タイトル:【WF】sweet? 〜Annieマスター:蓮華・水無月

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/01 00:51

●オープニング本文


 それが雪の舞う寒い朝だった事を、彼女は今でも覚えている。このまま積もって根雪になるのではないかと、ぼんやりと窓の外を眺めていたら、耳にその言葉が滑り込んできたから。

『しばらく、ここには来ない』

 その言葉が告げられる事を、彼女は予感していたと思う。けれどもその、確信に近い予感に気付かないフリをしたまま、時を過ごせばどうにかなるのではないかと、ありもしない夢想をしていた。
 しばらく。それが嘘だと、彼女は知っていた。きっともう、男はここには来ない。もとより恋人なんて儚くも確かな関係すらなかった相手だ、いつだってこうなる事は予想できた。
 そう、とため息混じりの相槌を吐き出す。そうやって、胸に沸き上がってきた衝動を逃がさなければ、埒もないことを叫び出しそうだった。

『2度と会わないでしょうけれども。元気でね』
『ああ、お前も。‥‥いつか縁があれば、また』
『いつか?』

 くすり、彼女は笑った。いつかとはいったい、いつだ。そんな当てのない言葉をよすがに、彼女に待てとでも言うのか。
 彼女は男の言葉に滑稽なものを覚えて、そのまま腹を抱えて笑い出しそうになった。それが自分自身の思ったよりも大きかった衝撃を誤魔化すためだと、知っていた。
 出ていく男を、呼び止めかけて、黙る。ずっと、聞いてみたい事があった。けれども聞けば何かが決定的に壊れてしまうと解っていたから、聞けなかった。
 こうなった今、それを聞くチャンスなのかも知れないと思い。そうしてどうなるのかと、惨めな自分を嘲笑う。

 ――いつの頃からか、彼女の銀髪を狂おしく見つめていた彼。いったいあなた、私の向こうに誰を見ていたの?





 クリスマスが近付くにつれて、ユリウス・マクレーンはいらいらしていた。理由はとっても簡単で、大好きな従姉のアニー・シリングが今年は帰省しないからだ。
 軍に入ってからこっち、アニーはずっと仕事で忙しくてユーリと映画に行ったり、ショッピングに行ったりしてくれない。ましてLHに転属になってからは、気軽に遊びに行くことも出来ず、電話とメールだけで。
 せっかく、クリスマスはアニーに会えると思ったのに。アニーはそう思ってないんだろうか。
 恨めしげに電話を睨みつけるユーリの耳に、伯母の――アニーの母の言葉が響く。

「アニーもそろそろ、彼氏とのデートを優先する年かしら」
「‥‥ッ!? 伯母さん、何か聞いてるの!?」
「あらぁ、何にも。でも、いい加減いてもおかしくないでしょ?」

 クスクス笑う伯母が憎らしい。アニーに恋人? そんなこと、絶対に許せない。そりゃもちろん、今までも邪魔しきれない相手は居たけど――まさか、また?
 これはどうしても確かめなければと、ユーリは強く拳を握る。

「伯母さん。僕、お姉ちゃんの所に遊びに行って、様子を見てくるよ。伯母さんが作ったシュトレーンも届けなきゃ」
「あら、ほんと? 伯母さんも安心だわ、お願いね」

 ユーリの無邪気を装った笑顔の下に、気付くことなく伯母は大きく頷いた。両親はほぼ不在だから、伯母の了承が出たならこちらのものだ。
 ぐっ、と見えぬよう拳を握ったユーリに、従弟――アニーの弟のダニエルが呆れた視線を向けた。そうしてぽつり、呟く。

「不毛」
「アニーは昔から、僕のお嫁さんになるって決まってるんだ」
「ままごとでな」

 興味なく雑誌に目を落としたダニーの言葉を無視して、ユーリは意気揚々とLH行きの準備を開始した。





 パーティー会場へと向かう道すがら、きょろきょろと辺りを見回すアニーに、雪島舞香(ゆきしま・まいか)は小さく首をかしげた。

「アニー。どうしたの?」
「うん。従弟が今日、来るって言ってて」

 やっぱりきょろきょろ見回しながら、アニーがそう答える。誰かとの約束ではないのか、と舞香はちょっとだけ、意外に思った。
 そうして軽く、首をかしげる。

「従弟、って前にも聞いた、仲良し君? 確か、ユーリ‥‥だったかしら」
「そうなんです。昔からすごく、仲良しで」
「珍しいわよね。大きくなってからも仲が良い異性って。弟君は、そうでもないんでしょ?」
「ぅ、そう、なんです‥‥けどユーリは私と一緒で、おじいちゃん子だから」

