●リプレイ本文
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「いいですか?いくら可愛いと思っても、あれはキメラです。ですから、慎重に‥‥万難を排して。まずは私が行きます。ええ、危険ですから着いて来てはいけませんよ?」
天羽 恵(
gc6280)は、至極真面目な顔でそういうと、くるりと向き直った。その背中には強い覚悟と信念が刻まれているかのように雄雄しく気高く。
「よぉし、これで一番乗り‥‥! 待っててね、ふわもこさ〜ん」
そして、ぽそっと小さな声の呟きには隠しようのないニヤケとか期待とかふわもことか、そういうどうしようもないものが内包されていた。さぁさぁ待っててねふわもこちゃん何て具合に浮き浮きステップを刻む恵の横を、何かが通り抜けた。
「もっふもふだぁーー!!」
ずっばびゅーーん! と草原に一陣の旋風が巻き起こる。その源はエミタの力、つまり傭兵、戦うための技、瞬天速。
その旋風はふわふわもこもこしたその生き物のうち一頭を掻っ攫うとごろごろごろごろと草原を転げてそのまま瞬天速で離脱。皆が呆気に取られている間にもっふんキメラの一体を独占してしまったその名は、新条 拓那(
ga1294)。別段こだわりがあるわけではない、可愛いものだって人並み程度の好きでしかないハズ。だのに、このキメラを見た途端、理性だとか好みだとか、そういうちゃちなものはあっと言う間に拓那の脳から弾き出されたのだ。だってしょうがないじゃない。かわいいんだもの。
それほどに、そのキメラはふわふわだった。そしてもこもこだった。それはもう、ふなーんだった。
ちなみに、拓那に負けじと、ほぼ並んで同時に恵も迅雷でダイブしていたのはお兄さんとの秘密だ。
「も、もふもふ‥‥もふもふ、が‥‥っ!」
すごいですかわいいですふわもこです、と目を星にしているのは安原 小鳥(
gc4826)、モフモフを愛する人の名は伊達ではないらしくふわもこを両脇に抱えてレッツパーリィな有様。
「倒すのは忍びないです‥‥! この衝動だけは‥‥っ!」
ふわふわもこもこもふもふすりすり、ふなぁーん。擬音だけで表すと小鳥はそんな感じで、多分これで全て伝わるのではないかと思っているのだが、あながち間違いではないだろう。
「まだお邪魔虫は見えていないようですね」
沖田 護(
gc0208)が親指でバイザーを一寸上げて、やれやれという様に苦笑している。ふわもこであってもキメラはキメラ、彼はAU−KVを着用して何かが起きても何時でも対応出来るように警戒をしている。
「邪魔は入りませんので、好きなだけもふもふしてください。ただし、キメラですので警戒を怠らず‥‥あの、皆さん聞いてますか?」
ちなみにもふっている皆は聞いちゃいない。
「ほぁー、また何やけったいなデザインやなぁ‥‥これ、何をモチーフにしたんやろなぁ」
そんなもふもふを眺めてあんぐり口を開けているのは要 雪路(
ga6984)。はっ、もしや一昔前に流行ったキーホルダーを参考に‥‥?! と1人で考えている。どうやら、可愛さよりデザインの意味に興味がある御様子。
「な。壱条はんもそう思わん?」
「‥‥あぁ。うん、非常に、もふもふしたい」
ぁ? と首を傾げる雪路。壱条 鳳華(
gc6521)の表情は至極真面目だ。
「所詮キメラ、可愛くなければさっさと片付けてしまおうと思っていたが‥‥雪路、私はよもや依頼でアスタロトを脱ぐ時が来るとは思っていなかったよ」
真面目、いや、よく見ると我を忘れているようにも見える。もっふんの魅力に取り憑かれている。そう、硬く冷たいその鎧を脱がなければそのもふもふは味わえない! 卑劣な罠に打ち震えながらも、もふもふの輪にまた1人、犠牲者が飛び込んで行くのを相棒はぽかーんと眺めていた。
「あらら〜、皆さん羨ましいですね〜。ふふ、天気も良いし、空気も美味しいし、ピクニック日和です」
