タイトル:【BV】銀狐を捕まえろマスター:蓮華・水無月

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/18 13:39

●オープニング本文


 カンパネラ学園の生徒達には、現在、生徒会長からとある注意が促されている。注意、というかお願いというか。
 この付近に最近、スパイと思しき不審な人物が潜んでいる可能性がある。詳しい事は不明だが、とにかく不審人物を見かけたら注意を怠らないよう、普段以上に警戒を強めてほしい。
 簡単に言えばそんな旨の事を『お願い』され、責任感の強いウィリアム・シュナイプもいつもより些か行きかう人々に気を払いながら、放課後の学園を抜けてラストホープへと足を向けていた。
 ラストホープには、彼の愛する妹が収容されている施設がある。スパイという話を聞いて、心配になったウィルが彼女の元へ向かって顔を見たいと願うのは、ある意味では当然の行動だ。
 施設へと向かう、その道すがらで果たしてどこにスパイが潜んでいるのだろうか、と思いを巡らせる。隠れる場所なら幾らでもありそうだし、実際幾らでもあるのでしらみつぶしに探すというのは得策ではない。
 ならば効率よく発見するには、と考えながら歩いていたウィルの前から走ってきた、顔見知りの学生が彼を見て「あ、プリンス‥‥じゃない、連合長!」と呼びとめた。
 最初に学生が呼び間違えた、彼の余り好きではない通称は聞き流すことにして、ウィルはこくりと首をかしげる。

「どうしました?」
「あ、あの‥‥向こうに、見た事のない不審人物が居まして」
「不審人物‥‥?」
「はい」

 その言葉に咄嗟に思い浮かべたのはもちろん、先ごろ生徒会長から出された『お願い』だ。この付近に最近スパイと思しき不審な人物が潜んでいる可能性がある、と。
 どんな人物です、と尋ねると学生は、ほんの少しほわんとした顔になった。ん? と眉をひそめたウィルに、これこれこういう人物で、と説明した事には。

「銀狐の耳のついたパーカーを被って、後ろにもふもふの尻尾のアクセサリーをぶら下げた、見知らぬ青年、ですか‥‥?」
「そうなんです。ちょっともふもふとした毛が忘れられない感じのっ」

 それは別の意味で確かに不審人物だが、果たしてスパイとしてはどうなんだろう。だがしかし、そういう『らしくない』人物だからこそスパイとして相応しいのかもしれない。いやだがしかしそんなに目立ちまくってスパイって。
 ウィルは数秒、そんなことを真剣に物憂げな眼差しで考えた。考えたがもちろん、結論が出るはずもなく。

「‥‥仕方ありませんね。君は一先ず、見かけた学生や能力者に声をかけて人員を確保して下さい。都合のついたものから随時、不審人物の拿捕に回ります」
「は、はい!」

 判りました! と大きく頷いて走り出した学生を見送って、ウィルは不審人物がいるという方角へと足を向ける。スパイか濡れ衣かは不明だが、ラストホープの平和のためにも放っておいてはいけない事態だった‥‥多分。

●参加者一覧

/ 百地・悠季(ga8270) / ミカエル・ラーセン(gb2126) / 赤崎羽矢子(gb2140) / ジン・デージー(gb4033) / 橘川 海(gb4179) / ソウマ(gc0505

●リプレイ本文

 その騒ぎを、赤崎羽矢子(gb2140)はまったりとした休日の一場面で聞いた。手にしていた、ちょっと良いなと心引かれた服を棚に戻し、やれやれと騒ぎの方を振り返る。

「ショッピングしてたら不審者騒ぎか。オフくらい静かに過ごしたかったね」

 思わず苦い笑みをこぼした羽矢子を、一体誰が責められよう。まして気になる服を見つけた後だ、これから試着して鏡の中の自分と睨めっこして、そこからさてレジに持っていくかどうかという楽しくも悩ましい葛藤が待ってる筈だったのに。
 とは言え気付いてしまった以上、羽矢子は迷わず騒ぎの方へと足を向けた。まずは事態の把握をしなければと、騒ぎに向かって歩きながら羽矢子は、行き交う人々の中からこの騒ぎに関わっていそうな相手を探す。ラスト・ホープには一般人も数多く居て、たまに勃発する能力者の騒ぎに比較的慣れていると言っても不安顔だ。
 その中に、確かな目的意識を持った顔で走っていく者が居る。身につけているのはカンパネラ学園の制服。

「ねぇ! 何が起こってるのか教えてくれない?」

 彼を呼び止めてULTの傭兵である事を告げ、身分証を提示すると、ありがとうございます、とミカエル・ラーセン(gb2126)は立ち止まった。

「実はこの辺りに不審者が侵入しているらしい、という情報があったそうです」
「特徴は判ってるの?」
「はい。目撃証言に寄ると、銀狐の耳と尻尾をつけた青年だそうですけど」

 そう言いながらミカエルが肩を竦めたのは、自分で言っててもそれがどういう『不審人物』か不明だからだろう。白昼堂々『イタイ』格好で街中に出没すると言うのは、普通に余りお近付きになりたくない相手だし。
 だがしかし、現在カンパネラ学園生徒は生徒会長から「不審人物に注意せよ」と『お願い』されている状態。ならばまずは捕縛して、目的を吐かせた上で判断しなければならないわけで。