 どちらかと言えば姉や家族を邪険にする弟の事を思い出し、ずーん、と落ち込んだアニーは、けれども大好きな祖父の事を口にしてほわり、微笑んだ。
 祖父自身も、両親も軍人の家族。こんな時代、いつ家族が離れ離れになってしまうとも知れないから家族の絆は大切にしなければいけないよと、折に触れて語ってくれた祖父。
 けれども軍人だからこそ、家族と仕事が天秤にかかれば、いつも仕事が最優先だった。自分達軍の仕事は、他のたくさんの家族の絆を守る事なのだと。だから、仕事を優先するのは家族を優先するのと同じなのだと笑ってた。
 そう、と舞香は頷く。頷き、懐かしそうな笑顔のアニーを、見つめる。

「素敵なお祖父様ね。じゃあ、ユーリ君もそのお祖父様の薫陶を受けてるのね」
「そうなんです」
「そう、じゃあ一緒にクリスマスを過ごせるのは、楽しみね。でも、そんなに仲良しなんだったら、アニーがソレ渡す人を見たら、ヤキモチ焼いちゃうんじゃない?」
「そんな事ないですよ。ユーリは私の友人と会うの、好きなんです」

 小脇に抱えたカバンの中に入ったものを指摘すると、ぱたぱたと手を振って否定する、アニーに「そう」と微笑んだ。どうやら彼女は律儀に、会場の入り口で従弟の到着を待つらしい。
 舞香も一緒に彼の到着を待つ事にする。今は17時。会場へは、少し遅れて入っても構わないだろう。





『‥‥というわけでね、今日はクリスマス・パーティーだから早上がりってわけさ』
『なるほど。楽しんでくると良い』
『ああ、君も良いクリスマスを、ハウンドドッグ』
『ありがとう、Military man。同じLHだ、どこかで会うかもな』
『だと面白い。君はトランペット吹きだったか?』
『ああ。君は会社員だったか。実は軍人だったりしてな』
『このHNでソレじゃ、出来すぎだろう? それじゃ、お疲れ』

 最後の一文を打ち終えて、マクシミリアン=杉野は早朝のチャットルームを退室した。軍人だから、Military man。我ながらわかりやすく、わかりやすいからこそ素性はバレにくいHNだと自負している。
 今日は、少し前にイギリスから異動してきた部下も関わっている、クリスマスパーティーに出席する予定だ。実はかなり楽しみにしている。
 そうしてパソコンの電源も落として、出勤の準備を始めたマクシムに、当然ながら、チャット上の友人ハウンドドッグがモニタの向こうで漏らした呟きなど、聞こえるわけもない。

「お疲れ、Military man。実に君は素晴らしい情報源だ」

 『彼女』の上司である彼が、たまたまチャットが趣味の軍人だなんて、神が彼に復讐の手助けをしているとしか思えない。小さく呟き、彼はトランペットと共に部屋を後にした。

●参加者一覧

ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
白虎(ga9191
10歳・♂・BM
神撫(gb0167
27歳・♂・AA
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG

●リプレイ本文

 会場には早くも賑やかな満ちていて、遠倉 雨音(gb0338)はほッ、と安堵の息を吐いた。
 自分自身も手伝った、パーティー準備は楽しいものだったから。当日も同じか、それ以上に楽しくなりそうで、嬉しい。
 そうしてふと傍らを見上げると、集まった人々に警戒の眼差しを向ける藤村 瑠亥(ga3862)に気付き、苦笑した。

「瑠亥。パーティーには相応しくありませんよ」
「‥‥そうか?」

 指摘され、瑠亥はちょっと目元を覆う。以前に、買い物に行った先でキメラに襲われたりしたせいか、無意識に警戒してしまうようだ。
 けれども瑠亥にそれを指摘した恋人もまた、笑みは浮かべているけれども眼差しにはどこか、緊張が走っていた。何が、と小さく問いかけると、雨音は悩むように視線をさ迷わせ、それから会場の人ごみへと――その中に居るアニーへと視線を向けた。

「実は‥‥アニーさんの身の回りに、少し、気にかかる事があって」

 そうして先日彼女自身もようやくアニーから聞いた話を瑠亥に聞かせると、「‥‥なるほどな、そういうことが」と瑠亥もまた眼差しを険しくする。
 それぞれの『事故』に、決して不審な点はない。不審があるとすれば、それがアニーの身の回りで立て続けに起こっているという一点に尽きるが、一連の出来事がアニーを狙ったものだという確証は、どこにもない。

(能力者がこれだけいるところに仕掛けてくるとは考えにくいけれど‥‥)
(この人数の能力者がいるところで仕掛けてはこない、だろうが‥‥)

 同じことを胸の中で呟き、恋人達は頷き合う。相手が何者かも、何人いるのかすら解らない以上、まったく無警戒では居られない。
 だからそれとなく人々の様子や、持ち物などにも視線を走らせる2人とは別の場所で、神撫(gb0167)もまたアニーを見つけ、それから少し苦い笑みを浮かべた。アニーが身につけている冬らしい、けれども実を優先する彼女らしいセーターや、ふわりと裾が広がるものの動きの邪魔にはならないスカートは、彼女によく似合っていたけれど。
 神撫、と笑顔で呼んだアニーの左には、見覚えのない青年。アニーは彼を見て、神撫を指さし何か言った。青年が、神撫を見る。
 その、刺すような眼差し。

