タイトル:ばにーさんでたすけて!マスター:磊王はるか

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/07 06:05

●オープニング本文


●序章
 世間ではバニーガールの日、と言うものがあるらしい。一説によれば8月2日、時により8月21日や、場合によっては23日とも言われている。その理由は当然ながら語呂合わせであり、尤もらしくこじつけているだけとも言えなくも無い。
 そのような訳で、日本のわりかし平和な大阪・日本橋にある『Clockwork maiden』と名づけられた喫茶店では1週間ほど前から『8月23日はバニーガールの日です。なので23日から3日間、当店のメイドさんがバニーさんとなってお客様に給仕させていただきます』と言うイベントのお知らせと、それと同時にアルバイト募集中など告知がなされていた。

 ここまで説明した時点で、この『Clockwork maiden』なる喫茶店が世間で一般的に考えられている物ではなく、どちらかと言うとソチラ系に的を絞ったコスプレ系のお店。分類するならばメイド喫茶と呼ばれているであろう事は、能力者ならば判断出来たかも知れない。――多分。
 それでこの喫茶店、『Clockwork maiden』は町の中にある大通りから外れて、ちょっと細めの電気街通りからやや離れた場所にあった。過去に純喫茶だった経緯もあり、調度にはマホガニー製のテーブルやチェアなどが用いられている本格派の店舗・・・・の筈だったのだが、どこをどう道をそれてしまったのか。売り上げの不調から閉店した後、いつの間にかメイド喫茶として店舗は経営を再開したのである。

 肝心の評判なのだが、グラマラスなお姉さんから楚々とした印象を持つ黒髪の乙女、ちょっと舌っ足らずな話し方をする背の低い、言うなればロリっ子までと割かし幅広い年齢層とクオリティが維持されたメイド(給仕)が揃っており、その筋の勇者達があちこちの店をチェックして必死の努力で編集し、発行した『可愛いメイドさんカタログXXXX年度版 〜まもれぼくらのまいはにー☆』での評価は中の上であるらしい。・・・・まぁ、ぶっちゃけ同人誌なんだけども。
 一方、その店内ではClockwork maidenの主要メンバーである3人のメイドさん――ウェイトレスが白い瀟洒なレースで飾られたテーブルクロスが敷かれた卓について、顔を突き合わせていたのであった。

●Clockwork maiden
「足りなーーーいっ!」
「ちょ、ちょっと、急に叫ばれても困っちゃうわ花梨ちゃん」
 唐突に声を上げた一人のメイドさんに、この中で最も年上であろう長い黒髪を持つメイドさんが窘める。すると、花梨ちゃんと呼ばれた栗色の髪を肩で切りそろえたメイドさんが、きっと真剣な眼差しを向け。
「美月姉さんはのんびりし過ぎなのよ! もう前日になっちゃってるのに、全然アルバイトの子がこないじゃないっ」
 と、そこまで勢いよく言うと、へなへなへなと脱力して白いクロスの上に頭を横たわらせる。
「花梨お姉ちゃん、叫んでも何にも解決しないよう」
「わかってる、わかってるのよ雪乃・・・・全部あの、無計画なてんちょが悪いのよ・・・・」
 3つの溜息が静かな店内に落とされる。バニーさんなイベントを企画した店長は、今は世間からややずれたお盆休みを取って実家へと里帰りしていた。その店長が休み前に店先やネットにアルバイト急募のお知らせを出してはいたのだが、ついてない事に問い合わせの連絡はまるでない。一方で通常通りに予約の連絡などはいつも通りにあるので、普通に店を回していかなければならない。故に、人員の動員は急務であると言っていいだろう。何せ、実際にフロアに出ているのが3人だけなので、3人のうちの誰かを担当に据えて、と言う手段もとれないのである。
「どうしましょうかしら・・・・ちょっとお高くても、これが似合う方が来てくれるだけでだいぶ楽になるんですけど」
 美月ががさりと紙袋から取り出したのは真紅のバニースーツであった。赤い耳と白いしっぽ、それに網タイツと基本的な装備は万全と言っていい。あとはこれを着て、給仕をしてくれる女性――出来れば、そこそこ似合う女性からむしろ無いのがいい、とか一部の常連客の好みにヒットするような幼めの女性も来てくれると、などとおっとりした彼女は考えていたりする。
 実際問題として、数としては3〜4人は居れば足りるだろう。出来れば、厨房に居るコックさんを助けてくれる人もいると店としてはかなり楽になると言える。
「あのさ、お姉ちゃんたちに提案があるんだけど」
「何? 今の困った状況から脱却出来るなら、多少の妥協はしちゃうから言ってみて」
 
