●リプレイ本文
●試験開始
スピリットゴースト(以下SG)の開発再開に加わった能力者達は、試験の予定地から程近い試験場へとやってきていた。既に格納庫には巨大な翼を持つ試験機と共に、その付近には能力者達が模擬戦と警戒の為にと準備したKVが姿を見せており、青く澄んだ空の下でやれ未だかと空を駆るその時を待ち望んでいるように見える。
「ゼガリアに先を越されたとはいえ、空陸問わず安定的に運用出来る砲戦型のKVを待ち望む声を多いですわ」
以前、試作機が製作される前の段階で関わっていたクラリッサ・メディスン(
ga0853)が当時を振り返りながら機体を見上げる。
「前回の試験から随分と経ったけど‥‥寝かせて置いただけのことはあるみたいだな」
カルマ・シュタット(
ga6302)が暖気中のSGを見て呟く。通常のKVよりも大型のこの機体が、以前の機体よりも出力向上を図る事で欠点を克服した点を踏まえた上での言だ。
「成仏した訳じゃなかったんだな」
「こっちとしては発売されたら小隊への導入も検討してるんだから、そうなってたら困ってたけどね」
ある種、感心したような時枝・悠(
ga8810)の発言に鳳覚羅(
gb3095)が苦笑しつつ続く。彼はどの程度の能力を有しているのか、視察を兼ねてこの場に居る。
「今回、俺は動かさねえけどコクピットくらい見せてくれねえかな‥‥?」
「別にそれくらいなら構わんのじゃよ」
興味深げに賢木 幸介(
gb5011)が言うと、エーファは見るなら早めにの、と言われ、幸介は足早に機体へと近づいていく。
「僕好みの中距離用機体で、おまけに高攻撃、高命中。これならエース機にも対抗できそうです」
楽しみな機体ですねと新居・やすかず(
ga1891)がコクピットに入り込む幸介に目をやりながら呟きを漏らす。エーファは流石に正面切っては無理じゃろうと言う。敵機体の多くは慣性制御がなされている為だ。
「単機でシェイドやステアーに勝てる機体が作れたら、一気に優勢になるんじゃがのー‥‥」
やすかずとのやり取りを続けるエーファを尻目に、砕牙 九郎(
ga7366)が説明の時に彼女が持っていた資料を手にとって眺めた。挨拶の台本まで、何故かきっちりと書かれている。
――団地妻ってか、団地大婆様じゃねえのか?
そんな事や、これからの呼び方は大婆様で行こうなんて九郎が考えたの、抜群に秘密。
砲撃試験の準備が整うまで、エーファは推奨兵器に関する意見を持ち寄った能力者から汲み取る事にした。用意された仮設テントで九郎やカルマ達がそれぞれ口を開き始める。
「武装なんだけど、近接防御用の小火器とかどうかな。ガトリングみたいに弾幕形成するものとか」
他にも、特殊能力を活かす為の長距離銃砲やロングキャノンやライフルなどの手持ち火器の提案が九郎から出る。他にカノン砲の特殊弾頭も上げられたのだが、弾種の換装は見送られた為にエーファから却下された。
「行動力の低下を抑えたスナイプ・スコープ改なんかどうでしょう。後は‥‥室長のペイントとか?」
「ペイントって? 個人的に弾幕形成による迎撃には賛成だから、軽量型のファランクスとかどうかな、とは思ったけど」
カルマの提案に疑問を抱きつつも覚羅が自分の意見を上げていく。ペイントはどうやら痛車とかそっち系の物らしい。エーファはやはり相対距離を確保する為の武器が欲しいのかと頷く。
「元の機体の役目は爆撃機だろ? レーザー誘導の爆弾とか、精度は落ちても範囲に効果のある高威力の爆弾なんか良いんじゃないか」
「確かに親和性はあるじゃろが、現状だと強力なジャミング中和が出来ないとあまり効果が出んかも知れんぞ」