「神撫、メリークリスマス。ツリーのチェックもしてくれたんだよね。ありがとう」
「どういたしまして。ところでアニー、そちらは?」

 剣呑な眼差しには全く気づいた様子もなく、彼を促してやってきたアニーに、そう尋ねる。あぁ、とアニーが気づいた様子で何かを言いかけて。
 青年が、それより先に口を開いた。

「従弟のユリウス・マクレーンです。いつもクリスマスを一緒に過ごしてるから、落ち着かなくて」
「――あぁ、そうなんだ? アニー、すごく懐かれてるね」
「ユーリは小さい頃から姉弟みたいに育ったから」

 甘えっこなの、とくすぐったそうに笑うアニーの言葉に、えへへ、と笑うユリウス。けれども神撫に注ぐ眼差しは相変わらず剣呑で。
 彼がどういう意味でアニーに懐いてるのか、察して神撫はまた、苦い笑みをこぼした。わざわざこんな時期にLHまで来るくらいだもんな、と肩をすくめる。
 とはいえ神撫も譲る気は毛頭ない。それくらいならとっくの昔に、彼女のことは諦めていた。
 このクリスマスパーティーは、色んなことをはっきりとさせる、良いタイミングだと思っている。とはいえ勝負はパーティーの最後か――そう思う神撫の後ろから、あら! と華やかな声が上がった。

「アニー、今日はちょっとおめかしですわね♪ 可愛いですわ〜☆」
「ロジーさん」
「メリークリスマス、アニー、神撫♪ ‥‥と、ご一緒の方は何方でしょう? ご紹介して下さいまして?」

 見た目はもちろん、まとう雰囲気も華やかなロジー・ビィ(ga1031)が、はぎゅりとアニーに抱きついてから、ちら、とユリウスに視線を注ぐ。そうして確かめるように向けられた眼差しに、アニーは笑顔で口を開き、神撫は軽く肩をすくめた。

「従弟なんです。どうしてもパーティーに参加したい、って聞かなくて」
「そうですの。楽しんでいって下さいませね、ユーリ」
「ありがとうございます。アニーお姉ちゃんも一緒だし、あのツリーも見応えがあって‥‥」
「そうだろ! イケてるだろ! な!」

 アニーの紹介に、にっこり微笑んだロジーの傍らから遠慮なく腕を掴んで、誰かがぐいぐいぐい、とユリウスを引っ張った。ぎょっ、と抵抗する間もなく引き摺られたユリウスの肩を、引っ張った男アンドレアス・ラーセン(ga6523)はバシバシ叩く。
 彼はクリスマスツリーにはひとかどの拘りを持つ男。まして自分自身が仲間とともにコーディネートし、飾りつけたツリーが褒められて、悪い気がするはずもない。
 だから戸惑うユリウスを、間近で見たら迫力だぜ、とずるずるクリスマスツリーまで引っ張った。そうして、クリスマスツリー準備・計画編から悦に入って語りだす。
 ついに本番を迎えてほんの少し(?)ハイになったアスを心持ち遠くから見つめながらも、ロジーもまた満足そうに「やっぱりあの大きなツリーが目を惹きますわね〜♪」と何度も頷いた。そんなツリーと、ツリーを見上げてなにやら力説しているアスをくすくすと見守っていたら、ぽん、とアニーの肩を叩く者がいる。

「や、アニー。久し振り。クリスマス、だね」
「ユーリさん! お久し振りです」
「準備してるの見て、気になってたんだ。アニーは、今年こそ神撫とデート?」
「そ‥‥ッ!?」

 にっこりと際どい所をついたのは、ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)だ。真っ赤になってうろたえるアニーに、あれ? と本気で首をかしげている。
 先日、ラグナの散歩をしていたら、アニー達が忙しく、楽しそうにホールを飾り付け、買い物袋を運び込んでいるのを目撃した。それで、パーティーをやるんだとチラシも思い出しながらやって来たらアニーが珍しく、それなりに可愛らしい格好をして神撫といる。
 これはもう、と思い込んだのだが――ちら、とロジーを見るとウィンクが返って来たので、ユーリは心の中で1人、納得した。そうして違う方向へ話を向ける。

「寒くなってきたけど、サーは元気?」
「はい。お散歩コースも、もうすっかり覚えたみたいです」
「そっか。こないだ良いドッグラン見付けたんだけど、もうちょっと温かくなったら一緒に行かない?」

 アニーの家族であるセッター・サーは結構なおじいちゃんだし、温かくなってからの方が良いだろうと告げたユーリの言葉に、はい、とアニーは大きく頷いた。じゃあ約束、とにっこり小指を絡める。
 それじゃあ、とタイミングを見計らい、にっこりロジーが微笑んだ。楽しそうに、友人達に死刑宣告(違)を告げる。