「うん。あのね、コスプレが好きーって言う傭兵さんをお願いしたらいいんじゃないかなって」
 確かに、傭兵は傭兵でも同志であればそれなりの賃金で請け負ってくれるかも知れない。ぶっちゃけこの業界の同志達は、自らの衣装に寝食を注ぎ、布や材料の為に食費を削るなんて事を行うのはわりとふつーに行っている事なのである。まあ、全部が全部ではないのだけれども。
「よっし、雪乃の案を経理担当として採用しますっ! ついでに、何も決まってないイベントの催しとか、イベント限定メニューとかも考えてもらうわ! それじゃあ、善は急げよ!」
 ぱちぱちぱち、と2人が拍手をするなかで勢いよく花梨は立ち上がると、エプロンのポケットに収まっていた携帯のキーを押し始めるのであった。まる。

●参加者一覧

神崎・子虎(ga0513
15歳・♂・DF
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
槇島 レイナ(ga5162
20歳・♀・PN
神森 静(ga5165
25歳・♀・EL
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
蓮沼朱莉(ga8328
23歳・♀・DF
ジュリエット・リーゲン(ga8384
16歳・♀・EL
周藤 惠(gb2118
19歳・♀・EP

●リプレイ本文

●承前
 23日当日――メイド喫茶『Clockwork maiden』には一騎当千の勇者が集い、これから訪れる苛烈な戦いを前に、其々が己が持つ牙を研いでいた――特に兎を求める恐るべき狩人達の前に贄として立つ事となった8人の兎達は正に、寄らば斬るの殺意とも言うべき闘気を背負っていたのである――


●ごめん、嘘。
 なんて事を集まった能力者達が思っていたかは定かではないのだが、各々は出迎えたメイドさん達の手伝いを始めるべく、奥にある事務所へ通された。そこであれやこれやと意見の取捨選択が行われ、午前と午後の担当や、イベントの打ち合わせなどが次々と決められた。
 開店の少し前から午後に接客を務める神森 静(ga5165)らは店の外で客の呼び込みに出て、蓮沼朱莉(ga8328)を始めとした午前中からフロアに出る者達は店内での準備等に追われている。
「なんだか最近は兎に縁があるような・・・・」
 卵を卵黄と卵白とに分けながら、うさみみ姿執事な叢雲(ga2494)は手馴れた手つきで次々と限定メニューとして予定したケーキなどの調理をしていた。提案されたケーキやジュース、ゼリーといった甘味をはじめとして、サラダやグラッセなどのにんじんを使ったメニューの殆どはメイドさん3人とこの店で唯一のコックと話し合った結果、採用されていた。その為に厨房の流れは彼、イベントは不知火真琴(ga7201)が握る事となった。
「お菓子の仕込を先にして、その次にサラダを。グラッセはその後でも早めに出せますからその様な流れで行きましょう」
「そうね、先ずは確実に出そうなデザート類から進めておきましょ」
 叢雲の指示に不知火が頷きながら電子秤を使って、手早く小麦粉や砂糖などを必要な分だけ量っていく。
「このペースなら無事に間に合いそうですね」
「後は追加でどれだけ増える事になるかかなぁ」
 執事服に身を包んだ不知火が焼き終わり、熱が冷めたスポンジに包丁を通していく。現時点でケーキの大半はデコレートを終えていた。他のゼリーなども完成したものはカウンター傍に置かれている冷蔵式のガラスケースの中に収められている。他にも集客数を見込んで、簡単なデコレートを済ませばすぐ出せる程度に調理した物は厨房の冷蔵庫に鎮座していた。
 一方で冷凍庫を圧迫したのは槇島 レイナ(ga5162)達も意見を同じくした特大特製パフェの材料となるアイスであった。何せ注文一つに当たってアイス5kgなんて、甘いもの苦手な人間からすればヘイトフルな代物、しかも使う器が金魚鉢みたいに大きいのである。
「アイス、ちゃんと捌けるといいですね」
「あー・・・・そうですね。多分、大丈夫とは思うんですが」
「うちも心配っちゃ心配だけど、気にしても始まらないか」
 この段階に来てしまってはと続ける不知火。
 かつて槇島は顔の大きさ程もあるハンバーガーをかなりの数食べたとか食べないとか言う話だ。恐らく、色々な意味で何とかしてくれそうな気がしないでもない叢雲であった。


