タイトル:始まる日〜Annieマスター:蓮華・水無月

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/26 03:04

●オープニング本文


 暑い日だった。ジリジリと照りつける太陽に、雲一つない空。これが作戦にどう影響するのか、そればかりをずっと考えていた事を、アニーは今でも覚えている。
 どこの事だったのか、もう覚えていない。多分、アニーが軍に入って間もない頃だ。祖父の願いを叶えるべく、頑張って入った陸軍で、きっと初めてではなかったけれど、それほど実戦を経験しても居なかった頃の。

(‥‥‥?)

 ふいに、キラリ、目を射す光が見えた。眩しさに一瞬くらんで、思わず目を閉じてアニーはその場に立ち尽くす。
 瞬間、背後から怒声が飛んだ。

「シリング! 何をしている!」
「すみません!」

 それに電流が流れたように、ビクリと背筋を伸ばして慌ててアニーは動き始めた。そうして自分に与えられた配置に戻り、与えられた役割を脳裏でおさらいのようになぞりながら、もう一度だけちらり、眼差しを向ける。
 けれども、そこには何もない。あの光が間違いだったように、そこにはただ、当たり前の光景が広がっている。
 何だったんだろうと、疑問を感じたのは一瞬だった。次の瞬間、アニーを含むUPC軍は目の前の目標に向かって、総攻撃を開始したのだから。





「――ほんと、何だったんだろう」

 朝日射し込むベッドの上で、夢の中の続きのようにアニーは呟いた。それが夢の中の光景の事なのか、今更すっかり忘れ去っていたような光景を夢に見たことなのか、彼女にもよく解らなかった。
 解らないままアニーは起き出し、身なりを整える。今日は休暇だから、ラフな私服。おじいちゃんセッターのサーの前にごはんを載せたトレイを置いて、自分の分のスクランブルエッグとトーストをその傍らのテーブルの上に置く。
 ――このごろ、アニーの周りには不穏な事件が続いていた。それは、例を挙げればつっこんでくる車であり、アパートの下を歩いていたら降ってくる植木鉢であり、ランチに出かけると店のガラスを割って飛び込んでくる銃弾であり、たまたま出かけた先で起こる爆弾騒ぎであり。
 1つ1つはそう、複雑な背景があった訳じゃない。車は突然のエンジントラブルに襲われて、植木鉢は突風が吹き飛ばした看板にぶつかっただけで、銃弾はともかく、爆弾騒ぎはデマだった。
 ただ1つ、共通点があったとすればそれは、必ずアニーがいる場所で起こると言うこと。となれば彼女自身も何となく、もしかして自分が狙われているのかな、という勘ぐらいは働くものだ――何しろ、そういう事態は初めてじゃない。
 ならばその理由を突き止めたいと、思ったのは自然な感情だと思う。けれども今彼女はラスト・ホープにいて、転属の挨拶を済ませ、辞令を受け取り、用意された新しい宿舎で転属して初めての休暇を迎え、サーと2人でモーニングを食べている。
 移動の辞令が出たのは唐突だった。始めは偶然だと思っていた事件が、偶然ではないと気付いた頃の事。もちろん希望なんて出した筈もなく、ある日突然アニーにはラスト・ホープへの移動辞令が出て、一週間後には機上の人となっていた。
 軍ではこれから少し、大掛かりな作戦を行う事になっていた。それを前にして、アニーは遠ざけられたのだろうか。それとも。
 これまでにあった事をぼんやりと思い返し、アニーはほんの少し落ち込んだ。けれども少しして、目を瞬かせて軽く、首を振る。

「せっかくだから、少し、見て回ろうかな。サーのお散歩コースも探さなくちゃ」

 幸い此処はラスト・ホープ、能力者達の多くが集う場所だ。顔見知りにももしかしたら、ひょっこり出会えるかもしれない。それに、日用品や食料を買える安くて良いお店も見つけなくちゃ。
 いつまでも考えていても仕方ないと、アニーは手早くスクランブルエッグとトーストをコーヒーで流し込んだ。そうしてサーにリードをつけると、半ば引きずられながら宿舎の外へと転がり出たのだった。