「本当に不審者侵入、となっては示しがつきませんしね」
「ま、この時期にあんな『お願い』じゃあ、裏に何があるのか勘繰りたくはなるけどね」

 こちらも捜索に向かおうと、通りがかった百地・悠季(ga8270)がどこか遠い瞳で肩を落とす。この頃、スパイがどうのとか不穏な話があちら、こちらに流れている。おまけにもうすぐバレンタインデーも控えているし、またひと悶着あるのじゃないか。ついでにこのタイミングで文化部連合長ウィリアムからの不審者発見の協力要請ときた。

「容貌から確かにおかしいと思えるし、ね」
「不審者はもふもふなんだよねっ。わぁ、どんなのだろうっ? いいなぁ、欲しいなあ‥‥」

 同意を求めて振り返った親友は、だが容貌よりも『もふもふ』のほうに完全に心が奪われている。橘川 海(gb4179)、ふわふわの可愛い物は好きらしい。ちなみに現在彼女が頭につけてる耳あてもふわふわだ。
 もふもふの尻尾を夢見て目をキラキラ輝かせている親友に、ええと、と一瞬悠季は迷う。迷ったがしかし、仕事になれば大丈夫だろうとむしろ自分に言い聞かせた。いざ不審者を前にすればきっともふもふ尻尾よりも不審者捕縛を優先してくれるはずだ‥‥多分きっと恐らくもしかしてひょっとすれば。
 ミカエルは肩を竦め「AUKVでまずは広範囲を捜索してみる予定です」とトランシーバーを振った。彼は一先ず、直近で不審人物が目撃されたショッピングモールへ向かうと言う。了解、と羽矢子も手を上げ、荷物の中にトランシーバーがあることを確認した。

「誰に連絡すれば良い?」
「シュナイプ連合長に本部役をお願いしてるので、まずはそこに連絡してください」

 チャンネルはこれで、と教えて悠季と海もミカエルとは別の方向へ向かう。こちらもAUKVを利用して、まずは情報収集から始めるらしい。ラスト・ホープは狭い場所ではない、効率よく探すなら機動力のあるバイク形態が一番だ。見落とす危険もあるが――この不審者に限っては何となく、見落とすのが難しい気がする。
 だが少し行って、まだ何が起こっているのか判らない風で辺りを見回しながら歩いていたカンパネラ学園の生徒を見つけ、声をかけた。

「ちょっと! 手が空いてるならこっちを手伝ってくれない、生徒会長からの‥‥」
「不審人物‥‥ですか? それはまた、厄介な事になりそうですね」

 声をかけられた少年ソウマ(gc0505)は、悠季の言葉に頷いた。
 そんなやり取りを見ながら羽矢子は教えられたチャンネルに合わせて無線を繋ぎ、応答したウィリアムに簡単に名乗りと所属、協力してこれから動く旨を伝達した。さらに二・三の確認をして通信を切り、不審者が逃げ込んだらしきショッピングモールへ向かった彼女の背中で、ソウマがやはり連合長から指示を聞き、微笑むように呟いた。

「面倒ごとは早く片付けるのに限ります――さあ、狐狩りの時間です」

 早くも覚醒し、辺りに虹色の精霊を祝福するかの如く舞わせる少年。ラスト・ホープの平穏を脅かそうとしている(かもしれない)不審者を、全力で捕まえなければならない。





 ジン・デージー(gb4033)もまたバイク形態のAUKVに跨って、ターゲットがその辺を歩いていないか見回しながら、ラストホープ内を爆走していた。最新の目撃情報がショッピングモールとは言え、すでに移動している可能性も否めない。見間違いという可能性もある。はたまた、どこかに仲間が居てそちらから目を逸らす為の陽動という可能性も考えられるだろう。
 とにかく、数ある可能性を1つ1つ潰していかねばならない訳で、それゆえにジンは現在ラスト・ホープ内の、悠季・海ペアとは違うエリアでAUKVをひた走らせている。時折止まってはトランシーバーで現在地と、不審者を見かけたかどうかをウィリアムに報告し。

「もしもしー、トラトラトラのニイタカヤマノボレー」
『‥‥ええと、何の呪文です?』
「うん、ウィリアム君だねー。この辺りでも『銀狐の耳のついたパーカーを被って、後ろにもふもふの尻尾のアクセサリーをぶら下げた、見知らぬ青年』とやらはいませんねー」
『‥‥? 了解しました。ではそこから引き続き、今度は西へ向かってください。市民からの目撃情報があるようです』
「西ですね、了解ですー」

 新たな指示を出したウィリアムに頷いて通信を切り、トランシーバーを仕舞ってAUKVのハンドルを握る。くん、とハンドルを捻ると大きくなる、低いエンジン音。
 トン、と地を蹴って姿勢を前傾させ、走り出しながらふとジンは空を見上げた。

(‥‥‥良い天気ですねー)

 絶好の買い食い日よりだな、とか。そんな事が頭の片隅を過ぎって、いやいや不審者捜索中ですよー、と自分自身に言い聞かせる。ちょっといけない方向に思考が傾きかけてしまった。
 ジン・デージー、彼女はほんのちょっぴり気分屋さんである。





