タイトル:【WF】sweet party?マスター:蓮華・水無月

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 15 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/17 21:12

●オープニング本文


 さてその日、LHのUPC軍で働くアニー・シリングは困っていた。悩んでいた、と言っても良い。

『帰って来れない? どうして!』
「だから、クリスマスは仕事だからだってば、ユーリ」

 電話の向こうから聞こえる従弟の声に、半分くらい上の空でそう返す。そうして、なおも従弟が「せっかくのクリスマスに家族が揃わないなんて」とか「お姉ちゃんと街角聖歌隊の賛美歌を聴きに行くの楽しみにしてたのに」とか、必死で言い募っているのを聞き流す。
 厳密に言えば、クリスマス・イブは休みなので、無理をすれば実家イギリスに帰れないことはない。けれども前日も、翌日も仕事だと言うことを考えると、やっぱりそれは難しい。
 だから今アニーにとって大事なのは、母に今年のクリスマスは帰らないとメールしたのを聞いて電話してきた従弟のユリウスではなく、同僚の雪島 舞香(ゆきしま・まいか)の方だった。

(どうすれば良いんだろう)

 どうも舞香の元気がないと気付いたのは、最近の事だ。仕事に支障をきたしているわけではないけれども、ふとした瞬間に手を止めてどこかを見つめ、それから小さなため息を吐く。
 そんな様子が3日も続けば、さすがにアニーも気になった。気になって、何か悩み事なのかと聞いてみれば舞香は、なんでもないの、と首を振り。
 つい昨日、窓の外をちらつく雪を見てぴたりと動きを止めたままの彼女に声をかけて、ようやく事情を聞いた。彼女は一昨年、高校時代に付き合っていた彼氏に、フられたのだという。
 『ほんとはずっと、解ってたのよ』舞香はそう苦笑した。舞い散る雪の中、必ず帰ってくると約束してドイツの大学に進学した彼は、そこで生涯の伴侶を見つけて結婚し、可愛い子供も産まれていたのだ。
 それでも諦めきれなくて、最後に交わした『必ず』という約束に縋った。縋って、けれども彼はやっぱり帰っては来なくて、諦めなければいけないのだと泣いたのは、あの日と同じ、舞い散る雪の中でのこと。
 けれどもどうしても、雪を見ると思い出すのだと淡く笑った舞香の顔が、脳裏をちらついて離れない。何とか元気づけてあげたいと思うのだけれども、どうしたら良いのか解らなくて。
 友人のマヘリアに相談のメールを送ったら、返ってきたのは『新しい恋をするか、ぱーっと騒いで気を紛らわすしかないでしょ』という答えだった。だが新しい恋など、そう簡単に用意できるはずもない。

『アニーお姉ちゃん、聞いてる!? パーティーの準備だって、一緒にしようって約束しただろ! オーナメントも買いに行くって』
「だからユーリ、それはごめんって」

 耳元でユーリが叫ぶ声に、上の空で返事をする。もう大学生だというのに、小さい頃から変わらずアニーお姉ちゃんと呼ぶユーリとは、実の弟のダニエルよりよっぽど仲が良い。
 ユーリのふくれっ面も脳裏に浮かんだ。大学生にもなったんだから、ダニーみたいに彼女を作って一緒にイブを過ごせば良いのに。一家団欒のホームパーティーの心配をするんじゃなくて――ホームパーティー?

「そうだ、パーティーをすれば良いんだ」
『お姉ちゃん?』
「ありがとユーリ、愛してる! 良いクリスマスを!」
『え、ちょっと、アニーお姉ちゃ‥‥』

 新しい恋が用意できないなら、せめて舞香と一緒にクリスマスのホームパーティーを開けばいいのだ。そう、気付いたアニーは嬉しくなって、上機嫌に従弟にそう言うと、まだ何か言っている相手に構わず通話を切った。
 まずは舞香の予定を確認して、パーティーの準備をして。たくさんいた方が楽しいし、舞香もきっと気が紛れるから、知り合いも誘ってみようかな。
 そうしてカレンダーを確認し始めたアニーの意識の中に、従弟のことなどかけらも残っていない。





「アニー‥‥ずいぶん、盛大な騒ぎになっちゃったわね?」

 とある張り紙を前に、呆然と立ちすくんだアニーのそばで、舞香がクスクス笑い声をあげた。うん、と上の空で頷いたアニーの視線は、相変わらず張り紙の上に釘付けだ。

『来る12月24日、大規模作戦祝勝会兼クリスマスパーティー開催!!
 あの有名人もやって来るかも!?
 どなた様も振るってご参加ください!!』

 あまりにもありきたりな煽り文の踊る張り紙には、そう書かれている。四隅に、恐らく最近ちらほらと耳に入る妖精のつもりなのだろう、白抜きの小柄な少女のシルエットが踊っていて、中央にはこれでもかというほど大きなクリスマスツリー。
 どうしてこんな事になったんだろう。アニーは自分自身に問いかけたけれども、タイミングが悪かった――あるいは良かった――としか言いようがない。
 舞香にクリスマスパーティーのことを持ちかけたその場には、他にも幾人かの同僚がいた。そうしてクリスマスパーティーの話を聞いて、楽しそうね、私も参加したいな、とちらほら声が上がるうちに、人数がちょっとずつ増えてきて。
 さすがにアニーの狭い部屋では難しそうだ。けれども集まった同僚だって似たり寄ったりだし、どこか場所を借りるか、それともお店を貸し切るか――そんな、相談をしていたら不意に、誰かが言った。

『どうせなら、大々的にやっちゃえば?』
『ぇ?』
『傭兵さんも呼ぶなら、この間の北米の大規模作戦の祝勝会も兼ねて、パーッと盛り上がったら楽しそうじゃない』
『お祝いなんだから何回祝っても良いだろうし、クリスマスはみんなで過ごせば楽しいし』
『ねー!』

