タイトル:真夏の夜の獣マスター:磊王はるか

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/31 23:54

●オープニング本文


 北カリフォルニアの森林地帯に存在する、とある山村。その村では一週間ほど前から野犬が出没し、夜な夜な遠吠えが続いていた。村の安全の為に、村の近隣に出没すると思しき野犬を駆除すべく、数人の狩人が銃を手にして森林地帯へと赴いた所、ある物を発見したのである。
 それは胴体が寸断された野犬の骸であった。傷跡は大きな歯形である事が彼らには一見して理解出来たが、その歯形からどの様な姿の獣かは想像出来なかった。少なくとも、狩人達が相手にする狼や熊の様な動物が持つにしては、余りにも大き過ぎたのだ。
 強いて言うならば、その歯形は狼の物に近かった。けれども、それ程大きな体躯の狼が姿を見せたなど、少なくとも長らく村に住んでいた彼らには記憶に無かった。
「随分でかい歯形だな‥‥」
「熊、にしちゃあ随分でかいぞ。‥‥ライオンにしたってここまでの大きさなんざ滅多に見れるもんじゃない」
 傷痕からは既に蛆が湧いており、傍で傷を見ていた若い狩人は師匠と仰ぐ老狩人へと顔を向ける。倒れた屍骸に残された手がかりを探るべく辺りに注意を払っていた老狩人は野犬の傍に幾つかの痕跡を発見した。
「こりゃあ、狼だな。だが――」
 その大きさは普通の個体の3倍、いや4倍近くはあった。自然界においてそんな巨体を持つような狼は少なくとも彼らの常識では存在しない。残された跡から考えられる事柄を直感的に類推した老狩人は、険しい表情を浮かべると弟子の若い狩人へ早々にこの場を去り、村へ戻る事を提案した。
「師匠‥‥」
「直ぐに村に戻って、ULTに依頼するぞ。こりゃあ、わしらには荷が重過ぎる獲物だ」
 老狩人が空を見上げれば、既に空は茜色へと移り変わっている。夜になる前に戻らなければと、急ぎ、帰路に着く2人の後ろには爛々と赤い瞳が一対、森が生み出した闇の中で輝いていた。

●参加者一覧

佐柄 麟(ga0872
23歳・♀・SN
新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
優(ga8480
23歳・♀・DF
サルファ(ga9419
22歳・♂・DF
グレッグ・ノルフィ(ga9730
23歳・♂・GP
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
占部 鶯歌(gb2532
22歳・♀・DF

●リプレイ本文

●森林地帯
 現地へと到着した能力者達は、村内で赤崎羽矢子(gb2140)が依頼をした猟師らから得られるだけの情報を得ると、二組の班を編成した。それぞれ中央に連絡役を兼任したスナイパーを置いた後、それを中心に前方と左右後方の三方に展開し、周囲の警戒を務める配置を選ぶ。これにより、班の周囲を大きく警戒する事が出来る筈だと踏んでいた。
 そのままA班、B班と二手に分かれた能力者達は森林地帯へと足を踏み入れていた。どちらか片方の班が接敵した際は、時間稼ぎを行いつつ合流による戦力の補強を図ると言う算段で木花咲耶(ga5139)をはじめとした者達は意思疎通を終えていた。そうして出立間際に赤崎が万が一の事を考えて、施錠をして外出を避けるように伝え終えると、一向は緑生い茂る夏の森林地帯へと足を踏み入れた。