 ミカエルはひとまず、不審人物が居ると思われるショッピングモールの周辺を中心に動き回り、市民からの情報を集めて回っていた。
 お天気の良い日だ。ましてすでに時間は『放課後』と呼べる時間帯、カンパネラじゃなくともラスト・ホープ内に点在する学校施設から帰宅途上の学生が居たり、友達同士で遊びにやってきた学生が居たり、或いは仕事の休憩にちょっとお茶でも、と足を延ばした人々で、辺りは大変混雑している。これから夜にかけてが多くのショッピングモールの混雑のピークだろう。
 ミカエルはそんな人達に手際よく話しかける。

「不審者がいるんです。銀狐の格好をした‥‥見てませんか?」

 だが成果は芳しくない。あちらも用心して隠れているのかもしれない、ついでに賑やかなショッピングモール内では着ぐるみなどの、多少変わった格好はどこぞのイベントかとスルーされがちだ。
 もっとも、不審者という言葉には市民達は一様に不安の表情を見せ、きょろきょろと辺りを見回した。溢れ返る人混みは、1人じゃないと言うある種の安心感を与える一方で、どこに不審者が居るか判らないと言う不安も呼び起こす。
 大丈夫なのかしら。でもこの子、カンパネラの学生さんって事は能力者よね? じゃあ心配しなくても大丈夫なのかしら、でもまだ見つかってないのよね‥‥?
 ちらちらとミカエルを見ながら百面相をする市民に、大丈夫です、とにっこり少年は微笑んだ。

「見つけ次第、すぐに捕まえます。でも、相手の目的が判らないので、危険です。気をつけてくださいね!」
「そうなの‥‥?」
「ありがとう、頑張ってね」

 ほっとした顔になってひらひら手を振り歩き始めた人に、ありがとうございます♪ と愛想良く手を振ってから彼は、クルリと仲間の方を振り返った。

「ソウマ、ウィリアムの方には何か新しい情報は集まってるかな」
「いえ、まだみたいです」

 いきなりどーんと上から目線になった少年に、一緒に行動する事になったソウマが無表情でプツリとトランシーバーの通信を切りながら答える。言葉だけ聞くとなんだか上下関係が確立しているように見えるが、お互いそういう性格なだけなので悪しからず。
 そう、と眉を寄せる。この人混みの中、ただでさえ少ない人手でショッピングモールに踏み込むのは得策ではない。だがもしここがクロなら、待っていては逃げられるかもしれず。

「僕の写メとデータ通信が壊れてなければ、ターゲットの写真を貰えたんですけど」

 しみじみと残念そうに手の中の携帯を見てソウマが呟く。あらゆるキョウ運を誇る彼は、主に女生徒などに目撃証言を当たった。探す相手がもふもふならば、もしかして写メとか撮ってるかもしれない、と考えたのだ。
 何しろ探すもふもふは、まだ目にしてもいない海のハートを打ち抜き、最初に発見した男子生徒にまでほわんとした顔をさせたほどの破壊力。ならばもふもふを写メに納めたいと願い行動する女生徒が居て何がおかしいだろう。
 果たしてソウマは見事1人の目撃者を見つけだした――のだがしかし、銀狐(のコスプレをした不審人物)の画像は手ぶれピンぼけ。それでも何かの役に立つかもとデータを送って貰おうとしたらなぜかうまく受信できず、ならば彼女の携帯画面を写メで、とカメラ機能を立ち上げようとしたら画面は暗転したままだった。
 さすがはあらゆる意味でキョウ運を誇るソウマ、(ネタとして)押さえるべきところはきっちり押さえている。

「ウィリアム、他の人は?」
『近隣には君達の他に羽矢子さんが居ます。他はショッピングモール以外の線も含めてラスト・ホープ内を走って貰ってます』

 ショッピングモールに踏み込む為に、その3人に招集をかけるにはまだ情報が少なすぎる。だが時間をかけるにはショッピングモールは広すぎる上、包囲している訳でもないのではっきり言って逃げ放題だ。
 ゆえにまずは密かに内部の捜索を、と依頼したウィリアムに短く応じる。羽矢子は別の入り口から、ショッピングモールの管理室で防犯カメラを確認出来るよう交渉中らしい。
 事前に用意しておいたロープやネットを確認する。不審者の捕縛のために使うものだ。少し考えて、やはり何かの時に必要だろうとAUKVは装着しておくことにして。

「気を引き締めていきましょ‥‥ッぁぁあああッ!?」

 言ったそばからいきなり通行人にぶつかられて派手に転倒し、でもちょっとセクシーな感じのお姉さんだしどうしよう何か般若の形相だけどッ!? と苦悩するソウマを置き去りに、ミカエルは平穏な昼下がりのショッピングモールへ足を踏み入れた。予想通り、まっすぐ歩くのもちょっと大変な人混みだ。
 さて、この中のどこに不審者は居るだろう。背後からソウマの叫び声を聞きながら、ミカエルは行きかう人々をじっと見つめた。





 悠季達も、捕縛用のロープはしっかり用意した。勿論、素手で無防備に近づくわけにもいかないので、自衛用にデヴァステイターも準備してある。何しろ、探しているのは正体不明の不審な侵入者だ。たとえ目撃証言の容貌がかなりアレでも、恐るべき危険人物という可能性もある。
 故に悠季は万全の体制を整えて、ウィリアムの元に集まった目撃証言の取れた現場にまっすぐ向かった。移動には海のAUKVの後ろに乗せてもらう。
 つらつらと、頬に気持ちの良い風を受けながらどんな不審人物なのだろうと考えていた悠季に、バイク形態のAUKVを楽しそうに運転している海が排気音にも風切り音にも負けない大声で楽しそうに言った。