 声を揃えて頷いた同僚達に、ねー、じゃないです、と思ったが後の祭りだ。気付けばあれよ、あれよという間に、ホームパーティー程度のつもりだったアニーの計画は、傭兵達をも巻き込もうとする一大イベントと化していた。
 どうしてこんな事に、とアニーはもう一度、問いかける。問いかけ、ちらりと舞香へと視線を向ける。
 気付いた舞香が小さく肩をすくめて、けれども久しぶりに楽しそうな笑顔で、言った。

「なんだか、責任重大ね、アニー」
「‥‥うん」
「私もパーティーの準備、手伝うわ。せっかくだから皆に楽しんでもらえるパーティーにしましょ? 会場の飾り付けとか、せっかくだから料理だってケータリングだけじゃなくて、皆で用意したいわよね」
「‥‥うん! 楽しいパーティーにしましょう!」

 クスクス笑って数え上げる舞香が本当に楽しそうだったから、アニーもほっと嬉しくなって、大きく何度も頷いた。そう、舞香がちょっとでも元気になったのなら、それでアニーの目的は達せられている。
 だから、銀のお下げをぶんぶん振りながら、頑張りますね、と両手の拳を握るアニーに、うん、と舞香は微笑んだ。微笑み、手伝ってもらえる人を捜しに、2人並んで歩きだした。

●参加者一覧

/ ロジー・ビィ(ga1031) / 藤村 瑠亥(ga3862) / エレナ・クルック(ga4247) / Dr.Q(ga4475) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / 百地・悠季(ga8270) / 神撫(gb0167) / 遠倉 雨音(gb0338) / セレスタ・レネンティア(gb1731) / 佐賀狂津輝(gb7266) / ファリス(gb9339) / 神棟星嵐(gc1022) / 雨宮 静香(gc1675) / 星和 シノン(gc7315

●リプレイ本文

 素敵な考えよね、と腕の中の愛娘をあやしながら、百地・悠季(ga8270)は楽しそうに呟いた。

「戦勝祝いを兼ねてのクリスマスパーティーなんて。ここで一息入れてこそ成果が実感できるのだし‥‥ねー、時雨?」

 そう、腕の中を覗きこんで微笑む悠季に、傍らに居たファリス(gb9339)もにこにこと嬉しくなる。悠季は先日終結した大規模作戦のほとんどを出産や、産後の養生に当てて動けなかった為、何となく手持ち無沙汰というか、ヤキモキしていたのを彼女も知っていた。
 だから。

「せっかくのクリスマスだから、みんなで楽しむのが一番なの。ファリスもしっかりお手伝いするの!」

 ぐっ、と拳を握って告げるファリスに、お願いね、と悠季は微笑み返す。こんな機会だったら邪魔にもならないだろうと、連れてきた愛娘の世話を、ファリスには頼んでいた。
 任せて欲しいの、と力強く頷くファリスに、慎重に抱き渡す。まだ二ヶ月、首も座ってない赤子を、慣れた手つきで受け取ったファリスと、人見知りする様子もなくご機嫌な娘にもう一度微笑んで、悠季はよし、と腕まくりした。

「さーて、色々やる事が一杯あるわよ」

 どうかすれば、彼女の大規模作戦はこれから始まる、くらいの気持ちが強い。何より、腹を痛めて産んだ愛しい我が子が傍に居るだけで、やる気が漲ってくるのは母というものの性なのだろうか。
 そんな事を考えながら、張り切って会場のあちこちを見て回り始めた悠季と、一緒について歩くファリスの姿を見るともなく見送りながら、やれやれ、と神撫(gb0167)は感心とも呆れともつかないため息を吐いた。
 先日の大規模作戦がやっと終結したかと思ったら、いつの間にか世間はクリスマスな季節。戦いの中でも確かに季節は移っているのだと、こういう機会を捉えるとしみじみと感じたりするのだけれども。

「‥‥なんか、すごい大規模なことになってるなぁ‥‥」
「アニーさんらしいですけれど‥‥ね」

 神撫の呟きを耳に捕らえて、くすくすと苦笑する遠倉 雨音(gb0338)だ。何気ない一言が思いがけないほど広がる、というのはよくある話だけれども、アニーの場合は些か、それが群を抜いているというか、何かにつけて大事になりがちというか。
 けれども、どうせやるのだから楽しいパーティーにしたいという、気持ちは同じ。それは、こんな機会だからと久し振りに顔を合わせた、恋人の藤村 瑠亥(ga3862)の姿が傍らにあるからかもしれないけれども。
 うきうきと、もし彼女に尻尾と耳があれば全力でぱたぱた動いていたに違いない位の上機嫌で、ロジー・ビィ(ga1031)が辺りを見回した。今はまだがらんとした、何もないホール――これからここに、クリスマス当日のことや、そこで楽しむ人々の笑顔を思い浮かべながら、一つ一つ、パーティーの準備を整えていく。

「パーティー本番も楽しみですけれど‥‥これも楽しみの一つですわ♪」
「だよな。楽しい時間の手伝いは喜んで! ましてアニー主催なら全力でやらせて貰うぜ」
「ありがとうございます」

 上機嫌に言い切ったロジーと、同じく上機嫌な様子のアンドレアス・ラーセン(ga6523)の言葉に、アニーもほっと胸を撫で下ろし、ぴょこんと頭を下げた。そんな彼女の頭を、大丈夫? とぽふり、撫でてから神撫は、アニーの傍らで穏やかに微笑む女性へと視線を向ける。

「雪島さん。一応、初めまして。今日は宜しくお願いします」
「ぁ‥‥はい、初めまして。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「アニーさん、雪島さん、良いパーティにしましょうね――アスさん、ちょっと良いですか?」