「あたしの作ったケーキもご賞味下さいませ?」
「あの! せっかくロジーさんの力作ですから、他のみんなにも見せた方が」
「うわぁ‥‥ホント、力作だね」

 慌ててロジーから虹色のブッシュ・ド・ノエルを回収した神撫の横から、覗き込んだユーリが無責任に目を輝かせた。彼の今回の1つの楽しみは、ロジーが果たしてどんな『準備』をしたのか、もあったのだ。
 華やかなセンスを持つロジーは、いつも意表をついた演出をしてくれる。華やかな薔薇も彼女の演出と聞いて納得したが、虹色も眩しいケーキは尚更だ。
 そうですのよ♪ とご機嫌でさっそくユーリに切り分けようとするロジーを、神撫は完成形を見てもらおうと説得した。何しろ、準備段階よりさらに色が鮮やかになっている時点で、どんな危険な代物になっているか予想もつかない。
 だから、後でアスに処理させよう、と神撫は強く決意した。意図せずしてユリウスとアニーを引き離すことに成功したアスは、今なお尽きせぬクリスマスツリーへの情熱を語り続けている。





 クリスマスパーティーと言えば、忘れてはいけない(かも知れない)存在がある。しっと団。LHで知る人ぞ知る、モテない傭兵達によって構成されたある種のテロリスト集団である。
 その行動原理は到って単純明快。カップル撲滅、桃色撲滅のスローガンのもと、あちらこちらに駆けつけて馬鹿騒ぎを起こし、その対象が例え同じしっ闘士であったとしても決して手は抜かない。
 だから、そんなしっと団の幼き総帥・白虎(ga9191)がなぜクリスマスパーティー会場に居るのかなど、聞くだけ愚問と言うものである。だが殆ど接点のないアニーは、特に危機感は覚えなかったようだ。

「白虎さんも楽しんでいってくださいね」
「ありがとうございますにゃー」

 そうしてにこにこ笑って言ったアニーに、言われた白虎も人の良い笑顔を浮かべて頷く。頷き、のほんと笑うアニーと、ゆっくり辺りを見回しながら歩いている神撫を、見比べる。
 実を言えば神撫もまた、しっと団のしっ闘士だ。しっと団、それはお砂糖を羨み妬みながら、お砂糖を求める愛の戦闘集団(だと良いな)。そんな神撫がようやく掴もうとしている幸せを、総帥としては生暖かく、生暖か〜く見守る以外にどんな選択肢があるだろう。
 だから、にこやかな笑顔で色々と話をしつつ、LHにもう慣れたのかとか、困った事はなかったか、などと尋ねる。尋ね、事前にちらりと聞いた話題と照らし合わせながら、ほむほむと相槌を打つ。
 その間にもアニーの元には時々、声をかけていく者がいた。一応今日の彼女の役どころはパーティーの主催。トラブルなどがあるとやはり、声を掛けられる。
 見かねてアニーを手伝う終夜・無月(ga3084)も、だから同じくパーティーの空気を楽しみながら、多忙に過ごしていた。

「少し、休んだ方が良いお客さんが。休憩室はありましたか?」
「お酒が足りなさそうですか‥‥追加で用意出来るか聞いて見ましょうか」

 会場の様子を見ながら、何かあれば無月はやって来て、アニーに確認をする。それに「すみません」と謝りながら、アニーは眼鏡の下の青い瞳をくるくる回して指示を出す。
 そんな従姉を憧れの眼差しで見つめている、従弟のユリウスの姿を遠くからさらに見つめて、やっぱり面白いよなぁ、とユーリはラグナの首筋をわしゃわしゃかきながら頷いた。会場でアニーを見つけて、ユーリ、ユーリ、と連呼しているのを最初に聞いた時は一体自分が何をしたと思ったが、従弟の愛称がまさか自分の名前と同じだったとは。
 もしかしたら、ユリウスに興味を持ったのはそれも1つの理由かも知れない。けれどもそんな理由がなくとも、この状況に乱入してきた彼をきっと、ユーリは面白いと感じたことだろう。

「アニーお姉ちゃん、僕も何か手伝うよ!」
「ありがと、ユーリ。でもこれは仕事だから‥‥」
「えーッ。僕だってお姉ちゃんのお手伝い出来るのに。あッ、これ運ぶの? 僕、持って行ってあげる! 力仕事は男の仕事だもんね!」

 空になった大皿をさっと取り上げて、意気揚々と運んでいくユリウス。ぱたぱたぶんぶんと思い切りよく振られる犬の尻尾が見えるのは、きっと、ユーリの錯覚じゃない。
 アレがホントに無邪気ならなぁ、と神撫は苦笑いした。どうやらあの『無邪気な従弟』は、対アニー限定らしい。
 先ほどユリウスを見つけて、対面した時にはし損ねた挨拶をした。そのついでに彼が20歳であることや、現在イギリスでカレッジに通っていること、寮に入るまではアニーの実家で暮らしているも同然だった事は、聞いたのだが。

(答えてくれないかと思ったけど‥‥)