「えへへ、楽しみだねっ。もふもふの可愛らしいパーカーを着た人がスパイなわけがないよっ」
「そうは思うんだけどねえ。意味不明装飾で危険なのは幾らでも居るからね」

 相変わらず、もふもふに夢を馳せているらしい親友に、苦笑して返す。言っては失礼だが、大変個性的すぎる格好で町を歩く一般人の中にだって、頭を抱えたいようなアブナイ相手は居るわけで。銀狐ルックのもふもふの耳にもふもふの尻尾、というのが想像しただけでも大変愛らしい格好だというのは同意するにやぶさかではないが、幾らもふもふだからって油断は禁物、である。
 そういうアブナイ人だったら別の意味で困るんだけどね、と悠季が吐いたため息は、海の耳には聞こえていない。彼女の頭の中は、しつこいようだがもふもふで一杯だ。もふもふ。響きだけで良いよね、もふもふ。

「とりあえず、不審者さんを見つけてお話を聞いてみるのは賛成だよっ。うふふ、ついでにしっぽ、もふらせてもらおうっ」
「ちょ‥‥っ、海、バイク運転しながらぐっとこぶし握らないでっ!? と‥‥この辺じゃない?」
「あ、そうだねー」

 ドルルン、と重い排気音を響かせてAUKVは道ばたに丁寧に停まった。辺りを歩いていた人達がちらちら視線を向けてくる。
 海と悠季は「ちょっとお話を聞きたいんですけど」などと声をかけながら、手分けして聞き込みを始めた。何しろ相手は目立つ格好だし、記憶している人も多いだろう。
 果たして。

「この辺りにしっぽが柔らかそうな、狐のパーカー着た人、通りませんでしたか?」
「ああ‥‥」
「どんな様子でした?」
「そうだな‥‥こう、怯える小動物的な目をして」
「なんか叫んでたみたいだけど‥‥あれ、なんて言ってたのかしら?」
「さぁ‥‥?」

 露店の店主や町の様子をスケッチしている青年、お散歩中の老人に井戸端会議中の奥様なんかをターゲットに絞り込むと、目撃証言が出てくる、出てくる。しかも「頑張って隠れてたみたいよ?」なんて同情的に微笑む人が出てきたら終わりだ。
 どうやらこの辺りでは、不審人物はひたすら奇声を上げて隠れん坊よろしくもふもふ尻尾を揺らしながら逃げまどっていたらしい。中には「もしかしてアブナイ人だったのかしら?」なんて頬に手を当てる奥様も居たものの、特に重要な事態だとは捕らえていないようだ。
 思わず、海と悠季は微妙な表情を見合わせた。その顔のままトランシーバーを繋ぎ、ウィリアムに聞き込み結果を整理して報告すると、向こうからも不自然なほど長い沈黙が返ってくる。
 その気持ちを、悠季がぽつりと代弁した。

「これって只の変人だと思うけど」
『そう、ですね‥‥というか、奇声を上げて逃げ回るような人物に、若干心当たりがなくもないんですが』
「ウィリアムさんの知り合いにもふもふの人が居るんですかっ!?」

 海の全力前向き解釈に、再びトランシーバーの向こうから返ってくる沈黙。よく耳を澄ますと『いやまさか‥‥でも‥‥そもそももふもふって‥‥』とブツブツ苦悩するような呟きが聞こえてくるような気がするが、恐らく電波状況の問題と思われる。
 どうしようか、と再び親友達は顔を見合わせた。

「このまま通信を切って独自に捜索を進めた方が効率良いんじゃない」
「でもウィリアムさんもはりきってたし」
「そんなにショックな情報だったのかしら」
「もふもふ、可愛いのに‥‥」
「海、そういう問題じゃないと思うけど」
「えぇー、そうかなぁ?」

 小声でひそひそと話し合う。ちなみにトランシーバーは高性能なので小声での会話もばっちり拾うのだが、あちらが聞き取れる精神状態かは不明だ。
 ウィリアムの復活を待ちながら親友2人で見上げた空は、抜けるように青かった。





 ジンは綺麗に舗装された道をてこてこ歩きながら、比較的世の中の出来事に興味のありそうな店員さんを見繕ってターゲットの聞き込みを続けていた。なぜ歩いているのかと言えば答えは簡単、この辺りはバイクを含む乗り物は進入禁止の歩行者天国だからだ。
 ターゲットの潜む第一候補はショッピングモールで、そこにはすでにミカエルとソウマ、別ルートで羽矢子も向かっているという。人手の少なさを考えればそちらに全員集まった方が良さそうだが、その情報がブラフかどうかの確証も得られていない段階での総員行動はなかなか勇気が要る選択だ。
 と、実戦ではいささか甘すぎる判断をウィリアムが下したのも、もふもふの銀狐、というターゲットのアレな格好が影響しているのかもしれませんねー、とジンは適当に考えた。考えながらお店の人に話を聞き、情報の補足を試みる。