 ほんの少し迷ってから、神撫の告げた挨拶の言葉に、舞香はかすかに目を見開いた後、微笑んでそう頷く。厳密には以前に顔を合わせていたりはするのだが、その折は色々あってゆっくりと挨拶も出来ていなかったのだ。
 そんな3人に、主には主催の2人に声を掛け、挨拶をしながら、セレスタ・レネンティア(gb1731)はゆっくりと会場を歩き回った。会場の広さや天井の高さ、窓の数に照明の様子。さらに、アスと示し合わせて手配したツリーの設置はどこにしようかと、声をかける。
 せっかくだから大きなものを、とセレスタは考え、出身のせいかツリーにはひとかどの拘りを持つアスもまた、せっかく大勢の人間が集まるパーティーなのだからそれに相応しいものを、と考えた。そうして2人、やっぱりど真ん中だろ、でも視線や動線を考えると、などとクリスマスツリー談義に熱く盛り上がっているうちに、すみませーん、と入り口の辺りで声がする。
 現れた業者らしき男は、中に大勢の人が居るのを見るとちょっと目を泳がせて、一番近くに居た星和 シノン(gc7315)に「あの」と声を掛けた。

「ご注文頂いた樅の木をお届けに上がったんですが‥‥」
「樅の木?」
「ぁ、こっち、こっちだ! 真ん中に運んでくれ。ど真ん中にな!」

 尋ねられ、きょとん、と目を見張ったシノンの向こうから、セレスタとまだ熱く語り合っている途中だったアスが大きく手を上げ、主張する。どうやら設置場所はホール中央で決着したらしい。
 はい、と頷いた男が一抱えもありそうな樅の木を慎重に抱えて入ってきた。セレスタがテープでつけたマーキングの上にゆっくりと下ろし、慎重な手つきで立てていく。
 枝が傷付かないようにかけていたネットを、セレスタやアスも手伝い外していくと、鮮やかな緑の香りがホールにふわり、広がった。ほぅ、と感嘆の声が誰からともなく上がる。

「これほど大きいと壮観ですね」
「そうだろう」
「あたしの温室からももう少ししたら薔薇が届きますわ。そうしたらもっと華やかになりますわね♪」

 満足そうなアスの言葉に、ロジーの笑顔が重なった。天井まで届くか届かないか、ぎりぎりの高さの樅の木は、確かに見上げると壮観なものがある。
 この見事なツリーの為にも、ベストマッチな飾りを見繕って来なければ。シノンはぐっ、と拳を握った。パーティーを盛り上げるためにも、まずは準備が肝心だ。

「頑張らなくちゃね! みんな幸せになぁれ☆」

 天井に拳を突き上げて、無邪気な声を上げたシノン。なにやら若干、目的がずれていると言うか、その先まで跳んでいってしまっているようだが、気合は十分に伝わってくる。
 頑張ろう、と誰からともなく顔を見合わせて、だから集まった人々は頷きあった。





 町のあちらこちらに見える、赤や緑のクリスマスカラー。キラキラ、ふわふわした飾りがあちらこちらで揺れていて、歩くだけでもなんだか楽しくなってくる。
 そんな中、雨宮 静香(gc1675)と神棟星嵐(gc1022)がパーティーの買い出しに選んだのは、中でも特に賑やかな装飾が施された、彼らもよく知る商店街だった。

「クリスマス‥‥か。こういう時くらい、戦いはお休みしてもいいでしょうか」
「もちろんですわ♪ せっかくですから、素敵なパーティーにしましょうね、星嵐♪」

 どことなく居心地の悪いような、落ち着かないような表情で行きかう人を見やりながら、ぽつりと呟いた星嵐の言葉に、くすくすと静香が笑う。そうしてごく自然な仕草で彼に寄り添うと、星嵐の頬が少し赤くなって、それから『今日も冷えるな』などと口の中で呟きながら静香の手を握る。
 彼女達は、今日は買い出しとお料理を買って出た。他にも買い出しに出てきたメンバーが、それぞれの行きつけのお店に散って行ったようだ。
 これはお仕事だけれども、同時に2人きりでゆっくり過ごせる得難く幸せな時間でもある。そう思うと静香の心は自然と浮き立った。ちらり、星嵐を見上げれば、見下ろしてくる眼差しが穏やかなのは、彼も同じ気持ちだからだろう。
 それに、嬉しくなる。なんだか妙に気持ちがふわふわして、いつもは着ない取っておきの服を着て、いつもなら素通りしていくような一々がすごく楽しくて。

「星嵐、あれ素敵ですわ♪ どうかしら」
「うん、良いんじゃないかな。後はあっちの、ガラス細工のミニサンタや雪だるまみたいなのがあると、イルミネーションを反射して良いんじゃないかな、と」
「ふふふ‥‥それも良い考えですわ♪ こうして歩いていると、何だか気持ちが暖かくなりますわね♪」

 うきうきと、傍から見ていても楽しそうな静香に、星嵐も嬉しくなって「そうだね」と頷く。彼にとっては、静香のこんなに楽しそうな姿を見れた事が、何よりのご褒美かも知れない。
 あら、と静香が声を上げた。何かまた、心惹かれるものを見つけたのだろう。するりと自分の手をすり抜けて行ってしまいそうな、彼女の手をしっかりと握りなおす。

「人も多いし、はぐれない様に、ね?」
「‥‥えぇ♪」

 微笑み、しっかりと頷いて歩き出した男女とは、また違うお店の中で瑠亥と雨音もまた、穏やかなひとときを過ごしていた。
 瑠亥の両手が抱えているのは、一杯の紙袋。腕にも幾つかずっしりと重そうなビニール袋がぶら下がっていて、ちょっとでもどこかから衝撃が加われば、あっさり崩れ落ちてしまいそうだ。
 ちら、と見上げた雨音が、バツが悪そうに瞳を揺らし、すみません、と呟いた。

