●リプレイ本文
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しっとりと単調に、若草色の草原が傭兵達の目の前に広がっている。
悪く言えば、味もそっけもない舞台だが、
良く言えば、突き抜けた大地の解放感を体で感じることが出来る。
「これだけ見晴らしがいいとやり易いねぇ」
綺麗な銀色の長い髪を涼やかな風になびかせながら、藤堂 紅葉(
ga8964)が、
自身の髪と同じように揺れる草を眺め、広く見渡す。
「まぁ、ほんと何もない草原なのね‥‥素敵!」
その横で、陽気な声をあげてうずうずとしている、ジャン・ルキース(
gc4288)
「お弁当持ってピクニックでもしたいわねっ」
これから異様なキメラを相手にすると言うのに、
まるで『彼』の周りに、コミカルな音符でも飛び交っていそうなテンションだ。
そんながたいの良いジャンの様子を見て、エメルト・ヴェンツェル(
gc4185)が不器用に苦笑を浮かべている。
「如何なる時も油断は禁物です。 気を引き締めていきましょう」
「複数の動物の合成獣‥‥文字通り、」
「『キメラ』って呼び名がしっくり来るタイプだね」
肩を竦めてソウマ(
gc0505)がため息を吐く横で、御剣 薙(
gc2904)が自身のAU−KVを見に纏う。
まだ敵影は見えてこない。重い足取りで草を踏みしめると、装輪で潰れた青臭い香りが鼻を突く。
自身を「お、宜しくだよ。まぁ、旅人だが」と称して、UNKNOWN(
ga4276)がそんな彼らの背中を見守るように歩いている。
吹き抜ける風の流れに、咥えた煙草の紫煙を任せ、ボルサリーノハットを飛ばされないように軽く抑えつけた。
ジャン程の明るさこそ見せないが、どこか、この牧歌的な風景と状況に落ち着いている様子も見られる。
「さてと‥‥鬼が出るかな、蛇が出るかな‥‥」
そのUNKNOWNの更に後ろで、明河 玲実(
gc6420)がきょろきょろと忙しなく視線を動かしている。
別に挙動が不審なわけではなく、実は傭兵としての初仕事、
最初から先行行動はせず、他の参加者の行動を観察し、自分の向上に役立てようと、殊勝な心がけを行っていた。
「初任務とは言え、しっかりしないとね」
刀の据わりを確認し、ハンドガンの弾も薬室に装填。狙い方もばっちり、やる気は充分だ。
そんな事をしながら、仲間の策敵行動や、連携を一つ一つ目に焼き付けていく。
仲間から仲間へ、視線を移そうとした刹那、逞しい鮫の頭、凶暴な鰐の顎が、草原から静かに姿を現したのが目に入った。
しばし、細い鮫の目と、ぎょろりと睨んだ鰐の目と見つめ合った後、
「‥‥へ、蛇が出ましたー!!」
絶叫、もとい仲間への接敵報告。
急ぎ声の方へ向き直る傭兵達、すると、玲実の叫びを皮切りに次々と草原のあちこちから、
巨躯のキメラが姿を現し始めた。
「――数はこれで全部かな?」
UNKNOWNが静かに、回るように草原を見渡してから言う。幸い、囲まれることはなかったようだ。
「ジャック、ジャン、そちらは任せた、よ」
「んふふ、お任せよんっ」
「数もいるけど油断しなければ何とかなるかな。ま、しっかり抑えていこうか」
前衛に出てゆく面子を見守り、巨大なパイルバンカーを構えるジャンと、
頼もしくサブマシンガンを向けるジャック・ジェリア(
gc0672)
そんな双壁を据えた万全の姿勢で、今、傭兵とキメラとの戦闘が始まった。
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まるでピラニアの池に飛び込んだうさぎへと群がるように、