 実家に居た頃のアニーの話について、興味もあって駄目元で尋ねてみたら、案外あっさりと彼は答えてくれた。ただしその話題が全部、いかに自分とアニーが仲が良かったかに終始していたのはいかがなものか。
 あくまで大人の対応で会話は終えたものの、あそこまであからさまに牽制されると、逆に面白くなってくる。

「『アニーお姉ちゃん』ね」
「神撫にだけだったよ。『アニー』」
「しっ闘士がまた1人、だにゃ〜」

 ぼそ、と呟いた言葉にユーリがのんびりと応え、いつ勧誘しようかと白虎が腕まくりをする。しっと団の総帥は、粛清すべきお砂糖の気配にも敏感だが、同志となるしっ闘士候補の気配にも敏感だったようだ。
 アレはどういぢるのが楽しいかね、と心から楽しそうに呟きながら隠密潜行でユリウスの後を追いかけ始めたユーリを、見送る。そうして同じく楽しそうに計画を練り始めた総帥をその場に置いて、神撫は再び会場をうろうろと歩き始める。
 どこかから聞こえるトランペットの音。パーティーの話題を聞きつけて、日頃は街角で道行く人に音楽を奏でている者達も、良い機会だとやって来たらしい。
 危険だが、さすがに追い出すわけにもいかないだろう――そう思いながら振り返った瑠亥は、そこで無意識にだろう、テーブルの周りに集まった人々と談笑しながら、お皿に料理を取り分けている雨音の姿に、苦笑した。元々の性格に加えて、喫茶店を営業しているものだから慣れているのだろう。
 飲み物が足りなくなれば、無月にも声をかけて厨房から運んできてもらい。迷う素振りの者が居れば、それぞれがどんな料理なのか説明する恋人の姿に、瑠亥は少し目を細めてから、手伝うべく彼女の傍らに立った。
 そんな賑やかな会話に釣られたのか、雪島舞香もまた姿を見せる。彼女にブルスケッタを取ってやりながら、そう言えば、と雨音は微笑んだ。

「この前はゆっくり、話せませんでしたね」
「お忙しそうでしたから。今日も、ですけれど――アニーの周りに居る人は皆、素敵な人ばかりですね」
「だと良いのですが」

 自分自身を振り返った雨音の言葉に、にこ、と舞香は微笑み、ぽふり、と瑠亥が頭を撫でた。そんな様子に目を細めて、舞香はブルスケッタの感想を述べ、上司らしき男の元へと皿を運んでいく。
 彼女はもちろんの事、他にも数人、アニーの現在の同僚も顔を見せていた。彼らに挨拶をして回っていたアスもまた、上司の姿に気付いて舞香の肩をぽん、と叩く。

「舞香嬢。そっちは上司さん?」
「ええ。杉野大尉です」
「マクシミリアン=杉野です。シリング少尉の友人なんだって? 彼女の友人は面白いね」

 アスに気さくに自己紹介したマクシムは、ほらあそこにも、と会場の隅の方を指差した。ん? と一緒になって視線を向けると、そこには変わった人だかりが出来ている。
 チャットルームだよ、と杉野が嬉しそうに言った。だが、それを聞いた所でクリスマスパーティーと縁が遠いことには変わりない。
 きょとん、と目を見張った舞香と一緒に、近寄ってみるとそこには白虎が居て、そうしてノートパソコンをネットワークに繋いでチャットルームを開設している所だった。

「アニーさんと神撫さんを生暖かく見守る会のチャットルームにゃ〜♪」
「をぉ〜‥‥案外、集まってんな」
「関係ない人もパーティーの実況を見に集まってるにゃ」

 たかたかとキーを叩きながらご機嫌で、文字通り実況中継をチャットルームに次々と投下していく白虎である。チャットはオープンなタイプ。
 マクシムが面白そうに、URLをメモに控えている。

(ストーカーもそのうち食いつくかにゃ♪)

 会場をちらりと見ながら、白虎は逐一アニーの情報を書き込んでいった。アニーを狙う者の詳細は未だ良く解ってない。ならば敢えてこちらから情報を流してやれば、ある程度相手をコントロール出来るのではないだろうか。
 この場に来ているか、このチャットを見ているかすら解らない相手。けれどもどういった伝手でかアニーの情報を掴んでいる相手なら、引っかかる可能性はあるだろう。
 すごいですね、と舞香が感心したように呟いた。うにゃ? と彼女を見上げて白虎は、おもむろに傍らからぴこぴこハンマーを取り出し。

「さぁ、このピコハンでリア充を粛清してウサ晴らしをするのだ」
「ぇ?」
「しっと団は失恋した人の味方だにゃー。それでウサ晴らしをして、元気を出せにゃー」
「‥‥ふふッ」

 ぴこぴこハンマーを受け取って、舞香はくすくすと楽しそうに笑った。なぜか新しい出会いや恋愛成就が多発する傾向にあるしっと団のご利益(?)に、彼女もあやかれるだろうか。
 だが、もう1人のお邪魔虫の方は――