「久しぶりに会ってこれだけ大量の荷物持ちをさせてしまうなんて‥‥買いたいものが多くて目移りしてしまって‥‥つい」

 最初は純粋に、パーティー準備の買い物にやって来たはずだった。けれども自身が経営する喫茶店の飾りつけもクリスマス仕様にしたいと思い立ち、そう言えば瑠亥との共通の友人達の誕生日も近かったな、と思い出していくうちに、気付けば結構な買い物量になって居て。
 とはいえ友人達のプレゼントは、今日は見繕うだけで。それを差し引いても、瑠亥が率先して引き受けてくれた買い物袋の中身は、様々のクリスマス用品で一杯だ。
 色とりどりのモールや小さくて可愛らしいクリスマスオーナメント、素朴ながら趣味の良いデコレーションの施されたリースに、使い勝手の良さそうなスノースプレーにカラースプレー。抱えた紙袋からはブロッコリーの頭やバケットが覗いているし、雨音が僅かに手に提げた袋の中身もクリスマスの時期だけ店頭に並ぶような食材が詰まっている。
 ちょっと羽目を外しすぎたでしょうか、と少ししょんぼりする雨音に、瑠亥は小さく微笑んだ。彼自身も買い物の合間に雨音や、他の相手へのプレゼントを見繕って居たのだし、何よりこうしてゆっくりと時間をすごすのは本当に、久方ぶりの機会なのだ。
 腕一杯に抱えた荷物もまた、雨音と共に過ごせている時間の証なのだと思えば、喜び以外の何者でもない。だから。

「気にするな、こうして共にいる機会があるだけ、いいものだと」
「そう、ですね‥‥最近はお互い忙しくてなかなか会えませんでしたから‥‥こういう機会を作ってくれたアニーさんに感謝しないといけませんね」

 微笑んで告げた瑠亥の言葉に、少し首を傾げた雨音もまた、はにかむ様な笑みを綻ばせた。そうして見やった先にはその、アニーを含めた一団が居る。
 その一段の真ん中で、エレナ・クルック(ga4247)が可愛らしく、小さな右手を突き上げた。

「さ〜て、がんばるぞ〜」
「お〜!」
「お〜、です♪」

 エレナの掛け声に、一緒に上がった掛け声は、シノンとリゼット・ランドルフ(ga5171)のもの。こうして皆で楽しくお買い物が出来るのも、準備の間だけの楽しい特権だ。荷物持ちに任命された神撫と、一緒にプレゼントを選びましょ〜、とエレナやリゼットに手を引かれてやって来たアニーが、その様子に顔を見合わせて苦笑する。
 5人はまず、近くにあった雑貨屋さんに飛び込んだ。目指すはパーティーグッズコーナー。パーティーを賑やかに盛り上げるには、小道具だって欠かせない。
 もうクリスマス本番も間近となれば、お店には様々なパーティーグッズが、所狭しと並んでいた。赤と白のサンタクロースコスチュームに、キラキラした三角帽子、トナカイのキグルミ。

「可愛いのがいっぱいです〜。どれにしようかな〜♪」

 見て居るだけで楽しくなる光景に、ワクワクしながら、そうして時には誘惑と戦いながら、丁寧に丁寧に可愛いサンタの人形が揺れるリースを見比べるエレナの横で、シノンはぽんぽんぽんと目に付いたままに、華やかなツリー飾りやリース、ペナントをかごに放り込んでいく。いやもちろん、クリスマスらしいものをきちんと選んではいたけれど。
 ズシッ、とすぐに重くなるかごを、抱えなおすとエレナと目が合った。えへへ、と笑ったシノンに、えへへ、と笑い返すエレナ。
 笑顔で向かい合ったまま、ねぇ、とシノンが無邪気に、あくまでも無邪気な笑顔で、言った。

「エレナさん。しぃの愛人になってよ!」
「‥‥ッ!?」
「あい‥‥ッ!?」

 その無邪気さとは裏腹の、実に大胆な発言に危うくリゼットが手に持っていたガラス細工のトナカイを取り落としかけ、神撫が何気なく手にしていたクラッカーを握り潰す。アニーは眼鏡の向こうの目を丸くして、ほわぁ、と固まってしまった。
 あれ? とシノンはむしろ、そんな3人の反応に首をかしげる。もちろんシノンだって、本命の相手は別にちゃぁんと居るのだけれど、実質のところは絶賛片思い中の身だ。だから、交際の申し込みという意味で『愛人になってよ』と言った訳ではもちろん、ない。
 けれどもエレナは可愛いし、お喋りしてて楽しいし。だったら、恋人はもちろん一番好きな人が良いから、愛人になってもらおう! と思ったのである。もちろん、愛人が正確にはどういう意味で、どういう立場を指す単語なのか、ちっとも理解していない。
 理解して居ない、のだが。

「男に生まれたからには、このくらいの甲斐性はないとね! しぃのお小遣いの範囲なら、エレナさんが欲しいもの、なんでも買ってあげるよ!」

 発言だけはあくまで雄々しく男らしく、ぐっとこぶしを握って宣言した姿はけれどもとっても無邪気なので、逆に見ている周りは困ってしまう。果たしてエレナはどう応えるのかと、注目が集まって。
 うーん、とエレナが可愛らしく、小首を傾げた。

「よくわかわないですけど、良いですよ〜♪」
「良いんだ!?」

 にぱ、と笑って彼女が言った言葉に、3人が異口同音に叫ぶ。周りの買い物客が迷惑そうな視線を遠慮なく注いでいたけれども、構っている余裕はない。
 あの、とアニーが困ったように2人を指差し、神撫が天を仰いだ。リゼットはひとまず目の前のミッションを遂行しようと、全力で手の中のガラス細工に意識を注ぐ。
 そうして取り残された(?)シノンとエレナは、その後もにこにこ、ほわほわ、ふわふわと無邪気に微笑み合いながら、仲良く手を繋いでカラフルなクリスマス帽や可愛らしいキャンドル、楽しげなクラッカーを見ては、かごの中に放り込んでいった。もちろん、神撫が握り潰したクラッカーもお買い上げ、だ。
 その後、場所を移してなんとかケーキ屋お菓子の材料を買い揃えたものの、何となく無口で顔を見合わせながら、シノンとエレナの様子を伺ってしまう。そんな複雑なひとときを乗り越えた頃、ぁ、とリゼットが声を上げた。