あんまり期待はしない方が良いじゃろう、と幸介に答える。ううむと少し考える素振りを見せた後、更に言葉を続けた。
「なら、どっかでやってたリニアカノンは復活しないのか?」
「リニアカノンはどこでやってたかのう‥‥確か試作型が既にあったとは思うたが」
こちらも少し調べてみるが、進捗が悪ければかなり時間がかかるかも知れんと返される。また、リニアカノンとは別に悠からは実弾の長距離砲が提案された。特に重視すべき点は装弾数であり、既存の火器では単発リロードの物が殆どである部分を強調される。
「現状で進められているAP−120mm滑腔砲では難しいのかのう‥‥試験後に全部ひっくるめて当たってはみるがの」
そんな発案が一通り済む頃には、既に整備員達が砲撃試験の準備を整えていた。各能力者達は己の機体、もしくは砲撃試験に参加する者達と別れて搭乗準備を整えていく。
「よーし、まずは俺だな」
そうして新しく生まれ変わった試験機は、覚羅から搭乗する事となった。確認していたSES−200搭載前のスペックと現状の数値が変化しているのを確かめると、彼は機体を変形させる。
周囲の地形情報を得ながら、仮想敵である幸介のフェニックスの位置に注意を向ける。既に向こうも陸戦形態に変形しており、此方の位置を探っているようだ。
「やりすぎ注意、ってな。とりあえず殴り合おうぜ」
「‥‥来るか!」
白双羽と重機関砲を携えた幸介の機体が着実に距離を詰めてくる。その接近を食い止めるべく、覚羅はファルコンスナイプ(以下FS)を稼動。予測射撃を行う。
「これ、模擬弾だよな? どっかんどっかん酷ぇな」
進路を予測され、眼前で着弾した砲撃に悪態をつきながら、機体を右へと滑らせる。しかし、覚羅もまたその機動に合わせて旋回し、ブーストで距離を取る。
「なるほど‥‥これだけの動きが出来るのか」
「それじゃ、こっちも行くわね」
「空からも来たか!」
砲撃を終えた試験機に向けてクラリッサ機から模擬弾が放たれる。8つのロケットが飛来するのをレーダーで知った覚羅は回避行動を試みた。
「う、やっぱり重いか」
重装甲の巨体は彼の乗るディアブロと比べ、かなり鈍重だ。元々命中率が高くない武器だったお陰で回避そのものには成功はしたが、やはり砲撃主体の機体である事を考えると軽快に回避とは行かないようだ。
「空と地上同時はきついな‥‥でも君の能力を俺が引き出して上げるよ」
上空をシュテルンが通過した瞬間、SGは跳躍、変形して空に舞った。
「空中での戦闘機動しながら200mmカノン砲撃ったらどうなるかな」
巨砲を携えた機体に乗る以上、当然の疑問だ。覚羅は上昇し、高度を安定させると追尾してきた幸介のフェニックスに視線を向ける。
「狙ってみるか!」
「簡単に狙えるもんかよ!」
覚羅の意図に気付いた幸介は当然、機体を滑らせてロックオンから逃れようと試みる。しかし、稼動したFSによって覚羅は素早く機体を捉えた。
「目標捕捉‥‥3、2、1、今だ!」
放たれた砲火は細く白い煙を引き、フェニックスへと迫る。
「まだまだぁ!」
ペイント弾を受けながらも、返礼とばかりに機関砲から模擬弾を繰り出す。放たれたそれはSGの巨大な翼部に命中し、無数の塗料痕を残した。
動作確認と模擬戦が行われた後、やすかずは覚羅と入れ替わる様にして操縦席へと乗り込み、大空へと飛翔を開始した。全翼機であるSGは他の機体と比べて一回り以上大きい機体で、注意が必要だな、などと思う。
「加減速性能はあまり良くないですかね」