傭兵達へ向かって勢いよく突進してくるキメラ勢。
「後方から超機械で‥‥と言いたい所だけど、そうも言ってられない状況になるかねぇ」
前衛の後ろに隠れ、紅葉が超機械を構えて、4足のキメラに電磁波を浴びせてゆくが、
多少の被害にはびくともせず、足を止めずに猛進してくる。
実に本能に忠実な様を見せる異形の野獣に、エメルトと玲実が銃弾を撃ち込んでゆく。
四足のキメラは所々の毛を体液で染めてゆくが、蛇の混合キメラは、
ワニの鱗部分で弾丸をはじきながら、確実に前衛との距離を縮めてくる。
「止まれ‥‥!」
ジャックがサブマシンガンで『制圧射撃』を放つと、
くぐもった音を立てて抉れる地面を前にして、蛇型が動きをとめ、鎌首をあげる。
それらの間を縫うようにして、四足の肉食キメラが種々の頭を振りながら、猛スピードで飛び出してきた。
ジャンがパイルバンカーをしっかりと構え『防御陣形』を張り続ける。
リロード中のジャックへ合成獣が飛びかかるが、陣形の位置に移動する事で、急所へ敵の牙が食い込む事は免れた。
振りほどこうと混戦するジャックへ近寄り、エメルトが思い切りコンユンクシオを叩きこむ。
思わず離れたキメラへ、すかさず玲実が踏み込むと、
UNKNOWNが援助の手で彼をフォローする。
思わず笑みが零れそうな程の、絶大にして不思議な力を手に、勢いよく刀を振り抜き斬りつけた。
「――ふむ、諸君、今だ」
UNKNOWNが合図を出すと、自身とソウマ、玲実が高速で宙を駆け、
薙がフルスロットルで装輪を駆動し、集中して集まったキメラ達の後ろに回り込む。そして、言った。
「キメラのサンドイッチ、完成だね」
本能のまま飛び込んできたキメラは、傭兵達の策にはまり、挟みうちの状態となってしまった。
このキメラには、頭こそ多かれど、状況を判別出来る程の脳はないのかもしれない。
迷うことなく、蛇型の一匹が胴体を伸ばし、前衛のエメルトへと鮫の頭から飛びかかる。
エメルトはコンユンクシオを水平にして、口の中に勢いよく刃を振り込んだ。
金属と牙の擦れる音が響き、剣を口中にとどめたまま、押し合いが続く。
エメルトが歯を食いしばり力を込めれば、足が地面にめり込んでゆく。
そんなエメルトの脇腹へ食らいつくように、目の前の蛇型のワニの顎が口を開けて襲いかかった。
急ぎ両断剣を発動し、鮫の牙を折りながら一気に振り抜くと、
その勢いを殺さず、目の前のワニが開いた口へ、柱のようにコンユンクシオを突っ込んだ。
大剣のつっかえ棒に苦しそうなうめき声を上げるキメラ。そのまま、静かにS−01小銃を抜く。
「全く‥混ぜ合わせればいいというものではないでしょうに‥‥」
大きく見える喉奥の急所へ、軽いため息と共に、ありったけの弾を叩きこむのだった。
AU−KVを纏った薙は、見た目からは想像もつかないスムーズな格闘攻撃を繰り出す。
四足獣の複数の頭を、テコンドーのように上中下段の連続蹴りを繰り出し、
体を捻って回し蹴り、踵を柔らかなキメラの身体へと抉りこませる。
飛びかかってきた四足獣は、刈り込むような後回し蹴りで撃ち落とし、
もう一匹、蛇型の脳天に踵を落として地面に叩きつける。
構え直して息を整えれば、蛇型が地面を這うように戦域を離脱しようとした。
薙は急ぎ、蛇型を基点にして装輪走行で回り込んでから、左足に思い切り重心を乗せ、
「逃がさない、吼えろアスタロト!」
右足で、鱗へ思い切り足刀を突きこんだ。
苦し紛れの反撃の牙を潜るようにして、懐へ僅差で潜りこんだ薙の一撃は、キメラを無防備で吹き飛ばすには充分だった。