 ――物陰で、キラリ、何かが光る。





 良いんですか、とマヘリアは問いかけた。

「あの子。きっと今頃、拗ねてますよ――幾らアニーの身を守る為とは言え」
「何のことだね。今の彼女が此処に居ても、作戦の邪魔になるだけだ」

 返ってきた答えはそっけない。けれどもそれだけではなかろうと、マヘリアは昨日の夜に来た友人からのメールを思い返しながら肩を竦めた。
 そうして本部の窓から外へ、眼差しを向ける。

「‥‥ついて行くでしょうか」
「彼女が狙いなら。作戦の妨害が狙いなら、留まるだろう」

 やっぱり返ってくる返事はそっけない。それに「そうですね」とだけ返事をして、マヘリアは部屋を出て行った。

●参加者一覧

ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
ロジャー・藤原(ga8212
26歳・♂・AA
神撫(gb0167
27歳・♂・AA
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

 相変わらず、喰えない男だった。

『ああ、シリング少尉がもうLHについた頃だ』
「アニーが?」

 長らく関わってきたテロ事件。その進展を聞こうと連絡したアンドレアス・ラーセン(ga6523)の、「調べ辛い状況なのは分ってんだって。それでも何か無ぇのか?」という言葉にエドワードが返したのが、これだ。
 アニーがLHにやってくる事が、一体何の関係があるというのか。アスの不審な声色に、男は喉の奥でクスリ、笑った。

『あぶりだすなら、餌は多い方が有効だと思わないか?』
「‥‥また腹黒いコト考えてんだろ、あんた」
『察しの良い友人を持って助かる』

 アスの言葉を否定せず、通話は一方的に切断される。友人という言葉がこれほど空々しく聞こえる事もそうあるまい。
 しばしの間、切れた携帯を忌々しげに睨みつけた。睨み、含みしかないセリフを反芻し。

(待てよ。アニーがLHにいるって事は‥‥)
「――どうしましたの?」

 にやり、企む笑顔になった友人に、ロジー・ビィ(ga1031)は眉を寄せた。だがアスから話を聞いた途端、きらきらと目を輝かせ始めた。





 犬の散歩は珍しくない。だがそれがセレスタ・レネンティア(gb1731)の知り合い、しかも幾度か依頼で会ったイギリスの人となれば、話は別だ。

「アニーさん? アニーさんではないですか?」
「あれ?」

 だから依頼帰り、老犬のリードに半ばしがみつくように歩く女性を見て、思わずセレスタは声を上げた。ラフな私服姿のアニーが、気付いて瞳を瞬かせる。
 思わぬ再会に喜びながら、セレスタはアニーへと歩み寄った。足下に座ったサーを撫でて挨拶する。

「まさかLHに来ているとは‥‥休暇ですか?」
「いえ、実は‥‥」

 セレスタの言葉に、アニーは軽く首を振って異動になったのだと言った。辞令では2年程度だと言う。
 そうですか、とセレスタは頷いた。頷き、さらに尋ねようとした所で、ぴく、と耳を動かしたサーが立ち上がった。
 サーの視線の先を追いかけると、そこには遠倉 雨音(gb0338)がいる。手には愛犬ソレイユのリードを持つ彼女の、驚いた表情。
 雨音は嬉しそうに尻尾を振ってじゃれ付こうとする愛犬を制しながら、確かめるようにアニーをまじまじと見つめた。見つめ、「何時の間にLHに‥‥此方に来ていたのなら連絡してくれれば良かったのに」と嬉しそうに言う。
 そんな雨音にセレスタがたった今聞いた事情を告げた。

「急な辞令だったそうですよ」
「そうですか、そういう事なら仕方ないですね」

 雨音はこっくり頷いた。それからアニーへと視線を戻し。
 にこり、穏やかに微笑む。

「‥‥随分久しぶりにお会いすると思ったら、1年ぶりの再会になりますか。積もる話もありますし、私以外の顔見知りの方もアニーさんとお会いしたいでしょうし‥‥ひとまず私のお店に行きませんか?」
「ええ、ぜひ」

 アニーもこっくり頷いて、「良いよね?」とサーに声をかけた。尻尾を振るサーの頭を撫でるアニーの横で、雨音はそっと携帯を取り出す。
 ちら、とセレスタと視線を交わしてから、幾つかの番号をプッシュした。友人達に連絡しなければ、後で恨まれるに違いない。

(でも――)
(ええ)

 某人物には、驚かせるため連絡しない。そう、言葉にはせず2人は頷き合った。





 アスに会うべく、神撫(gb0167)は愛車を走らせていた。珍しく「休日に兵舎に篭ってるのはどうかと思う訳だよカンナ君」などと、呼び出された場所は雨音の店。
 首を捻りながら、乗り付けた雨宿り処『虹待亭』のドアをくぐる。そうしてアスを探して視線を巡らせ――そのまま、固まった。
 ちらほらと、見知った顔。その顔見知りに囲まれている女性。

(ア、ニー?)

