●リプレイ本文
その男、陽山 神樹(
gb8858)は怒っていた。
(幼稚園にキメラ!? しかも運動会直前に!?)
幼稚園と言えば幼い子供達が集い、遊び、学ぶ場所。一部の例外はあろうけれど、その光景を表現するのに『無邪気』がもっともふさわしい言葉である事を、否定する者はそう多くはあるまい。
そんな場所に一体どうしてキメラが、などという理由はどうでも良い。そこにキメラが現れた、ただそれだけで十分に許しがたい事実。
故に神樹は拳を震わせ、高く澄んだ空の下で叫ぶ。
「大切な思い出作りを邪魔しようとするとは‥‥許さない‥‥許さないぞキメラめ!!」
「全くです。運動会と言えば子供達の晴れ舞台です! 無事に行えるように、皆で頑張りましょうっ」
身につけたオリジナルのヒーロースーツに相応しく、正義の怒りを燃やす神樹の言葉に、真白(
gb1648)もぐっと拳を握って力説した。この日の為にお遊戯やかけっこを一生懸命練習してきた子供達の事を思えば、ますますキメラの存在は許しがたい。
とは言えこの事が園庭に集う子供達はもちろん、保護者の皆様に知れれば無用な心配を招きかねない。ここは美佳先生の言葉通り、犬と呼び続けてはどうかと提案した真白に、魔宗・琢磨(
ga8475)は頷き園庭へと視線を巡らせた。まったく嫌なこった、と小さく呟く。
眼差しの先には続々とビニールシートで場所取りをする保護者が居て、いつも以上にはしゃいでいる子供達が居る。先ほども施設の女性職員と登園してきたフリーデリカが、能力者達と一緒にいるウィリアムに「お兄ちゃんだ!」と満面の笑顔になり、文字通り飛び跳ねてやってきたものだ。
あの笑顔を毛の先ほども曇らせてなるものか、と思う。
「例えキメ‥‥犬でも、子供に血や死体なんて、見せたかねぇからな」
「無論ですわ。無粋な犬ごときに邪魔をさせは致しません――ああ、貴女。念の為、保健室を使えるようになさい」
優雅なゴシックワンピースを朝の風に閃かせ、頷いたメシア・ローザリア(
gb6467)はふと思いついて、近くに居た幼稚園の先生にそう言った。もちろんそんな事にさせるつもりは毛頭ないが、万が一民間人に被害が出た時の事を考えたのだ。
解りました、と走っていった先生を見送り、秋の紫外線も侮れないのよ、と雲1つ無い空を見上げて呟いたメシアのバッグから僅かに覗く日焼け止めを見ながら、シャーリィ・アッシュ(
gb1884)は園庭を見つめるウィリアムを振り返った。本来なら、カンパネラの文化部連合長がなぜこんな所に、と疑問を感じて然るべき所だが、先の光景を見れば理由を聞くのも野暮と言うもの。
だからシャーリィは端的に告げる。
「外での包囲に加わってください。‥‥もちろん、外に逃がす気など毛頭ありませんがね」
「フリーデリカちゃんの為にも、園庭にキメラを逃がすわけにはいきませんねっ。左側をよろしくお願いしますっ」
「解りました、任せてください」
「じゃあ俺は裏に回るねッ」
その言葉に同じく包囲を担当する真白が役割分担を申し出ると、きりっと顔を引き締めたウィリアムが力強く頷いた。愛妹の名を出せばやる気も上がるだろう、という真白のもくろみは的を得ていたようだ。
2人の会話に、荷物の中の灰皿を想いながら空閑 ハバキ(
ga5172)も包囲班へ名乗りを上げる。ハバキにとって、突きつけられた園内禁煙の文字はちょっとだけ、堪えるものがあったようだ――場所柄、仕方のない事ではあるが。
それはともかく、ウサギの着ぐるみを着込んだハバキは、キラキラ目を輝かせて寄ってきた子供達に「ちょっと悪いわんこが居るから、ね」と注意を促すと、倉庫の裏へと消えていった。
正面には神樹。左右も確認して、倉庫の扉の前で装備を確かめ、シャーリィは神樹を振り返る。
「外から丸見えか‥‥私たちが踏み込んだらすぐに扉を閉めてください」
「任せてくれッ!」
力強くヒーロースーツの胸を叩いた仲間に見送られ、シャーリィとメシア、琢磨は倉庫の中へと慎重に足を踏み入れた。
◆