やすかずは機体をバンクさせる。これまでのKVとは違い、SGは全翼機である。それは当然の事柄であった。
「とは言っても、砲撃支援が主で‥‥ドッグファイトをする機体ではないって事か」
回避能力と言う点に於いて一抹の不安が残るが、基本的には支援機なので、格闘戦を期待するのは贅沢かと呟く。そんな折、機体の通信機から声が届いた。
「そろそろ準備はいいかしら?」
「すみません、お願いできますか」
一足先に空へ上がっていたクラリッサだ。やすかずは開始の旨を伝えると、射程距離内に侵入した彼女の機体を照準に収め始める。
「先ずはノーマルで‥‥!」
ロックした瞬間、砲撃する。吐き出された四つの砲弾がクラリッサ機の翼端をペイントが掠める。
「なかなか上手じゃない。FSは?」
「これからかな。今のは通常射撃」
「分かったわ、次は注意するわね」
彼女からの通信が途絶えた途端、シュテルンが可変翼を稼動させ、先程よりも機動を鋭くする。
「FSを起動‥‥早い!」
「‥‥え、もう捉えられてる!?」
やすかずがFSを起動し、先程よりも速くロックオンを成功させたのだ。クラリッサは警告音を受けて下降。回避行動を試みるも、先に姿勢制御したSGから放たれたペイント弾が襲い掛かる。
「やば、躱し切れないかも」
そんな呟きを漏らしながらも、クラリッサは何とか回避に成功する。ノーマルの機体だったら着弾していたかも知れないと胸を撫で下ろす。
「危なかったわね」
慣性制御を有する敵機体を想定して急降下をしてみたが、裏目に出たのかも知れない。機体を引き起こし、悠然と飛ぶSGの傍へと機体を戻す。
「この後は戦車を目標とした空対地攻撃をします」
「分かったわ。カルマ達と一緒に周囲警戒に当たるわね」
その後、九郎達が警戒を続ける中で空対地攻撃が行われた。地上に各坐した戦車に向けてカノン砲が火を吹くと、命中せずにその近辺の地面が大きく穿たれる。
「FSでも地上攻撃は簡単ではない、という事かな」
「基本的には前の2機の良いトコ取り、かな」
次いで地上での砲術試験を担当する事となった悠は地上でKV形態へと変形させた。機体のコンソールに触れ、モニター上に表示されたM1戦車であった鉄屑に照準を合わせ、固定兵装である4連装カノンの引金を引く。
轟音が機体に響き、砲弾が発射される。FS未使用で行われた射撃は何とか着弾するが、完全破砕には至らない。
「ちょっとずれたかな、次は使ってみよう」
呟きと共にFSを起動。表記される数値が跳ね上がり、先程よりもロックオンがなされる速度が上昇しているのを実感する。
「嘘‥‥随分と補正されるのね」
体感としてはブレス・ノウの大体3倍強と言った所だろうか。遠距離攻撃が難しいとされていたKV戦でこれだけの補正力がある機体は稀と言っていい。そのまま再度射撃を試みると、放たれた砲弾は悠が狙った箇所へと寸分違わず着弾し、先程よりも激しい破壊の痕を残す。
「砲撃支援に特化した結果なのかしらね。この成果は」
勢い良く砲の基部から排気される最中、悠はそんな感想を漏らす。フィオナ・シュトリエ(
gb0790)が搭乗する雷電などにより周囲警戒がなされる中、クラリッサ機へと通信を繋ぐ。
「これから地対空のテストしたいんだけど、準備はいい?」
「構わないわよ。命中させられるか、ちょっと期待しているわね」
彼女から機嫌の良い声が返ってくる。暫くして彼女の乗るシュテルンが姿を見せた。その間に機体の砲弾をペイント弾に換装し終えた悠は彼女が戦闘行動を開始するのを待った。
「地対空砲撃試験、開始ね」
「了解」