●morning 〜開店
「『Clockwork maiden』へようこそ! ただ今、期間限定の『バニーフェア』となっております。今回限りかも知れませんので、心行くまでおくつろぎくださいませ!」
 店の外でメイド姿のジュリエット・リーゲン(ga8384)が特大の猫を被って浮かべる笑顔に誘われて、通りすがりの青年がふらふらと店の中へと入っていく。金髪碧眼にお嬢様らしいくるくるヘアー、そして前髪を押さえるホワイトブリム。そして黒を基調としたヴィクトリアン・メイドな姿の彼女は、正にメイド愛好家が求めて止まぬ若きメイドそのものであった。
「お、新人さんだね。お嬢さんはうさぎちゃんにならないの?」
「わたくしは午後から中に入りますわ」
 店の常連と思しき、眼鏡をかけたサラリーマンが新たにやってきてジュリエットに尋ねる。彼女の返事に、男は瞳の奥に光を宿らせながら「それなら午後来る事にするよ」と言った。
「そう言えば、今回のイベントは何やってるの?」
「ええと、今回はジャンボバニーパフェの対決やダーツゲームですわ。パフェの方は対決に勝つと半額になったり、ダーツは取った点数で変わるみたいね」
「そっか、じゃあ楽しみだなぁ。個人的に君みたいなメイドさんがいいんだけど」
「はい。ではまた午後に、ご主人様」
 言われたジュリエットは恙無く答えて、丁寧に礼をする。先日のコミレザで衣装販売のブースを手伝ったお陰で、コスプレに抵抗がなくなっていたのが良い方向に働いているらしい。

 少し遡る事5分前。午前中のフロアには神崎・子虎(ga0513)や、周藤 惠(gb2118)らが出る事となった。能力者達の割り振りと合わせて花梨が午前中のレジを担当し、午後は美月が任される事となった。雪乃は午後の忙しくなるだろう時間帯に決まり、今はイベントで使う小道具を事務所でまとめている真っ最中だ。
「では神崎さん、その、色々気をつけてくださいね?」
「うふふ、大丈夫ですよ☆」
 女装が普段着な神崎は、不安げにする美月にウインク一つで答えた。店にやってきた時にも女装をしていたのだが、経験ゆえか美月にあっさり見破られていた。それでも声質といい年頃といい、察しの良い客でなければ気付くまいと判断されたらしい。
「へへー、可愛いでしょ?」
「確かに可愛らしいですけど、神崎さんは男の子なんですよ、ね?」
 雪乃がへー、と漏らす。今はメイド服を着ているので、確かに一見して女の子には見えない。
「うーん・・・・とりあえず、バニーさんは結構諸刃の剣っぽいけど・・・・」
 帳簿に仕入れた材料のチェックをしながら花梨が感想を述べる。何せ上は「ないんですぅー」で済ませても、下はそうはいかないんだぞう(ぱおー)。
「着てみて、大丈夫だったら出ますね♪」
「・・・・本当に大丈夫かしら」
 赤いバニーさんになった周藤が不安そうに意見を述べる。恥じらいも露にする彼女の胸はJカップなる戦闘力を持つ、非常に強力なユニットとして存在していた。彼女に今対抗出来るのは恐らく槇島位だ。
「それにしても・・・・これ、胸が・・・・すごい開いて、恥ずかしい、です」
 ふにふにと自分の三つ編みに触れながらそんな心配をしていると、丁度入り口傍に居た蓮沼が本日初のお客を店内へと案内してくる。
「『Clockworkmaiden』へようこそいらっしゃいましたご主人様。本日は期間限定のバニーフェアです」
 艶やかな雰囲気を纏った赤いバニーさんとなった蓮沼は慣れた様子で説明する。内心では「今日がバニーさんの日と知らなかったとは、BHK一生の不覚!」などと考えて闘志を燃やしていたりする。余談ながらBHKは『バニーさんを普及させる会』の略らしい。

