●リプレイ本文
●フロリダ半島北東部
能力者達は空母から離陸すると、一路目的地であるフロリダ半島へと機首を向けた。海上を低空飛行にて移動し、メトロポリタンXへ向けて――フロリダ半島の北東方面から侵入する案を選んだ彼らは、周囲の警戒を怠る事無く飛行を続けていた。
「今回もよろしくね」
「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします」
月森 花(
ga0053)が挨拶の言葉を返すと、通信機の向こうからエルフリーデ・ヴァイス(gz0148)の声が返ってくる。以前の依頼で行動を共にした縁で声をかけたのだが、向こうもどうやら記憶に残していたらしい。キャノピーの向こうではエルフリーデを始めとした偵察班である榊原 紫峰(
ga7665)のS−01改やユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)の駆るR−01改の姿が見て取れる。
「メイドさんの護衛とか考えた方が士気が上がるかねえ?」
苦笑交じりな龍深城・我斬(
ga8283)の声が各機のスピーカーから響くと、僅かに各機から笑いが漏れる。ヒルデブラント少佐から命じられ、偵察任務に同行する事の多いエルフリーデからすれば慣れたもので、お任せいたしますとうやうやしい返答が彼にされるくらいだ。
「でも、私も本職はそれですけれども、皆さんと同じ能力者。傭兵でもあります。あまり気になさらなくても結構ですよ」
「了解した」
半島の地形――海岸線が視認出来る頃には、各機は機体を上昇させた。海上では敵の網の目を抜けるべく、低空にて飛行、侵入を試みた後に、地上からの敵攻撃を避ける為だ。「BTと呼ばれる海域の水中戦力を把握しておきたいですね」
フロリダ北部は宇宙産業の中枢でしたから、と藤田あやこ(
ga0204)が言う。敵の新兵器が存在する可能性もあるし、出来るならバハマ方面も情報収集したいと彼女はエルフリーデに提案するが、やんわりとした口調でそれは否定された。今回の強行偵察はシェイドの確認が第一であり、敵勢力範囲の確認はその付随に過ぎない。敵の新兵器の調査は勢力確認時に発見出来れば幸運でしょうと。
「確かにひとつでも連中の拠点を調べたいトコだが、本命がある以上、そっちを優先せんとな‥‥ま、引き上げる時にゃわんさかと湧いて出るだろうから、そん時に嫌でも分かるだろ」
そんなやり取りに風羽・シン(
ga8190)が嘴を突っ込むと、それもそうですねと藤田は矛を収めた。先ず優先すべき事をこなすのが傭兵だと言う事を理解しているからだ。
「さて、大規模作戦前だからあんま無理は出来んから、ちゃっちゃと調べて、さっさと帰って来ようじゃないの」
「北部の戦力は意外と少ないようだ」
「やっぱりアジア戦線に戦力を取られているって事かな」
しかし、全体的な視点で見て北米を握る敵が目に見えて分かる程の戦力を移動させていると言う楽観的な発想は避けるべきだと能力者達は思った。いざ大規模な戦闘となれば、敵は鉄量で圧してくる。それだけの敵があからさまに戦力を少なく見せていると言う事は、恐らく現在飛行中である地域以外に戦力を振っていると考えるのが現実的な判断と見るべきだろう。
「南部辺りが怪しいんじゃない?」
「いくら偵察がボクら以外にも出てるって言っても‥‥ちょっと違和感あるよね」
「‥‥同感ですわ」
平坂 桃香(
ga1831)の言葉に月森が率直な感想を述べ、エルフリーデがそれに続く。可能であれば、敵の活動――戦力の移送などが捉えられれば良いのだけれども。
一方、シェイドを因縁の相手と考えてこの依頼に参加したのは金城 エンタ(