どうやら倉庫の中には、電灯などという気の効いたものはついていない様だった。幼稚園は保育所と違って余り遅くまでは開いていないから、倉庫内作業は明るいうちに行えば、窓や、入り口から射し込む光で十分なのだろう。
だが生憎、入り口は閉めてしまった。だから、窓から射し込んでくる光に薄ぼんやりと浮かび上がる、まるでミニチュアのような運動用具の並ぶ倉庫を、シャーリィはぐるりと見回しながらぎゅっ、ぎゅっ、と確かめるように手を握っては開き、開いては握る。
場所柄、AU−KVは外してきた。だが彼女にとって、AU−KVなしで戦闘するのは初めての経験で。
「‥‥相手が1匹とはいえ気を抜くわけにはいかないか」
その感触を確かめながら、シャーリィはポソリと呟く。用具を返り血で汚さないように、腰に履いた剣も間違って鞘から抜けないよう、しっかり固定してあった。
先頭に立つのは、隠密潜行で気配を殺す琢磨。彼の邪魔にならないよう、入り口で待つシャーリィとメシアは、けれどもキメラが出たらすぐに加勢出来るよう万端の準備は整えている。
そうして探査の目で探るメシアの巻き毛が、倉庫にこもった埃臭い空気にゆらり、と揺れた。はッ、と視線を巡らせたのと、琢磨が小さな飛箱の向こうに揺れるコウモリのような翼を発見したのは、同時。
その翼に狙いを集中させて、琢磨は引き金を引いた。
「そこだッ!」
「目印はつけさせて貰いますわ」
鋭く叫んだ琢磨の初弾が、過たず翼に命中する。さらにメシアが狙ったペイント弾が、大きくカラフルな色を埃臭い空気の中に浮き上がらせた。
犬の体躯に巨大な翼。どこからどう見てもキメラであるそれは、よく見れば四肢も発達しているようで、盛り上がった筋肉がかすかに見て取れた。ガバッと飛箱の上に前足をついて伸び上がり、撃ち抜かれた翼をぎこちなく動かして「グルルッ」と怒りに満ちた唸り声を上げる声を聞けば、確かに犬としか表現しようがないのだが。
封じた剣を鞘ごと構え、シャーリィは一歩踏み出した。
「時間までに確実に終わらせましょう。今日を楽しみにしている子供達を泣き顔にするわけにはいきませんから」
「ああ‥‥一気にいくぜッ!」
「抜け道もどこにあるか不明ですものね」
頷きながら、今度は足に狙いを集中させて再び引鉄を引く琢磨。優雅に頷いたメシアの顔も真剣だ。
その、銃声を聞いて倉庫の外の包囲班もぴりり、と緊張を高めた。倉庫入り口向かって右側、真白も当然ながらいつでも引き金を引けるよう、警戒を高めながら無線から仲間の声が飛び出して来ないか注意を払う。とは言え、この距離ならまず「犬が逃げた!」と叫ぶだけで十分状況は伝わりそうだ――倉庫の防音性はあまり高くはない。
同じ事は裏手で待つハバキにも、正面で待つ神樹にも言えた。殊に2人が守る側にはそれぞれ、窓と入り口があるから、真白やウィリアムに比べて、中からの物音もより良く聞こえた。
「出てきたら一発でしとめないとな!」
小さく、だが力強く神樹は呟く。キメラの姿が必要以上に一般人の目に触れることは好ましくないし、場所柄を思えば尚更だ。
だから、一刻も早く。そんな事は倉庫の中の3人にだって解ってはいたが、極力まわりの運動道具に被害を出さないように戦うのは、時に戦場での数倍も神経を磨耗するものだ。
しかも琢磨に翼を撃ち抜かれ、足に1本弾丸を掠めさせたキメラは、障害物を利用した戦いというものを心得ているようだった。
「‥‥ッ、また消えた!」
「まったく、バグアの犬風情が‥‥」
「あちらに!」
キメラの姿を見失い、同時に前者は鋭く、後者は控えめに舌打ちしてそれぞれの得物を構え直した琢磨とメシアに、はっと瞳を光らせたシャーリィが倉庫の奥、外から見れば裏側に当たる壁際を指差した。ぱっと視線をめぐらせると、そこに薄闇の中にぼんやり浮かぶ、白い犬の体躯がある。
素早く、琢磨は足元の辺りを狙って引き金を絞った。合わせてメシアもまだ動いている翼を狙う――が、逃げの体制に入ったキメラはほんのちょっとだけ、それよりも早く行動した。
ガチャーンッ!