 そうして夏休みと言う時期もあってか、午前中と言うのに次々と店には学生と思しき客が押し寄せてくる。美月達が知る常連も居れば、今日のイベントを知った者、外の呼び込みに興味を持って来た者と様々だ。
「あのさ、君の名前教えてくれないかな。すっごい可愛いよね?」
「あ、えっと・・・・はい、めぐみ、です」
 宜しくお願いします、とおどおどした様子で周藤は尋ねる客に答えた。元来男性恐怖症の彼女は、必死で我慢して接客に務めていた。
「それにしても、胸・・・・すごいよね?」
「そ、そんな・・・・」
 めぐみ、と書かれた名札に視線をやりながら、尋ねてきた男は爪先から頭につけた赤いうさみみまでを恥ずかしそうに見やる。ほんのり涙ぐみそうに周藤に気付いた客は、あたふたしはじめる。
「ご、ごめん。変な意味で言ったんじゃないんだ、その・・・・えっと、飲み物お願い出来るかな。キャロットジュースね」
「はい・・・・かしこまりました」
 伝票に手早く注文を書き付けると、周藤は小走りになって厨房傍まで駆けて行った。

「はいはーいっ☆ ご指名ありがとう♪ いらっしゃいませ〜」
「うわぁ、すっごく元気のいい子入ったんだねぇ! 今日のフェアって何かイベントあるんでしょ? 教えてくれないかな」
 客の一人に指名を受けた神崎は元気良く返事をすると、客の隣の空いた席へと座り込む。勿論、色々危惧はあったのだが大丈夫そうだったのでバニーさんへと何時の間にやら着替えている。
「えっとね、ジャンボパフェ対決とかダーツゲームとかかな。他にもルーレットミックスドリンクもあるよ☆」
「へぇー、なかなか面白そうだね。じゃあ、ダーツゲームでもやろうかな」
「そんじゃ、そろそろイベントタイム開始ーっ!」
 厨房から執事服姿の不知火が青いリボンで留められた髪を揺らしながら、イベントスペースへとマイク片手に姿を見せた。と同時に、照明が落とされてスペースのみに光が集められる。その流れに沿うかの様に、蓮沼達がスペースへ向かい、整列する。
「さて、今回のイベントタイムはダーツですっ!」
 取った点数によって、次回来店割引券やバニーさんのサイン入りアメニティ、そして最も点数が高かった場合には好きなバニーさんと記念撮影が出来ると説明がなされていく内に、店内は異様な熱気に包まれていった。


●Afternoon
「これ、どうぞ〜。ただ今、本日から3日間、可愛い兎さん達がお出迎えします。色々な子が居ますので、ぜひ一度ご来店下さい〜」
 髪を結い上げたメイド姿の神森が、店の外で手作りのチラシを片手に宣伝を行っていた。興味深くチラシを受け取る者、そのまま通り過ぎる者と様々だが、彼女や神崎らが宣伝をしているお陰で午後も客の入りは激しくなっている。
「メイド喫茶でバニーフェア開催中だよ〜♪ 来てくれたら僕達のバニー姿が見れちゃうぞ♪」
 お兄さんもお姉さんも来てね、と媚を作る神崎。正体を知らぬ哀れな子羊ちゃん達は彼や神森達に誘われて店内へと導かれる。
「あのさ、君もバニーさんになるの?」
「はい? 私ですか?」
 神森がチラシを渡してる最中に青年から尋ねられる。すると神森は「お店に来てくれたら考えますわ」と可憐な笑みを浮かべて答えた。その反応に青年は真剣に悩み始め、暫しして意を決したのか店の扉を潜って行く。
「・・・・この調子だと私も着ないと駄目かもですわね」
 実の所、これで3度目だ。そして、彼女に尋ねて店内に入った客は未だ出てこない。恐らくは神森のバニーさん姿に強い期待を抱いているに違いなかった。

「あ・・・・アイス、早く飾り付けないと」
 槇島からの注文を受けて、手伝いで厨房に入った周藤が焦りを覚えつつも兎の形にアイスを持っていく。客の数が多く、既ににんじんメニューの多くは全滅し、残るはアイスや普通のケーキ、ドリンクだった。早くしようとするのだが、借りたメイド服のサイズが微妙に小さい為に、周藤は上手く作業が出来ないのだ。
「えっと・・・・う、うぅっ」
「ああ、俺が後はやるから。周藤は上がったの出してくれ」
「は、はいっ!」
 叢雲の言葉にサイズさえ合えば仕事は普通に出来るのに。自分ったら、なんて情けないのと周藤は少し俯いて自分を責める。しかし、その瞬間に胸元で弾ける様な音と共に胸元が開放された。
「き、きゃあああああっっ!?」
「うわぁっ! 大丈夫か周藤っ!」