ga4154)だ。かの敵と遭遇出来れば、と考えていた彼のディアブロは偵察班の護衛としてやや前方を先行していた。
「見つかればいいですけど‥‥っつ!?」
シェイドの姿が捉える事が出来れば。そんな事を考えていた金城は不意に頭痛に襲われた。また、他の機体を駆る仲間達も不意の頭痛に襲われたのか、機体の制御にふらつきが見られた。
「キューブワームか!」
不意に襲った頭痛は、敵の放った怪音波が宙域に満たされた為だと判断した金城を始めとした能力者達は、敵の姿を肉眼で探り始めた。敵のジャミングはレーダーをほぼ完全に無力化してしまうからだ。更に空戦において、敵CWの発するこの音波は彼らの判断力を減退させ、攻撃の手を酷く鈍らせる。
「我らは燕の如き駿速にて華麗なる蒼穹の刺客! 討たせて貰います!」
前方二時方向に敵の姿を捉えた藤田のアンジェリカがラージフレアを放ち、機体の回避能力を引き上げる。機体を上昇させた途端、今までいた空間に赤光が数本走り、海へと命中し大きな水柱を上げた。
「当然、ヘルメットワームも居る訳だ‥‥!」
CWは相手のレーダーを潰す、所謂目潰し役。となれば当然本命となる部隊が随伴していると考えるのが自然だ。ヴェルトライゼンは機体を加速させ、スナイパーライフルで射撃を行う。しかし、襲う頭痛の為か狙いは大きく反れてしまう。
「先に厄介なのを潰さないといけませんね!」
金城のディアブロがCWに向けてバルカンを放つ。牽制がてら放った弾幕は命中し、僅かに敵の動きを鈍らせる。その隙を突いて、翼刃を展開。至近距離から放った一撃は一機のCWを寸断する。
「とっと厄介者は潰すに限る、ってな!」
また別の敵機には龍深城の雷電がライフル弾を放ち、戦車砲を放つ事で止めを刺す。この時点で既に月森がジャミング中和を行っており、敵の妨害が弱まりつつある中、平坂の雷電が敵HWの火線を躱しながら接近を試みる。有効射程にまで接近すると、彼女はランチャーからロケット弾を連続して放ち、小型のHWを一気に駆逐する。
「よし、次っ!」
一撃離脱のセオリーに従って離れる平坂。その最中に風羽のディアブロがライフル弾を放つ事で残る一機のCWを潰しにかかる。敵の赤光を受けながらも、擦れ違い様に力場で覆われた翼で風羽が寸断すると、空域に満ちていた雑音は途端に引いていく。
「やっかいな頭痛さえいなければ!」
藤田機は仲間達が戦う最中、既に敵機の上方へと周り、滑り込む様に機体を操るとSESエンハンサーを起動させるとともにレーザーを繰り出した。
三斉射され、狙いを違う事無く撃ちこまれたが為に小型HWは瞬く間に炎に包まれ、爆散する。
「偵察班の機体には近づけさせないわよ!」
かくして、一度目の遭遇戦は傭兵達が優勢のまま、幕を下ろした。
●闇色の翼
フロリダ半島に入ってからは二度の遭遇戦があった。主に敵機体は小型のHWとCWの混成部隊。小隊規模で特にHWは従来の物と比較して、明らかに強化された機体であったが、戦場を満たす怪音波を放つCWさえ何とか片付けてしまえば、平坂達の手を長く煩わせる程の敵ではなかった。
一方で多少の手傷は負わされたものの、その損傷は軽微と呼ぶに等しい物であり、偵察作戦の遂行は可能だと榊原達は判断して続行した。敵戦力を撃破した後に、その近辺で敵基地を発見したヴェルトライゼンらは空撮を行い、着実に敵の戦力配置がなされると思われる個所を半島の北側から着々と収集していく。
「やっぱり敵はかなりどこかへ割いているみたいですね」