倉庫の裏の、大人でもかなり高い位置にある窓に体当たりして、白犬はそのまま外へと飛び出した。だが能力者達も続いて、というわけには、ちょっと行かない高さだ。
くるり、とシャーリィとメシアが入り口に向かって駆け出す。
「この‥‥逃がすものか!」
「くそ‥‥ッ。敵さん、倉庫内の裏方面から脱走、包囲班頼んだ!」
『了解ですッ!』
『裏だなッ!』
取り急ぎトランシーバーに向かって叫んだ琢磨の言葉に、すぐさま返事と、外から「行きますッ!」「うわ‥‥ッ、逃がさないぞ、キメラめッ!」などと叫ぶ声と、慌しく人々が動き回る音が聞こえてきた。それを確認し、琢磨も薄暗い倉庫から飛び出していく。
その倉庫の裏手で、飛び出してきたキメラは改めて能力者達と対峙していた。そこに居たハバキと駆けつけてきた神樹に真白、ウィリアムである。
「覚悟しろッ! 全力全開ッ!」
「援護しますねッ」
ビシリとポーズを決めた神樹の邪魔にならない位置で、真白は拳銃を構えて影撃の体勢に入った。幸い、ここは正面に比べて、比較的園庭から視界が遮られた場所にある。といえ誰かが興味本位で近付いて来たらすぐに気付かれる位置だ。
グルルルル‥‥ッ
能力者を威嚇しようとするように、キメラが低い声で唸りを上げた。翼を撃ち抜かれ、足から血を流していて、それでもなお完全に戦意を喪失していないらしい。見れば身体にも打撲の後が幾つかあった。
表の扉が勢いよく開き、突入班の仲間達が近付いてくる音が聞こえる。
何としてもここを、この犬キメラの最期の場所にする。誰もがそう思い定めて、ぼろぼろになってなお牙を剥き、爪を地に立てるキメラを睨みつけた。
◆
幸い、民間人からの負傷者は出なかった。ただし倉庫の中の備品は、戦闘中にも精一杯気をつけてはいたけれども、恐らく幾らかは破損してしまったものがあるだろう。
「備品の確認をなさい」
メシアの言葉に頷いた幼稚園の先生が倉庫の中に入り、今日の運動会に使う道具からまず点検を始める。その間に真白は幼稚園の給湯室を借りて、皆に温かな緑茶を入れて回った。
だが中には、一体何の騒ぎがあったのか、と不安に顔を曇らせる保護者も居て。
「騒がしかった? あれはヒーローショーの準備の音だ!」
「ヒーローショー‥‥?」
「ああ。‥‥みんなッ、元気かなッ!? 破暁戦士ゴッドサンライト参上!! 運動会にでるみんなの為に応援に来たぞ!!」
素早くヘルメットを被り、全身をヒーロースーツで固めた神樹はポーズを取りながら園庭の子供たちに向かって大きく両手を振った。ヒーローという響きにはしゃいだ子供達が「わーいッ!」「ヒーローだってッ!」「すごいね!」とお友達同士で顔を見合わせ、ヒーローに向かって大きく手を振り返す。
神樹の様子に気付いた真白が、素早く自作衣装に着替えた。神樹がヒーローなら、真白はヒロインを狙う悪の手先。自作の小悪魔の衣装で登場した真白の背中には、小さな悪魔の翼がついている徹底振りだ。
ひらりとミニスカートを翻し、真白はビシッと神樹――もとい、ヒーローに向かって指を突きつけた。
「ふっふっふ、今日こそ姫を頂いていきます! 覚悟!」
「この私を‥‥? なんて恐ろしい事‥‥ッ」