「よう、若者! 飲んでるか?」
「‥‥ッ、また貴方ですか! さっきは犬に絡まれるし」
「ごめんごめん。ラグナは大人しいから、噛まなかったでしょ?」

 何度目かにアスに捕まって、ユリウスは苛立たしげに彼と、飄々とした顔でラグナの首筋をかくユーリを睨みつけた。幾ら彼でもいい加減、どうやらここに居る『アニーの友人』達が敵だと言う事は解っている。
 彼らはどうしても、ユリウスをアニーと一緒には居させないつもりらしい。それがあの、神撫とかいう男のせいだとも解った。
 だが。

「僕は絶対に、アニーを守る!」
「‥‥ナニから?」
「現実を見たほうが良いにゃー」

 ぐっと拳を握って力説したユリウスに、ユーリと白虎が同時に突っ込んだ。だが聞いた様子もなく、再びアニーを探して人ごみの中に駆け戻って行く。
 あれは焚きつけると面白いタイプかなー、とユーリは再び追いかけながら考えた。チャットがひと段落したら、簀巻きにして回収するか、と白虎も面白そうに考えを巡らせる。
 何しろ残念なことに、彼はどう客観的に見ても『部外者』の役回りなのだ。ならば早々に諦めさせるのが、ずっと神撫とアニーを見守ってきた人間としての心情でもあるし、何より彼自身の為でもある、と思っているのは走るユリウスを見守る雨音だけではない。
 どうせ神撫たちは、関係が確定したらしっと団で粛清するのだから――と些か不穏な所にまで思いを巡らせるしっと団総帥の、不気味な笑みに気付いたものか。ユリウスは辺りを見回して、必死にアニーを探す。
 ぽん、と誰かに肩を叩かれた。またか、と苛立ちと共に振り返ると、今度は見覚えのない男。手には多分何かの楽器が入っているのだろう、四角いケースを持っている。

「お前も大変だな」
「‥‥何が」

 妙に親しげな男に、ユリウスは警戒も顕わにして問いかけた。だが男は気にせず、意味深に視線を向ける――そこにはアニーが居て、あの神撫とかいう男に通り過ぎざま頭を撫でられている。
 ぎり、と無意識に噛み締めた奥歯の音が、聞こえたように彼はもう一度『お前も大変だな』といった。

「だが、彼女をあいつらから守れるのは、お前しか居ないぞ」
「――どういう事?」
「それは」

 言いかけて、男は不意に口を閉ざした。振り返ると、今度は白虎が縄を持ってやってくる所だ。
 逃げなければ。そう考えるユリウスの肩を、男がぽん、と叩いた。

「また連絡する。守りたいんだろう?」
「でもどうやって‥‥」

 咄嗟に、振り返ったユリウスの目に映ったのは、人ごみの中に消えていく大きな背中だけだった。追いかけようか一瞬悩み、そうしてユリウスはひとまず目の前の脅威から――彼を悉く邪魔する能力者達から逃げる事を優先して。
 数秒後、無駄にスキルを駆使するユーリにあっさりと捕まり、白虎からしっと団の何たるかについて、滔々と語られることになる。遠くで、無月に再び飲み物の追加を頼んで頭を下げる、アニーが見えた。





 ひっそりと会場を抜け出して、瑠亥と雨音はそっと用意しておいた個室へと向かった。賑やかなのはもちろん楽しいが、せっかく久々に過ごす恋人との時間だって大切にはしたいものだ。
 用意してあるのは、雨音が作った美味しそうなお料理。もちろん他のお料理だって美味しそうではあるけれど、やっぱり恋人には自分のお料理を食べてもらいたい。
 味見も何度かしたものの、本番を迎えて作ったお料理は、ケータリングはもちろんレストランのフルコースだって足元にも及ばない。まして雨音が作ったものならば尚更だ、と瑠亥はしみじみ噛み締める。
 小さなテーブルに、向かい合って。会場から流れてくる音楽や、人々の喧騒を聞きながら、珍しくのんびりと過ごした時間を、想いながら。

「‥‥うん、美味しい」
「良かったです」

 香草焼きを噛み締めて、微笑んだ瑠亥の言葉に、ほっと嬉しそうに雨音が笑う。彼女の料理が美味しくなかったことなど、瑠亥には1度もないのだけれども。
 それでも、恋人に食べてもらう料理はやっぱり、特別で。どんな時でも、他の誰が美味しいと言ってくれたって、心配になってしまうもので。
 はにかむ雨音に微笑んで、瑠亥はゆっくりと料理を口に運ぶ。そうして、時々はただ静かに見つめ合いながら、ぽつり、ぽつりと他愛のない言葉を重ねる。
 不意に、流れてくる音楽が変わった。ポップな賛美歌から、ロマンティックなワルツへ。どちらも聖夜にはふさわしい選曲であると、BGMを担当したアスのセンスに感心せざるを得ない。