金城がこれまでの戦闘で感じえた率直な感想を漏らす。確かに、これまでならもう少し、と言うには聊か控えめな話であるが、今まで遭遇した敵よりももっと重圧を与えてくるだろうと予想された。けれども、現在の敵軍は明らかに展開している戦力が減退している――
半島に侵入した時に感じた疑念は着実に彼らの中で大きく育ちつつあった。
そうして三度目の遭遇戦に出くわすも、かかる圧力は屈指の敵基地に近づいていると言うのに、龍深城は思っていたよりは弱いと感じた。多少の被弾を受けながらも、強行偵察を行う彼らは徐々に旧メトロポリタンX――ギガワームが鎮座する、北米最大の敵基地へと接近する。
「情報は必ず持ち帰る‥‥こんなとこでやられる訳にはいかない」
「奴の詳細位置を探れ、か。ここまで来てなんだが、確かに必要な情報だけども出来れば直接会いたくはない相手だなあ」
月森は怪音波を放つCWをエルフリーデのウーフーによるジャミング中和の助けもあってか、やっとの思いで撃墜する事で感じる頭痛の原因を排除する。残る敵機を龍深城が平らげながら呟きを漏らす。既に有視界であの巨大なギガワームの姿を小さいながらも確かめられるまでの距離へと接近した事を、S−01改を駆る榊原は知る。
「矢張り大きいな‥‥」
過去の栄光には拘りたくは無いが、何時かは戻って来たいと言う念を抱きながら彼は漏らす。無論、それは多くの者達も同様の思いであろう。当座の危険を排除された後に高度を取った風羽や月森達、撮影班が可能な限りの情報収集を行い、旧本部へと更に近づく。
「あれ、ビッグフィッシュだよね」
「どうやら南に進路を取っているようです」
藤田の言う、名古屋以来の仇敵である、シングルCD大の大きさまでになったギガワームの傍から、二機の米粒に見える機影。縮尺からして輸送用にバグアが建造したコードネーム・ビッグフィッシュと呼ばれる機体が南へと進路を向けているのを偵察班は捉えた。
記録の途中、時折地上からタートルワームの砲撃がなされるも、高度を取っているお陰で回避も容易く、着実にその戦力分布などの情報が集められていく。
「シェイド‥‥ホントにここに居るのかな‥‥。」
「忘れる事が出来ませんね、あの機体は」
もっとも、向こうは記憶に無いかも知れませんが。少なからぬ因縁を感じている金城が心中でごちる。
「さて、あんま欲張らずもうちょっと、な所で帰ろうぜ。多少余裕は見ないと何か起きた時に対応出来ねえ」
未だシェイドの姿は捉えていないが、龍深城は余裕ある撤退を仲間に進言した。場合によっては自分達への追撃に姿を見せるかも知れないからだ。
その最中、ギガワーム近辺にまで近づいた彼らを阻止するべく展開していた小型のHWが次々と戦線を離脱していった。
「敵が退いて行く‥‥? 空が狭く感じます」
途端、金城はある事実に気付いた。それは本命が姿を現す前兆である事に。
「‥‥エース機、来ます!」
彼の叫びが事実だと認める様に南側から急速接近する飛行物体が電子機器が捉えた。驚くべき加速と視認された機体に金城は言葉を続ける。
「シェイド!」
前線の状況でも視察にでも伺っていたのだろうか、月森達には既に見覚えのある――好ましく思う人類など居ない、大いなる脅威の一つの姿をカメラが捕らえた。滑走路上で既に加速、離陸状態へと入っており、こちらの迎撃に赴くだろう事は容易に想像がつく。
「撮影はすんだ!? 八機だけではきっと相手にならない!」
「問題ありません」
「転進するぜ!」
危険を察知した平坂の声にエルフリーデが答え、機体を傾ける。何せ友軍の援護など期待出来ない敵地のど真ん中、平坂の反応は尤もだと言えた。
周辺地区の撮影を行った月森達が即座に機体をバンクさせ、反転する。風羽の声に呼応するかの様に、彼の機体がブーストを開始。一路撤退へと切り替え、機体を反転させる傭兵達。離陸したシェイドは急加速し、こちらへ十重二十重の赤光を放つ。