クラリッサの声と共にシュテルンは戦闘行動へとシフトした。ロケットランチャーを装備した機体は巧みに有効射程へと忍び込むべく、空の高みから猛禽類の様に襲い掛かる。
「FS起動――」
悠はそれに対応し、巧みにシュテルンを捉えて迎撃する。砲撃の多重奏が響き、クラリッサは己に向けて放たれた模擬弾を回避するべく機体を傾かせた。
「‥‥少し危なかったかしら。命中は無いけど」
「捉えたと思ったんだけどね」
口元に笑みを浮かべながら悠が返答する。FS起動によって多少の補正が得られた可能性はあるが、効果を実感できる程のものではなかったようだ。
「新しい反応‥‥5時方向から敵!」
一方、その頃。警戒についていたフィオナ機のレーダーに新たな反応が生じていた。光点は6つで、若しかしたらこの近辺で最近見られなかったHWがSGの試験で派手にやりあってるのに気付いて姿を見せたのかも知れない。
警戒に務めていた九郎、カルマ機が南東へと機首を向ける。フィオナの報を受けた悠らも向かおうと思うも、模擬弾から実弾への換装が済んでいない為、その時間が必要だった。
「先に行ってるぜ!」
「俺達もすぐに向かう、持たせてくれ!」
九郎に答えながら覚羅が声を上げる。その声を掻き消すように幸介のフェニックスとやすかずのS−01Hが爆音を上げて頭上を飛んでいく。
「実弾はまだ残ってる、実戦テストを兼ねて出撃する!」
「んなぁぁぁ!? 本気か時枝殿はーっ! ‥‥仕方ないのじゃ、必ず戦果を上げて傷一つつけて来ないこと!」
エーファの言葉に僅かに笑みを零すと、機上の人であった悠は離陸シークエンスに突入した。
「SGが来るって? それじゃ被弾は避けるようにしないとな」
既に空中戦を開始していたカルマが幸介の通信を受け、ここで壊れたら目も当てられないと零す。正面に小型HWを捉えると、そのままライフルを放つ事で深手を負わせる。
「足止めして、余裕があったら後方から撃ってもらおう」
「絶対に近づけさせないから!」
煙を上げた敵機にフィオナのスラスターライフルが連射され、破壊の爪によって瞬く間に爆散する。次いで九郎の雷電がガトリング砲が咆哮を上げ、乱戦只中にある敵HWを削っていく。
「やっぱり来やがったじゃねえか‥‥とっとと返り討ちにしてやろうぜ」
加速し、戦域に辿りついた幸介達の機体がレーザーを放ち、削られていたHWがまた撃墜される。更にS−01Hがライフルで敵機を狙撃、瞬く間に2機を撃墜し、彼我との戦力差は覆しようの無い状態へと変化していた。
「もう少し減らしておかないとね」
「連携するぞ!」
先程1機葬ったフィオナが損傷したHWに攻撃を加え、カルマが止めを加える事で更に撃墜数を伸ばす。敵残数が2機になった頃、北西の空から3機のKVが姿を見せた。
「この実機試験を経て、SGは更に良い機体になる筈」
「だから落とさせるわけにはいかない!」
中央に位置したSGの僚機となったクラリッサと覚羅が火線を開き、撤退の素振りを見せた敵機をまた撃ち落す――残りは1機。
「FS起動! ターゲットインサート!」
その1機を――恐ろしい速度で奇怪な動きをするHWの姿を試験時と同様に亡霊は捉えた。完全に目標をロックし、悠はトリガーを引く。
轟、と4つの砲弾が空を切り裂いた。放たれた破壊の権化は敵の姿を捉え、爆ぜた。強力な一撃を受け、機体は耐える術も無く爆発し、散華する。
「もう誰もスピリットゴーストを止める事は出来ない‥‥」
別にこいつと一体になった訳ではないが。そんな呟きを爆散するHWを見やりながら悠は零す。蒼天の空に翼を広げた巨鳥を見やり、覚羅は戦場でまた出会える事を強く願うのであった。