 ここに居る筈がない彼女。確かな好意を持っていて、連絡先も知っていて、多分憎からず思われてもいて――けれども自分から連絡を頻繁に取るほど恋愛上手でもなければ、恋の駆け引きが出来るほど器用でもなくて。
 だから。会いたいと思いながら、殆ど連絡を取らずにいた彼女がいる事に、戸惑う。
 そんな神撫にアスが「ここで逃げたら色々言いふらすぜ?」と囁いた。すっかり固まっていた神撫は、頼りなくも確かに兄貴分であるアスの言葉にやっと、妙にギクシャクとした動きでアニーへ歩み寄る。
 そうして、見上げてくる彼女を見下ろし――ぽふり、頭を撫でた。

「――ラストホープへようこそ。アニー」

 手の下の、柔らかな髪の感触。ぽふぽふと、撫でて微笑む神撫にこくり、アニーが頷く。
 老セッターにも「サーも久しぶり。覚えてるのかな?」と声をかけてから、軽く睨んでくる神撫にアスはニヤリと笑った。知っているなら教えてくれれば良いのに、という恨みがましい視線。その反応が見たいから、もちろん誰も言わなかったのだ。
 雨音がくすくす笑いながら、冷たい飲み物を神撫に渡す。そうして、久し振りのアニーを激しくハグして、ぴたりと寄り添うロジーの隣に腰を下ろす。アニーの逆隣は空席だ。
 その、不自然な空席に神撫が腰を下ろすのを待って、ところで、とセレスタが頷いた。実にわざとらしい真面目顔。

「しばらくこちらへ住むとなると、色々と入用にもなるでしょう。サーは私が面倒を見ておきますので、アニーさんはLHを見て回ってはどうでしょうか? ねえ神撫さん」
「そうですわ。折角ですし神撫とアニー、アンドレアスとあたし。Wデートがてら必要なモノのお買物に出かけましょう?」
「でしたら私が知ってるお店や、ソレイユのお散歩コースもお教えしますから、一緒に見てきては?」

 両手を合わせて楽しそうに提案したロジーに、微笑んで雨音が同意した。あっという間に決定した『デート』に神撫は、嬉しいような困ったような、複雑な顔になる。
 セレスタはビシッと親指を立て、サーに両手を広げた。わふッ! と喜んでじゃれ付くサーに、アニーが「あんまり困らせちゃ駄目だよ」と注意する。
 そうして、Wデートは始まったのだった。





 久方ぶりの休日だった。両手に提げた買い物袋の中には、切らしていた洗剤と食料。帰ったら、溜まった洗濯物を放り込んだ洗濯機が仕事を終えている頃だ。それを始末したら部屋中の埃を叩き出し、ゴミをまとめなければならない。
 そんな事を考えて商店街を歩いていたフェイス(gb2501)は、ふと前方の人影に気がついた。

(おや、何やら見た事のある方々が‥‥)

 しかも1人はアニーで、周りにいるのも顔見知りばかり。フェイスは買い物袋を揺らし、彼らに歩み寄った。

「皆さんお揃いで‥‥シリング少尉はお仕事ですか?」
「あれ! 偶然だな、何でLHに?」

 そうして声をかけたフェイスと、ロジャー・藤原(ga8212)が声をかけたのは、同時。突然現れた既知に、ぱっとアニーが顔を輝かせる。
 そんな彼女と神撫にニヤリと笑い「何、もしかしてデート中?」なんて嘯いたロジャーは昨夜、マヘリアからアニーの転属と、彼女の身に起きている事を聞いた。そうしてダガーと銃をジャケットの中に隠してやって来たのだ。
 だがそんな素振りは見せないロジャーの陰で、フェイスもこっそり事情を聞き。用心に護身道具を持ってきておいて良かったと微笑んだ。