「この辺りには居ないみたいですね」
 野犬の屍骸が残されていた箇所から足跡を辿るべく、新居・やすかず(ga1891)が既に骨になった犬の付近を調べた後に述べた。狼の姿を求め始めて3時間程経過しているのだが、敵はどうも見つけた獲物をその時点で捕らえるのか、新しい痕跡は今の所見つけられずにいる。見つけられさえすれば、探索から追跡に切り替われるのだがと、B班の一行は僅かながら焦りを感じていた。
「次の場所へ行ってみよう。早く手掛かりをえないと」
「早く退治しなければ町の人達に危険が及びかねないですからね」
 切り上げようとする新居に木花が辺りの警戒をしつつ促すと、赤崎もまた彼女に同意するかの如く頷く。彼女は狼型キメラが持ち合わせるだろう強力な感覚器官を警戒し、音や臭い、更には風向きにも注意を向けている。自分達の存在を感知した狼が、風下から奇襲する事を予測しての事だ。
 それらを織り込んで、三方それぞれの警戒をしていた能力者達は更なる探索を開始するべく動き始めた。
「さて、どっちが先に出くわすやら、ね」
「・・・・どちら、でも全力で・・・・当たらないと」
 零す赤崎に占部 鶯歌(gb2532)が僅かに黒髪を揺らしながら言葉を紡ぐ。赤崎は確かにそうね、と小声で答える。既に空の太陽は南天から動き始めて暫く経過しており、二時間も経過すれば西の空が朱の色に染まり始めるだろう。暗くなれば、森の中は闇に閉ざされる。厄介な事になる前に遭遇出来れば良いのだがと、一行は思った。

 一方、佐柄 麟(ga0872)達――A班はと言うと、こちらもやはり追跡に難航を示していた。つい最近に移動したと思しき巨大な足跡を発見したのだが、辿っていく内に大きな沢へと突き当たってしまったのだ。
「参ったわねぇ・・・・」
 佐柄は深い溜息を一つ吐いた。標的は思っていたよりも賢いらしく、沢を用いる事で己の痕跡を途絶えさせたのだろう。周囲の茂みに木を払いつつ、仲間達へ視線を向けると優(ga8480)に聊か消耗の色が見える。森に入ってからは、道筋や足跡を発見した際に覚醒して、合理的な判断を下す彼女の意見を参考にしてここまで来たのだが。
「一度、新居と連絡を取るわ。警戒をしつつ、小休止しましょ」
「向こうの状況も確認しておこうぜ。場合によっては合流し易い位置へ互いに配置するのも手だ」
 手にしたハンドガンからマガジンを抜いて、グレッグ・ノルフィ(ga9730)が銃の調子を確かめると、また元へと戻す。敵の姿を捉え切れていない現在、逆にこちらが襲われる可能性もある。個別撃破なぞされてしまえば目も当てられぬと、彼の言を聞いていたサルファ(ga9419)は考えていた。
「二班の距離を縮めつつ、俺達は沢を遡ろう。痕跡を消すなら上流へ向かう筈だ」
 しかし、言葉とは裏腹に陽が徐々に傾きつつある状況にサルファは敵の奇襲を強く危惧していた。視界が悪くなれば、敵の奇襲を更に用心しなけえれば、と。