「ではこの辺りでも奇声が聞こえたんですね?」
「ええ。もふもふは見てないんだけれどね、お客さんが居たから」

 お花屋さんのお姉さんはそう答えた。悠季と海が手に入れた『不審人物は奇声を上げながら走っていた』という情報も併せて人物紹介をしてみての話だ。
 ただし、奇声を上げて町中を走り回る残念な人は恐らくもふもふしていなくとも複数名居ると思われるので(部活動に勤しむ運動部のかけ声も知らない人が聞けば奇声だ)その辺りは情報の吟味の必要がある。

「トラトラトラー。ウィリアム君、新しい情報ですがー」
『‥‥もふもふってあの人良い歳してまさかでもあり得ない事も‥‥』
「もしもーし、ウィリアムくーん?」
『あ、すみません、連合長は今ちょっと頭が多忙中でして、代わりに承りますが』

 ぶつぶつぶつぶつと呪文のように唱えるウィリアムの代わりに、側にいたらしい誰かが割と酷いことを言いながら通信を代わった。そう言えば先ほど、奇声云々の情報を連絡してくれたのもウィリアムではなく別の相手だったし、他の仲間から余程悩ましい情報が入ってきて検討中なのだろうか。
 ジンはほんのりと同情しながら、どうやらこの辺りを不審者は走っていったらしいこと、向かっていった方角と奇声を聞いたという時間を加味すればやはり例のショッピングモールに向かったらしい事を報告した。相手が復唱確認するのに頷き、自分もショッピングモールに向かおうか? と申し出る。

「どうもこの辺りには居ないっぽいですしー。ショッピングモールが広いのなら、人手はあったほうがー」
『待って下さいね‥‥連合長! 連合長ってば! いい加減戻ってきて下さいよ、ジンさんにどーして貰えば良いんですか!』

 トランシーバーの向こうでなにやらバタバタと動き回る音と、ゲシッと殴りつけるような音と、誰かのうめき声が聞こえた気がした。多分気のせいだろう、今日はずいぶんトランシーバーの電波が良くないらしい。良いお天気なのに、と空を見上げながら首をひねるジンである。
 不思議ですねー、とか考えながらトランシーバーからの応答を待っていると、やがてヨロヨロした感じの(あくまで感じ。イメージ)ウィリアムの声が、ショッピングモールに向かって下さい、と言った。はい了解ー、と応答してトランシーバーを切る。どうやら状況はかなり大変らしい。
 ショッピングモールまでの移動経路を確認しながら、ひとまずこの歩行者天国から出よう、と辺りを見回したジンは、だがそこでピタリと動きを止めた。一軒の屋台の看板を凝視する。

『たい焼きや ミラル』

 なぜたい焼き屋なのに「ミラル」なんだとか、そんな細かい事はどうでも良い。大切なのは今日が良いお天気で、ジンがたい焼きに心を引かれていて、そしてあちこち情報収集で動き回ってそろそろ疲れているという事実である。





 羽矢子は『不審者が居る可能性が高いショッピングモール』の管理室らしき場所にたどり着いた所だった。モール内の案内板を頼りに進み、行き合ったガードマンを捕まえて身分証を見せ、案内して貰っての事である。
 ショッピングモール内に不審者が入り込んでいるかもしれない、と聞くと管理人は『ウゲッ!?』としか表現しようのない顔になり、快く助力を約束してくれた。モール側としても騒ぎが起こって客に被害が出たり、あまつさえ客足が遠のいては困る。ついでに管理人にしても管理不行き届きでクビになっては困るので。
 管理室の奥の、防犯カメラのモニターがずらりと並んだ部屋に通された辺りで、羽矢子のトランシーバーが通信を受信した。ミカエルだ。そう言えばウィリアムが、ミカエルとソウマもショッピングモールに居ると言っていたか。

「もしもし」
『羽矢子さん。防犯カメラは見れましたか?』
「いま許可が出たところ。少し待ってて」

 羽矢子は並ぶモニターにざっと目を走らせた。どのモニターにも、楽しそうに歩く買い物客達が映っている。そういえば羽矢子が見つけたあの服はまだ残っているだろうか。
 ふと思い出しながら目を向けたモニターの1つには、通信先のミカエルらしき学生が映っている。あくまで防犯目的なので、画像は少し雑だ。
 そのミカエルは羽矢子からの返答を待つ間も人の流れに視線を走らせ、不審な動きをする人物が居ないか注意を払いながらショッピングモールを進んでいる。追いついてきたソウマ(お姉さんはほっぺたにびんた一発で許してくれたらしい)がダラダラ流れる血を拭きながら、同じく辺りを見回してミカエルの隣に並んだ。

「銀狐の耳のパーカーは目立ちすぎますし、もしかしたらすでに着替えたかもしれませんね」
「だとしたら困りますね、こちらは銀狐の耳と尻尾、という特徴しか判りませんし‥‥あ、そこの人! この辺りに不審者が居るという情報があります、気をつけてくださいね」
「ミカエルさん、それってやっぱり点数かせ」
「違います!」

 如才なく行きかう人々に注意を促していく少年を横目で見て、ポソ、と呟きかけた言葉は当の本人に爽やかな笑顔で否定された。市民への心遣いです、と爽やかに言い切る辺りが怪しいとかは、言っちゃいけないお約束。
 ココロヅカイ、とオウムのように復唱するソウマとのちょっとぎこちない空気を醸し出しながら、主にショップの店員などに話を聞いていると、羽矢子から通信があった。