「ついでです。この辺りの安い店や、ポイントがお得な店を紹介しましょうか?」
「じゃあ俺も一緒に回るかな。どうせ暇だし」
「良いですわね! でも邪魔は許しませんわよ?」

 ロジャーとフェイスに、ロジーが華やかに宣言する。聞いた神撫がふと首をかしげて、

「あれ? そいえばアスとロジーさんでデキテルん? アスは男s‥‥」
「カンナくん?」

 ちゃき、とナニカを構えたアスがその言葉を遮った。アニーが目を丸くして「やだ、神撫もアスさんも」とくすくす笑う。
 その笑い声と揺れる銀の髪に、まあいっか、と男2人は顔を見合わせて肩をすくめた。神撫をドキッとさせようと、アニーをオフタートルニットに着替えさせ、三つ編みを解いて緩いウェーブの髪を下ろした、ロジーの努力の結果は上々のようだ。
 が、普段とは違う格好は、初対面の相手すら惹きつけた様で。

「ふうーははははっ! 美少女あるところ、浪漫二ストありいいい‥‥ッて、うぎゃあぁぁぁッ!? タンマッ! タンマだって先輩達ッ!」
「‥‥不審者、か?」
「どう見ても」
「とりあえずぶち込むか?」

 なぜか街路樹からアニー目掛けて飛び降りてきた村雨 紫狼(gc7632)は、能力者達から突きつけられた獲物に真っ青になった。どこから見ても不審者だが、と能力者達は眼差しだけで協議する。
 だが「まぁ、ないな」と苦笑混じりのロジャーの言葉で解放された紫狼は、この子に何かあんのかな? と首を傾げた。果たして彼女はどんなVIPだというのか。こっそりと尋ねた紫狼は、事情を聞くと大きく頷いた。

「うん、何だかよく分からんが良く分かったッ!」

 紫狼にすれば、女性を狙うのはちょっとばかりセクシーな場面であって、命を狙うなど言語道断だ。ならば同行して全力で守る以外、どんな選択肢があるだろう。
 ぐっ、と拳を握った紫狼の胸中の『そしてラブラブフラグげーっちゅ!』という叫びは、幸い誰にも届かぬまま、青い空に消えていく。
 そうして彼らはアニーを連れて、食料や雑貨の店を何軒か回った。アニーはデザインにはこだわらないようで、手に取る生活用品は機能を重視している。
 フェイスや雨音のお奨めと、目に付いた幾つかの店。少しずつ増える買い物袋は、神撫が幸せそうに引き受けた。

「そーいや前に皆でチョコ作ったけどあれ楽しかったよな。またあーゆー事やりたいよな」

 幾つ目かの食料品店で、店先に積まれたチョコレートの山を見たロジャーがふと呟くと、何人かが苦笑を漏らす。神撫がふと、アニーを見下ろして。
 ぼそり、そんな神撫の耳にロジャーの「そこでキスだ」という助言(?)が吹き込まれた。さらにロジーがわざとよろめき、アニーの背中を全力で突き飛ばす。

「ひゃッ!?」
「お‥‥ッと大丈夫、アニー? ロジーさんも」
「ええ、大丈夫ですわ」
「‥‥って、マジにこけるし」

 ぼふっと神撫の胸に収まったアニーに、見えないようガッツポーズをして、尻餅をついたままロジーは良い笑顔になった。神撫の目が「後でお説教ですよ」と言っていても、アスが呆れ返って天を仰いでいても関係ない。
 上機嫌で立ち上がる彼女に手を貸しながら、ふとアスは眼差しを商店街の入口に向けた。ちら、と仲間達に視線を向け、頷き合う。
 フェイスが言った。

「さすがに邪魔になってきたので、荷物を置きに。皆さんこの後はどうされるんですか?」
「せっかくだから皆でバーにでもと」
「いーね、歓迎会! アニーたんの飲み代は俺が持つZE☆」
「ぁ、いえ」

 一気にテンションを上げた紫狼に、アニーが丁重に断る。自分の立場を弁えるように一線を引くのは、彼女自身の立場と、彼女が軍人一家の出身という事もあるだろう。
 だから、なのか。

(――やっぱり内通者がいる、のか?)