「神撫さん、シノンさん。荷物、お願いしても良いですか?」
「うん、どうした?」
「女の子だけでプレゼント、買いに行きたいな、って。アニーさん、行きませんか? せっかくだから舞香さんに、サプライズでプレゼントとか‥‥」
「そう、ですね」

 ひょい、と話を振られたアニーが、目を瞬かせてこくり、頷く。そうして、早くも舞香にはどんなプレゼントが良いか考えはじめたアニーの手を引き、男性陣に買い物袋を押し付け、ひらひらと手を振って3人が歩き出した。
 それを見送り、神撫とシノンも車に向かって歩き出す。途中、こっそり買ったブーブークッションを両手でパンッ! と叩きながら、シノンがひょい、と神撫を見た。
 ブ〜ッ、気の抜けた音。

「あれ? 神撫さん何ソワソワしてるの?」
「いや、ちょっと、ね‥‥それにしても随分、買い込んだよな」

 軽く肩を竦めて話を逸らした神撫に、うん、と首をかしげながらシノンも頷く。他にも何人か買い出しに出かけているのだから、最終的にはどの位になるのだろう。
 随分と、賑やかな事になりそうだ。ありったけの飾りで彩られたホールを想像した神撫とすれ違った、悠季がベビーカーを押しながら「あら」と声をかけた。

「持って帰るの? 配送を頼めば良かったのに」
「車があるしね。そちらは大変そうだけど、なんなら一緒に持って帰りましょうか? セレスタさんも車で買い物に来てるって言ってたから、探せばどこかに居ると思うけど」
「そうね‥‥時雨はファリスが居るから大丈夫なんだけど、荷物を持って帰るのはちょっとね」
「うん。時雨ちゃんのお世話は任せて欲しいの」

 ベビーカーの傍らを歩くファリスもどーん、と胸を叩いて力強く請け負う。LHに来る前はよく、ご近所から子守を頼まれていたので、まだ首の据わって居ない赤ん坊だって慣れたものだ。
 へぇ〜、とシノンが尊敬の眼差しになった。ぷぅ、と手の中のブーブークッションが音を立てる。ぴく、と目を開けたベビーカーの中の時雨が、ふにゃりと顔を崩して泣き出しそうになるのを、慌てた様子もなくファリスが抱き上げあやすのを見てまた、へぇ〜、と感心顔。
 それでどうします? と神撫が改めて、悠季に聞いた。んー、と考え、首を振る。

「お店に配送を頼むから良いわ。終わるまで待ってもらうのもね。すぐに要る物だけ持って帰ろうと思うから、その時にまだ居たらお願いするかも」
「そうですか」

 ひょい、と手を上げて去っていく神撫とシノンを見送って、悠季とファリスもベビーカーをゆっくりと押しながら歩き出した。幸い今日は寒さはあるものの、陽射しもさしていて、お散歩にも良い気候だ。
 歩きながらベビーカーの中に時々話しかけ、そうしながら良さそうな店を見つけては覗き込んで、値段や量、質、配送の交渉に入る。予想外の心惹かれる品に出会ったら、新たにメニューに組み込めないか考える。
 そんな事が続くうち、だんだん悠季はそちらにかかりきりになってきて、ベビーカーを押すのはもっぱらファリスの役割になった。ご機嫌な様子の時雨の顔を覗きこみ、ママ頑張ってるの、と悠季の背中を見ながら語りかける。

「‥‥もうじき、叔母様のところにも赤ちゃんが生まれるの。ファリス、とても楽しみにしているの」

 そうしたらやっぱりこんな風に、一緒にお散歩をするのだろうか。その時を思うと、なんだかわくわくする。
 そんな2人を時々振り返って、ほっと微笑みながら、悠季は着実にメモに書いてきた買い物をこなしていった。調理人としては食材の吟味は欠かせないし、一切手を抜くことは出来ない。けれども愛娘だって気になるところだから、やはりファリスに手伝いを頼んでよかった、と思う。
 配送料の交渉もしながら、着実に買い物袋の増えていく2人連れとすれ違って、大変そうだな、と星嵐は両手に持った珈琲を揺らした。さすがに朝から歩き詰めでは静香も疲れただろうと、ちょっとひなたのベンチで待っててもらって、暖かな飲み物を買いにきた所だ。
 途中、良さそうなアクセサリー屋があったので、静香の誕生石でもあるトパーズのアクセがないかと覗いてみたのだけれど、手頃な値段のものが見当たらなかった。それでも幾つか目星はつけておいたので、また後で買いに来ようかな、と思う。
 ふと、また別のアクセサリー屋を見つけた。珈琲が冷めないように急ぎながらも、ひょい、と覗いたショーウィンドウの向こう側には、シルバーアクセのコーナーでキャッキャと盛り上がるエレナがいる。

「わ〜♪ かわいいにゃ〜」
「色々ありますね‥‥」
「目移りしちゃいますね。彼氏さんに贈るものも、考えないとですし‥‥」

 うーん、と悩むアニーの横で、ちょこん、と首をかしげるリゼット。それから示し合わせたようなタイミングで、どちらともなく切り出した。

「アニーさんは、どういうのがお好きなんですか?」
「実は私も友人に贈り物がしたくて。アニーさんの意見も聞かせてもらえたら嬉しいです」
「ぇ?」

 両方から話を振られて、きょとん、と目を見張ったアニーである。改めて聞かれると、とシルバーアクセを前に真剣に悩むアニーに、「わたしはこういうのが好きですにゃ〜♪」とエレナが見せたのは猫のシルエットのブローチ。可愛いですね、と微笑んだアニーは、その隣にある犬のシルエットをトップにつけたペンダントを見ると、サーに似てるかな、と老犬の名を口にした。
 とすると動物系? と目と目で語り合う2人である。実は神撫にこっそりと、アニーの好みのリサーチを頼まれていたのだ。その後も、半分以上は自分達も楽しみながらキャッキャと見ていたら、やはりアニーが手に取るのは動物を模ったアクセサリーか、シンプルイズベストを地で行くものばかり。
 そんな賑やかな様子を、通りがかったアスがひょい、と覗き込み、ふぅん、と唇の端を上げて、笑った。そうして、何件かCDショップを回ってやっと見つけた、クリスマス定番の賛美歌のアレンジ集が何枚か入った紙袋を小脇に抱え、当日が楽しみだな、と嘯いた。