『銀狐らしいのが2組居るね。1組は‥‥メイドさんと一緒に居るんだけどどこかで見たような』

 んー、と悩むが、大体の特徴は判るものの、それ以上となると専門の解析機械が必要になってくる。諦めてソウマ達の映る防犯カメラから現在位置を割り出し、モールの見取り図と見比べた。
 そこから一番近いポイントを伝達され、2人はそちらに足を向ける。ウィリアムを呼んで管理室を本部に出来るか相談してみる、と言う羽矢子に短く謝辞を述べ、通信を切った。
 ターゲットはどうやらまだ、銀狐のパーカー姿のようだ。だが別のポイントに居るのも銀狐姿らしい。どちらかが囮なのか?
 人ごみを縫って走るうち、前方に銀狐の耳がもふもふひょこひょこと蠢くのが見えた。ちょうど人々の頭の上に見えているのですぐに判る。その耳を見ながらミカエルは叫んだ。

「不審者です! 道を空けてください!」

 その言葉に、モーセの十戒の如くザァッ、と人ごみが2つに割れる。その向こうに、ポツン、と取り残されたように走る2つの影。銀狐の尻尾をふさふさもふもふ揺らしながら走る人物を、後ろから「そこの狐、待てー」と声を上げながら追いかけているもう1人。手に持ってるビラはなんだろう。
 ミカエルの声に銀狐を追っていた人物振り返った。あ、とその顔を見て目を見張る。以前、世話になった事のある相手だ。彼も不審者捜索に乗り出していたのか。

「ちょうど良い、手伝ってくれ」
「勿論です!」

 彼の言葉に強く頷き、改めて逃げる不審者の背中を睨みつけたミカエルはふと、どこかで見たことがあるような気がして眉を寄せた。パーカーから少しこぼれている長い金髪辺りがこう、とっても見覚えが。
 まあ良いか、とミカエルは遠慮なく捕縛用ネットを構え、投網よろしくえいやと全力で擲った。

「あー‥‥あれは、一般人も巻き込まないか?」
「多少周りを巻き込むのはやむを得ないです、不審者の捕縛が市民の安全に繋がりますから!」

 静かに入ったつっこみに力強く言い切るミカエル。そうか、と返ってきた言葉は、だがちょっとだけ心の距離が遠い気がする。
 色々潔く投げられた捕縛ネットに、投げられた不審者の方もさすがに焦ったらしい。ピャッ、と勢い良く脇に避けて投網をかわして、投げたミカエルを振り返り。
 あ、と顔を見合わせて固まる事、再び。だが今度は友好的な出会いとは行かなかったようで、ひくりと少年は口の端をひきつらせ。

「アンディ!? 何やってんだ、恥ずかしすぎる‥‥!」
「やっべぇッのが来たッ!?」

 不審者の名を心底嫌そうに呼んだミカエルに、呼ばれた青年の方も盛大に顔をひきつらせた。かと思えばグルンッ! と全力で回れ右をして、今までの非ではなくあたふたと逃走を開始する。
 恥ずかし過ぎるのは確かだ、と納得しかけたソウマは、ふとミカエルが無言で携帯品の中から小銃を取り出したことに気づいてのけぞった。

「ミカエルさんっ!? 幾ら何でもそれはっ」
「あいつが協力してるのなら、良くない事に決まってます! 間違いありません!」

 制止を聞くどころかむしろ力強く断言され、竜の翼で周りの市民も目に入ってない様子で距離を詰める弟に、銀狐姿の兄のあたふたっぷりが激しくなる。一応彼も、ごく普通の銃弾程度なら平気らしいが、もうそう言う問題じゃない。
 もふもふ尻尾を揺らしながら逃げるその姿がまた、浮き世離れした感じがして腹立たしい、とミカエルは容赦なく小銃の照準を絞る。

「アンディッ! 大人しく成敗されろッ!」
「ぜっっってーやだっっっ!!! ってオマッ、それ実弾じゃねーのッ!?」

 かくしてここに、ショッピングモールを舞台にした、はた迷惑極まりない能力者同士の兄弟喧嘩が勃発した。





 やがてウィリアムから『取り乱して失礼しました』と通信が入り、悠季達はぴたりとお喋りをやめて耳を澄ませた。かなり長い間待った気がするが、他にも何かトラブルがあったのかもしれない。
 どこかに移動しているような気配で現状を簡単に掻い摘んで説明して、ウィリアムは改めて言った。

『という訳で、お2人はひとまず捜索を続行して下さい。どちらに向かったか判りますか?』
「ちょっと待ってね‥‥すみません、先ほど聞いた耳の青年がどっちに行ったかは‥‥」
「‥‥あッ!! 悠季ちゃん、あんなところにメイドさんッ!!」

 不意に海が押し殺した叫びとともに、スケッチしてた青年に不審者の行き先を聞こうとした悠季の袖をくいくい引っ張った。え? と親友の指さす方を見ると、確かにひらりと風に翻るメイド服が見える。
 いやあたし達が探してるのはもふもふで、とため息を吐こうとした悠季は、だが相手がこちらを見て明らかに身を翻し、あわあわと逃げ始めたのを見てそのため息を飲み込んだ。さらにメイドさんを追いかけて、一緒に不審者を捜していた仲間も走ってくる。