●黒狼
 体が冷える事に注意を払いながらA班は沢に沿ってその源流へと向かった。道中に新しく食い散らかした魚の痕が見つかり、徐々に敵である狼型キメラへと近づいている事に改めて気を引き締める。
 半刻ほど進んで、水の流れが森の中へと入った頃、森の中の空気に張り詰めた何かをグレッグ達は感じ取った。
「チッ、お出ましみたいだな」
 陣形を整えたままの彼等は威圧感の強い方角を正面にして向きを変える。辺りは木々が生い茂ってはいたが、ぱきり、ぱきりと乾いた枝を踏みしめる音がグレッグらの耳には届いていた。佐柄が下げていた無線機から手短に接敵した事を伝えると、銃を構えなおす。 徐々に音が近づいて来る途中、不意に音が途切れた。
 途端、木々の隙間から漏れてサルファ達の上に落ちていた木漏れ日が一瞬で闇に変わる。
「上です!」
 咄嗟に警告を発したサルファに呼応して、一向は即座にその場を離れた。次の瞬間、生木の折れる音と共に黒い巨躯が勢い良く先程まで居た位置に地響きを立てて着地した。
「こいつがキメラってか!」
「無理はなさらないでくださいね・・・・!」
 舌打ちしながら構えを取るグレッグらの後ろに回りながら佐柄が身を案じて言葉を投げながら、照準の距離を合わせ始めた。
 優らと退治したその巨体――黒い狼は獲物を見つけた喜びからか、高く咆哮を上げた。
「佐柄さん、援護をお願いします!」
 即座に月読を抜き払った優が声を上げる。そのまま別班の仲間と合流するべく、守備主体で居るには、彼女の支援攻撃が不可欠であった。準備の整った佐柄が射撃を開始する。しかし、殺気でも感じ取ったのか、狼は大きく跳躍する事で彼女の弾丸から逃れてしまう。発射された弾丸は狼の傍に立つ木に命中し、深く穿つ。
 銃弾が躱される中、丁度彼女の位置に最も近かったサルファが、彼女の護衛となるべくその身に黒い闘気を宿らせた。
 大きく育った木々を盾にしつつ、グレッグが狼との距離を詰めて牽制を試みる。牽制に誘われた狼はその大きな前足にある爪を振り翳し、彼の頭上へと振り下ろす。
「思っていたより攻撃自体は早くねぇな!」
「もう一つ・・・・これでどうです!」
 薬室に薬莢を送り込み、又も標的を照準に捉える。サイトに捉えた一瞬を逃さず、佐柄は引金を引く。しかし再度放たれた弾丸は目標を捕らえる事は無く、地を穿った。
「距離が遠い、か。なら・・・・これで、吹き飛べよっ!!」
 黒狼との間合いを測っていたサルファが両の手に握っていた直刀に力を付与し、振り抜く事で衝撃波を放つ。仲間との合流を果たすべく、防戦を選んだ彼等は僅かにではあるが、徐々に傷を負うていく。


●狼狩り
「・・・・汝か、キメラというのは」
 通信の後から暫くして、戦闘の剣戟を耳にした占部は班の仲間と共に、先に戦闘状態に入った仲間達の姿を認めていた。覚醒した占部は先程までの弱弱しさすら覚える様子とは一転して、凛々しさを湛えている。
「今回は我が愛刀ではありませんが、狼ごときにはこの刀で十分ですわ」
 木花もサルファ達の姿を認めると、覚醒すると共に蛍火を抜き放つ。赤く変化した爪が、蛍火の刀身が放つ淡い光に照らし出される。仲間達の状況を覆すべく、彼女達は次々と黒い狼目掛けて襲い掛かった。
「さぁ、わたくしと勝負しなさい! 魑魅魍魎め!」
 けれども、狼は彼女らの存在に直ぐに気付いた。それは生来持ち合わせた嗅覚のお陰だ。敵が増えた事を感知したキメラは、手傷を負わせていた獲物達よりも新たに現れた赤崎達へと跳躍する。占部が放つ矢を躱し、新居がアサルトライフルを向けて銃火を放つ。畳み掛ける様に、覚醒して背から翼を生やした赤崎が巨躯を回り込んで斬撃を刻んでいく――

 苔生した岩などが点在する森の中、己の猟場と主張するかの様に黒狼は木々の間を巨躯に見合わぬ速さですり抜ける様に、時に木々を圧し折って疾駆する。駆け抜ける間に生えた木を巧みに新居らの銃弾からの盾にしつつ、能力者達との間合いを詰めていく。
 合流してからの戦闘は、一進一退を繰り返す状況へと変化していた。互いに削り、躱す事で凌ぎ合い、致命に至るにまで行かぬ、そんなもどかしい状況だった。それは使い方によっては防壁となりうる木々の存在と、起伏の多い足場の悪さと言う立地条件である。森は整地された場所など少なく、道と言えば動物や人の作った獣道の様な物ばかり。
 言うなれば自然の障害が、多対一と言う、本来能力者にとって有利である筈の状態を覆しているのだ。それでも新居が目標の視認度を上げる事と塗料の臭いによる嗅覚の阻害を目的として用いたペイント弾は何とか命中し、敵の判断を鈍らせていた。
「予測しても躱されるなんて・・・・!」
 けれども、真っ当な獣でない其れは、戦闘の只中に佐柄が後ろ足目掛けて放った銃弾の多くを回避していた。能力者とは言えど、移動目標――しかもその末端部を狙うのは決して簡単な仕事ではないのだ。