 今のLHに物騒な一般人が忍び込むより、軍に内通者がいた方がよほど納得がいく。そう、思いながら能力者達は、去っていった人影を記憶に刻んだ。





 セレスタと雨音に思い切り遊んでもらったサーは、待ち合わせの店の前でアニーを見ると上機嫌で尻尾を振った。礼を言ったアニーの横から、ひょいと神撫がハーネスを持つ。

「‥‥アニーに酒飲ませるなら、対応は任せた。俺は車だから飲まないし、サーと遊んでるから」
「では私も引き続き、サーと遊んでましょう」

 そう言いながら神撫とセレスタは並んで店に入る。首をかしげたアスとロジーがその後に続き、雨音が「いいお店は見つかりました?」と聞きながら続き。
 薄暗いバーは雰囲気があるが、不審人物が忍び寄ってくるにも都合が良い。だからアニーを歓迎しながらも、それとなく辺りに気を配る能力者達の隅っこで、セレスタはぽふり、サーの頭を撫でる。
 そうして、喧騒に紛れるように「奥ゆかしいのは美徳ですが、時には押しの強さも必要です‥‥神撫さんもそうは思いませんか?」と呟いた彼女に、神撫は曖昧に頷いた。眼差しの先のアニーは上機嫌で、早くも2杯目を注文している。
 雨音が微笑み、アニーの話に相槌を打った。次第次第に杯が進むにつれ、アニーの呂律は回らなくなり、行動も怪しくなってくる。
 だが、それでも揺らがぬ微笑の雨音と、頑張って話しかける紫狼のために、アニーの酔いも醒ますべきだろうか。キュアで自らの酔いを醒ましながら、ロジャーは首をかしげた。

「アニーってば、本当に面白い酔い方をしますのね」
「だな――近寄りたくはねぇけど」

 少し離れて見ていたアスとロジーが、しみじみと頷きあった。夜はバーに行くと聞いたフェイスは『朗らかな良い呑み方をする人だと思いますよ。きっと楽しいです』と微笑んでいたものだ。
 そのフェイスは、やはり楽しげに酔う人を見ているのは楽しいものだと、満足そうに紫煙を燻らせた。時々、思い出したようにグラスに口を付ける。
 暗い出来事もあったけれど、だからこそ既知との再会を喜びたい気持ちは、確かにあって。つらりと思いを巡らせながら、目を細めるフェイスの横顔はひどく穏やかだ。
 不意にアスが言った。

「ロジー、今日は送るわ。たまにはいいだろ?」
「ええ。――そう言えば‥‥アンドレアスとこんなに『日常』として一緒に居ること‥‥初めてかもしれませんわね。‥‥ずっと前から一緒に居ましたのに」

 こくり、頷いたロジーはふと瞳を瞬かせる。旅行なんかはあるけれど、『日常』となると思い返す限り、記憶がない。
 そうだっけ、とそっけないフリで返しながら、ちらり、ロジーを見た。長い付き合いの戦友で、それでいて誰より共感を覚える相手。その横顔。
 くらり、眩暈がしたのはアルコールのせいだろうか。普段より綺麗に見えるのは、Wデートなんて騒ぐ彼女に付き合ってそれらしく過ごした、その感覚がまだ抜けていないからか。
 惑いながらアスはアルコールを煽る。そんな2人の様子もまた、見つめてフェイスは紫煙を吐き出した。





 まったく、と神撫は助手席に沈み込んだアニーを見て苦笑した。

(想定通り、酔いつぶれたか)

 後部座席にはご機嫌で寝そべるサー。肩越しに振り返り、なぁ、と声をかける。

「お前の家まで、連れて帰ってくれるかな?」

 恋の駆け引きの苦手な神撫が、デートの合間に住所を聞いているわけがない。だがサーはひょいと右耳を持ち上げたきり、目を瞑ってしまった。
 姫君の目が覚めるまで待つか、ひとまず自宅で休ませるか。考えながら車を走らせ始めた神撫のその後を、想像して笑いながら、ロジャーは自宅でマヘリアにコールした。

「――って訳で、ひとまずは平和に終了」
『へぇ?』
「な。頼み聞いたんだから今度デートでも付き合ってくれよ」

 報告がてらに口説くと、彼女は笑った。そうして食事の約束をして、通話を切った。