「連合長、ターゲットかは不明だけど不審人物を発見したわ。追跡します」
「どうして尻尾じゃないのかなっ、でも追撃ですっ」
『‥‥? 判りました。それでは続報をお願いします』
「了解!」

 叫んで通信を切るや否や、まずはマニュアル通り制止を呼びかける。だがもちろん、相手はこちらに気付くとクルリと背を向け全力で走り出した。なにやら叫んでいる声が聞こえるが、何を言っているのかは不明だ。
 メイドさんと言うところが引っかかるが、その辺りは捕まえてみてからだ。悠季はデヴァステイターを抜き放ち、空に向かって威嚇射撃した。

「そこの不審者っ、止まりなさいっ!」
「そこのメイドさんっ、おとなしく捕まって下さいっ!」
「qあwせdrftgyふじこlp;@っ!?」

 親友達はぴったり息を合わせてそう叫び、奇声を上げて全力で逃げるメイドさんを含む3人組を追いかけ始めた。





 時は少し遡り、ウィリアムが管理室に姿を見せたのは、羽矢子が防犯カメラを通じて世紀の兄弟喧嘩を呆れながら眺めていた時だった。やって来る途中で騒ぎを聞いたのだろう、少し顔を青くしている。
 そんな彼に羽矢子は短く「ほっといた方が良いわよ」と忠告した。

「一緒にいる知り合いが上手くやって一般客の避難は終了してるし、ああ見えて一応建物に被害は出てないしね」

 その間にも『ズドドドドドッ』という効果音が似合いそうな映像が防犯カメラに次々と映し出されているのだが、このショッピングモールもだてにラスト・ホープに居を構えているわけではない。テナントは素早く閉店し、従業員も避難済みだ。
 それよりも、と真剣な眼差しで羽矢子は告げる。

「ウィリアム、防犯カメラのチェックお願い」
「はい、それは構いませんが、羽矢子さんは‥‥」
「あたしもちょっとね」

 羽矢子は詳しい事情は説明しないまま、現状の引継をすませて防犯カメラの前を譲り、管理室から飛び出した。
 銀狐の耳のパーカーに、銀狐のもふもふの尻尾。奇声を上げて逃げ回っている。羽矢子にも、そう言う相手に些か心当たりがあった。
 だがまさかこんな所にと思い、もふもふの銀狐ってらしいというか何というか、と呆れもしながら、確信を得たのはまさに兄弟喧嘩のおかげだ。追いかけていた男同様、銀狐姿で逃げていたミカエルの兄もまた、羽矢子の知り合いだったので。
 不審者捕縛に動くラスト・ホープで、不審者と同じ格好をして逃げる知り合いと言うだけならまだ良い。だがそれを追いかけているのも知り合いで、そういう目で防犯カメラを見直すともう1組の銀狐やメイドさんの傍に居るのも知り合いが混じっている。
 となれば、何かある、と考えるべきで。さらによくよく目を凝らせば、銀狐は体格といい背格好といい、まさに羽矢子の『心当たり』そのもの。一緒にいるメイドさんはひらひらふわふわなので良く判らないが、

(ティラン‥‥こんなとこで何やってんの‥‥)

 天然ボケでもまだ誉めすぎかもしれない天然っぷりを発揮する青年ティランが、一体どうしてだか目下警戒の強まっているラスト・ホープにやってきて、多分特に何も考えず銀狐の耳のパーカーにお揃いのもふもふ尻尾でうろつき回り、不審者に間違われたのに違いない。相手が判った瞬間にそこまで正確に事情を把握出来るのは、ティランの性格故なのか、ティランへの好意の賜物なのか。多分両方。
 故に彼女は管理室を飛び出して、ティランの居る場所へ走っている。正確には彼女を走らせているのはティランではなく、一緒にいた知り合いの女性2人の存在なのだが。確かなことはこの全力疾走が、すでに不審者確保なんて目的から遠く離れた個人的事情ということだ。

「ウィリアムッ、ターゲットはッ!?」
『方角そのまま、モールから脱出しようとしているようなのでそのまま上がらず、次のエスカレーターで待ち伏せが理想です』

 防犯カメラとモール内見取り図を見比べて素早く先回りルートをナビゲートする少年の指示に従い、目的のポイントへ向かう。羽矢子が発見した時はメイドと銀狐は同じ場所に居たが、兄弟喧嘩の余波でメイド組はすでにモール外に脱出していた。銀狐組もその後を追うのだろう。
 させるもんか、と目に闘志を燃やす羽矢子。最大速度で人混みの中を神業的に走り抜けたのも熱い愛がなせる技。
 やがてエレベーターが見えてきて、銀狐姿の青年と他2人が駆け降りてくるのが見えた。だが知り合いの女性たちではない。ん? と一瞬首を傾げたものの、ターゲットは目の前だ。羽矢子は何としてもティランゲットの情熱に、なりふり構わず覚醒し、先手必勝から瞬足縮地へと流れるように能力を駆使して先手を打つ事に成功した。
 ギョッ、と3人組が翼を生やした羽矢子に回れ右をしかけてバランスを崩す。うわっ!? と手足をバタつかせた銀狐を文字通り横抱きにかっ浚った!