「やばい、避けろ!」
咄嗟の事に回避行動を取るも、榊原、風羽両名の機体に命中し、主翼を始め一部をごっそり抉りとられる。機動性が著しく低下した隙を狙われると危機感を抱いた二人であったが、次の攻撃は訪れなかった。
射撃後、瞬く間に闇色の機体は南の方角に排気煙を紺碧の空に残しながら姿を消し、代わりとばかりにHWの編隊が上がってくる。
「あのデカブツやシェイドが南へ向かうって事は‥‥」
「半島に沿っている所から恐らく、半島南部方面かしらね」
先程視認したビッグフィッシュ数機は明らかに基地から南――フロリダ半島南端へと進路を向けていた。搭載されたHWなどの戦力を考えれば、大量投入するであろう事は子供にでも分かる。送り狼とばかりに傭兵達の機体を狙っているのか、海岸線に到達する頃には近辺の敵基地から次々とHWが姿を見せ、情報を持ち帰らせまいと牙を向けた。
「ワームは俺が足止めを!」
ヴェルトライゼンが機体を反転させ、
「行きはよいよい、帰りは怖いってか!」
「陣形を密に。一点集中で強行突破を試みましょう」
「ボクが道を作る。‥‥今のうちに、全機撤退を!」
包囲網を敷きつつある敵に向け、月森の機体に備えられた集積砲が火を噴いた。藤田の声に従い、偵察班であったヴェルトライゼンや榊原達の機体を中央に据えながら、突破力の高い龍深城や平坂の雷電を先頭に据えて鏃の如き紡錘陣を取る事で、正面への火力を高める傭兵達。
「情報は必ず持ち帰る‥‥こんなとこでやられるわけにはいかない」
「‥‥とはいえ、このような曲芸飛行、何度も使う羽目にはなりたくないですがね‥‥」 焦りの色も然程見せず、月森の声に金城が答える。
敵のメーザーに焼かれ、機体が受けた傷も浅い物では無かったが、返礼とばかりに叩き込まれるヴェルトライゼンのスナイパーライフルや龍深城の高分子レーザーを始めとした多量の火器によって、進路を阻む小型のHWは次々と撃墜され、金城のディアブロが剣翼を用いた巧みな操縦で敵に背後を取らせぬ様に立ち回りつつ、紫や赤の破壊光が青空に疾る最中を突破する。
「本当に雲霞の如くって感じだね‥‥次!」
「もう少しで包囲を抜けるぞ!」
黒煙を棚引き落ちる敵機を尻目に、護衛機を中心にかなりの被弾を受け、複数の機体から煙や炎が上がる。けれどもまだ、機体はその速度を失うまでには至らず。侵入経路と同じルートを選び、各機は一路空母へと目指した。
途中、榊原、風羽の両機が敵の猛攻に耐え切れずに離脱をする事になるも、機体の負傷も大きくなった頃にどうにか追撃を免れ、何とか敵の包囲を突破した一行は一目散に海上を飛んだ。目視と敵の妨害によって然程役に立たないレーダーからも感が無くなった事に安堵の息を金城は漏らした。
「これで後は合流するだけですね」
彼の機体は撤退時に殿となって時間稼ぎに終始した。それ故に各機の中でも被害はかなり酷い物であった。金城のディアブロは機体の赤の大半を煤けた黒に色を変え、つい先程までは自動消火装置が働いていたような始末だった。
「空母の位置、出撃時より北に移動。11時の方向に進路を取って下さい」
エルフリーデの声に従い、各機は機体を僅かに北に傾け、加速する。そうして金城を始めとした損傷の酷い機体から随時着艦を済ませると、彼らは漸く偵察行が終わりを迎えた事を実感した。
その後、フロリダ南部へと向かったビッグフィッシュを始めとし、各方面から得られた情報を総括した結果、北米バグア軍の戦力は南部――恐らくは南端にあると想定されるバグア基地に戦力を集中させているとUPC北米軍は判断したのであった。