 ふぅ、と佐賀狂津輝(gb7266)は大きく息を吐いて、目の前の結果に満足そうな笑みを浮かべた。
 辺りにはふわりと美味しそうな匂いが漂っていて、佐賀の前の作業台でこぽこぽと音を立てているのは、透き通った琥珀色の液体が半分ほどまで満たされた大きなビーカー。傍らに転がるフラスコにはべっとりと油の付いた後があり、幾つもの試験管が虚しく空の口を覗かせ、転がっている。
 その一帯だけが、まるで中世の錬金術師の研究室のような、一種異様な空気を漂わせていた。けれども間違いなく、かつての錬金術師は幾つもの業務用オーブンを供えた広々としたキッチンを研究室にはしなかっただろうし、傍に丁寧に串切りされた玉葱やニンジン、ジャガイモを転がしても居なかったはずだ。
 そう、そこはクリスマスパーティーの会場となった建物の中にある、大容量のキッチンだった。その一角を占領して、佐賀は先ほどからこつこつと、ローストチキンを作るためのスープを研究、じゃない、作成していたのである。
 材料も肝心という事で、購入してきたのはまだ生きている鶏。それを、さすがに人目にはつかないように建物の裏手でこっそり絞めて血抜きをした後で、決して手を抜かずに丁寧に始末して。
 添え物として一緒に焼く野菜も、スープの染み込み具合や見栄え、食べやすさを考慮して、きっちりと同じ大きさ・同じ角度の串切りだ。鶏の中に詰め込むファルスだって、もちろん一切手を抜いたりはせず、厳選した野菜を細かく、けれども味は殺してしまわないように丁寧に切り刻んで、同じ様に小さく切ったパンと混ぜ合わせ、下味をつけておいた。
 あらゆる物に一切の手を抜かない、研究者気質の男。いや、医者なのだが。

「後は焼くだけなのです?」

 その光景を見たロジーが、きょとん、と目を見張って佐賀に尋ねたのに、頷く。頷きながらタコ糸でしっかりと形を整え、丁寧に表面に油を塗っていく。
 とはいえ焼き始めてもまだまだ佐賀の気は抜けない。均一な焼き色をつけるためには何度も中を覗いて、肉汁や脂を掛けてやらなければならないし、そうして焼き上がったら今度は骨が剥き出しで見栄えの悪い足の部分をアルミホイルで撒いたりして、最後まで仕事をしなければならないからだ。
 そう言った段取りを、胸の中で数える。それから、じっと見つめてくるロジーの眼差しにふと、ぶっきらぼうに言った。

「奇妙に見えるかな。だが、こういうやり方しか知らないんだよ」
「いいえ、とっても美味しそうなにおいですわ! あたしも負けませんわよ!」

 ぐっ、と腕まくりをしてふわふわと別の作業台に行ってしまったロジーに、どこか、自分と同じ凝り性の気質を感じた。ふ、と微笑み見送って、佐賀はまた手元へと意識を集中する。
 けれどもそれをアスあたりが見ていたら、なぜ止めてくれなかった、と悲鳴を上げたに違いなかった。

(やっぱりここはあたしの腕の魅せ所ですものね!)

 何故かアスと神撫には強く止められたものの、やはり、ロジーの本領はお料理作りにこそ発揮される、と自負している。ましてこんな素敵なイベントの機会だ、デコラティブで素晴らしいケーキを作らないで良いわけはない。
 なのでこっそり、あくまでこっそり調理場にやってきて、その迸る感性を余す所なく発揮しよう、と決意新たに材料を揃えるロジーである。作るのはもちろん、ブッシュ・ド・ノエル。クリスマスと言えばやっぱり定番だろう。
 定番、なの、だが。

「‥‥ロジーさん、これは何に使うのですか?」
「もちろん、ケーキですわよ? クリームの色ごとに味が違うと面白いですわよね♪」
「ちなみにこの、切り株のような部分と、倒れたような部分に分かれているのは――」
「切り倒された丸太ですわ。その方がアグレッシブでしょう?」

 ひょい、と覗きに来たセレスタが、ソーダシロップや苺シロップ、メロンシロップと言ったカラフルなボトルと、どーんと大皿の上に転がったナニカを見て尋ねたのに、きょとん、と首を傾げて応える。だって定番の白やチョコレート色のクリームなんて、面白くないじゃないか。
 そうですか、と微笑みながらセレスタはロジーを、その作業を見守った。あの、様々に着色されたクリームは果たして、どこに使われるのだろう。あちらで空ろな眼差しをケーキに向けているヘリングは、果たして‥‥?
 セレスタは、けれどもただ微笑んだ。