「悪いけど、ティランは戴いてく、よ‥‥っ!?」
「あ、あの‥‥」

 女性にお姫様抱っこされるという得難く貴重な経験に、流石に恥ずかしそうな、情けなさそうな顔でほんの少し頬を赤らめ羽矢子を見上げる銀狐。ティランさんじゃなくてすみません、と顔一杯に書いてありそうな彼は、顔見知りである事は確かだったが、ティランに背格好の良く似た傭兵なのだった。





 命辛々ショッピングモールから逃げ出したソウマは、だが偶然にもメイドさん達の逃亡姿を目撃するというキョウ運に巡り会い、後を追いかけていた。幸い、渡ろうとした信号が赤に変わりかけたり、後一歩という所でつっこんできた自転車に邪魔をされたりというハプニングはあったものの、今のところ見失わずにどこかの公園辺りまで食いついている。
 時折メイドさんは奇声を上げ、一緒に逃げている女性2人が励ましているようだ。どうも声色的に男性のような気がするが、まさかな、とソウマは逃げるメイドさんのふわふわを見ながら考える。そこまで来たらホントにアブナイ人だよね、うん。
 メイドさんを追いかけて公園に駆け込むと、あーっ、と少女の叫び声が聞こえた。視線をやると海がこちらを指さしていて、悠季が少し難しい顔でトランシーバーに何か言っている所だ。この背後で何が起こっていたかと言うと、ソウマが命辛々逃げてきた壮絶な兄弟喧嘩なのだが、今は関係のない話だ。
 2人の少女も加わって、さらにメイドさん達を追いかける。追っ手の人数が増えたことに向こうの混乱は激しさを増したようだ、悲鳴のような声が聞こえてくるがやっぱり何を言っているかは聞き取れない。
 悠季が再び空に向けて威嚇射撃を放った。

「止まりなさいッ!」
「よし、僕がっ!」

 ソウマはぐんと息を詰め、一気に距離を詰めようとした。相手が止まらないのなら、飛びついてでも実力行使で止まらせる。
 だがしかし、彼のキョウ運はこんな時にこそ発揮されるのだ。

「ちょっとそこのメイドさん止まああぁぁぁッ!?」
「ギャンッ!?」

 叫びながらタックルを仕掛けようとした瞬間、ほてほてと歩いてきたそこらの野良犬に盛大にぶつかりかけた。避けた拍子にズザザザザッ! と石畳に転がる。
 そのままソウマは計らずも悠季と海の足下にスライディング。小さな悲鳴を上げた女性2人ともろともに転倒し、色々触っちゃいけない場所を触りながら勢い良く公園の隅まで転がって。
 ようやく起きあがった頃には、当然ながらメイドさん達の姿は消えている。

「いなくなっちゃったね」
「まだ近くに居るはずよ」
「こんな時こそッ!」

 困った様子の女性2人に、名誉挽回とソウマ覚醒し『GooDLuck』を発動させた。何をするんだろう、とほんのり期待を込めて彼を見た女性達に、自信満々に「任せてください」と言い切り取り出したのは1枚のコイン。
 ピンッ! と親指で跳ね上げたコインが青空にくるくる吸い込まれ、やがてポトンと落ちてくる。

「よしっ、あっちですっ!」
「走ってきた方だよっ!?」

 激しいつっこみにもめげずに走り出そうとする、そんな様子をベンチで日向ぼっこしながらまったり見ているジンがいた。手にはカスタードとクリームチーズ&小倉のたい焼き。しかも各2個と奮発している。

(クリームチーズ&小倉たい焼きおいしいです)

 はむはむたい焼きを頬張る少女に、すでに不審者を捕まえる情熱は感じられない。





 そんな感じでラスト・ホープ内を走り回った結果、『不審者』改めティラン・フリーデン氏は無事にULTの傭兵達に保護され、大変楽しく(ここ重要)島内を観光して頂けたらしい事を、カンパネラの学生とその協力者達はなぜかお礼を言いに来た当の本人からケロリと知らされた。あちらもあちらで、自分が何故追いかけられたのかを傭兵達に教えて貰い、何となく悪かった気がしてきたのかもしれない。
 お礼なのである、と渡されたのはティランとお揃いのもふもふパーカーにもふもふ尻尾。判ってみればなんて事なかったわね、と肩をすくめた悠季の目には、念願のもふもふ尻尾を手に入れて大喜びの海が映っている。逆にミカエルは、あの兄と同じ格好に、と思うと嫌だがそれを言うのは心象が悪くなる、と葛藤していて。

「結果として何事もなくて良かったわ。アイスクリーム、奢るわよ。ティランさんも、他の皆も。食べるでしょ?」

 ただし安いのね、と悠季が念押しし、アイスの屋台を指差す。真っ先にこくこく頷いたティランの首根っこを、グイ、と引っ張った女性が一人。

「‥‥後でショッピングに付き合ってくれない?」

 本当は捕まえた後に不審者じゃないと証言してあげる交換条件にするつもりだったのだけれど、こうなっては仕方がない。言い訳のように「ティランのお陰で欲しかった服まだ買ってないんだから」と付け加える。
 だがしかし、上の空で頷いたティランの視線はひたむきに、アイスクリームに注がれていたのだった。