薙へ向いた態勢のまま、背中の方向へ吹き飛ばされれば、そこに立っているのは、ジャン。
「あーら、レディーにお尻を向けるなんて、失礼な子ね。んふふ、お仕置きよんっ」
目を光らせて怪しげに微笑むと、両手で勢いよくパイルバンカーを蛇型の背中へと突きこむ。
そのまま、トリガーを引けば、零距離で飛びこむ杭が、鱗も粉々に粉砕して貫いてゆく。
弾数こそ一発だが、リロードし、動けるだけ杭を叩きこめば、
傷を重ねた蛇型は、背に幾つもの杭を刺したまま、地面に倒れた。
「いったいレディーがどこにいるって言うんですか‥‥」
一連のやりとりを見ていたソウマが言い放つ。その彼に背後から迫る、獣型の爪。
「‥‥君では僕の姿をとらえることは出来ないよ」
爪は、虚空を駆けたソウマを捉えられずに宙を切る。
そして獣の目では収まりきらなかった、死角から放たれる電撃。
超機械『グロウ』を、特に強く、時に小さく、優雅に指揮を振るように動かしながら攻撃すれば、
まるでキメラがその指揮に合わせているかのように、動きを制限され、リズミカルに電磁波を浴びてしまう。
「華麗に踊らせて上げますよ。その命絶えるまでずっと僕が、ね」
すっ、と狙いを定めて、フェルマータ―――棒の動きを止めて、最後の一撃。
レイ・エンチャント込みの電磁波の連続に、とうとう獣型は動きを止めてしまった。
蛇型は体のバネで飛びまわり、獣型も縦横無尽に戦場を駆け巡る。
後衛も常にポジショニングには気を配らなければならない状況だった。
今、前衛で立ちまわるエメルトを獣型が跳躍して飛び越えてきた。
弧を描いた着地点にいるのは、紅葉。
急ぎ武器を向けるが、、傍にいたジャックが急いで間に割って入る。
しっかりと体を固め、防具で受け止めれば、鋭い牙も、強靭な顎の力も、恐るるに足るものではなかった。
UNKNOWNが視線を向け、紅葉が駆け付けようとするが、顔色を変えずに目の前の鮫の頭へ銃弾を叩きこむ。
「バックアップは全部任せてくれていい。前だけ向いて全力で敵と当たってくれ」
スコールの名の通り、雨嵐のような銃弾に踏み込める場所を無くされ、攻める隙もなく下がるキメラ。
すかさず『制圧射撃』を叩きこみ、上下左右360度、全ての行動範囲を抑え込む、攻めの援護。
この機をものにしない手はない、懸命なフォローに応えるべく、超機械を構える。
「鱗が硬くても、毛皮が厚くても、超機械なら関係ないだろうさ」
サディスティックな笑みを浮かべ、ジャックの銃弾が削る鱗へ、電磁波を撃ち込めば、
全ての頭から、苦痛に声を零すのが聞こえてくる。
「いいじゃないか、もっと聞かせておくれ?」
次々と頭部周辺へ電磁波を浴びせてゆけば、内臓は焼け、口からは異臭の煙を吐き出てくる。
ふらふらになった獣型は、急ぎ逃亡を図るべく、残った力をどうにか振り絞って体を低く構える。
「おっと待った、トドメがまだなんだ」
跳躍の為に筋肉の張った獣の脚へ、ジャックが勢いよくナイフを振り下ろす。
一本ではあるが『四肢挫き』として、地面に縫いつけるように刃を突き立て、貫通させた。
動けなくなったキメラは、哀れナイフを墓標として、紅葉の電磁波の餌食となった。
残る蛇型は、玲実と混戦を展開していた。
飛びかかっては牙で迫り、離れては長い胴体を鞭のように振るう。
玲実も距離を取られた時はハンドガンで懸命の捉えようとし、
近づかれたら刀を振る。が、既に体には傷による赤い軌跡が数多く引かれていた。
「くっ、まだまだ!」
刀を杖にし、懸命に体を支えて、肩で息をする玲実。
蛇型はふらふらの玲実へと獰猛な唸りをあげて跳躍した。