「料理ができるというのは、素晴らしいと思います」
「ふふっ、頑張りますわ♪」

 ぐっ、と楽しそうに拳を握り、うきうきと作業に戻ったロジーの成果を、食べる事になるのであろう友人達の顔を思い浮かべて、雨音はそっと胸の中で健闘を祈った。それ以外に果たして彼女に、何が出来るというのだろう?
 ゆえに彼女は彼女の仕事に取り掛かる。飾り付けで買ってきたものは調理場から出て行こうとするセレスタに託して、こちらは料理の下拵えだ。
 肉に下味をつけながら、瑠亥にも手伝ってもらって山のように積み上げた野菜の皮を剥く。それから、生クリームの泡立ても。
 時々、お願いし過ぎてないかな、とかすかな不安を眼差しに滲ませる雨音に、瑠亥は笑って否定する。否定し、つん、と角の立つクリームのボウルを渡して「次は?」と尋ねると、ほっとした様子でブルスケッタの味を見て欲しい、と頼む所がまた可愛いとか思ったり。
 そんな、早くも甘い空気が流れる調理場とは裏腹に、ホールには楽しくも雑多な空気が溢れていた。あちこちに脚立が立てられて、壁には色とりどりの飾りが所狭しとつけられている。
 鮮やかなものから、心温まるもの。繊細な細工に手作り感満載の可愛らしいものまで。
 壁のあちこちには目を引く、繊細な花びらを持つ薔薇。持ち込まれた白色ライトは幾度も角度を整えて、柔らかくツリーや会場を包み込むようにセッティングされている。
 そのライトの中では小さなサンタのヌイグルミや、トナカイ、ガラス細工といったオーナメントのぶら下げられたツリーが、ちょっとだけ枝を重たそうにしならせて立っていた。ぐるぐると巻きつけたふわふわのモールは、ツリーだけには多いようだ。

「壁にも一杯飾ったら楽しいよねッ! いこッ、エレナさん!」
「はいですにゃ〜」

 会場に帰ってきてからも、仲良く微笑み合いながら準備をしている2人が、モールの端と端を持ってとてとて会場を行ったり来たりしているのは、微笑ましい光景で。なんだかふぅ、とため息を吐いて、少し休もうと神撫は壁際に並ぶソファに腰を下ろす。
 ぶ〜ッ、と間の抜けた音がした。ギョッ、と跳ね上がると遠くで「わーい、ひっかかったー♪」とシノンが両手を叩いてはしゃぐのが見える。
 やられた、と顔を覆った。

「なんだそれ、面白そうだな。俺にもやらせろよ、カンナ」
「アス、ここ禁煙」

 胸元のポケットからシガレットを取り出そうとする兄貴分に、素直に立ち上がって場所を譲りながら注意すると、わりぃ、と肩を竦める。そうして何が面白いものか、何度も立ったり座ったりしては「やべぇ、マジ受ける!」と腹を抱えて大笑いしているアスに、見ている周りからも笑い声が上がる。
 なんだか賑やかだな、とそんなホールの方を見やり、星嵐はローストビーフを切る手を止めた。「あら星嵐、危ないですわよ?」とオタマを握る静香に指摘されて、あぁ、と我に返る。
 星嵐に、静香を手伝えることは多くはない。けれども別の調理台でもそうしているように、力仕事や洗い物、時には味見なんかでも、役に立つのなら嬉しいもので。
 ひょい、とローストビーフの切れ端を口の中に放り込む。まぁッ、と静香が咎めるような声を上げて、可愛らしく睨み上げてくるのに、破顔した。

「ごめん、美味しそうだったから、つい」
「ふふふ‥‥じゃあ星嵐、こちらを味見して貰えますか? ‥‥あ〜ん♪」
「‥‥ッ、ぁ、あーん‥‥」

 そんな星嵐をからかうように、かき混ぜていたシチューを少しすくって星嵐の前に差し出すと、彼は真っ赤になった後、慌しく辺りを見回して誰も見ていないことを確認して口を開ける。そんな様子が可愛くて、ますます寄り添ってみたくなるのだけれども。
 くすくす、大人の余裕で笑う静香に、まだちょっとだけ頬を赤くしながら星嵐は少し、肩を落とす。それから、まだ自分達の方を誰も見てないことを――正確には、どこも自分の世界に浸っている事を確認してから、少し真剣な眼差しでシチューの中を見つめ、何か考え込んでいる静香にそっと、近付いて。

「あら、星ら‥‥ッ!?」
「‥‥お返し、だよ」

 素早く頬に口付けて、耳元でそう囁いたら、静香は真っ赤になって固まった。いつもの大人の余裕はどこへ行ったものやら、だけれども、それがなんだか嬉しいと星嵐は胸の中でぐっと拳を握る。
 けれども、誰も見ていなかったはずのその光景をうっかり目撃してしまったリゼットはちょっと頬を赤くして、心持ち顔を伏せながら一生懸命ムース生地をかき混ぜた。こういう時は間違いなく、見ていないフリをするのが礼儀である。
 カタカタ、カタカタ。泡立て器を動かして、型に流し込んで、タルトの上に冷やしておいたフルーツを載せて。寝かせておいたクッキー生地を伸ばした所で、リゼットさん、と呼ばれる。

「はい?」
「お手伝いします〜」
「しぃも!」
「じゃあ、そこのクッキー型で抜いていってくれますか?」

 にこにこと、笑いながら指差すと、うん、と大きな返事が2つ。そうしてキラキラとタルトの方を見つめているのに、味見しますか? と尋ねるとまた、大きな返事。
 食べ過ぎ注意ですよ、と笑いながら差し出すと、実に幸せそうな笑顔が返ってくるから、リゼットも嬉しくなった。お料理をしていて、何が嬉しいって、それを食べて喜んでくれる人がいることだ。
 だからこそ、悠季としても手を抜けない、と届いた食材を前に彼女は奮闘していた。
 ローストチキンやローストビーフは、他にも作っている人が居るけれども、作り手によって焼き加減や味付けが違ったりするので構わないだろう。大きな鍋を火にかけて、パエリアの材料を放り込み、火を通しながらジャガイモの皮をひたすら剥く。