 ――そんなトラブルもありつつ、やがて午後のイベントタイムが訪れた。午前中はダーツとルーレットミックスで高麗人参やくさやと言ったカオスドリンクだけで済んだのだが、午後はある一人の猛者が訪れたのだ。そう、イベントタイムでもビックな扱いをされる特大パフェ対決であった――
「私と食べ比べて、早く食べたご主人様はいません・・・・それでも挑戦しますか?」
 僅かに小首をかしげてしなを作ると、黒いカップからたわわな白い乳房がたわみ、息苦しいと言わんばかりに一瞬零れそうになる。
「お、おう、やってやろうやないかっ!」
 間近で揺れる双丘に惑わされてしまった中太りの男はしどろもどろになりながらも、売り言葉に買い言葉で槇島にジャンボバニーパフェを注文すると、フロアの一角に用意された席へと移動した。そして、2人は厨房からソレが姿を見せるのを待った。
 暫しして、猛者と槇島の前に姿を見せたのは、まるで金魚鉢のような大きさのガラスで出来た器に、てんこ盛りになったアイスクリームであった。更に季節のフルーツまで盛り付けられた挙句に、チョコレートシロップがかけられ、最頂点には兎アイスが乗っている。
「こ、これは・・・・!」
「うふふ、頑張ってね」
 時と場所が変われば蠱惑的にも聞こえるだろう槇島の声が地獄へと誘う死神のようにも思えた。威圧感を醸しだす金魚鉢を前にして、スプーンを手にした男は死地へと一歩、踏み出した。

「おめでとうございます♪ 流石わたくしの選んだお方ですわ」
 午前に会ったサラリーマンの放ったダーツの矢が見事にブルズアイへと突き立ったのを見て、ジュリエットが金の巻き毛を揺らしながら拍手する。赤と金のコントラストを持つ彼女に男は景品のキャロットモンブランを受け取りながらも僅かに照れた様子を見せ、彼女との記念写真を求めた。

「そう言えば、さっきのパフェ勝負はどうなったのかしら」
「ええと・・・・勝ち星が一つらしい、です」
 可愛らしいポーズでの写真撮影を終えて、休憩に裏へ入ってきたジュリエットが入れ替わりにフロアへ出る蓮沼に尋ねるとそんな返事が返ってきた。実は蓮沼もついさっきロシアン月見団子なるプチイベントで負けてしまい、淫靡と紙一重なポーズで写真を撮るハメになっていたのだが。
「あ、うーんと・・・・お客さんは?」
「ダウンして少し休んだ後に帰られたみたいです。ちょっとふらふらしてたけど」
 ジュリエットの問いに蓮沼はあっさりと答える。うん、そのお客が谷間に白いのがぽたぽた・・・・とか熱病にかかったが如く呟いていたのは抜群に秘密。

 ――と、そんな調子で1日が終わり。店内は今日の労働を労う小さなお茶会へと突入した。
「今日も一日、皆さんお疲れ様でした。疲れた時には甘い物が一番ですよ」
「おや、気が利くなあ」
 この際、太るとかは気にしちゃ駄目ですよと言い添えながら、神森が閉店後の不知火や叢雲達を労うべく、残っていたケーキと紅茶を淹れたティーポットを運んできた。
「神森さん、どうもありがとうございます」
「いいえ、皆さん今日は頑張っていらっしゃいましたし」
 美月が礼を言うと、神森は紅茶を淹れますからとポットからカップに紅茶を注ぎ始めた。朝から夜まで働いて溜まった疲労が、ケーキや紅茶を口にする度に解れていくような気分に皆は包まれるのであった。

 その後、能力者達はキャンペーンの3日間を特に問題を生じさせる事無く過ごす事が出来た。ただイベント終了後に『あの子はもう来ないのか』とか、『あんな可愛い子が女の子の筈が無い』などの能力者達への問い合わせが殺到した事や、思ったよりもアイスの消費量と収入が釣り合わなかった事を追記しておこう。まる。