『狙われた姫』ことメシアも、元々が出自もあいまって貴族らしい言葉遣いなお陰で、なかなか様になっている。そうしてなし崩しに始まったヒーローショーの観客の中から、微笑ましい兄妹の会話も聞こえてきた。
「ねぇお兄ちゃん、お兄ちゃんは出ないの?」
「うん、今日はね」
「そっか。じゃあまた見せてね!」
目の端で様子を伺うと、小さな小指に自身の小指を絡ませ、優しく微笑む連合長の姿が目に入った。もしかすれば、次回の演劇部の演目になるのかもしれない。
その園庭の喧騒を遠くに聞きながら、琢磨はハバキと一緒にエマージェンシーキットのシートで、キメラの死体を外から見えないようしっかり包んで幼稚園の裏庭へと運び出した。出来ればどこか、子供が来ない場所に埋めてやりたいと話すと、美香先生が教えてくれたのだ。
倉庫から拝借してきたシャベルで十分な深さの穴を掘り、キメラを穴の底に横たえて、今度は掘った土を穴へと戻す。そうして少し盛り上がったその場所に、琢磨は小さく呟いた。
「‥‥来世ってのがあるなら、普通の犬になれよ‥‥」
「普通の犬かぁ。それなら可愛がってもらえたかもしれないのにね」
だが生憎、キメラとして作られた以上、それは叶わぬ運命だ。ならばせめて、もしキメラにも来世と言うものがあるのならば、次こそは――
さて次は倉庫の中の片付けだと、裏庭から再び倉庫へと戻る道すがら、園庭を見るとヒーローショーは佳境を迎えた所だった。悪の手先に扮する真白がヒロイン役のメシアの手を取り、強引に連れて行こうとする。そこに飛び掛ってえいやと勢いをつけて投げ飛ばしたヒーロー・神樹。
あれはなかなか痛そうだったが、真白は上手く受身を取ったようだ。子供達はすっかり夢中なようで、派手なアクションに飛び上がって歓声を上げている。
「子供ってのは、ああやって無邪気に笑っててくれるのが一番なんだ。‥‥それを護る為に、俺たちが居るんだからさ」
「まったくです。せっかくの運動会なのですから‥‥とは言え、カンパネラで運動会などやろうものなら、あんなにほのぼのは行かないでしょうね‥‥」
耳に留めたシャーリィが、苦笑しながら指差したのは倉庫の中から運び出された、玩具のような運動道具。最初のプログラムの、年中さんによる玉入れの道具だ。
もしカンパネラの生徒達が玉入れで真剣に競い合ったとしたら――怪我人が出るか、先に玉が壊れるか。
そんな事を想像しつつ、園庭の隅に腰掛けて運動会が始まるのを待つシャーリィの前で、ヒーローショーは無事に終幕を迎えた。入れ替わりに園長先生がマイクを持ってやってきて、みんな良かったですね、次は運動会を頑張りましょう、と挨拶する。
その為にも血痕等は消しておかなければと、琢磨とハバキが倉庫内での作業の手を早めた。その様子を見に来たメシアが『お姫様のお姉ちゃん』と手を振られ、満足そうに手を振り返す。
「あの子達が今日の、ヒーローでヒロインね。貴族以外との交流も無かったので、運動会と言うのは興味深いわ」
「そうなんですか? じゃあ、メシアさんも年少さんのダンス体操、参加しませんか!」
もちろん全力で参加予定の真白が、せっかくだからとメシアを誘った。
本当に危険が去ったのかは、もちろん後で確認する。けれどもそれを気にすべきなのは能力者達なのであって、子供達には全く関係のない事だった。