「アニーさんと神撫さんも‥‥でしょうか」

 ぽつり、雨音が言った。その頃になったら音楽を変える予定なのだと、ニヤニヤ笑っていたアスの言葉を思い出す。
 彼らは今日、どんな結末を迎えるのだろう。或いはどんな始まりを踏み出すのだろう。
 そう思い、それから雨音はすっ、と瑠亥へ手を差し伸べた。見上げて微笑んだ眼差しは、ほんの少し甘えているようにも見えたと、彼女は気付いていただろうか。

「――踊りは不慣れ、ですが。エスコートしていただけますか?」
「同じくではあるんだが‥‥それくらい、できないとかなと。‥‥足を踏んでも怒らないでくれ」
「同じく、です」

 差し伸べられた手を取って、僅かに弱気で付け加えた言葉に、雨音がくすりと肩を揺らした。ワルツのステップなど、日常生活ではとうていお世話にならないものだ。
 稚拙なのはお互い様。それでも身体を寄せ合って、互いのぬくもりと息遣いをすぐそばで感じながら、音に合わせて動けば何とかそれらしくもなるもので。
 くすくすと、楽しそうに笑った雨音が瑠亥を見上げる。彼女を上手くエスコートできている自信など、瑠亥には毛頭ないけれども、それでも彼女はただ寄り添って、自分に笑顔を向けてくれる。
 今までも。今も。そしてきっと、これからも。
 瑠亥は不器用に彼女の手を取り、雨音は微笑んで彼の手を握るのだろう。そう思うと愛おしさが込み上げて、雨音、と小さく掠れた声で名を呼んだ。
 瑠亥、と。彼を呼ぶ雨音の声も、甘く掠れている。
 微笑み、唇を重ねた2人の耳に聞こえてくるのは、ただ互いの心臓の音と、柔らかなワルツのメロディだけだった。





 ちょっと、と神撫に呼ばれて連れて行かれたのは、休憩スペースとして幾つか借りた小部屋の1つだった。会場の方からはまだ、賑やかな喧騒が聞こえてくる。
 大丈夫かな、とちょっとだけ心配して、アニー、と呼ばれた声に意識を戻した。ほんの少し緊張した笑顔が、アニーの顔を覗き込む。

「メリークリスマス! アニー」
「‥‥わ。ありがとう、神撫」

 そうして手渡された、綺麗にラッピングされた小箱と薔薇に、パチパチと瞬きしてからアニーは嬉しそうにはにかんだ。それに、ほっ、と胸を撫で下ろすと、気付いたようにアニーがぱたぱたカバンを探り、ラッピングされた小箱を取り出す。
 そうして「はい!」と勢いよく神撫の前に差し出した、小箱を受け取り礼を言った。そうしてリボンを解こうとすると、じっとアニーが見つめている。
 眼差しで彼女に渡した小箱をさすと、ぁ、と慌ててリボンを解き出した。そんな様子にくすりと笑いながら、開封した小箱の中には、兎の足のデザインのキーホルダー。

「何が良いかな、って迷ったんだけど‥‥」
「ありがとう。大切にするよ」
「良かった」

 ほっとして微笑んだアニーは、けれども次の瞬間、神撫からのプレゼントを見て息を呑んだ。ハートキーネックレス。とても可愛らしい、心惹かれるデザイン。
 そして――プレゼントとしてもらうには、見るからに、特別。
 付けてあげようか、と手を差し出してきた神撫の笑顔は、やっぱりどこか緊張していた。きっと自分もそうだろうと、アニーは知らず胸を押さえる。
 予感はしていた。そして多分、もしかしたら期待もしていた。

「おれは不器用だからさ、気の効いたことは言えないけど‥‥」

 丁寧に、丁寧に繊細なネックレスをアニーの首に飾りながら、神撫が噛み締めるように言葉を紡ぐ。不器用で、直球で、はじめはそんな彼と距離を置かなければと思っていた。
 うん、と頷いた言葉に、意味はない。意味はない事を、きっと神撫も知っている。
 すっと、そんなアニーの前に神撫はまるで、ダンスでも誘うように手を差し出した。ピク、と肩を揺らして目を上げた、アニーの眼差しをまっすぐ受け止めて、大切に大切に、言葉を紡ぐ。

「アニー‥‥大好きだよ。ずっとそばに居てほしい」

 それからの時は些か、長く感じた。周りの音など何も聞こえない。ただ全神経を、アニーだけに集中する。
 ――だから。やがてアニーがこく、と無言で頷いたその瞬間、本気で息が止まるかと、思った。躊躇うように重ねられた、アニーの手をぎゅっと強く握る。
 そうして、静かに重なった2人の影を、見ているのは窓の外から差し込む月の光だけだった。





「楽しい夜ですわね♪」

 ロジーは上機嫌だった。ね、と同意を求めて振り返ったら「そうだな」とアスが肩を竦めた。懐から取り出した煙草を咥え、カチ、と火をつける。
 そうして紫煙を吐き出すアスに、微笑んでロジーは綺麗にラッピングされた小箱を差し出した。