 ならば、機会を待つしかない。覚醒したままの彼女は仲間の攻撃に因る足止めに期待しつつ、D−713を構え直す。月読を抜き払い、牽制の為に縫う様にして森の中を駆ける優は、狼の挙動を少しでも佐柄が捉えられる機会を得られるよう、出鼻を挫く形で攻め立てた。
「もっと強烈な攻撃を仕掛けてきなさいな。これでは私に傷一つ負わせることなど出来ませんわよ」
 木花は狼の爪を受け、捌きつつもスナイパーである佐柄や新居の下へ向かわぬ様に挑発を試みる。その身を盾としながら次々と切り込み、更に攻めの不足を補う様に占部の草薙から放たれた矢が放たれる。
「ほら、こっちだ!」
 覚醒し、左手に蒼い水巴の紋が現れた彼女は平時とは印象をまるで変え、別人の如く振舞う。気を引くべくかけた声に反応した黒狼が隙を生じさせると、グレッグと赤崎が神速を持って間合いを詰める。赤と黒の疾風は狼と視線を合わせると犬歯を剥き、刹那の間に白い爪による一撃を繰り出した。更に横に回り込むように移動する赤碕が、
 掬い上げる様にして繰り出された一撃に狼は大きくふらつく事で体勢を崩す。
「逃がしませんよ〜?」
 顔に淡い赤を浮かび出させ、視覚を強化した佐柄が驚くべき速さで引金を引いた。放たれた弾丸は狼の右後ろ足に命中し、膝から先を吹き飛ばす。更に優が月読を強化して放った衝撃波が牙を剥く。空気を裂いて迫るソニックブームを躱す事も出来ず、優の衝撃波を受けた黒狼は、激しく血液を撒き散らせながら、じりじりと後退りをし始めた。
「逃がすものか!」
「さあ、本気でいきますわ!」
 覇気を上げると共に己の錬力を燃やし、サルファが衝撃波を放つ事で、更に深手を負わせる。更に木花が己の蛍火を袈裟斬りに振り下ろす。次いで最大限に力を引き上げ、強化した一撃を受けて大量の失血を招いた黒狼は、体力が残っている内にと思ったのか、素早く踵を返そうとした。しかし――

「ここはあんたの居場所じゃないのよ。だから・・・・」
 ――お休み。
 呟きを零す赤崎は瞬速縮地で奇襲を受けて弱り、踵を返しはじめた黒狼の傍へと、己の得物の届く間合いへと踏み込んでいた。そして側面へと不慣れな足場を巧みに動き、渾身の斬撃を繰り出した。彼女の氷雨が脇腹を断ち、威力で吹き飛んだ体躯からは大量の鮮血が噴き出す。大地に肉を叩きつける鈍い音が響き、頽れた黒狼の周りは瞬く間に赤絨毯へと変わっていく。
「ようやく倒したか」
 グレッグは完全に事切れたのを銃弾を撃ち込む事で確かめると、漸く安堵の声を漏らした。そうして準備していた救急セットから消毒薬を取り出すと、裂かれた傷痕へ吹き付ける。
「・・・・ッ、結構抉って行きやがったな」
 傷口から疾る痛みで僅かに顔を顰める。他にも赤崎や木花も負傷していた事を思い出すと、グレッグは順に看てやると声をかけた。
 苔生した石の上に腰掛けて一息つく頃には既に陽は落ちて、空には夜の帳が降り始めていた。その中に浮かぶ白い月から放たれる燐光のような淡い光が、森の木々から零れ落ちる。柔らかな光は為すべき事を為した彼らを讃えるかの如く照らし出していた。