「悠季姉様、このお魚はどうするの?」
「捌いてくれる? あとはパン種を捏ねて」
「はいなの」

 ここでもファリスはもちろん、時雨から目を離さぬよう留意しながらも、立派に悠季の助手として活躍した。幸い、養い親でもある叔母の手伝いを率先してこなしているおかげで、悠季から出る指示を聞き返さずとも済む。
 パンを捏ねて寝かせてる間に、ローストチキンの始末をして。それを見ながら魚に下味をつけていく、悠季が欲しいと思ったその時には必要な調味料を手元に揃えられるよう、神経を配って。
 パエリアが炊き込みに入ったら、そろそろ退屈して大あくびの時雨をあやしながら、じっと火の番をする。いつか時雨ともこうして料理をするのだろうか? 悠季は少し想像して、くすぐったい気持ちになりながら、パンをオーブンに放り込んだ。





 ふらりと通り過ぎる見慣れた姿に、ロジー、とアスは声を掛けた。

「アイディア貸してくれよ」
「あら、解りましたわ」

 ツリーの前で脚立に座り、オーナメントをとっかえひっかえしているアスに、ロジーは快く頷く。そうして楽しそうに薔薇の配置がとか、リースも創りましょうか、などと綺麗な色とりどりのリボンを見始めた彼女に、ほっとアスは胸を撫で下ろした。
 ここにくる前から、ロジーはパーティーに饗するお菓子を作りたい、と主張していた。けれど。

(またヤバいモノ作られても困るし。ってか食う役きっと俺だしよ‥‥)

 ロジーが創るミラクルな料理を、身を持って体験してきた身としては切実である。だがロジーをしょんぼりさせたくはないし、彼女自身のセンスを信頼しているのも掛け値のない真実だ。
 だから、オーナメントを渡して、ロジーが楽しそうに薔薇の配置を変えるのに、ほっと胸を撫で下ろし。このままどうにか料理をする暇を与えるまいと、金と銀の太いリボンに赤の細いリボンを組合わせて、色とりどりに着色された木の実をセンスよく配置し始めた手元に注目し――傍らにある物に、気付く。
 ぎくり、固まった。半ば引きつった笑みで名を呼べば、返ってくるのは極上の笑顔。

「やっぱり何か出来てるし! ってかソレ何!? 何で虹色!?」
「力作ですわ♪ 食べてくれますわよね、アンドレアス、神撫?」
「ちょっと待った、俺もですか!? 何か花火が刺さってるように見えますけど!」
「神撫はこの部分、アンドレアス用にはさらに特製ですわ!」

 にこにこと、笑顔で迫ってくるロジーがあくまで好意と善意の塊だからこそ、対応に困る。生贄、失礼、試食役に指名された男2人は、引き攣った互いの笑顔を見合わせた。
 だがこうなっては、逃げる事など出来るはずもなく。恐る恐る、差し出されたお皿とフォークを手にとって。

「‥‥あれ? なかなか‥‥」
「うぐ‥‥ッ!?」

 口に運んだ瞬間、2人はまったく対照的な声を上げた。あれ、と神撫がびっくりして目を向けると、口元を押さえて崩れ落ちるアスの姿がある。「アンドレアス用にヘリングを刻んで練込んだ、特製ケーキですわ!」とあくまで無邪気な笑顔のロジーが、その瞬間、天使の皮を被った悪魔に見えた(かもしれない)。

「‥‥知ってた。知ってたさこのオチ‥‥!」
「そんなに美味しかったんですの、アンドレアス?」

 文字通り、心に血の涙を流すアスを見て、ころころと笑うロジー。おろおろと、或いは同情の眼差しで2人を見守るギャラリーの中に、困った顔のアニーも居て。
 アニー、と力なく、アスが脚立を指差した。

「頼む‥‥代わりに頂上の星はアニーが載せてくれ‥‥ッと、ちょっと高いか?」
「そうですね‥‥神撫さん、もし宜しければお任せできませんか? どうにも大きいですし、アニーさんの手には余るかと」

 絶妙のタイミングで口を挟むセレスタが、しれっと助言する。絶対わざとですよね、と言わんばかりの眼差しで振り返ったら、またしても絶妙のタイミングでわざとらしく「綿の雪ですか、懐かしいですね」などと飾り付けに戻ってしまったけれども。
 アニーが「これですか?」と手にした星は確かに、彼女の両手に余る位に、大きい。よくこんな飾りを見つけてこられたなと、感心してしまう。

「アニー、そっちに脚立立てて。横で支えてるから」
「ぁ、うん」

 神撫はアニーの隣にさっと脚立を立てて、よじ登る彼女の後から、いつでも受け止められるように見守りながら、星を抱えて登り始めた。何しろアニーの事だから、うっかり転げ落ちそうではないか。
 本人もそれを自覚しているのだろう。じりじりと慎重に登る彼女の顔つきは真剣そのものだ。
 慎重に、慎重に脚立の上に跨り、腰を下ろし。後から身軽に登ってきた隣の脚立の神撫と一緒に背中の下、腰の上辺りを支えてもらいながら大きな星を、慎重に下ろす。

 ――わぁ‥‥ッ!

 誰からともなく、歓声が上がった。己の使命を終えて、ほっとした表情になったアニーが、そのままぐらりとバランスを崩してわたわたと両手で宙をかくのも予想通りだ。
 危うげなく、隣の神撫がアニーを抱きとめ、慎重に床に下ろしていると、調理場の方から今度はまともな料理の数々が、大皿に載せて運ばれてきた。

「皆さん、試食してもらえますか?」
「たくさんあるし、率直な意見を聞かせてね」

 どーん、と載った美味しそうなお料理の数々に、集まった人々の目が輝いた。会場ホールはすっかりクリスマス仕様で、今すぐにだってパーティーを開けそうなぐらい。
 良かった、と誰からともなく、笑みがこぼれた。やりきった満足感が、誰もの胸をゆっくりと満たす。
 本番までは、あと少し。まだまだやる事は残っているし、こっそりプレゼントだって買いに行かなければならない人もいるようだし。
 一足早くお料理に舌鼓を打ちながら、本番を楽しみに思い浮かべる皆の笑顔が、あちらこちらで弾けたのだった。