「はい、アンドレアス。クリスマスプレゼントですわ」
「ん。悪いな」
「アンドレアスのイメージですのよ♪」

 そう、告げて渡した箱の中身は、アクセサリーだ。薔薇が絡みついた銀の十字架は、ストイックなように見えて退廃的で、何だか無性にアスを思い起こさせた。
 悪いな、とアスがもう一度呟き、紫煙を吐き出す。その行方を追いながら、それで、とロジーは言った。

「お話って何ですの?」
「あぁ‥‥いや、改めて言うほどの事でもねぇんだけど、さ」

 促したロジーに、アスはほんの少し、迷うように煙草の先を揺らした。きょとん、と首をかしげると、苦い笑みが返ってくる。
 そうして。きつ、と胸一杯に、紫煙を吸い込み。

「全部終わったら、旅に出ようと思うんだわ」
「‥‥ぇ?」
「だからな、気にしないでいいぜ。お前は望む様にすればいい」

 紫煙と共に吐き出された言葉が、妙に大きく響いた。浮かべていた笑顔が強張るのを感じて、それに構う余裕がなかった。
 旅に、出る? アスが? なぜ?
 ぐるぐるとアスの声が、言葉だけが頭の中を回り続ける、ロジーの蒼褪めた顔をアスは見つめた。見つめ、自分自身でも説明出来ないため息を、紫煙と共に吐き出した。
 大切な友人。或いは友人以上に大切なロジー。
 けれども彼ら間にはもう1人、お互いにとって大切な存在が居て。彼を挟んだ関係は少しだけ、アスとロジーの間を複雑にしてしまった。
 だから。大切なロジーを悩ませたい訳じゃないから、アスは全部抱えて往こうと、思った。

(‥‥なかなかクリスマスに相応しい決意じゃねぇか)

 アスは苦い笑みを浮かべる。戦後もまだまだ、能力者としても弾き手としても、やれる事はたくさんあるはずだ。アスはそれをやりに行く。ロジーを悩ませるものをすべて引き受けて、彼女にはこの先の平穏を与えよう。
 そう、アスはふわり、金の髪をなびかせてロジーに背を向けた。今、自分が傍に居ない方が良いだろう。そう思って――けれども。

「一緒に連れて行ってはくれませんの?」

 ぎゅッ、と。アスの袖を強く引いた、ロジーの言葉に目を見張った。振り返ると引き止めた当のロジーも、そんな自分に戸惑うように瞳を揺らしている。
 なぜなのか、解らなかった。けれども身体は気付けば彼を引き止め、唇はその言葉を紡いでいた。
 目を見開いたアスが、ほんの少し困ったような色を滲ませて「何言ってんの」と笑う。その笑顔がゆっくりと歪んでいく。
 ずっと隣に居るものだと思っていた。アンドレアス。金の月。けれども彼は、居なくなる。ロジーを置いて旅に出ると言う。

(嫌、嫌、嫌‥‥ッ)

 頬を伝う暖かいものを、拭うのも忘れてロジーはただ、ぼやけた視界の向こうのアスを見上げた。
 アスと、あの人。どちらも特別で、どちらも大切で――なのに。

(どちらかを選ばないといけない刻が来たと言うの‥‥?)

 遠くから、賑やかな音楽が虚しく、聞こえる。





 見るんじゃなかった、と神撫はほんの少し、覗き見をした事を後悔した。アスとロジーの後を追ったら、大変な場面に出くわしてしまった。
 どうしたの、と見上げてくるアニーに軽く肩を竦める。パーティーもそろそろお開きの時間だ。
 そんな人々の中で、神撫もまたアニーを促した。

「従弟君は白虎がホテルまで送るだろうし、先に帰ろうか」
「ぁ、でもユーリ、うちに泊まるって」
「ホテルに泊まってもらいなさい」

 反射的にそう言って、神撫はちょっと、冷たい空気に眼差しを泳がせた。問題はアニー自身にもあるようだ。
 どうしたものかと、考えて。けれども上手い説明が思いつかない神撫の横顔を見上げ、目まぐるしい1日だった、とアニーは思った。

「‥‥とにかく、送るよ。見当たらないし、先に帰ろう」
「ぁ、うん」

 そうして頷き、差し出された手を取って。ほんの少しくすぐったい気分で並んで歩き出す、生まれたばかりのカップルを見つめる眼差しが2つ。

「‥‥覗き見じゃないぞ」
「ええ。私も心配ですから」

 断る瑠亥に、こくりと頷く雨音。楽しい気分で警戒が緩んだ帰宅時が、アニーを狙う『誰か』にとっては一番の狙い目になるかも知れない。
 だから。万が一の事を考えて、やはり同じ様に手を繋いで歩きながら、瑠亥と雨音はぴったりと神撫達の後を追い、不審な者が居ないか辺りに気を配る。
 ――結果として、彼らの帰宅時の一部始終を見届けることになった事は、言うまでもない。