刹那、フェンサーの玲実の目に飛び込んだのは、一頭だけ、完全に意識が飛んでいるワニの頭。
目に力が入っていない、足腰に最後の力を込めて、降りかかってくる体液を気にもとめず、
立ち向かうように、飛びかかってきたキメラのその一つの頭へ刀を突きだす。
紙一重、大きく口を開いていたサメの頭を交わし、骨と身と、鱗を砕く感触が、手に伝わってきた。
ケリがついたかと、ほっと一息胸をなで下ろす玲実に、
何と、かろうじて生きていたサメの頭が、大きく口を開いて、彼の頭に喰らいかかる。
激しく飛び散る血飛沫、を防いだのは、ジャンの鋼の肉体だった。
「あーら、いきなり後ろからなんて、マナーがなってないじゃない?」
『ボディーガード』で間一髪玲実との間に割って入ったジャン。
キャバルリーの耐久とはいえ、服にじわじわと滲む黒い血、荒くなる息、きっ、とサメの頭を睨むジャン自身、もう一度喰らえる余裕はなかった。
残りの頭が噛みつこうとしたところを、ソウマが地面スレスレの瞬天速で接近し、
大きく開いた口を死角にして、口の中に超機械を突っ込んで、電磁波を放出する。
「‥‥黒猫は誰にも捕まえる事はできない‥‥そして、群れの仲間にも手出しはさせない」
口中の粘膜を焼き切られ、悶絶するキメラを前にして立つソウマ。
その他の頭の目が、血走って彼をぎょろりと見据えた。
「ふむ、そろそろ私からも手を下すとしよう、か」
UNKNOWNが落ち着いた足取りで、しかし緩やかでもなく確実に蛇型へと歩みを進める。
すれ違いざま、ジャンと玲実に練成治療を施すと、小型の超機械をサメの頭へと向ける。
小型とは思えない威力の電磁波がサメの鼻先で爆ぜると、鳴き声を上げながら大きく蛇の胴体が仰け反る。
エメルトが駆け付け、大きく開こうとしたワニのアゴに、勢いよく大剣を振り下ろす。
鱗で刃は半分止められたが、それでも力を込めれば、確かに開かず、これ以上の反撃は出来ないように見えた。
「―それでは、終わりだ」
エネルギーキャノンを、頭の集合と蛇の肩だとの境目に突きつけるUNKNOWN。
膨大なエネルギーの爆発の後、その斜線上に有ったものは全てが消え去り、後には二つに別れた蛇型キメラ、だったもの、が残るのみだった。
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5体のキメラを掃討した後、念の為辺りの策敵を続けてみるが、
これで本当に周囲の危険因子は排除したようだ。
「これで『実はまだ居ました』と来たら洒落にならないからねぇ」
「それはさすがに‥‥僕のキョウ運でも、ご勘弁願いたいところですね」
警戒を終えた紅葉の横で、やれやれとため息をつくソウマ。
「よし片付いたな、初陣のメンツはお疲れさん」
比較的綺麗な草の上に座り込み、戦闘を労うジャック。
「んふふ、ハ・ジ・メ・テの体験だったけど、何とかなってよかったわねんっ」
初陣の一人である、ジャンはあれだけ壁として攻撃を受けたにも関わらず、結果ぴんぴんと戦闘前のテンションを取り戻していた。
「‥‥皆、コーヒー要る?」
もう一人の初陣である、玲実。
彼が、仕事の後の一服として、予め用意して持ってきたコーヒーを、皆に見せて言う。
「ぉ、いいね。ひとつ、もらおうか」
UNKNOWNがひょいと一つ手に取り、薫る深みに微笑みを零す。
次々と、飲めるものは玲実の申し出を快く受け取った。
しばし今回の戦闘について、良かった点や危なかった点などを回想しては歓談で思い出に昇華しつつ、
草原を平和にした傭兵達は、無事に帰路に着くのだった。
(代筆 : 墨上 古流人)