。
 寂しそうな――切なそうな。ここではないどこかを見つめる眼差しで、マリアが言った。

「また一緒に回ってくれる?」
「はい、喜んで!」

 ご指名に、レオーネはぴょこんと飛び上がって頷いた。あまり会えない恋人だったけど、同じ様に楽器屋に一緒に行った事があると語った横顔を思い出す。そうして、あれがトランペットよ、とショーウィンドウの中をさした、細い指を。
 別れたのは1年前。それから行方が知れなくなったサバーカを、友人がLHで見たと教えてくれたとか。
 さすがに別れた詳細な理由は聞きかねて、彼氏に会ったら聞きたい事とは何かと尋ねたレオーネに、下らない事だとマリアは笑った。未練がましいから、と告げた表情は明るかったけど――
 頑張ろうと思う、レオーネの頭を誉めるように撫でて、じゃあ、と神撫が言った。

「少し休憩しましょうか。マリアさん、ドイツではどんな仕事を? アニー、例の従弟君は元気かな」

 カフェの、一番奥。外からは狙われ難い場所で、神撫は翻訳をしてるというマリアの話を聞き、ユリウスの話を聞く。
 携帯が、メールの着信を告げた。





 ユーリはネット上に流布する情報を集めていた。その気になれば案外、個人情報は転がっているものだ。
 それ自体は何の意味もない情報でも、事情を知る者が見れば解る。そして人間は普通、何らかの情報を残さずに生きられない。

「‥‥お、さすが従弟君」

 ふいに飛び込んできたメールを開いて、ユーリはつい、クスクス笑った。そこに記載されていたのは、頬に傷を持つ男の情報。
 以前に会ったユリウスの様子からして、アニーの事は逐一チェックしてそうだ。そう思ってたら案の定、最近彼はよく、アニーのチャットの事を聞いてくる、という。
 だからどうせなら手伝って欲しいとアニー経由で頼んでみたら、半日も経たずメールが来たという訳だ。

(‥‥同じ名前同士、彼とはお友達になりたいんだよね)

 画面の向こうで尻尾を振ってる姿まで見えそうな、ユリウスのメールに目を通しながらユーリは思う。個人的に面白そうなタイプだし、神撫も友達だからデートの邪魔は出来ないけれど、それ以外なら協力しても良いと思ってるくらい。

(後で『覚えてる?』って送ってみよう)

 今は能力者が関わってると知られると逃げてしまいそうだけど。このアドレスもアニーが今回の為に用意したもの、と偽ってる位だし――考えながらスクロールしていた指が、ふと止まった。
 アニーの名で送ったメールには、マリアの写真を添付していた。元彼に逃げられると困るから彼女が探している事は内密で、と送った理由は、アニーに似てる子の為なら乗って来るかと思ったからだが。

『お姉ちゃん、彼女と一緒に居るの? 僕が今すごく信頼してる人の恋人だよ。』

 ふぅん、と呟き転送ボタンをクリックした。これは共有すべき情報だ。





「『お姉ちゃんの事もよく知ってるって。』‥‥だと」

 メールに、アスは思わずため息を吐いた。意外な繋がりだったが、居場所を突き止める役には立ちそうにない。
 それに、アニーの事を良く知って居る、と言うのも奇妙な話だ。なぁ、と何気なく振り返りかけて、気まずく前に向き直る。半歩後ろを歩くロジーが、アスの服の裾をぎゅっと掴んだ。
 もうここには来ない、また縁があれば、と言って消えたのだと、聞いた。

(何処かへ行ってしまう‥‥アンドレアスもそんな風になってしまう‥‥?)

 恋人を探すマリアの向こうに、アスの影を見た気がした。そう感じたら知らず、引きとめるように、縋るように、そうせずにはいられない。
 それにしても、とアスが言った。

「目標を清掃員が見てて助かった」
「――傷の男は目立ちますものね」

 アスの声に、はっとロジーも気持ちを切り替える。2人は今、サバーカの足取りを追うため、あらゆる交通機関をあたっていた。
 空港を後にして、ロジーの運転する車で向かったのは市街地。サバーカらしき人物は市街地行きの電車に乗ったという。
 傷の男を見た覚えのある者も、トランペットとなると首をひねった。ケースには楽器の形のものと、長方形のものがある。後者をサバーカは使っているのだろう。
 窓の外を流れる景色を見ながら、アスは仲間にメールを打った。それからかけた電話は、イギリス宛。