住吉(
gc6879)はにこにこと笑いながら、バスケットを手にピクニック気分でふよふよと笑っている。もっふん抱きしめてお昼寝できたら幸せだろうな〜、なんてそんな感じである。そんな中きちんとアサルトライフルの手入れもしているのだから抜かりはない。完全装備の武装ピクニックで備えはばっちりだ。
「あなたはお行きにならないのですか〜?」
「‥‥いい。趣味じゃない。それより‥‥」
住吉の言葉に首を振るのは火柴(
gc1000)。彼女はあまりこういうのは得意ではない御様子。彼女の得意分野はむしろ、あちらだろう。ふっと振り向くと、巨大なカマキリと巨大なサソリ、と言った風情の醜悪なキメラがうぞうぞと此方に向かってくるのが見える。
「私の仕事は、あっちだろ」
指差す先には2匹のキメラ。その声に、もふもふに我を忘れていた面々がぞろりと振り返る。誰も彼も目を爛々と光らせ、その顔に書いてあるのはただ一言。
空気読めよ。
「‥‥やれやれだな」
はふっと嘆息する幼女なのだった。
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「ハッーハハハ!!」
ごぉぉ、と【OR】マッチの火力で虫キメラを炙る火柴。戦闘になるやいなや豹変したその姿は、正直なところ、相当怖い。キメラがたじろいでいた。
「人呼んで、浪花の癒し系! アシュレッド!」
すーーっ、ババッ!! てな感じにポーズを取るのは雪路だ。彼女は凰華と共にふたりはアスタロト的なポーズを取ろうとする、が、肝心の相棒アシュブルーはというと、未だにもふもふに気を取られていたりする。
「ほらほら壱条はん、じゃなかった、アシュブルー。いつまでも遊んどる場合とちゃうで。そないな夢心地、ウチのエキセントリックギターで、醒まさせたるわ!」
言うやいなやギター型の超機械をギザ10でぎゅぅいいいいんと掻き鳴らす。その騒音に顔を顰める凰華が視界に捕らえたのは醜悪なサソリカマキリ。昆虫としての機能美すらどこかに置き去りにしたそのあまりの醜さに凰華が絶句する。
「な‥‥このキメラは、どう表現したら‥‥流石にセンスを疑うぞ。まったく美しくない、それでいて邪魔だ。最悪だ。さっさとご退場願おう」
そしてまたもふもふに戻るんだ‥‥そう言うと凰華、天剣によるエネルギーの刃で斬りかかる。再びアスタロトと言う名の鎧を纏い、彼女は愛するもふもふの為に戦いの地へ舞い戻ったのだ!
‥‥大げさかなぁ。
ともあれ、そうして戦う火柴 with ふたりはアスタロトが1体のサソリカマキリが戦う傍で、こちらも激戦。
「人のもふ路を邪魔するキメラは、俺がぶん投げてお星様にしてやるよ!」
拓那が鼻息も荒く、ごつんと殴って怯ませると
「とっとと、どっかへ、いっちまえぇ〜!」
キメラをあろうことかぶん投げる。勢い良く飛んできたキメラを待ち受けるのは、護だ。
「一応、招かれざる客ですので‥‥」
任務だからしょうがないと思いつつ、彼は地面で一度跳ねたそれを、釘バットでもう一度派手に飛ばす。何故任務と割り切っているはずなのに釘バットなのかと言えば、おそらくはこれ、空気を読んだ結果なのだろう。しかし甚だ凶悪な見た目であることには変わりは無いが。ともかく、投げられた後にそんな凶暴な得物によって打ち返され身体はぼろぼろ、正にほうほうの体のサソリカマキリ。しかし体勢を整えて能力者に襲い掛かろうとした所で、彼を暗い、いや昏い影がざぁっと覆った。ように見えた。正体はただの小柄な影だ。
「空気の読めない、キメラさんは‥‥少し、大人しくしていましょうね‥‥?」
うすぅい笑みと一緒に超機械を掲げる小鳥。ただのちいさな影のはずなのに、なぜだかすごーく怖く見えた。
もしこのキメラに感情というものがあったとしたら、彼はきっと己の空気の読めなさを最後まで怨んだことだろう。そんな笑みに見えた。