「よう。LHの友人から、英国の友人に訊きたい事があるんだが」
『ラーセン君。ご無沙汰だ』

 コール3つで出た、エドワードは低く笑った。飄々とした口調は、こちらがどんな問題を抱えてるか把握しているかのようだ。
 アスが狐なら、あちらは狸。いつでも腹の中に一物も二物も抱え、そう装うのがこの男。
 だから、アスは細心の注意を払って事情を伏せ、頬に傷を持つトランペット吹きの傭兵を知らないか、と尋ねる。一般人ならば彼の耳に入る事もあるだろう。
 アスの用件を、エドワードは面白がっている風だった。否、それも建前なのか。

『先日、鼠退治をしてね』
「へぇ?」
『逃がさないよう仕掛けたが、先に逃げた鼠も居たようだ』

 笑った男の言葉の意味を考えながら、アスは幾つかの言葉を交わし、通話を切った。運転席のロジーに手短に内容を伝えながら、またメールする。
 気になる事は幾つもあった。エドワードの狙いもそうだし、妙に必死な舞香も気になる。サバーカがどこから依頼を受けていたか、尋ねたアスに「彼女は知らない」と泣きそうな表情で訴えた舞香。
 そして、アスの心に常にあるのは傍らでハンドルを握る、ロジーの事。一緒に動くのに一番慣れているから、つい普通に声をかけてしまったけれども、実はクリスマス以降ちゃんと話をしていない。
 今は目の前の依頼もある。普段通り相棒として振る舞えていれば良いがと、眼差しを逸らしたアスの横顔に、ロジーは視線を走らせて。

(‥‥やっぱり旅に出てしまうの?)

 胸の中で問いかけても、返る答えはないけれど。
 帰ってくると旅立った恋人を失った舞香。居なくなった恋人を捜しに来たマリア。彼女達に自分を重ねているわけではない、だが。

(どうか。行かないで。置いて行かないで。お願い‥‥)

 サバーカを捜せば捜すほど、一緒に居れば居るほど、その想いは強くなる。アスと、離れたくない。傍らから、アスが居なくなるなんて考えたくない。
 だから、どうか――
 祈るように揺れた眼差しの先で、アスは気付かない振りで窓の外を見つめ続ける。





 数日の調査で幾つか、解った事はあった。市街地の主要交通機関で目撃情報がなく、サバーカが徒歩で行動しているらしい事。日雇いの仕事を探していた事。幾つかの大きな楽器店に、来店はあったがいずれも2度と現れなかった事。
 ユリウスからの情報も、芳しいものはなく。本部でそれらしい人物は見つからず、傷のある傭兵なら幾人か知っているが、とウッディからはメールがあった。
 だが、サバーカ本人の影は見えない。機会を改めるしかないかと思い始めた頃――聞き込んだうちの1人が、その男なら見たよ、と言った。

「どこでですか?」
「公園の入り口の――」

 手伝っていた、フェイスに教えてくれた彼はギターを抱えていた。この辺りは楽器好きが集まって思い思いに練習したり、演奏したりしてるらしい。
 雨音がすかさずメールを打ち、神撫が全員に転送する。
 ――そうして。

「久し振りね」
「‥‥ッ!?」

 握っていたレオーネの手を放し、声をかけたマリアを男は見た。見て――驚きの表情はすぐに、警戒へと変わる。
 油断なく能力者達を見据える眼差し。巡った視線がアニーへ注がれ、神撫と雨音が間に立つ。
 マリアが笑って、自らの銀のお下げを摘まんだ。

「会いたかったわ」
「‥‥」
「そのロケット」

 女の言葉に男が顔を歪める。構わずマリアは男の胸元からロケットを引っ張りだし、パチン、と開いた。中の写真は小さくて、能力者達には見えない。
 何事か、マリアが囁いた。男が苦しげに頬の傷を歪め、首を振る。ちらり、またアニーへ向けられた眼差しは刺すように鋭い。
 だがその会話も睦言の様に秘めやかで、聞き取れなかった。やがて、ありがとうと礼を言ったマリアと2人、何処かへ去っていく。
 レオーネが、ほっと嬉しそうに呟いた。

「彼氏さん、見付かって良かったです」
「だな」

 携帯で隠し撮りしたサバーカの画像を全員に転送しながら、アスも頷いた。なぜか、エドワードとの会話を思い出す。

『鼠は何で逃げた?』
『他に魅力的な餌があったからさ』

 なぜ、思い出したのか――画像を見ながら、アスは考えていた。