「あは〜、皆さん頑張って〜。私のピクニックを邪魔する方には謹んで退場していただいてください〜」
「ふな〜ん、ふな〜ん♪ ‥‥あっ、今この子お返事しましたよっ!」
ちなみにそんな光景を眺めながら住吉と恵はのんびりごろごろもっふり。はなからピクニックが目的の子と、もはやふなーんしか見えてない子と、ふなーん。なんだか暖かくて爽やかで、瞼が重くなってきた。
さんさんと煌めく黄色い日差しの下で、空気の読めない方々が排除されるまでにはそう時間はかからなかった。うとうとする住吉と恵は、夢現の境で、とある声を聞いたという。
「燃えろ燃えろ! アッハハハハハ!!」
やがて目を覚ました時、2人の目の前にあったのはサソリカマキリではなくこんもりとした黒い炭の塊がふたつだった。
どっとはらい。
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一心不乱にもふる影は、拓那だった。手触り重視で、なでて揉んで抱いて頬ずりして、それはもう恍惚というか、普段の彼を知る人からするとちょっと引いてしまうような有様であったのだが、まぁ‥‥
「あぁ‥‥この肌触り‥‥もふり感‥‥たまりません‥‥!!」
頬を染めてうっとりする小鳥はふなーんを眠らせて存分に抱きしめまくっていたり。
「ふわぁぁ、やわからぁい‥‥おひさまの香り、えへへ‥‥♪」
忘我の恵はお弁当を広げて食べながら、ねこじゃらしで一緒にあそんでキャーと叫んでいたり‥‥ちなみに彼女、普段は非常にクールである。
「ほむほむ‥‥さすがバグアの癒し系最終鬼畜もふもふ兵器…この毛並みなら大抵の人間は一撃必殺でしょうね〜」
なごなご和んでいる住吉はお菓子と飲み物で芝生に転げたりして完全に行楽気分で和んでいたり。
「ウチはどっちかってゆーと、このふなーんて鳴き声が出る声帯に興味あるわぁ。なぁ、ちょっと解剖してえぇ?」
「何を言うか馬鹿雪路っ。愛らしく素敵な私の癒しになんてことをっ!!」
ちょっと天然入った雪路は凰華に叱られてケチーと膨れながらも仲良くもっふもふしていたり。早い話が、拓那のことを笑える者はそう居なかった。
まあ、護は手持ち無沙汰になってAU−KVを着用したままうとうとと居眠りをこいていたし、火柴は火柴でまた輪に入りづらそうに眺めていたのだが。
しかし、楽しい時間と云うのはいつまでも続くものではない。
素敵な抱き枕ことふなーん達は、構われ抱かれ揉まれているうちにどんどんストレスを蓄積していき、ついには動かなくなってしまったのだ。
小動物を飼っていると稀に見る光景である。
‥‥さて、ここでこのふなーん達がキメラであることを覚えている方はどの程度居るのだろうか。
閑話休題。
このキメラ達が動かなくなった時の傭兵達の行動は、相手がキメラであることを忘れるような対応ばかりであった。誰も彼もその死を悼み、どうにか形に残そうとし、一番ふなーんに入れ込んでいた恵に至っては、亡骸に取りすがって泣き叫ぶ始末であった。それを不憫に思ったのかは判らないが、火柴は亡骸を焼いた上で埋葬し、護は墓に手を合わせ、「また命を背負った、か」と小さく呟いた。
‥‥或いはバグアはこれを狙っていたのだろうか。動物に共感しその命を大切にする人類にとって、自らの手でか弱い命を奪うということは大変なストレスになるのでは‥‥その仮説に基づいた精神攻撃の実験の産物こそが、あのキメラであったのだろうか。
‥‥間違いなく考えすぎであろうとは思う。とにもかくにも、『なぜバグアはこんなふわもこなものを作ったのか』という理由は明らかにならないまま、傭兵達にふわもこで素敵な思い出と少しのトラウマを植えつけて、この事件は収束を迎えたのである。
今でも草原に耳を済ませてみれば、ひょっとしたらその鳴き声は今でも聞こえるかもしれないと、そんな残滓だけを残して。
『ふなーん♪』
(代筆 : 夕陽 紅)